振り返ってはなりません

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月11日〜04月16日

リプレイ公開日:2005年04月19日

●オープニング

 十三参り。
 十三日に年齢十三の子が虚空蔵菩薩に参って厄を祓い、知恵を授かる行事である。
 一種の成人式で、授かる知恵もこれから大人として生きていく為の知恵や福徳。参る時も大人と同じ着物を着せてもらうのである。
 十三参りは虚空蔵菩薩を祀る寺で各地行われているものの、京で有名なのは嵐山の法輪寺。『こくぞうさん』で親しまれ、遠地からわざわざここに足を運ぶ者も少なくない。
 さて、この法輪寺の十三参りには守らねばならない幾つかの約束事がある。
 中でも、こくぞうさんに参った帰りは法輪寺橋(渡月橋)を渡りきるまで絶対に振り返ってはならない、というのは有名な話。一人前の大人になったのだから決められた約束事はきちんと守らねばならないという教えでもあり、もし破ればせっかくこくぞうさんからもらったありがたい知恵を失ってしまうと云う。

「本当に約束を守れるのか、親はわざわざ後ろから子供を呼んで試そうとするし、そんな意地悪に引っかからないぞと子供は必死で橋を渡りきろうとする。実にほほえましい光景が見れたりするもんなんだな〜」
 冒険者ギルドにて。何だか思い出にふけりながら、しきりに頷きギルドの係員が冒険者らに告げている。傍から見れば不審人物其の壱だ。
「が」
 にやけていた顔を引き締め、係員は冒険者らを見遣る。
「こういうめでたい場になると俄然張り切って邪魔をしたがる奴が京には多すぎる。陰陽師たちが先んじて占った所、どうやら橋に天邪鬼が現われ騒ぎを起こすらしいとの卦が出た」
 占いに寄れば、天邪鬼の数は1体から多くて3体だろうとの事。時間帯ややってくる方法など細かい事は分からないが、とにかく橋の上で大騒ぎして、もしかすると怪我人も出るらしい。
「よって、冒険者たちには橋を警備し、天邪鬼が暴れるのを阻止して欲しい。ただし」
 冒険者らを見回し、強く睨む。
「今回は晴れの舞台だ。それを血で汚すような事があってはならない。天邪鬼は放るのも何だが、何なら追い払うだけでいい。あくまで邪魔をするようなら仕方なかろうが、その場合はなるべく人目につかないように。
 とにかく事は穏便に。何より騒ぎの際に十三参りから帰る子供を振り返らせてはならない」
 言って、係員は嘆息する。
「とは言え。南の死人騒ぎでただでさえ人は不安になっている。特に年頃の子は過敏だから、騒ぎに反応して狼狽し平常心を失いかねない。それで無くとも、何十といる子らを一斉に指示するのは困難だろうがな。
 ま、何が何でもとは言いづらい。だが、ここを通る子らはそういう事情を持っている。それを留意し重々気をつけて警備してくれ」
 せっかくの祝いにケチがつかないのはいい事だけどな。
 何気に告げて係員は笑った。

●今回の参加者

 ea0053 高澄 凌(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3192 山内 峰城(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8526 橘 蒼司(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9164 フィン・リル(15歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)

●サポート参加者

不破 斬(eb1568

●リプレイ本文

 京都・嵐山。
 桜が満開に咲き誇る中、流れる大堰川に船は行き交い、かかる橋には人が行き交う。
 法輪寺橋は渡月橋とも呼ばれ、巷ではそちらの方が有名ではなかろうか。
 ともあれ法輪寺への十三参りは、その橋を渡って赴かねばならない。
 十三歳になった祝いの行事、十三参り。これまでの感謝とこれからの知恵を授かりに、虚空蔵菩薩に参る人で橋の上は華やいでいた。
 晴の祝いとあって、普段とはまた違う装いで行き来する者が目に付く。十三になった子供は大人と同じ衣装を着せられ、しかし、着慣れないのかどこか似合わず、それが何とも初々しい。
 毎年のほほえましい光景であるのだが。今年は、それを邪魔する者が現れるという。
「天邪鬼、推定3体ですか。知人に調べてもらいましたけど、天邪鬼は鬼の一種で、悪戯好きで人の邪魔をするようですね。昔話でも悪者にされていたり、仁王像などでよく踏まれてる鬼の事ですよ」
 調査結果をまとめてある木管を手に、イリス・ファングオール(ea4889)はちょっと眉根を顰める。
「実際の問題として、小鬼や犬鬼に比べると天邪鬼は強いかもって事です。言霊の能力で人を不愉快にさせる事も出来ますし。ただ、人に悪戯を仕掛けるのを好むというだけなので、会えば即戦闘になりやすい山鬼に比べれば大人しい種と言えなくもないようですけど」
 告げつつも、イリスは溜息をつく。
 悪戯を好むといっても所詮は鬼。向こうにはただの悪戯でも、事によってはやはりこちらの身が危うい時だってある。逆に、例えば山鬼でも人の仲良くしていこうとする者がいたりするのもまた事実。そこら辺の性格は、出会って判断するしかないだろう。もっとも、邪魔をしに来ると予見されている以上、その時点で友好的な相手とは言えない訳だが。
「つーかさぁ。横槍が入るって分かってるんなら、行事を強行することも無いだろうに」
 橋を行く人を見つめながら、高澄凌(ea0053)は腑に落ちない様子。
 ま、確かにその通り。なのだが、お祝い事である以上なかなかそういう訳にもいかないのだ。
「そう言うな。一生に一度の晴れ舞台なんだ。無事に済ませて上げたいものだ」
「分かってる。風習を守らにゃならん大人ってのも、大変なこった。ま、仕事はきっちりこなすぜよ」
 軽くたしなめる橘蒼司(ea8526)に、凌、にやりと笑みを見せる。
「ま、折角の祭り。余興は程々な所で退場してもらわないとな」
 山内峰城(ea3192)も倣って笑みを見せる。
「こうした祭り事、希望の灯としたいところ。小鬼の企みで潰えさせてはなりませんね」
 橋を行く親子を見守りながらも、御神楽澄華(ea6526)の口調は険しい。
 何とも不穏な話の耐えない昨今。こうした明るい話題を暗く塗り潰すのはさらに人の心に不安を掻き立てかねない。何とか穏便に済ませたい所だ。

 さて。法輪寺への十三参りには幾つか約束事がある。
 その中の一つに、寺に参った後はこの橋を渡り終えるまで振り返ってならないというのがある。もし振り返ると、せっかく虚空蔵菩薩からもらった知恵を失ってしまうのだとか。
 やり直しが聞かない以上、一生ケチがついて回る。なので、冒険者たちは橋での天邪鬼騒ぎでうっかり振り返ったりせぬように、事前にちょっとした余興を行うとして道行く人に告げて回る。
「昨今のような時勢でも約束を守れるのか、ちょっとした演出をしたいと思います」
「ちょっとした意地悪な余興がありますから、お気をつけて下さいね」
「試すための芝居ですから、慌てずに引っかからないように。それと、親御さんたちは不審な子供等を見かけたらすぐに伝えるようにして下さい」
 橋の両端に立って、通りかかるお参りの人たちにそう触れて回る。
 寺に近い南側は澄華と峰城が、出入り口となる北側は凌とイリス。天邪鬼の出現に気を使っている。
「半分まで頑張ったね。親御さん達に立派になった姿を見てもらう為にもあと少し、頑張りなさい」
「おおきに」
 橋の中央では、蒼司が待機。後ろを向かず、ただ前に進んでる子らに笑いかけると、はんなりと笑って返される。
 そして、やはり北端に控えていたフィン・リル(ea9164)。踊って目線を浴びながら、天邪鬼探して飛び回っていたのだが。
 きょろきょろと視線を彷徨わせてる内に、ふと不自然な子を見つける。
「あの子、何か変じゃない?」
「髪を引っ張るな。せっかくの形が乱れるだろが。‥‥どれどれ?」
 欄干にもたれて舟漕いでた凌は、フィンの示した先を見る。
 指摘された子供は頭のてっぺんで髪を結び、粗末な着物を着て町の方から橋へと向かってきていた。調子よく歩きながらも、にたにた笑う口元はどこか下品で、嫌な目つきで周囲の人ゴミを見つめている。
 十三参りがあると言っても、勿論、普通の町人も橋を利用している為、着飾った子ばかりではない。が、そういう子供が多い中でその子はやはり浮いて見えた。
「こちら側では多少騒ぎを起こしても大丈夫ですよね?」
 イリスが弓を構える。ただし、矢は無く、そのまま弦をかき鳴らす。一弦の音色に気付いた者は多少不思議そうな顔をしたがそれだけ。が、噂のその子だけが驚いたように一瞬立ち竦んだ。
 鳴らした鳴弦の弓は特定の妖怪――例えば鬼などの動きを抑制する。恐らくはそれを察したのだろう。
「あいつが天邪鬼か!!」
 身構えた凌を見て、相手も見つかったと理解した模様。咄嗟にどうすべきか、周囲に目線を向けている。そして天邪鬼が次の行動に出るより早く、フィンが素早く動く。
「そっちに行くよ〜。あたし追いかけて振り返ったらダメだよ〜」
 言ってる間にも一直線にフィンは飛ぶ。動く物に目がいくのはどうしようもなく、ついは追いかけがちになるのを、指摘されて慌てて前を向く子も多い。
「ほら、捕まえた!」
 言って、がっしり捕まえる。とはいえ、シフールな彼女ではじゃれ付いてるようにしか見えない。‥‥案外、そっちが正解か?
 ともあれ、間近によればさらに分かる。頭の角を髪の毛で隠そうとしている。飛びつかれ、驚き鳴いた口には鋭い牙が揃っていた。
「放せ、このバカ! くそチビ!」
「うわっ、ムカつく〜」
 口汚く罵る天邪鬼に、フィンは瞬間ムッと顔を歪ませた。それから数瞬して、ますますその顔を歪ませた。
「こら! 今、言霊使わなかった? ずるいぞ! 真の悪戯王は魔法なしで戦うのだぁ!」
 ぷんぷんと怒るフィンに、知った事かと天邪鬼は舌を出す。と、橋の方へといきなり駆け出した。
 人ごみに構わず、全力で走り回る天邪鬼。人にぶつかろうが、こかそうが構い無し。
「ったく、大人しくしてりゃいいのに!!」
 晴れの祝いに血は不要。くれぐれも流血は避けるようギルドにて言い渡されている。
「ホオォォォオッ!!」
 奇声と共に、空の両手を振り上げて、凌が威嚇する。
 その後ろではイリスが弦をならし続ける。文字通りの鬼ごっこ――ただし、この場合は鬼を捕まえるのだが――を繰り広げる。
 突然の騒ぎに、「?」を顔に浮かべた人だかりが出来ていた。一体何をしているのかと、恐々冒険者と正体隠した子供を見比べる町人。
「何の騒ぎや、これは??」
 訳が分からず、通行人は口々に憶測しあう。
 そんな彼らを見渡すと、咳払い一つ、堂々胸を張り凌は高らかに告げる。
「我は、こくぞうさんより使命を授かりし、阿富呂羅漢なり! お前達に降り掛かる災厄を祓い落として進ぜよう!!」
 素敵な笑顔に、きらりと光る歯は眩しく。
 格好も決めた凌に、周囲はとにかくぽかんと口を開けている。
「そういえば、なにやら舞踊とかやる言うてましたもんなぁ」
「言うてた言うてた。余興なんか。ホンマ、何事か思たわ」
 一応の理由に納得して、人だかりはまた散らばる。十三参りの子はいけずな催しに少々むっとしていたが、だから尚の事、絶対振り返らないぞと云う気概で通り過ぎていく。付き添いの親は「御苦労さん」とだけ告げて、やはりお構いなし。
 ただ、十三参りと関係ない者はその追いかけっこを面白そうに見ていた。
 そうして出来た人だかりに、また別の子供がそろりと近付いていた。頭に手ぬぐい被ったその子は、人々の背後に回ると、くくくと笑って大きく息を吸い‥‥
「一体、何をしようと云うのだ?」
 言って、蒼司はその子供の頭に手を置いた。びくりと震えた手ぬぐい越しに、突起がある頭を確認。ますます、子供――天邪鬼が縮み上がる。
「無益な殺生はしたくない。このまま何もしないでどこかに行ってくれないか?」
 蒼司が告げるや、天邪鬼はその手を払いのけて逃げ出した。慌てて走る子供に、また何ぞやと、目を丸くする通行人。
 北の出口はもう一体の騒ぎでまだ人が多い。それを見て判断したのだろう。寺の方角へ向けて天邪鬼は走り出した。小さく舌打ちすると、蒼司は追儺豆をぶつける。
「ギャギャギャギャ!!」
 散らばる豆は周囲の者にも多少はぶつかるが、所詮は豆。「いきなり何するんや」と怒る者もいたが、その程度。だのに、天邪鬼だけは酷く嫌がり、かかった豆を振り払う。
 そして、ばたばたと豆を振り払う天邪鬼の両脇に、澄華と峰城が素早く並び立った。
「こら、何してんのや! お前はお参りできるんは来年や言うてたやないか。悪い事したらアカン。ちょっとこっち来!」
「本当に聞き分けの無い子ですね。騒いでも無駄ですよ」
 怪しげな訛りと共に峰城がその手をむんずと掴むと、もう一つの手も澄華が取る。両手を捕えられ、ぎゃあぎゃあと鳴き騒ぐのも構わず、それぞれが手を引き、強引にそのまま人目に触れぬ場所へと引っ張っていってしまった。
 その間にも、もう一方の騒ぎも無事に決着がつく。
「ふふふ、良いではないか〜」
 と、捕まえた天邪鬼をぐるぐる簀巻きにして、何やら嬉しそうにイリスは引っ立てていく。
 余興(?)が終わると、人ごみはまた、何事も無かったように橋を行き交う流れとなるだけだった。

「どうやら、この二体だけのようですね」
 周囲を見渡し、澄華はそう告げる。警戒は続けているが、これ以上の新手が来る気配は無いようだ。
 人目を避け、橋からやや離れた場所で。縄で縛られた天邪鬼を取り囲む冒険者たち。
「さて、天邪鬼様方。今回一体どういう騒ぎを狙うつもりだったのです? 返答によっては赦しませよ?」
 詰め寄る澄華だが、相手はぎゃあぎゃあと騒いでいる。罵声を浴びせてくるので、言葉は通じるようだが聞く気が無いようだ。どうにも会話しそうに無いので、その声に耳を塞いでやり過ごす。
「反省の色が無いなぁ。こりゃお仕置きか? お尻百叩きだな」
 にやりと笑って振り上げられた凌の掌に、ぴたりと天邪鬼たちは口を閉ざす。
「悪戯なんてしないでさ、独楽回ししよ〜よ! 名前は何て言うのかな? 教えてもらわないと天邪鬼A、Bって呼んじゃうよ〜」
 フィンが誘うも、相手はぷいとそっぽ向き。
「どうします? アイスコフィンで固めるか、もう手っ取り早く川に流してしまいます?」
 どうにも聞き分けない天邪鬼に困って、峰城は提案する。
「いーえ。分かってもらうまで、存分にお説教です。お寺の人にも手伝ってもらい、昼夜を問わずに言い聞かせますからね」
「「ウギャギャ??!」」
 強く頷くとそのままイリスは天邪鬼を引っ張っていく。本当に昼夜を分かたず、説教する気概十分。
「これにて落着か? 後は酒でも飲むか〜」
 鬼たちを見届けると、凌が酒瓶を開けると、ぐいと飲み干す。橋を渡る人並みは平常変わりなく、晴れやかな賑わいを見せるだけだった。