●リプレイ本文
思いっきり小町の思い付きだけで、いきなり肝試しが開催される。
「肝試し‥‥。夏の風物詩、だな」
ククノチ(ec0828)が感慨深げに、一つ頷く。
人里から離れた山の中。風が吹く度に僅かに水面を揺らす大池に、大きな月が浮かぶ。
周囲はうっそうと茂る木々に覆われ、深い闇を生み出しており、梢が揺れる度に波のような音を上げる。
さらに池の向こうには古寺があり、朽ち果てた墓所が広がっている。雰囲気としては悪くない。
「うさ殿は甘えん坊と聞いたが‥‥よろしく」
「む♪」
着物を腰の辺りでたくし上げ、手伝いなのか遊んでいるのか、月に浮かれて跳ね回る化け兎にククノチが挨拶をする。
頭を撫でると、兎の両耳をピンと立ててうさは嬉しそうに擦り寄ってくる。
「イザナミ襲撃以降、アンデッドが増え続けている中で肝試しとは‥‥。本当に大丈夫なのでござろうか?」
月が明るいが、それ故に影も濃く感じる。冷やりと肌を撫でるのは夜風か、それとも?
少々不安げに渋い表情を作っていた結城友矩(ea2046)に、小町はあっけらかんと軽く笑う。
「大丈夫。ちゃんと警備してくれるんでしょ? それに、お祓いもちゃんと昼の内に済ませてあるし。一緒に見てたじゃない」
含みのある笑顔に、友矩も少々人の悪い表情を作る。何やら企んでいる顔だが、それを周囲に気取られる程間抜けではない。
「それに、一番危険そうな所には猫も待機させてるしね。皆も腕に自身あるだろうし、本当に来たならむしろ万々歳って所?」
小町宅の居候・ワーリンクスの猫は墓場の奥ですでに待機中。参加者がちゃんと来たかどうかを確かめる為だが、一応まさかの時の戦闘要員も兼ねている。通常の武器では傷付かないワーリンクスは、アンデッド相手でも力不足にはならない筈。
「それでも注意に越した事は無い。危ない箇所には念の為立て札など備え付けたが、夜動くとなれば暗がりや池の縁は思わぬ事故を引き起こしかねない。加えて、妙な奴らも参加しようとしているようだからな」
警備をかって出たルザリア・レイバーン(ec1621)。
肝試し中も、見回りを欠かす気は無い。幽霊譚をすれば、そういう奴等が寄ってくると言う。どこまで本当かは知らないが、今の京都で迂闊にうろつくのは危険なのは当然。
それ以外にも面倒な懸念事項を耳にしていた。
さっきからずっとククノチと愛想振りまいているうさだが、実の所敵がいる。
いや、敵と言っていいのか。とにかく、馬が合わない化け狸と河童がこの肝試しを利用して、何かを企んでいるらしい。
河童はともかく、化け狸たちは常識というものとはかけ離れている。
一体、何をしでかしてくれるのか。
「催し物をすれば、どうしても羽目を外したがる輩が出るもの。そういった連中を取り締まり、催事を滞りなく進行させるのも我らの職分。ひいてはそれが京都の治安維持に繋がるからな」
京都見廻組の物部義護(ea1966)が、鋭い眼差しを四方へ向ける。
「しかし、そいつらについては、もう少しうさが気をつけていれば防げたいざこざという気も‥‥。これ、そこのうさや。いい機会だから、本当の兎とは何たるか。この兎耳大明神が教えてやろう」
力強く告げるのは、桃色兎の面をつけた兎耳大明神。陸堂明士郎(eb0712)があいにく欠席となり、代理で来たというのだが。
「うさー。陸堂明士郎さんがお話あるそうだからおいでー」
「そ、その名で呼ぶんじゃない! しかも故意に大声で姓名揃って呼びつけるなど鬼の所業かっ!?」
何とも意地悪い笑顔で声を張り上げる小町に、兎耳大明神がうろたえる。バレバレである。
呼ばれてほてほてと近付いてきたうさは、分かってないのか、じっとその顔を見つめあげる。
その前に屈みこみ、兎耳大明神は神妙にお説教をするのだが、
「まあぶっちゃけ。もう少し素行を良くしてもらわないと、全国の兎さん愛好家の肩身が狭いのだとか‥‥って、肩に登るな、こら降りろ」
何の前触れも無く、いきなりうさが兎耳大明神に登り出す。
「婆ー。このお顔剥げるよ、中は爺」
「駄目よ。陸堂明士郎さんだって事情があるんだからそっとしておかないと」
「だから、わざわざ名前を全部言うのはやめろ。そもそも陸堂明士郎殿はあいにくの病欠でここにはいないのだ!」
わざわざ人化けし、真剣に顔の面に手を出すうさを、やはり真剣に言い含める小町。
うさはともかく小町は悪乗り全開。兎耳大明神は詰め寄ってしっかり言い含める。
「あ、そうそう。何が出るか分からないし、一応全員にこれ渡しておくわ」
いい感じに夜も更けてきた。空を見上げて月を仰いだ小町は懐から魔よけのお札を取り出して配る。
ありがたいお札は、身に着けていると夜道や墓場を歩くのが怖くなくなると謳われている。
「でも、私もやけどもう用意してきてる人もおりますえ」
「いいじゃない。別に何枚持ってても。効果増える訳じゃないけれど」
苦笑するニキ・ラージャンヌ(ea1956)に、小町はあっさりと告げる。
「えー、増えないんだ」
「増えなくても、効果はあるのよね。うん、大丈夫、大丈夫」
落胆しながらも魔よけのお札は握り締めるフィン・リル(ea9164)。ディーネ・ノート(ea1542)も何やら真剣に札に目を落としている。
「じゃ、肝試しの人は回る順番決めるからこっちねー。警備の人は‥‥よろしく」
今から一体何をやる気なのやら。
明るい声で小町は開始を告げた。
●
大池を半周し、そこから山に入って廃寺に参拝。墓場の奥で待機しているワーリンクス・猫の所で確認をとったら、山を降り、残りの池半周して終了。大体刻一つ過ぎれば回って来れる様な配分だ。
月は丸いし、池の上に避けぎるものが無い上、水に光が反射している。
一応提灯は全員に渡したが、無くても歩けるぐらい道はかなり明るい。道幅もそれなりに広いし、整備もしてくれたのだろう、歩く分には支障無い。
もっとも、道の状態なぞシフールのフィンにはあまり関係は無い。エレメンタラーフェアリー二体をお供に、団子状態でフラフラと進む。
「魔よけのお札、持った。スイは聖なる守りで、麗光は赤勾玉の耳飾り。‥‥うん、大丈夫大丈夫。さあ、猫くんの所に急ぐぞー」
明るく元気な声を出すものの、何となく空元気。
お供にもそれぞれ不運と魔よけを祓うお守りを持たせているが、役に立っているのかどうか。風が吹いて梢がざわめく度に、三体揃ってびくりと身を震わせている。
進むに連れて、人の気配は遠ざかり、しんとした静けさが辺りに満ちる。
周囲に注意して進む中、昇れと言われた石段の麓にてフィンは顔を引き攣らせる。
入り口には目印のようにサリ(ec2813)がしゃがんで泣き崩れていた。
三角の頭巾に白い着物。ベタではあるが、雰囲気十分。
さらに、その前には何か毛の塊のようなものが落ちていた。
「あの‥‥ご苦労様です!」
軽く声をかけると、サリが顔を上げた。お化け変装道具を使って細工した腫れ物が提灯に照らし出される。
と同時に、
ぴくりとも動かなかった獣がいきなり身を起こし、フィンの傍を風のように走り去っていった。
「ふぎゃあああ!!」
不意の動きにフィンが悲鳴を上げて、石段を飛び昇る。傍のエレメンタラーフェアリーも驚いて慌てながらもその後に従う。
そんな彼らに追いすがるように、笛の音が聞こえてきた。
サリの演奏だ。
上手いのだが、野外ではどうしても音が広がりか細く聞こえる。物寂しい雰囲気がさらに強まる。
フィンが石段を昇り切った所で一息つく。ぴたりと笛の音も止んだ。
「どーぞ」
「うわあああ!!」
そして、横からぬっと杯が差し出される。
いたのはサリの風のエレメンタラーフェアリー・テレケだ。
これも何かの仕掛けかと用心したが、相手は何の含みも無く杯を渡してきた。中に入っていたのもただの水。ま、ここらで少し落ち着いて、という所か。
「えーと、猫くんが奥にいるんだよね」
裏が無いと分かって、ほっとするやら苦笑するやら。気を取り直してフィンは奥へと進む。
山寺は自然に崩れるがまま。その裏手に広がる墓地も荒れ果てていた。
「うわーーー、猫くーーーん!! いたーーー!!」
その中に、山猫獣人の姿を見つけ、全力で駆け寄るフィン。
「うう、地獄とはまた違う怖さがあるよう。あ、スイと麗光の名前はあたしが書けばいい? 今回は山猫姿なんだね? やっぱりお化け役って事?」
「いいから落ち着けまずは離れろ! せめてチビどもはどっかにやれ!!」
猫にすがり付いて泣くフィンの真似して、エレメンタラーフェアリーたちも飛びついている。さすがに三体にしがみつかれて騒がれるのは猫も困る。
落ち着いた所で、提示された帳簿に名前を記す。二体に関してもフィンが名前を書いた。
「よし、これで後半分! がんばるぞー」
「というかさ、こっち目指して一気に飛び込んできたけど、一応あいつらにも目を配っておいてやれ。可哀想だから」
「え?」
記帳して、改めて気合を入れるフィンに、猫が墓場の方を指差す。
あまりに何気なく言われたものだから、思わずフィンもそっちに目をやる。
そして、転がっていた死屍累々を見つけ、フィンの悲鳴が辺りに響き渡った。
●
寝ていた鳥たちが一斉に飛び立つ。静けさに広がる羽音の大きさに、ディーネは大きく身震いした。
「今、凄い悲鳴聞こえたわよね? な、何かあったのかしら?」
「そりゃあるでしょう。肝試しなんですから、後ろの方のように」
一緒に歩いていた倉城響(ea1466)は、にっこり笑って背後を示す。
気付けば、自分たちの他にも足音があった。ディーネが振り返ると、奇妙に汚れた顔が提灯に照らし出された。
「わわわ」
驚いて、響の陰に隠れようとするディーネ。そのうなじに、ぺたりと湿った何かがくっつく。
「いやあああ! 何、何ーー!??? 背中を何かが這ってるーっ!!」
「よく見て下さい。ただの蒟蒻ですよ。背中に落ちたのは蒟蒻を濡らしてたただの水」
振りほどこうと大きく身を動かすディーネを、響が笑いながら宥める。
「冷静だなぁ。驚いてくれないと、こっちは脅かしがいがないんだけど」
豪胆な響に、汚れた顔のまま瀬崎鐶(ec0097)は呆れる。ディーネがおもしろいぐらいに騒いでくれるので、余計にその落ち着き振りが浮き立って見えた。
「あら、ごめんなさい。つい、ね‥‥。でも、ディーネさんは怖がりですわ。お仕事では魔物や死人憑き等を怖がらないのに」
「だってぇ、死人憑きとかゴーストは魔物なんだもんっ! 幽霊とは違うのよ、幽霊とはッ!!」
「いや、幽霊も同じくアンデッドで魔物のような‥‥?」
力説するディーネに、鐶は首を傾げる。ただ、あんまりにも強く言い切られたので、そうなのかもと悩み出す。
「‥‥響ん! 今、あっち、池の向こうで何か動いたっ!」
「ああ、あれは燐光ですわねぇ。どなたかのお連れでしょう」
顔を引き攣らせて騒ぐディーネに、響は冷静に目を向けている。
鐶としても、これ以上二人――というか、一人を驚かせ続けても仕方が無い。配置換えしても面白いかと思い、とりあえず燐光の使い手と話してみようと移動を始める。
蒟蒻を入れていた水桶を木の陰に隠していた。拾おうと手を伸ばした際、ぷーんと甲高い独特の羽音が耳元で聞こえてくる。
ぴしゃりと叩いた拍子に、蒟蒻をつっていた竿に体が当たった。
「今! 今、何か触った!!」
「だから、先程の蒟蒻ですわ。ほら、もうさっさと行きますよ」
大仰に周囲を見渡すディーネを引っ張り、一礼すると響は先に進み出す。
そんな彼らを送り出すと、鐶は目を手に落す。
黒い汚れが張り付いていた。水辺があって山の中とあって、本当に蚊が多い。肝試しに来る人を待つ間にも、一体どれほど退治した事か。
「対策を施してもこれだからな。何もしてこなかったら、どうなったか」
露出している肌部分には、虫除け効果のある薬を塗ってきている。が、絶対効果では無い。
うんざりとなりながら、水桶を傾け手を洗うと、鐶もまた歩き出す。
「石段の下! 何かいる、誰かいる!!」
「あら、狐さんですね。可愛らしい」
賑やかな声はまだ続いている。
●
任意で肝試しをやると、本当の怖がりさんは怖いのでまず参加しない。
参加してみようというのは、それでも参加したくなる目的があるからか、そもそも怖さを知らない豪胆さを持ち合わせているからか。
それは別に両方持ち合わせていても構わない訳で。
「火霊に燐光ですか。人魂役には、確かに合っている」
ふらりふらりと舞い飛ぶ光に、ククノチは身構える。が、その正体をじっくり見極め害が無いと分かるとまたおもむろに歩き出した。
普段から自制心が強く、動じる事が少ないククノチ。今回の参加は精神修行の為と、さらに平常心を保ち道筋を辿る。
また、彼女はやらねばならない事を胸に秘めていた。驚いている暇など無い。
虫除けで香を焚き、露出を控えた着物に市女笠。実に風流な外見と思えるが、しかし、なぜか小アジを手にしている。
周囲に気をつけながら、石段も冷静に昇る。古びた山寺を横目に、裏の墓場へと躊躇わず歩を進める。
と、そこで足を止めた。
奥に、中間地点として山猫獣人が待っていた。山猫姿なので見間違えようが無い。
そしてその手前、墓石の陰に人が倒れていた。ぴくりとも動かない。
何かの策かと警戒したが、近付いても変化無い。その筈だ。相手はすでに死んでいた。
その顔には見覚えがあった。肝試しの警備についていた結城友矩だ。
さらにさらに。その周囲では、土に埋もれかけの河童が一体。散乱する墓石に紛れるようにひっくりかえっている狸が四体。そちらはどうやら気絶しているだけのようだが‥‥。
「これは、猫殿の仕業か?」
「違うから」
死体が出たなら、さすがにお遊びではすまない。笠で顔は見えないが、ククノチの声は緊張していた。
しかし、それを苦笑交じりで相手は簡単に否定。
「何かあったでござるか?」
「ああ、実は‥‥」
声をかけられて振り返り、さすがのククノチも唖然となる。そこに立っていたのも友矩だったのだ。
「それは粗忽人形でござるよ」
してやったりと、笑みを浮かべて友矩が説明した。
粗忽人形は、呪いで自分とそっくりな死体に変化させられる。それで目の前の死体に合点がいったククノチだが、
「他の河童と狸は?」
尋ねると、友矩と猫が顔を見合わせる。
「河童はここで落とし穴を仕掛けて待つつもりだったのが、やっぱりその死体に驚いて、自分で穴に嵌まってそのまま気絶。狸は‥‥」
そこで、いきなり跳ね起きた狸が、ゆっくり人に化ける。
「むっ! 夜食の気配!」
「我らに貢ぐとは愚民にしては気の効いた」
「だが、我らに捧げるなど愚の骨頂。欲しい物は奪うまで」
「行くぞ、ぽん豚! 決戦だー!!」
やおら名乗りを上げた後、ククノチの持っていた小アジへと殺到する。
「貴殿らは‥‥ちょっとは静かに出来んのか!」
ククノチは市女笠を剥ぎ取り、狸たちと向き合う。その顔には鬼面が付けられていた。
「「「「ぎゃーー!! 化け物かっ?」」」」
身を震わせ、躊躇い踏鞴を踏んだ狸たちを容赦なく足払い。
笑えるぐらいに綺麗に引っくり返った化け狸たちは、そのまま地面を転げ、墓石にぶつかり、ひっくり返った所に倒れた墓石が重なった。
「‥‥同じく罠を仕掛けようと此処に来た狸らも、死体と土塗れの河童に驚いて走って逃げようとした所で団子になって転んだ後は、‥‥まぁその調子だ」
冷淡なぐらい動じずに猫が説明を続ける。ここまで滑稽だと、一々反応するのも虚しくなる。
「そこなポン何とやら。肝試しのからくりも見破れずに打倒兎とは無謀な。このような奥地に潜まず、順路通り最初から踏破出来なくてどうする」
転がる狸たちに、ククノチが人差し指突きつけ、喝を入れる。
「どこに居ようと我らの勝手!」
「しかし、肝心の馬鹿兎がここにはいないぞ」
「ふふふ、どうやら我らに恐れを為したか。ならばこちらから出向くのみ!」
「いざや出陣、さあ行くぞー」
今回はぶつけ所がよかったか。即座に起き上がると、口々に言い合い石段を駆け下りていく。
「あの調子やったら、道順無視してもうさに会いに行きよりますなぁ。ただ、目ぇ離して誰かに退治されるんも何やし、傍で見とかなあかんやろ。気絶してるなら大丈夫や思てアグニーニと計都には脅かしに専念してもろてたけど、戻ってもらわんと」
狸らの傍で隠れていたニキは姿を現す。何せ、間抜けでも妖怪には違いない。事情を知らない誰かが斬り捨ててもおかしくはない。
面倒そうにしながらもどこか楽しげに、ニキは狸らの後を追う。
「私もそろそろ行くとしよう。残り半分、こちらの道からでよいのだな?」
慌しい狸たちに呆れていたククノチだが。
気を取り直すと、記帳を済ませ、残り半分に赴いた。
●
「待ーて待て待て〜!! たぁーいほだぁ〜!!」
そして、池の畔では。治安に目を光らせていた義護が、素っ裸で走る少年、もとい人化け狸らを発見。捕獲に回る。
「とっつぁ〜んもしつこいねー」
「はっはっは〜、こ〜ら待てぇ〜」
「うふふふ、捕まえてごらんなさ〜い♪」
「れれれのれ〜」
池の縁で鬼ごっこ気分。
御用提灯掲げ、十手を突き出し走る義護に対し、狸らは緊張欠いた口調で走り回る。
「狸らはいつもあの調子やし、捕まえても反省しよりまへんえ。お灸は据えた方がええ思いますけど」
ニキも揃って後を追いかける。
「分かっている。しかし、まっぱで走り回らせる訳にもいかないだろう。ここには女性もいるのだし」
義護は隣のルザリアに目を向ける。
彼女も巡回途中で騒ぎを聞きつけ、駆けつけた所を素っ裸狸らと出くわした。最初こそ面食らっていたが、すぐに立ち直り、追跡開始。
「私は構わない。それより、順路を逆走しているのが気になる。道幅はあるとはいえ、すれ違うのがせいぜい。奴らは数も多いし、向こうから来る人とぶつからねばいいが‥‥」
さすがは妖怪。平然と夜道を駆け巡っている。対し、こちらは夜闇に視界を塞がれ、今一つ追いきれない。
逃がしはしないが、今のまま走られては、いずれ来る人と真っ向衝突しかねない。
どうしたものか、と走りながらも悩んでいた矢先、前方から人影が見えた。
狸らは避ける気も無い。ぶつかる、と思った途端、いきなり激しい光が視界を塞いだ。
「「「「うっ!!」」」」
光に照らされ、狸らが足を止める。
追っていた三名も、思わず身を庇った。
「ナツいアツはホラァ〜でク〜ルを取るネ〜。ピチョンも冷気ムンムンでヒンヤリネ〜」
後光‥‥ではなく、ダズリングアーマーで全身を輝かせているのはサントス・ティラナ(eb0764)。後ろに控えている雪小僧も少し眩しそうにしているが、熱は無いので溶ける心配は無い。
「モットモ、ミ〜には怖いモノ無いね〜。メンズはドキョーでナニゴトもレッツトライ」
不敵に笑うサントス。だが、体勢を立て直した化け狸たちが胸を張る。
「ふっ、恐れを知らぬと申すか」
「ならば、そんな布に包まってないで堂々進めばよいものを」
「所詮、口だけ。己を曝す度胸もなしか」
「言うな。我らの至高に辿り着く者などこの世におらず」
サントスの着る浴衣「太陽」を指して笑う狸たち。
「アイカワラズ、ポンポコーズは脱ぐしかブレ〜ンがナイネ〜♪ ミーのヌ〜ドとポンポコ〜ズのソレでは、年季もクオリティ〜も違うネ〜♪ ポンポコ〜ズ程度のヌ〜ドは、瘴気にあたって医局の世話になるのがヲチネ?」
「言っておくが、ここで脱いだら貴殿も逮捕だぞ。人気の無い場所とはいえ、いや、だからこそ取り締まりはきちんと行わねば規律が乱れるばかりだ。公然猥褻とか猥褻物陳列とか、逮捕だ、逮捕」
だが、サントスも黙っては無い。言い返すその姿に、義護は強い口調で注意を促す。
「ム〜フ〜フ〜。了解してるネ〜。地獄で全裸になって以来、ベリクーールな視線がミ〜のハ〜トを直撃ネ〜。ミ〜はホットでスウィ〜トなラブが欲しいネ〜」
一体何があったのか。肩を落として塞ぎこむサントス。
ちょっと触れてはならない辺りだったか。
「という訳で、ポンポコ〜ズにはフンドシロードに道連れネ〜♪ 覚悟するネ〜」
やおら顔を上げると、相変わらずの笑みを浮かべるサントス。
そのまま褌用意して、狸らを挑発する。
挑戦を受け、身構える狸たち。そのまま、お馬鹿な試合が繰り広げられる‥‥と、思いきや
「ふ、我らの敵は馬鹿兎」
「大事の前、小事になど関わってはおられぬ」
「今日の所は許してやろう」
「命拾いしたな、はっはっは〜」
光る相手に恐れを為したか。あからさまに身を退ける。退きながらも威張っている。
「化け兎なら、小町殿の手伝いで対岸の到着地点にいる。会うつもりなら、そっちの道に入ると‥‥」
「「「「近道だな!? はっはっは、情報漏洩とは愚かな‥‥りいいいいいいぃぃぃ!!」」」」
ルザリアが示した方向に、化け狸たちは全力で駆け出す。
途端、化け狸たちの姿が消えた。続けて、盛大な悲鳴と一緒に土砂の流れる音や草木の折れる音が連続して続いて遠ざかり、最後に派手な水音が聞こえた。
「‥‥途中で土砂が崩れて危ないから、必ずこっちの道から行くようにと伝えたかったが‥‥、これは私の責任か?」
「話を最後まで聞かへん馬鹿が悪いんどす。誰にも落ち度はありまへん」
気に病み悩むルザリアに、ニキが頭を押さえながら肩を叩いた。
●
「全員の署名確認、と。‥‥お疲れさま。後始末は明日明るくなってからにするとして、腹ごしらえでもしてゆっくりして頂戴」
肝試しで全員が回ったのを確認すると、小町が戻ってきた面々に白玉団子を配る。
警備役、脅かし役の人も戻ってもらい、お開きの前の小休止とする。
「それ、用意したん私やけどね」
「だから、味見はしたわよ。大丈夫、ちゃんと食べられるから」
苦笑するニキに、小町は失礼な台詞を平然と告げる。
「ぽんさんたち‥‥。裸でいるより一枚着た方が、本当は涼しいのですよ?」
「「「「涼しいどころか、暑苦しくて叶わんッ。ええいこれを外せ脱がせ」」」」
サリが告げると、狸らは声を揃えて抗議する。
池から助けられた後、裸で走り回るのを防ぐ為、義護が簀巻きにして吊るし、体を乾かすついでにお灸も兼ねて、ニキが火霊に頼んで火で炙っている。
「暑いからと云って、服を脱いだまま往来を闊歩して良いという法は無い。そのまま過せるのは、自分の家の中までと知れ」
「「「「何を人のいう事など狸が聞けるかー!」」」」
義護が睨みを効かすも、相手はそれでも懲りた風は無い。
「しかし、出たのは結局馬鹿狸だけか〜。アンデッド出なかったのは良かったというのか、詰まんないというか」
「安全が一番。無事で楽しめたのだから、それでいいだろう」
吊るされても五月蝿い狸らを見ながら、小町はやや残念そうにしている。
ルザリアとしては、異常が無かった事にほっとしていたのだが。
「‥‥あら、何か聞こえません?」
和んでいた響が、周囲を警戒し出す。
それで耳を澄ませば、ずるずると何か引き摺るような音が確かに聞こえる。
出たか、と一同緊張して身構える。うさですら、杵持って構えている。どうでもいいのは化け狸ぐらい。
「お、お前ら〜〜」
暗がりから。ぬっと腕が突き出てくる。大きく歪な全身が土塗れの泥くたで、僅か開いた半眼から恨みの眼差しが注がれていた。
「んっふっふ♪ よっくも私を怖がらせたわね? 覚悟なさいッ!!」
ディーネがさんざん肝試しで怖がった恨み辛みを込めて、ウォーターボムを唱える。
とはいえ、怖がらせていたのはそれではない。完全に逆恨みというか、八つ当たりだ。
水球が一直線に飛び、それに直撃した。弾みで吹っ飛んだそれに対し、素早く次の詠唱を開始していたが、
「って、何するんじゃー!!」
「あれ? もしかしてちゃんと生物?」
身を起こしたそれをよーく観察する。
衝撃を与えた事で、全身を覆っていた土が剥がれて緑の皮膚が見えた。口には嘴、頭には皿。大きく見えたのはどうやら甲羅のようで‥‥
「亀?」
「河童じゃーーーーっ!!」
首を傾げたうさに、亀が即座に抗議する。
「っていうか、何か御面相が違うんだけど」
「瞼を蚊に刺されて目が開かねぇんだよっ!」
首を傾げる小町に、亀が怒りながら顔を指差す。
確かに、酷い腫れ具合で造作が変わっている。その上で泥に塗れていたので、すぐに気付かなかったのは無理も無い‥‥と、皆が心で言い訳を作る。
「全く、気付いたら墓場で土に埋もれてるとはどういうこったい。掘り起こして介抱するのが普通だろっ! 通りすがりの人に助けてもらわなかったら、もっと蚊に食われて大変な事になってたぞっ!!」
云いながらぼりぼりと全身をかく亀。
土を払い落とされていくと、徐々に河童の姿が露わになる。
「いや、何と言うかすっかり忘れてただけだ。気にするな」
「気にするわっ」
亀が怒鳴るも、猫は笑って済ませる。
「それより、通りすがりって誰だ? 俺が最後に声かけて戻ったから残った奴はいないはずだし、こんな夜更けに出歩く物好きはここにいる奴らで全部だろうし」
気になるのはむしろそちら。
猫の言葉に、嫌な予感を漂わせる。
「な、だったらあれは誰なんだ? てっきり参加者だと思っていたが‥‥」
目を丸くして、亀が自身の来た道を指す。
そこには闇の中にさらに人影があった。
四肢ある人には見えた。近付くに狸らを炙る炎に照らされて、腐り果てた肉や露骨な骨、どう見ても向こうが透けてる透明性などが露わになる。
「あれ?」
「はいはい。実は襲われて掘り起こされたのを助けられたと勘違いして、暗いし視界も塞がれて分かんないままここに来たという、そういうオチね。案内御苦労様」
ゆらゆらと重い足取りで近付くそれらに、亀は刺されて開かない目で凝視。そのまま固まった彼に、小町は頭を抱える。
「だが、ここに来たのなら確かに好都合。仕留めさせて貰おう」
友矩が名刀・獅子王を抜くと、オーラパワーをかける。
「むー。負けないぞー」
「いいから、あんたはじっとしてなさい」
飛び出そうとしたうさを小町が即座に捕まえる。
幸い、出たのは極少数。瞬く間に、殲滅される。
「うさとは違うのだよ、うさとは!」
勝ち誇った声で兎耳大明神が、刀を納める。
「いい兎はー。お月様を崇めて餅を搗くのー。だから、うさはいい兎ー」
「ふっふっふ、悔しかったら私を倒してみろ!」
「むっ!」
何気に兎耳大明神が告げた途端に、うさの杵が振り落とされる。巧みに躱す兎耳大明神に、うさは向きになっておいかける。先の戦闘が無ければ、月の下跳ねる二匹の兎は和む光景なのだが。
「そうも言ってらんないわね。とりあえず、取り残しが無いか、もう一度見回ってくるわ。皆、御苦労様。そうそう、渡したお札はお土産にして頂戴」
つまんないもので悪いけど、と小町は笑う。
肝試しは無事お開き。
主催した者の責任で、それからも小町は一帯を見て回る。もちろん、彼女だけに任せる訳にもいかず、事はついでと幾名かは同じく死人たちの動向に目を光らせる。
怪奇の闇深き京の都。
ただ遊ぶだけでも一苦労だ。