新撰組四番隊 〜乱心〜
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月25日〜01月30日
リプレイ公開日:2008年02月02日
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●オープニング
それは年の暮れも迫ってきていた頃の事。
年末年始に備え、食料や縁起物を買い込む人手でどこの市も盛況する。
その混雑のどさくさで妙な事態が発生せぬよう、警備機関各所はどこも気が抜けない。
新撰組四番隊もあちこちに見回りに出かけていた。
そして、とある市での見回りにて。隊士の一人が見慣れぬ刀を手にしてきた。
「露天で売っていたのだが、なかなかの品だろう? 店主と掛け合った所、京の守護に使われるならと快く譲ってくれたんだ」
鼻息も荒く、自慢げに告げる隊士。
実際は、いい品見つけたから店主に凄んで渋々譲らせた、と言う方が正しいに違いない。
しかし、それを詳しく突っ込む隊士はない。苦笑している様は、裏を分かりながら気にもとめてない証だ。
「しかし、店主の御好意とはいえ、仕事中に買い物とは如何なものでしょうねぇ」
「確かに、仕事中の寄り道は褒められた事でないな」
からかう同僚に割って入った声。振り向けば、四番隊組長である平山五郎が立っている。左目に特徴的な火傷を持つその顔を見間違えるはずは無い。
「仕事は終わっては無い。立ち話をしている暇があるなら、とっとと罪人の一人二人探して来い」
冷ややかな眼差しでじろりと睨まれ、平隊士たちは逃げ出すように、見回りの仕事へと戻っていったが。
「待て、その刀見せてみろ」
「は、はい」
刀を譲られたという隊士は、呼び止められ手を差し出された。
促されるまま手に入れたばかりの刀を組長に渡す。
平山は渡された刀を鞘から抜くと、繁々とその刃を眺めていたが。
「確かにいい刀だな。店主にはちゃんと礼をしておけ」
言って返された刀を、隊士はもう少しで取り落しそうになりながらも受け止め、信じがたい表情で組長を見つめた。
咎められるか、そのまま召し上げられてしまうか。あるいはその両方と覚悟していた平隊士は、思わず組長の顔を眺めてしまう。
「何て顔をしている。さっさとお前も持ち場に戻れ。店主は治安を任せる為に善意を施したのだろう。それを無為にする気か?」
「はっ!」
強く言われて、隊士は笑みを浮かべる。一礼をすると、刀を握り意気揚々と込み合う京の市場へと消え去った。
その後姿をやれやれといった表情で見ていて平山だが、不意に表情険しくすると、顔を上げた。
木の枝に烏一羽。その大きな黒い翼を広げると、市場の方へと飛び去っていく。
それを睨むように見ていた平山だが、すぐに自分も見回りの任へと戻った。
そして、年が明けても京は忙しいままで。京を揺るがす大事はないが、小さな揉め事は引っ切り無し。
対処に追われ、新撰組も忙しい年明けを過ごしていたが。
「おい、一体どうしたんだ? 悩みがあるなら一杯どうだ?」
「いいんだ。放っておいてくれ」
その平隊士は煩わしそうに顔を顰めると、背いて足早に立ち去っていく。その手にはしっかりとあの刀。
日に日に暗く沈み、追い詰められたように気配が険しくなっていく。口数は極端に減り、他の隊士と居る事も少なくなった。
そうと気付いてからも、単に勤務に忙殺されて疲れてるのだろうと軽く見ていたが。治る気配無く、様子はおかしくなるばかり。
見回りに出かけても何か考え込んではぐれたり、いきなり怒鳴りつけてきたりと粗暴が目立つ。
「どうしたんだ? あいつは‥‥」
同僚も心配するが、当の本人が仕事中以外人と関わらぬようにしている為、どうにも取り付く島が無い。
どうしたものか。などと悩む内に、事は起きた。
夜回りをしていた四番隊。数名に分かれて不審箇所を見回っていたが、その最中に悲鳴が上がる。
駆けつけた現場には、斬られた平隊士が二名。どちらも酷い傷で、全身を血で塗らし肩で息をしている。
だが、その組は三人で行動していたはず。
「どうした!? 何があった」
「分かりません。歩が遅れていたので少し咎めた所、あいつがいきなり刀を抜いてきたんです」
平山の問いに、血塗れの平隊士は唇を噛む。血の気の失せた顔はむしろ現状を否定したいようだ。
「あいつは?」
「逃げました。何か‥‥自分のした事に酷く驚いているようでした」
血塗れの仲間に驚愕した後、苦々しい表情でその場を立ち去ったという。
「裏切る様な奴ではありません。思えば、態度が変わったのはあの刀を手にしてから。まさか、妙な物が憑いていたのでは‥‥」
「そういえば手にした頃、妙な声がすると言っておった。疲れているのだと笑っておったが」
俄かに信じがたい状況に納得つけようと隊士たちは口々に言い合うが。
「誰だ!」
平山が気合鋭く小刀を抜き放つと、家の影に向けて放つ。
一直線に飛んだ刃から逃れるように飛び出てきたのは一匹の猫。光る目を一瞬だけ四番隊に向けると、屋根に飛び乗り軽やかに駆け去る。
「とにかく。すぐに屯所に戻り、事情を話してあいつを探し出さねば」
「捜索はするが、人手は冒険者ギルドから借りろ。この件は内密に動かす」
猫の行方を睨むように見ていた平山だが、隊士の進言に即行否定を入れる。
「隊士を斬って逃げたとあれば裏切りと見られておかしくない。土方辺りに知られてみろ。切腹させられるか斬り捨てで終わりだ」
確かにその通り。さらにはこの件を皮切りに、どんな問題を突きつけられるか分かったものではない。
「分かったならさっさと行け! 数名は念の為に奴が刀を買った店主を探して、あの刀の来歴を聞き出してこい! 夜中だろうと構うな! 京中の店を叩き起こしても調べろ!」
平山の怒声と共に、隊士たちは騒然と動き出す。
そして、冒険者ギルドにも依頼が持ち込まれる。
「‥‥とまぁ、そういう事情なんで内密に動いて欲しい。逃げた隊士は例の隊服は着ていたとはいえ、着替えてるだろう。住まいは屯所な上、京には親しい知人とかもいなかったらしい。どこに行ったか皆目検討つかず、隊士たちも弱ってるそうだ」
他に知られぬようにか、貼り紙などに記さずギルドの係員は依頼内容を口頭で告げる。
「刀を売った店主は探し出して事情を聞けたそうだ。しかし、刀はとある浪人が食い詰めて手放した品で、妙な謂れなど微塵も無し。その浪人とやらも探し当てたが、不審点はまるで見当たらなかったそうなんだな。‥‥だが」
面倒そうに話していた係員だが、不意に目を険しくすると冒険者たちを睨みつける。
「隊士の態度の豹変振りは、やはり妙な物に目をつけられた可能性も考えられる。捜索は十分に気をつけて欲しい。もっとも、憑き物が無かっても乱心した新撰組隊士を相手にしなければならないのは変わらんだろうがな」
一体、彼に何が起きたのか。
分からないが、下手をすれば斬り合いもまたあり得るのは確かだった。
●リプレイ本文
年末に、露店で刀を戴いた新撰組平隊士。
その後、日が経つ毎に塞ぎ始め、様子がおかしくなる。
明けて新年。世の中浮かれ騒ぐ始まりの頃だが、別にそれに乗る必要は無い。誰だって、気が沈む事はあり、それがたまたま年始に重なっただけかもしれない。
しかし。
その隊士がいきなり別の隊士を斬りつけ逃走としたとなれば、話は別だ。
「多分ですけど‥‥その隊士さんはデビルに囁かれていたのだと思います」
ゲラック・テインゲア(eb0005)が貸してくれたマッパ・ムンディに目を通しながら、カラット・カーバンクル(eb2390)が控えめな口調で告げる。
ゲラックのかけたグッドラックの効果はどの程度効いたか分からないが、ひとまずそう結論付ける。
親しかった別の隊士に話を聞くと、その隊士の聞いていた言葉の内容は、とにかく嫌な言葉だと口にも出したくなかったらしい。
そんな言葉を聞いた者は他におらず、それはある意味幸いだった。
「デビルか‥‥。厄介だな」
四番隊組長・平山五郎が嫌そうに顔を顰める。場に居た隊士たちも彼ほど露骨でないが、不安な気配は隠せない。
日本でのデビルの活動は、西洋に比べると活発ではなかった。しかし近年、その報告が増えてきており、治安を預かる新撰組としても疎かには出来ない。
加えて、デビルには通常武器が効かない。浪人上がりが多い四番隊には対抗できる術や武器を持つ者が少ないのもまた頭の痛い要因となる。
「クレリックを探し、詳しい処は伏せて話を聞いてみたが、やはりデビルの関与を懸念しておったのぉ。対処も聞いたが、魔法やそれに類する武器など特殊な攻撃しか効かんし、奴ら独自の技を持ってたりするんでやはり面倒なようじゃわい」
ひょいと肩を竦めるゲラック。
クレリックは冒険者にもいるので、ギルドを当たれば難しくは無い。
加えて、現在欧州よりジーザス会が渡来し、戦乱に明け暮れる日本を救わんと熱心な活動を行っている。
その事で、古来からの仏教神道と衝突し、一悶着を起こしているが、それはまた別の話。
「そうと決めてかかるのもまだ早いかもしれない。‥‥しかし、妙な物に目をつけられたと考える方が自然だろう。曰くの無い刀であっても、隊士の手に渡ってから隙を見て憑いた可能性もあるしな」
鬼を食らいし羅刹咆餓(eb3090)が、刀を渡した露店の店主に話を聞くも、当日、あの隊士以外に刀に目をつけた者はいなかった。
ただずっと木に止まっていた烏が隊士の後を追って飛んだのを思い出したらしいが、それもただの偶然なのか何なのか。
「ま、どんな奴が相手でも指を咥えて見過ごすつもりはねぇってもんよ。化けもんなら遠慮もいらねぇしな」
豪気に笑って、雷真水(eb9215)は咆餓を見遣る。
武闘大会での遺恨も少しはあるが、依頼にそれを引き摺る真似はしない。むしろ頼もしくすら思ってるし、負けてなるかと気合も入る。
「とはいえ、今はその隊士さんよね。占ってみたけど振り子が示すのはこの付近」
「当てにしていいのか?」
「さあ? でも、鰯の頭も信心からって言うでしょ?」
レア・クラウス(eb8226)が、地図にダウジングペンデュラムを垂らす。
不安そうに首を傾げて覗いていた平山に、小さく肩を竦めて応える。
それでまた不安げになった平山だが、すぐに表情を引き締めた。
「鰯でも案山子でも構わん。とにかく今はあいつを見つける事が先決だ。これ以上、馬鹿な事をしでかす前に、各人、迅速に行動せよ!!」
恫喝にも似た平山に、隊士たち速やかに動き出し、冒険者もそれに倣う。
咆餓は平山に同行して心当りを探し、後の四名も二手に分かれて各々の方法で行方を探す。
「と言っても、本当に手がかりが無いわね。一体、どこに行ったのかしら?」
休憩を入れて座りながら、レアは軽く手を上げる。踊りで人を引いて客から行方を尋ねてみるも、知っていると答える者はほぼ無し。いたとしても、現在の居所にはつながりそうにない昔の話だ。
「人となりは分かってきたけどな。評判は押しなべて悪いが、組の仕事に誇りを持ってたそうだから、それを裏切るってのは考えにくいよな」
行動を共にしていた真水も、だるそうに手近な建物に持たれて休む。
レアの用心棒は想定していたが、遭遇したのは想定外の敵。
色気に惹かれた客というのは妖怪とはまた違う意味で厄介と言うか面倒と言うか。
聞けた話は手がかりにはならないが、悪いものでもない。
心変わりが自分の意志で無さそうだと補強する意味ではむしろ有用で、すなわち、物の怪の関与がまた濃くなる。
「新撰組の平山隊長になっているドッペルゲンガー‥‥なんていませんよね」
サンワードの経巻を広げてカラットが小さく笑う。
「隊士さんは元気ではいるようです。太陽さんの話だとここから遠くのようですけど、分からないって答えたりもしてきますし。これって、動いてるって考えてもいいですよね?」
「かもしれんが‥‥。しかし、それだけではまだどこを当たるべきか絞りきれんのぉ」
東西南北どちらにいるか。それに遠くと言っても漠然としすぎてどのくらい距離があるかもわからない。
考え込むゲラックに、カラットは少し考えて答える。
「他に事件が起きてませんよね? そうすると、人気の無い所に隠れているのかも。雨露だって凌ぎたいでしょうし、普段良く通る場所からそういう場所がないか当たってみてもいいと思います」
カラットの言葉に平山は頷く。
「悪くない考えだ。すると郊外か?」
時折集まり情報交換。散じて手がかりを探す。
「何が出るか分からん。それだけは気をつけよ」
手にした錫杖は布を巻き付け、一見そうとは分からない。それに目を向けながら咆餓は注意を促す。
そうした事を幾度も繰り返しながら、咆餓と平山たちは都外れに出ていた。
寂れた小屋が点在する他は枯れ木が立ち並ぶ。風が吹いて草木が揺れる他、動く人も彼らぐらい。
布を巻きつけていた退魔の錫杖からかすかに金属音が鳴り、咆餓は油断無く辺りに視線を巡らせる。
「誰かが忍んだ痕跡があるな。‥‥いるなら出て来い! 出て来ないなら容赦は無いぞ!!」
足元や小屋を調べていた平山が声を荒げる。
途端、近くの小屋の戸が吹き飛ぶ。
同時に出てきた男が刀を手にして突進してきた。
平山は刀を抜くと、男と組み合う。
その隙に、咆餓は錫杖を構えて急所に打ち込む。
「ぐほっ!」
素早く的確な動きに対処できず、男が崩れた。
気を失った男を平山が確認する。
どこで調達したのか、ぼろぼろに擦り切れた普通の服。髪は乱れ髭も伸び、顔を隠す為か泥に塗れている。
それでも、逃げた隊士に間違いなかった。
知らせを受けて、他の冒険者たちも集まる。
かくて、無事に見付かりめでたし、めでたし‥‥なのだが。
気を緩める事無く、レアは聖なる釘を地面に打ち付けた。
それに触発されたか、すぐ近くで何かが動く。すかさず、真水が大薙刀・蝉丸を突き入れる。
手ごたえがあった!!
「糞がっ!!」
一声吼えるとそれは逃れようと後退した。褐色の肌をした筋骨たくましい男。ジャイアント種族のようだが、そうではない。
「問題の刀を透視したけど、別に魔術品でもない普通の刀のようね。で、あなたはそこで何をしていたのかしら。こちらに来て説明してくれるかしら? 近付けたらだけど!」
レアの詰問に褐色の男は鋭く睨む。が、レアに飛び掛る気配は無い。
打ち込んだ聖なる釘は狭い範囲ながらデビルの進入を拒む。
行方を捜してこの場所に辿り付いた時、鳴った咆餓の錫杖はデビルを感知しての事。布で音を抑えていても、注意していたので聞き逃していない。
そこで足を止めて調べていた所、隊士が暴れ出した。
これで因果関係を疑わない方がおかしい。
「新撰組と知っての狼藉か? 何故纏わり憑く!」
「ふんっ! 粋がって刀を求めていたので面白いと思ったが、こうなっては用無しだ。‥‥喰らえ!!」
牽制しながらこっそりと印を組んでいたらしい。黒い霞のようなものに包まれると、翳した手から真水目掛けて漆黒の炎が放たれる。
「効くか!!」
炎に少し怯んだものの、威力自体は防具で守られ傷は浅い。
その隙に逃げようとしていたデビルに追いつくと、さらに刃を繰り出す。
達人の腕前に逃れよう無く。また、ゲラックや平山、咆餓も容赦の無い攻めを見せれば、数でも適わない。
瞬く間に褐色の男は刻まれ、倒れた躯はすぐに消失。後には何も残らなかった。
「人を殺せという声が聞こえてたんです。物の怪に浸け込まれるなど自分の落ち度。皆に迷惑をかけたくなくて、一人でどうにかしようと思ったのですが‥‥」
気がついた隊士に何があったのか詳しく問いただす。
何かが憑き纏っているのは分かっていたがなかなか正体を現さない。人を殺せとしつこく繰り返す言葉に従いたくなる衝動を堪えていたが、あの日、ついに我慢が効かず気付けば動いていたのだと言う。
本意ではないと思っていた。
しかし、もしかすると本当はそれを自分は望んでいて、怪異は見透かしただけなのかもと思うと恐ろしくなり、逃げ出してしまったのだと言う。
「ずっとあいつは憑いてきていて‥‥。今日も組長がいたのは分かってたんですが、自分を成敗しに来たから殺られる前に殺れとか言われて‥‥何かもう分からなくなって‥‥」
「結果的に騒ぎを広めてどうする」
消沈して語った内容に阿呆と平山が叱る。
「羅刹という日本のデビルでしょうね。暴力と誘惑を利用して悪の道へと引き釣りこむんだそうです」
人を操る術も化ける術もデビルは持っている。それに引っかかったのだろう。
無事に済んでほっとした反面、そういった輩がうろついている事実にカラットは身を震わせる。
「自分は‥‥どうなるのでしょう‥‥」
「どうもこうも無い。任務放棄でしばらくは謹慎してもらうが、いつまでも人手足らずに出来るほど京は安全ではない。後は、あの二人が思う存分殴られろ」
あっさりと告げられた言葉に、平隊士は目を丸くし、やがて平身低頭に礼を述べる。
「とりあえずはどうにかなって良かったのぉ。かような悲劇を我が神は望まれぬ」
ほっとした表情で聖印を斬り、ゲラックが笑う。
しかし、それも束の間すぐに表情が厳しく変化する。
デビルの跋扈。その活動は今も続いている。
大きな動きに出る事は無いよう。今は祈るばかり‥‥。