●リプレイ本文
突然京へと攻めてきた死人の群れ。彼らを押さえる為、京の警備が多数南へと向かった。
その隙をつき、北から攻めて来ようとしている鬼たちがいた。推定される実力や数を考えれば彼らだけで京をどうこう出来る程の力は無い。それでも人心は惑うし、警備は更に翻弄される事になろう。
「さてさて。倍以上の数をほこる敵相手に、思い知らせてやれ、とは。しかも相手は見晴らしの良い広い河原に陣取っているときた」
無姓しぐれ(eb0368)が苦笑する。
鬼の駆逐を頼まれたのは八名。手伝う者もいたが、あくまで主役はこの人数。鬼の数は最低で三十と言い、しかも増えているという話。分が悪いのは目に見えた。
京都の冒険者ギルドが、実質動き出したのはここ最近。というより、長く開店休業状態にあり、今回江戸からすでに冒険者として名を馳せていた者が多数参入して、ようやく機能し始めたばかりだ。
実際今回の依頼に参加している者は、多かれ少なかれ冒険者としての経験を培ってきた者ばかり。
故に、簡単に言ってのけてくれたのは、その経験をかってくれているのか、それとも単に腕前を試そうというのか。
真意は測りかねるが、受けた以上、依頼を為すには変わりない。
「それにしても。京の危難と聞き馳せ参じましたが‥‥小鬼に愉快犯で便乗犯をされるほど手も回っていないとは」
目を伏せて御神楽澄華(ea6526)は頭を横に振った。偽志士横行、鬼の台頭、そして死人の進撃など、京を覆う影はあまりに深い。京都守護職、検非違使、新撰組、見廻組、黒虎隊などなど。防衛する戦力は数あれど連携が上手くいっておらず、どころか反目しあう事もしばし。
冒険者ギルドもあくまで中立として京に存在するが、結局新しい勢力として敵視する者もいる。
‥‥前途多難である。
「魔都ですか‥‥不穏ですね」
騒々しい事態に、ルイーゼ・ハイデヴァルト(ea7235)もまた頭を抑える。
それが京都の実情だった。
そんな彼らにアウル・ファングオル(ea4465)が笑って話しかける。‥‥が、あいにくアウルはジャパン語が出来ない。
「敵は確かに多いですが、その為の策は練ってきたのですから大丈夫です、との事です。」
唯一言葉が通じるルイーゼが必然的に通訳役となる。
状況的にはけして楽観視はしてられない。それでも何故かアウルの機嫌はいい。――見送りに来てくれたお姉さんのせいだろうか?
敵の数が多い上、毒を使う犬鬼もいたりする。真正面からまともに遣り合うのも骨が折れ。
なので、少々罠をはる。
「上手くかかってくれるといいがな‥‥」
罠の用意をしながら周防佐新(ea0235)が首を傾げ、澄華は軽く肩を竦めた。そんな彼らに、ルイーゼは一人ずつグッドラックをかけて回る。
河原で鬼たちは群れ集っていた。
武装している者もいたが、襤褸を纏って手には棒切れというだけの者もいる。
その中で一際体格がよく、装備も充実して中心に陣取っている小鬼たちがいた。どう見ても彼らが首領の小鬼戦士である。全部で三体。仲良くぎょろりと辺りを見回し、集まる鬼たちを小気味良く笑って見つめていたが。
「ゴブ?」
内一体が、何かに気付いて、醜い顔をさらに歪ませた。すぐに他の鬼たちも気付く。
向いた方角。何やら煙が立ちこめている。その手前では、ちらちらと動く人影が。
「ゴブ‥‥ゴブゴブー」
にやりとわらうと戦士の一人が告げた。嗤いさざめくように、小鬼たちは飛び跳ね、その人影へと突進していった。
「さて、来たか‥‥。これだけの数を相手にするのは幾日振りか‥‥」
武器を振り上げ大挙してくる鬼たちを見て、丙鞘継(ea2495)は即座に逃げる。
ともあれ、鞘継が逃げるので調子付いて鬼たちはさらに追いかけてくる。速さは鬼たちの方がわずか早いようだ。そのままでは直に捕まる。
ちなみに遠距離走はどれだけ休まずに走り続けられるかが得意なのであって、走る速さ自体はどれだけ鍛錬しても劇的に変わったりしない。なので捕まらずに長期間走る事ができたら、先に鬼たちが息切れして倒れてくれるかも、なのだが。ま、今回そんなに長く走る事もない。
「金蔓の先導、ご苦労様。怪我は?」
鞘継が逃げた先では、白翼寺涼哉(ea9502)がどぶろく漬けの保存食を燻して待っていた。迫る鬼にやはり涼哉もすぐさま逃げる。――と言うより、後ろに下がる。
無い、と答えて鞘継は身構える。
燻した餌と、少人数の敵。葱背負った鴨、と見えたのだろう。鬼たちは勢いのまま、何事も無く突っ込んでくる。
そこへにょっきりと待ったの手が入る。まさしく手だけが伸びてきて、クルスロングソードを叩きつけてきたのだ。アウルのミミクリーだ。
間合いの外から伸びてくる手に度肝を抜かれ鬼たちは、斬られた鬼と手とをあたふたと見遣っていた。
「じゃ、始めるか」
言うや、佐新が味方に当てぬよう注意しつつファイヤーボムを放つ。小さな火の玉は空を飛び、着弾するや派手に爆発する。
「オー!? クォオ!!」
「コブコブ!!」
さすがにこれには鬼たちは総毛立ち、立ち止まる。
「ゴーブ! ゴブゴブ!!」
が、それを追いかけてきた戦士たちが咎める。何をしている、進め! という風に武器を振り躱し、手下達を鼓舞する。
それに気を取り直したのだろう。鬼たちがまた進みかけたが、その足元で炎が伸びる。敷かれた縄に添い、派手に燃えながら炎は鬼たちの行く手を阻んだ。驚き慌てる鬼たちは火を避けて動こう。そこへ、その縄の炎がさらに不自然な動きで蠢き地を這うと、さらにその外周が一気に弓なりに炎を上げた。
あらかじめ油で浸した縄を並べて、その周囲を油で囲んだのだ。ただ、澄華の心配通り綺麗な円形にするには少々油が足りなかったが、それでも十分効果はあった。
さらに、外橋恒弥(ea5899)が近くの木の上から、一気に石を撒く。小石でも当たれば痛いし、打ち所が悪ければ結構な怪我になる。
粋がって武器を振り上げる鬼、驚いて逃げる鬼、オロオロと立ち尽くす鬼、どさくさに燻した保存食を失敬して食う鬼‥‥。集団はまったく混乱してしまっていた。
「こういう時は、確かに役に立つ奴だな‥‥」
「じゃ、普段は?」
深く頷いてる鞘継を聞きとがめ、恒弥が尋ねる。
が、聞こえなかったのか何なのか、鞘継は日本刀と短刀を引き抜き、小鬼へと切りかかる。刃にはバーニングソードが付与してある。
軽く肩を竦めると、恒弥も木から降りて日本刀を抜く。ま、鬱陶しい(←しかも強調されてる)と思われてるなど、別にわざわざ言う事でもあるまい。
「ここまで集まると実に壮観です。とはいえ、ヨミとやらに行って頂きましょう‥‥」
無表情のままに、ルイーゼは呪文を唱える。白く淡い光に包まれるや、威力を抑えたホーリーで確実に鬼へと攻撃の手を加える。後の負傷者の治療やいざという時の攻撃分なども考えて、余力を残すよう十分に計算を事に当たる彼女。だが、鬼の数に押し切られ、詠唱を唱える時間を確保する事も難しくなってくる。
それは、佐新も同じ事。ファイヤーボムで吹き飛ばしていたが、埒が明かなくなり、日本刀で蹴散らしにかかる。
「毒は厄介だからな。犬鬼を先に片付けたい」
後方に控え、涼哉は指示する。回復役に徹する為、そもから魔力も温存、自衛に徹する。それでも次々やってくる相手には閉口している。
「死角は作るな。踏み込まれるぞ‥‥」
「分かってるよ。‥‥全く犬鬼とは二月ぶりか。何か縁があるのかねー?」
鞘継は巧みな刀使いで敵を翻弄し、まずは相手の機動力を削ぐのが先決と、主に足を狙って斬りつける。
軽く返事をして、恒弥は後ろから斬りかかってきた犬鬼を躱すと、そのまま斬り込む。
瞬く間に混戦し、場は騒然となる。数で押す鬼たちだが、元より烏合の衆。火に動揺して連携も無い。が、火の勢いが無くなり出すと、徐々に平静を取り戻しつつあり、それを戦士が叱咤して喝を入れている。罠にいきり立ち、武器を持つ手にも力が入っている。
「類焼の心配が無くなるのはいいですが、混乱が収まるのは少し不都合ですね」
踏み込んでくる茶鬼が力任せの一撃を振るう。重い斧が身を掠め、ひやりとしながら澄華は小太刀を返す。今は確実に一体ずつ仕留めていくしかない。
「ああ。早い所指揮系統を潰すべきだろうが‥‥」
佐新は小鬼戦士を見遣るが、彼らは冒険者らと対峙せず、後ろで号令をかけている。指揮するばかりでけっして自分たちからは前に出ようとしない。
なので、鬼が群れる中を巧みにすり抜け、しぐれは小鬼戦士へと迫る。
「南無三! これで動けなくなって下さいよ!!」
仕込杖から抜刀。首に向けて掠めるように刃を振るうと、躱す事もできずに戦士は血の雨を降らす。
手痛い一刀はかなりの深手を相手に負わせたが、絶命までには追い込めない。
小さく舌打ちするしぐれに、血塗れになりながらも咆哮を上げて戦士は鋲がついた棒を振り落とす。初撃は躱したが、次の一撃はしぐれ自身に向けたものでなかった。
武器の軌跡はしぐれの仕込杖に向けて。慌てて得物を引っ込めたものの、刃先から鈍い振動が伝わってきた。一瞬戦慄したが、それだけ。杖には損傷無い。
「ここで、武器を失うのは痛すぎですからね」
ほぅっと安堵のため息をつき、しぐれはまた戦士と向き合う。
その様子を横目で見た後、アウルは目の前にいるまた別の小鬼戦士と向き合う。ミミクリーはすでにやめている。間合いの外から攻撃できるのはいいが、その分懐に潜りこまれやすくなる。ライトシールドで阻めるので身体は無事だが、問題は伸ばした手自体が守りにくい。
こちらが振り下ろすのを見計らって、腕に飛びつき噛み付いてくる鬼。すぐに振り解けたが、食いつかれた箇所がまだ痛む。
それが顔に出たのだろう。不適に笑うとその小鬼戦士は棒を振りかざす。
振り下ろされた一撃を盾で受ける。破壊を狙ったのだろうが、それには及ばず。忌々しげに眉間に皺を寄せる戦士にアウルはすかさず剣を振るう。
ただし、狙いは戦士にではなく。その手にあった武器。
剣の重さも十分に乗せると、見事、棒は二つに砕け、戦士の手から失われる。
「ゴ、ゴブ!?」
驚き慌てる戦士を前に、アウルはしてやったりとばかりに笑うと、クルスロングソードを突きつけた。
戦士格は三体。残る一体が形勢不利らしき仲間の元へ加勢しようと動く。が、その前に恒弥が立ち塞がる。
「下っ端たちは大方片付き始めている。そろそろ観念した方がいいんじゃないかな?」
余裕すら思わせる笑みを浮かべて軽口叩く恒弥。
実際、周囲に集っていた鬼たちは確実に数を減らしていた。完全に駆逐しては無いが、少なくとも時折魔法が飛び交える程度には冒険者側に余裕が出来始めていた。
戦士たちが冒険者の相手に手一杯になった隙に逃げ出す鬼も多い。そういった者は追わずにただ蹴散らす事だけに専念しているから、自然、みすみす命を失うより退却を選ぶ鬼も増え始めている。
状況を察したか、渋い顔を見せる戦士に恒弥が踏み込む。巧みに刀の軌跡に変化を対応できず、出来た隙に戦士は斬りこまれる。
仰け反った所へすかさず、鞘継が小手を狙い武器を落とそうとするが、寸前それは躱される。恒弥が軽く肩を竦めてみるも、鞘継はわずか不機嫌そうにまた別の小鬼を斬り捨てている。
「グオオオオオー!」
小鬼戦士が大仰に吼える。周囲の山に響くような声で叫ぶが、それは突然途切れた。
ルイーゼのホーリーが効いたのだ。加減無しの威力を唱え、彼女自身がどこか驚いたようにほっとしている。が、続けてと言う訳には行かず、残る茶鬼に斬り込まれ、已む無くルイーゼは大きく下がる。
戦士たちはそれぞれに満身創痍だった。だが、それは冒険者たちも似た様なものだった。数を減らしたとはいえ、集まった鬼たちはまだまだ顕在。戦士たちより、むしろそちらに振り回される。
それでもこの集団を束ねるのは三体の戦士でしかなく、彼らを倒せば後は適当に散るだろう。三体共すでに深手を負い、しかも向こうには魔法は勿論薬による回復もないようだ。
後少し。気力を振りなおすと、それぞれが目の前の敵へと向かっていった。
背中を向けて一目散に逃げる鬼たちの見送り、辺りに動く鬼たちがいなくなるのを確認すると、冒険者一同、深く息を吐いて座り込む。
「火の始末は‥‥大丈夫ですね」
肩で息をしながら澄華は周囲を確認する。最初につけた火はすでに鎮火しており、その他の場所から煙や炎が見える事も無い。
「怪我のある者は遠慮なく言ってくれ。解毒剤は‥‥どうにか足りるか?」
「倒れた拍子にこぼした奴とかもあるからな。ぎりぎりって所か」
難しい表情で答えた佐新に、涼哉は承知したと頷く。戦闘中でも薬を使用したりしていたが、それでも皆、無傷とは言い難い。それより恐いのはむしろ犬鬼の剣に塗られている毒物で、放置しておいてはどういう影響が出るか分からない。犬鬼自身が解毒剤を携帯している場合もあるので手分けして探し集める。
「こないだの山鬼の褌は弱かったけど、他の鬼のはどうなんだろう?」
「‥‥河童。胡瓜から褌に乗りかえか?」
そんな中で、倒れた鬼の褌を何やら思案してじっと見つめている恒弥。そんな彼に、鞘継は不審な眼差しを向ける。
「火葬して、埋めるだけでもしてあげたら、と仰ってます」
「ああ。捨て置くのは近くの者にも鬼にも悪い‥‥」
アウルの言葉を注げるルイーゼに、鞘継が頷く。とはいえ、炎を焚き上げて遺体を燃やすだけでも結構な作業で。ろくな道具も無くこれだけの数を埋めるのはさらに大変だった。
(「次はもう少し賢くなって生まれてくるんだね‥‥」)
遺骸を焼く炎を見ながら、アウルは密にそう考える。
と、その肩に羽根が舞い降りてきた。
ふと顔を上げると、鳥たちが集まってきてる。ぎゃあぎゃあと鳴き騒ぎ時折下降してくる。どうやら、餌を求めてやって来たらしい。
足元には血塗れた鬼の屍骸が累々と。頭上はそれを目当てに騒ぐ鳥たち。鬼を焼く煙は天へと上り、血の匂いに引かれたか獣の姿も見える。
「これが、京都ですか‥‥」
忌々しげにしぐれが呟く。陰惨な光景は、まるでこの地を暗示しているかのようにも見えた。