【京都騒乱・糾える縄】 真偽

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月27日〜07月02日

リプレイ公開日:2008年07月06日

●オープニング

 都の中心。神皇の住まう内裏に一人の僧侶の姿があった。
 まだ若そうな僧侶だが、その見た目に似合わぬ気品と貫禄を滲ませる。
 男とも女ともつかないその顔で紫宸殿を仰ぎ見ていたが、はっとその表情が変わる。
 刹那で唱えた呪文。その身に淡い月光の矢が届く前に、白く淡い輝きが見えた。
「レジストマジックですか。ですが、それで防げるのは魔法のみ。しかも、かけた当人もまた魔法を使えなくなるとか」
 月の矢が放たれた方から姿を現したのは陰陽寮陰陽頭・安倍晴明。並びに四方から数名の衛士たちが僧侶を囲む。
 静かに、けれど明確に睨みつけられた僧侶は、けれど動じずにしっかりとした礼を取る。
「不意の来訪が非礼である事は存じております。しかし、この国を統べる神皇に内密な願いがございまして、かような方法をとらせていただきました」
「礼儀を弁えぬ者を神皇様に会わせる訳にも参りません」
 晴明の言葉に合わせて衛士たちが得物を構える。
 少しだけ驚いた顔をしてから、僧侶は頭を下げた。
「では、貴殿から神皇に進言をお願いしたい。貴殿の事は、慈円殿から御話を伺っております。どうかかの者の遺志を無駄にせぬ為にも、ジーザス教徒たちを捕らえる手を貸していただきたいのです」
 僧侶の申し出に、晴明は嘆息する。
 天台座主・慈円の名を口にする以上、延暦寺の関係と言うのはすぐに知れる。
 先の戦で天台座主を失った仏教社会は著しい変化を見せている。
 延暦寺内部では、鬼と手を組んだ寺を見限って山を降りる者が少なくない。
 残る者でも、次の天台座主が誰になるかがなかなか決まらず。修行だけに打ち込めぬ悩ましき日々が続く。
 そんな纏まりを欠いた延暦寺に外部から、我らこそが天台宗を率いると、寺門派の園城寺や江戸の寛永寺が声を上げている。
 そして、混乱は天台宗だけに留まらず。同じく仏に仕えはするが、その思想を違える他宗派はこれを弾みに勢いを増している。
 特に新宗派の台頭が目に付く。以前叡山で修行した浄土真宗の親鸞も、今では全く決別して新しい教えを広めようとしている。
 都も天台宗とは距離を置く構えを見せており、復興にあたって新しい寺院の建設を予定しているが、その開山を同じく新宗派である禅宗の僧侶らに打診していた。
 そんな激動の最中であっても、延暦寺はジーザス排斥の態度を崩してない。
 都に僧兵を乗り込ませての弾圧はさすがにないが、邪教からの改宗目的で捕らえたジーザス教徒たちは依然解放されていない。
 元々、ジーザス教の台頭は仏教全体にとっていい顔されておらず、この件に関して非難する者も無く。
 都にとってもジーザス教は重要で無く、他の復興優先もあってかあまり熱心ではない。
 戦の後始末として関白・藤豊秀吉が何度か交渉を行うが、色よい返事は返ってこずとも、寺も内部混乱があるのだしと焦る素振りも無かった。
「詰る所、天台座主を唆して延暦寺を動かし、慈円殿が消えた後は神皇様を取り込もうという腹ですか?」
「唆すなど!」
 表情一つ変えず、冷淡に告げる晴明。
 さすがに僧侶も不快を露わにする。
「確かに猜疑を招き慈円殿を失ったのは私の力不足‥‥。ですが、あの時はそうせざるをえませんでした」
 しかし、それも束の間、すぐに顔を曇らせる。
「京に蔓延る邪悪な意思。ジーザス教徒たちはその影響を受けています。みすみす道を踏み外そうとしている者を見捨ててはなりません。しかし、彼らを守る邪悪に私の力など到底及ばず。恥ずかしながら、慈円殿に助けられたのです。その後、真実を明らかに出来なかったのも、誰が邪悪に繋がっているか判断つかなかったからです」
「京に蔓延る邪悪‥‥。それは平織公に関わる事なのですか?」
 あくまで晴明は冷徹に問いかける。
 僧侶は何か言いたげに言葉を捜したが、結局首を横に振る。
「いいえ。私が気付いたのはあくまで京のジーザス教に関してです。しかし、慈円殿がかの者を魔王と呼んだには、相応の確証があってと信じております」
「だから、平織公がいない隙に見付からぬようこっそりと、言う訳ですか」
 やれやれと晴明が息を吐く。
 もっとも、御所内に平織虎長がいてもそれが本物かは分からない。一度暗殺された用心からか、多くの影武者が彼を守るようになっていた。
「お願いします。どうか神皇にお力添えを。先の乱での振舞い‥‥世の和を守るに足るお方だと拝見いたしました」
「その慧眼はもっともですが、会わせる訳にはいきません。人外ならなおさらに」
 懇願する僧侶に向けて、晴明は強く言い放つ。
「何者ですか? 答えぬならばこちらも容赦はしません」
「私は‥‥」
 そして、僧侶は名乗りを上げた。


「とまぁ、そういう訳で。神皇さまに会わせる訳には参りませんが、無罪放免にも出来ませんし。何よりまた忍び込まれても厄介なんで、どうしたものかと思いましてね」
 人を貸して欲しいと安倍晴明が冒険者ギルドに顔を出す。
 大事にしたくないので、とりあえず晴明の屋敷に連れていき、そこでゆっくり話をしようという事になった。
「悠長だな。御所に忍んだとあればそこで成敗しても構わないだろうに」
「一応延暦寺縁なのは間違いないようですし、それが御所に忍んだとあってはまた騒動の種になりかねません。今の時期、それは避けたいです。
 それに、慈円さまの件に関しては私にも負い目がありますし、此度の事情は詳しく知りたいですからね」
 会わせる訳にはいかないが、事によっては神皇始め然るべき場所に連絡して対処を練る必要はあった。
「それにしたって、人外の言葉なんて当てに出来るのか? ‥‥そういえば、正体は何だったんだ? 狐か? 狸か?」
 むしろ晴明に不信の目を向けながら、それでもギルドの係員は冒険者募集の貼紙作成に筆を取る。
 その表情は意に介さず、忘れてたとばかりに晴明はすんなり口を開く。
「地蔵菩薩です。西洋でエンジェルと呼ばれる種族だそうで。ま、粗末に扱って罰当てられてもつまらないってのもありますね」
 いともあっさり答えられ、係員は筆を滑らせていた。
「あ、一応この事は他言無用で。警備に当たった者たちにも口止めしています」
「そ、そうか」
 何でも無いと言わんばかりの晴明の態度に係員は頭を抱える。
 知らなかったと考える方が賢明か。とりあえず、貼紙作成に没頭した。

●今回の参加者

 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7864 シャフルナーズ・ザグルール(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb0340 夕弦 蒼(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1758 デルスウ・コユコン(50歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb3897 桐乃森 心(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文


 警備名目もある為、シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)は周囲を見回るも、不審は無い。
「それにしても、地蔵菩薩さん‥‥天使さんかぁ。お名前はあるのかな?」
「除蓋障と申します。ですが、地蔵で構いません」
 陰陽寮陰陽頭・安倍晴明の屋敷にて。
 誰が用意したか、人数分揃えられた茶器。丁度良い熱さのお茶を啜ると、シャフルナーズは目の前の僧侶を見つめる。
 彼(?)こそが地蔵菩薩であり、西洋で言う所のエンジェル。ではあるが、丁寧に挨拶する姿は、性別不詳の年若い人にしか見えない。無闇に姿を晒すのも、と、人に化けたままだ。
「これまで延暦寺に身を寄せていたと聞きました。‥‥慈円殿は残念でした」
「本当に。私もご縁があったのだけど‥‥」
 御悔みを述べるデルスウ・コユコン(eb1758)に、ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)も目を伏せる。
 天台座主・慈円の遺体は御所に安置されている。延暦寺が引渡しを要求しているものの、都に兵を入れた首謀者の為、宮中側に応じる予定は無い。蘇生の話も聞かない。
「慈円殿は『都』に歯向かった訳ではないのですが‥‥」
「ですが、都の意を介さずに兵を入れたに変わりはありません。正義の為に礼儀を忘れていいなら、それもまた無法の始まりではないですか?」
 地蔵は晴明を見つめるが、その涼しい顔を見て、何も言わず俯く。
「そういえば、月魔法に蘇生魔法ってあるの? 月道開いて何かするとか? 虎長さん復活にそういう疑問があるんだけど」
 重い空気に遠慮しながら、パラーリア・ゲラー(eb2257)が尋ねる。
「私の知る限り、無いですね。月道も国家が管理してるので、秘密の使用は無理でしょう」
 晴明の即答に、パラーリアは考えながらもひとまず礼を述べる。


「ジーザス会が妙と言うのは我輩も承知している。何らかの調査を行おうと考えていた矢先、貴殿に出会えるとはまさしく神の導き。まずは今までの御活躍をざっくり説明いただけまいか?」
 ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が促すと、地蔵が困惑しながらも口を開く。
「活躍‥‥と申しても私自身はさほども。
 京に不穏な気配を感じて探っていました。ジーザス会に目をつけた所、襲撃を受け、慈円殿に助けられたのです」
 ジーザス会が怪しいと確信できたが、正体は依然不明。しかし、到底自分では太刀打ちできないのもはっきりした。
 なので慈円に協力を仰ぎ、デビルを探す為と、何よりその意志に染まる人々を救う為にジーザス教徒たちを延暦寺に運び込んでいたという。
 しかし今や延暦寺は衰退し、ジーザス教徒への救済もままならない。打つ手が無くなり、神皇に助けを求めようとしたらしい。
「やはり問題はジーザス教ですか‥‥。駿河辺りだともう出鱈目やってる感じで、最早本来ジーザス教とは別物な気がします」
「実は我が輩、乱の最中にジーザス会トップのフランシスコ・ザビエル殿と運良く話が出来た。かの御仁と会い、考えが変わった。かの清らかさと、ジーザス会は一致しない。末端と中心に差がありすぎる。‥‥おそらく、かの会も一枚岩では無いのだ」
 首を傾げる桐乃森心(eb3897)に、ヤングヴラドも頷く。
「ん〜でも、ジーザス会はやっぱり危険だよ。尾張のジーザス会だって変な所一杯あるし、怪しい人がテンコ盛りだし。外国で悪い事してた人が宣教師になったりして、別人としてジャパンに入りこむ窓口になってるなら、ジーザス会には何が潜んで、何を企んでいてもおかしくないよ」
 パラーリアが必死にデビルの危険性を訴えるものの、
「その話が真実と証明できる証拠はありますか?」
「‥‥無いかも」
 指摘されて、言葉に詰まるパラーリア。
 言葉を捜す彼女に、晴明はあからさまな失望の溜息を吐く。
「憶測だけでは、宮中は動きませんよ。妙な噂なら私とて負けません」
「いや、そこ威張られても」
 纏わる怪奇な噂なら晴明も多い。狐の子、だの、呪いが趣味、だの周囲は言いたい放題だ。
「ま、嘘でも真実にしてしまうのが宮中ですからね。それはそれで問題があるので、確証も無いのに口走るのは止めた方がいいでしょう。下手をすれば権力に利用されて、意に沿わぬ事態を引き起こして終わりです」
 雅な御所も、踏み込めば権謀術数渦巻く権力絵巻。ドロドロした腹の探り合いは、時に魑魅魍魎の跋扈より質が悪い。


「駿河に尾張‥‥。そういえば、大和は早くからジーザス教を弾圧してたけど、それについて地蔵さまは何か知ってる?」
「そうですね。虎長様暗殺にシープの剣を抜かせたとかいう八百比丘尼も確かそちらに現れたような?」 
 シャフルナーズが問うと、心も、そういえば、と手を打ち地蔵を見つめる。
 見つめられた方は弱々しく首を横に振る。
「恥ずかしながら、私では京の話だけで手に余る有様なのです」
「じゃあ、先日の乱の折、虎長さんに槍を投げた十二人についても何か分からないかな?」
 浮かんだささやかな失望は胸にしまいこみ、心は畳み掛けるように質問を続ける。
「推測は出来ますが‥‥。申し訳ありませんが、今の私では告げてよいものか判断しかねます」
 これには肯定とも否定とも取れない、何とも曖昧な仕草をした。
「ジーザス教とは異なりますが。陰陽頭殿は出雲のイザナミ復活にデビルが関与していた件は既にお知りでしょうか?」
 尋ねるデルスウに、晴明は重く頷く。
 都の上三位殿も巻き込み、かつて都を脅かした黄泉人たちの復活。その中心が日本神話の母神を名乗るとあれば、宮中とて無視は出来ない。
「ここに出ただけでも駿河、尾張、大和、出雲、そして山城。
 デビルがジャパン各地で暗躍してるのは確かのようですぞ。ジーザス会とも根深いようで、対処は必要。関る事自体を厳しく取り締まった方が良いかと。ジャパンには馴染みが薄く、こうして話した所で危機感も受け取って頂けぬかも知れませんが‥‥。
 管理する側、体制側の皆さんに先ずデビルやジーザス教について詳しく学んで頂きたいですな」
「善処はしましょう」
 デルスウが強く申し出るも、晴明は軽く笑っていなすだけ。
 真剣さがあるのか無いのか。その腹の内がどうにも読めない辺り、やはりこの目の前の御仁も一筋縄でいきそうに無い。


「あちこち大変だけど、何だか神様が形振り構わず介入してるっぽいよね‥‥。黒の宗派だっけ、そういうの。地蔵様は白っぽいけど、慈円様はどうだったの?」
「あの方も白の神聖魔法の使い手でした。リバースも習得していた為、どちらも出来るように周囲には見えたでしょうが」
 シャフルナーズの問いかけに地蔵が答える。
 過去には鬼の腕を癒したりしている。優しい方だったと地蔵は嘆く。
「ジーザス会。‥‥彼らが隠れてしまったのも実態把握が困難な点で問題なのだ。連中のどこまでがデビルで、どこまでが正規なのか。対峙してくれる者は、取り込んだ方がいいのだが」
 弱り目でヤングヴラドは地蔵を見る。
 言わんとしている事を悟り、すまなそうにするも、それでも強い口調で地蔵が口を開く。
「はい。ですが、誰が敵で誰が味方の判断は容易につきません。見分けている間にも、相手は更に影響を増していくのが目に見えていました。
 確かに強引でしたが、相手がどこに潜んでいるのか分からないが故に、早急にその影響力から人々を保護するのが大事と考えたのです」
 正規のジーザス教もまたきちんと活動していたのだ。全ての人が騙されている訳でもない。デビルと知らずに信じている人も居る。
 傾倒している者は、その言葉を疑わない。騙されて利用される前に、手を打つ必要があった。
 まずは流布を阻み、デビルの活動を妨げる。信者を隔離すれば、他の都人は警戒して近寄らない。そうして影響を止めた上で、捕らえた信者は寺の中で影響の程度を調べて説得を試み、あるいはデビルの所在を探す。派手に動く事で隠れたデビルの反応を見て行方を捜す意図もあったという。
 今でも、ジーザス狩りはデビルの影響から救う為に必要と地蔵は告げる。
「誰か一人、気を吐き手を汚して責任被って、それで済む問題では無いのかも。
 勝手に背負い込んだり、喧々喧嘩してないで、皆様もっと素直になれば良いと思うのですが〜」
 ちらりと地蔵を見るが、その表情は堅い。和気藹々も違うだろうが、肩を張るのもどうかと心は首を傾げる。
「有効かもしれないが、正直すぎる。他から不信が出て、そこに付け入られるのでは意味が無い」
 夕弦蒼(eb0340)の指摘に、地蔵は息を飲む。
 その結果、あの乱が起きたのは否定出来まい。
「先に出た黄泉人・イザナミもそうだが、鬼の一部とも手を組んでいる。平織の件も視野に入れたい。武力が必要な条件が揃えば、神皇家も力を貸してくれよう」
「はっきりと国の為にならないと分かれば、宮中も重い腰を上げるでしょうね」
「んー、でもどうやって調べるの?」
「そこなんだなぁ」
 強く言い切りはしたものの、指摘された途端に弱って蒼は腕を組む。
「ジーザスの内情を探るのは難しいが‥‥ひとまず渡航方法はどうだろう。あとはもう忍者を送り込んでの内偵か。
 陰陽寮には過去にここいらで修羅の類の情報は出てないのだろうか。神話と悪魔の因果関係を探ってもらうとか。あとは宮中での平織の動向を警戒してもらうとかだね」
 矢継ぎ早に尋ねる蒼に、晴明は相好を崩す。
「ジーザス会自体は月道を越えて入国した記録が残っています。その際に特に妙な話はありません。月道移動の際は二国間において厳重に調査されますから、目をごまかすなら相手国にも影響が無ければなりません。
 それ以外では泳いできたか、飛んできたか。こちらは管理の術は無いですからね。
 内偵に関しては‥‥今は言いようが無いです。
 京におけるデビルの話でしたら、陰陽寮にも確かにあります。もっとも、誰かに憑いて弱らせる‥‥そこいらの物の怪と変わらない動きがほとんどですがね。
 神話とデビルの因果関係は分かりません。書庫の一部は燃やされたとはいえ、大和の黄泉人の折に散々ひっくり返してます。それほどに古い記録はそもそも残ってないのでしょう。
 平織家の動向は、言われなくとも藤豊さまがなさっていると思われます」
 淀みなく答えるのは、やはり宮中でも調査はしていたと見える。
「――書庫が燃やされた?」
 問い返すと、晴明は一つ頷く。
「昨年の秋。鉄の御所討伐で、鬼の腕がまだ都にあった頃です。大内裏が僧の操るアンデッドに攻め込まれた際、主犯の一人が陰陽寮の書庫に火を放ってます。‥‥幸い小火でしたが」
 丁度、晴明不在の折。
 冒険者らの動きもあって大事無く。鬼の腕も別の場所にあったのでやれやれと思っていたが。
「実行犯たちは人間ですが、茨木童子の手下と見られています。さらにこの時地中に残された鬼や土蜘蛛の死体が、ジーザス教に関わる使役霊として使われていますね。その呪詛に絡む四方の殺人事件には、とあるジーザス会が絡んでいました。怪しい神父が嫌疑途中で失踪し、そのままになってますが」
 ヴァンアーブルが肩を竦める。
「‥‥ジーザス会が酒呑童子を取ろうって話があって、協力した神父は悪魔憑きなのだと思ってます。
 そのレオ神父が酒呑童子さんに殺されたタイミングからして、茨木童子さんと繋がりがあるとも思ったけど」
「その神父はどちらに!?」
「分からないです。でも、酒呑童子に始末されたと思います」
 はっと顔を上げた地蔵に、ヴァンアーブルは気圧されながらも首を振る。
「酒呑童子と平織虎長が会うと戦争になる思うの。双方を刺激しないよう、政治的に配慮して欲しいのだわ。
 それと、酒呑さんは切り落とされた腕が腐ってなかったと聞くわ。神仏の加護を受けていのではないかしら」
 地蔵菩薩が頷く。
「腕は延暦寺にて見せていただきました。確かに、加護を受けているとお見受けします」
「では、交渉次第で人と鬼が和平を結ぶこともできるかもなのだわ。‥‥虎の存在が問題なのだけど」
「ありえませんね。夢物語です」
 悩むヴァンアーブルだが、晴明はきっぱりとそれを否定する。
「何故!?」
「当然でしょう。鉄の御所との付き合いは昨日今日ではないのです。この都が始まった時から、鬼に喰われた人は山のようにあり、抗争も数え切れぬ程起きています。民の鬼に対する心象は、デビルなどよりずっと悪い。
 此度の乱でも鉄の御所が出てこなければ都はこれほどまでの被害は被らず、慈円殿とて無事でいた可能性が高いのですから」
 平織も延暦寺も、民を巻き込んでいい事など一つも無い。戦とはいえ、一般人を巻き込まぬ配慮はされていた。対談の場においても、勿論双方最初から含む処はあったろうが、不穏な事をさせない為冒険者たちも張っていた。
 しかし、鬼にそんな事情は通じない。人は獲物でしかなく、放たれた人喰鬼が都にて人々を追い詰め家屋を壊し、酒呑童子の乱入で場が乱れた隙に虎長と慈円は討ち合い、そして果てた。
 今も千人以上が仮設村で過ごすが、鬼たちが無ければもっと少数だったと見られる。
「力を得る代わりに都を喰われては意味がありません。守るべき民を敵に回すのは本末転倒もいい所。むしろ、正体が何であれ虎長公と手を組んで酒呑童子を討つ方が納得されるでしょう」
 ためらいもない晴明に、納得する者、呆れる者、苦笑する者。反応様々。
 デビルだから率先して倒す、という概念は日本では通じない。血肉をむさぼられる鬼の方が一般的には脅威なのだ。
「それで、此度の話でジーザス会への処置をどうするのだ? 普及活動自粛には出来ないか」
「今は何ともですね。黙っている訳にもいきませんので、神皇様にはお伝えします。ただし、他の公家方にも話を通す必要はあるので、その点は御了承を。結局は藤豊さまの気分次第になるでしょう」
 ヤングヴラドに、複雑な表情で晴明は告げる。
 宮中で力を持つのは源平藤だが、源徳は失脚中。平織は乱の責任と療養で勢いを欠く。
 対し、藤豊秀吉は乱の混乱を収め、酒呑童子の襲撃から神皇を救ったとして権勢を強めている。関白として都に住む事も決め、政庁兼大邸宅の建設を計画中だとか。
「各勢力がばらばらに独自の思惑もって動いてる現状では、平和も遠くに思えまする。手綱をしっかり取れる方が、強引な手段以外で皆の協力を引き出せるのが理想。神皇さまには調査の上でお耳に入れておくべきかもしれませぬ〜。
 その上で、地蔵菩薩様にも御協力お願いしたいです」
「私で良ければ手を貸しますが‥‥。しかし、私の力ではお役には立てないでしょう。それもあって私はデビルを倒すより、人々を救うことが先決と考えております」
 心が告げるも、地蔵の返事も少々鈍い。
 西洋の考えと、日本の考え。天、都、民、冒険者、それぞれの目線。
 価値観の違いは大きい。
 ずれを埋めるか、郷に従うか。今しばし時間がかかりそうだ。