【鉄の御所】GO WEST?

■イベントシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 91 C

参加人数:11人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月20日

リプレイ公開日:2010年01月31日

●オープニング

●鉄の御所
 死人に魔王、人の思惑が戦となりて入り乱れる中、鉄の御所に客が訪れる。
「死者すら起こすか。人も神仏も情けが無い」
 もっとも哂えぬ立場ではないと自嘲する酒呑童子の前で。礼節を持って頭を下げるのは、元天台座主の慈円。虎長との戦で相打ちとなった彼は、紆余曲折を得て、御所にて蘇生された。
 その後方では童子二人が従う。
「それで? わざわざ顔を見せに来ただけではあるまい」
 催促されて、慈円はもう一度頭を下げる。
「御所にお力添えを願いたい」
「ほぅ?」
 ぴくりと酒呑の表情が動く。
「酒呑様は‥‥いえ、建御雷様は魔王の復活に供えるべく霊峰守護としてこの地に居を構えていたとの事。私が不甲斐無いばかりに魔王に止めをさせず、今の混乱を招いたのは不徳致す所。しかも、世には魔王の他にも魔性の類が蔓延る始末。この窮状を救うべく。今一度、守護の力を示していただきたい」
「それは後ろの二人の入れ知恵か?」
 伏して願う慈円から目を外し、酒呑は控えていた童子を睨む。
「さすがの御慧眼。恐れ入ります」
 童子が立ち上がると、その変化を解いた。白い翼に後光の冠、男とも女ともつかぬ美貌。東洋では菩薩、西洋ではエンジェルと呼ばれる存在だ。
「デビルの侵攻甚だしく。人心惑い、妖怪たちも落ち着かず。今こそ盟約によりて、我らと‥‥」
「勝手な事を!」
 けたたましい音を立てて衾が開かれると、顔を朱に染めた茨木童子がそこにいた。
「長きに渡り我らを駆逐したその先鋒は一体誰ぞ! その挙句に苦境にあるから力を貸せとどの口がほざくか!」
「誰か、その女を向こうに」
 怒り心頭で罵る茨木に、酒呑は頭を抱えると珍しく嘆息付いて指示を出す。
 老いた熊鬼戦士たちが茨木を強制連行する。閉ざされた衾の向こうから、凄まじい破壊音やら罵り声が聞こえてくるが、酒呑は気にしない。
「無礼申し訳ない。しかし彼女に限らず人に敵意を持つ者は多い。あるいは関心無しか。ただ人に味方しようという輩はついぞ聞かん」
 菩薩たちは眉を潜める。
「建御雷の名を継ぎながら、盟約は果たさぬと」
 剣呑な気配を醸し出す天の使いに、されど酒呑の態度は変わらず。
「その盟約が問題なのだ。共に誓ったという一方がどうやらそれを忘れ果てている様子」
「人と鬼では時間が違う。それも詮無い事」
 菩薩の言葉にも、分かっているとばかりに頷く。
「それでもこちらだけが守り続けるのは割りに合わない。また、母神であるイザナミにすら敵対するふるまい。異種たる我らもまた同じ目に合うかと思うとやり切れぬ」
 大仰に嘆く姿に、菩薩は声を潜める。
「では、我らと敵対すると仰るか?」
 問われて、酒呑の目から笑みが消える。
 数瞬、睨み合いが続いた。が、その気配を消したのもやはり酒呑だった。
「イザナミから話があれば別だが、いずれにせよ、いまさら我らが動いたとて大局は動きそうに無い。児戯で仕掛けてもいいが、返り討ちにあうのも無様よ」
「では、鉄の御所は動かぬと?」
 慈円が問う。
 戦力になれば心強い。しかし、動かぬならば御所としてはそれもまたよし。もっとも警戒すべきは敵対する事ではあるが‥‥。
 酒呑が首を振る。
「いいや。鉄の御所は捨てる」
 あっさり言い切った言葉に。慈円や菩薩はおろか、周囲の鬼たちですら耳を疑った。
「盟約が無い以上、ここに留まり続ける意味は無い。他者の思惑に振り回されるのも飽いた。幸い、イザナミにより西の地が開いた。ひとまずはそちらに行くとしよう」
 言い切る酒呑に、菩薩の一人が声を荒げる。
「そのような事でよろしいのか! 先代の建御雷殿はデビルを相手に勇猛な姿を見せたと聞き及んでいる。その意志を継ぐならば」
 酒呑がいきなり脇に置いた刀を抜いた。ただ一閃。触れた感覚も無いのに、菩薩の白い羽根が空を舞う。
「先程の女が用意したものだ。人を斬り神を断つ力を持たせたそうだ」
 刀にはレミエラが輝いている。暗に、切れ味を試すかを問われ、菩薩は口落ちそうに姿勢を正す。
「あの女はデビルとつるんでいると聞いた。毒されたか」
 睨む菩薩に、何事も無く酒呑は納刀する。
「親父殿は親父殿だ。不孝であるが、所詮不徳が鬼の業か。だが、あの客人の仲間と見られるのはおもしろくはない。必要とあればそちらで始末していただいても構わん」
 あっさりと告げるその態度は、本当に気が無いのか。
「‥‥お考えを直す事は出来ませんか?」
 言っても無駄だろう。そういう気持ちを顔に表しながらも、慈円は請う。
「今の神皇が我が前に立ち、力量を示した上で力を請うなら考えない事も無い」
 告げる酒呑はどこまでも傲慢だった。

●御所
 鉄の御所での話は、直ちに御所にも伝えられる。
「出来る訳が無かろう!!」
 鬼王の気を変えるには、神皇自ら赴く事が必要。しかし、それを告げた途端に貴族たちは怒気を露わにする。
 若い神皇を鬼の中に放り込むなど危険極まりなく。また、神皇自ら鬼王に頼むという事は、日本という国が鬼に屈したという証左になる。民の絶望は計り知れない。
「慈円殿なら鬼を説得できるかと思ったが。とんでもない事をしてくれたな!」
「さすがにそれは言い過ぎでおじゃる。神皇様の事はあくまで鬼王が言ったと伝えて来たまでの事。鉄の御所の内情を聞き遂げてくれただけでも良しとするでおじゃる」
 口々に言い合う内に、やがて話は一つの方向に向う。
「酒呑が鉄の御所を去るとは結構。恐らく大半の鬼が奴についていくだろうし、残った所で烏合の衆。これで都も安泰だ」
「そう言いきれますか? 西の地は元々都の目が届かぬ所。鬼たちが勢力を拡大し、いずれ都の脅威となる可能性も」
「では、鉄の御所を出たところで酒呑を倒すか? 打ち漏らし都に報復に来られては、それこそ今の兵力では太刀打ちできるか」
 口々に言い合うが、これといっていい案は出ない。
 動けば動いたで面倒の出る。厄介な場所ではあった。

●再び鉄の御所
「酒呑様、この地を去られるというのは本心で?」
「留まり続ける必要があるのか?」
 逆に問われて、茨木童子は押し黙る。
「しかし‥‥。まるで尻尾を巻いて逃げるかのよう。不甲斐無く思います」
 拳を固め、唇を噛む茨木。
「では俺を倒して、代わりに鉄の御所を率いるがいい。その準備はあるのだろう」
「世迷言を」
 正面から言われ、茨木が怯む。
「今の都と争った所で我らに利など無い。意味無く戦に巻き込まれるよりは、死人でも喰ってた方がマシだろう」
 笑いながら去る酒呑に、茨木は戸惑うばかり。
「‥‥どうするつもりだ?」
 その影から神父の姿をした黒山羊が出てくる。
「分からない。だが、裏切るならば」
 刀を持つ手に力が入る。が、それを否定するように茨木の手は震える。
 そのまま何も言わず酒呑の後を追う茨木を、黒山羊――レオナールは黙って見つめる。
「さてこちらもどうするか。‥‥このまま見届けるもよし。他を当たるよし、か」
 冷ややかに告げるも、その口調もまた不本意を表していた。

●今回の参加者

月詠 葵(ea0020)/ 天城 月夜(ea0321)/ 天城 烈閃(ea0629)/ ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ 神木 秋緒(ea9150)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 鳳 令明(eb3759)/ ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)/ シェリル・オレアリス(eb4803)/ マクシーム・ボスホロフ(eb7876)/ アンドリー・フィルス(ec0129

●リプレイ本文


 酒呑童子が鬼の御所から去る。
 人の内でも重要な問題だが、鬼にもやはり問題らしい。
 慈円が鉄の御所から戻った日を境に、比叡山周辺は騒がしい。
 王と称される存在がいても、別に国家体制が出来てる訳ではなく、多くは勝手に群れ集うだけ。都合があわなくなれば簡単に離れる。
 延暦寺が監視を強めているが、戦で僧兵も数が足りず。その目を気にせず、気ままに鬼は振舞う。

 民家に小鬼が押し入ったと聞き、月詠葵(ea0020)が急行する。袖を通すは浅葱色の隊服。例え、意見を違え袂を分かとうとも、新撰組の心根まで変えるつもりは無い。
「荷を置き、山で大人しくするならそれもよし。あくまで悪行を働こうというなら悪即斬により成敗させていただきます!」
 日本刀・長曽弥虎徹を抜き、食料を漁っていた小鬼を一喝。一睨みをすると、相手も力量の差を悟ったか、小鬼はそそくさと逃げていく。
「鬼の動き、確かに活発になってますね」
 捨てられた食料を拾い集め、同じく浅葱色を着る明王院未楡(eb2404)は目を伏せる。
 市内は黒虎部隊や京都見廻組始めをする各組織が目を光らせ、犯罪を防ごうとしている。
 しかし、新撰組の活動もそうだが目が届くのはどうしても市内かせいぜいその周辺。さらに辺境にまでなれば、人が襲われていても駆けつけるのは難しい。
 押し入られた民家に声をかけ、解決を知らせる。
「ありがとうございます」
 一応お礼は述べたが、新撰組には若干難しい表情も隠せていない。
「構いません。蔑まされようとも、京を守る一刃となり、誠を貫き、最後まで戦いぬくのみ。それが新撰組の名を背に都に残った隊士の、苦難の折に支えられて来た都の人々への恩義を返す方法になる筈」
 実直に告げる未楡に、葵も頷く。
 京都を守る。その為に、彼らはここにいるのだ。


「会いません」
 五条の宮を通じて、安祥神皇に謁見した鳳令明(eb3759)。イザナミや酒呑童子の言葉を伝え、酒呑との会談を望んだ。
 が、神皇の返事は早かった。
「そもが無茶な話です。これは私の意志により始めた戦。その意志に集まった方々を置いて、勝手に動く訳には参りません」
「でも、和睦も必要にょ」
 必死で訴える令明だが、神皇は顔を曇らせるのみ。
「盟約については、十二神将の方々からお話を窺いました。来るべき時に、共に魔王を討つ約定‥‥。確かに今彼らを戦力とすれば、頼もしくはあるでしょう。ですが、民はそれで納得するでしょうか。盟約を新たに結ばねばならないのであれば、私は従ってくれる民の為、後の災いになるような真似はなおさら致しかねます」
 昔から鬼に襲われ、喰われた民は多い。
 被害は止む事無く、それが黒虎部隊や冒険者ギルド設立の一端にもなったのだし、討伐依頼は珍しくも無い。
 さらに、水無月会議や延暦寺戦の際にも大挙して都で暴れ周り、戦と無縁の民が多く死んだ。
 人々の恐怖は根深い。
「正すべきは正し、憎しみの連鎖を絶つ事こそ、今の世に生まれたおりたちにょ使命にょ」
「その為に、これまで民に振舞われた乱暴狼藉を不問にせよと言うのですか? それでは法が治まりません」
 食い下がる令名に、神皇の意志は堅い。
「今と昔は違う。そう言わざるをえません。戦の最中であっても、略奪や無為の殺傷は厳しく取り締まるべき行為。大儀があれば許されるという事は無く、ならば大義も無く行われた罪は如何様に責任を問われるべきか。例え、自身が行わずとも、上に立ち下の非道を黙認してきたというのであれば、その者は罰されねばなりません」
 神皇はきゅっと唇を結ぶ。
 それは勿論、神皇自身にも言える事。
「人には許されぬが、鬼には許すなどという事があってはなりません。イザナミが『この国の主たる己の意思で考えよ』と仰るならばなおの事。民の安寧が第一です。鬼から人の秩序に従ってくれるならともかく、私から願い出る気はありません」
 盟約は守るべきと考えるが、それを無しにすれば、まずは犯罪者として捕縛するのが筋になると神皇は説く。
「ただ‥‥」
 表情が迷う。そして、神皇はさらに言葉を重ねた。


 冬の最中であっても、季節の花が咲き誇る鉄の御所。
 珍しく人間の客が大挙している。それが無傷で入れられたのは慈円が共にいたからか。マクシーム・ボスホロフ(eb7876)の頼みと自身も諦めきれずに同行したのだが、再度の交渉はやはり変わらなかった。
 令名が聞いた話を、慈円はそのまま伝える。
「ただ‥‥。約定を失伝させたのは人間側の手落ち。よって、新たな約定は結ばぬが、今は追う事もしない。それでも新たに罪を重ねるのであれば、その時は相応の対処をさせていただく、とのお言葉です」
 つまり西に見逃す事で貸し借り無しにしようという訳だ。
「それなりに分別はあると見える。しかし、青臭さは否めぬか」
 侮蔑とも安堵とも見える笑みを浮かべて酒を呷る酒呑を、慈円は不思議そうに見る。
「この国では鬼と人との争いが何百年と続いた。この先も続いたとて別段いけなくはないだろう。無論、人間が大人しく食われてやる謂れも無いがね」
 肩を竦めるマクシームに、頼もしい事だと酒呑は笑う。
「それより聞きたい事がある。この国は異国に比して人外の勢力が異様に強い。そのお陰もあってデビルによる侵攻が緩やかであったのではないか?」
「さあな。大昔に何かあったのは事実だ。だが以降何故デビルが出て来なかったのか。奴らの心情など知らぬし、俺が生まれた頃にはもう人が支配する世であった。むしろ、理由ならそこの山羊の方が詳しいのでは」
 酒呑は部屋の外、物陰に隠れて佇む山羊頭のデビルを指す。
 レオナールは三日月の目を可笑しそうに細める。
 不快さに顔を背け、マクシームは違う事を聞く。
「もう一つ。この世に人しか住まぬ国があったとしよう、その国に未来はあると思うかね?」
「人しかおらぬなら、鬼である我らもいないのだろう?」
 そんな世界がどうなろうと知った事ではないと、呆れる。
「もう一度問いますが、盟約に基き御所にお力添えしていただく訳には参りませんか」
「告げた通りだ。こちらばかりが守らねばならない盟約など不条理。どうしてもというならば新たに盟約を結ぶべく、神皇自らお越し願いたい」
 シェリル・オレアリス(eb4803)の問いかけに、はっきりと答える。
「ならば、手合わせ願おうか、酒呑童子。どうあっても人に降ってもらう」
「ずいぶんと上からな物言いだな」
 天城烈閃(ea0629)が酒呑と対峙する。
「しかし、もしかすると人の身でお主と渡り合えるかもしれぬ者でござるよ。御興味はあるかと思いますが?」
「ほう。それはおもしろい」
 天城月夜(ea0321)口添えに興味惹かれたか、鬼王が立つ。
 ゼルス・ウィンディ(ea1661)がフレイムエリベイションとストーンアーマーをかけたのを見て、さすがに傍に控えていた鬼たちもざわめく。
「交渉に来たと聞き、刀を抜くとは。ずいぶんな真似です事」
「勿論一対一でというならそれでいい」
 気色ばむ茨木に、烈閃は病みたる白き弓を構える。
「構わん。そっちの好きにしろ。ただこちらも手加減は上手くない。怪我を厭うなら離れてもらおう」
 腰を浮かせる茨木を制して、酒呑は一人庭の中央に出る。
 その前に進み出たのは、烈閃とゼルスの二人。
 他は暢気に見学‥‥という訳でもない。今は大人しくしているが、茨木は勿論四天王も何かのきっかけで即座に一同を襲う素振りは出来ている。
 レオナールも得体が知れない。それらの動向に注意を払い、かつ牽制しなければならない。
 月夜は勿論の事、他の者たちも臨戦態勢で経過を見守る。
 静かな緊張が漂っていた。


「二人でというのは、さすがに厳しいですね。まあ、神皇様を連れだす訳にはいかず、大人数を動かせば戦争。失敗した所で、愚か者二人で済みますか。‥‥もっとも、命を安売りする気はありませんが」
 機を窺うゼルスに、酒呑は軽く哂う。
「本当にそう考えているなら愚かだな。喧嘩を売られたと都に攻めだす忠義な鬼が出ても、俺は止める気は無い。都との戦端を招くきっかけとして十分だ」
 言葉に詰まった所で、酒呑の身が緑系統の淡い光に包まれた。
 魔法の光に、とっさにゼルスはトルネードを唱える。酒呑の身が浮き、地面に落ちた所を烈閃が弓を引く。
「ふむ、効かんか。なら仕方が無い」
 矢を抜くと、酒呑が走る。狙いはゼルス。魔法は魔法をぶつけ、距離を詰めると顎を握り潰す。
 ペガサスで空に昇った烈閃はそこから矢で射抜く。
 その周囲に竜巻が起きた。煽られたペガサスと共に烈閃も飛ばされる。
 地面までの落下の前に体勢を調えるも、その足が掴まれた。地面に引き摺り下ろされ、ペガサスの首に刀が落ちる。甲高い嘶きが響いた。
「ちっ」
 地面に放り出された烈閃に斬りかかる酒呑。真・ゲイボルグに持ち替えてその刃を裁く。
 巧みに技巧をかけ作った隙に一撃を返す。傷は入ったが、浅いのは否めない。
 体勢を整える為に、酒呑が退くと同時に烈閃も間を空ける。念を凝らして魔力を込め、真・ゲイボルグを投げつける。
 槍が酒呑の身に刺さる。と、同時に高威力の雷が範囲に上がる。
「雷神を継いだ俺に雷で戦うか。不敵なものだ」
 魔法光を纏うと手から稲妻が飛んだ。烈閃を直撃するが、ストーンアーマーもあってさほどの効果は無い。
「確かにここまで人の身で渡りあうとはおもしろい。だが、人に降れと言われるなら論外だ。隷属か死かを問われるならば、俺は死を選ぶ」
 盟約とは同じ立場にあって為せる事。従い強制されるのはごめんだと吐き捨てた。
「ならば、ここで討たせて貰う!!」
 もう一度弓を手にすると、烈閃は狙い定めて酒呑を射抜く。
 矢は眼に刺さる。酒呑の身が傾ぎ、鬼たちがどよめき立つ。
 しかし、酒呑は踏みとどまると大上段からの一撃、烈閃の腕が飛んだ。
 息も絶え絶えになりながら、双方退く気配が無い。
 その両者の間に割って入ったのが、アンドリー・フィルス(ec0129)だった。
「それまでだ! これ以上の戦いは無益!」
 オーラを駆使して士気や行動力を上げ、青龍偃月刀・月虹を構える。すでに瀕死の二人相手ぐらい、今のアンドリーには容易かった。
 茨木や四天王、その配下が動いたとして、おそらく今いる冒険者だけでも対処は出来る。しかし、それで落ち着かず。鬼との攻防が都にまで広がろうものなら、虎長戦・黄泉人戦を控えた御所にさらに戦の火種が注ぐ事になる。
「虐殺などの非道は人であっても許されるものではない。防げるならそうさせてもらう」
「どうしてもというのなら、コアギュレイトで縛らせてもらいますよ」
 他の鬼が動かぬよう、そのままアンドリーは睨みを聞かせ、その間にシェリルと慈円とで治療を直ちに行う。
「異国には人と仲良く暮らす鬼もいる。今一度、人が共に生きるに値せぬ種族か否か、考え直してはくれないか」
「別に滅ぼす気などない。生きたいのなら勝手に生きるがいい」
 告げる烈閃に、酒呑は素っ気無かった。


「では行くか」
 再生には時間がかかる。その傷が癒えるまでは動かぬかとも考えた。
 しかし、酒呑は散歩にでも行くように気楽に告げると、大量の牛車に荷を詰めて、酒呑は馬に乗ってさっさと鉄の御所を後にする。
 その後に続いて鬼が動く。
 百鬼夜行がいらぬ方に向わぬよう、また、逆に酒呑を討伐に来る者が来ぬようヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)は上空から監視。
「でもねぇ。何というか、人喰いを禁じるならば問題は解決なのではと思ったりするのだわ」
「略奪、姦淫、破壊行動はこれまで通り自由でいいのか。優しい事だな」
 連絡はテレパシーで伝える。胸に抱いていた疑問にヴァンアーブルは首を傾げる。
 鬼の罪は殺人だけではない。思えば鉄の御所にある豪華な調度品や大量の食料、雑貨の一つをとっても一体どこから沸いて出た物やら。
 鬼が畑を耕し手に職持つなら、もっと広大な土地に街一つぐらい出来上がっているはずだ。
「そもそもなぜ人喰いが禁じられねばならないのかしら。私の知り合いにも人はおりますけど、別に不都合はありません。鳥や兎を食うのと何が違うというの」
 茨木は鼻で笑う。
 彼女は食人を憚らない。そして、配下として多くの人間を使っていた。ただ、集うのは人の世から逸れた罪人や孤児、行く当ての無い者たち。だからこそ鬼と居られるのかもしれない。
 その多くは、行く当てのない辺境まで一緒に行く気は無いと方々散ってしまっていた。それを惜しむ風情は茨木には無い。
「‥‥。この先で、京都見廻組の方が茨木さんたちに御用だそうですよ」
「そう」
 念話で受け取った話を通すと、茨木は道筋から外れる。

 しばし向ったその先に、京都見廻組の面々がいた。
 因縁は深い。対峙しても両者に笑顔は無く、神木秋緒(ea9150)は見据えたまま、口を開いた。
「あの悪魔は」
「ここにおるよ」
 闇から、浮かび上がるようにレオナールは現れる。
 言葉も無く。秋緒と占部季武が走った。日本刀・無明と合わせて、季武も刀を抜く。
 レオナールは刃を避け、すっと空に浮かび上がる。すかさず綱がオーラショットを放つ。
「隣人を殺せ!」
 傾いだレオナールに黒い光が昇る。
 だが、強い言葉に関わらず、変化は何も無い。
「無駄だよーん♪ レジストデビルかけてみましたー」
 すっごい得意げに胸を張る坂田金時。もっとも周囲は彼を見ていない。
 見据えるのはただ敵のみ。
「鬼が西国に新たな根拠地を持つのはもう仕方ない。ですが、そこでレミエラなどで武装を強化されるのは避けたい」
 空に浮かぶレオナールを秋緒は睨みつける。
「レミエラは元さえあれば後は知識で扱える。お前たちの頼る越後屋のように、な」
 魔法も届かぬよう距離を置き、高く高く、空の彼方からレオナールは見下してくる。
「だが、願いを叶えるなら嫌いではない。去れというなら去ろう。請う声がある限り、我は幾らでも力を貸す」
「待て!!」
 獣面が明らかな愉悦に歪むと、姿が消えた。
「消えちゃった。転移したみたい」
 金時の言葉に小さく舌打ちすると、秋緒は黙って成り行きを見ていた茨木を見る。
「今、貴方を討つ気は無い。でも、奴のようなデビルとこれ以上協力するなら、見逃す訳には行かない」
「あら、やる気?」
 刀を持つ手に力を込める秋緒に、おもしろそうに茨木も身構える。
 双方睨みあい、きっかけで動き出そうとした刹那。
「やめてもらおうか。都を離れるのに女の一人もいないのはつまらない。それともお前が相手をしてくれるのか」
 様子を見に来たか、酒呑が声をかける。
「なっ!!!」
 身を退いた秋緒に酒呑は笑うと、何でもなかったように茨木を捕まえる。
「お前もだ。誰彼構わず喧嘩腰になるのは慎むのだな」
 窘められ、顔を背ける茨木。
 睨み付けてくる茨木を睨み返しながら、去っていく二人を見届ける。
「酒呑! 神皇様のお心あればこそ、此度は都の防衛にのみ努める。だが、悪名を馳せるならただちに討伐に向うと心しておけ!!」
 綱が吼えると、酒呑の哄笑が響く。
「人などたかが百年の生き物。その半分にも満たない赤子が、自身で国を統べると戯言をほざく。真に己が言葉か、何かの傀儡か。どれだけ本気で為しえるか、見てやろうではないか!!」
 目を剥いた茨木が何かを言い出す前に素早く馬上に引き上げる。と、酒呑はそのまま振り返る事無く駆け去っていく。
「てか、本当鬼は大人しくしてもらいたいもんだね。おいらは都で銀と暮らしたいのにー」
「当面は無理でしょうね。鉄の御所の後処理もありますから」
 ぶーたれる金時に、碓井貞光が困り顔で告げる。

 どこに行くのか。遠くに走る酒呑を追って、鬼たちも多数鉄の御所を離れていく。
 しかし、酒呑を追わずに離散した鬼も多い。鬼の事件が散発する事は予想できた。