鬼の褌

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月16日〜01月21日

リプレイ公開日:2005年01月26日

●オープニング

 幼い頃から疑問があった。それはすばらしくつまらない疑問だが、どうにも気になり、その癖確かめるには危険がつきまとう。
 諦めようと思った。忘れようと頑張った。
 しかし、その疑問はふとした拍子に心に沸き立ち、心を悩ませる。
 馬鹿馬鹿しい事だ。いい年になった大人が何をそんな事にこだわっている。
 そう思っていたある日の事。

「山鬼が出たそうだ」
 村の者がそう話すのを聞いた。
「山の天辺にある洞窟に住み着いたそうじゃ」
「もう近隣のめぼしい村は襲われておる。難儀な事じゃ」
「この村にも直にやってくるだろう」
「冒険者ギルドに頼む事にしたそうな」
「使いに行く者を村長が探している」
 ぼそぼそと低く語られる老人達の雑談。鬼の耳に入るのを恐れてか小声で話してはいたが、それは不思議と明瞭に耳へと入り‥‥。
 そして、青年は村長に頼み込み、自ら冒険者ギルドへと走った。

「と、言う訳で! 村からは山鬼退治をお願いしたいのですが!!」
 ギルドの扉が開かれるや、今にも襲い掛かりそうな形相でその青年は依頼を頼み込んできた。
 依頼内容は何て事は無い、山鬼退治だった。
 山鬼たちは近くの山にある洞窟に住み着き、村に現われては食料や金品を奪っていると言う。だが、冬の最中に襲われては供給もままならない。このまま放っておくと、食料が尽きて村が飢え死にする可能性も無いではない。
 だから、そうならぬ内に山鬼たちを退治してほしい。
「以上が、村からの依頼です」
 睨み付けるように青年は告げる。が、その言葉に何か含みがある事に気付き、ギルドの係員は首を傾げた。
「何かまだ話がありそうですね?」
 話を促すと、思いつめた表情で青年は口を開いた。
「これは村とは一切関係ない、僕個人の問題なのですが‥‥鬼の褌は良い褌という歌を知ってますか?」
「長年穿いても破れず壊れず、強いぞすごいぞ丈夫だぞ、というアレか?」
 戯れ歌である。子供時分に聞いた者も多いだろう。
 しかし、何を言い出すのかと思えば‥‥。
「これって本当なんでしょうか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」
 やたら真剣に聞いてくる青年に、係員、目が点になる。
「ですから。鬼の褌は本当に強いんでしょうか。あちこちで鬼が出るという噂こそ聞きますけど、褌の真偽を確かめた話なんてさっぱり聞かないし、だから余計に気になって気になって‥‥」
「え、えと。だな?」
 歯噛みして苦悶する青年。事情は分かれど、あまりの馬鹿馬鹿しさに頭がついていかず係員はしどろもどろに何とか対応しようとだけ頑張っている。が、成功はしてない。
「ええ。いい年した大人が何馬鹿な事言い出すんだとお思いでしょう。でも、僕はどうしても気になって仕方が無いんです!!」
 言って、まごついてる係員の手をがっしりと握り締め、
「お願いします! どうか鬼の褌が本当に強いか確かめてくれませんか!? い、いや。出来れば自分のこの目で確かめたいです!! もしやって下さるなら、これは村からの報酬とは別にお支払いします!! ‥‥そりゃ、僕のへそくりからなんで些少しか出せませんし、鬼退治だけでも難儀でしょうから、無理にとは言えませんが‥‥」
 目を潤ませて頼み込む青年だったが、最後の方は声も小さく苦渋に満ちる。よほど、気にかかると見える。
 とりあえず、依頼を出す際に話だけはしてみると約束した上で、係員は気を静めるべく茶を一杯飲んだ。

●今回の参加者

 ea3363 環 連十郎(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5899 外橋 恒弥(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6388 野乃宮 霞月(38歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6402 雷山 晃司朗(30歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea8729 グロリア・ヒューム(30歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0221 紅 千喜(34歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 山に山鬼が住み着き、近隣の村を荒らして回る。その為、冒険者ギルドに山鬼退治が依頼された。
 なのだが、依頼を届けに来た青年の望みが重なって何だか奇妙な依頼になっていた。
「山鬼三体とはちと厄介だな。‥‥もっと厄介なのは鬼の褌か」
「でも、山鬼の褌が強いかなんて、面白そうですよね〜。山鬼さんの褌は特別性なのでしょうか♪」
 やれやれとため息をつく野乃宮霞月(ea6388)に対し、槙原愛(ea6158)が楽しそうに笑って告げる。
 鬼の褌は果たして本当に強いのか。青年の疑問も解決すべく、冒険者たちは山鬼がいるという山へと向かっていた。
「すみませんねぇ。僕の我侭まで聞いて下さるなんて」
「ああ、全くその通りだ。何が悲しゅうて鬼が穿き古した褌を後生大事に持ち帰らねばならんのだ???」
 褌の件と道案内の為、同行する事になった青年はひたすら申し訳なさそうにしている。そんな彼に、環連十郎(ea3363)は納得行かず、訴えるように目線を向ける。
「でも、彼の気持ちは良く分かります。紅葉も幼い頃、げんこつ山に狸さんが本当に住んでいるのか、とか、メダカの寺子屋が川の中にあるか、とかが気になって眠れぬ夜を過ごしたり、覗こうとして溺れかけた事もありましたから‥‥」
「そうですよね。蛍は苦い水より甘い水が好きなのか試してみたりとか‥‥」
 照れくさそうに頬を朱に染める火乃瀬紅葉(ea8917)に、青年も神妙に頷き返す。
「うん、うん。やっぱり気になる事はトコトン追求したくなるってもんだよね〜。俺も胡瓜は何であんなに美味しいのか追及したいもんだよ」
「いえ、それはあんまり」
「‥‥あんた、結構冷たいね」
 深く頷く外橋恒弥(ea5899)に、青年はしごくあっさりと返す。
「まぁ、鬼の褌云々はともかくとして、人里を荒らす山鬼たちは見過ごせないな。命を奪うのは忍びないが、これも世の無常」
「どの道、退治は必要。山鬼三匹相手の実戦となれば、良い鍛錬になりましょうね」
 雷山晃司朗(ea6402)が告げると、拳を握り締めて紅千喜(eb0221)がにっこり笑う。
「それにしても。洞窟はまだなの? さすがに疲れて来たわ」
 山鬼退治の為とはいえ、重い武装は山歩きにはそもそも不向き。いささか遅れがちになりながらも、皆について歩いていたグロリア・ヒューム(ea8729)は、苛立たしげに告げる。
「ええと、もう少しです。‥‥皆さん、お願いしますね」
 青年が緊張した様子で伝える。やや青冷めた表情から、そのお願いが決して自分の願いを指していない事は簡単に推測付いた。
「大丈夫ですよ。危険が無いよう、絶対にお守りいたしまする。ですから、心置きなく疑問解消する事だけを考えていて下さいね」
 紅葉が任せてとばかりに胸を叩くと、ほっとしたように青年は頭を下げた。

 そうこうする内に洞窟とやらにたどり着く。
「あの洞窟は夏場の山菜取りなどの時、休憩所として使う事もありました。けど、雨風がしのげる程度で奥行きも広さも大した事無いです」
「とすると、奴らも外へ出て来るしかない訳か」
 青年から洞窟の様子を聞き、霞月が低く告げる。山鬼三体、どうやらご在宅の模様で周辺をうろうろしている。
「行き違いは幸い無かったようだし、さっさと始末と行こうか」
 言うが早いか、恒弥が飛び出す。
「鬼さん、こちら♪ 手の鳴る方へ」
 恒弥が手を叩いて挑発すると、山鬼たちは一斉に視線をそちらに向ける。一瞬、妙な顔をした山鬼たちだが、不審人物と認識したのだろう。金棒を手にして殴りかかって来た。
 大振りの一撃を回避すると、恒弥は巧みな踏み込みで相手の隙を作り、すかさず日本刀を振るう。
「ここにいて下さい。大丈夫、すぐに終わります。だから皆の荷物お願いしますね」
 無論、他の者も黙って見ている訳は無い。次々と山鬼へと向かう中、紅葉も青い顔して震える青年に軽く笑いかけて飛び出す。
「腐っても鬼だ。鍛錬もいいが、舐めてかかるんじゃねーぞ」
 叫ぶ間も無く、連十郎は率先して山鬼に対峙する。
 ぶんぶんと、振り上げられた金棒が唸りを上げる。見るからに修練の気配も無く、ただ雑に振り回しているだけ。だが、山鬼の持って生まれた体力もあってか、その威力はすさまじく決して侮れない。
 振り下ろされる一撃。躱しきれず身に受けながらも、即座に連十郎は太刀を振り返す。その素早い反応に対処しきれず、山鬼は血を流して悲鳴を上げた。
「分かってる。そんなお馬鹿じゃないわよ!」
 さらに別の一体へと千喜は駆け寄るや、足元を狙って両の拳を振るう。素早い二連撃に山鬼は為すすべなく転倒。だが、体勢を整える間に残る別の山鬼が千喜へと迫る。
 金棒を振り上げて怒りの形相で詰めてきた山鬼。だが、グロリアが間に割って入ると、金棒を盾で受けて捌く。
「オ、ガルグアア!!」
「くぅ!!」
 いきり立って吼えた山鬼が繰り出した金棒を、今度は敢えて身体で受け止める。山登りに難儀した鎧も、戦闘となればその真価を発揮し、致命傷には至らせない。ただ殴られた痛みに顔を歪ませつつ、素早くグロリアは太刀を突き立てた。
「ガアア!」
「早々と、土につけてやろう!!」
 深々と食い込んだ刃に、山鬼は大きく身を離す。と、その身をむんずと晃司朗は下手投げに投げ飛ばした。ずしんと、地響き立てて山鬼の身体が転がる。起き上がろうとしていた相手の頭を、晃司朗は容赦なく踏み潰す。
「本当にしつこいですね!!」
 起き上がっては金棒を振るい続ける鬼に、愛が身体すれすれから龍叱爪を繰り出していく。相手の体勢を崩す目的だが、しかし、山鬼もやるもの。なかなか体勢を崩さない。
 が。唐突に山鬼はその動きをぴたりと止めた。何かの策略でもなく、強張った形のままに全く動こうとしない。――いや、動けないのだ。
「数で勝るとはいえ、三体同時はきついだろ?」
 依頼人を護るように立っていた霞月がそう笑う。コアギュレイトだった。
「あらあら。‥‥でも、悪さする子には遠慮無しに押しおきです〜」
 動かない相手に向けて、即座に愛が龍叱爪を繰り出し、紅葉も薙刀を振るった。

 ありていに言えば。冒険者らにしてはいささか物足りない勝負だったかもしれない。戦闘能力に長けた人員が集まり、山鬼たちは踏み込んでは転がされ、離れては魔法で縛られて、とほとんど何もできずに終わった。
 勿論、だからと言って無傷の戦いだった訳でも無い。
 しかし、それも霞月のリカバーで癒せる程度。も一つ言えば、彼は重傷でも一応治す事が出来る。そこまでの威力を出すとまだ失敗する確立の方が高いが、山鬼を全て倒した後ならば時間をかけた所で問題など生じない。
 かくて、
「ありがとうございます。これで村の者たちも安心して生活できます」
 笑顔で青年が告げるのを、冒険者たちはいささか疲れただけの様子で聞いていたのである。
 だが、これで全てが終わった訳ではない。ある意味、真の依頼はこれからだ!
「取り合えず〜、褌を剥がさなければいけませんよね〜」
 愛が告げると、晃司朗が頷く。女性陣に後ろを向いているよう告げると山鬼の褌へと手を伸ばした。
「‥‥こちらでも勝ったな」
「何が、って‥‥あの、まぁ、その‥‥いえ。別にいいわ‥‥」
 褌を剥がして、にやりと笑う晃司朗。どうやら振り返るのが早すぎたようで千喜が頬を朱に染める。
 剥がした褌は合計三枚。念の為清めておこうと、霞月がピュアリファイをかけた。もっとも、食品浄化の魔法なので効果は無いようだ。
「だが、これを如何いたそう? やはり、青年殿に穿いていただくのが一番か」
「え、いただいていいんですか?!」
 褌片手に思案していた晃司朗に、青年はやけに目を輝かせる。
「‥‥あんた、本当に欲しい訳?」
「そりゃもう。子供の頃からの疑問が解消されるのですよ! こうなったら、白い目浴びようと構いません!!」
「さよか」
 拳握って笑う青年に、連十郎はただ脱力する。何だか山鬼を相手にした時よりも疲れる気がした。
「でも、強いかどうかなら二人で引張りっこすれば判るんじゃないかな?」
「そうですね〜。それで破れなかったら、本当に凄い強度なのですけどね〜。それ程ならちょっと欲しいかも〜??」
 のんびりと提案してみる恒弥に、愛も真面目に頷く。
「じゃあ、やってみましょうよ。あたしが一方を持つわ」
 千喜が一端を持ち、もう一方は青年が持つ。
「「せ〜の」」
 掛け声合わせて互いが一息に引っ張る。途端、褌は簡単に破れて、両者、勢いよくすっ転ぶ。
「あははは。やっぱり駄目みたいね」
「諦めるのはまだ早いですよ。残る褌後二枚。強さにもいろいろあります。という訳で――マグナブロー!!」
 大声で笑う千喜に、気負って紅葉は魔法を発動させる。その身が赤い光に包まれるや、離した場所に置いた褌がマグマの炎に包まれた。
 結果は‥‥墨さえ残らず。
「の、残る一枚! 歌の通りならこれでも!!」
 薙刀一閃。見事に褌真っ二つ!!
「‥‥こんなもんだろう。なぁ、兄ちゃんよ。鬼が穿いてるだけで本当に丈夫になったりすると思ってんのか? この褌持ってさっさと帰りな」
 褌の残骸を渡すと、連十郎は気落ちした青年の肩をぽんと叩く。
「物はいずれ朽ちる。鬼の品でも例外は無いという訳だな」
 夢の無い話だと、霞月は深く頷く。
「そんな気落ちせずに〜。もしかしたらこの褌が偶然弱い褌だったのかもしれませんし〜」
 落胆振りを見かねて愛が告げると、紅葉もまた微笑と共に青年の顔を見遣る。
「ええ。紅葉には、どうしてもこれが伝説に残る鬼の褌とは思えませぬ。必ずやこの世界のどこかには、歌のような褌が存在しているはず。もし、また気になった時は、いつでも紅葉達に申し付けて下さいませ」
「本当に強い鬼の褌は虎の毛皮で出来ているものだと思うしな」
 晃司朗もまた頷く。
「‥‥ええ、でももういいです。そうかもしれませんし、そうでないかもしれませんが、今日のこの事で僕の疑念はひとまず晴れました。‥‥本当に、馬鹿馬鹿しい願いにここまで丁寧にお付き合いくださって、ありがとうございます」
 言って、深々と青年は礼を取る。その顔はずいぶんと晴れやかだった。
 
 かくて、冒険者たちは村の人からと、青年からも礼金を受け取って、江戸へと戻った。