だるまが来たりて餅を撒く
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■イベントシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 15 C
参加人数:56人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月13日〜01月13日
リプレイ公開日:2009年01月29日
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●オープニング
新春到来。
雪景色の中、のんびりと訪れた新年を祝い、酒飲んだり御節食べたり寺社仏閣に詣でて御近所親戚に挨拶回り。
三が日を過ぎて仕事始めと相成っても、十五日までは松の内。
昨今の不穏な情勢の中、早々休みも取れない冒険者ギルドでもまったりとした雰囲気で依頼を捌く。
「おーい、誰かいるか」
入ってきたのは雪だるま‥‥と間違える程雪に埋もれた人間‥‥に見えたがそうでもない。
体型こそ人間だが、その顔や全身を覆う毛並みは山猫そのもの。金茶の毛並みに生えた尻尾や長い髭が寒そうに震える。
妖怪がうろつく御時世とは物騒極まりないが、その彼に関してはギルドの係員には見覚えがあった。
陰陽寮所属の陰陽師・小町の家で厄介になっている山猫獣人ワーリンクス。過去の記憶を失っているので、ただ「猫」と皆から呼ばれている。
妖怪ではあるが、危険は今の所無い。むしろ、周囲で起こるおばか騒ぎに巻き込まれる、ある意味不運な奴だ。
獣人は人の姿と獣人化した姿の二つの姿を持ち、普段は人間と何ら変わらぬ格好で生活をしている。
物騒な昨今、妖怪である事をひけらかせば無用な騒動を招く事も熟知しているので、滅多な事では変身しない。
その彼が、いきなり変化した姿でギルドに顔を出した。
「何だ、その格好!? 何があった!」
「寒いんだよ! 毛があるだけこっちの格好のがまだ少しマシかと考えたけど、んな小細工無駄なほど寒いっ!」
「あ、そうかい」
何事かと緊張した係員だが、還って来た答えに拍子抜け。馬鹿らしくなって、早々と仕事に戻る。
「それより、話があるんだ」
「妖怪からの依頼は受け付けないぞ」
「大丈夫、依頼人はこっちだ」
きっぱりと言い切ったギルドの係員に、心得ていると猫は頷き、手に持った物を示す。
雪の固まりを引き摺ってきたのかと思えば、そうではない。
面倒そうに雪を払うと、中から寒さで真っ青になっている小町が姿を現した。
●
「家が、雪だるまに占拠されたのよ」
布団に包まり、火鉢に当たり。葛湯で体を温めてようやく一心地ついた小町が窮状を訴える。
「雪だるま?」
「正確には雪小僧と雪大王よ。水系の精霊で外見は雪だるまそっくり。冬山に踏み込んだ者を追い返す為に普通は現れるわね」
辛そうに鼻を啜りながら、小町は一口葛湯を啜り、現状を語る。
小町の家にはもう一体妖怪がいる。
人に化けられる化け兎。うさ、と皆から呼ばれている。
猫に比べると思慮に欠けるうさだが、一応それなりの思考を持ち、行動をしている。
仲秋の名月には満月を称えて餅を供え、正月はめでたいので餅を撒く。
今年も例年に漏れず、小さい体にどれだけ情熱があるのか家の中が埋まるほどに餅を作り、御近所さんや知り合いにばら撒いていたそうだが。
その様子を恐らくどこかから雪小僧が見ていたらしい。
あまり知能の高い精霊ではない。ただ、白くて丸い物を見て、それを雪の塊と見たのだろう。真似して一緒に雪をばら撒き始めた。
そこまでならまだ可愛いものだが、雪小僧、うさ、共に思慮が足らない。
何かの弾みで雪餅撒きが雪餅合戦となり、互いに攻防繰り広げ。その時はうさが勝ったようだが、その数日後、今度は雪小僧たちが団体でなだれ込んできた。
以降、雪だるまたちによる水系魔法が駆使されて小町宅は局地的寒冷地としてずんずんと雪が積もっている。
「お父様たちは危ないから逃げてもらってるけど。肝心の雪だるまたちが帰ってくれないよね」
身を震わせると、小町が布団を掻き合わせる。
「雪だるま達なら火で追い払えるだろう。お前さん、確か得意は陽の精霊魔法だったよな」
その外見から推測出来る通り、雪小僧や雪大王は火や熱に弱い。そもそもそんなに強い精霊でも無いので、対処はしやすい相手だ。
小町一人では苦しいだろうが、妖怪二体に家の者何名かが加勢につけば、どうにかできる筈と係員は首を傾げる。
「向こうさんはどうも遊び相手見つけて面白がってる節があるんだよなぁ。‥‥兎は負けん気強いから、マジでやりあってるけど」
山猫姿のまま、困ったように髭と耳を垂らす猫。
敵意は無く、犬猫がじゃれて群がってきているようなもの。そういう相手だと却って手荒な真似もやりにくい。
「それにちょっと数が多すぎるのよね。下手して怒らせると、被害出そうだし」
「多いって一体どれぐらい来てるんだ?」
「雪小僧が三十二体に、雪大王が六体」
あっさりと告げられた数に、係員が茶を吹く。
「なんでそんなに来てるんだ!?」
「知らないわよ! 暇だったんでしょう!? とにかくこの数相手に立ち回りは危険だし、下手すれば都にまで押しかけてきかねないわよ。遊びに来てるんだったら、満足すれば帰ってくれそうだし。一緒に雪遊びしてくれる人貸して頂戴!」
「後、雪かきしてくれる奴も頼む!」
必死の形相で手を合わせる小町と猫。
まぁ、扱えない依頼ではなし。暇な相手が行く分には構わないだろう。
そう考えて、係員は依頼を承諾。冒険者募集の貼り紙作成に入る。
「あ、うさは餅投げて来るからね。当たると結構痛いわよ」
「あいつ、雪合戦を今一つ理解してくれないんだよなぁ」
たかだか雪遊び。そう考えていた係員だが、悩んだ末に末尾に「場合により危険あり」と書き加える。
そして、貼り紙を張り出す際。ふとこれまでの事を思い出す。
「そういえば。こういう時になると出てくる馬鹿狸や、亀河童の冒険者はどうした?」
馬鹿狸たちは人化け出来る化け狸で、いつでも四体まとめてすっ裸なのが特徴。
河童の冒険者はうさから「亀」と呼ばれて、今だ訂正できない因縁持ち。
共にうさと仲が悪く、こうした事態になると打倒兎を掲げて姿を見せるものだが‥‥。
「人手欲しくて頼んだけど、早々とアイスコフィンで凍って池に沈められたわ。池も凍ってるけど、掘り起こして溶かせばまた動くでしょ」
「うさ曰く、冬眠だそうだ。河童の奴、またこれで亀呼ばわり確実だな」
あっさり告げる小町に、しみじみと頷く猫。
少し悩んだ後、係員は末尾の文章から「場合により」を墨で塗りつぶす。
とりあえず、危険はありそうだ。
●リプレイ本文
冬到来。
寒さなんて季節柄当然。ますます厳しい今日この頃。
とはいえ、意図的な原因があるなら遠慮したい。
何の因果か小町宅。大小合わせて三十八体の雪だるま型水精霊が、雪を降らせて遊びに夢中。
「ただいま偵察から戻りました! もう、あそこだけ別次元って感じぃ。すっごい雪積もってるし、等身大雪だるまがあちこち動き回って、水魔法が飛ぶわ、餅が降るわで、私もあっさり巻き込まれてふぅううう〜」
「きゃああ! しっかりしてー! うちで人死になんて嫌ぁああ!」
青褪めて力尽きた中島美和を依頼人たる小町が抱きかかえて泣く。
「いやいや、死んでねぇから」
芝居がかったその姿に、冷静に突っ込んでいるのはワーリンクスの猫。二足歩行の猫形体のまま、猫の手を左右に振っている。
「災難ねぇ。邪悪なる外套恐るべしって所かしら。でもそんな状態ならやっぱり救護所は必要ね。付近の安全確保にお風呂も設置。アータルちゃんととかこさんも手伝ってね。最大死者の蘇生もOKよ」
「いや、だから。雪遊びで人死にが出る家ってちょっとかなり嫌んなんだけど」
火霊と水神亀甲竜を連れて微笑で段取りを始めるシェリル・オレアリスに、小町は引き攣った笑みを見せる。
●
美和の偵察どおりに、小町宅は一面の銀世界だった。
シェリルがウェザーコントロールの経巻を使って、雪降りは止められたものの効果は半時。なにより、どんよりとした曇り空で寒さまでは晴れない。
しかし。そんな寒空の下でも、構わず熱い戦いが行われている。
目に飛び込んでくるのは飛び交う白い塊。
壁にぶつかって飛び散る雪玉もあれば、砕ける氷玉もあり、硬い音と共に跳ね返る餅ありと、なんとも騒がしい限りだ。
「ちょっと見ない内にまた一段と酷くおわっ!?」
げんなりとそんな風景を見ていた猫。それを目ざとく見つけて駆け込む影あり。
「うわ〜ん! 超お久〜! 元気だった〜?」
「わ〜い♪ 猫さん、お久し振り〜♪」
寒さで動きたくない猫をフィン・リルと草薙北斗が確実に捕らえる。
軽いシフールのフィンだけならまだしも、疾走の術で三倍速の北斗にまでかかられては、支えきれずにばったりと倒れる。
「むー! ずるーい、うさも〜!!」
見つけた化け兎のうさが、投げてた餅を置くと、子供の姿から兎の姿に変わる。そのまま、雪に足跡をつけて駆け寄ると三人の上から飛び掛る。
「わーい、もこもこ〜」
「馬鹿、そんな事言ってる場合か!」
雪の冷たさなんのその。幸せ一杯にじゃれてた彼らに、新たに駆け寄ってくるのは雪小僧。
多分、楽しそうだと思ったのだろう。真似して全力で飛び掛ってきた数、一体、二体、三体、四体‥‥。
そして、とどめとばかりに雪大王たちも参加。
子供ほどの雪小僧だけならまだしも、ジャイアントなみにある雪大王まで来られてはたまらない。
「「「「うぎゅうううー!」」」」
積み重なる雪だるまに、押し潰される四体。
「雪合戦の前に不意打ちとは何事じゃ。ならばこちらも、必殺! にゃんタックル〜♪」
まるごと猫かぶりを着るや、重なる雪だるまたちに向かって緋月柚那が体当たり。
体勢崩して転がった雪だるまに二回三回とぶつかってみれば、向こうも負けじと押し返す。
「‥‥真剣に救護所必要だな。合戦場の後方辺りに場所はありますか。毛布も沢山用意して暖めておく必要がありますね。魔法治療も万全を規させていただきます」
じゃれてるのか何なのか。妙なおしくらまんじゅう状態になった彼らを、琉瑞香が呆れて見つめる。
が、すぐに気を取り直すと、何が必要かを纏めて小町と相談を始める。
「それと、温かい料理も必要ね。――体も冷えちゃってるし。大丈夫?」
やはりまるごと猫かぶりを着込んだ明王院月与。埋もれた中からうさを引っ張り出すと、どさくさに紛れてもふもふと抱きしめる。
目を回していたうさだが、それで気がついた。垂れてた耳がピンと跳ねると、月与の腕から飛び出し、また人の姿に化け直す。
「うさは怒った! 餅撒きの邪魔をするのは悪い子!! うさは絶対許しません!!」
「悪気も無い相手に武で訴えるは無粋。うさ様に加勢させていただきます。が、その前に‥‥いいですか? お餅は人に食べて頂く為のもの。ぶつけるなんてお餅のバチが当たりますよ」
「むー。お正月のめでたさでお餅撒くの! その前に立つあいつらが邪魔なの!!」
危ないからと御神楽澄華が諭すも、うさは不服そうに地団太踏む。
「うさはん、やる気やなぁ。あいつらに接近するんやったら協力するで」
脹れるうさの頭を、笑ってフレア・カーマインが撫でる。
じっとその顔を見つめていたうさだが、
「よし。行くぞ、お婆!」
「婆とはちゃうねんけど‥‥。まぁええわ。でも正面きって行くんはあかん。ああいう遮蔽物に隠れながらちょっとずつ近付くんや!」
「おー!」
「こら、お待ちなさい!」
やおらフレアを引っ張り、雪だるまたちに突進していくうさ。その後を澄華が追いかける。
「兎はまぁさておいても、もう一方がまだだな。‥‥一体、お前たちは何を望んで来たのだ?」
押し潰していた雪だるまたちも元気に散開。再び合戦を繰り広げている。
その一体に、カイ・ローンがインタプリティングリングを用いて語りかけると、相手は何の疑問も無く答えてくれた。
「ふむふむ。彼らは遊んでもらったと思ってるのだ。でもやっぱり、遊びでも負けっぱなしは悔しいから仲間をつれてきたのだぁ」
同じくインタプリティングリングを用いて、狸を着た玄間北斗も聞き込む。
「ならば、遊んで満足すれば帰るかな。不満があっても負けたなら大人しく帰るように。‥‥その辺り、きちんと取り決めをしておかないと、後でもめかねない」
「大丈夫なのだ。負けても再戦は彼らの山で行えばいいのだ。でも一番は仲直りの握手して、一緒に片付けしてくれるといいのだ〜」
考え込むカイに、北斗はやんわりとした笑顔でそう告げた。
●
「それでは、只今より第一回小町邸争奪大雪合戦を開催するモ〜」
雪合戦に拒否は無く。鳳令明の開会宣言を待たずして、すでに辺りはえらい騒ぎ。
「ちょっと待ちなさい。小町邸争奪ってどういう意味よ!?」
「そのまんまモ〜。雪合戦の勝者が小町邸の新たな主人になるんだぞ〜」
「んなの、駄目に決まってるでしょうがーっ!! 雪だるまが勝ったらどうするのよ!!」
小町が絶叫と共に雪玉をぶつける。令明が着ているまるごととうぎゅうは猛々しい闘牛を模しているが、今はひとまず退却の身。
駆け回る人の合間にどすどすと動き回る雪だるま。防寒でまるごとシリーズを着ている人も多く見ているだけなら何とも和む。
「ふははははは! 雪だるま精霊が合計三十八! 小町どのたちが妖怪を入れて三! 更に冒険者勢多数! これだけの大人数、よくぞ邸内に入るものであるな」
「まぁねぇ。一応土地だけはあるわね‥‥ぶっ!」
感嘆するヤングヴラド・ツェペシュに、令明への攻撃を一時止めて小町が答える。が、一息ついたその顔に、どこかから流れ玉がぶち当たる。
「もう誰よ! 許さないからね!!」
「はははは! 壮観であるな〜、もはや敵味方何がなにやら分からぬぞ。かくなる上は最後まで立っていた者が勝つバトルロワイヤルとなるな? いざ出陣! いけ〜やれ〜突撃〜」
顔を真っ赤にして走る小町を、ひとしきり笑うとヤングヴラドもまた合戦の中に飛び込んでいく。
雪こそ止んだが寒さは健在。雪だるまの使う水魔法も絶好調に飛び交い、濡れた地面を凍らせる。
そこかしこに作られるミストフィールドにフリーズフィールドでも霧発生。視界良好と言いがたい。
『しかし、この程度の寒さなど問題無し! 北国ロシア出身としてこの合戦参加はむしろ義務! フリーズフィールドなにするものぞ。ロシアの冬は、ごっくふつーにこれっくらい寒いですわ!』
高らかに宣誓するや、セラフィマ・レオーノフも作った雪玉掴んで投げる! 投げる! 投げるー!!
言葉は通じずとも行動で十分。合戦に参加し、果敢な姿を見せていたが。
『あらら、雪山を崩してしまいましたわ』
こうも人が多ければ、適当に投げても誰かに当たる。そして誰かの投げた雪玉が自分にも当たる。
雪かきで出来た山に身を隠す者も多いが、そのつもりで掻いてないので弾みで崩れる事もしばしば。
おろおろとしているセラフィマに、エレェナ・ヴルーベリが声をかけここの雪かきは自分が纏めると告げる。
「私もロシア生まれ、要領は心得ているつもりだよ。スネグロチカもだけど、あの雪だるまたちは君たちの仲間になるのかな?」
不思議な雪玉を両手に抱きとめ、エレェナが微笑む。
折角なので雪だるまの動きを観察、冒険者たちにテレパシーで情報でもと考えるが、傍についている水精霊がずっとそわそわしている。
「‥‥リュドミーラも参加したいの? それなら、暖かい格好でね」
問いかけるが、相手はそれもあるけどと言いたげな表情で、一方を示す。
見ればその先。ウサギ‥‥ではなく、まるごとを着た人が埋まっていた。
『ふみゅー。寒さはロシアが勝っても、雪の冷たさは同じですぅ。オパールさん、助けて下さ〜い』
遊んでる最中に雪に撃沈。カメリア・リードの助けに応えて、セッターが必死に掘り起こしていた。
「おお、これはいけません! 雪掻きの騎士、仮面レッダーウェイクアップ!! 大丈夫、領主とはいえ雪かきはおなじみ! とぅ!!」
星屑の仮面で素顔を隠し、ひらりと格好をつけると、レドゥーク・ライヴェンも猛然と掘り起こしにかかる。
「むー、大きい子は小さい子を大事にしなきゃ駄目なの。だからこの子は大事なの。さあ、だるま成敗にえいえいおー」
カメリア救出を彼女の兎・コーラルを抱きしめつつ見ていたうさ。目を三角にして怒ったかと思うと、たちまちカメリアの手を引き戦場復帰。
『あの、何とおっしゃって‥‥って、きゃー』
が、全部日本語。カメリアには分からない。おっとりマイペースながらも、少々振り回されているようだ。
雪山で身を隠す他にも、レジストマジックで魔法抵抗して防御を万全にしている者もいる。
アレーナ・オレアリスもその一人。スノーマントに身を包み、そろりと忍び寄ると雪小僧たちをデュランダルで重さ兼ね備えて打ち据える。
さすがに、雪玉や餅と違って明確に攻撃されたと分かる。倒れた雪小僧に気付き、周囲の雪小僧や大王たちがきっとアレーナを睨みつける。
「多勢に無勢。‥‥とはいえ、こうも一向に数が減らないのは?」
「冒険者のこの数。雪かきなど裏に回っている者を除外しても、一人一匹対処すれば即解決のはずだが‥‥」
雪に足を取られ、肩で息するアレーナ。
雪小僧を一匹捕らえようとしたが、仲間に阻まれたオラース・カノーヴァも首を傾げる。
「そりゃまぁ、救護所行ったら雪だるまも人も関係なく治療されてるし」
「「ええー!?」」
あっさりと小町が告げると、二人が揃って声を上げる。
「隙ありやね♪」
遠くで爆音。そちらに気を取られた一瞬、目の前に現れた将門雅が雪玉をぶつける。
微塵隠れで転移してきたのだ。ちなみに元いた場所は爆発で吹き飛ばされた上、音と振動で雪が倒れて辺りを舞い包みとエライ事になっている。
「体動かす方が温まるし、楽しまな損やで。寒うなっても、うちには地狐と群雲がおるからええけど」
にやりと笑うと、狐と犬を従え颯爽と逃げ去る。疾走の術をかけてあり、非常に早い。その速さで無差別に攻撃するのだからたまったものでない。
さらには、反撃しようと雪だるまたちも躍起になって雪玉を投げつける。
が、当たらない。ならば下手な弓矢も数打ちゃどうだとばかりに雪玉乱舞。被害は拡大するばかり。
「‥‥だからと言って、地道に雪かきをしている者まで巻き込むとは! 仕事の邪魔をするとは許せません! 月矢でその頭の王冠を射抜くのは勘弁してあげるけど、容赦はしないから!」
黙々と。ただ黙々と熱心に雪かきをしていたレティシア・シャンテヒルトも、雪玉を当てられ怒り心頭。
しかし、飛んでくるのは雪玉だけではない。
業を煮やした雪小僧が魔法を唱える。繰り出されたのはアイスブリザード。扇状に広がる氷が範囲内にいた者たちを纏めて凍えさせる。威力は低いといえ、手傷を負わせる攻撃に違いない。
「危ないな。魔法ならば私の陰に隠れて下さい。レジストマジックをかけているので幾らかは防げ‥‥きゃあああ!」
魔法で怯んだところを、雪だるまたちが一斉攻撃。ぐるりと冒険者たちを取り囲んで、雪玉をぶつけてくる。
魔法からの盾にならんと雪かきの手を休めたメグレズ・ファウンテンも巻き込まれる。
いや、ジャイアントは当てやすいと踏んだか。むしろ集中砲火。
魔法の防御膜も単なる雪までは防げない。
あっという間に埋まったメグレスにレティシアはそっと涙する。
「貴方の意志は無駄にはしない。誰か応答を! 奴らの所在は掴んだ! 今度はこちらから反撃に出る!!」
転進した雪だるまたちを追いかける。テレパシーで他の冒険者に連絡を取るなど、最早雪かきは綺麗に忘れた模様。
「はぁ、また一からやり直し。体力気力の勝負ですね」
戦場が移動した後、メグレスがのっそりと立ち上がって雪を払う。
折角かいた地面は、崩された雪や魔法による氷などでまた埋もれている。肩を落としつつも、こちらはまた黙々と雪かき作業へと戻って行った。
●
磯城弥魁厳が物陰に身を隠した所、先に潜んでいたのが小町。
「やたら追いかけられる気がするのは亀殿と区別されてないからかのぉ。水ものは好きじゃが、凍らされるのは勘弁願いたいの」
「あいつなら向こうで冒険者たちが解凍してくれてるわ。二人並んだらさすがに見分けてくれるんじゃない?」
首を傾げる魁厳に、あまり嬉しくは無い様子で小町が肩を竦める。まぁ、仲のいい相手ともいいがたい。主に狸。
やれやれと息をついたところ、顔を覗かせてきたのは雪だるま。
見付かったと飛び出す二人。魁厳は疾走の術も使い、巧みにだるまたちを躱して進む。
「ぬおぉ!?」
が、道を誤ったか。雪溜まりに落ち込む。足を取られたところにすかさず、雪だるまらが雪玉を投げつけてくる。
「むー! 亀、無事か?」
加勢とばかりに飛び込んできたのがうさだった。こちらは個体識別は出来てるようだが、名前まで考慮する気が無い様子。
空気を含むからだろうか、鴨川の寒中水泳よりかは暖かい気はする。が、だからといってこのままは困る。
がんがんと餅投げて応戦してるうさに苦笑しつつ、通りすがりの冒険者に掘り起こされる。
雪の中からなら助けも易いが、氷の中となると少々手間。
池の上にも積もっていた雪をようやく綺麗に片付け終わり、ルースアン・テイルストンが現れた池の全容を冷静に見定める。
「見事に凍ってますね。これは少々のお湯程度では無理ですか。雪大王たちに邪魔されれば、流したお湯でさらに厚い氷を作られそうですし」
観賞用の小さな池だ。水深もさほどある訳でない。であるが故に底近くまで凍りついている。
その中に、さらにアイスコフィンで固められた河童と狸計五体が閉じ込められていた。
「動くとうざったいからな。これ幸いと沈めて封じ込めた感もある」
生真面目に告げる猫。冗談ではなく本気だ。
「アイスコフィンはちょっとの事では壊れない筈。ならば少々荒っぽいが、これはどうだ?」
雪かきついで、様子を見ていた琥龍蒼羅が唱えるはヘブンリィライトニング。
また降り出していた雪空から、一直線に稲妻が落ちる。
雪景色に雷――と、くれば現れるは雪崩発生。屋根から滑り落ちた雪で、遠くの方から悲鳴が上がる。
「屋根の上の雪にまで餅が‥‥。あの兎はどれだけばら撒いてるのだ? 頼まれたから回収しているが、もう雑煮分には十分すぎるのではないか?」
「そんな事に拘るな。さあさあ、この雪もカマクラ材料に貰っていくぞ。これでまた巨大カマクラが完成に近付くってなもんだ!!」
屋根から滑り落ちた雪をさっそくかきだす明王院浄炎と風雲寺雷音丸。
浄炎は丁寧により分けた餅は籠に入れるもそれですでに何杯目か。
対して雷音丸はまるごとらいおんを着込み、まさしく獅子奮迅の勢いで雪をかき集める。餅があっても気にしない。人や雪だるまたちがいても構わずカマクラにしてしまいそうな程。
思わぬ所に影響を出しはしたが、おかげで池の表面にはヒビが入っている。
「ここから砕いて手を加えれば、後はどうにかなりますか?」
ロッド・エルメロイがファイヤーボムを唱える。
ちなみにこの前に風呂が沸かせないかと試してみたが、ファイヤーボムは基本爆発。爆風で風呂が壊れるという騒動があったり。
池に放った威力は初級。冷たいところへ熱い塊が破裂したからか、思った以上にヒビは広がった。
「よし、後はあいつに任せるか。砕けた氷を池から出して、その氷を溶かしてお湯を作ってくれ」
藤枝育が命じると、のそりと動き出すヴォルケイドドラゴンパピー。不満げに睨みながら、八つ当たりのように池の氷を砕いて散らす。
火を焚いたり、お湯をかけたり、重い物を落としたりして池の氷を割って溶かし、どうにか凍った五体を取り出せるぐらいにまではなる。
「問題はここから。池の水が温かいのは表面だけ。さらにこの気温‥‥。濡れたままだとすぐに風邪をひきますよ」
池の水に手を入れ、その冷たさを確かめるとロッドが身震いする。
「狸たちはサイコキネシスでどうにかなりそうですが、河童さんはさすがに‥‥。なので、猫さんお願いしますね。縄はどこかにあったかしら?」
「さらっと面倒な事を」
猫は不服そうにしたが拒否はせず。
ルースアンが魔法で氷に縄をかけると、それを陸から引き上げる。結局、猫だけでは力が足りず、他の面々も手を貸す。
上げた氷は焚き火で溶かしながら、沖田光もファイヤーバードで少しでも氷を削ろうとする。
「「「「「お熱ゃっああああー! 何だ、これはぁ!!」」」」」
「あ、気付いたようですね」
溶けた氷から無事に河童と狸が出現。火で炙らればたばたと騒ぐ。
「そうか、俺たちはあの馬鹿兎をやっつけんと!」
「思ったところで雪だるま」
「わらわらと出てきて、雪玉ぶつけて」
「何か知らんけど負けたのか?」
「「「「ならばいざ行け! 纏めて泣かせろ!」」」」
解放されるやすぐに人間形体になる狸たち。玉が揺れても気にしない素っ裸に、女性たちが目を背ける。
そんな人目も気にする事無く、そのまま合戦場へと走り出す。
「狸さんたち、そんな急に走り回らないでって‥‥あ、また凍った」
光が止めるも、間に合わず。寒さも気にせず、雪大王に飛び掛ると、そのままあっさりアイスコフィン。
もう一度回収して解凍する羽目になる。
「狸さんたち‥‥寒くないのですか? 向こうで炊き出しのお鍋とか毛布が用意されてますので、あったまりますよ?」
雪だるまたちに渡す冷えた水物を手に、齋部玲瓏が問いかける。
自身はゆっくり休んだ後、頬が上気している。快適さは体験済みだ。
「「「「寒さなんて何のその。あそこのあれとて似たりよったり。負けてなるものかーっ!」」」」
「ひっどーい! この格好は踊り子としての自分を出す為のもの! それに、これがあるから寒さだって平気なんだからね!」
指を指されたレア・クラウスが声を荒げる。
掲げた手には炎の指輪。纏う女神の薄衣も薄い作りではあるが、防護は確か。意味無く素っ裸(?)の狸らと一緒にされるのは憤慨ものだ。
「ふっ、つまり真の勇者は我らだけ!」
「この程度も克服できぬとは愚かな奴ら」
「所詮、凡人に我らの後など着いて来れまい」
「すなわち、後は阿呆な白たちをいてこますだけ!!」
しかし、レアの抗議も聞いちゃいない。
意味無く胸を張ると、やはり合戦に突入。雪大王に飛び掛り以下略。
‥‥もう助けない事にした。
●
救護所周辺は寒さ対策でカマクラが沢山出来上がっていた。一際でかいのが誰の作かは説明要らず。
「ううう、酷い目にあったぜ」
そんな救護所で手当てを受けて、借りた毛布に包まる河童。
「災難どしたなぁ。これでも食べて温まっておくれやす」
「おお、ありがとよ‥‥うぐっ、あ、甘あっ!!」
ニキ・ラージャンヌの差し出した汁粉を一口。一気に噴出すとばたんと倒れる。
相変わらず、彼の料理は甘味が最凶。
「むー、亀は大事にしないと駄目なの。冬は寝るんだから」
「お年玉に人参はどないどす? お餅料理もようけ作っとりますえ。そやから、土に埋めるんは‥‥えー、後にしとき」
やってきたうさが倒れた亀をずるずると引き摺ると、そのまま土に埋めようとする。
さすがにそれはと、ニキが食べ物で興味を引くと、喜び勇んでついていく。
そして、空から落ちてくる者あり。
「う、まるごとすのーまんの起動限界が‥‥。もはやこれまで」
がくりと地に伏すエイジス・レーヴァティン。
防寒具で身を包もうとも、徐々に来る冷えは確実に身を凍えさせる。
「あらら、大変大変♪ 温かい物食べて元気出して」
「はーい。炊き出し所はこちらだよ! あったかいボルシチとお肉たっぷりピロシキはいかが?」
ラビットバンドを揺らして給仕をするパラーリア・ゲラーに、毛布を沢山用意して笑顔で料理を作るカルル・ゲラー。
『たきだしどころ』と書かれた庭の辺りは、温かな湯気が立ち昇っている。
「カマクラの中で温かい料理を頂くといっそう美味しく感じるんですよね」
ミスリル・オリハルコンが以前に覚えたいもたきを作ると、興味深げにアイリリー・カランティエが鍋を覗く。
「それ、里芋だよね? ジャパンにはそんな料理もあるんだ。私は里芋のポタージュを作ったの。白味噌仕立てにして餅も入れてみたんだけど、どうかな?」
「洋風雑煮、とも取れますわね。おもしろいです。丁度、私は雑煮を白味噌で作りましたの。雑煮も各地いろいろありますけど、私はこれで」
そんなアイリリーの料理を、将門夕凪が味身をし、雑煮について話し合ったり。
邸内の大合戦。天候操作は広範囲に渡る為、積雪の影響は御近所にも影響がある。
しかし、男も多いし、雪かきは重労働で雪合戦は走って投げてと運動量も多い。体力消費も激しく、結果、食も進む。
「そもそもこの結構な人数だものね。どんどん調理しないとあっという間に空っぽになりそう。‥‥ああいいのよ、ガーベラはゆっくりしてちょうだい。リリーは、悪いけど彼らの説得をお願いしていいかしら?」
七草粥を作るステラ・デュナミスも猫の手借りたい忙しさ。
主の思いが伝わったか、焚き火の傍で丸まっていた猫が頭を上げる。そちらには笑ってそう告げるも、水精霊には申し訳ないと、雪だるまを示す。
鍋を囲むのは人間、妖怪だけでなく。雪合戦に飽きたのか、雪だるまも数体うろついている。
火を嫌がって消そうとする動きもあるが、その辺りはホーリーフィールドなどで固めている。
「雪だるまたちも何もなしではつまらないでしょう。雑煮の汁を凍らせたかち割りなどいかがですか?」
トナカイな陰守森写歩朗が氷を差し出す。
戦場拡大防止に戦場とその他の境には雪壁が形成されいるが、合戦に夢中で壊される事もしばしば。
そういった箇所を直すべく、氷を渡すと、凍った箇所を選んで森写歩朗はソードウィングブーツで颯爽と滑り去る。
氷をもらった雪だるまたちはといえば単純に喜んでいる。食べるかは分からないが、とりあえずご機嫌な模様。
『モンスターと人間が和気藹々と鍋を囲むか‥‥。ジャパン恐るべし』
『まぁ悪い子達じゃないとはいえ、珍しい光景には違いないかな?』
人に混じって、好奇心一杯に動き回る姿はセイル・ファーストにとっては不可思議、鳳双樹にとっては愛らしく映る。
光景を見ていたセイルが、雪かきの手を止め軽く戦慄。隣では通訳代わりの双樹が苦笑している。
「よし、補給はすんだ。整備も完了! ふっふっふ、今日の僕は一味違うよ。なんてったって、今日の僕は『連峰の白い悪魔』だからね。――エイジス、いきまーす!!」
十分に体を温め、すのーまんも焚き火で乾かすと、エイジスはウィングシールドを掲げる。
封じられた魔法の効果で、ふわりと浮き上がると、そのまままた戦場へと戻っていく。その後を、雪だるまたちも追いかけていく。
「雪かきしても、また雪が降る。適当に気を抜いて、根気を蓄えて、また雪かきして。その繰り返しか」
「地道が一番さ。根気というのは対策をしていないとすぐに無くなる。休んでる間も働いている奴らを見れば、気力は回復するだろう? 幸い、温かい食べ物には困らないし、後は温石作って補充するようにしておけば相当に持つだろう」
戦場の声はまだ止まない。
防寒服の代わりに、用意された毛布に包まって料理で体を温める李槍。
疲れた表情の彼に、円巴は笑って暖を取るよう示す。
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散々騒いで、食べて飲んで。実に賑やかに時が過ぎる。
雪大王も雪小僧もこれだけ大勢相手だと、存分に楽しめたのか。疲れて休む者が増えてきた頃に、ではそろそろ帰ると言いたげな素振りを見せる。
その前に必要なのが後片付け。
雪だるまたちも、合戦中もやってる事は見ていた。詳しくは理解しないものの、真似ぐらい出来そう。
「道具はたっくさん作ってきてあるから大丈夫です。雪は氷室に使えないかと空き家に詰め込ませてもらってますが、彼らがそこに出入りするのは問題あるでしょうね」
「周辺はあまりうろつかせない方がいいわ。彼らにはこの邸内の清掃をしてもらいましょ」
指示するソペリエ・メハイエに、小町も肩を竦める。
踏まれて泥だらけになった場所も多く、勢い余ったか縁側部分などは乗りあがった足形などもついていたり。
「これで最後というわけか。ならば、雪国出身者の意地を見よ! 陸奥流秘奥儀、雪覇剛斬!!!」
猫かぶりの陸堂明士郎。手袋はめた手に首飾り・ラッキー・トイチを掲げると猛然と山と降り積もった雪をかき進める。
その姿に心打たれたのか、それとも首飾りの幸運効果か。雪だるまたちも揃って雪かきを始める。
遊んでいた者たちも含めて取り掛かれば、さほど時間もかからずに片がつく。
「おつかれさーん。つまらない物だけど、良かったら持って帰って。沢山ありすぎて困ってたのよ」
「つまらなくないもん。うさがいっしょーけんめー作ったお餅だもん。――いーい? お正月は大事なんだから、もう邪魔しちゃめっだからね」
雪かきの最中、姿を見せなかった小町。さてはサボりかと思いきや、帰り際にお餅を皆にお土産として渡す。その用意をしていたらしい。
雪だるまたちの分もあるのだから、一体総量はどのくらいだったのか。喜ぶ雪だるまたちに説教しているうさを、まじまじと見つめる者多数。
浮かれ調子で雪だるまたちが山に帰る。楽しげに弾む姿は満足していただけたようだ。
その姿を見送って、冒険者たちも解散。帰路に着く者、交流深めに店に行く者、別の仕事探しにギルドへ行く者などその道は様々。
明士郎も同じく小町邸を後にしていたが、その途中でふと気付く。
「‥‥しまった。雪かきに夢中で猫の肉球を触るのを忘れてた」
前借りした幸運の支払いか。小さな不運はあった模様。