採集決戦 〜栗名月〜

■イベントシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:36人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月11日〜10月11日

リプレイ公開日:2009年10月24日

●オープニング

 江戸の町は騒がしい。
 源徳家康が立った事により戦火は拡大。個々の思惑が深く絡み合い、解決の糸口は見当たらない。
 加えて、人以外の怪異も妖しき蠢動を見せ、闇に光にその影響をもたらす。
 降りかかる火の粉は容赦無く。巻き込まれるのを良しとしない者は地方に避難を始め、ぼろぼろと人が抜けていく。
 
 そんな最中に。江戸へ帰郷する者もいる。

「帰ったよー」
「お帰りなさいましー!!」
 小さなお山の天辺で、にこにこ顔で手を振る子供一人。その子供に滂沱の涙流してすがりつくのは、やたら露出の高い着物を着た結構な美女。
 そして、子供の背後には老若男女問わずどういう繋がりか分からぬ人々。その合間には二本足で立つ小さな兎たち。
 彼らは化け兎という妖怪変化。妖怪といっても人に化けるぐらいしか能が無く、中にはそれすら出来ない者も居る。
「やっと着いたー」
 ばたりと野に果てた少女だけは妖怪ではない。京都陰陽寮所属の陰陽師であり、名は小町。京にて化け兎を引き取っていた(一応)責任者である。
 人化けしても危害は加えなくとも、妖怪は妖怪。団体でぞろぞろ歩きまわられるのはさすがに陰陽師として見咎めるものがある。
 なので、小町は道中迷惑かからないように、引率をしてきたのだ。
「寮から経費出せたのはいいけど。船で来れば速いのに、暴れて乗船拒否するし!!」
「大きなお水嫌い」
 ぷいと横を向く子供は、周囲からうさと呼ばれている。ここらの化け兎たちを仕切る立場にあったらしい。
 今はその立場をうーちゃんと呼ばれる美女化け兎に譲り、自身は京都で活動していたのが、この度、いろいろあってお山に戻ってきた。
「皆から聞いたよ。お祭りできてないって」
「だ、だって。普段からどじで間抜けで慌て者で迂闊な私がお月様にお仕えする大役なんてとても無理ですぅ。お帰りになったのなら、このままお山のお世話に戻って下さい!!」
 じろりとうさが睨むと、うーちゃんは震えて泣き崩れる。
「だーめ。任せたんだから任されないと。今度ちょっとかけたお月様をお祭するから、ちゃんとやるように!」
「そんな! 欠けたお月様をどうお祭するべきか、私には分かりません!!」
「大丈夫。その為に、お婆を連れてきたんだから」
「え? そうなの!?」
 自信満々に手を引くうさに、小町が目を丸くする。
 だが、小町の姿を見るや、うーちゃんは途端に縮み上がって大きく距離を取る。木の陰から震えてこちらを覗う辺り、相当な人見知りと見た。
 仲間の兎が揃って嘆息する。
「いつもあの調子でのぉ。どうも頼りが無いんで先代戻ってきてくれんか?」
「いやいや。もう少し様子を見てもいいのでは」
「しかし、お月様に愛想をつかされては困るぞな」
 がやがやと周囲の兎たちも様々な意見を述べてくる。が、意見が纏まる様子は無い。というか、纏める気も無いようで、その内葉っぱも食べてのんびりし出す。
「よし、こうしよう! 今度やるちょっと欠けたお月様祭りには、栗をお供えするのが必要と聞いたから、供えた大事な栗を使って勝負して、勝った方の言う事聞く事!! それでどうだ!!」
 そこにすっくと立ち上がるうさ。なるほど、確かに適任というのはあるかもしれない。


「で。欠けた月――十三夜ね、の祭りでお山の管理をどっちか決める事になった訳」
 そして、冒険者ギルドにて。小町が事の説明をする。
「正直、あたしは江戸の様子を見て寮に報告する名目で出てきたから、このまま帰っちゃってもいいんだけど‥‥」
「む。うさは負けない。だから手伝えお婆」
「ずずるいです。ででも、うさ様に戻っていただく為にも、ててて手伝ってもらえないででしょううかかか」
「‥‥という訳で、なんか変に巻き込まれて帰るに帰れないんで、いっそ手伝って頂戴」
 隣で杵を振り上げ奮起しているうさに、戸口からそっと顔をのぞかせて訴えてくるうーちゃん。
 小町はぐったりと卓に突っ伏す。
 芋名月の十五夜を見て、栗名月の十三夜を見ないのは片見月で縁起が悪いというが、兎たちは欠けた月にはあまり興味をもてないようで、もっぱら関心は管理争いの栗勝負になっているようだ。
「でも、栗を使ってどう勝負するのです? 料理対決ですか?」
 首を傾げる係員に、小町は重く否定する。
「もっと簡単よ。うさとうーちゃんの陣営に分かれて、お互いにイガグリをぶつけ合うの。勝敗は‥‥その時のノリみたいね」
「それは‥‥ある意味怖い祭りですね」
 聞いた係員も顔を引き攣らせる。毬栗は結構痛い。大怪我にはならないだろうが、それでもイガが刺さると危険だ。
「「「「はっはっはー! 見たぞ聞いたぞ、馬鹿兎ども」」」」
「こ、この声は!!!」
 突如響いた聞き覚えのある声に、小町がさらに顔を引き攣らせで主を探す。
「山の管理も出来ぬとは。さすがは馬鹿の集団よ」
「お前たちには不相応という事だ。即刻出て行け」
「さもなくば、こちらとて容赦せぬぞ」
「毬栗投げ放題とは好都合! 馬鹿ども纏めて痛い目見せてくれよう!!」
 いつでもどこでも素っ裸。風に揺られてふーらふら。蚊に刺されても気にしない。秋風に震えながらも仁王立ちして高笑いする少年四人組は、やはり人間に化けた妖怪変化。正体は狸。
 以前から何かとうさにちょっかいを出してはぶっ飛ばされる仲だが、彼らの頭に『学習』の文字は無い。
「なんでアレがいるの?!」
 頓狂な声を上げる小町に、目を丸くしたのは係員で。
「え? 小町さんの船便で届いた荷物に入ってましたよ」
 彼らは京のとある寺に居座っていた。連れてきた覚えもなければ、その理由も無い。帰ってきた答えに、ますます目を丸くする小町だったが。
「ふ、教えてやろう、愚民ども」
「馬鹿兎をやっつける算段を思い立ち、屋敷に忍んだ所。置かれていた箱から何やら飯の匂いが」
「中に潜り隠れて食していると、そのまま我らは閉じ込められた」
「そのまま幾重にも縛られ、出るに出られず。そして気付けばここに居たのだ。何という絶妙な罠!!」
「「「「しかし、そのおかげで馬鹿兎を伸す好機を得た。これぞ我らの日頃の行い!!」」」」
 股間を突き出して笑う狸ら。
 その背後に転がるのは船で別送した小町の荷物。ただし、長持の蓋は開き、中身は空。
「それ! 江戸の人たちに配るつもりだった土産品!!」
「「「「うん、美味かったぞ」」」」
 悪びれもせずに頷く狸たち。ぶちん、と何かが切れる音がして、小町の手からサンレーザーが飛んだ。
「「「「はっはっはー。この程度でめげる我らでないぞ! 必ずや、馬鹿兎どもに目に物言わせてやるー」」」」
 黒焦げになりながらもめげる事無く、狸たちは何処かへと去っていく。
「‥‥戦で忙しい所悪いけど。活きのいいの何人でもいいから貸してくれない」
「あんたも大変だな」
 恨みつらみの篭った目で睨みつける小町に、係員はぽんと肩を叩く。
「む。馬鹿が来ても関係ないもん。うさは負けない!」
「あああああんなのどう相手にしていいのか。どうしようどうしようどうしよう‥‥」
 そして、さらに闘志を燃やすうさと、対照的に頭を抱えて塞ぎこむうーちゃん。
 事の顛末は周囲の冒険者たちも見ていたが、これに関わるか否かは個々の自由だ。

●今回の参加者

リーディア・カンツォーネ(ea1225)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ 暮空 銅鑼衛門(ea1467)/ ニキ・ラージャンヌ(ea1956)/ 結城 友矩(ea2046)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ ジュディス・ティラナ(ea4475)/ シャルロット・スパイラル(ea7465)/ トマス・ウェスト(ea8714)/ ラザフォード・サークレット(eb0655)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ サントス・ティラナ(eb0764)/ リアナ・レジーネス(eb1421)/ サラン・ヘリオドール(eb2357)/ ジークリンデ・ケリン(eb3225)/ 藤村 凪(eb3310)/ シルヴィア・クロスロード(eb3671)/ コンルレラ(eb5094)/ フォックス・ブリッド(eb5375)/ 朱 鈴麗(eb5463)/ 木下 茜(eb5817)/ アニェス・ジュイエ(eb9449)/ 瀬崎 鐶(ec0097)/ アンドリー・フィルス(ec0129)/ エルディン・アトワイト(ec0290)/ ククノチ(ec0828)/ ルザリア・レイバーン(ec1621)/ サリ(ec2813)/ 琉 瑞香(ec3981)/ パウェトク(ec4127)/ アマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)/ 齋部 玲瓏(ec4507)/ マルキア・セラン(ec5127)/ 村雨 紫狼(ec5159)/ レオ・シュタイネル(ec5382)/ 剛 丹(ec6861

●リプレイ本文

 さすが兎たちが月見する山だけあってか、空を遮る枝は切り払われ、綺麗に澄み渡った空が間近に見える。
 アンドリー・フィルスは手ごろな大樹を見つけると、その下に坐し、瞑想を始めた。
 中秋の名月は有名だが、続く十三夜を鑑賞する月見もある。
 前者を芋名月、後者を栗名月と呼び、どちらかだけを観賞するのは片見月として嫌われた。
 その話を、どこからともなく耳にした化け兎たちは、では自分たちも十三夜を祝うのだと張り切っていたが‥‥。
「合戦だー!」
「「「「おー!!!」」」」
 杵を振り上げ声を張る子供‥‥に化けた化け兎の元、老若男女問わずに化けた化け兎たちも声を上げ、化け方を知らぬ小兎も拳を振り上げている。
 月見というには物々しい。
 頼りない現山の主・うーちゃんと、前山の主・うさ。どちらが真に山の主になるのか、勝負して決めようというのだ。
「と、言うわけで不肖、余が決闘の立会人を務めるのだ! 双方共に、ウサギ道精神にのっとり正々堂々闘う事を誓うであるか!」
「「「「おー!!」」」」
 ヤングヴラド・ツェペシュに合わせて、兎一同揃って応える。‥‥もっとも、意味をどこまで理解しているかはちょいと不明。
 そんな騒動が起こりつつも、本来の月見を楽しもうと集った人達もいる。
「敷物もきちんと敷きましたし。ウサギさんたちも、こちらでお月見いかがですか?」
「ただし、このロープからこちら側はお月見用の場所。ここでは合戦は勿論、その他騒がしい事は絶対禁止!! だからね?」
「そうですね、もしお月見にまで被害が及ぶなら、メッですからね」
 景色のよい一帯に月見場所を設置すると、ジークリンデ・ケリンとサラン・ヘリオドールはよーく兎たちにも言い含める。
「「「「ふっ、この程度の紐で我らを阻めると思うな愚民」」」」
 言っても聞かない輩もいる。
 一帯いつの間に紛れていたか。全身素っ裸の狸四匹は何の躊躇も無く縄を跨ぎ、お月見用に作られていた料理へと突撃するが‥‥。
「「「「ぶべっ!?」」」」
 途中、何も無い空間で激突して、そのまま沈没。
「念の為の安全第一で、ホーリーフィールドぐらい展開してますよ」
 合戦の流れ矢防止の魔法に思いがけず大物が。単純なその行動に、琉瑞香が呆れた声を上げる。
「さあ、邪魔は放っといて。月見組はとりあえずみたらし団子はいかがでしょう?」
 リアナ・レジーネスは用意していた団子を振舞いつつも、邪魔な狸らはしっかりトルネードで巻き上げる。
 唱えるは超越クラスのトルネード。あっという間に、狸たちは空の高みへと消え、そして落ちる。
「まぁ、流れ星かしら?」
「大変。お願い事、早く書かないと☆」
 夜空に輝く四つの点に、サランがそっと手を合わせ、ジュディス・ティラナは月見用の短冊作りを急ぐ。
 流れ星狸らはそのまま地面に激突。衝撃で、朱鈴麗が対狸用に仕掛けていた籠を支えていた棒が外れ、中の毬栗がごろんごろんと狸を襲う。
「いたたたっ」
「おのれ、卑劣な」
「しかしこれしきの事で」
「殺られる我ら、ふぼ〜〜〜ッ!!」
 棘が刺さって痛がる狸たちに、鈴麗は火のついた枝を投げ込み、ウォールホールの経巻で穴を作って落す。
「それ、兎たち。毬栗でやっつけるのだ」
 鈴麗の指令で、兎たちはここぞとばかりに毬栗を投げ込む。
「「「「お〜の〜れ〜〜!! 覚えていろ〜!!!」」」」
 飛び上がった狸たちは、そのまま脱兎ならぬ脱狸で逃げていった。
「ちっ、逃げたか」
「小町さま、気持ちは分かりますが‥‥。お湯は栗を湯がくのに使いますから、戻しておいて下さいね」
 熱湯で一杯の鍋を掴んで歯噛みする小町に、齋部玲瓏がそっと声をかける。


 黙々と。
 ただ黙々と、瀬崎鐶は毬栗を剥く。
「そんな根詰めんでも。お茶でも飲んで、皆と喋りながらのんびり楽しくやってもええんよ?」
「そうそう。この蒸栗も実に美味しい。月も観賞するに値する。手を止めてみてはいかがか?」
 お茶を差し出す藤村凪に、ルザリア・レイバーンも空を仰ぐ。
 空を行くのは少し欠けた十三夜の月。だが、それは満月の時と遜色ない美しさがある。
「すまない。単純作業が楽しくて、つい夢中になってしまって‥‥。それにまだこんなにあるのだから、あまり休んでもいられないと思うのだ」
 鐶が示した先。栗は兎たちが集めてきたのだが、どこから持って来たのかと思うくらい、大量の山が幾つも作られている。
 それは月見会場からは少し離れた場所にも幾つか設置されている。用途は、補給である。
 お月見という風流な鑑賞会に似つかわしくない‥‥というより、結局はお月見とは全く関係ない騒動がそこでは繰り広げられていた。
「きれいな栗は料理用に使うのでこちらの桶に。‥‥剥いた毬も、戦に使うのでしょうか?」
 玲瓏が尋ねる間も無く。ひょいと入ってきた兎が毬を抱えるとそのまま戦場まで運び出す。
 ならば、これは別に取り分けておくかと開いた桶に運びやすいように毬を放り込む。その上で、流れ玉が来ないように火除傘を盾にするのも忘れない。

「ふふふ、童心に帰ってみるのもまたよし。ターゲット確認! 両手に装填! イガグリ・ファイヤー!!!」
 まるごとウサギさんを着込んだエルディン・アトワイトが小山から毬栗を次々と投げつける。
 うさ陣営とうーちゃん陣営。一応、二つに分かれていたが、開始早々両軍入り乱れ、なんだか適当にもう投げ回っている凄まじい光景。
 投げたエルディンに投げ返す兎たちもどっちに属するのか。投げ合っている内に山も崩れて、埋もれる者まで出てきている。
「はい、これでもう大丈夫。お月見前の勝負は大変でしょうけど、皆さん頑張って下さい」
 お月見会場は安全地帯。リーディア・カンツォーネ始め、怪我人や怪我兎を見つけてはそちらに収容し、丁寧な治療を行う者も多い。
 そうして手当てした兎は、もう十分と月見に回る子も居れば、また戦に戻る子もいる。 
「うさ殿もちびうさ殿もこうさ殿も‥‥皆、無理せぬ様に、な」
 治療が終わって跳ね回る兎たちを、ククノチが撫でながら励ます。
「合戦に戻らないなら、こっちでお酒でもどう? 欠けた月もなかなかよ。完全じゃないから惹かれ、その満ちた姿を想像し、想像なればこそ何処までも美しく映え‥‥っと、何か理屈っぽくなっちゃったわね〜」
 合戦を肴にアニェス・ジュイエはくいっと一杯。ほろ酔いで繰り出される声援に合わせて、合戦からは遠のいた筈の化け兎たちも元気に騒ぐ。
 どちらにせよ、騒々しい。
「すまない、この子の手当ても頼む。‥‥早くのんびりさせてもらいたいものだね」
 レオ・シュタイネルが兎たちを抱えて飛び込んでくる。肩を竦めながらも、表情は結構楽しげである。
 どうやら調理にまで手を回してられないようで。レオに笑って頷くと、ククノチは栗を入れた水桶を一旦シャルロット・スパイラルに託す。
「虫食い栗は塩水にも浮かぶか。確かにこれは易いな」
「焼き栗なら切れ目を入れておかないと、爆ぜて危ないですよ」
 浮かんだ栗は別に取り分け、シャルロットは沈んだ栗を調理。
 サリも小柄で切れ目を入れると火にくべたり、蒸して蜂蜜を加えて盛り付けたりと、料理に忙しい。


 えらいもので、『月見会場は騒動禁止』という言いつけを兎たちは基本的に守っている。
 あくまで基本的に、だが。
 弾みで玉が飛んでくる事はあれば、毬投げに夢中でそんな考慮がすっ飛んでる場合もある。手当たり次第投げられる毬栗はどこに飛んでいくか、よく分からず。
「そ〜れほ〜れ、うさもうーちゃんもがんばれー」
 パウェトクは軽く笑うと調子よく太鼓を叩いて敵味方無くどちらも応援。‥‥していたかと思うと、両手に毬栗を携えると、やはり敵味方無くどちらにも適当に投げ込む。もっとも、小さい兎たちには当たらないよう配慮している。
 しかし、投げられた側は当然反撃。どちらにも属さない相手に混戦模様は強まるばかり。
「邪魔をすると食わせてやらんぞ愚か者がああああ!!!!」
 シャルロットが一喝するも効果はあるのか無いのか。
 アッシュエージェンシーを使って毬を投げ込むが、元々攻撃は出来ない魔法。すぐに灰に崩れてしまうので、もうシャルロットも諦めて栗の目利きに精を出す。
「そういえば、そのうーちゃんさんが見当たらへんよぅやけど‥‥どこ行きはったんや?」
 虫食いで食べられない栗をペットの熊に上げていたニキ・ラージャンヌは、戦場をもう一度よく見渡す。
 黒の僧侶として何かと後ろ向きなうーちゃんの性格は気になるところ。
「この合戦、ネタで楽しませた方が勝つとみました! あたいの技、とくと御覧なさい!!」
「むー、亀には負けないもんっ!!」
 月を背に、半回転の捻りを入れながら飛び回り栗を投げる河童忍者の木下茜。
 見事な跳躍に対抗意識を燃やし、やたら元気に毬を放り投げるうさの姿はすぐに目につく。ちなみに、茜はうさの味方なのだが、その考えも小さい頭からはすっ飛んでる気配あり。
 しかし、もう一方の頭であるうーちゃんは、さっぱり姿が無い。
「やややや、やっぱり無理ですぅ。私にはできませーん」
 それもその筈。木の陰に隠れて震えるばかり。それにしても、人に変化したままでは図体がでかく、頭隠して状態でさっぱり隠れてなかったり。
「ここでビシッとキメとかねーといつまで経っても駄目ボスだぜ!! 一緒にがんばろーぜ。俺とマイ嫁ズでしっかり護衛させてもらうからよ!」
 人と兎と変人とペットたちの混戦模様は、天界では決して見られない。繰り広げられる光景に若干面食らっていた村雨紫狼も、風精と陽霊を伴いヤル気十分。
 もっとも、当のうーちゃんがさっぱりではどうにも締まらない。
「本当に、人事とは思えないです。あ、あの。い、一緒に頑張りましょうっ。その格好では何ですから、衣装を御貸ししますね。私は調理道具のお鍋を頭に被って、さあいざ出陣‥‥」
 シルバーコートと戦扇子と手にして、合戦場を示すマルキア・セランだが。飛び交う毬栗に恐れをなし、腰が引けている。
「大丈夫でござる。取り出だしたるはこちらの毬栗。オーラパワーで強化した優れ物。さらにこの内の一つは達人級に丹精込めて念を入れさせてもらったでござる」
「余計に怖いですよ。投げ返されたらどうするんですか〜」
 笑みを浮かべて、ほい、と結城友矩は気軽に手渡すも、マルキアはさらに恐れて震えるのみ。そんなやり取りを見てうーちゃんはますます怯えて引きこもる。
「けひゃひゃひゃひゃ。まだ気の弱いままかね〜? また、また『ぴーとなってがーんとなってああなった薬』を頼るかね〜?」
 西海と名乗ったトマス・ウェストととってもよく似た雰囲気を持つ人物は、黒い雰囲気を全身から発して、丸薬を差し出す。
「あ、あの‥‥。薬はいいですから、その子を離してあげて下さい」
 諸事情で付けているクラウンマスクをうーちゃんにだけ見えるように外し、頭の上には何故か子兎。
 うーちゃんにとっては知った顔だったのか、さらに顔を引き攣らせている。涙目でお腹を押さえながら、泣いて子兎の為に懇願する。
「うむ。安易に薬に頼らなかった君に先生を用意してある〜。彼だ〜!」
 西海の紹介によって、颯爽と彼は登場‥‥しなかった。
「す、すみません。つい反射的に!!」
 毬栗で結界が破られる事は無いが、治療目的などで結界の外まで出なければならない。
 ま、そこは腕に覚えのある冒険者。各々、降りかかる火の粉ならぬ栗の毬は的確に払いのけている。
 兎に棘抜き治療を施したシルヴィア・クロスロードもその兎に栗を渡して見送る際に、どこからともなく飛んできた栗毬を銀のトレイで打ち返していた。
 跳ね返った毬栗は見事に近くの誰かに当たり、打ち所が悪かったか引っくり返っている。
「‥‥その兎面、まさか陸堂殿!?」
「ち、違うぞ! 陸堂とか言う人はお星様になったらしい! 私は愛と砂糖の守護神、兎耳大明神推参! 気軽にジョニーと呼んでくれ☆」
 がばりと跳ね起き、格好をつけるのは桃色の兎面をつけた陸堂明士郎‥‥にとてもよく似た兎耳大明神こと愛称ジョニー。
「星になった‥‥。つまり、さっき飛んでいった狸たちが陸堂某だった訳ね!!」
「意義あり!! それは明らかに邪推に基いた曲解に過ぎない!!」
 納得して手を打つ小町に、ジョニーからすかさず訂正が入る。
「まったくだ。素敵な我らがさような面妖なモノとは不愉快至極」
「ところで、陸堂某とは一体なんぞや」
「ナニガシと付くからには、菓子の一種だろう」
「おお、さすがぽん菓子。頭がよい」
 和やかに笑う素っ裸の少年たちは、言わずとも正体が知れる。
「変態は何があっても蘇ると思っておったがやはりか」
 顔を顰める鈴麗に、自信満々に胸を張る狸たち。
「「「「ふっ、逃げたと見せかけ油断した所をもう一度現れる奇襲作戦! 油断しきったお前たちを今日麩が襲う!!」」」」
 一通り笑った後、おもむろに桶一杯の麩を投げつけようとする狸たち。
「なんの!! そうはさせんのぢゃ!!」
 その狸たちに向かい、その狸にそっくりな素っ裸の少年が毬を素早く投げる。さくっと刺さった毬に、眉間から血を流す狸。
「なっ! あやつ、ぽん栗にそっくりだ!」
「まさかの五体目?」
「しかし、我らに攻撃するとは。とすれば兎の仲間か!!」
「それもこうして混じってしまえば、誰だったか分かるまい!!」
「くっ! なんと卑怯な」
 素っ裸の少年たちがわいわい言い合う姿は妙としか言いようがなく。
「‥‥もうぽん陸、ぽん堂、ぽん明、ぽん士、ぽん郎が五体揃って陸堂明士郎でいいじゃない。星になったんだし」
「そのお話は、兎大明神さまが酷く嫌がっておられるようですが‥‥」
 面倒そうに纏める小町に、シルヴィアがメイド衣装を気にしながらジョニーを示す。
「待て、崇高なる狸に戻れるのが我らという事だ」
「「「よーし、それでは狸に戻るのだ!!」」」
 ふと気付いた一匹が告げると、残り三匹も狸に戻る。一人だけその姿のままで動かない。
「変化した姿に人遁の術で化け、同士討ちを狙おうとしたが、存外やるのぉ」
 変化したまま、剛丹が狸らに笑う。
「素っ裸までまねる事はないと思いますが」
「む。やっぱり狸。成敗」
 ジト目で睨む茜に、うさも毬栗を構える。
「それも奴らの油断を誘う為。仕事柄わしもいろんな人物に化けるが、だからと言うてアレと同列にはされたくないのぅ」
 悪びれもせずに丹は笑うものの、さすがに狸らを見る目は奇異に充ちている。
「「「「は〜はっはっは。我らの結束を見たか! 貴様らなんぞ一ひねりにしてくれる」」」」
 その狸らは危機を切り抜けた事で調子づいた様子。上機嫌でぽこぽん踊りを披露している。
「訳が分からん。銅鑼衛門さんに呼ばれただけで、一体、どこにどう加担すればいいのかもよく分からん。とりあえず、狸は倒して構わんのだろう?」
 大雑把にオルステッド・ブライオンはそう判断すると、手近で狸と思しき者に手にした毬を思い切りぶつける。
「ノ〜〜〜〜。ミーは狸ではない! 江戸の町の猫型冒険者、どんな問題、募空銅鑼衛門! でござる!!」
「違った? ではこっちか」
「うぬぬぬ! そこのハレンチと一緒にしないでホスィね」
「いやまぁ、似てるというか外見そっくりだし」
 暮空銅鑼衛門と同系列に扱われ、サントス・ティラナが憤慨する。
「それもこれも奴らのせい‥‥。ポンポコ〜ズとドラポンタンはフルボッコアル〜! ユーはミーを怒らせた!! ボ〜ズゴ〜ルド、ここに参上アル〜!!」
 ばっと衣服を脱ぎ捨てると、褌一丁で格好を取るサントス。
「血が! ミーの血が何故か疼くでござる! ミーは、化け狸どもと決着をつけねばならぬ気がするでござる。やあやあ我こそは募空銅鑼衛門! いざ尋常に勝負でござる!」
 悶えた銅鑼衛門も狸らをきりっと睨んで決める。
「きゃー、パパたちがんばって☆ うーちゃんを助けてあげてっ☆」
 そんな二人の見せに、短冊がついた笹を振って声援を送るジュディス。
「うーちゃんとやら。人も兎も運命には逆らえんのだ。時には受け入れる事も必要。――この風、この香り、これこそお月見! 見よ、ウサミミばすたー!!」
 陶酔していたジョニーは、サントスを掴むと力の限りに投げつける。
 狙った先には狸ら四体。浮かれて踊っていた狸らは、大物を避けられず、一緒くたにすっ転ぶ。
「くっ、ジョニーとやらばかりに見せ場を取られてなるものか。TPOの空より来たりて! 大地の力を身に纏い! うさ耳のリュー! 此処に惨状!!」
 月光を背に、グリフォンから颯爽と飛び降りたるはラザフォード・サークレット。ラビットバンドのウサミミ揺らし、毬栗を投げつける。
「なんの! そう何度も当たって‥‥ぬぉおおおお〜」
「「「おお、ぽん垣」」」
 狙われた狸はひょいと毬栗を避けたが、その途端、飛んで行った筈の毬が空中で止まって戻って刺さった。勿論、そんな投げ方普通に出来る訳なく、元からサイコキネシスで操っていたのだ。
「あああ、わ、私はどうすれば‥‥」
 呻く狸たちに、ますます顔を蒼くして震えるうーちゃん。
「仕方ないですね。可愛い兎さんを怯えさせるなど。おとなしくしていてもらいましょう」
 フォックス・ブリッドの投げる毬は狸らの急所を打ち付ける。防御もせずにおっぴろげでふらふらしているとはいえ、的確に容赦無く打ち込まれる攻撃には、狸らは元より周囲の男性陣も恐怖する。


「それまで! 勝負あったのだ!」
 戦況を的確に見極め。ヤングヴラドが声を上げる。
 飛び交う毬栗ぶんぶんぶん。
 兎が跳ねれば、魔法が応える。
 早々と乱れた両陣営は、個々に手を組んだり栗を投げあったり茶を啜ってたり。
 続けた所で、グズグズの泥仕合が長引くだけと、ヤングヴラドは判断して戦を止めた。
 とりあえず、狸が地に沈み、狸に似た奴らが巻き添えで倒れている。もう十分だろう。
「さあさあ、いつまでも敵対しあって‥‥るようには見えませんね。皆仲良く今度は中の栗をどうぞ」
「喉渇いたやろ? 粗茶で口に合うか分からんけど用意してあるで」
 葉っぱのお皿に蒸栗焼き栗。綺麗に盛り付け振舞うサリに、凪も茶を注いで回る。
「で、‥‥この凶甘な甘露煮はやっぱりあなたの仕業で?」
「嫌やわ。普通の栗善哉ですやん。甘さも控えめにさせてもろたけど、美味しい出来てますわ」
 小町が指摘する栗の甘露煮としか思えない善哉を、ニキは躊躇も無く口に運ぶ。
「ところで、狸さんたちははどうしますか?」
「捨てておいていいわよ」
「分かりました」
 毬の山に埋まった狸らを困った顔で見ていたリーディアだが、小町に言われてあっさりと見捨てる。
「ようし、皆でお月見だー!!」
「「「おー!!」」」
 うさの掛け声とともに、化け兎たちが一斉に歌って踊って餅を搗きだす。
 兎たちの歌に合わせて、サランも舞を一指し。宴に花を添える。
「美を愛でながら酒を呑むのは良いものですね。――ささ、ぐぐっと」
「ありがと。しかし、さすがにこの時期は寒いわね。ほら、もうちょっとこっちおいでって、あんたたちはまだ早いの」
「甘酒もありますよ。こちらはいかがですか」
 歌に合わせて調子をとりながら、エルディンはワインを振舞って回る。受けるアニェスは、毛布代わりの子兎たちから盃にちょっかいをかけられ、ジークリンデが代わりの杯を差し出す。
「ところで。けっきょく勝敗はどっちになったの?」
「それはとうぜんうーちゃんの勝ちです。我らの尽力もありますが、元々やれば出来る子なのですよ」
 皆からかなり外れて震えていたうーちゃんに、フォックスはにこやかに礼を取る。
「私の‥‥勝ち? じゃ、じゃあ。お山の護りはうささまですね!!」
 目を輝かせて主張する姿は、多分、初めての笑顔では無いだろうか。
 期待を込めた眼差しに、うさの方が渋っていたが。
「むー、しょうがない。じゃあ、うーちゃんはお月様の普及にがんばるということで。お婆、よろしく」
「え?」
 それでも、認めざるをえなかったのか。
 渋々と不穏な言葉を吐き、ぽんと小町の肩を叩いた。


 栗投げが終わり、幾分かの静寂を取り戻す。まだ、月見で騒がしさはあるが、先の比では無い。
 喧騒の最中であっても微動だにせず、瞑想を続けていたアンドリーは目を開けた。
 欠けた月の美しさにしばし酔いしれていたが、
「ぷはぁ。何するか、あの愚民ども」
「下種のやる事とはいえ、えぐいぞ、泣くぞー」
「でもちょっとカ・イ・カ・ン」
「もう、ぽん梨ってば、お茶目さーん♪」
 埋もれていた狸らが顔を出す。すっくと立ち上がると、やたら立派というか巨大というか、単に晴れ上がって痛々しい玉を張り、微妙な声で兎たちのいる宴会場を指刺す。
「「「「しかし、これで勝ったと思うな。腹が減ったから一旦帰るが、我らはいつでも挑戦を受ける!! けっして逃げる訳ではないぞー」」」」
 そして走り去っていくが、
「「「「ぎゃああ!!」」」」
 届いた悲鳴も恐らく宴には届いていないだろう。
 投げられた毬は、撒きびしの如くに散らかったまま。人化けした足にはよく刺さろう。
 後片付けはきちんとしておかなければ、と思うも、今それをやると宴の邪魔にもなりそうで。もう少し待つかと、アンドリーはまたしばしの瞑想に入った。