●リプレイ本文
カポカポと、重い荷を引きながら馬は歩く。
馬たちはのどかな足音だが、冒険者たちの足取りは酷く重い。
「酷いものだ。これが今の都の実態なのか‥‥」
他の地もけして安全とは言えない。が、京の剣呑さは際立って見える。
耳に入る惨状。天城烈閃(ea0629)は嘆くように天を仰ぐ。
死人たちの突然の進攻。ただ生者に襲い掛かる彼らに幾つもの村が飲まれ、これから行く予定の箇所もそんな場所であった。
荒らされた村は、立ち直るのにも時間がかかる。そして、立ち直ろうにも怪我人が多く、またその癒し手は少ない。なので、治療できる者を派遣して少しでも村の復興を促そうと言うのが今回の考えらしい。
大量の荷物。治療や救援物資として必要なそれらを大八車に乗せ、馬が引いて歩いている。が、これからの目的に十分足るかは不安な所もある。
その界隈の死人たちはどうにか成敗できたが、進撃は尚続いている。いや、追い払った地とてまた新手が来る可能性がある。
そうでなくとも投げ出された人々が野党に転じたりしているらしい。治安悪化は頭の痛い所だ。大量の荷に大事なきよう、移動には注意深く辺りを警戒しなければならない。
「これが、京都なんだねぇ」
というのに。どこか上の空なのは八幡伊佐治(ea2614)。どこと無く肩を落としてしょぼくれて歩き、深く嘆息している。
手が足りないのは目に見えていた。だから、伊佐治は知り合いと一緒に京都中の寺を奔走し、協力を仰いだ訳だが、結局徒労に終わる。
死人たちの行進の原因を探ろうとしているのは、何も陰陽寮だけでは無い。また、京を守ろうとする加持祈祷、負傷者の手当て、仏の慈悲にすがるべく祈りを奉げに足しげく通う人々の不安を取り除いたりと、どの寺も慌ただしかった。
このご時世では仕方の無い事だ。
だが。断るにしても、中には払えないと承知の法外な寄付を請求してくるような寺も少なくなく、不愉快な思いも大きい。仏の慈悲とは果たして何か。少々疑いたくもなる。
「京の都は華やかな所だと聞いていたのに、この有様は一体。江戸では化け狐の騒動もありましたし、ジャパンに何が起こっているのでしょうか」
呆然と呟く藍月花(ea8904)。ふと、天螺月律吏(ea0085)の胸中に疑問が湧き起こる。
(「江戸の狐たちは何かの目的があった。では今回の死人は、一体何の為の進撃だったのか? 彼らが目指した先にあるのは一体?」)
だが、静かにそれを振り払う。今ここでそれを考えても答えが出ない。それにやるべき事はまた別で、それは目の前にあった。
「確かに現状はよくないですわ。そんな中で、わたくしに何が出来るのか‥‥。けれど、困っている方々を見過ごす訳にはいきませんね」
大八車の荷を眺めて、神剣咲舞(eb1566)が告げる。
目を前に向けると、そこには死人たちによって荒れ果てた村が見えてきていた。
村での作業は多忙を極めた。
初日には手伝ってくれる者が多数あり、いろいろと楽も出来た。が、彼らが帰ってしまうと俄然一人一人の作業が忙しくなる。何をするにしても手が追いつかない。
「こういう光景を見ると‥‥。被害を未然に食い止められれば、と考えてしまいますね」
壊れた家屋に、散乱する塵。家を無くした人は路上に座り込み、凄惨な傷を見せた人が地に横たわる。
村を立て直すにもどこから手をつけていいのか。村人たちも考えあぐねているようだった。
御神楽澄華(ea6526)の言う通り、未然に防ぐ事が出来たらまた違ったかもしれない。が、今回はそうでは無い。占いを得意とする陰陽師であってもまだ現状を把握できてないのが実情。
「さて、わたくしは何をしましょう。とりあえず、運んで来た荷を降ろさねばなりませんね」
咲舞は気合を入れなおすと、大八車の荷を解きだす。
「ここでの配布分はこのぐらいだな。悪いが供給以上使うのは避けてくれ。助けるべき場所はここだけではない。後半、足りなくなりました、では洒落にもならぬからな」
状況を確認した上で、律吏が配布分を決め、分配する。与えられた物資はまだ十分残っているのだが、後々まで考えると今大盤振る舞いにする訳にはいかない。
「怪我人は寺に運び込んでいるそうだ。広さもあるし、物資を置いておく部屋もある。そのままそこで治療をするのがいいだろう。‥‥ただ、住職はもういないようだがな」
場所の手筈を整えて、山崎剱紅狼(ea0585)は馬を引く。微妙な言い回しは、つまり、この世にすらいない事を暗に示した。
寺に駆けつけてみると、広い境内にはすでに幾人もの怪我人が運び込まれている。それは治療する場所と云うより、墓に入る順番待ちに見えた。だからこそ、余計に寺なのだろう。
「怪我の酷い者はどこだ? 特に子供は優先したい」
烈閃が看護をしていた村の女に告げると、女は慌ててそちらへ案内する。
死人たちの攻撃は単純だ。脳が無いから武器を使うなど滅多ない。故に爪で毟られ、歯で噛み付かれ。肉をごそりと失った痛みに苦しむ声が周囲に満ちる。
(「妖どもが、随分と好き勝手な真似を‥‥」)
否応が無く目に入る傷跡。周囲は戦場よりも酷い腐臭が漂い、烈閃でなくとも憤りを隠せない。
「可愛い顔にこんな傷をつけられて‥‥。大丈夫、安静にしてれば二日程で消えるから、な?」
安心するように笑い掛けながら、目立つ傷跡に伊佐治がクローニングをかける。
年頃の娘だった。なのに顔の半分は掻き毟られ、さらには頭皮や耳も失っていた。髪をつかまれたのを無理矢理振り解いて逃げたらしい。笑い掛けられて心の痞えが取れたのか、泣き出す娘に伊佐治は大いに慌てる。
転がされていた患者が多かったが、運びこまれる患者もまた多い。手当てしてくれると言う事で自主的に訪れる者もいるし、剱紅狼が動けない者を馬で運んだりしている。戸板に括って馬で引く事は土の凸凹が重体に響く為、断念せざるを得なかったが、それでも馬を使っての移動は足の萎えた者などから大変感謝されている。
「先生方、こっち来て下さい。爺様の容態がおかしいんです」
そうやって傷を癒している中、顔を真っ青にして村の者が飛んで来た。
案内されるままに駆けつけると、老人が寝ている。その周囲を同じように怪我をした人が取り囲んでおり、困ったようにこちらを向いた。
彼らを掻き分け、烈閃は寝ていた老人の手を取り‥‥、
「何か必要なものはあるか?」
尋ねてきた伊佐治に、黙って首を横に振ると烈閃は老人の手を胸の上で組ませる。
周囲の村人はため息をついたが、それだけだった。死があまりにも多すぎて、涙すら無い。
「怪我をして動けない者は他にいるか!? それと、動ける者なら誰でもいい。こっちに手を貸してくれ!」
全力を尽くしても叶わないモノは叶わない。そんな状況に噛み付くかのように、烈閃は口早に指示を飛ばした。
直接的な治療の傍らでは、望月滴(ea8483)と咲舞がのんびりと村人たちと喋っていた。
といっても、サボってる訳ではない。
「わたくしはまだ未熟かもしれませんが、話を聞くぐらいなら出来ますよ。不安な事などは胸に秘めず、少しお話しませんか?」
傷を負うのは身体だけでない。異形からの攻撃や大量の死に心を病む者も少なくない。滴はそう言った者を中心に、少しでも負担を減らそうと話しかけていた。
「お茶をどうぞ。落ち着きますよ」
伊佐治の案で菓子や茶も積まれており、村人らに振舞われていた。咲舞がお茶を差し出すと、遠慮がちに村人は受け取る。
最初は初対面と言う事もあって、緊張からかなかなか話も出なかったが、腹に少し入った事と滴の柔らかい話術で少しずつ村人たちも打ち解け、心の裡を見せ始める。
「大変でしたね。‥‥でも、すぐに良くなりますわ」
「ほんに、そうだとえんじゃけどのぉ」
にこりと微笑む咲舞に、不安げに返す村人。
「ええ。でも、まだ少しはかかるかもしれません。それにやる事もたくさんありますね。今後また死者が来た時に対する知識や手当ての方法も必要となるでしょう。今後の為に、少しお話しておきましょうか。少なくとも手当ては役に立つでしょう」
「‥‥そうじゃの」
滴が告げると、諦めたか納得したか、曖昧に村人は笑って頷いた。
村中を巡っていた剱紅狼だが、いい加減目ぼしい病人怪我人も運び終えたと判断し、寺へと戻る。と、明らかにこそこそとしている人影を見つけた。
不審に思って見ていると、影は運んできた物資の方へと近付く。
「こら! そこで何をしている!!」
荷に手を伸ばしたのを見て、即座に剱紅狼は一喝。驚いた人影が慌てて逃げ出そうとした所を、むんずとひっ捕まえた。
「放せ! 放せよう!!」
捕えてみれば、まだ子供だった。痩せた手には、食料を抱え込んでいた。
「馬鹿野朗! いくら生きる為っつても、何したって良い、なんて道理があるか!」
「けどぉ‥‥」
さらに怒鳴られて、しゅんと項垂れる子供。それを見て、剱紅狼はしょうがなさそうに子供の頭を撫でる。
「今は忙しいけど。夜になったら、何か話でもしてやるよ」
励ますように告げると、子供は振り払うようにその場を去った。
ふと剱紅狼が辺りを見渡すと、物影に素早く隠れる子供たちの姿が見えた。見咎められたと感じたか、ばたばたと逃げ去っていく。
多くの者が死に、親を失った者も多い。野党に転じるのはなにも大人ばかりでない。
(「やれやれ、だな」)
剱紅狼は肩を小さく竦める。考えるだけに荷は重かった。
「思ったよりも建物は壊れてないですね。皆無とは言えませんが」
壁に開いた大穴を埋めながらも、月花はそう判断していた。
壁や扉などは確かに酷いありさまだが、柱がほぼ無傷なので家としての形は保っている。天井も害の無い家が多い。死人憑きは単純で、獲物を前にして邪魔と思う物は取り除くが、わざわざ建物を壊して燻りだそうとか云う機知が無いからだろう。
「柵は一点突破のようだ。というか、やたらにぶつかって開いた穴にさらに群がって押し広げたという感じかな。補強するに越した事は無いし、応急処置はしておいたが」
村を守る柵を見て回っていた律吏が告げる。被害の様子から、死人がどっちから来て、どっちに出て行ったのかが簡単に知れた。
「じゃあ、一番酷いのは水路でしょうか。見てきて正解でした」
澄華は渋面を作る。
村の外では、死人憑きの歩みに田畑や水路などは踏み潰され、無残なものだった。春というのに、あれでは農作どころではない。村の人に教えてもらいながら、澄華も一緒になって水路や農地を直していたが、身体が普段と違う使い方をされて少々悲鳴をあげてたりもする。
「皆さん。どうでしょ、手を休めてお食事にしませんか?」
村の人が食事を持ってくる。大人数の炊き込みが出来るようにと、月花は台所の修復も率先していた。届けられた物資もあり、久しぶりにいい食事が出来ると村人たちは喜ぶ。
「ありがとう。他に不都合はないだろうか?」
律吏が尋ねると、村人は無いと首を振りつつも、思い出したように訥訥と誰それの家の壁に傷みがあったとか、どこそこの人が怪我しているのに我慢しているとかを話し出す。そういった事柄を律吏は丁寧に聞いていた。
「この村では井戸水があったから、飲み水は何とか大丈夫だったですけど」
差し出された握り飯を受け取り、それでも月花は思案顔にくれる。水の確保は生きていく上では絶対だ。万一それが出来なければ、その時どうするべきか。
考えるだに頭が痛い。
「大丈夫。こういう時、一個人の力の小ささを痛感するが、だからこその『仲間』なのだろうが」
視線を巡らせると、各々の冒険者が動いている。個人で賄えない事も、他の誰かが手を入れている。村人も互いに助け合い、少しずつ良い方向へと持っていこうとしている。
その光景を見て、どこかほっとしたように律吏は微笑む。
たなびく煙は飯を炊くだけにあらず。
こういった村では火葬を行う事はあまり無い。が、今回は遺体を火に返していた。
倒された人は勿論、倒した側も二度目の死を受けて転がっていたりする。それらが物のように積まれて焼かれる様は、本当にここがこの世なのかと疑いたくなる。
埋められていく人たちに向けて、滴が略式ながらも葬儀を執り行う。並んだ土饅頭に無言で手を合わせる冒険者たち。真新しい墓の数は格段に多い。
訪問は、幾つかの村へと日をかけて行う。次の村に向かう冒険者たちは、そこでも同じ様な惨状を目にする。程度の差こそあれ、どこも酷い有様で。
そして、今尚こうした村はどこかで増え続けている。。
(「なら、いっそ俺だけでも‥‥」)
ふと胸に湧いた考えを烈閃は即座に振り払う。今、一人が加勢した所で戦局は変わらない。むしろ、村々への救済は一人でも多い方がいい。
「あいつらは必ず、俺のこの手で冥府に送り返してやる」
代わりに、梓弓を握り締めて固くそう誓う。
この攻勢が何故起きたのか。それを知るのはまだ先の事。今は見通しのつかない不安の中にただあるだけだった。