延暦寺攻略・反平織同盟 〜新撰組の立場〜

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 46 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月19日〜05月22日

リプレイ公開日:2008年05月22日

●オープニング

 元京都守護職・平織虎長。
 源徳家康・藤豊秀吉と並び三大諸侯の一人とされた彼が突如暗殺されて、かれこれ二年が経過した。
 当時、復活に様々な尽力を果たされたが奇跡はなされず。虎長は歴史から姿を消す。
 彼の死後、都の治安は悪化を辿る。
 二度に渡る五条の宮の叛乱で都への蹂躙を許し、三種の神器の内二種までが奪われた。
 鉄の御所の鬼王・酒呑童子は長い沈黙を破って動き始め、対峙する延暦寺は秘密裏に彼と会談を持ち、その傷を癒したばかりか酒呑童子と開祖の関わりも明らかにした。
 加えて、延暦寺は近年台頭してきたジーザス教を明らかに武力で排斥しようとし、その為に都へ平然と僧兵を送り込む。
 仏の加護に護られ、神皇の威光も通じず。その振る舞いを誰も止められなかった。
 そんな中で、尾張にてジーザスの力で蘇生を果たした平織虎長。地元の足固めを終えて、ようやくの上洛を果たす。
 かつて守ってきた地の騒々しき様を彼はどう捉えたのか。
 その腰を落ち着ける間も無く、早々と延暦寺の平定へと動き出した。

 虎長の威光とその消失は、そのまま治安組織の士気にまで影響した。
 すなわち、平織配下だった京都守護職と黒虎部隊が衰退したのに対し、頭角を現したのが新撰組。
 源徳配下の彼らにとって、平織虎長の復活は少々歓迎しづらい悩みの種になった。
 源徳家康は伊達の裏切りで江戸を追われて復帰出来ていない。
 今や都の治安部隊の中で最大勢力を誇るも、所詮は使われる身。一体この先どうなるかと気を揉んでいる最中に、平織から連絡が入る。
 延暦寺を制すべく、その力を貸せと‥‥。


「実は、延暦寺からも秘密裏に書が届いております。曰く、都に仇なすつもりは毛頭無く、此度の件は真に遺憾。ついては平織を諌める為にも寺の防衛に手を貸して欲しいと」
 壬生村の屯所。その奥座敷にて新撰組の局長二人が面を付き合わせる。
 姿勢正しく坐す近藤勇に対し、芹沢鴨は崩した態度で酒を呑む。すでにお銚子が数本空で転がり、酒の臭気が部屋に満ちる。
 そんな芹沢を咎める事無く、近藤は延暦寺からの書状を差し出した。
 受け取るや、ざっと目を走らせただけ。何の躊躇も無く芹沢はそれを放り投げた。
「馬鹿言うな。都が延暦寺を討つなら、俺たちはそう動くまでよ。何を迷う必要がある」
「しかしですね、芹沢さん。今の都を動かしているのは平織さまです。平織家は今や源徳家とは仲違いし、江戸を奪われ関東に乱を招いた咎で、家康さまを罷免し宮中から追い出しかねない御様子」
「だったら、なおさら平織に恩を売っておいて損はねぇだろ」
 実質的に摂政職どころでない源徳が退陣を求められるのは仕方の無い所だ。新撰組としても、源徳家臣としても平織に味方する姿勢を取る事は理に適っている。
「ですが、家康さまがおられたからこそ新撰組は組織され、我らはこうして都の警備を任されるまでに至ったのです。その家康さまを追い込もうとなさる平織さまに加担するのは、恩義に欠ける振る舞いではないでしょうか」
 強い口調で告げる近藤を、芹沢はちらりと横目で見る。
 だが、それ以外何も言わずにただ酒を煽る。
 それに促されたように、近藤はさらに言葉を紡ぐ。
「そもそも今回の件、不明な点が多すぎます。延暦寺は鬼と手を組み都に兵を入れたと言われますが、ジーザス会も化け物と通じているらしき噂を耳にしております。虎長さまも、権威ある寺院に刃を向けようなど正気の沙汰とは思えません。
 ここは慎重に動かねば、後々面倒を引き起こすかと‥‥」
 そのまま近藤が黙ってしまったので、しばし、沈黙が部屋に落ちる。

「近藤。延暦寺をそこいらの寺と同じに考えちゃいねぇだろうな」
 赤ら顔で芹沢が息を吐く。
「千の僧兵。口にしちゃ軽いもんだが、それがどんなものか分かってんのか? 一国の兵力に匹敵する量なんだぜ? しかも、あくまでこれは僧兵の数。ただの坊主や見習い連中も含めておよそ数千の人数があそこで暮らしている。その人数の衣食住――今回の僧兵たちの武器防具なんかもそうだな――を支える寄進は全国の信者から送られてくる。言葉一つで諸侯の上洛を促し、軍を呼ぶ。
 都に仇なす気はないだと? だがな、それだけの勢力が都のすぐ傍にいながら従う気も無いんだぜ」
 感情の高ぶり。手に力が篭り、酒盃が乾いた音を立てる。
 詰まる所、延暦寺の僧兵は武士に対抗して天台宗を守る存在だ。寺院の権益を大名達が侵そうとした時に最も力を発揮する。芹沢ならずとも面白い筈もない。
「鉄の御所の件にしても。あそこに乗り込むだけで隊士たちがどれだけの危険に晒された! その成果はたった腕一つ。それですら今まで為し得なかった快挙と言われた程だ! それをいつのまにか癒した挙句に、古い腕をあっさり鬼から手に入れ、都からの要求は拒絶! この態度のどこに神皇さまへの誠意がある!」
 座敷に芹沢の怒号が響く。いや、この屋敷中、事によれば村中にも聞こえたかもしれない。
 だが、芹沢は止まらない。
「東の田舎で燻っていた俺らに、都に出る機会をくれた源徳公には感謝するさ。だがな、俺たちが仕えるべきは誰だ? 新撰組は神皇さまの力にならんが為にここに来たんだろうが! 神皇さまの為に都が、平織が動くというなら、従わなくてどうする!」
「ですが、延暦寺は神皇さまに刃を向けた訳ではない」
「まだ云うか。長州が攻めてきやがった時も連中は神皇軍に入らなかった。味方じゃねえ。その上、かの君の膝元に平気で上がりこみ、土足で威厳を踏みにじる輩だぜ。分かるか近藤、敵だ!」
 酒盃を力任せに足元に叩きつけ、芹沢が立ち上がる。中に残っていた僅かな酒が零れ落ち、畳に染み込んでいく。
「平織の為じゃねぇ。神皇さまの為に新撰組は延暦寺を押さえる。それのどこが悪い」
「安祥神皇はお優しい方だ。争いになればお心を痛める」
「その優しさに浸けこんで、我が物顔で振舞う奴らがいるんだろうが。神皇の威厳を守るには、疎まれようがやる事はやるべきだろう」
 吐き捨てるように告げると、芹沢はそのまま部屋を出る。
 どすどすと遠ざかる荒い足音。

 その音が聞こえなくなった頃、見計らっていたのか、近付いてくる足音がする。
「やはり芹沢さんは、延暦寺に手を出すおつもりか」
 姿を現したのは副長・土方歳三。考えるように視線を芹沢が消えた方に向けていたが、
「それで、今一人の局長の考えは?」
 不意に厳しい目を近藤に向ける。
「芹沢さんの考えは間違っていない。あれだけの勢力が鉄の御所と手を組んだとなれば捨て置けない。疑わしきは罰せずとも言うが、後手に回ればそれだけ都が‥‥いや、延暦寺の勢力を思えば日本そのものが危険に曝される。寺に兵を入れ、管理下に置こうとする平織の対応も頷ける」
 しかし、と近藤は顔を歪める。
「我らが源徳家臣として都の為に働く事で、平織家と源徳家の関係修復を訴える道もある。だが三河で苦難の日々を過ごされている家康公を思えば、ここで我らが平織に従うのが正しい道なのか。延暦寺の不審は言うに及ばずだが、平織に乗り天台宗と戦を始めればもはや引き返せない‥‥」
「では、延暦寺に味方する気か?」
 土方の問いに、近藤は首を横に振る。
「いや、ここで我らが延暦寺に付けば平織に源徳を倒す口実を与える。家臣として主君を謀反人にするなど言語道断。‥‥出来れば此度の件、内実が分かるまで手を出したくないのが本音だ」
「おいおい。それじゃ周囲に示しがつかねえぜ。新撰組は都の騒乱には常に最前線に立ってきた。それで今の地位があるんだぜ。源徳の後ろ盾が危うい今、存在意義を失えば新撰組は簡単に瓦解する」
「だなぁ‥‥」
 指摘される間でもなく、ここぞという時役立たずでは、世間からどのように言われるか分からない。動かぬならばそれなりの理由をつける必要がある。
「延暦寺と平織と‥‥。さて、どう返事したものか」
 布石を間違えると、新撰組の存亡にもかかわりかねないこの事態。
 結論は慎重に、けれど早急に出さねばならない。
 なので、ここはひとまず他の者の意見も聞いてみる事にした。

●今回の参加者

 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb3897 桐乃森 心(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

尾上 彬(eb8664)/ 水之江 政清(eb9679

●リプレイ本文

 反目しあう延暦寺と平織軍。
 渦中の二箇所両方から援軍の要請を受けて、新撰組は揺れる。
 後ろ盾の源徳家康が動けぬ今、彼らの判断一つで組の存続が危ぶまれる。
 だのに、この件に関する二局長の意見は分かれたままで一致団結とは程遠い。

 意見を聞きたい、との呼びかけに参上したのは四名。
「自分は、双方共に受ける必要は無いと考えます」
 芹沢・近藤両局長を前に一番隊士組長代理である鷲尾天斗(ea2445)は座して畏まる。
 土方副長にも話をしたかったものの、彼は不在。どの事態になろうともすぐ動けるよう、準備に余念が無いようだ。
「新撰組は京都を守護すべく集められた家康公の兵。手に入れた勅命を振りかざす平織公に与する義はありません。家康公の指示無きまま要請を受ければ、天下万民は新撰組が平織公に下ったと思うでしょう。
 また、神皇の威光を意に介さず、京都の治安を乱し、仏門でありながら強大な力を所有する延暦寺の要請にも応える義は無論ありません」
 言葉強く告げる天斗。
 対面する近藤は同じくキチンと座して耳を傾けるも、もう一人の芹沢は相変わらずの酒呑みでごろりと横になっている。
 桐乃森心(eb3897)は話し合いよりもっぱらお茶係として細々と動き回っている。その彼の、お酌しますよ、という申し出も断って、手酌で延々と呑み続けていた。
 だからといって、話を受け流している訳でない。時折見てくる睨むような眼光は恐ろしく強く。
 妙な話なら許しはしないと殺気だった気配も感じる。
 慎重に言葉を選びながら、天斗は話を続ける。
「安全と平和は違います。安全とは、京都以外が滅びようとも京都はそれに巻き込まれない事。平和はこの日本全土で争いが無くなる事でしょう。
 平織公は後者、平和の為に天下布武を実行しています。
 ですが、我等の役目は京都守護。例え守る人間から嫌われようとそれを含めて護る。それが護る為に武を用いる者の定め」
 近藤の手前もあって斬りつけては来ないだろうが、手が飛んで来る可能性ぐらいはありえる。あるいは、つまらんと退室してしまうか。
 内心冷や冷やするが、芹沢が動く気配は無い。ただ黙って手酌で呑み続ける。
「日本全土の民の平和の為に、京都に住む者たちの安全を無視する訳には参りません。例え蔑まされようと、これだけは退けない新撰組の義!
 故に、我ら半分で京都御所及び京都を警備。残る精鋭がこの度の動乱の最前線、平織軍主力と延暦寺の間に立ち動乱を収める。これが我等の天道かと思います。
 今此処で天下に義を示さねば、散った者の魂が浮ばれませぬ!」
「小せぇよ」
 口調を強くする天斗。
 だが、それを芹沢は鼻で笑って酒盃を置く。
 のんびりと身を起こせば、大柄な彼は自然に天斗を見下すような形になる。
「日本は神皇の国。その民全てが、神皇様のものだ。京都が安全ならだと? 日本全ての安全を語れや、タコ」
「いや、しかし」
 戸惑う天斗に目もくれず、芹沢は意外にしっかりとした態度で立ち上がる。
「京都を守るのは、神皇さまがおられるからだ。かの方がどこに居られようと安全を得られるのが平和ってもんだろうが。
 騒ぎってのはぐだぐだ長引かせる方が民草には負担なんだよ。始めるなら、とっとと終わらせるべく片付けようや」
 酒臭い息を吐くと、そのまま出て行こうとする芹沢。
「けれど、延暦寺は聖山で御座いましょう。燃やしたりして大丈夫かも気になりますね」
 その後ろから声がかけられる。
 振り返れば、手にしたお盆を横に置き、きちんと居住まいを正す。
「自らの手を汚し疎まれても神皇様の御為に、との志に疑いは無いと確信しております。‥‥しかし、今回の件はそもそも話が出来すぎておりませんか?」
「ほぉ」
 興味深そうに目を細める。芹沢が障子に軽く持たれて腕を組むのを見て、心は言葉を続ける。
「ジーザス教弾圧を対処しようとした御貴族方は魑魅魍魎に襲われ、ジーザス会の裏にはデビルの影が見え隠れしております。実は、駿河でも似た事件がありました。
 虎長様御自身の復活にも、当初はそれを隠すなど不透明な部分が存在します」
 復活した虎長に纏わる様々な話。それは一笑に付すにはあまりに重く、拭いきれぬ違和感と共に疑惑の目を向けざるを得ない。
「もしかすると、互いを争わせようとする誰かの意図かも。迂闊に乗ってしまうべきでは無いのでは!?
 神皇様も非公式ながら和睦を望む声明を出しておられます。なれば、なるべく禍根を残さぬ手段を探されては‥‥」
「それは坊主どもの出方次第だろうさ」
 軽く肩を竦めると、今度こそ芹沢は本当に出て行ってしまう。

「怒らせてしまいましたか?」
「いや、感じる所はあったと見える」
 困惑して見届ける心に、しょうがないとばかりに近藤は首を振る。
「それで‥‥新撰組としてはどうなさるつもりでしょう?」
 一個人として進言しに来たステラ・デュナミス(eb2099)が、同じく困惑顔で見てくる。
 が、すぐに居住まい正すと、近藤の前に進み出た。
「私としては、新撰組には平織との行動は謹んで欲しいわ。
 延暦寺の行動に目を瞑る訳にもいかない。けれど、敵の敵は味方、みたいに流されて手を結ぶには彼はあまりにも危険と思うの」
 ステラが表情を曇らせる。彼女もまた、虎長という存在を疑っていた。
「静観するのが難しい事情は分かる‥‥。けど、そこは京都守護を目的とする新撰組として、平織に屈さず、世を乱さない為に和平を求めての説得として動くとかも出来るのでは。
 それなら戦力を殆ど出さなくても、平織に対する敵対とは取られないんじゃないかしら。
 戦力を出さない理由については、他にも出雲の情勢とか、京都を脅かす可能性のある敵に対応する為、とかいろいろ名目は立つはず」
 新撰組局長として英断を。
 ステラは頭を下げるが、近藤の表情は実に渋い。
「出ぬ理由はそれで立つだろうが、問題は芹沢さんがそれで納得するかだ」
「では、やはり二手に分かれると?」
 天斗の問いかけに、表情そのまま近藤は曖昧に頷く。
「どうにも決まらねばそれしかあるまい。だが、それで懸念されるのは隊士の数だ。援軍にしろ警護にしろ十分な数とも言い難くなる。下手すれば手足らずで二兎追うものは何とやらだ」
 すでに数ある軍勢に少数が赴いてもどれ程の足しになるか。少数精鋭と口にも出来るが、ならば力を見せ付けねば、駆けつける意味が無くなる。
 警備は何も無いならそんなに手はいらない。が、万一事が起きた際に御所の守りに手が足らぬでは今の事態よりもっと酷い事になる。
 状況と個々の能力、そして立ち回りの上手さが求められてくるだろう。
「‥‥延暦寺に説得というのは無理なのかしら?」
 小首を傾げるステラに、すまないと近藤は謝罪する。
「難しいだろうな。やはり芹沢さんの態度もあるが‥‥下手をすれば平織の顔に泥を塗る可能性もある。それは敵対するより質が悪い」
 都最大の警備を誇るとはいえ、新撰組の立場は京都見廻組や黒虎部隊とあまり差が無い。
 格下で、しかも源徳配下に仲を取り持たれるようでは、平織の面子が立たない。差し出がましい真似は下手をすれば源徳公の進退にも影響する。
 こちらも何か上手い立ち回りがあれば別だろうが、現状でのこのこ出向くにはあまりに隊にとっては危険が大きかった。

「で。こそこそ付いて来て何のようだ、てめぇ」
「お気付きでしたか。いえ、愚問でございました」
 退室した芹沢がぴたりと足を止めると、後方に睨みを効かせる。
 視線の先、物陰から現れたのは神楽龍影(ea4236)。
 人払いを頼もうとしたが、元より周囲に気配はない。
 そのつもりで芹沢もこの場を選んだか。
「此度の件で、芹沢殿にお話が」
「てめぇもか」
 やれやれと大仰に肩を竦めるが、咎めてはこない。
 聞く姿勢を見せた芹沢に、神楽はきちんと面を外し、素顔を曝け出すと真摯に礼を取る。
「神皇様が此度の戦を心から憂いておられるのは、芹沢殿も御存知の筈。
 魑魅魍魎の動きが絶えぬ昨今。延暦寺と争うは利薄い一方、非公式ながらの論戦も平織公に理ありとお見受け致しました。
 なれば新撰組はあくまで朝廷の使者として赴き。平織公は延暦寺が朝廷に従うならば、と申されておりました故、あくまで神皇様に従う事を勧告致すが宜しいかと存じます。
 平織とは無関係に神皇様の為にと動けば、新撰組も双方に顔がたちましょう」
「勅も無しに、朝廷の使者を騙れるか」
 つまらなそうに、芹沢が吐き捨てる。
 神皇の威光を騙れば、そのまま反逆罪に問われる。理由はどうあれ、許されるものでない。
 実際にその権を貰おうにも、簡単に謁見が許される身分でもない。京都では、伝統と格式が物を言う。
 手を回す事は出来るだろうが、時間がかかる。芹沢の表情からしても、それだけのものでもないと考えてるようだ。
「しかし、武力攻撃の前に講和を勧告致すのは、神皇様の御心にも適います。また、平織公は延暦寺に対して一定の譲歩も見せております。それさえも拒絶するならば、延暦寺はあくまで逆賊。これを誅するに義が生まれます」
「正式に勅命を受けた平織と構えようとする。それだけで延暦寺は逆賊だ。申し開きがあるなら、さっさとそれを喚きゃいいだろうに、そっちについちゃ口を閉ざしまんま。挙句に、やれ魔王だなんだと詭弁に摩り替えて武器を持つ。弁明する気もねぇって事だろう」
 言い放つ芹沢に、龍影が呆れる。
 彼の腹積もりは決まってるのだろう。
 取り付く島が見出せず、龍影は息を吐く。それでも、これだけは言わねばと芹沢に詰め寄る。
「僭越ながら。新撰組はこれを機に神皇様直属の遊撃隊となる事を朝廷に申し入れ、何某の配下ではない、諸侯から独立した新撰組としての道を踏み出すべきではないでしょうか。
 政治的な立場が、新撰組の義を霞ませております。新撰組は誠一文字に拠って立つべきに御座います!」
 声を荒げる事は無く。されど強い口調で龍影は真正面から告げる。
「そいつはおもしろい話だな」
 それで、ようやく芹沢が笑う。
「政治的立場で苦労してるってのは事実だな。神皇の直属の部下となれば、あれこれいらぬ配慮も必要ねぇ。
 だが、奏上して直属を申し出るって事は、現存の兵が頼りねぇって公言するのと変わりねぇ。平織藤豊は勿論源徳や他の宮中の奴ら、そこを守ってる奴らもまたおもしろくはねぇ話だろうさ。
 そいつらを納得させるのは安くねぇ」
 どこの国でも王家直属は最高のエリート。今の新撰組が源徳家臣を止めて神皇家直属を願っても、京都見廻組に併合されるのが関の山か。
「されど」
 なおも言い募る龍影を、芹沢が手で振り払う。
「てめぇも志士なら、朝廷の内情は分かってるだろう。やれ家柄だ誰の血筋だと小うるせぇ‥‥。まぁ、それにこだわらなくなりゃ、神皇さまの血筋って奴も危ぶまれてくる。まんざら悪い事でもねぇさ」
 だが、とその目がきらりと光る。
 獣じみた目に龍影が思わず身を退く。
「身分の低い田舎侍と甘んじる気もねぇ。こちらから言わずとも向こうから御召がかかるよう、新撰組は実力を示せばいい。だがそれは段階を得てからだ。急いては事を仕損じるもんだ」
 言い置くと、芹沢はまた歩き出す。外に向かったなら、どこかの酒場で呑んで来る気か。
 居竦んだ身のまま見送っていたが、やがて龍影は表情を隠すように面をつけた。

 芹沢が屯所に戻ったのは明け方近く。
 どこで合流したのか隊士たちに肩を支えられての帰還だった。
「それで、どうしますか?」
「どうもこうもねぇだろ。寺に味方する気はねぇ。平織には一番が言うように俺が出て、お前が守りにつくと言っとけ。間で立ち回る気はねぇが‥‥確かに平織に律儀に従う必要もねぇな。奴らの動きとは別に動けるよう、手は打っておくべきか‥‥」
「やはり、出ますか」
 短く問いかける近藤。だが、それは確認に近かった。
「安祥神皇さまの声明に多くの野郎が動き出した。あの方の威光は本物だ。俺がわざわざ足掻く必要はねぇ。双方睨み合って動かずに居るのは、延暦寺にもそのお心は届いてるに他ならない。それでも動くってぇなら‥‥遠慮する道理がどこにある」
 柄杓で水を飲みながら芹沢は答える。口端歪めて笑う彼に、近藤は何も言わずただ頷く。

 期限は限られている。日があっても、芹沢の態度はそれ以上変わりそうに無く、近藤も積極的に撃つ気も無い。
 両者その心のままに、各々思う戦場へと向かう事となる。
 唯一つの『誠』と共に――。