亀鍋は作りますか?

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 41 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月29日〜03月04日

リプレイ公開日:2008年03月08日

●オープニング

 京の都には化け兎が住む。
 うさと呼ばれる物の怪は、陰陽師の小町の家に居座り、彼女の保護の下に一応お月様普及活動を続けている。
 そのうさがいきなり冒険者ギルドに巨大な鍋を持って現れた。
 もっとも、持っているのは異国の青年――同じく小町宅の居候で、妖怪である。とりあえず猫と呼ばれている。
 載せた大八車を彼に牽かせて、ギルドの入り口に堂々と立つ。
「かーめ亀カメ、来〜い来い」
「どぉあれが、亀じゃあああーーーっ!!」
 陽気な呼び声に反応したのは、依頼募集を見ていた一匹の亀‥‥もとい、一人の河童。
 本名不明。名乗ろうとすると天に見放される謎な不運を持つこの河童は、一応冒険者である。
 うさに亀と呼ばれるのが不服で、何度も訂正させようとしているが、その度にうやむやになり結局亀のまま。
 もっとも、うさにしてみれば河童はすべからく亀、人間などは爺婆、シフールは虫。何も、彼だけが不当に扱われている訳ではない。
 とかく、亀と呼ばれるのは我慢ならず、今日も今日とてきっちり反応してうさの前へと全力疾走してきた亀だが。
「胡瓜上げる」
「おおおお! それは!!!」
 その鼻先に、ひょいとうさが突き出す青い物。
 夏野菜のそれは、今の時期入手がなかなか難しい。
「たまにはいい事するじゃないかっておおお???」
 亀は目の色変えて喜び勇んで胡瓜に飛びつこうとした。
 しかし、それより早くうさは鍋の中へと胡瓜を放り込む。
 放り込まれた胡瓜を追って、亀が鍋へと身を乗り出すと、すかさずうさが亀を蹴り上げる。
 体制崩した亀を鍋の中へと放り込むと、鍋蓋閉めて縄をかける。
「退却〜〜〜!!」
「悪い。騒がせたな」
 びしっと彼方を指して走り出すうさ。その後を、猫が短い詫びを残して、亀入り鍋を載せた大八車を牽いて去っていく。
 冒険者ギルドはただ呆然とその光景を見ていたが。
 やがて何事も無かったかのように、日常業務へと戻っていった。


「これはどういう仕打ちじゃーーっ!!」
「いや、うん。どういう事なんだろうね」
 そして、陰陽師小町宅。妙に血色いい河童に詰め寄られ、弱る小町。
「いきなり鍋に入れられたと思ったら、水入れられて火焚かれて!! 風呂かと思えばめっさ熱いし!!!」
「鍋だもん」
「煮るなーっ!!!」
 怒り心頭な河童に、胸を張るのはうさ。猫は隣で軽く肩を竦めている。
「こないだ狸は御仕置きしたから今度は亀なの。亀は亀なのに亀と認めないから御仕置が必要なの。これに懲りたらちゃんと亀と認めるよーに」
「だから亀じゃねーーっ」
「むー。まだ懲りないんだー」
 声を荒げる亀に、顔を顰めるうさ。
 その様子に小町が頭を痛める。
「何もそんな小さいの相手に真剣にならなくても‥‥」
「小さかろうが大きかろうがそんなの関係ねぇ! 亀と呼ばれて何が楽しい!! 大体保護者を名乗るならこいつの教育不足はお前の責任!! 教育、躾はきちんとしろ!!」
「無理」
「即答するなーーーっ!!」
 胸を張って否定した小町に、怒りの衝動をどこかで晴らしたいのか亀が地面を転げまわる。
 やはりその様を冷静に見ていた小町だが、さすがに哀れを感じたか、一つ息吐きやれやれと告げる。
「出来上がった性格矯正は難しいし、相手の否定にも繋がるし、そもそもそんなうさは面白くなごほごほごほ。
 とはいえ、今回の非礼は事実だし。これに招待したげるから、一つ許されてくれないかしら?」
 小町が懐から取り出したるは封書一つ。
「何だそれ?」
「温泉宿の宿泊招待状、な〜んてね。同僚の知り合いが家を留守にするんで留守番して欲しいってのよ」
 自慢げに広げた書状には、なるほど、手紙を持った相手を保証する内容とその同僚とやらの名前が書かれている。
「ちょっと人里から離れてるらしいから、無人にするのは心配なんだって。ギルドに頼めば留守番ぐらいすぐに集まるだろうけど、全くの他人より多少でも知り合いがいる方が安心できるでしょう? だから、とりあえず身の回りで探してたんだけど、そこん家温泉が湧くって聞いて請け負ってきちゃった♪
 大きな家だから、多少の人数揃えていった方がいいらしいし。ギルドにも頼むつもりだったけど、ここで確保したって別にいいわよね」
 うきうきとした笑顔で喜ぶ小町。
「温泉ねぇ〜。まぁ川の水は冷たいし、ちょいとあったまるのも悪かねぇなぁ」
 書状をまじまじと見つめ、事情を吟味した亀も顔を綻ばせる。
 が、
「亀が行くならうさも行く! 御湯があるなら、亀煮込む!!」
「煮込むなっ!! 風呂と鍋の違いはつけろ」
「ヤ」
 勢いよく挙手したうさに、亀は素早く否定。だが、うさはそっけなくそっぽを向く。
「くわぁーーっ! 生意気な! その根性しっかり直してやろうじゃないか!!」
「むー! 悪亀の悪い所こそ直すべきだもんっ!」
 顔を付け合せてにらみ合う一人と一匹。両者、一歩も退く気は無い。 
「ああもうさっさと行って来い。おとなしくこっちで留守番しといてやっから」
 それを見た猫は疲れた表情で、手を振り追い払う仕草をする。
 が、その手をがっしと小町は掴む。
「何行ってんのよ、あんたも来るのよ、荷物持ち!!」
「冗談! どう考えても行く方が疲れるだろうが!」
 真っ平御免と逃げようとする猫を、力づくで止めようとする小町。

 ともあれ、この面々では不安という事もあって。留守番をしてくれる冒険者を募集する事となった。

●今回の参加者

 ea1956 ニキ・ラージャンヌ(28歳・♂・僧侶・人間・インドゥーラ国)
 ea5386 来生 十四郎(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5061 ハルコロ(30歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

室川 太一郎(eb2304

●リプレイ本文

 ある家でお留守番。
 ただそれだけの依頼だが、赴く冒険者が揉め事抱えれば、易とも言い難い。
「な〜んで、この馬鹿兎まで一緒なんだ」
 本名不明。河童の冒険者が嘴を震わせる。
「悪亀がいい亀になるまで、うさはがんばる!」
「だーれーがー、亀だ〜っ!!」
 むんと胸をはった化け兎のうさ。
 すぐさま亀が怒鳴る。
「あの‥‥お止めしなくてよろしいのでしょうか」
「大丈夫。うさ様の周辺はこんなものです」
 いがみ合う両者を心配するハルコロ(eb5061)。
 が、御神楽澄華(ea6526)に諭されると、そうなのか、と今度は困惑して悩み出す。
「で、何で俺まで一緒にいかにゃならないんだよ」
 不機嫌なのは何も亀だけでなく。
 大八車を引いて文句をつけているのは、ワーリンクスの猫。
 ちなみに荷物の中身は食料が主。
 あるのを使っていいと言われても、冬の蓄え程度ではさほど期待できない。なので、ライル・フォレスト(ea9027)の知り合いである室川太一郎の手も借りて、市場などで買い込んでいた。
 二泊とはいえ、人数分の食材は結構嵩張るし重い。
 荷物持ちの他にも、いろいろ人手は多くて良いというが理由の一つ。
 そして。
「一人くらいは突っ込み役がおりまへんと。ボケ倒しやと事態の収拾が難しよって」
「‥‥今から行くのはお笑い合宿かよ」
「そういう会話のノリが必要になりそうやと思てます」
 あっさりと告げるニキ・ラージャンヌ(ea1956)に、猫は軽く睨みを入れるも、相手は笑顔を崩さずあっけらかんとしている。
「猫さんっていわゆる猫にはならないんですね」
「うん。勘違いされやすいけど化け猫とは違うからね。西洋にはワーウルフってのがいるらしいけど、あれの山猫版だって。あくまで人間体型の変化なのよね」
 小町から、猫の正体についての指摘を受けて、槙原愛(ea6158)が残念そうに肩を落とす。
 その様子を見たうさが、不意に人化けを解くと白兎のまま愛の背中に飛び乗り、元気出してと言わんばかりに肉球でぱふぱふ頭を叩く。
「あはは、ありがとです〜♪」
 お礼を言うと、嬉しそうに長い耳が上下に揺れる。
「こら待てー! 俺とそいつのこの扱いの差は何なんだーっ!!」
「‥‥亀、喧しいぞ」
 片方で愛想振りまき、片方で眼を飛ばしあい。変わり身の速さに声を荒げる亀を、低い声音で制したのは‥‥。
「な、お前! 裏切る気か!?」
「裏切るって‥‥。うさ公にうるさく言っても効果無いのはもう分かってるだろう。なら静かに対処あるのみ。‥‥な? うさ公」
 どこまでも静かに諭すのは同じく河童の黄桜喜八(eb5347)。
 うさに言わせれば彼も同じく亀なのだが、ラビットバンドにまるごとあざらしくんな喜八に不満は無いのか、悪亀のように五月蝿くしない。
 代わりに亀の方が苛立ちを隠せずにいるが、この際、喜八にとってどうでもいい。
 この依頼に参加した真の目的を果たす為には、うさの機嫌を損ねてはならないのだ。
「亀様も、うさ様の挑発に乗ってばかりいないで‥‥。冷静さを欠いては真の勝者になれませんよ」
「ま、なるべく仲良く喧嘩して欲しいな」
 窘める齋部玲瓏(ec4507)に、来生十四郎(ea5386)も苦笑交じりで声をかける。
 亀、孤立無援か。
 しかし、肩を震わすその怒りは、理解されない悲しさからでなく、
「だから、俺は河童だーー! 亀じゃねぇ!! そもそも俺の名前は」
「あ、あの家だわ。先方もなるべく急ぎたいらしいし、こっちも急ぎましょ☆」
 河童もまた種族名。亀は勿論不本意そのもの。今日こそは個人名を名乗るぞと意気込むものの、先導する小町の声が亀の声に被さってくる。
 亀個人と依頼主では、当然依頼主の方が大事な訳で。そういう事情ならと、冒険者一同、歩を早める。
「でも、亀では例えば黄桜さまも亀ですわよね? それでは個人が分からないのでは? 他の呼び方をしてみては?」
「悪亀は悪亀。他の亀は別に悪くないもん」
 むっとした表情で告げると、人化けし直したうさは小町を追って走り出す。
 やはり考えを改める気はないようで、少し嘆息付くと遅れないよう足を速める。
「だから聞けーーーっ!!」
 先を急ぐ冒険者の後を、亀の声が追っかける。
「まぁまぁ、抑えて抑えて。俺でよければ幾らでも話を聞いてやるから。で、名前は?」
「そうか、聞いてくれ。俺の名は」
 気落ちする亀に、慰めついでにライルが問う。
 ほだされ、亀が名乗ろうとした途端。その足元をサンレーザーの光が貫いた。
「そこ! 急ぐったら急ぐの! 早くしなさい!!」
 皆から少し遅れてた二人に、小町の怒声が飛ぶ。
「テメェ、魔法は侍の抜刀に等しいだろうが! 危ないだろうが!!」
「冒険者たるもの鍛錬も大事! 何時如何なる時も油断なるな、でしょう!!」
 抗議し突進する亀に、平然と小町も怒鳴り返している。
 何にせよ、これ以上話は出来そうにない。
 その内聞く機会もあるだろうと考え、ライルは走り出した。

「それでは、お願いしますね」
 屋敷の説明を済ませると、依頼者は出かけていく。
「わーい、本当に温泉だぁ♪ しかも結構広〜い♪」
 家の裏手に湯煙を見つけ、小町がはしゃぎ出す。
「大きな家だな。確かにこれでは家を空にするのは不安だろうさ」
「隣家からは少し離れてるし、山も近い。こっそり進入されたり山の獣が迷いこんだりもしてきやすそうだ」
 ライルと十四郎は、家の中や周辺を調べて回る。
「置いてある品もそれなりですし、わざわざ依頼されたのも分かりますわ」
 部屋の中を見渡し、複雑そうに玲瓏が告げる。
 依頼されたとて、留守番で特別な何かをする必要は無く。大抵は人の気配がすれば逃げていくだろう。
 問題はその賑やかさがどの程度のものになるかだ。
 家の検分が済めば、次の行動。といっても荷物の整理と晩飯の支度ぐらいか。
「何か昆布や煮干がやけに多いな。でかい鍋まで運び込んで‥‥」
 持ち込んだ食材などを保存用の蔵へと運び込み。その中身に十四郎は首を捻る。
「うさの。亀を煮込んで亀鍋天罰」
「‥‥上に上げとくか」
 良くも悪くも遠慮が無いうさ。迂闊に壊されないよう、十四郎はやば目な品を手の届かない所へと移し変える。
「そうそう。今の内に言っておくが。厨房などお湯を沸かすような場所には近寄るなよ」
「でかい湯あるから大丈夫。あれで亀鍋作る」
 神妙に十四郎が告げるも、うさは御気楽に湯煙たっぷりの温泉を指差す。
「あのですね。あそこは爺や婆、それにお月様の出雲も入るので遠慮して下さいませんか? お鍋にしたいのは一人だけなのでしょう?」
「でしょ?」
「分かった。じゃあ、あそこは止める」
 澄華に諭され、月のエレメンタラーフェアリーも口添えする(言葉を真似ただけだが)。
 うさは少し首を傾けたが、聞き分けは早かった。
「でも亀鍋は諦めてないみたいですね‥‥。亀鍋って美味しいんでしょうか?」
「すっぽん鍋ってあるし、いいんじゃないの?」
 不思議そうにしている玲瓏に、少しだけ考えて小町が答える。
 それ以前に、材料河童は問題ありすぎなのだが、傍にいる喜八もそれに突っ込まない。
 というより、それどころではない。
(この芳しく瑞々しい香りは‥‥間違いない!!)
 心躍らせ、その発生元を探せば。
 うさが荷物から、青野菜を取り出していた。
「よ、よう。それ、なんだ?」
「胡瓜」
 なるべく平静さを保ち、喜八はうさに話しかける。
「うん、胡瓜だな。だが、どうしてお前が持ってるんだ? しかもこの時期に」
「悪亀を鍋に入れるのに使うから、持ってるのー」
「いや、用途じゃなくてだな。何処で取れたモンなんだと」
 胡瓜は夏野菜。冬にはまずお目にかかれない。
 ギルドのおびき寄せでも、うさは胡瓜を見せている。持っている数は少なそうだが、それでもどこから入手したのか、胡瓜好きとしては実に気になる。
「ええい、これでどうだ! さあ、胡瓜を誰に貰ったか答えろ!!」
 業を煮やして、喜八が掲げたのは一本の人参。しかも特定の動物に進化を導く特別製。
 河童に胡瓜なら兎には人参。効果覿面で、目を輝かせてうさは喜八に飛びつく。
「痛い痛い。胡瓜の出所言ってくれたら渡してやっから」
「亀からもらったのー」
 あっさりとうさが答える。
 曰く、知り合いの亀――多分、他の河童だろう――が冬用に氷浸けで貯蔵しているとか。
 ただの氷だと痛むので、アイスコフィンか。河童自身が魔法を使えずとも知り合いにいれば十分。
 聞いてみれば、実に簡単な話で。魔法の胡瓜か仙人の仕業かと悶々としていた喜八としてはやや拍子抜け。
「人参ありがとう〜♪」
 そんな喜八の手から人参をもぎ取ると、嬉しそうに跳ねていく。
 空になった手を何気なく眺めていた喜八だが、
「しまったああ! あの胡瓜と交換と言っておけばよかったぁあ!」
「そこ。終わったなら夕飯の仕度手伝ってよ」
 一生の不覚に悶える彼に、内情知らない小町の非情な声がかけられた。

「鰤飯と菜飯どす。今日は出かける暇もあんまり無かった訳やけど、そろそろフキノトウが出てきてる筈やし、明日は探しに出てもええどすな」
 食卓に並べながら、ニキが説明。
「米は運び込んだし、芋がら縄も使っていいから。まだ寒いし温かい物が欲しいよね」
 ライルの言葉どおり。食料には心配ない。
 問題はそれを料理する面子だ。
 例えば、ニキは技量はそれなりでも細かい作り方まできちんとしている。
 が、何気にでろ甘い品が混じっているのが、やっぱり彼らしい。
「荒巻鮭がありますから、あれも使っていただいて構いません。そうそう、マタタビ酒もございますが、猫さまお飲みになります?」
「お、いいね」
「マタタビ癖悪いわよ」
 ハルコロの申し出に、猫は喜び、小町は小さく釘を刺す。
 食事も済んで一息ついて。
 風呂は男女別別に。とはいえ、大きな風呂でも二手に分けたぐらいではやや窮屈さが残る。
「亀はこっちに用意したよ」
 手招くうさに着いていけば、何時の間にやら大釜に湯がはられ、昆布やらが浮かんでいる。
 お風呂を鍋にしないと約束したので、ちゃんと別に用意していた。
「こんな怪しい湯に入れるか!」
「はいはい。いちいち反応しない。全く、何時の間にこんな準備をしてたんだか」
 ふと思いついて、ライルは手桶で軽くうさにお湯を撒くと、うさはびっくりして逃げていく。
 金槌に起因してか、水は苦手らしい。
「むー。悪爺も鍋決定!!」
「落ち着け。それより、俺は後で静かに風呂に入りたいし、待つ間でも月見しないか? 人参もあるぞ」
 地団太踏んで怒るうさに十四郎が声をかける。
「月見? 人参! 行くー。お爺好きー。うさのお餅分けたげるね」
 月は新月に近く、天は暗がりの方が多かったがそれでもうさには関係ない。
 人参にも釣られてあっさり十四郎についていった。
「‥‥行ったね。じゃ、今の内に名前を教えてもらおうか」
「良く聞いてくれた! 俺の名は」
 うさの姿が遠くなったのを見届けた後に、ライルが徐に切り出す。
 だが、亀が勇んで踏み出した足場は、ライルの撒いた水で滑りやすくなっていた。足を滑らせ、見事に引っくり返る。
「えーと、大丈夫かーい?」
 なんだかなぁと思いながらライルが声をかけるも、頭でも打ったか、亀は完全に気を失っていた。

 明けて二日目。
「おはよう。皆早いわね」
「おそようですよぉ。来生さんなんて、早起きして部屋まで温めくれてたんですよ」
 いい加減、昇った太陽が冬の空気を暖め出す頃。のんびりと起きてきた小町に愛が口を尖らせる。
「ごめんごめん。のんびりしていいやと思うとついね」
「いいですけど。朝ごはんは私が作りました。花嫁修業で習ったんですよ」
 陽気に告げる愛に、小町も笑いで返す。
 そうして、出された朝御飯はと言えば‥‥。
 とりあえず、眠気は吹っ飛ぶ素晴らしい出来栄えだった。
「あれー? 皆様どうしたんですか? 変な顔しちゃって」
 一口食べるなり、固まった一同を見渡し、それでも愛はニコニコと笑顔を崩さない。
 そんな素敵な朝の一面を除いては、各々、やるべき事をこなし、うさは亀をおいかけ、何事も無く一日が終わる。
 家事手伝いも分担しているとはいえ、結構な仕事に変わりない。
 一日の最後に温泉でのんびり出来るのは、それだけでも十分な報酬に思えた。
「うさ様ではありませんが、月があまり見えないのが残念ですわね」
 空を見上げて玲瓏は笑みを浮かべる。
 周囲に家が無いのを利用して、露天の風呂は実に見晴らしが良い。ここから見る月はまた格別だったろう。
「ところで気になってたのですが‥‥。しちょうしゃさあびすなるモノは行わなくてよろしいのでしょうか。温泉に付き物と聞きましたが」
「いや、それどこの誰に聞いたのよ」
 温泉にゆったり浸かりハルコロが困っていると、小町も別の意味で困ってしまう。
「そういうのは特にやらなくてもいいの。ってか、視聴者なんていないし」
「ここいるよー」
 したり顔で説明する小町に、別の声が重なる。
 ぎょっとして見れば、うさが指差す庭木の陰に、緑の悪亀が隠れようとして甲羅を覗かせている。
「ち、違う、覗きとかじゃなくて! この馬鹿兎を如何にしてやっつけるか思案してたら、こんな所に!? それに異種族の裸なんざ興味無」
「問答無用!」
「って、小町さん燈篭投げないでー」
 弁解する亀に、小町がすかさず実力行使に出る。
「おーい、何の騒ぎだー?」
「御気になさらず、殿方は来られぬように。すぐ終わります」
 逃げ惑う亀に追いかける小町と、便乗するうさ。
 騒ぎに気付いた男性たちが遠くから声をかけるが、澄華は特に感想無く状況を告げる。これもまたよくある風景か。

 昼には依頼主が戻るとあって、最終日はさすがに慌しくなった。
 頼まれていたとはいえ、借りた家はきちんと返さねばならない。
 騒いだ痕跡も無いように、後片付けに余念が無い。
「亀鍋まだ作ってないのにー」
「まぁまぁ。代わりにお月見で楽しんだのでしょう?」
 うさが不満を告げるも、玲瓏に宥められてすぐに機嫌を取り戻す。邪魔にならないようにともらった雛あられも、良かったのかもしれない。
 家の広さこそあれ、気をつけて生活していたので、清掃がほとんどで修繕の必要はほとんどなかった。
 むしろ、帰ってきた依頼主たちが家が綺麗になったと喜んでいた。
 報酬を受け取って、帰路につく。
 まったりのんびり‥‥とは言いがたい面もあったが、いい骨休めにはなったろう。
「そういえば。結局亀さんは何てお名前なんでしょう〜?」
「だから!! 俺の名は」
 尋ねる愛に、亀が声を上げるが、
「悪亀」
 間髪入れずにうさが断言する。
「だから! 亀じゃねぇーっ!!」
「むー。緑で甲羅で水かきで嘴で頭つるつるは亀なのーっ! 嘘つくのは悪亀だーっ!!」
 街道のど真ん中で、うさと言い争う河童。
 とかく、世は平和と思える。