兎をおもてなし

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月16日〜09月21日

リプレイ公開日:2007年09月25日

●オープニング

 江戸のすぐ傍に、化け兎が住む山がある。
 化けというからには妖怪だが、人に化ける以外は妖力もなく、山近くの村人たちとも争う事無く平和に暮らしている。
 普段住んでいるのはうーちゃんと呼ばれる兎一匹だが、満月になるとどこからとも無く他の化け兎が集まって宴会を開く。
 そして、今月は中秋の名月。兎も喜ぶ月見の季節‥‥なのだが。


「私は駄目な兎です‥‥。煮るなり焼くなり好きにしてください‥‥」
 冒険者ギルドに現れて泣き崩れる美女一人。周囲の視線が痛い中を、ギルドの係員が泣きそうな顔で慰めている。
「どうしちゃったんですか、彼女?」
「えーと、実は人間で無くて、人間に化けてる化け兎なんだけどぉ」
 陰気に延々泣き崩れるだけの彼女に弱りはて、係員は彼女と一緒に現れたシフールの飛脚屋に事情を問いただす。
 曰く。名月を愛でる今月は彼ら化け兎にとっても非常に重要な月見になる。なので、彼女こと化け兎・うーちゃんはいつも以上に気合を入れて宴の準備に取り掛かろうとした。
 が。先日降った大雨で壊れたのか、倉庫がいきなり水浸し。月見の為の衣装も楽器も道具も何もかも水が染み付き色は剥げて壊れてしまい、溜め込んだ食料もカビだらけ。
「先代がいきなり旅に出られ、山の守りを代わって早幾月。ようやく慣れたと安心してきた途端の体たらく‥‥。長い間我らはあの山でお月見してきましたが、こんな失態初めてです。各地の皆々様に合わせる顔もございませんし、先代さまたちにも言い訳出来ませぬ。何よりお月様になんと申し開きすればよいのか‥‥。死んでお詫びできるものでもありませんが、とりあえず鍋は用意してきました」
「いや、そこで鍋置かれても困りますし、あまつさえ葱出されてもそれ鴨じゃ‥‥」
「そうですね。水ぐらい汲んでこないと出汁もだせませんね‥‥」
 ギルドの中で鍋の準備を始める彼女に、係員はさらに困り、シフールは冷静に彼らのやり取りを覗いている。
「えーとまぁ、鍋はさておき。彼女を美味しく食べてくれって依頼なら知りませんよ? ギルドは妖怪の依頼を受けませんし、そもそも頼まなくても兎の格好で鍋に入ってたら通りがかりの人が勝手に調理してくれるでしょう」
 人の姿をしていても、所詮妖怪。請け負っては後々厄介になりかねない。
「いや、そうじゃなくて。彼女の様子を見かねた近所の爺さん婆さんが月見用の衣装とか道具とか食材を新調しようとあちこち探し回ってるわけ。一応集まる目処がついたんだけど、月見当日には間に合いそうに無いんだな。
 でも、兎たちは月夜の晩に集まってくる。なんで、早入りした兎に事情を説明して月見を伸ばしてもらえないか頼んだんだけど。
 今回の月見は兎たちにとってとても大事で、かなり怒っちゃって。それでも爺婆の心意気に打たれて、月見を数日後に行うんじゃなく、満月から数日間続けるって事にして盛り上げられたら、彼女の責任は問わないって事になったらしいんだ。
 なんで、何も無い状態の月見を盛り上げて、仕度が整うまで兎たちの気を宥めて留めおいて欲しいんだって」
 シフールが小さな肩を竦める。
「だけど。冒険者たちは月見の手伝いって感じになるやね。化け兎たちの月見だし、やってくるのも化け兎だし。‥‥肝心の責任を問われてる彼女が動かない事には兎たちは納得しないだろうから、どうにかがんばって元気付けながら楽しい月見の宴にしてあげてって事だ」
 言いつつも、シフールの声はどこか投げやり。さもありなん。当の彼女はさっきからしきりに謝罪の言葉を述べながら、どっぷり落ち込んだ姿で包丁を研いでいる。はっきりと怖い。
「ま、妖怪の為とはいえ、きちんとした人間の依頼ですから、ギルドとしては断る理由にはなりませんが。でも、募集して人が来るとも限りませんよ?」
「まぁ、そん時は兎鍋が出来上がるんじゃね?」
 念を押した係員に、からからと笑いながら気軽にシフールは答える。それもどうかと思いながら、とりあえず、係員は冒険者募集の貼紙作成にかかった。

●今回の参加者

 ea1022 ラン・ウノハナ(15歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea4475 ジュディス・ティラナ(21歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 eb0573 アウレリア・リュジィス(18歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3807 椋鳥 亞沙(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

西中島 導仁(ea2741

●リプレイ本文

「兎さんに囲まれてお月見だなんて‥‥なんて楽しそうなんでしょう」
「その兎たちが楽しんでくれるならですけどね」 
 うっとりと瞳を和ませるラン・ウノハナ(ea1022)だが、気鬱そうなエスナ・ウォルター(eb0752)の言葉には同意し、似たような表情で周囲を見回す。
 中秋の名月。古来より美しいとされてきた月に兎も跳ねて、祭りを開く‥‥はずだったが。宴に必要な品が大雨にやられて全滅。丸い月が昇っても、お月様を迎えられないと、集まった兎たちは御冠。殺気だった雰囲気は、とても月見を楽しめるものではない。
「倉庫を見せていただきましたが、酷いものです。食料も道具も捨てるしか無いでしょうね」
 エスナが残念そうに胸を押さえる。用意されていた道具も食料もかなりの数があり、兎たちがいかに月見を大切に思っていたか、容易に推測できる。
 であるが故に、今回の事態はなおさら許せないのだろう。不満げに耳を揺らしている兎たちが不憫で仕方ない。
「せやけど、月見できる分は近所の爺さん婆さんら集めたるゆうてくれてるし。全部揃えるんは時間かかる言うてたけど、今用意できた分はみっちーに運んで来てもろたさかい、前座みたいな事は出来るで」
「てるてる坊主にお願い☆ お山の天気は綺麗に晴れて、お月様も綺麗にきっと見えるよ☆ みっちーさんに肩車して確かめたから間違いなしっ☆」
 イフェリア・アイランズ(ea2890)が、西中島導仁に運んでもらった荷を叩く。ジュディス・ティラナ(ea4475)は作ってもらった大きな花の赤い浴衣を着て、元気な声を上げて天を指す。テレスコープで見ても、怪しい雲も無く山は実に穏やかなものだ。
「大変な事になっちゃったけど、今年も無事に月見したいよね。その為には、とにかくうーちゃんに立ち直ってもらわなきゃ」
 奮起しつつも、アウレリア・リュジィス(eb0573)の顔は浮かない。その視線の先には、見目美しき美女一人。いや、今は人間に見えるがそうではない。この山の管理を任されていた化け兎で、うーちゃんと呼ばれている。
「申し訳御座いません。私が悪ぅございました。どうぞ、好きにお料理して下さいませ」
 今回の管理不足を他兎から咎めらて意気消沈。そもそもの性格も相まって、どん底にまで落ち込み、先程からずっと煮立った鍋の横で包丁やら縄やら準備している。
「何やの? うーちゃんはんを食べよ言うんかい。‥‥ふっふっふ、ええ肉付きして美味しそうやないか〜」
「‥‥食べちゃ駄目ですよ」
「分かっとるて、冗談やがな。あ、この鍋はスープ作るんに使わせてもらうで」
「そうですか、安心しました。なんかすっごく危険に見えましたから‥‥色々な意味で」
 ひらひらと軽く手を振り、鍋の中に野菜を放り込み出したイフェリアに、エスナは心底安堵の息を吐く。
 うーちゃんは陰鬱に謝罪を呟きながら、小石を拾っては積んでいる。すぐに思考が暗く沈み、気が小さく、人と気軽に触れ合えない様はどこか自分の昔を思い出し、エスナはそっと声をかける。
「あの‥‥元気出してくださいね」
「い、いえ。駄目です。私の失敗は取り返しがつきません。本当にお詫びのしようがないです‥‥」
 話しかけられて、身を退いた兎。必死に言葉を返す内にさらに思考が沈んだか、めそめそと泣き出してしまう。
「元気出してよ☆ 元気になれるおまじないっ☆ うーちゃんが元気になります様にっ☆」
 泣いてるうーちゃんの顔を覗き込んでいたジュディス。励ますべく元気一杯に赤い布を広げる。
「‥‥前掛け?」
「ううん、褌だよっ☆ 女の子用で可愛いのっ☆ あ、でも赤よりこっちの桃色の方がいいかな?」
 あれこれ広げて見せるジュディスを、「はぁ」と気の無い目で見つめるうーちゃん。気が緩んだのだろう。アウレリアが話しかけようと肩を叩くと、文字通り飛び上がる。
「ななな何でしょう???」
「ええと、あのね?」
 驚くうーちゃんに驚き、動揺するアウレリア。咳払い一つすると、改めて笑顔を向ける。
「大雨とか自然災害は仕方ないよ。むしろこれは、お月様からの試練だと思わなきゃ、だよ」
「ししし試練ですか?」
 尋ね返すうーちゃんに、アウレリアはそうだと重々しく頷く。
「だって、お月様も自然の一部でしょう? だから、これはお月様からお月様を崇める為に与えられた試練の一部なんだよ。うーちゃんや集まった皆が本当にお月様好きなら、道具とか料理とかは後からでも、きっとお月様に祈りが届くと思うよ。
 私たちもお手伝いするから」
 真摯に目を見つめてアウレリアは告げる。その顔をまじまじと見ていたうーちゃんだが、
「試練‥‥これはお月様の試練なんですね!!」
 勢いよく立ち上がると、天に向かってそう叫ぶ。
「そうだよ! だから一緒にがんばろう!!」
「は、はいぃ!」
 笑顔で促すアウレリアに、怯えつつもうーちゃんは何度も頷く。
「元気になったようで何よりです。それで、このすすき飾りつけようと思うのですが、どこに置けばいいでしょう? やはり手馴れた方が行った方がいいと思いますし、手伝って頂きませんか?」
「わわわ分かりました」
 すすきを抱えて飛んできたランに、ぎくしゃくと手足を降ってうーちゃんが動き出す。微妙な距離を開けて応対している辺りに不安は残るが、やる気になったなら大丈夫だろう。

 試練試練と念仏の如く呟き、迂闊に声をかけると悲鳴を上げてどこかに走り去ってしまううーちゃん。月見に励む姿としては見た目良くないものの、前向き姿勢だけは認めてあげたい。
 されど、事は管理者だけの問題では無く。月見に集まった化け兎たちも不機嫌で山に居座っている。これではとても楽しい月見とは言い難い。
「皆様、遠い所からはるばる大変でしたでしょう? おなかは空いてませんか? 月見団子を作りましたので、よろしければどうぞ」
「いい感じにスープも出来たし、野菜炒めたんも用意したで。たっぷり飲み食いしてや〜」
 ランが団子やお饅頭を差し出すと、イフェリアも椀に料理をもりつけ並べていく。
 兎に角空腹時は不機嫌になりやすい。逆に満腹になれば心も落ち着くし、料理が美味しければさらに幸せになれる。
 準備途中で集まった食材なので、量としては少ないものの、とりあえずの食事としては悪くは無い。
「わーい☆ ごちそう、ごちそうっ☆ いっただきま〜す☆」
 笑顔で手を合わせるジュディスに習い、化け兎たちも口をつける。まだ怒ってる気配はあったものの、食が進む内に少しずつ角が取れてくる。
「それではここらで座興を一つ。今から私が投げまするこれらの道具を、この子達が見事に受け取ってみせましょう!!」
 ジャグラーを手にしてエスナが一礼。その両脇にはボーダーコリーのカカオとラティがお座りしている。
「それでは、参ります!!」
 掛け声を上げてエスナがジャグラー道具を投げると、即座に愛犬二匹が追いかけて走る。ラティは見事受け止めて見せるが、カカオは間に合わず虚しく道具は地上に転がる。
 ちゃんと取らないと駄目じゃないか、と言わんばかりにラティはカカオを前足でぺしりと叩く。すると、それとそっくりの仕草でラティはエスナを叩いた。
「あいた! 私にちゃんと投げろーって事ですか!?」
 悲鳴を上げるエスナ。息のあった動きに、見ていた兎たちから少しずつ笑いが起きる。
「え〜なぁ〜。あんたもはよ芸事覚えて一緒に漫才しような〜?」
「しような〜」
 エスナと犬たちの動きを、イフェリアは羨ましく見つめる。隣で並んで飛んでる地のエレメンタラーフェアリーの弥生にぼやくと、相手は笑顔で返事をしてくるくる回る。‥‥どこまで彼女の思いを理解してくれてるか実に不明。
「ええわいな! 漫才はまだ無理やけど、一緒に踊って楽しむんは出来るねんで!」
 落ち込んだのも束の間、すぐに顔を上げるとイフェリアは弥生の手を取り、前に躍り出る。
「せっかくだからお月様を呼ぶ踊りを教えてくれないかな? 月見でもたつかないように、今の内から練習しよう。私は伴奏入れるね」
「では、曲に合わせて私は歌わせていただきますね」
 アウレリアが提案すると、ローレライの竪琴を奏で出す。その曲調に合わせてエスナがフェアリー・ベルを鳴らしながら和して歌う。最初戸惑っていた兎たちも、一匹、また一匹と合わせて踊り出していた。
「ずっと弾き続けるんも大変やろ。交代するで」
「じゃあ、歌は私が交代しますね」
 イフェリアが代わって弾き始めると、ランも軽やかに歌声を響かせる。
「この音でぴょんぴょん跳ねて、ここで尻尾を振って☆」
「違う違う、ここは耳を立てて」
「ここは手を振るのじゃ!」
 猫の謙信と兎のふたばにも踊りを教えていたジュディスに、他の兎たちも集まってくる。特に後輩指導なのか、ふたばの踊りのしつけは熱が入りまくり。
「きゃあきゃあっ☆ 大変だよぉ☆」 
 さすがに荷が重かったか。逃げ出すふたばをジュディスが宥める場面もあった。

 爺さんたちは頑張って早めに支度を整えてくれたが、それでも全部が揃うまでは数日を要した。その間、歌って踊って食事をして、間には休憩や簡単な遊戯を挟んだり声真似を披露して笑いをとったりと、化け兎たちの機嫌を取っていく。
「ようし! ではお月様に詫びと変わらぬ忠誠を込めて、今から皆で餅搗きだーっ!!」
 その甲斐あってか。全てが整った時には化け兎たちの機嫌もすっかり直り、遅れを取り戻すべくこれまで以上に盛大に歌い踊り、餅をついてばら撒く。
「うーちゃんさん、どうしたんですか?」
 欠け始めた月を見ながら宴が盛況に行われる中、うーちゃんの姿が無く。ランが見つけたのは暗がりで、のの字を書いてる姿だった。
「管理が足らずに期日に宴を開けず、今こうして行えるのは偏に皆様の力があってこそで。やっぱり私は駄目兎です。何もできません。試練を越えられず、お月様に合わす顔もありません」
 膝を抱えて暗がりでうつむくうーちゃん。元気の無い彼女にランは少し考えると、丁寧に歌を紡ぐ。
 皆と一緒にお月見をし、ゆっくりとした時間を共有出来て嬉しい事。
 うーちゃんは自身を卑下せずに元気を出して欲しい事。
 そんな思いを曲に乗せて、ランは歌い上げる。
 神妙に聞いていたうーちゃんは、歌い終わり笑顔で勇気付けるランに、目を潤ませながら黙って頭を下げた。
「そーそー。楽しませてもろてるでー。土産の餅ももろたし、こっちの餅もええ感じやの〜♪」
「きゃあああああ!!」
 ふらりと飛んできたイフェリアが、うーちゃんの胸をしっかりと揉み上げる。途端にうーちゃん、絶叫と共に素早く逃げだす。 
「わあ、早い。さすが脱兎だねっ、てそんな事言ってる場合じゃなーい」
 御褒美でお月様に会うイリュージョンでも見せようかと思っていたアウレリアが、彼方に消える兎を慌てて追いかける。

 欠けた月が沈む頃、月見は終わり、化け兎たちもようやく帰る。管理不足でうーちゃんはしっかり釘を刺されたがひとまず山はこのままで。
 一時の秋の騒動は無事に終わった。