【播磨・姫路】 邪竜復活
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:20 G 63 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月13日〜10月27日
リプレイ公開日:2009年10月31日
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●オープニング
出雲より復活した黄泉人の軍勢が日本を席巻する。
すでに京より西側の国はほとんど死に絶え、動くモノは死の眷属ぐらい。
首魁・イザナミは丹波へと移り、京へも手を伸ばす。
京都は攻めるに易く、守るに難い。その不利にもめげる事無く、死に抗す。
播磨国は丹波の西に接する。その他接する北部の国の大半は死に呑まれており、いかに大国といえど陥落は時間の問題と思われた。
けれど、そろそろ一年経とうという今になっても、かの国は蹂躙を免れている。
それというのも。
「一番隊、三番隊、進め! 五番隊は山を迂回し後方を突け。相手は腐れ頭のでくの棒だ! びびってんじゃねぇ!!」
筋骨隆々、褐色の肌のたくましい男は、荒々しく兵士たちに激を飛ばす。
ただの男で無いのは見た目で分かる。武装した侍たちの頭上に浮かび、人だけでなく魑魅魍魎すらも自在に動かす。時折、死人からの矢が飛んでくるが、素肌を射抜く事無く跳ね返されている。
羅刹天。仏教において天部十二天の内、西南を司る護法善神とされる。
播磨は魑魅魍魎と手を組み、黄泉人に抗い生き延びる事を選んだのだ。
姫路には妖怪を統べる長壁姫なる妖怪がいると言われていたが、民の内では半ば与太話であった。それが、黄泉人襲来以降姿を現し、彼を召喚したのだから驚きだ。
もっとも、裏を知る姫路中枢の者にとっては、単に奴が変化を解いただけとすぐに知れたが。
播磨は大国。元々兵の数はかき集めればそれなりになったが、羅刹天は民にも自ら立ち上がる事を説き、一気に戦力をあげた。
配下の羅刹女を始めとする魑魅魍魎も各地に配され、人以上に重要な戦力となっている。
「羅刹天さま。十番隊より急報が。北の守りを破り、妙な人間が入り込んだとの事」
中に浮かぶ羅刹天の隣に、おなじく女が宙に陣取って礼を取る。
「妙な?」
「はい。生きた人間ですが、何やら気配が尋常で無く」
女の態度もまた困惑していた。
●
「播磨の大将はあいにく臥せっている。俺が代わりに聞いてやる。話せ」
姫路城の謁見の間。
播磨の統治は各藩が行えど、中でも中核を為すのは姫路藩。その藩主・池田輝政を中心に軍政を布いていたが、体調の悪化に伴い、今は完全に羅刹天が掌握している。
傲慢に言い放つ羅刹天の周囲、姫路の家臣たちが殺気立った目を向けるが、場を荒らす事を良しとせずただそれだけに留まった。
「私はツマグシ。出雲から参りました」
そんな空気を解する余裕も無いのか、少女・ツマグシは真剣な口調ではっきりと告げた。
「出雲? あそこは最早死者の国だ。よくお前は生き延びていたものだな」
懐疑たっぷりに揶揄する羅刹天に、一瞬ツマグシの言葉が詰まる。
「私の一族は代々出雲にて埴輪造りを行っておりました。黄泉人復活のおり、我が村も襲撃を受けましたが、その埴輪造りを目に留めたクシナダ様から、配下に下るなら生かしておくと告げられ‥‥」
「はっ。それでおめおめと言いなりになって、ゴーレム造りか。壊せど壊せど、どこから埴輪を持ってくんのか不思議だったが、得心言ったぜあの女」
死人や幽体の他、クシナダは姫路攻略に度々ゴーレムを用いた。
ゴーレム製作は特殊な技術になる。日本では埴輪を始め無い訳ではないが、それでも珍しい部類に入る。そう気軽に用いられるものでもない。
「てめぇらの造った埴輪でこちとら何人死んだか。そこにのこのこやって来るたぁいい度胸だな」
嘲りと共に羅刹天が笑う。辛辣な言葉に少女は俯き、それ以上に周囲の家臣たちは羅刹天に批難の目を向ける。
確かに埴輪によって命を落とした者がいる。しかし、埴輪の行進を食い止める為に交戦する人々ごと敵を一掃するのも羅刹天のやり方だった。
「お怒りは当然。それでも、お知らせしたい事柄があり、恥を忍んで参りました。‥‥まずは、これを御覧下さい」
ツマグシは、おもむろに長い手の先まで隠していた袖を捲る。年相応の細い腕には、びっしりと鱗が生え揃っていた。
「それは!?」
家臣たちはおろか、羅刹天すら目を剥く。
「私の村に代々伝わる話です。遠い昔、竜の骨で作られた恐るべき埴輪が各地を暴れました。やがてその埴輪が止められた折、我が祖先は再び動き出さぬよう埴輪の一部を盗み出し、自ら飲み込んで世から消そうとしました。以降、子孫にはこの竜紋が浮かぶようになったと言います」
過去の出来事を詳しく知る術は無い。こうして紋様が浮かぶとはいえ、話の真偽自体は村の者たちとて半信半疑だった。
しかし、意外な所から事実だったと知らされる。
「元となった竜骨の一部を‥‥クシナダ様もお持ちだったのです」
恐らく竜紋の意味を悟り、埴輪造りの他、一族に溶け込んだ竜骨を手元に置く意味でも敢えて生かしておいたに違いない。
ただ、竜骨を持っていたからと言って、それがどうなる訳でもなかった。クシナダ自身にも扱い兼ねたのだろう。それがここに来て事情が変わる。
「播磨の国攻略に手を焼いていたクシナダ様は‥‥、その竜骨を用いる事をお決めになりました」
過去に各地を暴れた素とは言え、手元にあるのは一部でしか無い。ならば、叶う限りの部分を集め、後は他の骨で代用しようというらしい。
叶う限りの部分。それは勿論、ツマグシの一族も含まれる。そしてそれは生きていたままでは手に入りそうにない。
死を覚悟した一族は、まだ若く、そしてもっとも竜紋が強く出ていた彼女だけを何とか逃がした。
そうして彼女は危険を知らせに、播磨まで死人たちを掻い潜ってどうにかやってきたという。
「すぐに攻め込む為か、工房は出雲ではなく近くに新たに作られました。その為、私もどうにかこうしてここまで来る事が出来ました」
造られる竜骨ゴーレムは、一体どんな物になるのか‥‥ツマグシは勿論どうやらクシナダすら予測不可能のようだ。案外、動かずすぐに壊れる可能性もあるが、桁違いの性能を誇る可能性もある。
「工房は近いと言ったな。案内は出来るか」
「え? はい。詳しい道筋は分かりませんが‥‥何となく気配を感じるのです。しかし、近いと言っても隣国の山中。おそらく直線で行ってもここからまる二日はかかると思われま‥‥きゃあ!?」
答えていたツマグシの腕を乱暴に取り上げる羅刹天。
物のように扱いながら、その鱗腕を眺めていただが、
「おもしろい。その竜骨とやらを直に拝ませてもらおうか」
にやりと笑う表情は、凶悪な形に歪んでいた。
●
そして、冒険者ギルドに播磨より火急の知らせが入る。
「竜骨のゴーレムとやらを検分すべく、羅刹天らは動くつもりだ。だが、奴らだけを行かせるのは何やら信用ならぬ。我らは国の防衛の為、身動きままならず。代理の戦力として、主たちに連行してもらいたい」
工房には、ゴーレム製作の為、クシナダやその配下の黄泉人も巣食っている。守りは厚く危険を伴うが、情勢を変える好機でもあった。
●リプレイ本文
「ああ、もう。大物デビルがいて、牛耳られている国がそこにあるのに、『それどころじゃない』なんて」
姫路を‥‥播磨国を事実上統括しているのは羅刹天。けして下位とはいえないデビルが、倒れた姫路藩主に代わり、裏に表に采配を振るっている。
ジーザスにとってデビルは忌むべき存在。神聖騎士であるセピア・オーレリィ(eb3797)にとっては、苛立たしいばかりだ。
しかし日本の信仰ではそんな区分は無いし、場合によっては新興宗教になるジーザスの方が胡散臭い目で見られる。
なにより。今の日本にとって脅威なのは死の軍勢――黄泉人たち。
「長らく訪れることができませんでしたが。まだこの地が黄泉の軍に落とされずにいるのが、何よりの幸いです。さて、一つ一つ問題を片付けなければ」
とはいうものの、ゼルス・ウィンディ(ea1661)とて気は重い。
そんな播磨国に助けを求めて来たのが、黄泉人に捕らわれていた少女・ツマグシ。
クシナダが彼女の一族を使って作ろうとしているゴーレムに関心を示し、羅刹天は国を空けようとしている。それを好機と見たゼルスは性空上人とどうにか連絡をとった。
姫路にはロー・エンジェルである性空が存在している。しかし、和解を模索する性空は、協力的と言うには微妙な所。
捕らわれた魂の回収を願いはしたが、性空はあくまで羅刹天の方から改心して返してくれるのを待つ所存。
護衛の白狼天狗たちはその意見に異を唱えたが、回収自体にも乗り気でない。デビルにとって、魂は貨幣にも似た品。羅刹天とてそういつまでも一箇所に留めておくとは思えないとの事だ。
「とにかく、今は黄泉の勢力をどうにかしないと‥‥」
セピアの呟きは、しかし、力が篭っていた。
●
クシナダの工房までは、およそ二日の距離。碌な移動手段を持たないツマグシの言なので、羅刹天や冒険者たちならもう少し早くつけたかもしれない。邪魔さえ無ければ。
「期待はしていなかったが、どうにも効果が信用できないな。ちゃんと働いているのか?」
オラース・カノーヴァ(ea3486)は混元旛をジト目で睨む。
播磨を離れるにつれ、状況ははっきりと変化していく。
生者の世界から死者の領土へ。空を行く月陽の巡りが無ければ、ここは地獄かと思える程荒廃している。動くモノはあるが、その命はすでに無い。
避ける為に気配を消して移動するも、相手の方が格段に多い。生気に惹かれて集まってくる。
冒険者たちが移動を阻まれても、我関せずで羅刹天は先を行く。元より、羅刹天が冒険者たちの同行を願った訳ではない。
ただ、彼らとてすんなり進める訳ではなく。
「面倒臭ぇな。てめぇが死んでくれたらちっとは楽も出来るんだが」
「すみません」
命の無いデビルに向う死者がいるのは、彼と共にツマグシがいるせいか。
それでも、冒険者らに集る死者たちの方が多いので、置いて行かれない様必死で応戦してついていくのみ。
「でも、あの山の頂にある古城がクシナダさまの工房です」
ツマグシの指す先には山の斜面を這うように作られた城が見られた。
適度な広さがあり、古びたとはいえ堅牢な壁もあったので守り易い。
「そこを死者どもがうようよか。はっ、おもしれぇ」
言うや、羅刹天は真正面から向おうとする。
「待って下さい。中の様子を探らないんですか? 乗り込むにせよ、あの城ならば上空はがら空き。高度を上げての強襲などは考えないのですか?」
「やりたきゃ勝手にやんな。どの道、こっちの接近はばれてるだろうし、狙い撃ちにされるだけだぜ」
マグナス・ダイモス(ec0128)にも鼻で笑う。
死人憑きならば地を這うばかりだが、霊はそうではなく、陽の光にも屈せず宙を飛び交っている。黄泉人ならば風魔法にも通じる。どさくさでレミエラも手に入れているらしく、何をしてくるか分かったものではない。
「だから、わざわざ地を這う様にここまで来たのか?」
「枯れ木でも身を隠すぐらいはしてくれるからな」
呆れる磯城弥魁厳(eb5249)に、羅刹天は軽く応える。歩くよりは速いと宙は飛んだが、高度を取る事は無い。
瘴気に塗れた木々は全て立ち枯れている。確かに上空に行くほど遮蔽物が無く目立つ。もっとも、地上で死人憑きも相手にしながら進むのとどっちがマシか。
「とにかく、内情も分からない所にいきなり乗り込む必要もないじゃろ。まず、わしが乗り込み、情報を得てくる。貴殿にも悪い話ではなかろうて」
魁厳の説得に、羅刹天は興味の無い素振りを見せていたが、
「まあいいさ。こっちの邪魔でないならな。もっともただで済むとは思えんがな」
にやりと笑い指し示す。
早々と気配を察した死人の軍勢が歓迎に這い出てきていた。
●
城から吐き出される死人の群れと羅刹天が交戦。
そのどさくさに紛れて、魁厳は城への侵入を果たす。
ゴーレムを作る場所は新しく作ったのだろう。一際目立つ大きな建物に魁厳は忍び込む。
「生者の呼吸があるぞ! ここまで入り込んだか、曲者め!!」
「めざといのぉ。しかし、ここまで来て手ぶらで帰るのも癪じゃわい」
黄泉人の目が隠れていた筈の魁厳を睨む。
疾走の術で素早く駆けると、亡者を躱して仲間の元へと戻る。
『竜骨ゴーレムとやらはまだ未完成。しかし、この騒ぎを鎮めに起動させようと躍起になっておるわ』
見た情報を、魁厳はテレパシーリングを用いて仲間に知らせる。
『あの、他の皆は‥‥一族の者は!?』
『‥‥残念じゃが、恐らくは』
そっと届いたツマグシの思念は偽り無く仲間への思いだけだった。
ただ朗報をもたらす事は出来なかった。工房の凄惨さなどから、人の気配は無いと見た。
「ツマグシがいるぞ! 生死は問わぬ、早く持ってこい!!」
めざとく見つけた黄泉人が声を張り上げる。従う死霊もいれば、本能だけの死人憑きもいる。どちらにせよ、生者に群がろうとするのは必須だが。
「そんだけ焦るって事は、何かあるのか。‥‥おもしろいじゃねぇか」
「それは貴方にも言える事。竜骨と聞いて目の色を変えるなんて、やっぱり冠なの?」
「さあな」
興じる羅刹天に、セピアは敢えて大声で告げる。相手は高らかに笑うと、ツマグシを抱え死人の中に突っ込んでいく。
「ちょっと、本当に特攻する気!?」
「知るか、てめぇらはてめぇらで勝手にやれよ。蹴散らせ、羅刹女ども!!」
焦るセピアに我関せず。羅刹天が命じると、羅刹女たちがブラックフレイムで死の瘴気を撃ち抜いていく。
元より低級アンデッドに留められる相手ではない。
「勝手な真似を。どうする」
マグナスが尋ねるも、答えは決まっている。
「奴にとって、こっちが勝手に付いてきているだけだからな。だが、依頼人から監視を仰せつかっている以上、離れる訳にはいかない」
言うが早いか、オラースが羅刹天の後に続く。
羅刹天が特攻で道を切り開いてくれるなら、それも結構。新手が道を塞ぐ前に、すかさずそこに飛び込んでいく。
●
工房の中に飛び込む羅刹天たち。続いて、ツマグシの悲鳴が上がった。
わずかに遅れて飛び込んだ冒険者たちも、その意味を悟る。
「各地を暴れた程の埴輪――ゴーレム。大きさもそれなりで、ならば修繕に相応の時間もかかるとは踏んでましたが‥‥」
ゼルスが渋面を作る。
土の埴輪や鉄の埴輪に比べて一際目立つその異形。歪な蜥蜴の骨格標本のような物が聳え立つ。
西洋でならドラゴンを目にする事もあろうが、これに肉付けしてもその姿になるとはあまり思えない。それもその筈で、よく見えればそれは無数の骨を組み合わせているに過ぎない。
使われているのは恐らく人骨。工房内、解体された人間が整然と並べられている。
外は乾いた死の臭いに充ちていたが、ここはまだ生きていた気配を残す腐臭が立ち込めている。
「連れて来てくれてありがとう。その子を大人しく渡して頂戴。さもないと‥‥」
少女のような黄泉人・クシナダが手を上げる。途端に、周囲の埴輪たちが蠢き出した。
力付くでもツマグシを奪うつもりだ。
「ああ、いいぜ。ほら走れ!」
羅刹天はあっさりとその背を押すと、ツマグシは訳が分からないといった表情で駆けて行った。言霊の魔力だ。
「何を!?」
声を荒げた冒険者は元より、渡されたクシナダも不可解な表情で羅刹天を見る。
「さっき冠がどうとか聞いたな。ぶっちゃけ知らん。こうして間近で見てもよく分からん。ただ可能性があるなら、例え微々たる差でも完成に近付けたいと思うじゃねぇか。違ったとしても、殺り合う楽しみが出来るだろ?」
羅刹天の笑みに喜悦が浮かぶ。羅刹女たちの嘲るような表情からしても、端からそのつもりだった訳か。
「何か分かんないけど。邪魔をしないでくれるなら、別にいいわよ」
怪訝そうにしながらも、クシナダは都合のいいように納得し、ツマグシに手をかける。
「「!!」」
魁厳とマグナスの姿が瞬時に消えた。
微塵隠れによる爆発が起こり、魁厳はツマグシを庇う位置へ。
パラスプリントで飛んだマグナスは即座にジャイアントクルセイダーソードを振るった。
「きゃああああ!!」
さっくりとクシナダが裂ける。もつれた足で後退したクシナダは、竜骨ゴーレムにぶつかって逃げ場を失う。
周囲の黄泉人は急の事で対応出来ていない。埴輪たちは命じられなければただの物。
マグナスは止めを刺すべく歩を進めたが、その顔にぱらりと破片が当たった。
「危ない!?」
はっとして顔を上げると、竜骨ゴーレムが倒れてきていた。考える間も無く、高速詠唱で離脱する。
轟音と共に粉塵が工房内に巻き上がる。
「姫さまー!!」
黄泉人たちの絶叫が響く。
「こちらは‥‥皆、大丈夫ですね」
砂塵で視界を塞がれる中、ゼルスはブレスセンサー。冒険者とツマグシの呼吸を確認する。
「安定の悪い巨体が、ぶつかった弾みで倒れた?」
「違うな。よく見ろよ」
埃に咽るセピアに、羅刹天が面白そうに告げる。やはりこちらも無事だったか。
示唆されるままに、ゴーレムが置かれていた場所を見る。
そこには崩れた巨体があった。粉塵が収まるにつれて、それはゆっくりと起き上がり始める。
「まさか、完成していた‥‥訳じゃあないな」
オラースの視界に黄泉人も映る。彼らもまたどこか呆然と動くゴーレムを見上げている。
首を擡げたゴーレムは冒険者を見つめる。正確には、魁厳に助けられて気絶しているツマグシを。
「うぉ!!」
動きは突然だった。鋭く刃物のように削られた歯をむき出し、ゴーレムが噛み付いてくる。
疾走の術を用いて工房の外へと必死で逃げる魁厳。人一人抱えていては、反撃もままならない。
外に出たら出たで、律儀に待っていた幽霊亡者が待ちかねていたように群がってくる。こうも数があるとうっとうしい。
「何か知らんが、友好的な物で無し。不利になるなら、とっとと壊すに限るってな」
工房は大きく作られていたが、あの巨体と暴れるには狭すぎる。
ツマグシを追って外に出た所をオラースはペガサスに跨ると、轟乱戟を構えて突進する。
軽やかに砕ける骨の音。続けて二撃目をという時に別方向から邪魔が入った。我に返った黄泉人たちが、魔法を撃ってきたのだ。
「邪魔だよ!!」
纏めて衝撃波を飛ばし、刻む。それに満足する間も無く、空を切る重い音がして黄泉人たちが薙ぎ払われた。
ゴーレムの尾だ。
「こいつ、敵味方関係なしか!?」
「どうせ脳はがらんどう。知性がどこにあるのか疑わしいですね」
ペガサスで上空に逃げたオラースに、マグナスが答える。
パラスプリントでゴーレムの背に回ったマグナスは、人程ゆうにありそうな太さの背骨に刃を打ち付ける。
ゴーレムが悲鳴のようにきしんだ音を上げる。
「妙に刃が通る‥‥。もしやゴーレムではなく、アンデッドなのか?」
スライシングの他に付与しているオーラパワーは、アンデッドにさらに効果をもたらす。
その呟きが聞こえたか。羅刹天が鼻を鳴らす。
「今までどうやってたかは知らねぇが。この瘴気の中で大量の死体を組み込んだんだ。起き上がりたくなる気持ちも分かるってもんだわな」
暴れるゴーレムに立ってはいられず、マグナスはフライで宙に逃げたが。
「何?」
巨体が突然の強風を纏う。
煽られ、マグナスは体勢を崩した。ぐるりと歪に反転した首がむけられると、一直線に伸びる雷が身を撃ってきた。
弾き飛ばされて落ちる。もっとも、防具で守られ怪我は無いが。
「そして、こっちがあくまで本命かの!?」
落ちたマグナスには目もくれず、ゴーレムアンデッドはツマグシに迫ろうとする。
アンデッドならば好都合。魁厳は日本刀・姫切を構え微塵がくれで相手の懐に飛び込もうとしたが。
不意に、ゴーレムの動きが止まった。
不自然なその行動を警戒し、身構えたまま冒険者らは次の動きを見守る。
ゴーレムは生者も死者もいないように、虚ろな目を四方に向けると、いきなりあらぬ方向に走り出した。
「今度は何だってんだ!?」
「向こう。よりによって東か。播磨、摂津、丹波‥‥山城。生気の多さに勘付いたのか? 面倒じゃの」
不快さを隠さないオラースに、陽の位置を見て、魁厳が顔を顰める。
「人里に辿りつく前に、撃破すればいいだけの事です」
言って、ゼルスがフライングブルームネクストを取り出し、追いかけようとする。その彼に向かい、黒い炎が被弾した。
「おいおい。行きたいって言うんだったら行かせてやってもいいんじゃねぇのか」
にやりと笑う羅刹天は、配下ごと交戦の構え。
「ああ、姫さまが。姫さまが」
「せめての手向けじゃ。奴らの首を供えてやれ」
さらに死人憑きは勿論、黄泉人たちも殺気だった目を冒険者と羅刹天に向けている。その腕にはクシナダ。酷く潰れているのは、ゴーレムが動いた際に逃げそこなったか。
ああなっては黄泉人とて動きはすまい。
「ツマグシを抱えるなら、この数相手にしてなお追うのは不利じゃろな」
口惜しそうにしながらも、ここは撤退を決める。
「一族の方は。もしどこかに生きてるなら」
「残念ながら。ブレスセンサーにも反応無しでは‥‥」
セピアの問いかけに、ゼルスははっきりと首を横に振った。
羅刹天はゴーレムに手を出さないなら見逃す素振りだが、アンデッドたちは敵意剥き出し。
碌に動けないツマグシを抱え込むと、冒険者たちは死者の領土から命がけの脱出を開始した。