【糾える縄】 鬼の巡り
|
■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月02日〜04月07日
リプレイ公開日:2008年04月10日
|
●オープニング
突如として始まった延暦寺によるジーザス教排除。
多少の混乱はあったが、ジーザス教徒以外の民にとっては概ね日常が変わる事は無い。
むしろ困惑しているのは、都を治める貴族たちの方だった。
何せ、統治する彼らを尻目に都へ乗り込み暴れられているのだ。威信台無しである。
けれども、延暦寺は長く都の鬼門を押さえ、鉄の御所と相対してきた権威ある寺。下手に口を出して臍を曲げられれば、それは直接都が鬼の脅威に晒されるに等しい。
そもそも異国の神を崇めるのは、天孫たる神皇の正当性を否定する事にも繋がる。それを思えば今回の動きは都――いや、日本にとって十分有益になる。
なれば形だけ僧兵を制し、動き自体は容認すればよいかといえば、そういう訳にもいかない。
ジーザス教を容認する諸国大名も多く、とりわけカテドラルを有する尾張は政治的に決して軽んじてはならない。
複雑な情勢の日本で、かの国を刺激するような事態はやはり避けねばならないのだ。
そういった経緯は延暦寺とて分かっている筈。にも関わらず動き出したのは、案外尾張を挑発する腹積りかもしれない。
何せ五条の宮の乱の折、延暦寺が招いた甲府の武田上洛を尾張の平織が阻んだ辺りから、両者に亀裂があるのは周知の事実だ。
だが、もしそうならばそれはあまりに都を軽んじる行いだ。
無断で酒呑童子との会合を行い、あまつさえかの腕を渡さず怨敵調伏の機会を奪った件を考えても、延暦寺が都をどう思っているのかはなはだ疑わしい。
ここは都の威厳を示すべく、延暦寺の動きを制すべき‥‥と行くと、また最初の延暦寺の長きに渡る働きやジーザス教を野放しにした時の危惧などに行き着いてしまう。
実に堂々巡り。
朝廷でも話題にはなるが結論は出ず、悪戯に日だけを重ねている。
(「全く頭の痛い」)
その日も実入りの無い話を終えて、貴人は帰宅するところだった。
牛車に揺られながら明日もまた繰り返すかとため息をついた時に、車の揺れが唐突に止まった。
「どうした? まだ着いてはいないだろうに」
訝って外を見る。やはり家には着いていない。
目に入ったのは日も沈んで人気が絶え、静かになった通り。そこに倒れている従者や護衛。
そして、鬼と土蜘蛛。
いや、輪郭がぼやけ向こうが透けて見えるのは実体ではない。幽霊か。
その数、十を軽く越える。それらが一斉に貴人へと向いた。
「ひっ」
虚ろな眼差しに注視され、逃れようとした貴人が牛車から転げ落ちる。
そこへ、化け物の霊たちは一斉に飛び掛っていった。
※ ※
「出ました」
昼日中から、志士侍が大内裏を掘り返して土塗れになっている姿は実に珍しい。
それを指揮しているのが陰陽寮陰陽頭の安倍晴明であるのだから、自然、奇異の目が集まる。
何を掘っているのか、それを見届けようと野次馬は穴を覗き込むと、途端に身を退きその場から立ち去る。
大量の死骸が、そこに埋まっていたのだ。
「なんじゃあ、こりゃあ?」
「大内裏に入り込まれた時の置き土産でしょうね」
中途半端に土に還っている死体に京都見廻組の占部季武が顔を顰める。
埋まっていた死体は、ほとんどが土蜘蛛。当時を思い出せば、ただの土蜘蛛でなく化け土蜘蛛たちか。
それに混じるように鬼の遺骸。その体の中心近くには木の杭のような物が見える。
「下から攻められたのは、あれを埋める為でもあったってか? しかしどえらく古い話が今更出てくるな」
大内裏が攻められたのは半年ほども前。酒呑童子の腕が取り戻されてしまった辺りの話だ。
しかも、死体に杭を打つ類似の事件は、それ以前から始まっている。妙な話が絡んだ割には、向こうが動きを止めたのでそのままになっていたが‥‥。
「五行相克による陰の巡りに血の穢れで腐敗を呼び込み、負の流れを築いたといった所でしょうか。ですが、その程度の画策で事が成せるならば、あちこちで気軽に幽霊が歩いてるでしょう」
「? どういうこっちゃ?」
「機が熟しつつあるという事ですよ」
首を傾げる季武に、晴明は薄く笑い‥‥その笑みもすぐに消え去った。
「各地で起きている異変も影響しているのでしょう。陰の気配と思念が負の気を触発し‥‥何より彼らの執念もあって本来動き得ない呪詛が力を持った」
淡々と告げる晴明。神妙に聞いている季武だが、そこら辺には興味ないと言った顔をしている。
だが、それでもひっかかる言葉があった。
「呪詛?」
「でなければ、わざわざ彼らを選んで襲う必要はありますまい」
尋ねる季武に、やはりあっさりと答える晴明。
洛内で貴族たちが鬼や土蜘蛛の霊に襲われるという事件が続いていた。襲われた者たちの共通点は、昨今の延暦寺とジーザス教の動きに何か対策を取ろうとしていた事。
霊に恨まれる動機としては妙な話であり、別の何かの意図が働いている事は推測できた。
ただ、呪詛だろうが祟りだろうが、京都見廻組としては興味ない。そういう訳の分からないのは黒虎部隊の仕事だ。
霊を恐れて貴族たちの動きは鈍っており、その為規制に動きが無いのは困るが、現状の治安に変化無しと思えばどれ程でもない。
問題となり得るのは。
どこで話を聞きつけたか、霊退治にジーザス教徒たちが乗り出してきている事だ。
霊に憑かれたなら、仏にすがるのは至極当然。そうなれば、ますます延暦寺の権威は上がり、ジーザスへの風当たりは冷たくなる。
それを回避する為、また貴族に恩を売って活動を認めてもらう為、神父や信者たちが動き出したという訳だ。
そして、さらにそれを回避すべく、延暦寺の僧兵たちもまた霊への対処に当たると同時、ジーザス教排除の動きを強化していた。
どっちが化け物を退治しても遺恨が残る。
両者の衝突を避ける為には、別に見廻組でもこの際新撰組でも構わないので、第三者がこれを何とかするのが一番。
そう思って季武は晴明を訪ねたのだが、どうもそれも一筋縄で行きそうに無い感じである。
「確か四方の事件には茨木童子が絡んでたよな‥‥。でも、あれがこんな騒ぎ起こして何の得があるんだ? そういう事はわからねぇのか?」
「そういった事はそちらの仕事でしょう。私は神皇様に呪が及ばぬよう、護りに詰めねばなりませんからこれで。ああ、遺骸はこちらで片付けておきますから」
「それで霊たちの徘徊も鎮まらねぇか?」
一縷の望みをかけて尋ねるも、やっぱり相手はあっさりと首を横に振る。
「動き出した呪を止めるのは無理でしょうね。ただ貴族たちは己が保身に関しては素早いですし、個々に身を守る術は確保なさっている筈。化け物霊もさほど高尚な話でなし。散らしていけばその内消えてなくなるでしょう」
簡単に言ってのけると、晴明は土堀りをしていた人たちに遺骸の運び出しを指示する。
「誰が何の為にこんな騒ぎを起こしたのか。それも気になるがさしあたっては、やっぱり延暦寺とジーザスの衝突かねぇ」
治安維持も楽ではない。そう言わんばかりに季武は天を見上げ、とりあえず人手確保に冒険者ギルドに赴く事にした。
●リプレイ本文
僧といえば聖人だろうが、僧兵の存在が示すように武を厭う訳ではない。
まして、延暦寺は目と鼻の先に鬼の棲家・鉄の御所がある。武力も磨かねば当の昔に滅んでいた。
磨かれた力は山だけに留まらず、都にも影響を及ぼしている。
かつてとある権力者が「自分が思い通りに出来ぬのは、鴨川の水と双六の賽と山法師だ」と嘆いたそうだが、思想や格の違いで他宗派との争いで困らせる事もあったようだ。
それでも延暦寺は都を守り続けてきた寺院。仏教も庶民の生活に根ざしており、人々の信仰も厚い。
ステラ・デュナミス(eb2099)は今回の事態を市民が思うより延暦寺寄りでいる事に驚いていたが、日本でのジーザス教の歴史はまだ始まったばかり。
西洋の宗教だとの知識はあっても、庶民にとってやはり日々の加護は神仏の賜物。寺に肩入れするのも無理はない。
「だからって、今の事態を放っといてもよろしくなさげだよなぁ。同じイスパニアとして無関係なあたいまで白い目で見られるようになるかも知れねぇ」
発端ともいえるジーザス会はイスパニアから来た。同郷の境遇にクリムゾン・コスタクルス(ea3075)は不安とも不満ともつかぬ嘆きを訴える。
少しでも解消されればと、風雲寺雷音丸(eb0921)と共にジーザス会への接触を図る。
「ガァアアアア! 神皇様のお膝元を騒がせる不届きものは、何人たろうと容赦はせん! それが鬼でも幽霊でも! まとめて叩き斬ってやる!」
東も西も騒動だらけ。この上、膝元の京でも騒ぎとあっては、神皇を支持する志士として腹立たしい限り。少しでも早く健やかな世を招き、神皇を安心させたい。
だが、ジーザス教徒たちは延暦寺に目をつけられ、逃れて各地に身を潜ませている。
京中に散らばったジーザス教徒たちの行方を捜してまわるのは若干骨が折れた。
また見つけても延暦寺の手入れかと警戒もされたが、そこは外国人であるクリムゾンが間に入った事で話がつきやすかった。
「本題を告げる。お前たちが諍いを起こせば、市様に迷惑が掛かる。ここは自重してくれまいか。平織の上洛が遅れればジーザス会にも益はない」
応対する神父や信者に雷音丸は説得を試みる。
神父たちも、大概、布教の一環として日本語は覚えているが、より確実に伝える為にクリムゾンが間に入る。
雷音丸の誠意に対して、反応は様々。渡来してきた神父は概ね納得はしていたが、信者の方はむしろそうではないようだ。
現状に不満を覚えて新たなる神に救いを見出した日本人ほど、延暦寺は世を救えぬのに口だけの愚行を起こした憤りが強い。
そこまでいかなくても、降りかかる火の粉はどうにかせねばと行動するのは当然。
そんな彼らを諌めようにも、現在ジーザス会は身を潜める為各所に散っており、他で潜伏している同胞たちとの連絡も簡単には取りづらくなっていた。
また、ジーザス会以外のジーザス教の神父や信者も勿論いる。そちらとはさらに連絡は困難になっていた。
「ただ身を潜めているだけでは、状況は変わりません。我々はこの国を救いに来ただけなのを、どうにか分かっていただけないと‥‥」
「胸中お察しするが、それでも揉め事は困る。市様が無事京に入られたなら、居座る貴族も重い腰を上げる。さすれば状況は変わろう。他の信者たちにもそう連絡取ってくれないか」
憂える老神父にそれでも雷音丸は自重を繰り返す。
ただし言葉には気をつけ、平織がジーザスを擁護すると取られかねない発言は避ける。
巷では尾張藩はジーザス教を支持していると思われがちだが、実際はそうでもない。この齟齬は市としても悩み所で、それは尾張藩武将である雷音丸も承知の所。
それで口だけの約束をしてしまったとあっては、顔向け出来なくなる。
他の潜伏場所も聞きだして、そちらに向かいかけた二人だが、その途中で足を止める。
「石の中の蝶が騒いでいる。‥‥どうやらデビルがいるな」
「借りてきて正解って訳か」
はめた指輪を確認すると、雷音丸が太刀・薄緑に手をかけ身構える。クリムゾンもミラ・ダイモス(eb2064)から借りたキューピッドボウに矢を番えて油断無く周囲に視線を走らせる。
しかし、どんなに注意しても辺りに不審な影は無く。
そうこうする内に指輪の反応も消えた。
大内裏に埋められた鬼・土蜘蛛の死体。置いていかれたのは半年ほども前の事。それが今になって難を示すのはどうした訳か。
「大ミミズが現れた場所に死体の山か。あの時地下で微塵隠れを起こしたのは本体の移動と、逃走する僧侶の追っ手阻止、そしてこれらを埋めた痕跡を隠す為か」
京都見廻組の備前響耶(eb3824)も、当時、警備について現場に居合わせた一人。
その時を思い出しながら、埋められた死体に位置を推測して他の者たちと並んで穴掘りに精を出す。
戦闘馬である影駿も荷車に繋がれ、その他の労働馬と同じく掘り起こされた土砂や死体を運び出す作業をさせられていた。
「ミミズがどこら辺から通ってきたのかは分からないけど、死体が埋まっているのはこの辺りだけなの?」
怪異を打ち払う為、死体の浄化を考えていたミラが問う。
「そうらしい。ミミズ自体はもっとずっと遠くから掘り起こしてきた可能性が高いし、そもそも死体を片付けても怪異とはもはや関係ないそうだがな」
響耶が軽く肩を竦める。
それでも死体を残しておくのはどんな影響が出るか分からないし、その上を歩き回るのも気持ちが悪いので供養しておこうといった程度。
「蝉の抜け殻みたいなもんかしら。そうして抜け出た怪異は貴族方を襲ってるそうだけど、共通点が分かったという事はある程度動きを掴んでると考えていいの?」
「ああ。といっても、ほとんどが陰陽頭からの情報だが」
小首を傾げるステラに、先と似たような表情で響耶は息を吐く。
陰陽寮陰陽頭といえば立派な殿上人で、昇殿も許されている。
怪異といえば一般では僧侶に頼むが、宮中では陰陽師に相談する事も多い。自ずと貴族たちの動向も窺えよう。
襲われた貴族は延暦寺とジーザスの争いに精力的に関わろうとしていたが、彼らが寺とジーザスのどちらに肩入れしてたかについては関係ないようだ。
ただ、中心となる人物が欠けた事で、残った貴族たちは腰が引け、問題が宙に浮いてしまった。
議論より保身を先決して怪異の対処を計るのは、仕方が無いといえば仕方が無い。
「ジーザス教寄りの貴族方には安易に彼らに頼って延暦寺との溝を深めないようお頼みしてきましたが‥‥。だからといって寺に頼めばジーザス教徒たちからの反感も買いますし、どうするべきか困らせてしまったかもしれません」
物騒な事態だが、これを好機に変えて貴族に取り入ろうとしているジーザス教徒たちがいる。
神木祥風(eb1630)はその先手を打ってなるべく寺と衝突しないように頼んで回っていた。
別に平織派であってもジーザスの味方ではないし、源徳や藤豊近辺でもジーザス寄りの者はいる。そこらの派閥は様々だが、ジーザス寄りである以上そもそも安易に寺へ助けを求められない。
その上でジーザスも駄目となると、怨霊退治を行う本元を断たれた事になってしまう。
両者の対立を阻止するだけの気概があるなら祥風自身で警護を申し出ようとも思ったが、そんな御仁はすでに狙われたのか、大抵うろたえて迷うばかりだった。
「大丈夫だろう。代わりに身元の確かな公的機関に自身を守るよう訴えてきているからな。‥‥確かに京を守るのが京都見廻組の仕事だし、時には警護の任にも就こうが、怪異相手の数に入れられてもなぁ」
物部義護(ea1966)が同僚の響耶と顔を見合わせる。たまに権力者は政治的権力を私物化してくるから困ったものだ。
「その貴族に接触しようとするジーザス教徒たちの主導者を探してみたにゅ」
凪風風小生(ea6358)がその間に割って入る。
「中心はどうも信者側みたいにゅ。その人たちは、以前にも僧侶たちに殺人事件に絡んでるとか難癖をつけられて酷い目に合わされたそうにゅ。そこの神父さんも身の危険を感じて姿を消してしまって以来、慎ましやかに教会を守ってきたにゅが、今回の件でそこも壊され。だもんで、現状を変えねばと訴える彼らに賛同や同調する信者や神父が集まってるみたいな感じにゅ」
ジーザスと既存の神仏との摩擦は前々からあった。仏教最大手の延暦寺が大々的にジーザス教排斥に動きだしたのは最近だが、それ以前からも僧たちはジーザス教排斥を強く訴え、時には実力行使にも出ていた。
そんな窮状から抜け出ようと足掻くのも無理からぬ事ではあったが。
「‥‥殺人事件に絡んでた?」
風小生の報告に、京都見廻組の二人は顔を曇らせていた。
怪異に狙われた場所も京各地に散っている為、結局は当たりをつけて待つよりない。
どうせ待つなら狙われそうな貴族を張り込む方が会い易そうだ。
気骨のある貴人はいないようだが、それでも対処に動かねばならぬ役割を持つ者なら幾人かいる。
狙われやすそうであるな上、気骨が無い代わりに保身には熱心。護衛としてつきたいと願い出れば、実力と念の為に身元を確認した上で快く受け入れてくれた。
呪詛に狙われるやもと知って以来、中には物忌みだからと宮中にも赴かず自宅に引きこもった者とているが、そうは出来ぬ事情の者もいる。
迂闊に出歩かないが、自宅から宮中までの行き来は如何ともしがたい。なので怪異にしろジーザス教徒にしろ狙って接触してきやすい時だ。
なので、警備も厳重に車で進んでいたが。
「うわああああ!!」
突如として、悲鳴を上げて貴人が牛車から転がり出る。何事かと思う間もなく、乗っていた牛車の側面から太い腕がすり抜けて突き出してきた。
「出たわね!! 側付きの者はその人を守って!!」
叫ぶが早いか、ステラはフレイムエリベイションをかけた上で、接近用にクーリングを唱える。
その間にも音も無く霊たちは増え続けており、群がる鬼と土蜘蛛に向けてマグナブローを放つ。
他の警備たちとの乱戦になる中、騒ぎを聞きつけて様子を見に来た者たちが加勢に入る。
「こりゃすげぇや。誰かが人為的にやらなきゃこんなに大量の化けもんがこんな所に出てこねぇだろうな」
「感心せずに手伝え。他陣営が来る前に、迅速に滅する!!」
口笛を鳴らすクリムゾンに指示を入れると、響耶が霊たちに日本刀・姫切で斬りかかっていく。
クリムゾンも、負けてられぬとミラの弓に矢を番えて放つ。
「ここに僧兵や信者たちが乗り込んでさらに騒がれるのはごめんだな。せめてこの騒ぎが終わってからにしてもらわねば」
義護もまた姫切を振り回し、鬼の霊を切断。アンデッドに効果のある刀は確実に彼らを消し去っていく。
「御主人はこちらに。ホーリフィールドを張ってあります。怪我をした方も治療を行いますので」
「対処できないものは言って頂戴。オーラパワーをかけます」
鬼たちに囲まれまごついていた貴人を守るようにミラが陣取り、迫る霊たちに斬魔刀を叩きつける。
祥風も怪我ないようにと結界を作ると、防御を固め、ピュアリファイで止めを刺していく。
「ガアアアアア!! 神皇様の御世に仇なす死霊ごときが、俺の目の前に立つとはいい度胸だ!!」
雷音丸も猛き声を上げながら、薄緑を振り回して敵を蹴散らす。
戦闘はそう長くなかった。
勝ち目無しと悟ったか、怪異たちは唐突に地に沈み、宙を飛ぶとその姿を消して行った。
静けさを取り戻した後、響耶が惑いのしゃれこうべを叩くも歯は鳴らない。
「この引き際の良さ‥‥。ただの霊にしては潔すぎますね」
「ああ、それに戦闘中には石の中の蝶が反応していた。思ったよりも面倒な話だ」
周囲を見渡して祥風が告げると、雷音丸が顔を顰めて報告する。
「‥‥そこにいるのは誰だ!?」
物陰に隠れていた影を見咎め、義護が誰何する。
緊張覚めやらぬ中、影たちは弾かれたように飛び出してくる。
驚いて身構えた皆の前で、彼ら数名、地面に座り込み一斉に伏す。
「そちらにいるのは高貴な方とお見受けする。我らはジーザスを指示する者。ジーザスの心を知り、その普及の認可と僧兵たちの動きの牽制を是非にお願いいたしたく」
「何と! 死霊が出たと聞き参じてみれば、邪悪の徒の仕業であったと言う訳か」
苦境を訴える切なる声に被さって威圧的な言葉が響く。
振り返る前から予想はしていたが、思った通りに僧兵たちがそこにいた。
僧兵の登場と貴族への訴え。どちらを優先すべきか信者たちは迷ったようだが、僧兵たちが迫るのを見て瞬時に逃げだす。
「待って下さい! 鬼や蜘蛛の霊が呪詛として蠢いているのは御存知でしょう。地に負の念が満ちる中、人同士が争うのは天の教えに反します。人を守ってこそ、天に仕える者。今は争いを止め、守るべき人を守るのが道理では無いのでは!?」
逃がすまい。
その後を追い出した僧兵たちに、ミラはとっさに呼びかける。
「そもそも負の原因は、世に蔓延る邪神の悪行故。偽りの救いから目を醒まさせ、真に人を助けるのもまた我らの務め。では失礼致す」
一人の僧兵が立ち止まり口早に告げると、一礼をした後に走り去って行った。
逃げるジーザス教徒に追いかける僧兵。
その後をさらに風小生が追いかけていた。本当はジーザス教徒を追いかけるだけだったが、僧兵たちも方角が一緒なので仕方が無い。
ともあれ、向こうは周囲にまで気が回っていない。おかげで楽に追跡出来ると喜んでいたが、
「うにゅ!!」
その目の前に突然鬼が現れた。向こうの景色が透き通って見える、鬼の霊たち。
更に見渡せば足元には土蜘蛛の霊たちも。彼らが目を向けているのは、他ならぬ風小生自身。
「な、何でにゅ!?」
困惑しながらも、風小生はライトニングサンダーボルトを唱える。一直線に走る稲妻に霊たちの姿が一瞬揺らぎ、その間を素早く駆け抜ける。
その間にもジーザス教徒たちはどこかに逃げ、僧兵たちも姿は見えない。
霊たちに囲まれては多勢に無勢で命が危うい。留まる事は不利と判断し、風小生は皆との合流を急ぐ。
幸いというべきか、霊たちは追って来なかった。