この腕を離さない

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月31日〜01月05日

リプレイ公開日:2010年01月09日

●オープニング

 冒険者ギルドに御所から急な依頼が舞い込む。
「鬼の腕が‥‥盗まれたぁあ!?」
 慌てふためく使者は勧めた水も飲まずに話を進める。何となくやり場に困って自分で飲んだギルドの係員だが、その大半を吹き出す事になった。
 昨年の秋に、和解の証として延暦寺より御所へと酒呑童子の斬られた腕が渡された。
 厳重に保管されていたのは言うまでもない。近寄れる者は限られる。
「遠征で兵の警備体制が常と違う中、年末や新年の行事準備でどこもかしこも慌しくなったものですから‥‥」
 苦々しく使者が告げる。
 犯人は分かっている。陰陽寮に在籍する年配の陰陽師だ。
 夜半訪れ、何やら鬼の腕に不穏の気があり調べさせて欲しいと願い出た。陰陽寮からの書状も携えており、半ば疑いながらも、警備の者は通してしまったらしい。
 鬼の腕を前にするや、シャドゥフィールドで警備の視界を閉ざし、自身は腕を奪うとムーンシャドゥで逃げ出してしまった。
「後で調べた所、書状も寮は把握していませんでした。恐らく当人が勝手に偽造した可能性が高いと思われます」
 陰陽師は数日前から落ち着きが無く、顔色も悪かった。何かあったかと心配した同僚が尋ねても、風邪を引いたとはぐらかすだけ。
 よもやこんなだいそれた事をしでかすと誰が考えようか。
「ただちに家を捜索した所‥‥なんと言いますか、すでに酷い有様だったそうです。惨劇の後があちこちで見られ、彼自身も勿論ですが、私兵や使用人もおらず。御家族は細君に娘、孫娘が一人いるはずなのにそれすらもいない」
 一体、何があったのか。陰陽寮に頼んでパーストで調べてもらう。
 怪しいのは彼の態度が変わった数日前。
 そして、
「賊が押し入り、家の者を皆殺しにした挙句、御家族は連れ去られたようです‥‥」
 見るしか出来ない魔法ではやり取りまでは分からないが、連れ去られた家族と引き換えに酒呑童子の腕を持ってくるよう要求されたとは推測つく。
「何で、賊がそんなものを‥‥。まさか!」
 頭を悩ます係員に、使者は一つ頷く。
「はい。その要求を出した相手が茨木童子だと確認されています」
 酒呑童子の腹心の女鬼。しばらく、鉄の御所から行方を晦ましていたというのに、最近また姿を見せるようになった。動かぬ酒呑とは対称的に、彼女は明確に御所と敵対する姿勢を見せている。 
「だが、街中に鬼が出ればすぐに気付かれただろうに」
「彼女の手勢には人間も多数確認されています。今回はそういった奴らを従えてきていたようです」
 人を喰う事を憚らない反面、悪党破壊僧など人の規律から外れた者は受け入れる。中には若い子供までいるそうだ。
「鉄の御所自体に大きな変化はありません。故に茨木の単独行動の可能性が強いと同時、鬼の腕もまだ向こうに渡っていないという事が推察されます」
 ただ、陰陽師は行方を晦ましたままだ。一度、市中で姿を見つけたものの夜間であった為、やはり転移で逃げられてしまった。
「情状を把握した上で、鬼の腕を戻せば共に御家族を取り戻す算段を考えると説得もしたそうですが。妙な動きをされては鬼たちが即座に御家族を殺しかねない事、また、御所側が必ず御家族を助ける保証も無いと突っぱねられました」
 実際、茨木は人の命など紙より軽く考えているし、失敗と判断すればさっさと次の手を考えるに違いない。その際、邪魔な荷物でしかなくなった質をどう扱うか想像も容易い。
 御所にしてみても盗まれた品の重要性を思えば、一陰陽師の家族の扱いも軽くなる。下手な危険を冒すぐらいなら、犠牲を少なくする方向を考えるのもまた当然。
 腕を返した所で、茨木がキチンと取引に応じるか微妙だが‥‥陰陽師はその方がまだ確実と考えたようだ。
「都中衛兵が捜索して陰陽師の行方を捜しているのですが、まだ見付かってません。どこかに隠れているのだと思いますが、その見当も‥‥。また、茨木たちが向こうから陰陽師に接触する可能性も考えればあまり悠長な事はしてられません。どうかこちらにもお力をお貸し願いたいとの事です」
 使者からの情報によれば、陰陽師は齢五十近く。使う魔法は月魔法を専門で、リヴィールタイム、レジストメンタル、シャドゥフィールド、ムーンシャドゥ。陽魔法は初級でライト、リヴィールエネミー、パッシブセンサー、インビジブルを使う。高速詠唱も使えるそうだ。寮から抜ける際に、魔力の補充も考えたのか保管してあったソルフの実も相当数無くなっていた。経巻は盗られた形跡無し。なお、運動は人並みらしい。 
「ちなみに、陰陽頭殿はどうされているのだ?」
「安倍さまなら、神皇さまのお傍です。お留守の内にこの失態。どんな処罰があるかと寮内は戦々恐々してます」
 使者は気鬱に眉を寄せる。
 遠征で手薄になっていた所へのこの騒ぎ。陰陽寮だけでなく、各方面後が怖いようで必死になっていた。

●今回の参加者

 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)
 ec5166 磯城弥 夢海(34歳・♀・忍者・河童・ジャパン)

●リプレイ本文


 盗まれた酒呑童子の腕。
 その対処はひとまず他の冒険者らに任せ、シェリル・オレアリス(eb4803)とアンリ・フィルス(eb4667)は比叡山鉄の御所へと向う。
 道具で空を行き、近江方面からの侵入。待っていたのは鬼の群れ。
 シェリルは経巻を使い、インビジブルで姿を消した後にヴェントリラキュイで呼びかける。
 それでも向かってくる鬼たちは、アンリが手堅く葬るしかなく。
「賑やかだな。何の騒ぎか」
 呼びかけが届いたか。緊張は解かずにシェリルたちはひとまず年始の挨拶を述べる。
「慈円和尚に代わり、苦境の仏弟子の力になりに来ました」
「拙者と貴殿は故あって敵味方に分かれておるが、恨みがある訳ではあるまい。正月位は矛を収め酒を酌み交わさん事を願う」
 告げる二人に、酒呑童子はあからさまに落胆を見せる。
「首を取りに来た方がまだ興じられたものを。ずいぶんと侮られたものだ」
 鬼らしい豪胆な言葉に、シェリルはやや戸惑う。
「イザナミの京侵攻時、具合を悪くしていたと聞きましたが。その後、お変わりは?」
「あるように見えるか?」
「‥‥いえ」
 静かにシェリルは首を横に振る。リヴィールマジックで状態を確かめるも、酒呑から魔法の気配は感じられない。
「貴殿が誰に矛を向けるかは兎も角。病や呪詛に敗れるのは不本意の筈。共に慈円殿の下で戦った戦友であり、古来より日本を守護してきた武神の名を継ぐものへの礼として、苦境にあるならば手を差し伸べようと思っていたが、心配無用でござったか」
 ほっと胸を撫で下ろすアンリであったが、
「イザナミの軍勢、尾張の魔王。東の戦も重なっては、常に呪を続ける暇も無いのだろう」
 小さく笑う酒呑の物言いが引っ掛かる。
「酒呑殿は御所が呪詛をかけたとお考えか?」
「あの機を持っての行い。他の誰が利を得る?」
 問われて言葉に詰まる。確かに、酒呑に動かれて最も困るのは御所だろう。腕なら呪の媒体にも十分。
「そも腕が御所に渡ったのも慈円和尚への厚意を延暦寺の坊主どもが反故にしたようなもの。‥‥醜きは人の世と人の慾か」
 アンリが静かに嘆くが、さほど酒呑は気にした様子は無い。
「茨木童子が御所に納められた腕を取り返そうと動いています。止めていただけませんか」
「その必要があるか?」
 シェリルの申し出を一蹴。食い下がる事もできず、黙るしかない。
「それに止めた所で聞く女ではない。腕を盗み、今度は何を企むやら」
 可笑しそうに笑う酒呑。彼にとってはこの騒動も何でもない事の内か。
「用が無いならもういいだろう。正月ぐらいは静かにしてもいいが、あいにく我が周辺は宴で盛り上がるのが好きな奴も多い」
 言われて二人は周囲を見回す。
 酒呑の手前、大人しくしているものの、取り囲む鬼たちは獲物を見る目で武器を構え、舌なめずりをしている。酒呑が退けば、即座に戦場になるのは必須。
 長居すればさらに鬼たちが集まり不利になる。話も特に無くなった以上、来た時同様丁重な礼を述べて速やかに脱出を図る。
「フォーノリッヂで見る未来は何とも不確か。見知らぬ荒野だったり、酒呑童子が人を喰っていたり」
 来る前に、経巻で未来を垣間見たシェリルだが、酒呑童子、呪詛、正月、鉄の御所など複数を重ねてみるも、その度に見える景色が異なった。
 いつか起こるであろう未来。だが、そこに至るかはまた行動次第で変わってくる。
 今は鬼の未来を考えるより、自分たちの今を考えるべく。執拗な鬼たちを躱しながら、二人は下山した。


 酒呑童子の腕を奪った陰陽師を追うべく、都は厳重に警戒網が敷かれている。それでも、戦で人手が裂かれている為か、なかなか見つからない。
「どんな人物か分からなきゃ探しようが無いわ。ファンタズムを扱える人で風貌を知っている人はいないのかしら。攫われた家族も知っているならなおいいんだけど」
 クァイ・エーフォメンス(eb7692)の申し出に、依頼人は頷きつつも若干の驚きも隠せない。
「もしや御家族の救出も考えておられて?」
「取引前にご家族を救出できれば、鬼の腕も取り返せますし、茨木童子と戦う必要性は薄れそうですから」
「‥‥茨木が人質と共にいる可能性も高いと思いますが」
「その時はその時です」
 心配そうにしている依頼人に、磯城弥夢海(ec5166)はきっぱりと告げる。
 依頼人から紹介を受け、陰陽寮にて対象となる人物の幻影像を作ってもらう。
 そして、ベアータ・レジーネス(eb1422)が彼らのいる場所をそれぞれバーニングマップの経巻で調べ上げるが、
「道が分かれる?」
 首を傾げる元馬祖(ec4154)に、ベアータも率直に頷く。
「はい。御家族に関しては‥‥。どうやらお孫さんだけ別にいるようだね。それも移動している可能性がある」
 灰の筋を確かめ、ベアータが顔を顰める。
「それに奥様と娘さんの居場所はどうやら郊外。茨木もおそらく。その辺りの詳細地図なんてまず無いから、おおまかな事しか示されないけど」
 用の無い場所ほど関心は薄く、そして逃げる者はそういった場所に入り込みたがる。こればかりは仕方が無いか。
「ベアータさんが陰陽師を探されるなら、まずは動きの無い二人の方から探ってみるべきでしょうか」
 そう考えると、クァイ、夢海、馬祖は捕らわれた家族を救出する為動き出す。

 地図に示された周辺まで来たら、隠密行動を得意とする夢海と馬祖が率先し、クァイも控えながら慎重に動く。
「獣道に上手く隠してますが、人が通った跡がありますね」
 あちこちを捜し歩き。やがて見つけた小さな痕跡。
 夢海の指し示すままに、人の手の入っていない暗がりへと導かれる。
 そして、人の気配が現れる。明らかに場違いな場所。無関係な不審者とたまたま遭遇したなど考え難く。
 風向きを確かめ、気配を殺し、夢海と馬祖とでさらに周辺を確かめる。
 ほったて小屋と呼ぶのもお粗末な、ただ雨風を凌ぐだけのような場所。
 そこに陰陽師の奥方と娘の姿を確認すると、一旦退き、まずは合流する。
「茨木童子がいたよ」
 開口一番。馬祖は顔を顰める。
「ここは仮の拠点って所かな。手下の数は全部で十名だと思う」
「恐らく。三名で周辺を見張り、二名がそれぞれ人質に監視としてついて回る。後は待機って所だけど、そんなに広い行動範囲で無し。騒ぎが起きれば全員がすぐ動くでしょう」
 それは茨木も勿論含まれる。人数差に戦力差、人質は奪還すれば足手纏いとも言える。状況としてはかなり厳しい。
「見張りがついているけど、二人は特に縛られず一応自由にはしてた。救い出せたら逃げるのも早そうなんだけど‥‥」
 ちらりと、馬祖はクァイを見る。
「その様子だと、取引はまだ見たいね。でも、ぐずぐずしていたら状況は難しくなるだけだわ」
 覚悟を決めると、クァイは装備を整え、名刀・獅子王を堅く握り締める。
 馬祖と夢海はインビジリティリングで姿を消して移動。
 クァイはそのまま馬に跨り、道無き道を突っ走る。
「敵影一騎!! 気をつけ、ぎゃ!!」
「よそ見してる方が悪い!」
 気配に気付いた見張りが声を上げる。
 足でも踏んで挑発する予定が、クァイの技量ではそんな小回り難しく。うっかり跳ね飛ばしてしまったが、ま、同情しない。
「出てきなさい! それともこそこそ隠れるしか能が無いのかしら!」
 馬から降りると身構え、そして声を張り上げる。
「敵は一人だ、殺れ!」
 武器を手に迫る悪漢。
 クァイはその攻撃を敢えて受けると、
「ジグリア!」
 攻撃を行って出来た隙に素早く、扇状に衝撃波を飛ばす。近付いていた面々は、強化された剣の威力そのままに斬り飛ばされる。
「冒険者かしら。厄介ね。間合いをとって遠方から攻めなさい。それと、伏兵を忘れずに。特にあの人質たちの傍はね」
 聞こえた茨木の声にクァイは内心舌打ちする。
 クァイが乗り込み注意を惹いた隙に、姿を晦ました二人が人質二人を救出する手筈。
 だが、敵の動きも早かった。見張り自体はスタンアタックで無力化したが、すぐに気付かれ次が来る。冒険者二人は隠れて動けるが、人質二人はどうしようもない。
「動くな!」
 馬祖がフォースリングで一人の動きを止める。残りの相手を夢海がしている隙に
「乗って! 早く!!」
 空飛ぶ絨毯を広げると、状況を把握しかねている人質二人を半ば強引に乗せる。
 浮かぶと矢がすぐ脇を飛んだ。見れば、敵が次の矢を構えている。
「行って下さい!」
「分かった。気をつけて!!」
 経巻で攻撃しようかと思ったが、その間も人質たちは危険に曝される。今は逃げを優先し、馬祖は飛び立つ。
 射抜こうとした射手に忍び寄ると、夢海は無我の杖で打つ。矢はあらぬ方に飛ぶ。
 絨毯は遠ざかっていく。 
『こちら救出完了。私も脱出します。そちらも早く』
 テレパシーリングで状況をクァイに伝えると、夢海は微塵隠れの印を結ぶ。
 姿を消していても僅かな歪みを見切れぬ訳ではない。夢海に狙い定める者がいたが、その動きが終わる前に爆発が起きた。
 起きる砂煙で視界が濁る。それが消える頃には夢海はすでに別の場所へ転移済み。
 そこから余計な事をせず、後はひたすら合流を目指す。
「今日は痛み分けとしましょうか」
「あら、こちらは二人減りそちらは何も無し。それは不公平よ。せめて貴方の首ぐらいは欲しいわ」
 クァイ狙って矢が打ち込まれる。避け、あるいはフォースシールドで受けている内に、死角から女鬼が飛び込んできた。
 その刀に輝くレミエラ。的確に突いて来た急所はどうにかずらしたが、それでも意外な程深く刃は食い込んできた。
「サンマルチノ!」
 僅かな痛みに顔を顰めつつ、素早く刀を振り替えした。重い振りを乗せての一撃。
 小さな舌打ちと共に、茨木が退いた。同時にクァイも間合いを開ける。
「アイラーヴァタ!」
 愛馬の名を呼ぶと、危険に物怖じせず駆けてくる。その背に素早く乗ると後はひたすらに駆ける。
 馬に乗りながらでは、刀も振り難い。駆けながらの戦闘は恐らく不利になる。
 だが、向こうもこれ以上は無駄と感じたか。幾つか矢が追いかけて来たが、それもすぐに止んだ。


 攫われた家族を探す冒険者らを見送り、ベアータたちは改めて件の陰陽師探しを開始する。
「逃げられては元も子も無いですからね。確保は昼間行うべきでしょう」
 確認するオグマ・リゴネメティス(ec3793)に、皆が頷く。
 ベアータの魔法で大体の位置は分かる。郊外とまではいかないが、それでも都の外れの方だ。寂れた屋敷が並ぶ。
 周囲を見渡す乱雪華(eb5818)に、ベアータはブレスセンサーで探る。
「罠が張れれば思いましたが、ちょっと難しいですね。他の気配もある以上、陰陽師を確認してから細工をしていたのでは相手に気付かれる可能性も高くなりますし」
 人通りは少ないが、知らぬ相手がたまたま通りかかる可能性もある。
 ひとまず静かに周辺を見回り、反応があれば呼吸の主をそっと確かめる。
 それを何度か繰り返す。そして建物の中に呼吸を感知し、ベアータがそれまで同様、物陰から呼吸を確認する。
 しかし、そこには誰もいなかった。
 一瞬考え込んだ内に、すっとその反応が移動する。それでも見えない。
「入り口を押さえて下さい!」
 はっと気付き、ヴェントリラキュイで二人に指示を出す。
 オグマが素早く入り口に回ると、鳴子を張る。
「ぐわっ!!」
 程無くして、鳴子が鳴るや奇妙な声と共にどすんと物音がした。それで目を凝らせば、引っ掛かってこけた男の輪郭が何となく見える。インビジブルか。
 雪華が雷公鞭を振るう。しかし、鞭のしなりに手ごたえは無い。捕まえ損ねた。
「デッドライジング!!」
 オグマはグリフォンに跨ると、長弓・柊に一度に三本の矢を番えて素早く射抜く。命中は下がるが、元より当てるつもりは無い。大体の場所へ牽制の矢。‥‥むしろ間違って当たる方が怖い。
「今、仲間が御家族を救出する為動いています。助け出し貴方の元へお連れしたら、その腕を返却し、貴方は御家族と共にどこかへ落ち延びる、というのは如何でしょうか?」
「では、すぐに家族を連れてきてもらおう」
 雪華の言葉に、陰陽師が答える。
 雪華は飛んだオグマを振り仰ぐが、返答は無言で首を横に振られる。
「アテにならん。旨い話で取り返そうとしてもそうはいかぬ」
 言うが早いか。シャドゥフィールドが周囲を包む。
「闇に紛れ、逃がす訳にはいかないんです」
 オグマが闇の周囲に矢の雨を降らす。
「乱さんは動かないで!」
 ベアータの声が聞こえた。
「ギャア!!」
 悲鳴が上がり、感電する音と火花が上がった。陰陽師がライトニングトラップに嵌まったのだ。
 と、魔法の効果も切れたのか、もがく陰陽師の姿が現れる。雪華が素早くスタンアタックをかけると、簡単に相手は倒れた。
「気をつけて。周囲に不審な動きがあります! あちらに」
 サイレンスをかけ捕縛するより、まずベアータは注意を促した。
「お爺さま!!」
 そして、遠くから悲鳴に近い声が届いた。とっさに身構える。
 駆け寄ってくるのは普通の娘だった。髪型や装いで雰囲気を変えているが、連れ去られた筈の孫娘に違いない。その後方には顔を隠した女性の姿が。
 何が、と考える間も無く。ベアータが指し示す方向、遠くで爆音が聞こえた。同時、鼻先に男が現れる。
 身構えるより早く、今度は間近で爆発。派手な煙で体勢を崩した所へ、もう一度爆発が起きた。
「微塵隠れ。一回目は撹乱ですぐ傍に転移。二回目で向こうへ」
 身構える雪華にベアータが説明。
「追ってみます。ピエタ!」
 即座にオグマが動く。街中の騎乗は民が驚くので控えるよう言われたが、今はそうも言ってられない。
「お爺さま。お爺さまは!?」
「大丈夫ですよ。それより何故ここに?」
 罠を注意しつつも、雪華は縋りつく孫娘に事情を聞く。
 曰く、取引で接触する際、顔確認と無事を知らせる為に彼女だけが連れまわされた。様子がおかしい事に気付き、男が一人別に動いた。そして、彼女は女に連れまわされ、いきなり解放された。訳も分からないまま、それでも祖父である陰陽師の元へと駆けつける。
「それを囮に注意を惹き、その隙に男の方が強奪を果たしたって訳ね」
 雪華が顔を顰める。
 罪を犯したのだ。捕縛は止むを得ない。しかし、縛る陰陽師は鬼の腕を持っていなかった。

 警戒網は即座に敷かれ、見廻組らが走り回る。
 しかし、どうやら相手は逃げ仰せたらしい。
「本当に痛み分けって所かしら」
 クァイが肩を竦める。
 馬祖たちは雪華たちと合流し、シェリルたちが戻って事情を聞く。
 家族は全員無事に再会を果たし、涙を流したのも束の間。陰陽師は罪を償う為にそのまま出頭する。
「ありがとう。‥‥そして、申し訳なかった」
 笑みを見せ、涙を流して連行される陰陽師を、一同は複雑な面持ちで見送った。