【糾える縄】 延暦寺
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:5人
冒険期間:03月20日〜03月25日
リプレイ公開日:2008年03月30日
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●オープニング
それは年末。まだ春を待ちわび、寒さに凍えている頃。
「つまり、我らに無断で鬼ども――あの酒呑と接触を計ったと?」
「御意」
京の都、その中枢。日本の将来を担う貴族たちを前に、天台座主・慈円は恥じ入る事無く毅然とそう頷いた。
慈円の坐す延暦寺。その寺がある比叡山には同じく鬼たちが巣食う鉄の御所がある。
その鬼たちの王である酒呑童子と密かに会談を行ったらしいという話は出ていたものの、改めて慈円自らの口から事の次第を聞いて、貴族達は呆れ返る。
さらに。
元々酒呑童子は開祖・最澄の弟子であり、慈円にとって兄弟子にも等しい存在であった事。
やがて流れる鬼の血に気付いた先代の酒呑童子によって鉄の御所へと引き取られ、先代身罷った後にその座へ着いた事。
水無月に都に赴いたのも戦の意志は無く、その後の騒ぎも人が仕掛けた戦から身を守ったに過ぎず。
鬼たちが暴れたとしてもそれは鬼という個体の性から外れるものでなく、少なくとも酒呑個人からは都と争い続ける意志は感じられなかった、などなど。
その他、都に居座っているだけでは分からなかった鬼たちの内情をもたらしたのは僥倖と言えよう。
が。その代償として、斬り落とした酒呑の腕を治療したと聞いた貴族たちの狼狽は激しく、何人かが卒倒する始末。
「やり取りの顛末で腕を治したのは‥‥得られた情報の価値からして不問と見てもよかろう。だが、酒呑から託されたという鬼の腕は都で管理すべき品。即刻お渡し願いたい」
腕はクローニングで再生した為、元々斬り落とされた方は延暦寺に託されたという。
ならば、その腕を都に戻し、折を見て高野山の文観に酒呑を調伏させようというのが貴族たちの腹だったが。
「お言葉ながら。腕は供養であると同時、酒呑殿から最澄さまへの恩義の証として託された品。その志に背く事は、我らとしても開祖さまに申し開きが出来ませぬ」
慈円はきっぱりとこれを拒絶した。
「鬼などの言葉が真実であると何故言えよう。策を弄して何か都に禍を持ち込む算段であれば何と致す!」
「その時は、我ら天台宗が全力で阻みましょう。それとも、高野の僧侶お一人の方が頼りになると申されるか!!」
騒ぐ貴族たちに、鋭い一喝。その声に押されて、貴族たちが押し黙る。
「では、失礼致します」
その隙をついて、さっさと慈円はその場を退く。
後に残った貴族たちのざわめきは、その後も長く続いていた。
「ってな感じの事があったらしいんだってばさ」
そして、春間近となった冒険者ギルドでは。京都見廻組の坂田金時が暢気な声を上げている。
政治の中の事は外からはよく分からぬものの、人鬼会談には冒険者も関わっている。
ギルドに報告された話と吟味すれば、まぁ、想像に堅くない内容ではあった。
「でまぁ、そんな事で都の貴族たちと延暦寺の間にはちょっとした溝が出来てたりするらしいんだ。そこに来て今回のジーザス教撲滅万歳活動だろ? 都に兵を入れてる事には変わりないんだし、ジーザス撲滅と見せかけて実は都を排斥する布石であり、鬼と結託して国を牛耳ろうとしてるなんて言い出す人もいたりするらしいんだよ」
考えすぎだろうけどね、と金時は肩を軽く竦める。
「そこまでいかなくても、今回のジーザス教撲滅の動きは疑問視する声が多いみたい。今動きだしたって理由もよく分からないし、ジーザス擁護の諸大名の動きによっては政治的にもまずい事になっちゃうし。‥‥まぁ、そんな力を持ち出したからこそ危ぶんでこれ以上になる前にようやく動き出したって声もあるようだけど」
告げて、何かに気付いたように珍しく困惑して顔を顰める。
「ジーザス擁護の国の中に尾張があるってのも問題なんだよね。というか、代表格さね。
尾張って政治的に強い国だし、今は地元が大変でこっちにまで余裕は無いようだけど、安定した後何か言ってくる可能性はあるし、良かれ悪しかれ今の貴族連中じゃその言い分がどうあれ対抗できるのかなー、どうかなーって感じな上に先に言ったように延暦寺とはちょっと不仲気味だし。そうすると、とんとんと延暦寺に干渉する可能性が出てきちゃうってな訳さね」
それこそ考えすぎ‥‥と言いたいのだが。
取り巻く状況を思えば、やはりその心配は出てくる。
「そいでもって。知っての通りだけど、京都見廻組の上は京都守護職で、今は空席が続いているけど前の前は尾張の平織虎長さまが就いてたんだよね。同僚の中には、今だ虎長さまを慕う者も多くて、考え方も尾張寄り‥‥つまりジーザスを肯定的に考える奴も少なくないんだ」
ジーザス教を信じるかどうかはこの際関係ない。
ジーザスに胡散臭さを感じても、虎長公、惹いては尾張の為す事ならば受け入れようと考える者も多い。全面否定する者の方が少ないだろう。
まして虎長が復活し、天下布武を発した今。勢いは増すばかり。
「ま、そんな訳で今回の事態にどう対処したらいいのか、正直こっちも困ってる。なんで、連れ去られた信者の家族から家に帰すよう要請があって、それを伝えに行くついでにひとまず向こうの様子を探っておこうというのが今回の依頼なんだよ」
改宗させる為に、連れ去られたジーザス信者は多く、それに対する抗議の声は当然京都見廻組にも届いている。
延暦寺の態度からして、帰せとお願いした所で従わないのは分かりきっている。
それでも行かぬ訳にはいかないし、行く為の大儀名分にはなる。
「同じく僧兵やってんだからーって事で任されて、人員不足につき冒険者ギルドで人手を借りろって言われたんだけど。
くれぐれも一人で行くな、不安だからってどういう言い草なんだろねー!?」
ぶーっと思い切り頬を膨らませて不平一杯の金時。
その態度が全て物語っているのだが、当人は本当に気付いてないらしい。
●リプレイ本文
日本は今や群雄割拠。
複雑な情勢の最中で起こる揉め事は、小さい事でも極めて厄介。
ましてそれが小さくも無ければ、ひたすら頭を痛めるだけだ。
「言ってすんなり返してくれるとは思えないけどねぇー」
「坂田様、少しはお静かになさいませ」
「え〜でもー」
延暦寺の僧兵により、改宗の為に連れて行かれたジーザス教徒たちの解放を求める。
どちらの勢力に対する対処も受けていない以上、治安維持組織としては『民』としてのジーザス教徒を一方的に無視出来ない。
が、複雑な事情は京都見廻組内にも十分ある。面倒な事態に京都見廻組の坂田金時は延暦寺の道のり愚痴りっぱなしで、同僚の御神楽澄華(ea6526)に窘められ続けている。
「けれども、確かに厄介な事態でござるよなぁ。友人も妙な卦が出てるとか言い出すし、困ったでござる」
見廻組として情勢を聞いた久方歳三(ea6381)は金時を見つめて、しばし嘆息。
護堂万時から、今の状況だと最悪延暦寺が攻撃されるのでは、と言われたものの。胡散臭い占い以前に話としても現実味が無い。
延暦寺は政治的にも武力的にも一国に匹敵する。そこに手をかけるなど、戦をしかけるに等しい。
また、延暦寺が機能を失えば鬼門は解放され、都と鉄の御所が直接相対する事になる。
酒呑童子にはどうやら戦闘の意志は無いようだが、彼の配下、何十、何百という鬼たちは果たしてその好機をどう捉えるか。敵の敵は味方と言うが、延暦寺排除を行うのはすなわち鬼の味方という図式が簡単に成り立ってしまう。
何より日本は古来より神道と合わせ仏教を信仰して来ている。信者の数は新興ジーザス教とは比べ物にならない。
その信仰の地に仇を為し、祟りを恐れぬのはそれこそ鬼畜生ぐらいだ。
もっとも、そんな結論で今の事態が好転するはずなし。
むしろ、そんな寺がどうしてと改めて気が重くなる。
乗らない気分を隠して、応対に出た延暦寺の僧兵に用件を申し出れば、やはり駄目だとあっさり断られた。
「それより、そちらの者は?」
「外国の学生で月の精霊と共にある者です。今回の事態でお話をお伺いしたく同行させていただきました」
見咎められて、カンタータ・ドレッドノート(ea9455)が丁重に挨拶する。
目深にフードを被っていても、外国人であるのは分かったか。胡散臭そうな目を向けてきたが、見廻組の手前、それ以上言ってこなかった。
「連れてこられたジーザス教徒たちは帰せぬとのお言葉ですが、今一度検討していただけませんか。そもそも都の治安を考えて立つ者が、その都に兵を送り込み、強引に神皇様の臣民を連行している行い。如何様にお考えか、お聞かせ願いたい」
「邪教に入れ込み、道を外そうとしている者に今一度道を諭すだけだ。乱心している故、手荒な扱いもあろうがそれは致し方ない」
言われたからとすぐに立ち去れない。強い口調で澄華が詰問すれば、向こうも胸を張り揺るがぬ声で告げてくる。
「しかし、その行動は人道としていかがなものでござるか。下手をすれば‥‥その‥‥京と御山とを巻き込んだ乱が起きるかも知れないでござるよ?」
「我らに仇為すは都に仇為すと同じ。すなわち神皇様方に仇なすに等しく、そのような非道な振る舞いを天はお許しにならぬだろう」
怯まぬ態度の僧兵に、歳三も口を挟むがやはり変わらず。いや、態度はむしろ威圧的になってきている。
手を出してくるとは思わないが、いい雰囲気ではない。
これ以上揉める前に、先手を打ってカンタータはメロディーを使って沈静化を試みる。
「♪争う事は〜 厭うべき〜
♪抗う事は〜 厭うべき〜
♪貴方は〜 人道歩む者〜
♪湖心が〜 御身に〜 沁みて来る〜」
魔法光がばれると気を悪くされる可能性がある。
なので歳三の影に隠れてごまかし、さらに高速詠唱で魔法を発動させ、冷静に話し合うよう歌い上げるが‥‥。
「‥‥頭は大丈夫か?」
「酷っ!!」
冷静にはなったようだが、僧兵は突然歌い出したカンタータを奇異の目で見ている。‥‥単に呆れたのかもしれない。
「えーと彼女はまぁ大丈夫ですのでお気になさらず。それより、ジーザス教徒たちを解放する気はないという訳ですね」
「彼らが邪念を捨て、御仏の心を思い出さぬ限りは」
問いかけに、僧兵はきっぱりと頷く。
どうやらこれ以上は言っても無理。あまりごねて関係を損ねるのは得策ではなく、今は退くのが吉か。
「都に禍を持ち込む心算は無いというのでしたら、真意を伝え理解を得た上で改めて行って頂きたい」
「我らは聖に生きている。俗世の者には分かり難い事もあるだろうが、信じておればよい」
去る前に澄華が丁重に頼むも、相手は鷹揚に頷くばかり。
「どうにも難儀でござるな〜」
山門から遠く離れて、聞く耳ないのを確認すると歳三が盛大に息を落とす。
「一時の感情とかで無く、何か確固たる信念めいてましたし。彼ら下の方まで規律が行き届いているとなると、動かすとしたら上からですかね。動かせればですけど」
カンタータが来た道を振り向き、やはり小さく肩を竦め、フードを目深に整える。
「もう一方が何とかうまくどうにかしてくれたらいいんだけどねー」
御気楽に告げる金時。
その言葉に周囲は賛同したいようなでも難しいような、何とも言い難い表情を作り、来た道を――すなわちその先にある延暦寺を見つめた。
冒険者の中には、以前会った事がある伝を頼って慈円たち高僧に会えないか画策する者もいたが、向こうも忙しいのかなかなか上手くいかない。
「大塔宮に天台座主への進言をお願いしたかったが連絡が取れないな。凶事は聞こえないから単にお忙しいだけか」
寺に足を運びながらも、白翼寺涼哉(ea9502)は落胆して肩を落とす。
伝言を渡すが、返事は特になく。よもや具合でも悪いかと心配にもなったが、そうでもないようで。
「昨今の延暦寺の動き‥‥僧兵については、あまり快く思われてはないようだな。まぁ、新撰組でも隣夫婦でも目先で暴れられては困るのと同じ程度か」
サントス・ティラナに市民がどう思っているのか調査を頼んだ涼哉だが、さすがに騒動を歓迎する声はあまり無い。
とはいえ、それがジーザス狩り忌避に繋がるかはまた微妙な所で。人によっては、ジーザス教を捕縛する為なら仕方が無いと考える者もまた少なくは無かった。
「御仏を求める者にジーザスの加護は必要なく、ジーザスを求める者に御仏は過去の遺物という訳か」
仏の慈悲を示してもらうよう頼みたかったが、しかし、それが実行されてもジーザス教徒たちが仏に感謝するとは思えず、結局ジーザスの慈悲に摩り替わるだろう。
仏の祈りは届かず、どころかますます離反する可能性があるなら、果たして寺が動くかどうか。
天台座主に会うのも同じで、海上飛沫(ea6356)が目通りを願うが、忙しいの一点張りで取り次いでもらうのも一苦労。
ようやく取り次いでもらっても、話は手短にと釘を刺される。
「ではさっそく用件を述べさせてもらいますが。信者の家族から家に帰すようにとの要請がありました、と伝えるよう依頼でしたので申し上げさせて頂きます」
「残念だが、今は叶わぬようだ」
あえて回りくどい言い方をする飛沫に、慈円も苦笑している。
短い言葉に落胆をする事はなく、飛沫は居住まいを正すと改めて慈円と向き合う。
「ここからは個人的興味とさせて頂きますが‥‥此度、連れたジーザス信者達から何か判明しましたでしょうか?」
「ほう?」
明確な言葉に、慈円が興味を惹かれて眼差しを向ける。
その瞳を見つめ返し、探るように飛沫は言葉を選ぶ。
「慈円様自ら動かれたのは、以前、酒呑童子との会談で話題に昇った日本以外から来た妖とやらに動きがあったという事でしょうか?」
慈円が瞑目する。何かを考えるように。
沈黙が訪れたが、次の慈円の言葉を待つ暇は、今は無い。
飛沫とは維新組の誼で同行した小坂部太吾(ea6354)が、言葉を繋げる。
「昨年水無月頃になりますが、我が国で夜叉などと思しき怪異がジーザス教を隠れ蓑に暗躍していると思われる事件に出会った事は確かにございます。
されど、布教に来たジーザス教の者達の全てが、奴らとは限りますまい」
例えば冒険者の中にもクレリックや神聖騎士はおり、布教活動している者もいる。そして、彼らは当然魑魅魍魎の類ではない。
管理の厳しい月道を妖が利用して来るはずも無く、そうやって訪れた者全てが妖に成り代わられているとするのも乱暴な話だった。
「あまり表立って排斥にかかっても、異国との外交に支障もございましょうし、肝心の悪の尻尾を掴みそこねて逃がすやもしれませぬ。
デビルは狡猾にして冷酷。下手を打てば此度の動きを逆手にとられ、姦計におちかねません。事を収めるには、密かに大元たる者供の所在を掴み、一網打尽にするのが最上に思われます」
「では、如何様に密かに探すおつもりかな?」
静かに問われて、太吾が言葉に詰まる。
「調伏は坊主の生業。妖の記録は何もギルドや陰陽寮だけではない。狡猾な化け物なれば隠れ蓑を使っていると見せ掛け、さらに別にいるのやも。手をこまねいている内に取り返しがつかない事態になってはもう遅い」
「ですがそれでは」
どこにいるか分からないなら、ジーザスに手を加えるのも無意味では。言いかけたが、その前に察した慈円が首を横に振る。
「どの道、ジーザス教はこの国によろしくない。あれは御仏の加護から目を逸らさせ、日本の基盤を揺るがしかねない」
憐れむ表情は誰に向けられたものか。
言葉に詰まっている内に、若い僧侶が慈円を呼びに来た。引きとめはできない。
「今は多くは話せぬが‥‥いずれ、力を借り受けるやもしれぬ」
その時はよろしく頼むと告げはしたが、社交辞令かは判断つかなかった。