延暦寺の鬼の腕

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月24日〜09月29日

リプレイ公開日:2008年10月03日

●オープニング

 朝廷にて、政務に関わる貴族たちが眉間に皺寄せ、面つき合わせている。
 皐月に起きた比叡山・延暦寺の乱より幾月。その間に分かった事、変わった事。事態は刻々と動き続けていた。
 平織家と源徳家は和睦が為されたようで、東はひとまず一安心という感じなのだが‥‥。
「黄泉人の件でおじゃりまするな?」
 問題は西。出雲にて復活した黄泉人は、諸国を荒らしながら勢力範囲を広め、京の傍まで迫っていた。
 黄泉人は数年前に大和にて復活し、やはり京間近まで迫っている。故にその脅威は重々承知している。
 現在丹波が交戦中だが、近頃京内でも目撃されたという話がある。ただのはぐれ者でも、一体でも見逃せば後の災いは恐ろしい限りだ。
「出雲に近い分、長州も黄泉人に手を焼いておるとか」
「京を騒がせた報いだわい。いっそこのまま果ててくれた方が、こちらの心配が一つ減るというもの」
「いやいや。その前にきゃつらの奪った神器を取り戻さねば。神皇即位にも関わりまするものを、どさくさで紛失などされてはもはやどうにもなりませぬ」
「各々方。話がずれておりますぞ!」
 ざわめくように広がる会話に、貴族の一人が咳払い。
「黄泉人の件無くとも。京は諍いが多く、怪異もまた多い。そうした中で、延暦寺を放っておくというのはいかがなものか」
 貴族たちが押し黙る。
 彼らの根底にある懸念は、やはり鉄の御所。京都有史以来の火種は、長らく延暦寺が押さえてきたが、その寺が当てにならぬなら、独自に手を裂く必要がある。今の情勢で、そんな余力は出るだろうか。
「黄泉人始めに物の怪どもが鉄の御所と手を組んで雪崩れて来る可能性もありますのぉ。となれば寺も向こう側。おお、怖や怖や」
「しかし、延暦寺が鬼と手を組んだは、慈円殿あっての愚行と見受けられる。事実、彼亡き後延暦寺内部は鬼との関わりに反発し、大きく割れておるというぞえ」
 貴族の一人が口を開く。
 実際、乱以降、延暦寺は明らかに揺らいでいる。
 内部では、人喰鬼と手を組んだ事により多数の僧侶が反発。長く修行を務めた高僧であっても山を下りるという事態が続いている。
 次の天台座主も決まらぬまま、天台宗の纏め役も江戸の寛永寺や寺門派が頭角を現している。
「そうなりますと、腐っても何とやら。日の本最大勢力を誇る天台宗を袖にするにはいささか難しゅうございますなぁ」
 揺れているとはいえ、延暦寺にはまだ多数の僧兵と日本中から寄せられた献金が溜め込まれている。でなくとも、怪異相手なら僧侶の協力が必要。味方にいれば非常に心強いのは、今も変わりない。
 京では乱以降、延暦寺を見限り、新宗派を支援している。が、彼らではまだ力不足なのは否めなかった。
「我らの懸念は、偏に延暦寺が鬼と通じたかにある。それが誤解であるならば、いつまでも反目する必要などありますまい」
「されど、それが難しい。生半な約定を結んだ所で、きゃつらが聞き入れるか分からぬぞ」
「そうじゃそうじゃ。うっかり信じてまた鬼どもを嗾けられては、今度こそ都は壊滅でおじゃる」
 口々に言い合う貴族たち。
「それでは、こういうのはいかがでしょう」
 それまで黙って聞いていた陰陽寮陰陽頭の安倍晴明がおもむろに口を開く。


 延暦寺に、都から使者が参ったのは実に何ヶ月ぶりか。
 講堂に数を減らした高僧たちが集い、受け取った風流な文を広げる。書かれた文書は、貴族らしい回りくどい言い回しが多用されており、それを小僧が朗々と読み上げた。
「つまり‥‥。延暦寺と鬼が通じてない証として、寺に納められている酒呑童子の腕を都に渡せとの事か。そうすれば、これまでの事はひとまず水に流し、王城を共に守ろうと」
 その長い言葉を纏め上げれば、まさに一人が告げた通り。
 都にとって、真の脅威は鉄の御所。たかが腕一つとはいえ、カース系ならばそれで術もかけられる。使いようによっては、相手の喉元に刀を突きつけられるような代物。
 それを分かって差し出すのだから、延暦寺が鉄の御所に思い入れの無い証左には出来よう。
「願ったりではないか! 人喰鬼と手を切り、都との信頼回復の為にもあのような物、即刻渡してしまえばよい!」
「しかし! あれは慈円様自らが引き受けられた品。酒呑童子は開祖・最澄様の直弟子であり我らの兄弟子に当たるという。それを勝手するなど」
「殺生、偸盗、邪淫、妄語、飲酒のみならず、彼らの罪は目に余り、それを改めるを知らず。外道に堕ちし者を尊ぶあまりに、自身も外道に堕ちていると何故気付かぬ!」
 語調強く言われ、誰もが押し黙る。その間に、高僧は言葉を続ける。
「慈円様の御意志を守るのはいい! だが、それは信者たちに不安を与え、都といらぬ諍いを繰り広げてまで守らねばならぬものか! 我らが諍いの源となってどうする気か!」
 恫喝にも近い言葉は反論を許さず。他の僧たちも押し黙る。
「しかし、かような不吉な物を都に渡すのはいかがなものだろう。これで災難が起きれば、我らのせいにされかねん」
「それに関しては陰陽頭殿が責任を持つと仰られておる。かの者より、我らの方が当てにならぬとは口惜しい限りだが、今は瑣末な矜持に構っている場合でもない」
「平織については?」
 ぽつりと呟かれた言葉に、説得に当たっていた高僧が俄に渋面を作った。
「都は、延暦寺と鬼との関わりを懸念した故、平織を派兵したと言ってきている。派兵に関して怒るのなら、それは誤解故怒りを解くように。他に延暦寺がかの者を仏敵と呼ぶ理由があるならば、それはもはや延暦寺と平織双方直接の関わりとなり、都が口を出す事ではないとしている」
 つまり、平織との件は別に対処してくれ、我らは知らん、という訳だ。
「では‥‥ジーザス教についてはいかがだろう?」
 境内には捕らわれたままのジーザス会が多数いる。邪教改宗の信念は高僧たち、誰も変わらない。だが、乱が起き、慈円亡き後、以前ほど熱心でないのも確かだ。寺が割れている今となっては、少々負担になっているのも否定できない。
「それについては何とも。ただ、今だ都はジーザス教について何も告げない辺り、こちらの対処次第と行った所か」
 新宗派に力を入れる都だが、ジーザス教に関しては以前のまま放置されている。弾圧もしないが保護もしない。そもそも認めてすらいない。
 都らしい事なかれ主義に、冷ややかな笑いが漏れる。
 だが、この申し出は延暦寺にとっても和解を示す好機に違いなく。逃せばまさしく逆賊と罵られる危険にもなりかねなかった。


「まぁ、向こうにとっても都と敵対したままは、得策でありませんからね。鬼の腕を渡す旨を了承してきました」
 渋々でしょうけど、と苦笑するのは、安倍晴明。人を食った笑みに、対面するギルドの係員は呆れ果てる。
「ただ、寺の内部では慈円殿を支持して、腕を渡すのを反対する者も多く、彼らの妨害が予想されます。酒呑を崇める鬼たちにしても腕を渡すとあれば怒るでしょうし、鉄の御所に敵対する勢力ならこの腕を欲しがる者も多い」
 故に、延暦寺から御所までの道中警護をお願いしにギルドに訪れたという。
「私も同行しますが、数で来られては対応しかねますからね。まぁ、何事も無いのが一番ですが」
 下手をすれば、都と延暦寺の不仲は決定的になる。後の情勢にどう関わるかはまだ分からないが、慎重に事を運ぶ必要はあった。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 延暦寺に出迎えとして参上すると、都からの使者として厳かな列が彼らを待ち構えていた。
 その最中でも、冒険者たちの胸中は実に複雑だった。
「鬼の腕‥‥。厄介なモンが残ってたな」
 顔を顰めるのは白翼寺涼哉(ea9502)。
 京には騒動が多い。その騒動の一つにこの鬼の腕も上げられよう。
 昨年の初夏。水無月会議を襲った酒呑童子。一ヵ月後、討伐に向かった新撰組たちが持ち帰ったのがこの腕だ。
 腕を使い、酒呑童子を調伏すると高野の僧が出てきたが、儀式目前で奪い返されたのが秋の頃。
 その騒動を思えば、頭を抱えたくなるのも無理は無い。
 そして冬、新年間近の頃。天台座主・慈円と酒呑童子が直接合い見える人鬼会談が為される。その時に、慈円は酒呑の腕を治し、酒呑はこの斬られた腕を延暦寺に納めたのだ。
 慈円と酒呑が接触を持った際には、パラーリア・ゲラー(eb2257)と一条院壬紗姫(eb2018)も深く関わっている。
 それから更に一年近くが流れ。延暦寺の二心無き証として再び都に運ばれようとしている。
 果たして、今の事態をあの時予測し得たのか。そして、これからどうなるのか‥‥。
「考えても詮無い事。今は行く末を見届けたく」
 静かに頭を振ると、壬紗姫は自身にも聞こえるかどうかの声で呟く。
「しかし、安倍殿も来られるとは。京において、貴殿は鬼の腕より重要な存在だ。お気をつけを」
 都からの出迎えとして、陰陽寮陰陽頭の安倍晴明がいると知り、備前響耶(eb3824)は眉根を顰める。
「延暦寺の格式を考えればそこらの小僧に走らせる訳には行きませんし、怪異に携わる訳ですから私が出るのが妥当でしょう」
「確かに何が来てもおかしくない状況に心強くもありますが‥‥。どのような勢力が襲ってくるかは、予測できないものでしょうか?」
 酒呑童子の鬼の腕となると、狙う者はごまんといるし、それが人間だとも限らない。
 なので、涼哉が尋ねるも、晴明は苦笑するのみ。
「備前殿も白翼寺殿も少々私を買い被っておられる。高く評価していただけるのはありがたいですが、あいにく私は一介の陰陽師。万能ではないのです」
 まぁ、予測できているなら事前にギルドに通達あって然るべきか。
「お越しになりました」
 僧侶たちが頭を下げている中、進んでくるのは明らかに高価な袈裟を着込んだ老齢の僧侶。その手には長い箱がある。
「あれが鬼の腕という訳か。無事に送り届けたならば、是非とも拝見したいものだな」
「都につけば、皆の前で検める必要があります。警備として御同席いただけるなら、こちらとしてもありがたい」
 感歎するデュラン・ハイアット(ea0042)に、晴明は提案する。
 牛車の準備も整い、出立の合図がなる。
「慈円お爺ちゃんはいい人だったけど、延暦寺と鬼のせいで関係のない都の人の命と物がどれだけ失われたか! その辺は納得できないからっ。
 あと仏門に帰依しながら不正や強奪を是とする大名を支援するってどうなの?」
 牛車に乗り込む高僧に、パラーリアが告げる。
「最後は何やら分からぬが。ともあれ、慈円さまはすでに故人。亡くなった方をあまり言われるな。咎は生きている者が受けるべき。止められなんだ責は重い」
 目を伏せ俯く高僧。懇願するように見つめられ、それ以上パラーリアは何も言えず。高僧が牛車に乗るのを見届ける。 
 そしていざ出発という時に、駆けて来る冒険者一名。
「ごめーん。遅れた」
 息急き切って、ミネア・ウェルロッド(ea4591)が姿を現す。
 実はミネア。前日より、私用で鉄の御所に入り、ついでにこの事態も酒呑に伝えるべく画策していた。
 が、屈指の兵であっても、命を落すのが鉄の御所。周囲をうろつく鬼たちに喰われ掛けてからがらに逃げる事となり、負った手傷を癒す為に薬探して都に戻り、そしてまた比叡山に帰って延暦寺へ、と実に慌しい。
 ばれないかと内心冷や冷やしながらも、表面上は変わらず笑みを浮かべている。
「待て。以前腕が奪われた際には妖狐が現れている。変化の可能性を考えて全員確かめさせてもらっている」
 響耶が呼び止め、水鏡の指輪でミラーオブトルースを発動させる。
 正体の看破まではいかないが、魔法による物は光って見える。ミネアが映り込めば武器防具が白く輝いていた。
 呼び止められて内心動揺したものの、異常無しでほっとするミネア。そんなミネアを冷たく見ていた晴明だが、
「では、都へ向かうとしましょう」
 特に何も告げる事無く静かにそう促した。


 延暦寺に来るのに先駆け、アラン・ハリファックス(ea4295)とパラーリアは行程途中で襲撃されそうな場所を確かめている。
 それを確認して、簡単な打ち合わせを済ませると、アラン、デュラン、ミネアがまず先行して出た。伏兵が無いかを調べる為だ。
 その後を、本隊として牛車がのんびりと歩いている。中に乗るのは高僧。そのおつきとして三名が周囲につき、彼らを守るように僧兵四名が歩く。
 晴明は先導するように牛と並び、残りの冒険者たちが牛車に従う。
 さらにその周辺では柴犬三匹。アランのニヨドを始めに、壬紗姫の菊花と涼哉の子龍が嗅覚や聴覚で周辺を覗い、また先行隊と本隊との連絡役として走り回ったりと大忙しだった。
「多くの平織の戦友たちがここで散った。だが今や俺は、何者の命も受けず、ここにいる。藤豊のアラン・ハリファックスとして」
 かつてに思いを馳せながら、アランは惑いのしゃれこうべを叩く。
 黄泉人の京都への侵入が懸念される昨今。鬼の腕に興味なかろうとも、延暦寺の高僧狙いで彼らが来る可能性もある。
 アランが延暦寺に尋ねた所、先の戦で目に付いた遺体は弔える者は弔ったという。
 埋葬が出来ずとも鳥葬や風葬として供養したらしい。とはいえ、戦死者の皆が纏まって倒れている訳でもない。中には人知れず草の陰で倒れた者もいよう。
 また、戦場となれば負の気に引かれてか、どうしたって怪異が増えるものだ。
 不安な場所ではアランはしゃれこうべを叩くが、特に反応はない。あまりぽこぽこ叩いても魔力を消費するだけ。幸い、壬紗姫も同じ物を持っているし、両者共に戦闘では剣中心。連絡取り合って分担すればどうにか乗り越えられるだろう。
 比叡山を無事下山したが、周囲には人気もない。道を行けば村にも行き当たろうが、都の賑わいにはまだ遠い。
「ふむ。やはり無事では済まないようだ」
 すっと空から降りてきたのはデュラン。口調は面白そうだが、目が笑っていない。
 山は下りたとはいえ、人里離れれば自然も多い。遮蔽物には事欠かない。
 前日に唱えたリトルフライの影響で宙に浮かんでいた彼は、そこからブレスセンサーで索敵していた。
「鬼なの?」
「そこまでは分からぬ」
 尋ねるミネアに、胸を張るデュラン。
「ニヨド、合図を」
 アランが告げると、ニヨドが天に向かって遠吠えをする。
 響く犬の声は後方の本隊にも当然聞こえた。

「やはり、来ましたか」
 犬の声を聞きつけ、晴明が呟く間も無く。
 ひゅんと風を切って矢が飛んできた。瞬く間に矢の雨が降り注ぐ。
「牛を暴れさせたら危ないな」
 ヴォーロスの指輪の反応に、ホーリーフィールドを張る涼哉。
 緊張する気配に牛が騒ぎ、お付きが宥めようと必死になっているが、矢自体は不可視の壁に弾かれ届いては来なかった。
 ざっと木の陰、草の間から人影が飛び出てくる。全部で十。いや、まだ何名か隠れている。
「鬼じゃない。人だよね。僧兵の人? これ以上まだ争ってどうするんのっ!」
 覆面で顔を隠している――というか、頭を守っているのだろうか――ものの、体格などが傍らの僧兵たちによく似ている。その延暦寺の僧兵たちといえば、見覚えある者がいるのか、わずかに動揺していた。
 六尺棒を手に一斉に向かってくる彼らに、パラーリアは目を三角にして経巻を広げる。
 書かれているのはローリンググラビティー。茶系統の光がパラーリアを包むと、近付いてきた僧兵たちがいきなり宙に上がり、そのまま地面に叩きつけられる。
「鬼の腕を渡す事は、朝廷からの正式な要請。これを阻むというのであれば、天下の逆賊として処罰されますが、いいのですね?」
「元より俗世に関わりなし。今はただ、恩義ある慈円様のお気持ちを優先するのみ!」
 一応、といった感じで晴明が張り上げた声に、毅然と返答する敵対者たち。
 仕方が無いと言いたげに晴明は首を振るや、相手の僧兵たちが纏めて吹き飛んだ。シャドゥボムだ。
「‥‥やはり貴殿がいれば、どうとでもなりそうだが」
「御冗談を。彼らで終わりとも限りませんからね」
 後方。広範囲に渡って僧兵たちが血だらけになって転がる様を見て、苦笑する響耶。のんびりと会話しながらも、せわしなく太刀・鬼切丸を振るい、鬼の腕を奪いに牛車に乗り込もうとする僧兵たちを蹴散らしにかかる。
 僧を殺せば祟られそうではあるが、大人しく当て身で寝てくれるほど柔な相手でもない。
 いや、彼らが警備につくのは分かっている。そういう人員をそろえてきたのだろう。気の抜けない争いに、手加減も出来ない。
 数を少しでも減らそうと壬紗姫は牛車から引き離しに掛かるが、これもなかなか上手くいっていない。
「狙いはあくまで鬼の腕。我らは眼中に無い、という事ですか」
 霞小太刀を振るい、注意を自分に向けさせようとするが、離れようとすると追いかけてこなくなる。また様子を見ていても、なるべくコアギュレイトで動きを止めようとする者も多い。
 もっとも、ニュートラルマジックで解放しているので大事には至ってないが。
「一条院。そこの木の陰だ。その後方の岩の裏。対して道の反対側の木の上、そしてその下にもいる」
 そうこうする内にも、先行隊で進んでいた者たちが合流する。ブレスセンサーでまだ隠れている者たちを探り当てるとデュランはその位置を指示。
 一つ頷くと、壬紗姫はそちらに回る。
 アランが両手に構えた修羅の槍で組み合うと、ミネアが太刀・薄緑で斬り伏せる。
「誰が考えてるのか。お話じっくり聞きたいしね」
 パラーリアがアイスコフィンの経巻で封じた僧兵が障害物となって、さらに転がる。


「狐が混じってないか。念の為に確認だ。符丁は覚えておられるな」
 戦闘後、僧兵たちが傷を治す一方で、涼哉が味方に変わりないかの確認をする。幸いそれも引っかからず。襲撃者は僧兵たちだけのようだ。
 力量の差もあって、鬼の腕は守れた。が、倒した僧兵たちをどうするかでしばし困ってしまう。
 延暦寺側にしてみれば、意見違えても同胞には違いなく。まだ息のある者を残しておくのも酷いと訴えるも、治せばまた襲ってくるかもしれなかった。
 連れて歩いても面倒が起きるかもしれない。
 結局、涼哉の持っていたフライングブルームで山まで戻り、応援が来るまでは近くの村で監禁してもらうという事で決着ついた。
「彼らの罪は問わなくていいのでしょうか?」
「ここで騒ぎを出しても折角まとまりかける話が面倒になるだけですし。彼らに処分を任せましょう」
 縛られた僧兵たちにやや不安げにする壬紗姫だが、晴明はあっさりと判断を下した。
 それからの道中は、特に何も無く。懸念された物の怪の動きは見えなかった。
「鉄の御所が動かなかったのは少し意外だな」
「山が少々騒がしかったですからね。何か騒ぎがあって、こちらどころでは無くなったのではないですか」
 訝る響耶。どこか皮肉げに晴明が笑い、ミネアが顔を引き攣らせる。
 御所に入り、牛車より降り立つ高僧。途中の戦闘はさすがに参ったようで、僅かな時間の内にまた老け込んだように見えたが、それでもしっかりした声音で冒険者たちに礼を述べる。
「こんな場所で何ですが。これより機会が無さそうなので今お訪ねしておきたい事がございます。
 延暦寺の僧たちが武田に流れているのは、まことでございますか?」
「‥‥はて、そうなのか?」
 問い質した涼哉に対し、首を傾げる。それからしばし考えると厳かに告げる。
「知っての通り、天台座主亡き後、我らが寺は大きく揺れた。信玄殿は熱心な信者として知られておる。山を下りた者がかの者を慕って国に入っても別に不思議ではあるまい」
 武田は天台宗の有力庇護者。山を下りたからと行って信仰を捨てた訳でない者が、頼る場所としては妥当と言えた。
 それでも納得いかず。パラーリアが口を尖らせる。
「あたしは、延暦寺の僧侶さんが特定の大名や大名同士の戦に加担しないって約束して欲しいし、平織さんともちゃんと話し合って欲しいの。
 人を救うべき人たちが、戦争したり加担する事は、大切な教えを形骸化してる事に他ならないよ。
 あたしは延暦寺と鬼の関係は全部知ってるから、延暦寺さんの方で歯止めが効かないなら、晴明さんや関白さんにお話して公表してもらうことになると思う」
 これには高僧は目を丸くする。
「これは異な事を。我らを頼りに助けを求めてくる者の手を払うなど、それこそ仏の教えに反する。争いを望まぬのは我らとて同じ。だが、立場違えば意見の相違も生まれ、多くの誤解も生じる。中には刃を持ち言を通そうとする者もいる。そういう者から我らも教えを守らねばならぬ。無情な事よ。
 それでも、平織に関してはひとまず向こう次第となろう。
 鬼との件は、此度都に御報告するつもりであった。どの道、慈円さまも前々より御報告されておる事柄。御慧眼な朝廷の方々だ。陰陽頭殿はもちろん、関白殿もとっくに御存知であろうよ」
 パラーリアが晴明に振り向くと、相手はあっさりと頷いて見せた。
「藤豊家臣として言わせて貰えれば、秀吉公は人同士の戦を望んではおられぬ。延暦寺がこれ以上武田上洛を煽るなら、更なる措置が取られると肝に銘じておかれたい」
 語気荒くアランが告げるも、相手は簡単に頷いただけ。
「仮設村の治安を乱す行為もやめていただきたいのですが」
「元よりあの場所についてはこちらも関知していないが‥‥。さて、迎えが来たようだ。此度は御助力願えて真ありがたい」
 涼哉の頼みもそこそこに。呼び出しに来た者に連れられさっさと行ってしまった。
 天下の三不如意、という言葉がある。この世の栄華を極めた者でも、鴨川の水の流れ、さいころの目、そして延暦寺の僧の三つだけは思い通りに出来ぬと嘆いたのが由来だという。
 彼らを動かすのは並大抵の事ではないのだ。

 都に運ばれた鬼の腕は、神皇始めとする貴族方の前で検められた。斬られて一年経つというのに、今だ生身の斬られた腕と変わらず存在するそれを見て、人々は驚愕し、畏怖した。
 都は延暦寺をこれからも支持し、延暦寺は都の平和の為に今後も精進して行くと、美辞麗句で装飾されたやり取りと歓迎の宴。
 どの道、都も延暦寺もそれぞれに思惑はある。今はその思惑が同じ方向に向かっているに過ぎない。