冬の狼

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月12日〜01月18日

リプレイ公開日:2005年01月21日

●オープニング

「‥‥なんて、事だ」
 目の前に置かれた惨状に、にがにがしく村人たちは呟いた。
 降り積もった真白き雪とは対照的に、辺りに散らばる真っ赤な血。引きちぎられた四肢に、荒らされた腸が飛び散り、虚ろな眼がただ空を見つめる。
 無残な骸の周辺には無数の足跡。犬の足跡に似てはいたが、それよりも大きい。
 狼。犬に似るがそれよりも強く、そして、危険な存在。
 前々から姿は確認されていた。何らかの手を講じねば、と話している矢先に、村の中に奴らは入り込んできた。雪山に飢え、食料求めて人里にまで降りてきたのは明白だった。
 最初こそ人の気配に逃げていたが、やがてそれが脅威になり得ないと悟ったか。狼たちの動きは日に日に大胆になっていった。
 特に夜番に放っていた犬が襲われた頃から、もはや奴らはやりたい放題。かっこうの餌場として目を付けられてしまったらしい。
 家畜は勿論、人すらもその餌食となり、喰われて命を落とす。家族の嘆き悲しむ声に、次は自分たちかと恐々とする毎日。
「‥‥やはり、頼むしかないだろう」
 村人たちは話し合いの末、冒険者ギルドに向けて使いを出した。

「という訳で、依頼だ。村に出没する狼の群れを退治して欲しい」
 ギルドにて、冒険者たちを前に係員は依頼の説明をする。
「群れにいるのは10匹程度。数が多いが所詮動物。落ち着いて行動すれば大丈夫だろう。‥‥ただし」
 力強く、係員は言葉を切る。真剣な面持ちに、一同、緊張して言葉を待つ。
「すでに犠牲者が出ている。人を襲う事を覚え血の味を知った以上、ここで逃せばまた繰り返す恐れがある」
 眼光鋭く、係員は冒険者たちを見詰める。
「よって狼たちを一匹も生かしておいてはならない。必ず殲滅せよ!!」
 逃せば何処かに潜伏した後、必ずまた人里に降り出でて、誰かが犠牲になるだろう。それは防がねばならなかった。

●今回の参加者

 ea0646 ヴィゼル・イヴェルネルダ(27歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea0653 ガーディア・セファイリス(30歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea6321 竜 太猛(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6844 二条院 無路渦(41歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7514 天羽 朽葉(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea8257 久留間 兵庫(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9789 アグリット・バンデス(34歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

 季節は冬。山野に雪は積もり緑は乏しく、自然そこに生物は少なくなる。
 だが、少なくなるといっても、皆無になる訳ではない。だからこそ、冬に生きているモノは食料を求めて必死になる季節でもある。
「狼らも生きる為に餌を求めて故じゃろうが、人を喰ろうたとあれば捨ても置けぬな」
 生に執着するのは当然だ。獣であれ、そして人であれ。
 作業を手伝ってくれている村人たちを見回し、竜太猛(ea6321)はその視線を鋭くする。
 狼たちを村の中で迎撃する。狼たちをおびき寄せ、罠にかける為の小屋は確保できた。逃がしてはまた被害が大きいので周辺の柵をしっかり作らねばならないし、動きやすいように雪かきも必要。また村人の家にも入り込まぬよう蹴破られやすそうな所を補強したりと、ほとんど村中総出の作業となった。
 手伝ってくれ、という頼みに不平を言う村人はいなかった。むしろ、彼らの方から手伝える事があればと申し出てきたぐらい。だが、黙々と作業する村人たちには疲労の色が濃い。
 この分では遺体の埋葬もまだでは、と気になった天羽朽葉(ea7514)だが、それは大丈夫だった。ただ、早く埋めねば狼に食い荒らされるから、と云う理由を聞くに及び、朽葉は悲痛な面持ちで改めて黙祷をささげる。
 冒険者の中には狼たちに同情する者も多い。が、家畜は勿論、村人にまで犠牲が出ている。こうして見ているだけでも負傷している者を見つける事が出来るし、何よりすでに死人も出ている。そんな生活が続けば村人たちの心も安らがない。
「この冬の時期、あちらも生きるのに必死なのでしょう。しかし、人に害為すならば致し方なし。この世は人の為にあらねど、人の社会は人の為にあるものですから‥‥」
「そうだね。村の人たちがこれから恐い思いをしないように頑張らなくちゃ」
 やるせない思いを抱いて告げる御神楽澄華(ea6526)に、ヴィゼル・イヴェルネルダ(ea0646)も大きく頷く。
「そう思うなら、喋ってないで作業を手伝ったらどうだ?」
 言うが早いか。ヴィゼルの襟首をむんずと掴み、作業の輪へと引き釣りだすガーディア・セファイリス(ea0653)。
「人の味をしめた狼を放っておく訳にはいかない。不安が残らぬようしっかり処理しないとな。その為にやるべき事は山程あるのだ。言い出したのはおまえなのだから、きりきり動いたらどうだ? ヴィー?」
「喋ってたのは村人の不安を取り除いてたんであって、休んでた訳じゃないよぉ。ねぇ、猫じゃないんだから、ディア、やめてよ、ってうわっ!?」
「うわわ? しゅ、襲撃?!」
 ガーディアに掴まれ、おぼつかなげに歩いていたヴィゼルは、何かに躓き盛大に雪の中にこける。と、同時にヴィゼルをこけさせた物体が勢いよく跳ね起きた。二条院無路渦(ea6844)である。
「あ、あれ? ごめんなさい。雪かきに疲れてちょっと休んでたら、いつの間にか寝むっちゃってたみたいだね」
 雪の中の居眠りは凍死しかねず大変危険。呆れて見つめるヴィゼルとガーディアに構わず、暢気に無路渦は欠伸する。
 それを傍からぽかんと見ていた村人たちだったが、誰かが噴き出したのを皮切りに、忍び笑いが周囲から漏れる。バツが悪そうに顔を朱に染めた無路渦たちだったが、同時にほっとしてもいた。それは、村に来てようやく聞いた笑い声だった。
「皆様、一息いれませんか? 粗末ですが温かい汁物を作りましたので」
「おお、ありがたいな。丁度冷えてきてたんだ。早速いただこうか」
 家の中から呼び込む女の声に、アグリット・バンデス(ea9789)の顔がほころぶ。きっちりと羽織った防寒服から手を伸ばすと、何のためらいも無しに女は暖かな椀を差し出す。
 迫害の対象であるハーフエルフであっても、日本ではまだ他のエルフやドワーフ同様、ただの珍しい外国人に過ぎない。他国においては冒険者であってもいい顔されない事を思えば、ずいぶんと待遇が違う。もっとも、混血種とばれたなら、どうなるかは分からないが‥‥。
 ともあれ、今はまだそんな気配は無い。他の冒険者にも同じく椀を差し出した女に、朽葉が申し訳なさそうに告げる。
「食事もだが、今は工面が大変ではなかろうか。何ならこちらは保存食で過ごしても構わぬのだが」
 だが、朽葉の申し出に女は静かに首を横に振った。
「御気になさらず。保存食ばかりでは体も温まらないでしょう。これぐらいの事はさせて下さいな。その代わり‥‥」
 最後は言葉にならず、ただ女の表情が硬くなる。それが合図であったかのように、村人たちもまた沈痛な面持ちで俯く。
 だが、言葉にされずとも思いは分かった。「依頼を必ずや遂行し、狼を倒して欲しい」。ただそれだけ。
 これだけ良くしてくれるのも冒険者らに期待を寄せているからに過ぎない。
 その時、遠くで遠吠えが聞こえた。高く高く響き渡る狼の声に、村人たちの顔が強張る。
 家の中でじっと作業を見つめていた子供らも、それを耳にした途端、青い顔で声がした方を見つめている。
 声は遠かった。恐らくすぐの襲撃はないだろう。にも関わらず、この村には恐怖が色濃く満ちる。
 それを払うかのように、朽葉は「大丈夫だ」と子供らに笑いかける。笑いかけられてびっくりしたのか、子供は奥に引っ込んだが、やがて恐々と頭を出してじっと見つめてくる。もう一度、朽葉が微笑みかけると、ぎこちなく相手も笑い返してきた。 
「さて、作業再開だ。急ぐとするか」
 久留間兵庫(ea8257)が告げるまでも無く、村人たちは各々に動き出している。
 ‥‥期待に応えられるか、裏切るか。それはこれからの働きにかかっている。
「まっしろがいっぱい。雪掻き、楽しいね」
 そんな周囲にあまり気にせず、無路渦は楽しそうに雪を掻き分けていた。

「これでよし。後は待つだけだな」
 小屋の中に用意しておいた生肉を置き、兵庫は外を見遣った。
 柵作りなども完了し、小屋周囲にはおびき寄せる為に血肉や保存食など、各々が用意した撒き餌が施されている。村人たちに出歩かぬよう重々言い含めると、そのまま狼たちの動向を待つ。
 やがて日は暮れて夜となる。狼たちの警戒を恐れ、火を焚かずにいたのだが、幸い、月はほぼ満月。雪が月明かりを反射して外は明るい。闇の中で息を凝らしている内に目も慣れ、よほどの暗がりに行かぬ限りはどうにか動きも取れそうだった。
 だが、それ以上に参ったのは寒さである。見回りとして外を歩いている者はともかく、小屋の周囲でじっと待ち伏せしていると徐々に体が冷えて硬くなってくるのが分かる。防寒服を抱きしめ暖を取ろうとがんばっても、寒さはじわりと染み付いてくる。防寒服を用意していないヴィゼルとガーディアは村から筵を借りられたのみなので、自然、暖を取りに二人寄り添っていた。
 だから、村の外で不穏な物音がし始めた時、ほっと胸を撫で下ろした者は少なくなかった。
 気配に敏感な家畜たちが騒ぎ出している。それは昼の内に無路渦が聞き込んでいた、狼が来るという方角とぴたり一致している。
 息遣いが徐々に小屋へと近付いてきた。気配を察知したのか、時には遠ざかりながらであったが、ゆっくりと迫ってきてる。
 そして、見回りをしていた太猛を見つけるや、低く体勢を取り、いきなり襲い掛かってきた。
「おっと、こっちじゃ!」
 食いついてきた顎を振り払う太猛。幸い武道着の効果もあって、傷はかすり傷程度にしかならない。
 纏めて喰らいつかれるより先に、用意してあった小屋へと走る。狼は即座に追いかけ、その背に飛び掛った。押されてまろぶように小屋の中へと飛び込むと、やはり狼たちも小屋へと駆け込んでくる。
 と、張ってあった綱に足を取られ、一瞬、動きが鈍った。
「待っていたぞ。観念してもらおうか」
 それを見計らって小屋の奥から駆け出すと、兵庫は一匹へと素早く掠めるように斬りかかる。悲鳴を上げて後じさった一匹に対し、即座に別の一匹が飛び出してくる。と、兵庫の横合いから短槍が伸びて突き刺さる。
「油断ならないな。数が多いし、飼い馴らされた犬っころみたく大人しくも無い」
「ええ。いささか手ごわいですね」
「だけどな。ここで負ける訳にはいかない。‥‥てめぇらに世の中の厳しさ、教えてやろう!」
 アグリットが狼に吼えると短槍を振るう。澄華も頷き、狼の牙から身を守りつつ小太刀を繰り出した。
 切り刻まれる傷や飛び散った血に興奮して、狼は完全に牙を剥いた。勿論、中には後退するモノもいたりしたが、小屋から出ようとした矢先に、朽葉のオーラソードが振り降りる。
「逃しはしない。村の人の為にも」
 武装していない身に、狼の牙は軽々と喰らいつく。決して浅くは無い傷に耐えながらも、即座に別の個体へとオーラソードを振るう。
「全部で十匹。他に伏兵はいないみたいだね」
「分かった。魔法、頼むぞ」
 小屋の傍、家屋に潜んでいたヴィゼルがブレスセンサーで周囲を調べる。それを了解すると短く言い置き、ガーディアはオーラパワーを武器にかけて家屋から飛び出す。
 途端、群がってきた狼にロングソードの重量を溜めて振る下ろす。威力は増すが大振りとなった一撃はまんまと躱され、お返しとばかりにその腕へと噛み付かれる。食い込む牙を力任せに振り払いながらも、ガーディアはロングソードを振るい、そして大きく飛びのく。
 と同時に、ガーディアがいた辺りにいた狼たちが血飛沫を上げる。ヴィゼルのウインドスラッシュだった。悲鳴を上げて怯んだ狼たちに再びガーディアは駆け寄り、得物を振るう。
 狼たちが訪れてから、瞬く間に小屋の周辺は血の海になった。元々、誘き寄せる為に撒かれた血に新たな血が加わる。それは冒険者たちのモノもあったが、狼のモノもあった。
 切り刻まれる狼たちはさらに攻撃を仕掛けようと唸るが、逆に戦闘を放棄して逃げようとするモノも出始めた。
「逃がしてはならんのじゃ!」
 威力を高め、両手の得物で殴りかかっていた太猛だが、身を翻す狼がいるのに気付いて叫ぶ。仲間意識が強いのか、一匹が動いた途端に他の狼たちも揃って逃げに入っていた。
「ちぃ!」
 牙を左手の十手で受けていた兵庫がそれを跳ね返すと、右手の日本刀で斬りかかる。ぎゃん、と一匹が悲鳴を上げる間にも、何匹かが走り去っていた。
「外は外に任せる。こっちにゃまだいるしな」
 アグリットが叫ぶや、短槍を狼へと繰り出した。
「あっさりと言うな」
 小屋から抜け出した狼に朽葉は借りた網を投げかけるも、上手く扱えずするりと狼たちは逃げ出す。
 さらに攻撃を躱して去ろうとする狼たち。掘られた落とし穴に落ちたモノもいたが、ひらりと飛び越えたモノもいる。が、どれも遠くへと逃げられぬ内に、その前方、地面が破砕されて吹き飛び、穴が開いた。
「行かさないよ。‥‥ちょっと追いつくの大変そうだし」
 無路渦のディストロイである。
 やはり移動力は狼の方が上。雪かきをすればどうにかなるかと思っていたが、結局人にとって走りやすい所は彼らにも走りやすい。
 逃がせば追いつけない以上、そも逃がさないようにするしかない。いきなり飛び散った地面に恐怖を感じたか、狼たちはそれ以上走るのをためらう。
 ただ、ディストロイは射程が短い。間近な無路渦に得物とばかりに一足飛びで詰め寄ってきた狼たちを、慌てて無路渦は躱し、移動を封じるべく鞭を振るう。
 そこに朽葉とガーディアが斬りこみ、ヴィゼルの魔法が飛んだ。

 狼たちの屍を数える。ヴィゼルのブレスセンサーで探ってももらうが取り漏らしたりしていたのはいないようだった。
 血海に転がるそれらを片付けた後、周囲に仕掛けた罠を外し、先頭で荒れた小屋もそれなりの整備をする。それから村人たちに安全を触れ回ると、物音で状況を悟っていたのか、ほっとした様子な顔に出迎えられた。
 狼は倒せた者も、その牙に裂かれて傷を負った冒険者も多い。薬で癒した者もいるが持たない者も多く、要安静といった所。
「子供、いなかったね」
 職業柄、手当てをして回っていたヴィゼルに、ガーディアも頷く。万一、子狼がいたならどうしようかと悩んでいた二人だが、杞憂に済んだ様だ。
 倒した狼は、兵庫が毛皮をとった後に澄華が山へと埋葬していた。その毛皮は後で改めて売りに出され――戦闘で傷つき汚れたのであまりいい値では売れなかった――、金は仲間内にも分配された。もっとも、朽葉は早く立ち直るようにと村人たちに渡していたが。
 村人の気持ちを気にした澄華だが、墓掘りにはちゃんと村人たちも手伝ってくれた。
「どうぞ、今は安らかに」
 簡素な木彫り飾りを供えて、澄華は手を合わせる。
 冬の季節はまだ続く。呟いた息は白く凍えた。