死人と埴輪

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月06日〜04月11日

リプレイ公開日:2008年04月16日

●オープニング

 人ある所に歴史あり。歴史ある所に遺物あり。
 時間と共に失われた過去の出来事を、残された異物を手がかりに推測し、当時の人間たちの生き様を探り当て歴史を補完する。
 昔の技術には今よりも優れていたものとてある。そういった物を探し当てようと、日夜熱心に探求に励む者は少なくない。


 そこは、すでに誰もいなくなった村でその昔神聖な場所として入らないよう言い伝えられていたという。
 だが、どうして神聖なのか、入ってはならないのか、その話はさっぱりとわからない。
 とても古くからある場所らしいが、祀る者はもはや無い。
 そして、祖母がその祖母からそういう場所があると聞いたとある学者は、俄然興味を持って調べ始めた。
 古い場所には歴史があり、知識が埋まっている。
 禁忌など探究心の敵では無く、聞いた廃村から山に入り、そのさらに奥地に隠されるようにあった穴倉へと調査を進めていた。
「来たまえ、助手くん。どうやら玄室のようだ」
 穴倉の奥の奥。その闇が蟠る中に、学者は松明を差し出す。結構な歳の老人だが、その動作はしっかりしたもの。
 光の中に浮かび上がったのは四角い箱。蓋の開いた大きなその中には何も無い。
 傍にいた若い助手は、学者に進められて箱の中を覗き込む。自身も箱の中に火を翳し、検分する事しばし。
「本当に何も無いですね。どうやら盗掘された後っぽいですが」
 困惑して眉を寄せる助手に、学者は首を横に振る。
「いやいや。ここに至るまでを思い出したまえ。盗掘されたにしたら仕掛けが残っているのは妙だ。
 推論だが、多分この遺体は当時邪魔にされたのだろう。嫌われていたから丁寧に扱う気は無かったし、埋葬品も入れなかった。長い風月にも絶えられず、朽ちてしまう程に。だが、それを無念に化けてこられても困る。だから仕掛けを作って、出てこないようにしたのではなかろうか」
「なるほど、あれは侵入者対策ではなく脱出阻止目的だったと。祟られると困るので神聖視して祀り、誰も入らないようにした。でも、その事情はしっかり告げる事は出来ないから、詳しい事情は失伝し、ついには村でも重要視されず、廃村と同時に放置されてしまったのですね」
「うむ。勿論、仕掛けが危険で近寄るなという意味もあっただろうがね」
 学者の説明に、ぽんと助手が手を打つ。
 確証は何も無いが、遠く外れてもないだろう。本当に人骨以外、何かあった痕跡が無い。
 もう一度松明を翳して部屋を確認すると、助手はがっかりと肩を落とす。
「けれど、そうならがっかりですね。埋葬品がお金にな‥‥げふんげふん、もとい、新たな発見があるかと思って期待してましたのに」
「ああ、本当にがっかりだよ」
 落胆が如実に現れた言葉に、同意する声。
 だが、それは学者の物でも助手の物でもなかった。
「誰だ!!」
 似合わぬ素早い動きで、学者は声のした方に松明を向ける。
 二人しかいないと思った空間の中、光に照らされ第三の人型が浮かび上がる。
 平凡などこにでもいる男のように見えた。着ている物もありふれた農村着。だが、妙に敵意のある目で二人を見てくる。
「古い‥‥とても古い神聖不可侵な場所。あるいはそうかと思って見張らせてもらったが、どうやら無駄骨だったようだ」
 くつくつと男が喉で笑う。
 彼に目を話さぬまま、学者の後ろに隠れていた助手が、はっと顔を上げる耳元に告げる。
「先生、妙です。あいつ、アンデッドの気配があります!!」
 囁いたつもりだったのだろう。だが、静かなこの場所ではその囁きすらも響き渡る。
「ほう、分かるのか。では」
 奇怪な笑みを崩さぬまま、男が胸を張った。
 途端、変化が訪れた。
 目が窪んで穴を穿ち、肌は乾いて茶色に変色する。張った肉はやせ細って骨に貼り付き、髪もばさばさに乱れる。
 十分とはいえない光量でもそれははっきりと見て取れた。生者から死人へ。だが、男はそうなっても動いていた。
「黄泉人、か‥‥」
 学者がごくりと唾を飲む。
 大和より現れ京に死の恐怖をもたらした異形。討伐されたと聞いたが、残党が残っているという話もまた聞いていた。
「もはやこの場所に用は無い。‥‥お前たちを生かしておく必要も無い」
 覚悟しろと言わんばかりに、ゆっくりと黄泉人が二人に近付く。
 助手は震え上がり、学者も険しい表情で睨みつけていたが。
 やがて、学者は静かに笑い出す。
「何がおかしい!?」
「ふふふ。墓場に黄泉人とは確かにふさわしい。しかし、遺跡は私の領域!! ここでの対処で私に敵うと思わぬ事だ!!」
 言うが早いか、学者は土壁を蹴りつける。
 もろくなっていたのか、壁はぼろりと凹みヒビを作る。そのヒビは瞬く間に広がると、大量の土砂と共に壁は崩れ落ちる。
 落ちた壁の向こう側。その奥にも空間があった。広いとも狭いとも言えぬ空間には、ぎっしりとある物が詰まっていた。
「なんだ!?」
 黄泉人の声に触発されたように、それは一斉に動き出した。
 足音も軽やかに、隊列を組んで出てきたのは‥‥大量の埴輪!!
 埴輪たちが一斉に剣――といっても腕の延長だが――を掲げると、黄泉人も反射的に身構える。
 その隙を逃がさず、学者は持っていた松明を投げつける。
「ぐわ! くそっ!!」
 不意をつかれて、火が顔面に叩きつけられた。たまらず黄泉人が体勢を崩す。
「走れ、助手くん!」
「はい、先生!!」
 出来た機会を逃す事無く、二人は脇目も振らず出口目指して走り始める。
「待てっ、人間ども!!」
 黄泉人の怨嗟の声が追いかけてくる。と同時に、重い何かが大量に動く音も。どうやら埴輪たちも追ってきてるようだ。
「残念だが、ここまでだ!!」
 苦悩を滲ませ、学者は走り際にまた壁を叩いた。
 何の変哲も無い壁に見えたが。そこだけがくりぬいたように綺麗に凹む。
 そして、天井からパラパラと土が落ちてくる。それは瞬く間に量を増し、一気に通路へと降り注いだ。
「はひ‥‥はひ‥‥。もう大丈夫、ですよね」
 通路が土砂で埋まる寸前。どうにか脱出した二人。追っ手の姿は無い。
 地面に突っ伏し、息を切らす助手だが、学者は首を傾げる。
「どうかな? 危険な遺跡に埴輪はつきもの。起動させて興味を引き付けた隙にどうにか逃げる事は出来たが、なかなか執念深そうな奴と見た」
 息一つ切らさず、土砂で埋まった通路を見つめる学者。その言葉に、助手の顔が大いに引き攣る。
「でもでも、この通り、土で埋まっちゃったんですから‥‥」
「埴輪も死者も埋まったぐらいでは止まらん。それに考えたよりも土砂の量が少ない。中から掘り返していずれ出てくるかもしれん」
「それじゃ、どうするんですか〜」
 青い顔で告げる助手に、至極当然と学者は告げる。
「ひとまず冒険者ギルドに報告しよう。埴輪は放っといても構わんだろうが、黄泉人はそうはいかんだろう。キミの荷物にも貴重なこれまでの研究資料が入っている。あれを埋めたままにしておくのは実に惜しい」
「え‥‥、え? あーーーっ!!」
 言われて助手は自分の手を見る。そこには何も無い。あの騒動の最中、荷物を忘れてしまっていた。
 涙目で騒ぎ出した助手をやれやれと嘆くと、学者はしっかり自分の荷物を持って山を降りる準備を始める。


 そして、冒険者ギルドに依頼が出される。
 遺跡に埋まっている黄泉人を退治し、忘れられた荷物を取ってきて欲しい。ただし、遺跡の埴輪が邪魔に入る恐れあり。

●今回の参加者

 eb5751 六条 桜華(39歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb7556 草薙 隼人(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec3984 九烏 飛鳥(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「もしかして、どっかで見た顔かな。黄泉人に会うとは災難だったね」
「ほほぉ。過去を忘れず、真実を見出すとは御立派御立派。いやはや、歴史の探求とは偏にそのようなもので‥‥」
「先生、先生。それより今は、早く遺跡の妖怪をどうにかしてもらわないと」
 六条桜華(eb5751)とのんびり挨拶を交わす学者に、助手が先を促す。
 やたら焦っている助手に対し、学者は落ち着いたもの。
 遺跡での出来事を端的に話し出すと、聞いていた冒険者たちの表情も徐々に重くなる。
「穴掘り道具はギルドが貸してくれると言ってくれてるが‥‥。もう他に罠は無いんだな」
 草薙隼人(eb7556)の問いに、大丈夫と学者は頷く。
「とはいえ、中に埴輪と黄泉人。そちらは探知出来ますが、荷物は‥‥発掘するしかないですね」
 苦笑する琉瑞香(ec3981)。助手がすまなそうに首を竦める。
「また難儀なこっちゃやで。けどしゃーないわ。ちゃちゃっととりかかろやないか〜」
 面倒そうに頭を抱えていた琉瑞香(ec3981)が、悩んだ所で仕方が無いと明るい声を上げた。
「そうだね。よもやと思うけど、中から掘って出られても困るしね。‥‥でもこの状況じゃ、今回は埴輪を気遣うのは無理っぽいよ。学者さんには悪いけど、そのつもりでいてくれるかな」
「うむ、埴輪はきっぱり諦めておる。妙な制限をつけて黄泉人を逃す方が大問題だからな」
 気遣う桜華に、学者は胸を張って答える。険しい表情は、それだけ黄泉人を危険視しているという事か。
 鳴りを顰めていても、その存在は未だに語られている。あの時の恐怖を人々は忘れてはいない。
 凶行を再び起こさせないよう、冒険者たちは準備を整え忘れられた遺跡へと向かった。

 聞いた通りの道順たどれば、崩れた土砂がまだ真新しい横穴にたどり着く。
 様子からして黄泉人はまだ中だろうが、念の為も兼ねて瑞香はホーリーライトで照らしてデティクトアンデットを唱える。
「‥‥遠くでかすかに引っかかってきますね。大きさからして埴輪でしょう。動かないので埋まってるのかも?」
「その辺りまで土砂か? まだ土が軟らかいから掘りやすいのはいいが、同時に崩れ易くもある。慎重に掘り進めねば戦う前にこちらが埋まる」
 言いながら隼人は作業道具を手にして、さっそく作業にかかる。
「こっちは引っかかってる。って事は、その向こうにいるんだろうね」
「やっぱりザクザク掘ればええっちゅうもんでもないねんな。けど、探査には注意して進んでったら、先手も取れるちゅう事や」
 桜華が惑いのしゃれこうべを叩けばかたりかたりと髑髏が歯を鳴らす。その近辺にアンデッド――つまりは黄泉人がいるという証し。
 飛鳥も道具を手に、慎重に埋もれた土砂を取り除く。
 掘った土は台車に乗せ、桜華の戦闘馬・炎蹄が運び出す。不意を突かれたりせぬよう、交代で警備にもついて人が少ないながらも堅実に進めていく。
 途中に何度も瑞香のデティクトアンデットを挟み、中の様子を探るのは忘れない。
 なので、土に埋もれていた埴輪たちは先に位置を確認したら掘り起こす前に破壊する。

 土堀作業はほぼ一日を費やす。それほど奥まで崩れなかったようだが、これ以上崩れぬよう支えを作りながらの作業は結構手間がかかった。
「もう少しですね。反応が移動してますので、それなりの空間があるのでしょう。混じって黄泉人らしき物もあります」
 富士の名水で魔力を回復しながら何度目か。瑞香がデティクトアンデットで確認。反応が違ってきた事で、皆の緊張も増す。
 いつ戦闘に入ってもいいように、瑞香がレジストデビルをかけて回る。
 桜華はフレイムエリベイションを唱えて穴を掘る。
 飛鳥はオーラパワーをかけると、隼人と共にやや後方に控えて得物を構えた。
 スコップが土砂に刺さると、それはあっさりと向こうに突き抜ける。
 はっとして身を退く彼女に合わせて、開いた穴の奥からごとりと重い音が響いてきた。
「まずは埴輪ね!」
 開けた穴は小さかったが、それは中からみるみる押し広げられていく。
 出てくるのはやはり埴輪。一体が出てくると、その穴を広げてさらに二体同時、三体、四体と数を増やす。
「います! すぐ側に!!」
 瑞香が声を荒げると同時、中から暴風が吹き付けてきた。
「きゃあ!!」
 まともに喰らって桜華が転倒する。せっかく出てきた埴輪たちも何体かが倒れて動きを乱していた。
 そして、吹き飛ばされた広がった穴から姿を見せるのは‥‥。
「黄泉人!!」
 乾いた肌に虚ろな眼。死人そのものでありながら動き回るそれは、冒険者たちには目もくれず外に出ようと走り出す。
 だが、果たせない。構えていた冒険者たちが通路を塞ぎ、灯りも兼ねていたホーリーライトもアンデッドを阻む障害になっていた。
「くっ!!」
 周囲を見渡すが逃げ場無し。新たな道を切り開こうと黄泉人は印を組みかける。
「魔法? 使わせるかよ!!」
「させへんで!!」
 隼人が間合いを詰めずに桃の木刀を振るうや、衝撃波が黄泉人を刻む。その間に、飛鳥が走りつめると、日本刀・姫切を海老茶色の体へと叩き付けた。
「ぎぃやあああああ!!」
 その一撃は、死んだその身にこそよく効いた。
 狭い墓所にて、死人の悲鳴が響き渡る。あまりの声に、せっかく掘った入り口がまた崩れるかとひやりとする。
「遅い!!」
 よろめきながらも黄泉人は汚らしい爪を振るう。だが、最早碌に動けぬその身。隼人は易々躱すと、即座に木刀を叩き込む。
 黄泉人が地に倒れる。立ち上がろうともがくが、果たせず。わずか動くがそれだけだ。
「ここは一応神聖な場所や。そんな所に死人が何のようやってん?」
 気にはなっていたが、どうも相手から漏らしてくれそうに無い。期待せずに、飛鳥が問いただす。
「‥‥長」
「は? 何やて?」
 予想に反し、黄泉人は答えてきた。
 亀裂のような笑みを浮かべて、勝ち誇るように。
「‥‥我らが長‥‥‥‥目覚め‥‥間も無く‥‥‥‥皆死」
 風に混じるような小さな声は唐突に途絶えた。
 ごとりと黄泉人の上に埴輪が乗っかる。続いて二体目、三体目が黄泉人を踏み越え、二人に迫る。
 黄泉人はもはや物だった。不当な扱いに怒りもせず、動きもしない。
「埴輪‥‥数は三十‥‥四十!? 多すぎです!!」
 コアギュレイトの必要は無しと判ずると、瑞香かはデティクトアンデットで埴輪の数を調べる。
「あいた!! ったく、痣にでもなってたらどうするんだ?!」
 単調な動きだが埴輪は退く事知らない。数に任せて押し寄せて剣を振るい、よけ損ねた桜華が悲鳴を上げる。
 コアギュレイトで止め、メイスで砕く。
 隼人も一旦外に出て、馬の烈に乗せていた十手・兜割りを取ってくると、埴輪叩きに参戦する。
 黄泉人退治よりも遥かに長い時間をかけて、群がる埴輪たちをただひたすらに壊し続けていった。

「はい、これ荷物。暇な時に写しを取っておくといいよ」
「しかし、写しは所詮写し。本物には代え難いものだよ」
 落とした荷物は玄室で見付かった。
 見た目は小さいのにやたら重かった荷物を返すと、満足そうに学者は告げる。
 報酬の支払いを見届けると、その足ですぐに次の研究対象を探しに出かけていった。
 その姿を見送る冒険者たち。一つの依頼が無事済んだが、その表情は浮かない。
 土堀りと穴で全身泥くた。疲労も溜まっているせいもあるが、
「あの黄泉人。何かごっつ妙な事吐いていきおったで」
 飛鳥が顔を顰める。
 今わの際で吐いた言葉。多くは聞き取れなかったが、あまり喜ばしくない内容だったのは確かだ。