豆を喰うか 人喰うか
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月22日〜02月27日
リプレイ公開日:2005年03月04日
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●オープニング
「畜生! やられた!!」
朝一番。男たちの怒声が村に響いた。
彼らがいるのは村の倉庫。そこには冬を越すのに必要な蓄えが置かれているのだが。今はぱっくりと倉庫の扉は開き、薄暗い中が陽光に照らされている。
扉の周囲に散らばる獣たちの足跡。食料も鼠やら鳥やらに齧られて無残な残骸がちらほらと。だが、その被害は軽微な物‥‥というより、怒るべき相手は食い荒らした獣たちではなかった。
無論、食料を入れておく場所だ。獣やらに食い荒らされぬよう対策は立ててある。なのに、そうなってしまったのは、単に食料庫の扉が開いていたからである。――だが、扉を開けたのは村人たちではない。
夕べは珍しく村に客があった。
ふらりとやってきたその老人は一夜だけの宿を頼み、そして、夜が明ける頃にはその姿を消していた。そして、食料庫は暴かれ、中からは大量の豆が無くなっていた。
どう考えても、その老人が盗んで逃げたとしか思えなかった。
「虫も殺さぬような顔をして、ふてぇ野郎だ!!」
「俺は端から怪しいとは思ってたんだ! あんな爺ぃ、村に入れずにとっとと追い出すべきだったんだ!」
「いや、しかし。あの時点でこんな寒い夜に追い出すなんて‥‥」
「だったら納屋じゃなくて。家に泊めていたら早々と逃げられはしなかったろう」
「強盗だったらどうする。実際泥棒だったじゃないか!!」
「そもそも村長の家に泊めていたら、人でも多くて出入りを見張れたのに」
「わ、わしのせいと言うのか!?」
口々に責任を言い合う村人たち。だが、そんな事を言いあっても今更何の役には立たない。
結局、老人の足ではさほど遠くへは行けないだろうと読み、探し出して役所に突き出そうという事になった。
若い衆を中心に幾人かの組に別れて、方々を探して回る。程無くして、一つの組が老人を見つけ、
そして‥‥
「喰われちまったんだ」
真っ青な顔で、冒険者ギルドに飛び込んできた男は、事の次第をそう話すと大きく身を震わせた。
「俺たちは五人で探していた。川沿いに移動していると、あの爺ぃが見えた。爺ぃも俺たちに気付いたようだった。なのに、気にもせず盗んだ豆を上機嫌で歌いながら洗い出して‥‥。俺は頭に来て持ってた棒切れで爺ぃに殴りかかろうと思った。けど‥‥」
顔を覆って、男は首を振る。何かを振り払うように。
「そいつは、俺以上に盗まれた事に怒っていた。丹精込めた作物を黙って失敬するとは何事だってな。探しに行く際、鎌なんて持ち出して‥‥、俺が、そいつが爺ぃを殺すんじゃないかと心配してたぐらいだった。なのに、そいつが俺を止めた。きっといい爺さんだから、話せばいいなんて言いだして‥‥」
挙句に他の奴らもそんな事を言い出した。
「怒ってたのは皆同じなのに、変だと思ったさ。だから止めた。なのに、あいつらは聞かなくて、まるで古い友人みたいに気安く爺さんに声をかけて笑いかけて、それで‥‥」
話しかけて傍に駆け寄ると、老人は男たちに嗤い返した。その笑みのまま、素早く爪を振るうとあっという間に、四人を血に沈めた。男が助かったのは、単に尻込みして距離が開いていたからだ。老人の手が男に伸びる前に、男は身を翻して逃げた。
老人は追ってこなかった。その代わりとばかりに耳に届いたのは、仲間の悲鳴と濡れた食む音と砕かれる骨の音。罪悪感はあったが、とても戻る気にはなれず、男は村へと逃げ帰った。
その後、村の者総出で老人がいた場所をもう一度訪れた。すでに老人の姿は無く、盗品の豆も無く、あったのはただ変わり果てた仲間たちの残骸だけだった。
そこまで話して泣き崩れた男に代わり、ギルドの係員が説明を行う。
「老人の正体は恐らく豆洗いだろう。鬼の一種で、その割に温厚だという話だが‥‥」
係員の顔が渋る。文献や知識でどうあろうと、事実は変わらない。やはり鬼は鬼という訳だ。
「豆洗いはまだその付近にいると思う。これ以上の犠牲が出ないよう、よろしく頼みたい」
告げる係員の隣で、男は泣きながら頭を下げた。
●リプレイ本文
村に現われ豆を盗み、加えて追いかけた村人を喰った鬼・豆洗い。それを退治すべく、冒険者たちは村へと赴き、その後の行方を調査していた。
殺害現場となった川辺。遺体はすでに埋葬されていたが、おびただしい血の痕跡は今だ生々しく大地に染み付いている。
「人を喰らう豆洗い。盗んだ豆も食べる為に洗っているのでございましょうか。‥‥豆だけを喰ろうてくれれば、争わずに済みまするものを‥‥」
「本当に。彼ら魔物にも生きる権利はあり、その手段が人を喰らう場合もあります。だからといって、黙って食べられる訳にはいきませんしね」
痛ましげに胸を押さえる火乃瀬紅葉(ea8917)。シェーンハイト・シュメッター(eb0891)も似た表情で汚れた大地に十字をきる。
「結局の所。鬼は鬼と言う事でありましょうか。厄介な能力もあるようなので、野放しにすれば更なる被害を広げますね」
御神楽澄華(ea6526)が嘆息して首を横に振ると、気を取り直したか紅葉も頷いた。
「豆洗いたぁ、風変わりな相手ですねい。厄介な能力‥‥魅了の魔法か何かでしょうから、気を引き締めてかからねぇと‥‥」
無姓しぐれ(eb0368)――正確に記すなら単なるしぐれだけか――が、相手の能力にくつくつと笑う。その反面で、
「魅了だべかぁ。話を聞いた時からそれっぽいと思ったけんど‥‥くわばらくわばら」
嫌そうな表情でイワーノ・ホルメル(ea8903)は大きく身震いする。過去にも魅了する妖怪と関わった事があるイワーノとしては気が滅入るようで。
いや、彼以上に滅入っている者がいる。
「魅了を使う爺‥‥爺に魅了されても面白くないしなぁ」
煙草を吹かしながら、がっくりと肩を落とすのはレイヴァン・クロスフォード(eb0654)。
「私が以前出会った豆洗いはお婆さんでしたが?」
「それもどうよ。どうせ魅了されるなら美女か美少女が良いが、‥‥いや、それなら魅了するのは俺の役目か」
紅葉に言われて、何やらついでに悩み始めた様子。問題点は、外見じゃなくて人喰い妖怪という点だと思うのだが、そこらはいいのだろうか。
レイヴァンの悩みはさておき。普通の妖怪退治と異なり、豆洗いで厄介な点はやはりその特殊能力だろう。魅了の効果に関しては、手伝いに来た冒険者や紅葉の体験談を聞いてもその認識を深めるぐらいでしかない。
「発動条件はどうなのでしょうね。お婆さん豆洗いは歌で魅了してきましたが、個体差もありましょうし‥‥」
首を傾げる澄華。村で多少聞きこんだが、やはりピンと来る物は無い。
魅了と言っても、妖怪種族によって効果範囲や発動条件は違ってくる。その違いが分かる程知識のある者は、手伝いも含めてあいにく今回の中にはいなかった。
「今の所。豆洗いに友好的になったら、互いに押さえつけると言う事で」
「まぁ、何かあったらよろしく頼むわ」
事前に話した内容。しぐれが確認を入れると、レイヴァンが軽く笑う。
とにかく、今は行方を捜すのが先。豆洗いならば、川沿いに痕跡が残ってないかと、手分けして探していると、
「いたー、いたいたいたいたいたいたーーーーっ!!」
彼方から草薙北斗(ea5414)が全力疾走で駆けてくる。
「豆洗い見つけたよ! 先に村で聞いた特徴そのままだったから間違いないよ!」
頬を紅潮させ、息も整える間も無くそれだけを一気に告げる。
北斗、先行して村に入りいろいろと調査をしていた。川沿いや洞窟を中心に見てまわり、何の前触れも無く洞窟から出てきた豆洗いと遭遇した。
ただ、向こうも不意をつかれて驚いたらしい。その間に微塵隠れで逃げようとして‥‥発動失敗。気を取り直した豆洗いが何やら仕掛けてきそうだったので、一も二も無く足で逃げて来たのである。
「まだそこにいるかも知れませんね。急ぎましょうか」
緊張した面持ちで花東沖竜良(eb0971)は、北斗が来た方角へと目線を巡らす。胸躍らせているのは、初めて妖怪と相見える高揚である。
駆け出す彼に続き、他の冒険者たちも現場へと走り出していた。
北斗が豆洗いと遭遇したという場所に急行したが、案の定と言うべきか、すでに姿は無い。辺りに多少豆は散らばっているが、それだけでどこに行ったのかはよく分からない。
「こういう時は‥‥見つかってくれだべ」
イワーノがムーンアローのスクロールを広げる。対象は「人を襲った豆洗い」。
目標に確実に当たるムーンアローは、反面、範囲に対象者がいなかったりその対象が複数存在するなどしたら自分へと跳ね返る。書かれた魔法は初級で威力としては弱いモノだが、やはりそうそう喰らいたくは無い。
念じて現われた淡い光の矢は一直線に飛び‥‥
「痛ぇ〜!!」
声を上げたのはイワーノではない。光の矢は彼方へと飛んだ。
声のした方へ駆け寄ると、一人の爺ぃが騒いでる。ぎょろっとした目の胡散臭そうな爺さんは、村で聞いた豆洗いの特徴そのまま。確認して見遣ると、北斗も頷く。何よりもう一度イワーノがスクロールを使用すると、ムーンアローは狙い違わず爺ぃへと命中した。
そこに至り、豆洗いもようやく冒険者たちに気付く。武器を持っている事に顔を顰めたが、それも束の間、気を取り直したように笊で豆を洗いながら暢気に歌いだす。
「はぁ〜♪ 豆を砥ごうか シャギシャギと〜♪」
「やっぱり歌で魅了する気ですの!?」
気付いた紅葉が声を荒げると、詠唱を開始する。自身や澄華はフレイムエリベイションをかけているとはいえ、他の者はそうはいかない。
魅了の罠を警戒してまずは遠距離から攻撃。シェーンハイトもまた詠唱を始める。
イワーノのムーンアローが刺さり、竜良の振り上げた日本刀から真空の刃が飛ぶ。紅葉のマグナブローが豆洗いを吹き飛ばすと、さすがに堪えたのだろう。豆洗いの足がふらついている。
「覚悟なさいませ! 人心を惑わし、人を喰らう鬼め。今、紅葉達が討ち取ってくれまする!」
紅葉が薙刀を構えて吼える。油断無く構えられた薙刀を、しかし、横からシェーンハイトが掴みこむ。
「待って下さい。やはり彼らにも生きる権利はあるはずです!」
必死に訴えてくるシェーンハイト。その様子がおかしい事に他の冒険者は気付き、先程、シェーンハイトのブラックホーリーが発動しなかった――いや、発動直前で詠唱をやめた事を思い出す。
「魅了されたのですかい!」
苦々しくしぐれが告げると同時、イワーノが悲鳴を上げる。向けばスクロールをレイヴァンが叩き落としていた。
「こんな‥‥どんなに昔を振り返っても俺のようないい男だった時代があるとは思えない枯れた爺ぃ一人。寄ってたかって可哀想じゃないか」
拳握って力説するレイヴァン。こちらも魅了された模様なのは一目瞭然。
「‥‥何気に失礼な事聞いた気がするんじゃが。ま、えーわ。逃げるので助けてくれな〜」
言うが早いか。豆洗いが一目散に駆け出す。
「逃がしません!」
澄華が追いかけようとした先に、シェーンハイトが立ち塞がる。
「待って! このまま逃がしてもいいでは‥‥きゃあ!」
「ここは押さえますから、追って下さい! ここで取り逃がして、また次の惨劇を起こす訳にはいきません!」
竜良が荷から縄を取り出すと、押さえ込んだシェーンハイトを縛り上げる。
「行かすか!」
「行かせますか!!」
後を追う者たちを止めようとしたレイヴァンにしぐれが対峙する。
「この刀。ただ斬る事に大事こそあれ、ってね。だけど、仲間相手に斬る事は出来ませんしねぇ」
刀を抜かずに構えるしぐれに、レイヴァンもまた構える。戦いの緊迫感で狂化しており、見る者が見ればしぐれが鬼退治をしているようにも見えよう。
そんな間にも。
豆洗いを追った側はといえば、手負いの相手、すぐに追いついていた。
「皆の魅了を解かせてもらいます」
追いつくや否や、霞刀を抜き放つ澄華。魔法での高揚がさらに攻撃の精度を上げて、確実に豆洗いを斬る。
「くぉの! 小娘が!!」
苦々しげに顔を歪ませ、豆洗いがその鋭い爪を振るう。
素早い斬撃は確実に澄華を捕え、切り刻む。が、防具に阻まれ、カスリ傷しか負わせられない。
さらに激怒して紅潮する豆洗い。
「澄華さん! 離れて下さい!!」
そこに紅葉の指示が飛んだ。澄華が従うと同時に、豆洗いが再びマグナブローに包まれる。
「ぎゃおおおおぉ!!」
叫びを上げる豆洗い。そこに、追いついた竜良が再び真空刃を浴びせると、豆洗いは血を吐き、身を崩す。
しぐれが駆け寄るや、そのまま間合いを詰める。
「刀を抜く以上は、死んでも斬ってやる‥‥!!」
抜刀術を基本とする夢想流。素早く掠めるように抜き放たれた仕込み杖の刃は、完全に相手の虚を付き、その身を切り裂いていた。
「ごめんなさい。ご迷惑かけてしまいました。あの距離なら大丈夫かとも思ってましたけど、やはりでしたのね」
「‥‥というか、ちょっと酷すぎやしないかとも思うんだが」
魅了効果は直に解けた。縄から解かれ、しきりと恐縮するシェーンハイトに、レイヴァンの方はいささか憮然としている。
シェーンハイトは割りと楽に取り押さえられたのだが、レイヴァンは格闘術の専門家だ。油断すれば技量負けする。
なので、しぐれが対峙した隙に竜良が後ろから押さえつけ、北斗も加えた三人がかりでふんじばったのである。勿論、レイヴァンも抵抗するのだから、多少手荒くなったのも否めない。
「ま。皆に大きな怪我が無く無事に依頼が終了したんだからよかったべ」
にっこりと笑うイワーノ。出際にお見送りで武運を祈ってもらった甲斐があったというもの。
これにて落着、と。村に冒険者らが帰ろうとする前に、レイヴァンは豆洗いに目を向けた。
今は動かない豆洗い。無残な姿にレイヴァンは静かに手を合わせる。
「南無さん南無さん、どうせ今度生まれてくんなら俺の様ないい男に生れてくんだな。そうすりゃもっと魅了の幅も広がったろうに」
‥‥幅が広がって全員魅了されたりしたらどうする事やらなのだが。