大江戸地下迷宮考
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月15日〜12月20日
リプレイ公開日:2009年12月24日
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●オープニング
江戸の冒険者ギルドにて。ギルドの係員は依頼人を前に目を丸くしている。
「地下空間の探索を、ですか?」
「さよう」
依頼人である磯城弥魁厳(eb5249)は至極真面目に頷く。
「地下迷宮は発見されてから結構な時間が経とうというのに、まだまだ未知の箇所が多いでござる。それにより、守るべき城にも未知の領域が生まれ、よからぬ輩まで住み着いている始末。
ここは今一度、江戸城内部の探索を行い、必要に応じた処置を講じる許可を願い出た所、承諾いただけたので、ついてはこちらにも御協力願えぬかと参上いたしたのでござる」
「あ、いや。それはですねぇ‥‥」
律儀に頭を下げる魁厳。河童の皿を見ながら、係員は悩み出す。
江戸の地下迷宮が発見されたのは、かれこれ四年程前か。
富士見櫓の改築工事中に入り口が見付かり、江戸城地下の遺跡に気付いたのだ。
折りしも、江戸・京都を結ぶ月道探索が行われており、どうやらその遺跡にそれがあると、多くの冒険者たちが調査に借り出された。
その後も、発見された新たな神剣を巡って公家・武家・庶民の思惑絡んだ争奪戦が繰り広げられたり、江戸大火で焼け出された民が仮の宿に利用したり、アトランティスに通じる更なる月道が発見されたりと何かと騒動の舞台になっている。
その都度、ある程度の調査は行われて来たが、全容はいまだ不明。
一応、月道に通じるまでの道は綺麗に整備され一般人も通れる程だが、そこを外れると何が起こるか分からぬ迷宮が広がる。
遺跡には人為的な罠も多く、迂闊には踏み込めない。加えて、住み着いた魑魅魍魎が更に探索を難しくさせた。
それでもある程度は調査済みと考えていたが、あっさり伊達に利用されたのはまだ記憶に新しい。以降も、江戸城攻防において何かと重視されてはいる。
さすがに江戸城付近は防衛の都合もあって整備・把握もしていようが、十分ともいえず。
なので、魁厳としては改めて迷宮内と江戸城を調査し、危険箇所や不必要な地下へ通じる出入り口の封鎖を考えたいようだ。
幸い、城側も承諾してくれたという。
「調べて対処と簡単に言いますけど。広さは町の一つ二つ軽く入る可能性もあるって話ですし、深さもどれだけあるのか分かりませんよ?」
不安そうに尋ねる係員に、魁厳は大丈夫と笑う。
「勿論、承知しているでござる。それでも、誰かがやらねばいつまでもこのまま。それは心許ないでござるよ。一人では大変でござる故、こちらにてお力添えを願いたいのでござる」
とは言うものの。人手が無いなら、自分一人でもやる。そんな意志が魁厳の顔に現れている。
「ただし、行うのはあくまで調査・把握・そして対処でござる。暗殺やら破壊工作やら、不埒な真似を企むならば依頼逸脱とみなし相応の報いを受けてもらうでござる。城の方々にもそのように伝えてあるので覚悟なされよ」
「まぁ、契約不履行は冒険者ギルドとしても困りますからねぇ」
江戸城を動く許可ももらえたとはいえ、まだまだ厳戒態勢。その行動は監視される。
重要箇所への立ち入り禁止は勿論、必要以外の行動も制限され、上への謁見も見送られる。
警備兵からも始終監視され、不審な動きがあれば即叩き出すとの事。
ま、それも情勢を思えば当然か。
●リプレイ本文
結局、依頼人は姿を見せなかったが、城の方から改めて依頼要請が来る。折角の機会なのだし、迷宮が気になるのは警備する側皆同じという訳か。
「スサノオとかはいなくなっても、妖怪悪人の隠れ家になっちゃってるようだし、こんな物騒な地下通路はさっさと埋めてしまうに限るんだろうけど‥‥」
許可が下りて、江戸城から地下に降りた冒険者たち。
少し歩いただけですぐに道は二手、三手に分かれ暗い闇がその先に続く。
急な斜面に、崖っぷち。さらにその奥にも通路が見える。
道は戦闘に耐えられる幅が十分あり、天井も高い。これを埋めるのは骨が折れると、リリアナ・シャーウッド(eb5520)は素直に認める。
調査後に本格的な埋め立てを求めるつもりだが、それがすぐ実現される可能性は低い。
少なくとも今は無理だ。戦渦の最中、ここを触るような大工事を行うには、あまりにも人も金も時間もかかりすぎてしまう。
恐らくさっさと戦を終わらせ、攻め込まれる憂いを失くす方が早いし楽だろう。
「不審な振動はさすがにまだないな。‥‥で、どうするのだ?」
念の為に、バイブレーションセンサーで調べたサイクザエラ・マイ(ec4873)だが、入り口に程近いここではまだ他の気配は無い。
手配の多さから、厳しいが監視が言い渡されているが、本人は至って平然としている。
「聞いた話だと、築土神社、神田明神、日枝神社の辺りから攻め込んできたらしいから、その方向から確かめるべきかしら。といっても方角はバラバラ。侵入者の臭いでも残ってると楽なんだけど」
リリアナが鼻を聞かすが、雑多な臭いがするばかり。
「全部はとても無理だけど、少しでも多く構造を把握できるようにしないとね」
元馬祖(ec4154)が白紙のスクロールと筆記用具を取り出す。まずはそこに起点となる場所を墨で丁寧に書き記す。
「では、私が先行しましょう。罠も多数仕組まれているとなると、用心して進まねばなりません」
磯城弥夢海(ec5166)が明かりを手にして、身軽に闇へと飛び込む。
その先導する光に導かれるように、残りの者も慎重に迷宮へと足を踏み入れ始めた。
●
探索を始めて間も無く。一つの疑問が冒険者たちの胸に沸き起こる。
「‥‥本当に、源徳軍や伊達軍はこんな迷宮を利用して城を攻めたのか?」
「間違いないよ。少なくとも源徳軍が通った痕跡は残ってるからね」
サイクザエラの疑問に、リリアナは壁についた比較的新しい刀傷を指し示す。
遭遇した死人憑き。あっけない戦闘の後、冒険者たちはまた先に進む。
そして、また死人憑きに会う。倒す。臆病神が憑いて来る。倒す。すねこすりが転ばせに来る。倒す。大蝙蝠が‥‥。
振動でサイクザエラはある程度感知できるし、リリアナも僅かな光の中で蠢く影や音を逃さない。ただ頻繁に襲ってくる妖怪たちに、微塵も気が抜けず、結果、歩調は慎重にゆっくりとなる。
その上、
「あ、そこ落とし穴です」
夢海に指摘されて、踏みかけた足を馬祖は引っ込めて飛び退く。僅かに触れた床が、少し揺れた。
もう一度、気をつけて足を乗せると、石床はそのまま沈んでいく。隙間から除いた底は真っ暗で奈落まで続いていそうだ。
仕掛けられた罠も多い。今はじっくりと夢海が検分しているが、おかげでさらに歩調はゆっくりにならざるを得ない。
「分岐も多いよねぇ。これ全部どこに繋がってるのかな?」
埋められていく白地図にはまるで木の根のような線が書き連なっていく。
その数多くの分岐から正しい道だけを安全に短時間で踏破するのは不可能と思われる。
「元の城主なんだから、ある程度の探索情報は把握済みの可能性が高いね」
「伊達軍は?」
「‥‥情報が漏れたか、地道に探索したか」
馬祖の言葉に、サイクザエラが問い質すが、どちらも推測でしかない。一体いつの間に準備したかのか。さすがに世を治めようという覇者たちは抜け目が無い。
妖怪などと戦闘を繰り返し、罠を解除し。一体、どのくらい進み続けたのだろう。
やがて、火以外の光が一同の目に入ってくる。
「ここは‥‥神田明神だね」
外に出ると、まずは大きく深呼吸。暗がりで滅入った気分を一新させると、リリアナは周辺を調査。戦闘の傷跡が今なお残る境内に目を向ける。
江戸城からも歩けばいい運動になるような距離でしかない。
それでも、陽の傾きから結構な時間が経っている事が分かる。
ぐりぐりと、江戸の地図に印をつけた後、また来た道を戻る。
すでに手元に地図はある。
迷いようがないのに、目の前に壁が立ち塞がった。
「道を間違えたか?」
「いいえ、ここに例の落とし穴がきちんとあります」
首を傾げるサイクザエラ。
馬祖が足元を軽く蹴ると、石床が少し凹んだ。間違いなく来た道だ。
「っていうか、この壁変だよね? 周囲の壁とも全然違うし」
じーっと目を細めるリリアナ。揺らめく炎で照らし出すと、ますます違いがはっきり分かる。
「‥‥とすると、やはり彼らでしょうか?」
夢海はテレパシーリングを填めると、念じる。
『私は忍者の磯城弥夢海と申します。貴方はここの住人でしょうか?』
傍目にはただ沈黙。返事もただ心の内に返された。
「何て?」
「『五月蝿い。ここには来るな』だそうです」
夢海が肩を竦める。
「という事はやっぱり塗り壁なんだね」
馬祖が見上げる。天井までの高さも道の幅も一同が歩いて十分余りある。それを埋めるのだから、相当な大きさだ。
「どうする? ファイヤーボムで一気に叩くか、あるいは石化させれば土嚢で埋める手間が省けそうだが?」
「待って下さい。下手に敵に回すよりは、仲良くなって城の地下防衛に一役買ってくれた方がよろしいかと」
挑むように見つめるサイクザエラを、夢海は止めると、また念での会話に戻る。
しばらくすると、壁が身じろぎした。
「下がれ!!」
妙な振動にサイクザエラが号令を発するや、一同こぞって大きく間合いを開ける。
地響きと強い振動と。巻き起こった土煙が炎を隠し、視界を狭める。
緊張の一時。やがて何事もなく、土煙が収まると壁が崩れていた。
ずらりと並ぶ塗壁たち。どうやら複数が折り重なって、一枚壁を築き上げていた様だ。
そのままのしのしと去っていく。四方に散るのは、また別の通路で壁になりたいのか。
「何て?」
「『五月蝿い。静かにしてろ』、だそうです。何とかここは通してくれましたが、説得も難しいですね」
言って、夢海は嘆息つく。
●
日を改めて。
別方向の探索も繰り返される。
「ここって本当はどういう場所だったんだろう? 罠なんて自然に出来る筈が無いし、塗り壁の仕業にしても多すぎ。壁とか天井とか壊されてるけど、人工的な痕跡も結構あるよね?」
天井近くまで飛び上がったリリアナが、首を傾げながら降りてくる。その途中で、ふとその動きが止まった。
「どうしたの?」
「いや、何かいい臭いが‥‥」
しばし迷った末に、リリアナはその臭いの元を辿る。
幾つもの分かれ道を行ったり来たりしながら、やがて、人一人やっと通れるぐらいの通路を潜り抜けるとあからさまに誰かが作った戸板で塞いであった。
迷った末に叩き壊す。
「な、何だぁ、てめぇらは!?」
大きく外に向かって開く洞窟でみずぼらしい格好をした人たちが集まり、食事の最中だった。
「それはこっちの台詞だ。こんな所で、何をしている!」
サイクザエラが睨みつける。
「お、俺たちは、ここに住んでるんだ!!」
恐々と怒鳴り返してくる住人に、夢海が矢継ぎ早に尋ねる。
「ここに住んでるのですか? いつからです? この奥がさらに深い洞窟に繋がってますが、入り込んだ方はいますか?」
最後の質問で、怯えたように顔を見合わせる者があった。
もう一度、強く詰問すると、不承不承と彼らは侵入を認める。
「碌な場所じゃないのは分かってたが、逃げこまにゃならない事態があってよ。‥‥だが、もう御免だ。暗がりで妖怪に追い回された挙句、外に出る場所が見付からねぇ。どうにか出られたのは飛鳥山の傍、三日は彷徨ってたらしいぜ。そこの奴なんざ気付けば多摩川に出ちまってたってさ。それでも、俺たちは運がよかったんだ。他にも逃げ込んだ仲間はいたが、誰一人帰ってこねぇ」
ぶるりと身を震わせる住人たち。確かに、熟練の冒険者への危険は少ないが、一般人にはそうでない。
「ここから通じるのはこの穴だけか。ならばとっとと塞いでしまうか」
「そうだね。そんなに大きな通路で無いしね」
馬祖はイタニティルデザートの経巻を用意すると、広げて念じる。
大量の熱砂が、通路に降り落ちる。数回繰り返すと、通路はすぐに砂で埋まった。
「今は探索だけのつもりで土嚢の用意が無い。何か隙間を埋めそうなものはあるか」
「はい、只今!!」
魔法の所業を唖然と見ていた住人たち。サイクザエラが告げると、慌てて襤褸で土嚢を作り出す。
砂が冷めた後、流れるのを止め積み上げると、さらにサイクザエラはストーンを唱えてそれを固める。
強固な分厚い石壁は崩すのは難しそうだ。
「あ、ありがとうございます。あ、お帰りはあちらから」
へりくだり頭を下げて、見なくても分かる洞窟の出口を指し示す住人たち。
「ありがとう。でもさ、キミ達の寝床って言うの? きったないその岩場の影に、似つかわしくない千両箱が転がってるのはどういう事かな?」
リリアナが笑顔で指摘する。
途端、住人たちの顔色が変わった。
「畜生!! こうなったら」
一斉に短刀を抜く
「やれやれ。焼き払っていいか?」
「いえ、余罪も追及せねばなりませんし、生け捕りでお願いします」
外見も内面も美の欠片もない面々に不快さを募らせるサイクザエラ。
夢海は、無我の杖を構えるとかかってきた相手の急所を一撃。昏倒させる。
「動くな」
フォースリングを填めた馬祖が命じると、先頭を走っていた相手がぴたりと動きを止める。
リリアナはアイスコフィンで凍らせ、サイクザエラはストーンで固めていく。
「にしても、飛鳥山に多摩川? どれだけ広いのでしょうか」
役人に突き出す為、賊の荷物を整理しながら、夢海は先程の話を思い返す。
「それで、そもそもここどこ?」
「向こうに流れてるの‥‥多分神田川と思う」
辺りを見渡す馬祖に、飛んだリリアナが彼方を示す。
「大部分が自然の大洞窟のようだが、月道が見付かったぐらいだからな。‥‥隠れる場所には事欠かず、地上に出れば街まで近い。何かを企むには、持って来いの場所だろうな」
小悪党の隠れ家は潰せたが、これと似たような場所は他にどのぐらいあるのか。
考えるほどに頭が痛い。
●
作業工程はひたすら忍耐と根気の連続だ。
道は違えどやる事は一緒。進んで罠を解除、場所によっては侵入防止で敢えて設置。魑魅魍魎が行く手を阻めばこれを討伐する。
地図は少しずつ埋まっていくが、未踏破の分岐点はますます増え、新しい道も発見されていく。
おまけに、塗壁たちが勝手に道を埋めたり崩したりもしているので、道行は雑多になるばかり。書き直しやらで、手持ちの地図は真っ黒に近い。
それでも情報を纏め上げると、今一度サイクザエラが用意したスクロールに書き直し、探索中の資料と共にすべて城に提出する。
「ひとまず江戸城近辺のみに捜索を絞込み、侵入が疑われる場所は土嚢で石壁を造り塞ぎましたが‥‥」
とてもじゃないが、この人数で迷宮を調べつくすのは不可能。
それは城側も把握している。その中で、よくやってくれたと労いの言葉がかけられた。