【比叡山焼討】 酒呑童子討伐
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:7 G 23 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月04日〜06月09日
リプレイ公開日:2008年06月12日
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●オープニング
比叡山を攻める平織虎長を魔王と呼び、京の都まで兵を進める延暦寺。
先んじて本陣へと駆けたのは人喰いの群れ。鉄の御所より参じた鬼の王はその強さを改めて見せ付けた。
対する都は安祥神皇と平織虎長の元、都を守らんと結集した。
「何故都に味方しないのですか?」
信徒の言葉に神父は静かに頷いた。
「我らの数は百にも満たない。戦える者となればさらに僅か。この数で加勢に赴いて戦局に違いが出たか?」
轟然と言い放つその声は力強く他者を圧倒する。
「せめて叡山に乗り込む事は出来たはずでは」
「そちらも放っておけ。魔王を倒すと豪語しこの騒ぎ‥‥力量は知れた」
低い笑いが闇に響く。静かなその空間ではやけにその声も陰鬱に篭る。
「しかし、戦も一応の決着を見た今。このままではまた」
困惑する信徒を前に、分かってると神父は頷く。
「今のままでは、どう転んでもジーザス教に未来はない。蚊帳の外だ。都にジーザスを認めさせるには‥‥力を示す必要がある」
そして、神父は歩き出す。
「向かうべきは鉄の御所だ。‥‥私は先に行く。後は頼んだぞ」
「はい、レオ神父。仰せのままに」
闇から光へ。口端を歪めて歩く初老の神父に、従う信徒たちは一斉に頭を下げていた。
冒険者ギルドに依頼が舞い込む。それ自体は珍しくも無い。
ただ、その内容にギルドの係員は開いた口が塞がらなくなった。
「鉄の御所まで‥‥酒呑童子を討ちに行くと?」
「はい」
目の前の青年は、ジーザス教徒だと自ら名乗った。そんな係員の間抜け面に臆する事無く真剣に頷く。
「知っての通り、ジーザス教は延暦寺から不当な扱いを受けてきました。この戦乱の最中でも同志は僧兵たちに捕らわれたまま解放されず。このまま戦が終わっても延暦寺ある限り、同じ事が繰り返されると私たちは考えています」
ジーザス教の拡大は前々から話されており、古来よりの神道仏教がこれを良しとしなかったのは周知の事実。
それでも、延暦寺のジーザス教弾圧はいささか唐突で、しかも僧兵を大挙し有無を言わさず寺へ連れ去っていく強引なやり口は此度の戦を招く一因ともなった。
何がそう駆り立てたのかは分からない。あるいは、この戦が済めば天台座主・慈円から語られたかもしれないが、魔王撃つべくで都にまで進撃した彼の意図はもはや誰も想像できない。
しかし、その頑ななまでの信仰心から、例え戦が講和に終わろうと今後もジーザス教への手を緩めないと考えるのは自然だった。
頼みにしていた尾張もカテドラルを解体してジーザス教から別離した動きを見せ始めている。他の勢力も当てには出来ない。
歯牙にもかけられぬ彼らが認められる為には、自らで自分たちの価値を示す必要があった。
彼らの存続を認めさせるだけの価値を為す事。
何が都にとって最も益になるか。
考えた末に出た結論が‥‥酒呑童子討伐だった。
長きに渡り、都の重荷となっていた鉄の御所。その脅威は昨年の水無月会議、そして今回の延暦寺の乱で嫌と言うほど知れた。
仇敵の首を取ってきたとなれば、都も無碍には出来ない。そしてその恩賞として、ジーザス教の布教を認めてもらおうと言うのだ。
布教を――然るべき立場さえ許されれば、少なくとも邪教と証して捕まえる大儀は失われる。
捕らわれている信徒たちを解放する事も、今よりかは易くなる筈。
「だからと言って無茶すぎる」
「無茶は承知。それに策が無い訳でありません。レオ神父さまが神の御力でかの鬼の力を抑えると申されています」
初老の神父でジーザス会でも末席にいるという。だが、経験は豊富で魔法体術ともにこなす頼もしい方だとか。
「かの方は此度の騒動以前にも、起こした教会が殺人事件に絡んでいると噂されて身を隠す事を余儀無くされておられました。不当に虐げられるつらさをよく御存知で、故にこの事態を何とかしようと心を痛めておいででした」
すでに神父は酒呑を抑えるべく鉄の御所へ向かった。あの大敵の力を抑えるには集中する必要があるらしく別行動をしている。
果たしてうまく行くか。それは信じるしかない。
腕に覚えのあるジーザス教徒たちは、追って酒呑童子を撃つ手筈となっている。
討伐に向かう人数は二十程度。だが、それでも酒呑相手では不安が残る。
都は戦で荒れ、到底動ける状態ではない。
なので、冒険者ギルドに声をかけたのだ。
「だが、人が集まらなくても我らは行く。この戦で動いた鉄の御所もまた疲弊している。この好機を逃す訳にはいかない。レオ神父のお力に寄らずとも、どうにか動かねば我らは何時までも狩られる側だ」
口惜しそうに告げる青年。
彼らジーザス教徒たちにとっての戦は終わっていない。
鉄の御所では、興奮冷めやらぬ鬼たちが騒いでいた。
その中、冷めた表情で喧騒逃れてたたずむ美女一人。
「動かなかったのか」
問うたのは男。眉目秀麗ながら、頭上の角が正体を語る。
「何故、動く必要がありましたか」
問いかけられた女も妖艶な魅力と共に角を持つ身。睨みつけてくるその目を男――酒呑童子は静かに受け止める。
「虎長は魔王という話だった」
「それで我らに何の害が出ましょう」
「違ったとしても、延暦寺の次にここに攻めてくるのは分かりきっていた」
「これまで攻められた事が無かったとでも? 都と寺が共だって来た事もございましょうに、何故今更片側だけを恐れるか」
「茨木」
酒呑の表情が僅かに鋭利に代わる。それを女――茨木童子は平然と鼻で笑う。
「動いた真の理由は古き情に捕らわれたのではありませぬか。埃臭い話に捕らわれ踊らされた末、此度の動きで誰が利を得て笑ったか、よく考」
饒舌に喋る茨木の横面を、酒呑の手が弾く。
不意の動きに防御も取れず、茨木は横に飛ばされる。
開いた距離をゆっくりと縮める酒呑だが、その歩みが途中乱れる。もつれたように踏鞴を踏み、倒れる前に踏ん張ったけれども。
「都での宴に今だ酔うておられるか。もう休まれた方がよろしいでしょう」
不思議そうに自身を見る酒呑に、茨木は口から血を吐き捨てると冷ややかな口調で告げる。
そちらにしばし目をやった後、酒呑は小さな吐息と共に背を向ける。
「俺には守るものがある。諸国を気ままに動くお前と同じにはいかない」
去っていく酒呑の背中を、茨木は黙って見送る。
「それが埃臭い古い話だと何度申したか‥‥」
酒呑が去った後を長く見つめていたが、やがて静かにそう告げると目を閉じる。
「良いのか?」
その茨木の背後、茂みの奥から低く声が響く。三本の角と獣毛の異形が影で揺れる。その手に転がすのは白い小振りの玉。
「構わない」
振り返らず、静かに天を見上げる茨木。
「肉を裂き、血を啜り、命で遊ぶが鬼の業。ただそれだけの事」
告げる彼女に、隠れていた異形も何も言わず、姿を消す。
唯一つの気配だけとなった彼女の元に、御所から小鬼が駆けて来る。手にしているのは大きな徳利。
茨木はそれを受け取る。
「ご苦労。それでは、警備の者に伝えておくれ。しばらくは都も混乱して動けぬでしょう。今の内に休んで羽を伸ばしておいで、と」
駆けて来た小鬼は、その命を伝えるべくまた走り去っていく。
その後姿を表情も無く見ていた茨木は、血の滲む口端を黙って拭った。
●リプレイ本文
●潜入者二人
酒呑童子を討伐しても、新たな鬼が台頭する。
近年続く神仏復活やデビルの跋扈も思えば鬼の戦力も叶うなら利用したい。
そして、天台座主・慈円の義理もあり、フレイア・ケリンに見送られてヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)は酒呑へ警告しに来た。
身の小ささとムーンシャドゥが功を奏し、鉄の御所に無事侵入。それがむしろ解せない。
(「やっぱり鬼にデビルと通じている者がいるのでしょうか」)
不安に思ったその時に、複数の絶叫が轟いた。
目を向ければ、広い庭に裸の女性たちが逃げ回り、多数の鬼が追い回している。
「あの人たちはどこから‥‥?」
「都から持ち帰ったのだろう。一応寺に憚り止める様には言ったが、聞く奴らじゃない。都や寺の監視が緩い内にと、都近江に大阪は勿論、遠方まで漁りに出た者も多い」
答えたのは何時の間に忍び寄ったか。鬼の王・酒呑童子の姿がそこに。
次々と女たちを肉塊に変える鬼たちを見ながら、酒呑は苦笑する。
「それで? ここにいるお前は物見遊山でもあるまい。敵か味方か、それとも客か?」
ヴァンアーブルが息を飲む。鵺の月王を探していたが、本人がいるのなら頼む必要も無い。
「先日慈円様からの要請を頼みに来た者です。その後御変りないでしょうか」
「少々疲れたが大事はない。‥‥慈円殿は残念だった」
憂う酒呑の見た目に変化は無い。
すでにレオ神父の術中にあるのか、これからなのか。そもどんな術をかけるのか。今のヴァンアーブルには判断付かない。
「実は人外と思しきレオ神父なる者が、酒呑童子さまを狙っているそうです。この警備の薄さ‥‥あるいは鉄の御所に裏切り者がいるのでは」
「ほう」
酒呑の目が面白そうに歪む。恐れを知らぬその笑みは底知れない。
「忠告は感謝しよう。帰られるなら帰路は気をつけられよ。皆、羽を伸ばして浮かれ気味だ」
女たちの悲鳴は長く続き、末期の声は短い。
咲き誇る花の香に混じる血の臭い。色鮮やかな大地の影には無残な屍、白い髑髏。
ここは人の世界にあらず。紛う事なき鬼の棲家。
助ける事はならず、ヴァンアーブルはムーンシャドゥを唱えると、人の世への帰還を試みる。
(「無謀だ‥‥、かなり無謀だ‥‥俺‥‥」)
膝をつき倒れたい気持ちの楼焔(eb1276)だが、実際やる訳にはいかない。
ここは鉄の御所。人の法は通じず、鬼に捕まればたちまち喰われる。
ミネア・ウェルロッドから酒呑童子と鵺の月王謁見を求める書状を持ってこの地に来たものの、鬼たちは何やら浮かれ騒いで話にならない。
鬼に追い回されながらもどうにか御所に入り、求める相手を探すも、
(「あれは?」)
酒呑童子はシフールと話している。
姿を見せていいか悩んでいる間に、すぐ傍に現れる明確な殺気。
「ガウ!!」
「いや待て! 俺は謁見に‥‥」
慌てて書状を見せるも、相手には通じない。
太い金棒で追い回され、仕方なく焔はその場を逃げ去る。
●不和
酒呑童子討伐に赴くのはジーザス教徒たち二十名と、冒険者が九名。
だが、彼らが一致団結しているかといえば、全くそうでない。信頼するには、ジーザス会はとかく噂が付き纏う。
「ジーザス会には悪魔の影あり。京都が大変な時には姿も見せず、今頃になって功名心から鬼退治を考えるような指導者なら腹に一物ありと考えるべきでしょう」
鉄の御所へ黙々と進むジーザス教徒たち。
不審の目を向けるシーナ・オレアリス(eb7143)に、フィーネ・オレアリス(eb3529)も頷く。
「カースなら触媒が必要。触媒無しの呪いなら、デビル魔法の可能性も考えなければなりませんね」
黒のビショップなら病気にする魔法も持つ。真言宗の文観のように独自の魔法を作り上げる者もいるし、レミエラも奥が深い。触媒無しの呪いが即デビルとは言い難いが、疑いが晴れる筈も無い。
対し、ジーザス会に疑念を抱きつつも、それを飲み込んで鬼への執念を燃やす者もいる。
「あの酒呑を倒す好機には違いないわ。ジーザス会の意図も気になるけど、この機を逃す手も無いでしょう」
京で挑んだ一戦。歯牙にもかけられず、蹂躙を許したのは拭えぬ記憶。
南雲紫(eb2483)は唇を噛む。
「ジーザス教と延暦寺にまで考え及ばねぇや。まして、影の存在なんてな。今はとにかくあの時撃ち漏らした酒呑童子を何とかしなきゃな」
弓の弦を確かめ、クリムゾン・コスタクルス(ea3075)は鉄の御所を睨みつける。
都にとって直接的な脅威は酒呑童子の方が圧倒的に勝る。鬼に入られた京の街は、瓦礫の山だ。
「ジーザス会の思惑など、今はどうでもいい。神皇様の願いを踏みにじった奴を、このまま放っておけるものか!!」
和議を願い、戦火を治めようとした安祥神皇。果たせず流された血と破壊された町並みに、どれ程心を痛めているか。
心中を思えば、天城烈閃(ea0629)とて心穏やかにはいられない。
「こっちだ」
韋駄天の草履で先行していた西中島導仁(ea2741)が皆を招く。
「都も寺も忙しいと嘗めてか、警備が緩い。とはいえ、鬼の数は尋常でない。油断はするな」
眼前に聳え立つ重厚な鉄の門。人と鬼の世を隔てる巨大な壁が立ち塞がる。
「ガアア! この程度の門、打ち砕いてくれる!」
「待って、先に見張りを片付けましょう」
いきり立つ風雲寺雷音丸(eb0921)をシーナが止める。
さすがに見張りは立っていたが、その数は少ない。シーナがアイスコフィンで沈黙させると、荷物から古びたほうきを取り出す。
「中から開けます。乗って下さい」
「おお、任せろ!」
ベゾムに雷音丸を乗せると、一気に城壁を飛び越える。さすがにこれは目立ったと見えて、途端に中が騒がしくなる。
「ウオオオオオ!!」
鬼たちが集まってくる前に、雷音丸は重い閂を魑魅魍魎刀で粉砕する。轟音を立てて閂が落ちると、門扉を解放する。
「雑兵は任せろ! 酒呑童子以外の鬼など、恐れるに足らぬ!!」
「あんた達も! 本懐を遂げる為にはまずこいつらの足止めだ!!」
押し寄せてくる鬼の群れ。侵入者に慌て、そして牙を剥いてくる鬼たちを前にしながら、烈閃はレミエラの効果でオーガを阻む結界を作り上げ、紫は太刀・鬼神大王を構えてジーザス教徒たちを叱咤する。
元よりジーザス教徒たちに遅れはない。各々に得物を構え、魔法を唱え、鬼たちに挑みかかる。
「今の内に行きましょう!」
紫が掃った鬼の隙を、さらにジーザス教徒たちがねじ込み、道を作る。
そこを神田雄司(ea6476)が走り出し、他の者も後に続く。
追い縋ろうとする鬼には烈閃の強弓・十人張を引き絞り、放つ矢で足止め。先には進ませない。
ジーザス教徒たちの大半が足止めに残った。が、全てではない。酒呑を討った功績を元に活動を認めてもらおうというのだ。全てを冒険者に任せて事を為して要求など、厚顔甚だしい。
僅かなジーザス教徒を連れて、冒険者たちは鉄の御所の奥へと走る。
「ずいぶん騒々しいな」
(「酒呑童子!」)
幾体の鬼を斬り裂き、やり過ごしたか。
そして、目の前に現れる見目麗しきその姿。初めて間近にする雄司は思わず身震いする。
「酒呑童子! 尾張藩武将として‥‥、いや一人の志士としてこれ以上好きにはさせん! ここで必ず討ち果たしてくれる!」
「おもしろい」
咆哮と共に迫る雷音丸を、酒呑は刀を抜いて真っ向から受け止める。
打ち合うこと数撃、決着付かずに離れる。
「――取った!」
「ちっ!」
背後に回りこんだ雄司が太刀・文寿を振るう。振り払おうとした弾みで、酒呑の右腕に浅く朱が入る。
「小賢しいな」
ふっと酒呑は息を吐くと、鋭い一閃が雄司を薙ぐ。
「がふっ!」
重い風の音と共に入ったその一撃に、雄司の朱に塗れた体が吹き飛ばされる。
場にいるのは何も酒呑だけではない。お付の鬼もいるし、騒ぎを聞きつけ新手も続々押し寄せる。幸い幹部の姿は無いが、ぐずぐずしていられない。
「畜生! あたしの弓じゃ力不足かよ!」
戦いの邪魔をさせぬようクリムゾンは魔弓・レッドコメットで迫る鬼たちに矢を放つ。が、頑強な鬼たちに大した傷にはなっていない。
特に高位の鬼となれば、厚い筋肉に刺さるのも構わず突進してくる。
それでも矢は止められない。僅かな牽制でも、クリムゾンは間断なく二本矢を番えて射抜き続ける。
シーナとフィーネは退路の確保に追われる。逃げ場を失えば嬲り殺しだ。フィーネのグリフォンも彼らの援護としてたちまち姿を血に染める。
その最中に、ヴァンアーブルが悲鳴を上げる。
「大丈夫か!?」
後衛に迫る鬼たちを裁いていた導仁が、襲われたかと悔む。が、彼女は自分のムーンアローに射抜かれていた。
「どういう事。裏切り者の鬼はいないの!?」
「ああ。茨木なら山を降りた」
薬で傷を癒すヴァンアーブルに、酒呑は一瞬だけ目を向ける。
「裏切り者がいるという話。なら、あいつぐらいしか考えられぬ。問い質せばあっさり認めて手勢と共に去って行った」
冒険者とジーザス教徒たちと。切り結びながら、淡々と酒呑は告げる。
「そうそう。レオ神父とやらにも会ったが‥‥おもしろい奴だな」
口端を歪めると、懐から取り出した何かを放り捨てる。
それは十字架のネックレス。ただし壊れて、血がこびりついている。
「これは、レオ神父の!」
ジーザス教徒たちの顔色が変わる。
レオ神父が術を掛けると言っていたが、成功の気配はまるで感じられない。当の神父が見付かっていては、当然だ。
五体満足の酒呑童子。配下の鬼も考えれば、この戦力では討ち取るなど不可能。
「だが! ここで退く訳にはいかない!!」
ジーザス教の一人が、戦意も露に酒呑童子に斬りかかる。
その前に影が飛び出る。
鬼かと思えば、角は無い。焔は日本刀・炎舞を掠めるように動かし、ジーザス教徒を刻む。
「何をやってるの!」
見かねたシーナがアイスコフィンを仕掛ける。たちまち焔は氷に閉ざされる。
不意の事態に、酒呑は呆気に取られている。その隙に、雷音丸は酒呑の懐に飛び込む。
「何!?」
「これが! 志士の意地だ!!」
痛む傷には身代わり人形を砕き。近距離から渾身の一撃を酒呑に放つ。
見つめるのは酒呑只一人。他の鬼も、仲間も、全てを捨て去りただその一振りにかける。
「ちっ!」
ざっと、酒呑の顔に斜めの筋が入る。流れる血にやったかと雷音丸が安堵したが、
――ぶん!!!
重い音共に振り下ろされた刃が、雷音丸を両断する。
倒れた雷音丸に、止めを刺そうと酒呑が刀を振り上げたが、その肩に矢が一つ。
「これ以上、誰も殺させない! 俺たちは生きて京の都に戻る。お前を倒して!!」
駆けつけた烈閃が、怒りも露に矢を引く。
「いいえ、口惜しいがこれまでです! 退路を完全に断たれる前に脱出を!!」
「確かにこれ以上の長居は危険だな‥‥。畜生、撤収だ!」
しかし、苦渋を滲ませる導仁に、手を休めぬままクリムゾンも大声で叫ぶ。
薬で傷を癒し、持てる力で戦い続けても、倒せぬ相手では犬死にするだけ。
「お先に。手当ての手配をしておきます!」
ベゾムに跨ると、シーナが飛び立つ。空に飛び立つ前、酒呑の様子を見るが、傷は付いたものの彼は平然としている。
手出しも難しく、シーナは都へと先に向かう。とはいえ、空も血に惹かれた妖怪たちが飛び交っている。容易い場所ではない。
「早く! ホーリーフィールドも長く持ちません」
前衛が蹴散らす鬼たちにコアギュレイトをかけながらも、フィーネが必死に呼びかける。
神の結界も、鬼の強力にほぼ一撃で崩れ去る。だが、一瞬でも足止めでも生死を分ける。
逃げながら、フィーネは石の中の蝶が羽ばたいているのを見る。
とっさに周囲を見るが、どこかしこも鬼だらけ。それ以外、何がいるなど探す余裕もない。
全力で逃げて逃げて逃げて。
山を降り、京の町並みがようやく見えて、一同はほっと息をつく。
「レオ神父もどうやらお亡くなりに‥‥。ですが、藤豊公が延暦寺に弾圧を止める様交渉なさっているとか。かくなる上は、それに望みをかけて‥‥今は追悼したいと思います」
行きよりも数を減らしたジーザス教徒たちが、自分たちの不足を詫びた上で依頼料を渡す。提示された額より若干多いのは、罪滅ぼしのつもりか。
傷の手当てはフィーネが行った他、手当ての出来るジーザス会の者も呼び事なきを得る。
「伏見の酒‥‥。何とか味わえましたねぇ」
複雑な表情ながらもほっと息をつき、雄司が酒盃を煽る。
酷く苦く感じたのは、酒のせいではあるまい。
その頃、鉄の御所では。
アイスコフィンから解放された焔が、ようやく書状を渡し、酒呑との謁見を果たした。
呪いなどの懸念と、全面協力を申し出る。
「もし猜疑がおありなら、この髭も切り証を立てる所存!」
「髪を切るならともかく、髭を切る等聞いた事もないが?」
熱意を込める焔に、酒呑が眉を潜める。
ドワーフの少ない日本では今一つその真剣さが伝わってない様子。
●この闇は誰も知らず
騒がしい人間たちが都に帰った後に、酒呑は一人御所の奥へと足を運ぶ。
牢獄に似た堅固な部屋。そこにいるのは、老いてなお頑健な熊鬼と屈強無比な人食鬼達。そして、彼らに囲まれて座る三本角を持つ獣毛の異形だった。
「さて、また見えたな異国の御仁。この通り無事な姿で残念か?」
「ぬしは強い。我が持てる術を全て成功させ、かつ、奴らが全力を尽くしてなお五分がせいぜいだっただろう。残念ではあるが、おぬしが敵で無いならむしろ良かったというべきか」
異形に向かい、酒呑は皮肉げな笑みを向ける。返ってきたのは苦笑だった。
「改めて挨拶をしよう、異国の御仁よ。茨木は前々から付き合いがあったようだがな。‥‥我が敵は定まっている。茨木も貴殿もどこで何をしようと知った事ではないが、邪魔するなら容赦しない」
「それはこちらも同じ事。しかし、解せぬ。何故その力を人に使う。鬼を殺すつもりか?」
訝る異形に、酒呑は酷薄に笑うだけ。
答える気は無いと知り、異形の気配が険しくなる。
「今日はお暇させてもらおう。汝が敵で無いと申すなら、我らの邪魔はしないでいただきたい」
「それはこちらの言い分だが‥‥そうそう、呪いについて色々聞いた。悪魔とは面白い技を使う。これは返してもらうぞ」
酒呑が取り出したのは、白い小振りの玉。あっさりとそれを飲み込むのを見て、異形は不機嫌に鼻を鳴らすと同時、姿を消した。
『酒呑様。茨木様はどうなさいますか?』
『放っておけ。気が済めば戻ってくるだろうし、気が済まないなら‥‥やはり戻ってくるだろう』
鬼の言語で語ってくる熊鬼に、酒呑は言い放つ。
牢獄に似た堅固な部屋。四体の鬼が出て行くと扉を硬く閉める。後に残る者はいなかった。