●リプレイ本文
年の始め、神社仏閣は参拝客で賑わい、応じて金銭も届けられる。
祀られた神仏へと届けられた物なのだが。それを狙い、悪党どもが出没する。
「押し入った先を一人残らず惨殺。その後、見廻組の警戒網にも全くかからないとは、確かに悪党の仕事としては一級だな」
「そう呼ぶのは忌々しいがな。外道には罰当たりという考えは無いらしい。昨今普通に神も仏も居ると言うのに‥‥」
神社や寺を狙った押し入り事件。調査を行っていた京都見廻組だが、派手な殺しも厭わぬ賊の動きからして、時間もかけられぬと冒険者ギルドに依頼。
これまでの経緯を改めて聞き、憤りを露にする天城烈閃(ea0629)に、京都見廻組の備前響耶(eb3824)が苦々しく表情を歪める。
世は戦乱。神仏の加護など見られぬと嘆く者もまたいるが、そもそもこの賊たちがそれほどの信心をもっているのかすら怪しい。
「押し込まれた人たちの無念は晴らしたいけど‥‥本当に手がかりが掴めないわね」
天罰が下ればいいとばかりに同意していたやはり見廻組のレベッカ・オルガノン(eb0451)だが、捜査の経過についてはたちまち表情を曇らせる。
ガイエル・サンドゥーラにも手伝ってもらって、賊があらかじめ下見に来てなかったか、現場周辺の不審者情報を尋ねて回ったが有力な話は得られていない。
「お金掴んだんだし、最近派手に遊びをしている人がいないか訪ね回ってみたけど、こっちも今一つね。新春で遊び倒す人は多いみたいだけど、怪しいと断定出来るまではいかないわ」
「奪ってすぐとなると足がつきやすいからな。ほとぼりが冷めるまで待つつもりかもしれない」
疲れた表情で報告するレベッカに、見廻組の渡辺綱が渋面を作る。
「賊なんて、人相悪そうな面していかにもな感じだと思ったんだけどなぁ」
「それじゃ怪しめと叫んでいるようなものだからな。本当に悪い奴ほど善人面してたりするんだ」
レベッカと目撃者探しをしていたルンルン・フレール(eb5885)が口を尖らせる。
苦笑していた響耶に肩を竦め、はぐらかすように話題を変えた。
「そうそう。現場の足跡調べてみたら、屋根から襲撃かけた痕跡があったよ。これは外に逃がさないよう待ち構えてたんだろうけど。地面についた足跡は消したような跡もあったけど、これは追跡させない為かな」
「だが、臭いまではどうにもならん。花綾が大まかに行き先を掴んでいたし、それで子龍たちに臭いを負わせたが、いくつかに分かれた上でどれもきっかり水辺を越していた」
小首を傾げるルンルンの言葉を取って、白翼寺涼哉(ea9502)が告げる。その傍では、彼の柴犬がキチンと鎮座していた。
白翼寺花綾に頼んで、テレパシーで動物からの情報を得てみたが。人里間近夜間に居座る動物は限られるし、いっぱいお金持った人の行方と聞いてみるも、まずはお金が良く分かっていなかったり。
どうにか情報を掴んで、黄桜喜八(eb5347)の柴犬トシオと二匹、臭いを頼りに追いかけたがやはり追いつくまでには至らない。
喜八はカノン・リュフトヒェン(ea9689)と一緒にそのまま川辺の捜索へと向かっている。
「遺体を見させてもらったが、酷い有様だな。目撃者を出さないつもりもあるだろうが、殺し自体も楽しんでいるんじゃないか」
とんだ初仕事だと、涼哉は見知らぬ賊たちを吐き捨てる。
遺体には幾つもの致命傷。そこまで徹底的にやる必要は無かろうにと不快さを隠しきれない。
しかも、相手のほとんどが神職・僧侶。罰当たりにも程がある。
情報が少ない事もあって、報告は手短に、すぐに調査へと散らばる。
事件現場周辺からどこへ逃げたのか。京都中を駆け回っても、行方はなかなか知れず。
それでも、地道に動いていれば何かが得られる事もある。
「何人で来たかは知らないが。盗んだ物を運ぶには何らかの乗り物や道具がないと厳しいっしょ」
賽銭だけでも持ち運ぶにはかなり重い。加えて、目ぼしい金品もと欲張ればかなりの量になる。
それらを運べるような怪しい台車や船を見なかったか、ひたすらに聞き込んでいたクリムゾン・コスタクルス(ea3075)だったが。
「え、見た?」
道端で客を探していた女性に、クリムゾンは思わず問い返す。
「ああ。客もいないし帰ろうとしたら物音がしたんでね。でも、夜逃げだろ?」
身を乗り出してきた彼女を面倒そうにあしらいながら、女は告げる。
「それで? 顔は見たのか? どっちに行ったか分かるか」
さらに情報を聞き出そうとまくし立てるが、相手は手を横に振る。否定と追い払いを一遍にやったような仕草だった。
「知るもんか。そういう連中は見られたら困るだろうし、こっちも関わるのはごめんだから隠れたよ」
「それでも、行った方向ぐらいは分かるんじゃねーの?」
だが、それで退いても居られない。
なおも粘るクリムゾンに、相手は観念したように指で大体の方向を指し示した。
「羽振りのいい御仁はとりあえず見当たらずか‥‥。まぁ、そっちは他が調べてるしな。おいらたちは水路だ」
手伝いに来ていたミヒャエル・ヤクゾーンからの報告を思い出しながらも、喜八は川辺へと足を運ぶ。
遮る物の無い川辺では冬の冷たい風が容赦なく吹き付けてくる。さらに湿った大気を含んでなお寒く感じる。
冷ややかに流れる水を見てると、河童の喜八としては素直に飛び込める夏が恋しい。
「水路を使ったと言っても、本業の物が自分の船を使うまい。とすると借りたか、あるいは上手くどこかに隠して私用しているか‥‥」
吹きすさぶ風に身を震わせ、防寒服をきっちりと着込んで、カノンは船頭たちを訪ねて歩く。
だが成果の程は芳しくない。
「小さな船にはならないと思うが‥‥。夜間はやはり人も少ないな」
「んーと、じゃあよぉ。夜中に船を出す奴知らねぇかな? こないだ当てられちまってよ」
口から出任せ。それで何か情報が出てくれないかと喜八は探りを入れてみる。
「いんや、この寒いのに夜中に舟遊びはねぇしなぁ」
と、ほとんど首を傾げるばかり。
「ああ、でも妙な船はあったな。この真夜中に何か知らんが運んでいるようだったが」
「その船はどっちに!?」
何気に呟かれた声を聞き逃さず、カノンが詰め寄る。
「とまぁ、こんな調子で怪しい話も聞きはしたけど。居所を突き止めるほどじゃないんだな」
これで何度目か。報告に戻っては参ったと言いたげに嘴を曲げる喜八。
「こっちも大体の方角は分かるけどって感じだな。それにしたってその後どう行ったか分かったもんじゃねーし」
肩を回しながらクリムゾンが目で、どうする、と問うてくる。
「綱殿、警備配置を弄ってくれんか。不自然でない程度に警備の薄い場所を作って欲しい」
考え込んでいた響耶だが、思い切ったように顔を上げると真剣な表情でそう告げる。
「誘き寄せてみるか‥‥。危険ではないか?」
「だが、こうも動きを掴ませないのはこちらの動きを事前調査しているのだろう。尻尾を出さないつもりなら、こちらもそれなりに動かねば」
「京都には見廻組の他にも警備している組織が沢山いる。それだけ警戒しながら見付からない相手だ。あえて包囲網を抜けてくるのを待ち伏せた方が良いと思わないか?」
響耶に続いて、烈閃も言葉を繋ぐ。
レベッカは地図を取り出すと、ダウジングペンデュラムを垂らす。
「次に狙われそうな寺社はこの辺り。‥‥まぁ、占いだから当たるも八卦という奴だけどね」
「いいんじゃないか? 妙な船や台車の行方とも重なる所ではあるし」
軽く告げるレベッカに、綱は地図を覗き込み、覚悟を決めてそう告げる。
「うちの患者から寺社仏閣について聞いてみたが、この辺には丁度手ごろな神社があるな。‥‥こういう手ごろっていうのはヤなもんだけどな」
やれやれと涼哉が息を吐く。
「どんな神に向けられた信仰であっても、人の信心の賜物を血で穢して私腹を肥やすなど言語道断だ」
カノンは地図上の社に目を向ける。
「我が聖剣は悪魔を断つもの。だが、邪道に堕ちた人間を斬るに躊躇いはない」
携えた聖剣・ミュルグレスは悪魔に対して効果を発揮する。が、人相手にも十分な切れ味を誇る。
物騒な言葉ではあるが、咎める者は無い。
犯行を止め、罪無き人が死ぬのを防ぐ。それが大事だった。
夜の帳が都を包む。
どこかで犬が鳴く他は静かなもの。陽が沈んでますます厳しくなった寒さに動く者も少ない。
莚一つ抱え、風を避けられる場所を探して男がふらりと神社に入ってくる。いい寝床が無いかを見渡した後に、結局鳥居の影に莚を敷く。
しばらくすると同じ境遇の男がやってきて、少し会釈した後に裏手に回って寝床を作る。
途中、柴犬が飛び出してきたが、忌々しそうに睨みつけて早々と追い払う。
そのまま何も無しに、ただ時が過ぎて行ったが。
やがて、闇に紛れる黒装束を着込んだ男たちが足音も無く、境内になだれ込んでくる。寝ている男には目もくれず、また男もその怪しげな集団を気にもせず、ただ周囲だけを窺がう。
黒装束たちは、目だけで合図するとそのまま社務所と神殿に分かれてなだれ込み、
ヒュッ!!
と、風を斬る音と共に、集団へと矢が射掛けられた。
「ぐう!」
足を射抜かれて一人が転倒する。
と同時に。もっとも近かった者が刀を抜いて茂みの中へと斬りかかる。
「おっと! 危ないじゃねぇか!」
閃く刃を難なく躱すと、クリムゾンは大きく後退。その間を埋めようとした賊の元に、さらに別方向から矢が飛んでくる。
「退くぞ!!」
襲撃失敗は明らか。
居座っても意味は無いと、賊たちは素早く撤退を目論んだが。
「させないぞ! ガマの助、頼んだ!」
「パックンちゃん、お願い!!」
喜八とルンルンが大ガマの術を繰り出す。呼び出された巨大なガマは大きく飛び跳ねると賊たちの退路を塞いで居る。
「畜生、あいつらは何してやがった!!」
「見張り二人なら、騒がれる前に始末した。――逃しはしない。おとなしくするんだな」
忌々しげに顔を歪めて吼える賊に、血塗れた村雨丸を翳して響耶が告げる。
「ビスカスちゃん、皆呼んできてくれてありがとう」
その脇から駆け寄ってきた柴犬を、ルンルンは笑顔で撫でる。
警備の薄い場所の神社だが、露骨に見張っていても効果は無い。うろつく路上生活者を念の為に、ルンルンが経巻使ってインビジブルで追いかけ、問題の神社に居座ったのを見てから、他の人へビスカスに連絡を頼んだという訳だ。
神主たちには事前に協力を頼み、避難してもらっている。境内で潜んでいたクリムゾンは勿論、外からも包囲は完成している。
けれども、賊は観念する気も無く一斉に刀を抜く。
「一気に片をつけるぞ」
「無論。向こうが盗みの玄人ならこちらは荒事の玄人。今まで無残に殺してきた者たちと同じに思うな。犯した罪の重さと振りまいた痛みを思い知ってもらう!!」
襲い掛かってきた賊たちに対し、響耶もカノンも遠慮なく刃を揮う。
「容赦する気は無いし‥‥勿論、逃がす気も無いからね!」
振り下ろされた刀をリュートベイルで受け止めると、大脇差・一文字を繰り出すレベッカ。
布を裂く音と共に賊の身が裂かれる。とっさに傷口押さえて身を退いた所に、喜八がローズウィップを絡みつかせて動きを封じ、そこに愛犬が飛び掛った。
「ほどほどにしときなよ、トシオ。まだ賊は残ってるんだ」
「はいはい。じゃあ、ここはルンルン忍法で氷浸けにしておきま〜す」
クナイを立てるトシオを軽く諌める喜八。ルンルンは経巻を取り出すと、アイスコフィンを繰り出す。
強敵とはいっても、彼らの目的は逃げる事。数の差で手が回らぬ場所も当然出てきて、そこから闇に逃れようとする者もいたが。
「逃がすか!!」
そこに容赦なく烈閃が矢を射掛ける。
身を隠しても、位置はブレスセンサーで特定できる。矢が届かぬようでも叫べばそれでいい。
「どれだけ世の闇に身を隠そうと、欲に目をくらませた酷い獣の息遣いは容易く知れる!」
十人張りの射程を生かして遠距離から放てば、賊たちには太刀打ちできない。
どうにか躱す事は出来るが、そうして出来た隙に涼哉の子龍が飛び掛る。
「こっちもあまり張り切るな。一応聞きたい事もあるしな」
唸る犬を押さえようとしていた賊の動きが突如固まる。
コアギュレイトを唱えた涼哉が、もはや動けぬ賊に対して鋭く睨みを入れた。
「因果応報。非道な報いは何れ己の身に返るという訳か」
運ばれる賊の遺体を見ていた綱が素っ気無く告げる。
「生け捕った奴の話だと、奪った金銭はその場で分けてそれぞれが持って逃げていたらしい。親玉の指示で今は溜め込み、ほとんど手付かずだから、また元の場所に返せるだろう」
盗品をすぐに捌いて足がつくのを恐れた為だが、その結果、働き損となった訳だ。馬鹿な話だが、奪われて還って来ない者を思えば笑えもしない。
「これ以上何か裏があるかと懸念もしたが、そういう事情は無いようだ。一味はこれで一網打尽に出来たし、死んだ者たちも浮かばれるだろうな」
綱の言葉に、一同は瞑目する。
新年早々の凶事。今後はこんな事件が起きて欲しくないが、それが適うかはまさしく神のみぞ知る。
今はただ静かに祈るばかり。