【レミエラ】京都見廻組 〜鬼の行方〜

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月19日〜09月24日

リプレイ公開日:2009年10月05日

●オープニング

 京の都で人斬りが暴れた。小鬼の群れが悪戯に感けた。
 その起因となったのが一つのレミエラ。ヒューマンスレイヤーの効果を持つそれに魅せられ人斬りは暴れ、取り返そうと小鬼が動く。
 両者は捕まり、都は平穏を取り戻す。これでめでたく事件解決‥‥、と行きたいのだが。
 背後で茨木童子が絡んでいるのは確認済み。彼女の動きが杳として知れない。


「人斬りを尋問しているのですが、暴れてばかりで話になりません。陰陽寮に応援を頼んで魔法で探ろうとしたのですが、下手すると自決しようとする有様で‥‥」
 嫌悪を滲ませて、京都見廻組の碓井貞光が現状報告する。
 これが秘密を守るべくの行動であるなら、悪行に加担したとはいえ天晴れな奴と密かな賞賛を抱いたかもしれないが、さにあらず。否が応でも情報を取ろうとするこちらへの嫌がらせでしかない。
 あてこすりで死ぬなど狂言と考えていたが、奴にとっては酔狂も本気。他人の命も自分の命もどうでもいいものらしい。とすれば、有用な情報を持っているかも怪しい所。
 捕らえて死なせるなど貴重な情報を失う愚策。世間の評判も悪くなる。蘇生魔法はあるが得てして高額になる上、蘇生させたとてまた死のうとする繰り返しならばどうしようもない。それが分かっているからこその嫌がらせなのがさらに胸を悪くさせる。
 他に捕まえた小鬼もいるが、こちらは肝心の所は何も知らないで全く当てにならない。
 情報入手に手を焼く毎日だが、もっとも、情報となりうるモノは他にもある。
「レミエラは純度の高い硝子を使用します。これを作るにはそれなりの工房と技術が必要。越後屋では鬼に関係した話は聞けませんでした。そこでさらに範囲を広げ、硝子に絡んで何か無かったか調査した所、大坂で腕のいい硝子職人が失踪する事件がありました」

 大坂は太閤・藤豊秀吉のお膝元。京にも近く、交通の便もいい。加えて戦火に飲まれる事も少なかったので、勢いなだれ込んだ人が増えている。
 元々商人の町である大坂は方々からの売り買いが激しい。独特の活気を持ち、常に人が動いている。
 事件など日常茶飯事。大坂の与力や同心たちも走り回るが、事件が無くならないのはどこも同じだ。
 そんな中での事件の一つとして、その職人の失踪があった。
 腕はとてもいいが要領の悪い人物で、あまりぱっとしないというのが周囲の評価だった。なので、いなくなってもさして騒がれず、田舎にでも帰ったのだろうと噂された。
 ただ、その職人がいなくなる前後、界隈で鬼を見た気がするという証言があった。大きな袋を抱えたとんでもなく大きな鬼が北の方へ走り去るのを見た、と。
 もっとも、その前にしこたま飲んで酩酊していた目撃者の言がどこまで信用できるかは分からない。
 消えた、という方角には小さな村がある。
 山の奥深く、外界とはほとんど隔絶されているような場所だ。
 大坂奉行所の者が話を聞きに赴いたが、排他的でほとんど口を聞かない。印象深いのはそのさらに奥にある入らず山を信奉し、山に入るのは禁忌として立ち入りも許されなかった。
 非常に具合の悪い村ではあるが、実際の所そんな村はどこにでもある。何より関係ありそうな事態は掴めなかった。
 かといって、他に手がかりも無く、捜査自体が宙に浮いた状態になっているという。

「時期としては都で人斬りが暴れ出した頃。ただ、それを関連付けるべきかは分かりません。その他にも、調べればかなり以前からあちこちで硝子職人がいなくなっているようなのです。もっとも、時期はばらばら、状況もばらばらで、そちらも関連付けていいか分かりませんけどね」
 ある者は仕事に行くと出かけ、ある者は置手紙だけを残し、ある者は何があったか惨劇の血が無人の家を染め上げ。共通しているのは行方不明であるという事。失踪ならば本人の勝手と追調査など行わないし、事件性があってもそもそも街中でもなければわざわざ捜査しようとする者は無い。
「それでも敢えてそれらを関連付けたなら、事件は大体大坂を中心に起きている、と言えます」
 微妙な顔つきで貞光は告げる。
 実に灰色っぽく見えるが、案外灰を掃えば真っ白な可能性も捨てきれない。どう判断してよいのかが酷くもどかしい。
「口を割らせるにせよ、硝子職人の件から探ってみるにせよ、時間も手間もかかります。もっとも、茨木が動いているいう事自体杞憂という可能性も高いですが」
 幸い小鬼騒ぎが一段落したとはいえ、まだまだ片付けねばならない難題が山積している。
 ついに対黄泉人に向けて自ら起つと宣言した安祥神皇の御為、後顧の憂いとならぬ様都の秩序を回復しておかねばならない。
「大坂は管轄違いですが許可は得てます。この件これ以上の裏が無いか、一通り私と渡辺綱で探っているのですが、さすがに手が足りません。なので、どうかお力添えをお願いします」
 ギルドの係員は頷くと、冒険者たちに呼びかけ始めた。


 闇の中。鬼と鬼で無い者が言葉を交わす。
「麓の村に外の人間が入ったとか」
「聞いているわ」
 苦笑するような軽い声に対し、答える茨木は酷く苦りきっていた。
「日が迫っている。もう少し数を揃えたくて人を増やしたのが裏目に出たわね。都の方でも、邪魔されないよう小鬼たちを放ってもう少し内部に気を配らせたかったのに、不甲斐無い事。そうまでしたレミエラも、ほとんどが益体も無いとはね」
 八つ当たりで睨みつけるが、相手は気にせず。むしろ低く笑いたてた。
「私とてそう簡単にはいかない物なのだよ、あれは。だが、ヒューマンスレイヤー含め、幾つかは使えるだろう。それで良しとしてくれ。そもそも、欲が深いと碌な目に合わないものだよ。‥‥レミエラを持ち出したあの男のように」
 しかし、それで却って安堵したように茨木の気配が柔らかくなる。
 そのまま、黙って女が立ち去ろうとする。
「行くのか?」
 茨木は頷く。
「面倒な事をせず、直接赴けばいいものを」
「一応離反した身。早々勝手には出来ないわ」
「まぁいい。それで、ここはどうする? 捜索がすぐに来るとは限らないが」
 しばしの空白の後、茨木が告げる。
「念の為に移動させるわ。しばらくは離散。問題は職人たちをどうするか‥‥」
 再び沈黙した茨木に向け、男は告げる。
「何なら、私にしばらく預けないか? 職人と私がいればレミエラを作るに不自由は無い。他に移動させるにせよ設備は無いのでは奴らも退屈だろう。何かあっても、私ならどうとでも出来る」
 息を飲んだ後、茨木が笑った。それは考えてなかったのだ。
 くすくすと笑いながら、茨木は纏めた荷物を手にさっさと歩き出す。
 すぐにお付の人喰鬼たちが後ろに従ったが、そちらには一切目もくれない。
「さてさて。思惑通りに上手く行くのかね」
 茨木たちを見送りながら、三本角の山羊は低く笑った。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7864 シャフルナーズ・ザグルール(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea9150 神木 秋緒(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「壁越しに魔法を使うという手段は試されましたか?」
 尋ねる白銀麗(ea8147)に、答える碓井貞光の声はほとほと弱っていた。
「やってはいますが‥‥正直それからどう尋ねるべきか。あまり例の無い事でこちらも対応に手間取っているのです」
 人斬りの尋問に手を焼いていた京都見廻組。陰陽寮にも協力を仰ぐが、人斬りが度を越して非協力的なので扱い兼ねていた。
「コンフュージョンで混乱させてみるとかは?」
「効果時間が切れて素に戻った時に何をしでかすか分からないですね。効果時間中に的確に何か引き出せれば試す価値はありますけど‥‥」
 同僚の嘆きに、神木秋緒(ea9150)も手を考えるが、難点は多い。
「とにかくやってみるだけ、やるだけですね」
 銀麗が術者を変わる。エックスレイビジョンなり壁越しに対象を見れるスクロールを借りたかったが、あいにく精霊碑文学の知識が無ければ使えた物で無い。
 なので、壁の小さな穴から目標を視認する。


 商人の都、大坂。
 中心は活気に満ちた商業都市だろうが、地方に行けばやはり他と同じ長閑な風景が広がる。
 ただ、風景は似ていてもやはり雰囲気が違う。京はいつ襲われるか分からない緊迫した気配がそこかしこにある。
「大坂は初めてだし、理由がこんなじゃなきゃもっと楽しめたのに」
 シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)が口を尖らせる。
 鬼が人を攫い消えたという方角。その近くにある村に向う一同。調査の最中とあって、横に逸れてる暇は無い。
 村は排他的でこちらも同じく非協力的。聞き込みには苦労しそうだ。
「ただ、何かあるのは確実ですよ。あの人斬りもその村には覚えがあるようでしたから」
 銀麗がこめかみを押さえる。
 人斬りの尋問で、隠れてリードシンキングを続けていたが、ほとんどが下種で野蛮な卑猥事。恨みつらみだけが胸にあり、ひたすら呪詛を紡ぐ内面は、外見以上に毒の塊だった。
 それでも、辛抱強く秋緒たちが情報を聞きだそうと揺さぶりをかけていくと、たまにちらりと反応する事がある。どうやら茨木の拠点が傍にあり、その村とは繋がりを持っているらしい。
「となると、怪しいのは彼らが言う入らず山ね。何かを隠そうとしているのを隠さないのは、大した手だけど」
 秋緒が告げると、他の面々も頷く。
「硝子を作るなら大量の火が必要。そう思ってあの村に炭や薪を運ぶ業者が無いか当たってみたけど、そっちはつかめなかった。‥‥まぁ、こんな山の中じゃ自前で用意もしやすいだろうけどね」
 ぐるりとヒースクリフ・ムーア(ea0286)は周囲を見渡す。材料は溢れている。買うよりもむしろここいらは売りに出る方が多いだろう。
「となると、残りは山に入って調べる必要がある訳ね」
「どうしても、やるのか」
 シャフルナーズが告げるも、渡辺綱の表情は浮かない。寧ろ嫌そうに見える。
「あの山が事件と関係あるなら、茨木童子の顔を知る人に同行してもらう必要があります。でも、そのままでは村人や‥‥鬼に気付かれる可能性が高いので、偽装は必要でしょう?」
「いいじゃないですか別に。ミミクリーで変化するぐらい」
 理路整然と告げる銀麗に、シャフルナーズはあっさりと言い切る。
 ミミクリーで動物になって、山をうろつく。欺くには妥当な線だ。ただ、動物が服を着るのは変なので、当然裸になる必要がある。
「‥‥金時がいなくてよかった」
「むしろいた方が喜んで代わってくれたんじゃないですか」
 嘆息しながらも覚悟を決める綱に、貞光は肩を竦める。
 ミミクリーは銀麗からかけてもらう。
 ただ、変化すると言っても、翼を作るだけなら鶏でも飛べるはずで。漠然と形を知るだけでは、実は違う生物になっている時もある。初心者で梃子摺る二人に、そこら含めて銀麗が丁寧に指導。どうにか形を繕った。
「ただぼさっと待ってばかりもいられない。あの村を少し調査と行くか」
 変化したシャフルナーズ、銀麗そして綱を見送ると、秋緒たちは麓の村へと赴いた。


 村に入ったのは、秋緒、ヒースクリフ、貞光の三名。
 秋緒は敢えて所属を明かし、硝子職人の件で調査に来た事を触れて回る。
「この間もそう人が来たけどね。私らは何も知らないよ。あの後も何もないからね」
「そうなの? でも、入らずの山の方に煙が立っていましたよ。炭焼き小屋でも有るのかしら?」
 言外に「帰れ」と言い放っている老婆に対し、秋緒はそう返す。
 途端、老婆の目が鋭くなる。
「さあね、あんたの見間違いだろうさ。入らず山に入るなんぞ考えもせん事さ。罰が当たるよ」
 ふん、と鼻を鳴らすと老婆は用は済んだとばかりに歩き去る。
 秋緒はそれとなく周囲に視線を巡らせる。古びた家は拒絶するようにどこも硬く閉ざされている。その癖、射る様な鋭い視線を感じていた。
「妙な所ですよね。地方に出れば排他的な村も珍しく無いですが、ここまで人を拒むとは」
「だね。見かけどおりの村ではないかもしれない」
 気取られないよう視線は動かさず。声を硬くする貞光に、ヒースクリフがやはり声を潜めて同意する。
「硝子を作っていそうな村人はいなかった。一通り見てもそれらしい設備も無い。とすると、やはり山が怪しい。そう思って村の周辺を探ってみると、定期的に山に出入りしているらしき道筋があったよ」
 それとなく目だけ指し示す。
 建物の影。そう思って探っていなければ気付けないような目立たぬ場所に、人が出入りした痕跡があった。
 入らず山とて、何らかの事情で入山する時があっても構わない。それをこうも隠したがるのは‥‥。
 ふいに、影が差した。
 空を見上げると、鷲が村を大きく横切っていた。
「シャフルナーズさんですね、一旦戻るとしましょう」
 どうやら偵察組も帰ってきたらしい。
 村の調査を切り上げ、三人は合流しようと村を後にした。


「あいたー、着地失敗。風に乗るのも難しいわね」
 人の姿に戻ったシャフルナーズが涙目で擦り傷を見る。
「でも飛んだ収穫はあったよ。入らず山とか言いながら、あっちにも村があるのよ!」
 勢いこんで三人に告げるシャフルナーズに、同行した銀麗と綱も頷く。
「巧妙に岩や木で周囲を囲み、隠されてました。遊び半分で山に入ったぐらいでは気付きもしないでしょう」
「空を飛ぶ手段などそう無い。上空から見付かるとは考えなかったのだろうな」
 銀麗は蛇に化けてその村に侵入してみた。
 雑に造られた小屋や野ざらしの広場など、あまり整った場所では無い。その中で一つ、新しくやけにしっかりした建物には人の出入りがあった。
「連れ去られたという硝子職人を始め幾人かの出入りもありました。もっと大勢の何かがいた痕跡もありましたが、すでにそっちの気配はありません」
 建物の中には人骨の食い荒らした山や、人と思えぬ足跡も中には混じっていたという。
「恐らく先の手入れで気付いて首謀者たちは逃げたのだろう。大勢が移動した痕跡もあった。‥‥足跡は丁寧に消されていて、追うのは難しいがな」
 ちっと綱が舌打ちする。
 とりあえずその隠れ里を調査する為、今度は全員で山に入る。ヒースクリフが見つけた村からの道筋。こちらも巧妙に隠されていたが、たどっていくとその問題の里についた。
 外部と内部を完全に隔てる岩を乗り越え、一同は隠れ里に侵入する。


「うわぁああああ!」
「怖がらないで。助けに来たの」
 問題の工房に赴いてみれば、やはり硝子を造っていた。
 働いて居た職人たちは、冒険者らの姿を見つけると悲鳴を上げた。
「お前たちは何だ? 奴らの、人喰いの仲間なのか?」
「京都見廻組だ。一体、何があった? ここで何をしている」
 怯えて逃げ腰な職人たちと距離を置き、綱が矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「答えろ。ここに茨木はいたのか?」
「彼女ならもうおらんよ。土産を持って、鉄の御所へと向かった」
 何も無い所から声が聞こえるや、綱の体がいきなり横に飛んだ。
「何? きゃあ!!」
 不自然なその動きに目を丸くした銀麗だが、彼女もまた弾かれたように後方に飛ばされる。
「気をつけて! 何かい、きゃあ」
 忠告を発したシャフルナーズが下に潰される。その背中にはっきりと当たる何かの感触。
 踏まれた、と勘付いた途端に、とっさに体を捻るとそれを掴む。
「ここ!!」
 掴んだ感覚はあるが、見えない。だが、いる。
 シャフルナーズの動きを頼りに、秋緒は日本刀・無明を抜き放つ。素早い動きは唸りを上げた一撃となって、空を斬った。
「ちっ!」
 秋緒の手に、確かな手ごたえがあった。
 苦痛の声が上がり、シャフルナーズの手が蹴り払われた。
「その手にあるのもレミエラか。全く良し悪しだな」
 声は、やはり宙から聞こえた。
 身がえたその先で、そいつは姿を現した。
 大きな狐の耳と山羊の頭。頭上に生える三本の角。人間の体を持つが、勿論人である筈が無い。
 宙に浮かび、傲慢に一同を見下ろす。
「‥‥ジャパンにはやたら知恵の回る鬼が暗躍していると思ったら、デビルまで隠れていたとはね」
 シャクティを構え、睨み付けるヒースクリフ。
「あいつだ‥‥。俺たちに、硝子を造るよう命じたのは‥‥」
「茨木じゃなかったの?」
 怯える職人たちを綱や貞光と共に守る位置につく秋緒。かすれた声で吐き出された職人の言葉に、少し首を傾げた。
「お前たちの考えは間違えていない。ここは彼女――茨木童子の拠点だよ。もっとも、幾つかある中の一つに過ぎないがね。策謀も彼女の考えだ。お前たちがどの程度あの鬼について知っているかは知らないが、他者の意見をただ諾と聞く大人しい女では無い。わしはほんの少し手を貸してやるに過ぎない」
「手を貸す行為でレミエラ造りか‥‥。鬼がどこでそんな技術を手に入れたかと思ったが、デビルの入れ知恵ならば得心が行く」
 ヒースクリフが告げると、山羊は歯を剥いて笑う。
「日本の妖怪ではないですね。一体、何の目的でこの国に来られたのですか?」
「救いだよ」
 貞光の問いかけに、山羊はさらに笑みを深くした。
「救い?」
「そう。押さえこまれ、抑圧された魂の解放。私はその為にいるのだよ」
 どこまでも上からに、山羊は言い放つ。
「心のままに、魂のままに。さあ殺せ、己の気の済むまで」
「うわああああーー!!」
 途端、職人の一人が叫びを上げた。
 落ちていた角材を手にすると、遮二無二殴りかかる。
「殺せ。殺せ。殺せ。縛るモノなど何も無い。解放されよ、魂よ」
 ぶつぶつと、呪詛の如く言葉を紡ぐや、一人、また一人と武器を手にして暴れ出す。
「ちょ、危ないよ! 落ち着いて!」
 両手の陰陽小太刀・照陽と影陰で殴りかかってくる職人たちを牽制しながら、シャフルナーズが説得する。
 フォースコマンドはかけられても術を制する事が出来る。しかし、押さえつけられていた恐慌状態と相まってか、職人たちは収まらない。
「止めろ!!」
 暴れ出した職人たちを仲間に任せ、ヒースクリフはフライで飛ぶ。
 オーラエリベイションにスライシング。強化されたシャクティが山羊に迫る。
 しかし、山羊の笑みは消えない。
 フライは飛行中も行動に制約を受けない。地上と変わらぬ勢いで刃を振るうも、寸前で目標の姿が消えた。手ごたえすらない。
(「転移された!!」)
 すぐにその姿を探すも、近くにいないのか、見当たらない。
 暴れる職人たちを静めても、その行方は分からないままだった。


「駄目ね、どこももぬけの殻だわ」
 村を見回って、秋緒は呆れる。
 暴れる職人たちを静めて、手前の村にまで戻るとそこはすでに無人と化していた。
「鬼の隠れ里と通じていた以上、碌な連中では無かったのでしょう」
 空っぽの家の中は本当に空っぽだった。慌てて逃げ出した雑多な様子は無く、前もって準備していた感じがある。
「にしても、都合良過ぎ。逃げたデビルはここに知らせに来たのだろうね」
 転移まで出来るという事は高位のデビルだ。準備も無く当たるには難しい相手とはいえ、目の前で消えられたヒースクリフとしては面白くない。
 無人になっているなら幸いと、暴動で怪我をした職人をきちんと手当てし直し、その間に綱が大坂奉行所に知らせに走る。
 冒険者たちは手加減も出来たが、職人たちは我を忘れて暴れまわった。彼ら自身で負った怪我は浅くなく、それ以上に心が疲弊しきっていた。
 大坂は京都見廻組の管轄外でもある。調査協力を求め、実際この件に関わったのは自分たちとはいえ、本来は大坂奉行所の仕事だ。戻ってしまうと、また今度話を聞くだけでも手続きやらが関わって面倒になる。
 なので、京都に戻る前になるべく情報を仕入れておく必要がある。
「辛いだろうけど、何があったか話してくれない?」
 秋緒が宥めると、やがてぽつりぽつりと職人たちは隠れ里での生活を話し始める。
 各地から鬼たちに連れ去られ集められた職人たち。彼らはレミエラの為の硝子を作らされていた。
 隠れ里での生活は意外に優遇され、協力的である内は茨木によって安全が保障された。ただし、里から出る事は許されないし、刃向かえば人喰鬼の腹に入り、別の誰かがどこかから連れてこられる。その繰り返しだった。
 デビルはレオナールと言うらしい。
 茨木は常に里に居た訳でなく、たまにふらりと寄り付く程度。
 そして、先日。茨木どころか、鬼や配下の人間全てがどこかに消えてしまい、レオナールと彼らだけが残された。逃げる機会でもあったが、それも何かの策略かと思うと恐ろしく、レオナールの指示の元、硝子を作り続けていたらしい。
 ちなみに職人たちは人斬りについては知らなかった。茨木は試しとしてレミエラを持ち出す事もあり、恐らくその絡みで人斬りは件のレミエラを知ったのだろう。

 やってきた大坂奉行所の与力たちに職人たちを引き渡すと、一同は京へと戻る。
「あの人達が言っていた事は本当みたいだね」
 シャフルナーズは隠れ里を出る際、灰を持ち帰っていた。それを見廻組の伝手でアッシュワードが仕える志士に渡し、探ってもらう。
 職人たちが主に生活していた辺りはあまり目立った物は無かったが、鬼たちが中心に棲んでいた辺りのは、人を焼いた灰も珍しくなくなった。
「工房に完成した硝子は見当たらなかったです。多分、あのデビルが持ち去ったのでしょう」
 銀麗が唇を噛む。
「季武たちの方で茨木が接触。結構な数のレミエラを押収したようですが‥‥」
 貞光も難色を示す。
 職人たちも保護されるだろうし、硝子工房は念の為壊されるだろう。しかし、硝子を用意できるならまた新たに造る事もできる。
「イザナミの動きに合わせ、面倒にならねばいいがな」
 嘆息つく綱。余計な心配だと笑い飛ばせる者はあいにくいなかった。