捕らえられた猫

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月09日〜05月14日

リプレイ公開日:2008年05月17日

●オープニング

 京の都には物の怪が住む。
 有害無害、実力合わせて千差万別百鬼夜行。中には、人に飼われているモノもいる。
 陰陽師の小町の家にも物の怪が複数住んでいる。内一匹は日本では珍しい山猫の獣人。とはいえ、普段は普通に外国人の姿で生活している。
 過去の記憶を失っている為、何故日本にいるかは分からない。
 名前も覚えていない為、周囲からは猫と呼ばれている。
 趣味は夜逃げ‥‥もとい、夜道の散歩。
 だが、安全に道を歩くには、京の都はいささか物騒。
 そして、今日も彼は懲りずに面倒に巻き込まれる。

 抜かれた刀が殺気と共に突き立てられる。
 猫はそれを躱さず、腕で受け止める。刃は腕に刺さりもせず、金茶色の毛並みに僅か埋まるのみ。
「それじゃ、俺は倒せねぇな」
 鼻で笑って猫は相手を睨みつける。
 どこから見てもごろつき風体の顔だ。遊ぶ金欲しさに犯行に及んだ、その程度だろう。
 勿論、襲った相手は猫ではない。彼はただ行き合わせただけ。
 当の襲われた相手は、傍で呻いてる。逃げればいいものを、獣人化した猫を見て腰を抜かしたらしい。
 品のいい女性が一人と、老いた小男が一人。身なりもいいし、持っていた風呂敷から金子が零れ落ちた辺り、金は相当持ってそうだ。
「喰われたくなければ、さっさと失せろ!!」
「ひ、ひいい!!」
 刀を弾いて恫喝。勿論喰う気はさらさら無く、単なる脅し。
 そうとは知らない相手は、かっと牙を剥いて見せると、それだけで戦意を喪失して脱兎の如く逃げていく。
「で、あんたらもふらふら夜道を歩いてるんじゃねぇよ。京の都にゃまだまだ調子扱いた手合いが少なくないって知ってるだろ」
 ごろつきがきっちり逃げたのを確認してから、猫は震えている二人に振り返り、語気も荒くそう言い捨ててその場を去ろうとする。
「もし」
 それを女が呼び止める。
「危うい所を助けていただき、ありがとうございます。我が家は近くにございますので、是非お礼をいたしたく‥‥」
「お、お嬢様!?」
 女性の申し出に、小男が驚く。
 お嬢様と呼ばれはしたが、結構年増だ。使用人として小男が古くからついていたのだろう。
「いい。面倒臭いし」
「そう仰らずに。料亭に顔も効きますので、今からでも山海の珍味や酒を御用意できます。何でしたらまたたびも」
 気も無くさっさと立ち去りかけていた猫だが、またたびの言葉にぴたりと足を止める。
 しばし、黙考。けれど、結論は早かった。
「‥‥そんなに言うなら‥‥まぁちょろっとだけなら‥‥」
「ああ、ありがとうございます」
 真面目くさって告げるも、耳がぱたぱた揺れている。
 喜ぶ女性の隣では、小男が疲れた表情で深々と息を落としていた。


「しっんじられなーーーっい!!」
 数日後、冒険者ギルドに小町の叫びが響き渡る。
「一晩帰ってこないから何してるのかと思えば!! 食べ物に釣られるあいつも大概だけど、もっと信じらんないのがその女の態度よ!!」
 女は月道貿易を行う商家の主だった。日本では主に買い付けを行い、月道先でそれを売っている。越後屋ほどではないがそれなりの利潤を得ている、結構な家だった。
 とはいえ、店は子供たちに任せて今はのんびり隠居の身。亭主はとっくに死別しているので、金に飽かせた贅沢三昧を楽しんでいるとか。
 その日も外で遊び呆けて帰宅する途中で出会った出来事だったらしい。
 猫のおかげで命も金も無事で、それを感謝して自宅に招く。そこまではまぁいい。
 問題は、女が猫を気に入ってしまい、
「つきましては、猫殿をこちらで買い取らせていただきます」
 という小男の言葉と共にいきなり金一千両をぽんと小町の家に送りつけて来たのだ。
「正体を知ってるなら、恋に落ちたなんて無かろうし。金持ちが珍しいペットを手に入れて悦に入りたい口か」
 人と違う物を持ちたいと思うのは別にいい。
 ただ、そういう者が金を持つと、より珍しい物をと危険な領域にまで簡単に手を出すのが困りモノだ。
 猫は、妖怪ではあるが知性は人並みにあるので扱いやすいし、人の迷惑にもならないだろう。かといって妖怪は妖怪なので人権がある訳でなく、連れ去っても誘拐ではない。‥‥まぁ、窃盗にはなるのだろうが、金を払った時点で商談は成立したとでも言い出しかねない。
「で、どうするんだ? 一千両なんて大金、対価と迷惑賃どっちも含んでなお余る十分すぎる量だが‥‥」
「お金突っ返して、連れ帰るに決まってるでしょう!! あんな珍しい観察対象をそんなはした金で手放せないわ! あの女、家には用心棒を置いてるそうだからその牽制と、何より屋敷の奥で飲めや歌えの馬鹿騒ぎをしている馬鹿を引き釣り出す為の手を貸してちょうだい!!」
 鼻息も荒く、小町が両手を卓に叩きつける。
 響いたその音の大きさに、怒りの大きさが現れている様だった。

●今回の参加者

 ea1956 ニキ・ラージャンヌ(28歳・♂・僧侶・人間・インドゥーラ国)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb0334 太 丹(30歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 ec4697 橘 菊(38歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4814 紀 真澄(35歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

御神楽 澄華(ea6526

●リプレイ本文

 金一千両。
 それを、気に入ったから頂戴、の一言でぽんと置いていける女の財力は感嘆するが、
「むしろ、あっさりそう言っちゃうその神経こそが感嘆すべきものよね‥‥」
 と言いつつ、決して女を褒めていないのが、言われた当人である陰陽師の小町。
 声に篭るは恨み節。
 背後からは何だかおどろおどろしい気が沸き昇っている。
「そんなに猫殿が気になるっすかね? やっぱりこれは遅い春‥‥い、いや何でもないっす、独り言っす!」
 普段からは垣間見れぬ程真剣な小町に、太丹(eb0334)は首を傾げる。
 が、その呟きもばっちり聞き取られ、何だか凄い目で睨みつけられて汗だくで退く。
「そんなんじゃないわよ。ただね、あいつ逃したら、あんな珍しい妖怪もうお目にかかれないんだもの。ここはじっくり手元に置いて、観察するのが後世への務めって奴でしょう?」
「観察対象への愛着‥‥というか、熱意か。‥‥‥‥気持ちは分かる気がする」
「よねー」
 まだ鼻息荒い小町に、紀真澄(ec4814)は肩を落とす。
 自分を言われたと思って小町は同意を告げたものの、その時、真澄の胸中にあったのは問題の猫。
 居座る気が無いなら、居心地いい方に出て行くのも分かると言うもの。
「ま、動機を見るとどっちもどっちいう気がしよるんやけど‥‥」
「でも、お金を一方的に置いて品物持って行ってしまうのは褒められたものじゃないわ。小町さん宅で、ある意味一番の常識人(?)がいなくなるのは大変そうだしね」
 微妙に顔を顰めるニキ・ラージャンヌ(ea1956)に、ステラ・デュナミス(eb2099)も考え考え言葉を捜す。
 小町の家には猫の他に化け兎がいる。
 愛らしい外見とは裏腹に、性格はいたって頑固。こうと告げたら梃子でも動かぬ。
 稀に出没する化け狸に至っては、常識何それ美味いのか? の次元。
 その他、はた迷惑な妖怪がふらりとやってくる事もあるが、確かにその中では一番話が通じやすいのが猫だろう。
 単に知能が高いだけ、でもあるが。
「とにかく! あの女の鼻先にこの金ぶちかまして、馬鹿猫を連れ帰すわよ!!」
「あは〜ん。任せてちょうだい〜、とこんな感じかな。こうの方がいいかな?」
 拳握って大声を上げる小町の隣では、楠木麻(ea8087)がいろんな格好を取って、色々と考え中。
 裾に長く切れ目が入った服。太もも露わにそれを着こなし、何とも色っぽさを出そうとしている。
 ‥‥今その気にさせるには、ちょっと凹凸が寂しいが、ま、本番が上手く出来れば問題無し。
(「本来の場所に還るのが筋。とは思うが、その場所を決めるのは猫殿本人であるべきじゃろうにの」)
 連れ戻す、と息巻く小町に付き合いはするものの、そう考えるのは何も橘菊(ec4697)だけでもなかった。


 中々立派な女の家。奥からは賑やかな歌や声が聞こえるものの、様子までは窺がえない。
「猫殿返してくれっす〜」
「駄目です」
 まずは正面から乗り込んだ丹。出迎えた女主人に正面から断られた。
「そこを何とか〜」
「駄目なものは駄目です」
「じゃあ、宴会に誘って欲しいっす〜。猫殿、いいっすか〜?」
「おう、上がれ」
 声を張り上げれば、家の奥から聞こえるのは確かに猫の声。
 承諾は得たとばかりに、女が返事するより早くさっさと丹は屋敷に上がる。
 その素早さに、真澄が声をかける。
「失礼。こちらではお座敷が開かれている様子。私も瑣末ながら嗜むものがあり、よろしければ余興にでも御披露させていただけないか?」
 上品な物腰で、頼み込む真澄。
「そうね。お客が増えた訳だし。但し、つまらない腕前でしたら、ビタ一文払いませんから、そのおつもりで」
 当たり障りの無い、人のいい笑顔を浮かべたまま、厳しい事をさらりと告げる。
 応対は細やかながら、目つきはどこか値踏みされてるようで。
 なる程、これは商家で鍛えて成功してきただけあるな、と真澄も内心で舌を巻く。

 家の奥座敷では、賑やかなお囃子が鳴り響く。
 芸妓呼んでのドンチャン騒ぎ。浮かれてはしゃいで、さてどのくらい遊び倒しているのか。
 衾開け放って広々とした部屋の中で、上座に座るは話題の猫男。とはいえ、芸妓連中に憚ってか山猫獣人の姿で無いので、ただの外国人の接待ぐらいにしか見えない。
「おー、相変わらずいい食いっぷりだな」
「当たり前っす。これぐらいは朝飯前の夜飯前っすよ」
「こちらさんも一つどうだい」
「いや、私は楽士として上がったからな」
「いーじゃん。そんなの気にすんなって」
「それで、マタタビを渡されてもさすがに困るのだが‥‥」
 悩みつつも、真澄はマタタビを口にする。
 マタタビで酔ってる外国人。奇妙なのはそれぐらいか。酒瓶も転がっているので、酒の上の戯言程度に受け流されているのかもしれない。
「さあさあ、お代わりもどうぞ」
 そう言って、女が運んでくるのはマタタビなのだから、やはり女は猫の正体を承知の上で手元に置きたいのだろう。
「それにしても、異国の方とは珍しい。こちらの家には何故?」
「んー、成り行きかなぁ」
「それでは前はどちらに? 前の家の人は悲しんだりなさってないのか?」
 女からじろりと睨まれる。が、出た言葉はどうしようもなく、猫はふと食べる手を止めた。
「‥‥悲しむ、というか。困ってるだろうな」
「困る?」
 さて小町は困ってただろうかと、真澄は首を傾げる。
「ああ。そこの娘が何というか破天荒で、何か事ある事に仏像投げるわ燈篭投げるわ魔法撃つわで落ち着きも無くて手もつけられず。嫁の貰い手なんてまたのまた夢と日毎夜毎に涙で明け暮れ」
「えーと、前の家の人ってどんな方で?」
「親父さん」
 きっぱりと告げる猫に、思わず真澄は納得していた。

「それで先生。やはりあの妖怪は良くないものなのでしょうか」
「静かに。集中せねば正体は見えてこぬ」
 賑やかな宴会会場の隣では、声を潜めた静かなやり取り。
 心配顔で衾の隙間から宴会場を見つめるのは、古くから女に仕えているという小男。
 覗いているのは、正確には宴会場でなく、その主である猫。経緯を伝えて金を届けに来たぐらいで、当然その正体も分かっている。
 その隣で、手を合わせ拝んでいるのは菊である。
 妖怪の善悪が分かると小男に相談を持ちかけた所、主人には内密にと家に上げられた。
 小男の方が分別があると見えて、喜ぶ女主人とは対照的に浮かない顔をしている。
「お嬢様は昔から珍しいモノに興味を持たれて、商売が成功した秘訣でもあるでしょうが、だからといってもう少し考えていただかねば、使用人たちにもどのように話を‥‥」
 思惑とは多少違うし、小男の話も長くて回りくどいと、困った点はあるものの、まず目的は達成できた。
 視線を動かせば、この部屋には小男の他に三名の男が居る。
 体格もよく、腕っぷしも強そうだ。彼らがこの屋敷の用心棒だと言われた。
(「この部屋に三名。座敷挟み向こうに三名。奥に二名‥‥いや、三名。なかなかの数じゃ。猫殿が暴れた時に取り押さえが効くようにじゃろうの」)
  祈祷を行うとして、デティクトライフフォースで周囲を探る。食事を持ち運ぶ小間使いや舞い踊る芸妓衆もいるのでいささか分かりづらいものの、位置やその動きから他の用心棒たちの数を計る。
 腕っ節は強そうなものの、男たちは武器など持っていない。部屋の要所に一応置かれているが、基本的に凄んで脅して穏便に退散させるのが役目なのだろう。
「たのもーーーーー!!」
(「おや、いい頃合じゃ」)
 向こう三軒まで聞こえそうな大声で来訪を告げたのは間違いなく小町。
 衾から覗けば、猫が呑みかけの酒を吹いていた。
 何事かと出て行く女。
 やがて、玄関口で言い合う声が大きくなり、用心棒たちも動き出す。
 小男は、女と菊の祈祷とどっちを優先するか迷っていたが、
「気が散ってしょうがないのじゃ。まだ正体を探るには時間がかかる故、全員出て行ってくれぬかの」
 追い払いたい菊の思惑に、丁度乗り。他の者たちも連れて部屋から出て行った。

 玄関の騒ぎは止まず、問答が続いている。
「猫さんも、酔い醒ましに見物はいかがです」
「立てないからヤダ。それに見なくても、何が起きてるか見当もつくわなぁ」
 真澄が促すも、疲れ切った表情で猫は寝っ転がる。
「そんな事言って。猫殿も少しは体を動かさないと狸みたく丸々になるっすよ」
 健康とお腹を空かせる為。
 後者の意味合いを多く含みながら、拳の型をしていた丹。
 そんな丹の周りには御櫃が転がるが、それでもまだまだ足りはせぬ。
「失礼な。我らは丸くはないぞ。なぁ、ぽん舘」
「おうよ、ぽん伝。日々こうした運動をかかさぬ。な、ぽん都」
「うむ、ぽん那。しかし、わざわざ運動せぬとも我らの体躯に誰も敵わぬ。そう思わぬか? ぽん煮」
「その通りだ、ぽん濡。という訳で」
「「「「いただきまーーす」」」」
「待たんかい」
 顔は美形だが何故か素っ裸の少年四人組。その正体は、都(の一部)を騒がす馬鹿狸妖怪。
 笑顔で飯を掻き込み出したのを、猫がさすがに見かねて蹴り倒す。
「お前らいきなりどこから沸いた」
「ふふふ。猫の兄貴のおごりで、飯をたらふく食えるぞとデロ料理の坊主から言われたのだ」
「故に我らは飯を制覇すべく、ここに参上した!」
「全ての飯は飯ゆえに!」
「我らはただ食べるのみ!」
「うぬぬっ。負けないッすよ!!」
 残っていた料理に片端から手をつける狸たち。競争心をそそられた丹も箸を握ると、恐るべき早さで飯にかかる。
 その喰いっぷりに、芸妓衆は唖然。
「小町さんがこちらの御主人と揉めているなら、猫殿が判断を下すべきではないかのぉ?」
「そうだな。ここにいるのも何かどっと疲れたし」
 玄関口からの言い争いは今だ止まない。
 目の前の光景と、ここからは見えぬそちらとを見比べ。深々と嘆息付いて猫は立ち上がった。


「お金は払った。品物は受け取った。これで売買成立ではございません?」
「あれは売り物じゃないし、あたしは受け取ったつもりもないわ。お金もこの通りそっくりそのまま返させてもらうわよ!」
「いけませんねぇ。契約破棄には料金上乗せでしょう。これの倍は持って来てもらわないとねぇ」
「そんなのすぐに用意できる訳無いでしょう!! それに売買なんて無いって言ってるでしょう!!」
「全く小娘さんはこれだから相手になりませんわ。さっさとお引取り願いましょうか」
「何ですって〜〜。自分は年増で頭かんかちこの癖に!!」
「小町さん、落ち着いて、ね?」
 玄関口で押し問答。
 まくし立てる小町に、用心棒従え煙に巻く女。
 苛立って小町が女に飛び掛ろうとするとのを、ステラが賢明に押さえる。
「とりあえずね、まだ叩き出されるのは早いわ。猫さんの方に動きがあるまでは、この人をひきつけないと」
「けどねぇ。話堂々巡りのこのおばさん、頭来るんだけど!!」
「でも猫さん揉め事嫌いだから、これで自分の方からこの家出ていくって事になるじゃない?」
「でも、それじゃ家に戻る保証も無いわよ」
「そこはそれ。旅に出た猫さんをまた捕まえるのは小町さんの勝手よね」
「な〜る」
 ひそひそと。女に聞こえぬように行動の確認をするステラと小町。
「話が無いようでしたら、もういいでしょ」
「よくないわよ! まだ終わってないわ!!」
 話の区切れで全てお終いと言わんばかりにあっさりと切ってのける女。そのまま立ち上がり、奥へと引き返そうとしたが、
「あら」
「五月蝿いと思ったらやっぱりお前か」
「そーよ。迎えに来たのよ。ありがたく思いなさい」
 奥から出てきた猫と鉢合わせ。不服そうにしている彼に、小町は胸を張る。
「はぁい、猫さーん。お願いだから帰って来てくださらな〜い?」
 ミミクリーで猫の獣人に変化。脚を見せながら、ウィンクまで作っているのは麻である。
「何だ? 別の奴呼んだわけ? じゃ、お役ごめんでいいな」
「くっ、お色気失敗? どこに一体問題があったのか」
「いや、獣人だったら猫耳はなくて半猫というか、体型が人で顔とかが猫つうか」
「そんな細かい所いっそ騙されてよ」
 猫の指摘に口を尖らせる麻。
 もっとも、そんな細かい事を気にしないのが知識素人な女の方で。
「あら、可愛いお嬢さんね。じゃあ、こうしましょ。うちの猫とそっちのお嬢さんを一緒にして、出来た子をそちらに渡すという事で」
「「絶対断るっ!!!!」」
 麻と猫の声が強く唱和した。
 事情が分からぬ女の方が、今度口を尖らせたが。
「奥様ーーっ!!」
 悲鳴に近い声が奥から響いてくる。血相変えてやってきたのは、この家の小間使いたち。
「駄目ですよ、あのお客様がた!! このままでは一ヶ月分の米が一日足らずで無くなります!!」
「裸の方々は、衾は破くし畳はぼろぼろにするし、屋根に上るしっ!」
「奥様お気に入りのノルマン製デスクにも落書きが。テーブルクロスだって泥だらけで!!」
「それはあきまへん。すぐに仕置きしてきます」
 口々に窮状を訴える小間使いたちに、ニキがハリセンを手に、セッターとボーダーコリーのリキを連れて奥へと向かう。
「けど、今追い出しても猫の人をあてにしてまた入り浸りに来よりますえ」
 向かう前に、思いっきり顔を引き攣らせている女に向けて、ニキは一言そう告げる。
「おほほ、その通り。他にも亀な河童とか頑固兎とかえーとその他良く分かんないのもしょっちゅうよ」
「‥‥悔しいが否定は出来ん」
 勝ち誇った素振りで笑う小町に、肩を落とす猫。
 真っ青な顔で身を震わせていた女だが、
「分かりましたわ! どうぞ御自由に連れ帰りなさいな! ただし、お金は置いて行ってもらいますから!」
「当然よ」
 女が振り絞るように声を荒げるや、にやりと笑って小町は猫の手を捕まえていた。


「それで? 結局は小町宅に帰られる御判断かの」
「まぁな。こんなの知らぬ存ぜぬで放りだしたら、親父さんがすっげえ哀れに思えてきた」
 帰り道、尋ねる菊に猫が嘆息つく。
 こんなの、とは小町の事。行きとは違い、猫の首に巻いた紐をしっかり握って上機嫌だ。
「あくまで親父さんですか」
「そうだな。思い出しさえしなければ、そのままどっか行った方が楽だったんだが」
 呆れる真澄に、猫はしみじみと頷く。
「まぁ、確かに猫さん一人の為に大騒ぎだったわね。化け兎や化け狸とかいるから、また同じような事が起こるのかしら?」
「兎はともかく、狸は絶対無いから。そもそもあれらを欲しがる人がいるとは思えないわ」
 顛末を振り返って。小首を傾げたステラに、小町はきっぱりと言ってのける。
 女の家の様相を思えば、それが当然かと、一同大いに頷いた。