【源徳大遠征・余波】 新撰組 〜分裂〜
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月09日〜08月14日
リプレイ公開日:2009年08月18日
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●オープニング
新撰組筆頭局長・芹沢鴨の酒癖の悪さは周知の事実だ。酒さえ呑まなければと嘆かれる程荒れて手に負えなくなる。
普段からそうであるのだが、この時はさらに度を越して機嫌が悪かった。
触らぬ神に祟り無し。多くの隊士が接触を控える中、呼び出されたもう一人の局長・近藤勇は顔色変えずに彼の前に座す。
「おいこら、これはどういう了見だ」
大盃を一気に煽り、鴨が酒臭い息を吐く。
「これ、というと」
「とぼけんな、近藤。はねっ返りが東で暴れてる事を、俺が知らねえとでも」
ただの飲んだくれ相手と見るには、怒気に混じる覇気は尋常で無い。
もし傍に誰かがいれば、平素を気取る近藤の貌に、極度の緊張を見て取っただろう。
「行きたい奴は行けば良い。芹沢先生もそう言われたではありませんか」
東国では、源徳家康が江戸を取り戻そうと起ちあがった。
ようやくと見る者もいれば、何故今と惑う者もいる。だが、誰であろうとその影響は受けずにおられない。それは京に置いても同じこと。いや、京にいるからこそか。
「言った。誰に味方しようがそりゃ自由だ、敵にまわりゃあ斬るだけよ。だが、隊旗を掲げるなら別だ」
江戸の隊士から援軍要請があった。だが京の情勢は悪く、新撰組の立場は非常に微妙。上層部は要請は黙殺したが、近藤も芹沢も密かに京を抜ける者は見て見ぬふりをした。
20名ほどの隊士が源徳家康の元へと馳せ参じた。それは良い。源徳は新撰組の主君だ。
だが、彼らが隊旗を持ち出していたと知り、それが近藤の指図と聞いて芹沢は激昂した。
「隊旗は新撰組の証しだぜぇ。‥‥それを何で俺に一言もなく動かした?」
芹沢は本気で怒っていた。新見錦などは近藤を切腹させるよう芹沢に進言していた。それも当然で、近藤はこの場で首を叩き落されても仕方は無いと、覚悟している。
「芹沢さん、新撰組が京を動けないのは私も百も承知だ。だが源徳公の窮地、せめて我らの誠は彼らと共に在りたいと思う」
「そんな言い分が、御上に通用しねぇ事は承知の上か。学んでねぇならお前は阿呆だ」
芹沢に睨まれ、近藤も押し黙る。
そもそもは西国遠征の為、関東の統一を図ろうとしたのが発端。源徳は諸侯に裏切られ、江戸は伊達政宗の手に落ち、家康は三河に落ち延びた。
四面楚歌の家康は尾張との同盟にも失敗し、手を拱いている間に反源徳勢は朝廷に接近。都主導で関東諸侯と家康の講和も画策されるが、これも失敗。事情はどうあれ、関白の調停も蹴飛ばして遠征を始めた家康は、朝敵にされてしまう。仮に江戸を取り戻しても、京都が今の源徳を受け入れるとは限らない。家康は、誰の目にも追い詰められていた。
あるいは、世間の言うように、そんな情勢故の暴挙か。
「新撰組を作ったのは源徳だ。御所は俺達を疑ってる。んな時に小田原に新撰組の隊旗をあげて、格好の解散の口実を作ったんだぜ」
「だから主君を見捨てると」
「‥‥俺達は人斬りだが、別に人殺しが好きって訳じゃねえ。京都で陛下と、都の民を守る‥‥それでいいじゃねえか。新撰組の主君は神皇さま唯一だ、ボケ」
芹沢は酒を一気に仰ぐと、一息つき、表情を消した。
「なぁ、近藤。本当の所はどうなんだ」
赤らいだ顔と立ちこめる酒の臭気。それでも視点はぴたりと近藤に定まった。
「お前はこんな無茶をやらかす奴じゃねえはずだ」
「‥‥」
「まあ、いい。とにかく、局長の判断で隊旗を持ちだしたって事になれば、新撰組はお終いだ。御所から何か言われたら、偽物って事にするぜ。しかし、そうなると関白からの話は断れねえな」
藤豊秀吉から、新撰組を神皇家の直臣に召抱えたいという話が来ていた。
志士と同格、神皇の近衛として名実ともに京都の治安を任せられる事になる。
「‥‥」
近藤は微かに眉を顰めた。家柄も無い彼らには破格の待遇、今の微妙な立場を脱したうえで、諸侯の争いとも一線を置ける。だが源徳を離れて藤豊に接近する事を、一部の隊士は良く思っていなかった。
「しかし、家康公は今も関東で戦っておられる」
関東に行った隊士達も。
「それがどうした」
●
近藤は断言を避けて場を去った。
芹沢が酩酊していたのが幸いした。素面ならば、この場での決を求められていただろう。
「‥‥歳。聞いてたんだろう」
辺りに人気が無いのを見計らって、近藤が告げる。
なのにどこに隠れていたのやら。ふらりと新撰組副長・土方歳三が姿を現した。
「全く、面倒な事をしてくれた」
「そうかな。俺はお前の意を組んだと思っているが?」
嘯く土方に、近藤は笑う。否定も非難もしなかった。
「それで、どうする? このまま芹沢さんの言う通りにするつもりか」
硬い声音で土方が告げる。近藤は笑みを消した。
「俺達はずっと、この都を守ってきた。芹沢さんの考えは分かる。源徳さまが起った今、新撰組を存続させる事が公の為にもなるだろう」
家康は都に味方が居ない。関白の誘いに乗りながら、朝廷内の親源徳派として在る事は源徳の為になると近藤は言う。
「だが、朝廷もそこまで馬鹿ではあるまい」
新撰組内に御所の手が入れば、隊内の親源徳の芽は潰されるだろう。近藤や土方は失脚する恐れもある。
「では」
きらりと光る土方の目。近藤は首を横に振る。
「だが‥‥源徳さまは主君だ。ただの東浪人でしかなかった我らにこの国に仕える機会を下さった恩人である。その恩を忘れ、保身に走るのは忠義に反する」
近藤は大きく息を吸い、そして告げる。
「よし。源徳さまが神皇家に刃向かう気でないなら、新撰組は東に下り、源徳さまにお味方しよう」
近藤は腹を括る。だが、同意しない隊士も少なくないだろう。そもそも芹沢が納得するまい。急ぎ他の幹部連を説得し、隊をまとめる算段を近藤は考えた。
「いや」
土方は温いと告げる。
「東に行くなら、芹沢さんは斬るべきだ」
「歳!?」
さすがに近藤も気色ばむ。だが、土方は構わず続ける。
「あの芹沢さんが意見を変えると思えない」
「残りたいなら残ればいい」
「平隊士なら、それでもいい。が、芹沢さんは局長だ。勝手をされると新撰組は瓦解する」
呑んだくれで荒っぽいが、豪胆な度胸と決断力、何よりあの沖田総司を凌ぐと言われる剣の腕を慕う者は少なくない。
芹沢が残るといえば、相当数の隊士が従うだろう。京で取り入れた隊士は、源徳に恩義を感じる者の方が少ない。そう言った主義思想を持たぬ者もいる。
多数派工作も芹沢をどうにか出来なければ、破綻は自明。
「平織みたいに、隊を真っ二つに割るのは得策じゃねえ。事を起こすなら、今やるしかない」
厳しい声音で土方は告げる。
ともあれ、芹沢に知られないよう秘密裏に近藤は隊士を招集する。任務に赴き、連絡が付かない者も多かったがこれはこの際仕方が無い。
新撰組としてどう動くべきか。決断を迫られていた。
●リプレイ本文
●
都の施政を担う京都御所。
その一角でベアータ・レジーネス(eb1422)は、関白・藤豊秀吉に笑われる。
「お聞き届け願えませんか」
落胆を露わにするベアータに、いやいやと秀吉は首を横に振る。
「新撰組が揉めておるのは、よぅ分かった。彼らの立場では、難問であるわな。神皇を主君と仰ぐ忠臣を新たな隊として引き入れるのは申し分無い」
「では、」
言い募ろうと身を乗り出すベアータを、藤豊は急くなと押し留める。
「だが源徳軍への加勢、黙認は出来ぬぞ。一武将としてなら、わしも聞き入れてやりたいが、関白が都に逆らう者を見逃せん。良いか、これはわしが許しても、民が許さん」
飄々と。暢気な物言いながらも、内容は剣呑。その落差にベアータは身を竦ませる。
「民が‥‥」
「そうじゃ。武士は君主に尽くすもの。君主は民に尽くすもの‥‥ならば武士は民の為に働くものぞ。忘れるな」
京を捨てて戦に走るものを京の民は許さない。
「はっ」
頭を下げるベアータに、行きかけた秀吉は思い出したように立ち止まる。
「お主はこれから屯所に行くのじゃな?」
「はい」
ひょこひょこと、軽い足取りで去りかけていた藤豊が振り返る。
「すまぬが使い走りを頼まれておくれ」
ちょいちょいと手招くと、耳元でこっそり。
●
新撰組屯所。
一番に発言した月詠葵(ea0020)は周囲の失笑を受け、身の置き場がない。
新撰組の今後について話し合う。
その主旨の元、主だった面々が顔を揃えたが、欠けた顔もまた多い。
平山五郎率いる四番隊は、筆頭局長・芹沢鴨に同心の者として声すら掛けられなかったらしい。任務の多忙から、或いは政治向きの話を嫌って欠席する者もいた。
葵の上司、三番隊組長・斉藤一もその一人。
「何故出席されないのですか」
「三番隊は悪即斬、それだけでいい」
政治は不要という斉藤を説得したが無駄で、ただ月詠の出席は許した。
「それほど可笑しい事でしょうか」
月詠は近藤勇に向き直る。
「認めたくはありませんが、イザナミ軍は脅威の一言です。その脅威を置いたまま、新撰組が全隊東征なんて職場放棄だ。数多の隊士が命を捨ててまで、築いてきた新撰組の信頼を、こんなに簡単に崩していいはずがありません」
「‥‥」
葵の主張に局長・近藤勇は無言‥だがわずかに顔歪めた。
近藤の傍に控える副長・土方歳三は全く顔色を変えない。
「ならば、数隊を京都に残していく事の何がおかしいのか。東征自体は反対しませんが、やはり誠の旗は京都に翻ってこそ‥‥」
「我らが東へ行けば、京へ残った者は罪人となる」
訴える葵。近藤は苦しげに、されど厳しい口調で反論した。
「源徳公は朝廷の意に沿わぬ戦をされている。我らが味方すれば、新撰組は朝敵に加担した咎を受けるだろう。京に隊士を残してはいけない」
ざわりと隊士に動揺が走った。新撰組が朝廷の敵とされる。それは十分有り得る話だったが、局長の口から直に聞けばやはり衝撃だ。
「だったら、京都に留まるのが筋ではありませんか?」
新撰組一番隊相談役のゼルス・ウィンディ(ea1661)に、近藤が目を向ける。
「東に行きたい人は行けば良いでしょう。ですが新撰組は京都を守る為の部隊。江戸攻めは、本国の侍の仕事です。隊の名を持ち出して江戸で戦うのは筋が違います」
臆する事無く、ゼルスは弁舌を振う。
「新撰組は源徳の侍だぜ」
「意識の問題です。新撰組も今や大所帯、隊士の多くは京都を守る為に京都で募られた者です」
ゼルスが見回す。
土方は舌打ちした。その手の隊士を説得するための会議の筈が、何故か反対派の隊士の発言が目立つ。このままでは失敗だ。
「俺達の任務が何だろうと、源徳公は無二の主君に変わりは無い」
と発言したのは新撰組十番隊隊士の哉生孤丈(eb1067)。分の悪さは感じつつ哉生は土方の視線を受けて、一つ咳払い。
「このまま京に残れば、俺達は遠からず志士として召し上げられる。そういう話が有る事は、この場の誰もが知っている。確かに俺達は都を守ってきた、神皇家の直臣になれるなんて夢のような話だ」
だが、と続ける。
「その実は俺達を源徳から引き離そうという関白の魂胆だ。俺達は関白の命令で源徳軍と戦わせられるかもしれん。誰がそんな子供騙しのイカサマに引っかかるものか」
ざわり、と周囲がざわめいた。
その考えに及ぶのは容易い。だが都を守る新撰組が、口にするには憚れる。普段は軽い口調で独特に話す孤丈だが、今はその態度を消す。
「今、江戸にあるは時の摂政を攻めた相手。朝廷はそんな連中を咎めず、あまつさえ奴等と手を組む有様。都に正義が無いなら、俺達は主君の所に帰るだけだ」
はっきりとした朝廷批判。
源徳に加担する以上は避けて通れない道だが。
「今上は至高なれど、主君はあくまで源徳公。朝廷が間違うならば背くも辞さず。主君を奉じ忠勇を尽くすのみ。都に住もうと我らは源徳武士だ」
声を張り上げる孤丈。
「何時から新撰組は義でなく利で動く俗物に成り下がった。今の世は乱れている、だからこそ俺達は清廉にして壮絶なる士道を貫く。立場がどうこうと、さかしい議論は不要。たとえ世の全てが源徳の敵にまわろうと、武士(もののふ)の道は、ひとつ」
武士としての道を説く孤丈。
その姿は近藤派を代表するかのよう。
「士道ですか‥‥」
ゼルスは盛大に息を吐く。
「主君の為、義の為と言えば聞こえは良い。ですが、家康公の為に新撰組が江戸で何をする事になるか、貴方は知っているはずだ」
ゼルスは源徳の小田原や鎌倉攻めを持ちだした。孤丈は鎌倉に居た。分隊の方針で鎌倉攻めには加わらなかったが、ゼルスの言わんとする事は分かる。
「新撰組はずっと京都を守り、侵略者と戦ってきたはず。それを、江戸を攻める侵略者にするのですか」
「非は四公にある。家康公に、江戸の民に危害を加える意志は一切無い」
「源徳軍の立場はそうでしょう。ですが家康公の行動が江戸を焼き、多くの民が苦しむ。新撰組が去れば、京都の民も苦しみます。貴方はそれが正義と言えるのですか?」
「四公に与する者が正義を語るな」
遠慮の無い意見の応酬。
普段、鬱積していたものを吐き出す。
隊士の多くは何が正しく、何が誠なのか分からず、激しい議論も結論には至らない。
「今の家康公に再び国をまとめる力があるか疑問です。そもそも裏切りに気付かず、負けたことが摂政失格ですし。源徳が江戸を手にすれば、今度は伊達や武田だけでなく都とも争うことになる。どれだけ戦が続くか‥‥」
「待て」
さすがに拙いと近藤が動く。
今すぐにも斬り合いに発展しそうだった。その時、戸口から声が聞こえる。
「何、関白からの?」
関白秀吉からの使者が来たと聞いて、密議の空気は一気に冷えた。早まった一人が鯉口を切ろうとするのを、土方が殴って止める。
「関白公直々のお言葉を伝えに来たとか‥‥。どうされますか」
「‥‥分かった、ここに通せ」
平隊士の問いかけに、近藤はしばし考えるとやがて伝えた。
●
「駆け出しの頃、何度も新撰組の依頼を受け、お世話になりました。正式な隊士ではございませんが、少しでも新撰組の助けになればと思いまかりこしました」
近藤を前に、ベアータは深々と礼を取る。
「助けというと?」
「東の一件、私も耳にしました。冒険者にもそれぞれの信義がございますように、新撰組でも、それぞれが自分の誠を信じ、自由にすればよろしいかと愚考致しますが」
「それでは組織の意味が無いでしょう」
ベアータの意見に、近藤は真顔で答える。
「関白様は、そのようにお考えなのか?」
問われてベアータは言葉に詰まる。
「関白殿下は近く、正式に新撰組を神皇家の武士として召し上げる意向にて、前神皇さまの御陵を守る大役を任せられるよし」
「え?」
ベアータの知らせに、周囲がどよめいた。
新撰組が前神皇の御陵を守護せしめる‥‥寝耳に水である。何故この時期に、そのような話が起きたのか不思議に思えた。
「それは新撰組の任務と違う」
「新撰組の仕事は偽志士の取締りですよね。京都守護の手が足りず、都を守る多年の働きに殿下はいたく感心され、正式に京都守護の武士にとお考えです。しかし政情不安にて、ひとまずは御陵衛士として御取り立てするとのこと」
御陵を守る事は都を守る事であるとベアータは説明した。新撰組が源徳武士として疑われている現状を踏まえた政治的配慮だという。
「新撰組の実績を評価するというなら、源徳の朝敵扱いを取り消せ。主君を敵とするのであれば、神皇様の直属にもなれぬ」
孤丈としてはどうにも不信な話である。
「新撰組を直臣にしたければ、陛下の意に逆らう源徳を許せと? そんな無茶な」
ベアータは困惑する。
「何が無茶だ。陛下が源徳に御味方下されば、そもそもこんな事態には‥‥道理を正すことに何の躊躇があろう」
「待て待て」
土方は孤丈を止める。関白の使者に対し、幾らなんでも非礼と考えたのだろう。
「――喜んでお受けすると関白殿下にお伝え下さい」
はっきりと、確かにそう告げる声が響いた。
「甲子太郎‥‥お前‥‥」
近藤が驚きの声を上げる。
ベアータに丁寧な礼を取った後、新撰組参謀・伊東甲子太郎は二人と向き合う。
「近藤局長の志、まことに尊いものと存じます。どうぞ京都の事はお任せ下さい。私は御陵衛士としてこの身を捧げる覚悟です」
伊東の口調には迷いが無かった。
「甲子太郎。お前は京に残るのか」
「はい。これよりは同志として、新撰組の外より京都を守ります」
念を押す近藤を、伊東は涼しげにかわす。
以前、伊東に絡む依頼が出た。何故か新撰組の名前が間違っていたその依頼は、流れてしまった。もし成立していれば結果は違っていたか。
「あ、あの。新撰組が東に行った場合。京都に残って三番隊として行動する許可を貰えればありがたいんですけど‥‥」
この場は引けないと、葵は近藤に許可を願う。
「罪人となっても、か」
「それが残る者の覚悟です」
近藤は、首を縦に振る。
京に残るか、東へ行くか。各隊各員に任せると。
「決裂ですか。それも構いません。ですが貴方達もお覚悟を。戦場で会った時は偽りの隊旗をこの手で粉々に砕いて差し上げます」
無念な表情の近藤に、ゼルスは極上の笑顔を叩き付ける。
隊士を団結させ、新撰組全員で東へ行く近藤の目論見は崩れた。
この後は各人の判断が求められるが――けたたましい足音が外から近付いてくる。
「た、大変です、うぎゃ!!」
知らせに訪れた平隊士が襟首掴まれるや、後方に投げられる。
代わりに入ってきたのは、新撰組四番隊組長と隊士数名だった。
険しい顔つきで土足のままの平山たちに周囲は騒然。その中、一人涼しい顔をしていた土方に、平山は刃を向けた。
「局長をどうした」
「局長なら、そこにいる」
睨む平山に、土方はようやく声を上げた。ふてぶてしい態度に、平山が小さく舌打ちする。
「芹沢局長だ! 連絡がつかず、探してみれば‥‥。貴様の仕業だろう!!」
「歳、まさか‥‥」
激昂する平山。近藤もまた事情を察した。目を見開いて土方を凝視する。
「どうかしたのか平山君? 芹沢さんは敵が多い。呑みに出て、まさか黄泉人にでもやられたというのではあるまいな」
「抜け抜けと!!」
土方が静かに笑う。目の奥に侮蔑すら浮かべて。
踏み込んだ平山。進む刃が刺す前に、土方は刀に手をかけ柄で刃を跳ね上げる。
「屯所に土足で踏み込んでの凶行! 覚悟は出来ているな!!」
「構わん!」
刃を浮かされ平山の姿勢が崩れた所で、土方が刀を抜き放ち胴体に斬りつける。着物が斬れて、鮮血が散った。だが、浅い。
身を引き体勢を立て直し、必殺の一撃を構えた平山に、土方はその左側――火傷で見えていない目の方へと飛び込む。
「待て! 近藤局長、早く二人を止めてください!」
「口を出すな!! 組長に、手出しも無用!」
葵が場を宥めようとするが、四番隊隊士が間に入る。彼らは啼いているようにも思えた。
●
そこからの展開は早かった。
四番隊は組長の乱心により粛清。芹沢鴨の妾宅が焼失した事が判明し、焼け跡から徹底的に破壊された遺体を発見。後に芹沢と行動を共にした隊士と知れる。
「洛中に侵入した黄泉軍の仕業にて、芹沢鴨以下数名の隊士が戦死」
と近藤は御所に届け出たが、関白の部下が調べに来た時には、近藤派の隊士は屯所から姿を消し、源徳軍に合流するために都を脱出していた。
「平山は実直すぎた。土方の策に乗せられた」
吐き捨てるように告げるのは新撰組副長・新見錦。いや『元』を頭につけるべきか。
半数ほどの隊士が京を離れていた。残ったのは芹沢派や三番隊など。
この混乱の中、伊東甲子太郎は御陵衛士として召抱えられる。
「いいのですか? 本当に」
「はい。ベアータ殿には重ね重ねお手間をおかけしました」
問うベアータに、伊東が深々と頭を下げる。
御陵衛士に上がった者は、多くが新撰組の隊服を脱いだ。迷う者、あくまで新撰組と矜持を捨てぬ者もいる。
「誠の旗も‥‥捨てるのですか?」
尋ねる葵に、伊東は力なく笑う。
「芹沢局長が居ない今、隊旗は近藤局長と共にあります。我々が使う訳にはいかないですよ」
そして、ふとその目を伏せる。
「‥‥新撰組は簡単に血を流しすぎる。いつまでも悪即斬では物事は解決しません」
「それが政治ですか」
ゼルスは肩を竦める。新撰組の隊士達は、政治に参加しようとは思わなかったように思う。だが、いつのまにか巻き込まれた。
かくて『新撰組』は東に下り、京での活動は大幅に制限される事になる。
「壬生にいたのは狼ではなく、源徳の犬だったか」
口さがない京童が騒ぎ立てるのを、咎める者ももういない。
事情はどうあれ、新撰組は京を捨てた。
京の誠は地に堕ちる。