異国の猫

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月10日〜07月15日

リプレイ公開日:2004年07月20日

●オープニング

 その家は大変猫好きだった。
 金はやたらある家だったので、たくさんの猫を家に飼っていた。
 やがてはそこいらの猫では満足せず、異国から珍しい猫を買った。
 猫はすくすくと大きくなり‥‥とても大きくなった。
 成長したその猫は、主人に襲い掛かりその場にいた者を喰い殺すと、いずこへかと逃亡した‥‥。

「その猫。黒き絹織物のごとき毛皮に包まれ。雄雄しき四肢には刃のごとき爪。鋭き牙が敵に喰らい付けば強靭な顎にてその身を引き裂く。しなやかな体躯は身の丈五尺五寸に及び‥‥」
「ちょっとマテぃ」
 化け猫か、そいつは?
 冒険者ギルドにて。暇にあかせて妙な注釈や感情移入をこめてとある依頼書を述べていた語り部に、その場にいた冒険者達から突っ込みが入る。 
 その反応に、語り部、不適に笑う。
「化け猫じゃねぇんだな。ま、五尺五寸はちと大げさかもしれんが。言っただろ、異国の猫だって。猫は猫でもただの猫じゃねぇ。異国でパンサー、日本じゃ豹と呼ばれる獰猛な猫さ。いや、こいつを猫と呼ぶと、虎も猫と呼ばにゃならんわな」
 その家が買った当時はまだ子供だった。やんちゃ盛りの甘えん坊で、危険は承知だが飼っていたら慣れると考えていたらしい。
 が、それは甘すぎる考え。
 成長して豹は本来の性質を取り戻し、今回の騒ぎになったという訳だ。飼育方法を知らない、そもそもの動物の性質を理解してないというのは罪でしかない。
「で、逃げ出した豹の行方はそのまま分からず。‥‥だったが、最近とある山中でその姿が確認された。すぐに山を閉鎖し、近隣の村には危険を触れて回ったが、それで困ってしまったのがその村人達さ。生活の場を取り上げられては喰うにも困る。なんで一刻も早く山に入れるように、こっちに話が回ってきた訳さ」
 豹の生死は問わない。危険を取り除き、山を取り戻せばそれでいい。ただし、死体にせよ生身にせよ、死傷者が出た事件でもあり、かなう限り身柄を役所に引き渡すよう要請はあるらしい。
「さーて、この依頼を受けようっていう剛毅な方はおられるかな?」
 集まった冒険者の顔をぐるりと見回し、語り部はさらに笑みを深めた。

●今回の参加者

 ea0547 野村 小鳥(27歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0567 本所 銕三郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0853 陣内 風音(27歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0908 アイリス・フリーワークス(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea0912 栄神 望霄(30歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2538 ヴァラス・ロフキシモ(31歳・♂・ファイター・エルフ・ロシア王国)
 ea3187 山田 菊之助(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4112 ファラ・ルシェイメア(23歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 異国から購入した猫ことその正体は豹。
 山へと逃げたこの豹によって、生活に困った村民が冒険者ギルドに助けを求めた。
「安心して下さい、依頼人殿! このヴァラス様がその危険きわまりねェー猫をブチ殺しますからよォー!」
「そ、そうですか。よろしくお願いします」
 ナイフを手にして剛毅に笑うヴァラス・ロフキシモ(ea2538)に、依頼人代表という村長が顔の引き付けを隠そうとするように頭を下げた。

 村の人たちから幾つか聞き込みをし、準備を整えた冒険者達は山に入る。
「黒猫が前を横切ると不吉なことが起こるって話があったような気が。猫さん、前横切らないといいけど」
「しかし。人ほどある黒猫が後ろから来たらそれはそれで拙いんじゃないか?」
 心配そうに思案する野村小鳥(ea0547)に、ファラ・ルシェイメア(ea4112)は無感情に告げる。
「大きいとはいえ猫なんだから、木の上から来るかも知れませんね」
 歩きながら、栄神望霄(ea0912)はしきりと頭上を気にする。開けた場所をなるべく選んで移動しているが、この季節、緑茂る山ではそういう場所ばかりを見つけるのは難しい。
 周囲の気配には、冒険者一同、警戒を怠らない。ただ、気配だけではその対象が視認できねば、熊なのか猪なのかの区別もつかない。まぁ、野生の動物の方が気配に敏感なのだし、敢えて人間に近付くものは少ないので、そういう意味では心配ないが。
 殺気どころか小動物を幾つか見た他は何事も無く、一同、とある水辺へたどり着く。
「で、ここでいいの?」
「話から推測する上では、ここが一番可能性の高い場所ではあるのですけどね」
 問いかける陣内風音(ea0853)に、山田菊之助(ea3187)が低く唸る。
 村人から話を聞いても、何せ姿が確認されてすぐに山が封鎖されてしまい、それからの様子は不明のまま。何とか目撃された時の情報を探り出し猟師などから山の地形などを聞き込んで、出没しやすいそうな水場に辺りを付けてはみたが、何せ相手は移動する。本当にここでいいのかはいささか心もとない。
「いや、どうやらここで間違いないようだな」
 水辺の傍、生えて樹を注視していた本所銕三郎(ea0567)がおもむろにそれを示す。そこにはどうやら猫が掻いたらしい爪あとがつけてあった。辺りには足跡も幾つか残されている。
 さらに、
「うわー、嫌な物見つけちゃったよぉ〜」
 重い荷物を銕三郎に預け、身軽に空から周囲を警戒していたアイリス・フリーワークス(ea0908)。真っ青な顔して降りてくるや、具合悪そうに地面にへたり込んだ。
 シフールとはいえ地面に這いつくばっても変では無い。無いが、どうにも様子がおかしい。首を捻っている一同にアイリスは無言で頭上の樹を指し示す。
 青々とした葉っぱが生い茂る立派な樹。その枝葉の間から足が見えていた。
 細い足はどうやら鹿らしい。ただし、どう見ても喰われた跡である。
 生き物ならば水を必要とする。つまりは水辺を絶好の狩場としているようだ。
「まだ日がたってないようだな。とすると、すぐにでも戻ってくるかも知れねぇ」
 にやりと笑いながら、ヴァラスは小柄の具合を確かめる。
「無益な殺生は避けたいのですけどね‥‥」
 そんなヴァラスを見遣って息を吐くと、望霄は数珠を取り出し鹿に手を合わせる。
「それは同感だな。だが己の力量を考えると、生け捕りは難しいかもしれない。‥‥一応猫の仲間なんだし、こいつが上手く効けばいいけどな」
 銕三郎が手の中の玉を弄びながら、思案する。
 事前に数名が山で自生種を探し出し、作ったマタタビ玉である。猫ならばマタタビは気を引くに違いなく。
 あいにく実のなる季節ではなかったが、菊之助が売られていたマタタビを買い占め(ちなみに1Gかかった。買占めの割にはまけてもらった方である)、出来栄えとしては上々である。
 されども、マタタビで猫は必ず無力化するモノではない。
 猫にマタタビを与えると腰を抜かすというのはよく聞く話ではあるが、実際は全く平気な猫がいたり、逆に元気に走り回る猫もいたりする。性別や年齢など個体によって結構差があり、また状況によっては見向きもしない事もある。
 また、豹を捕える罠をアイリスを中心として設置はしたが、これも些少ながら不安が残る。
 というのも、罠、と一言で言っても状況と用途によって千差万別様々な種類がある。猟師に話を聞きはしたが、肝心の猟師が当たり前だが豹を狩った事が無く、どういう罠が効果的か見当つかないのだ。
 一応足を捕える罠を教えてもらいはしたが、猟師達が使う罠は縄や網による物がほとんど。大型で鋭い爪を持つ豹相手では壊される恐れも大きい。そして罠の方が頑丈ならば、逆に自分の足を噛み切りあるいは引きちぎって逃げる獣もいる。
 いずれにせよ。状況は整い、今出来る最良の手は打った。罠を丁重に銕三郎が落ち葉などで偽装すると、菊之助がおびき寄せる餌として、狩り獲った動物の上にマタタビを降りかける
 これにて準備完了。後は相手の出方次第である。

 待つ、というのは根気のいる作業だ。相手がいつ来るか分からないからである。
 見張りは交代で行うものの、相手が現われるまでは早々動き回れず。火を焚けば居場所がばれるので、飯も各自保存食を――無い者はとりあえず後で返す事にしてある者から戴きつつ、じっと機を待つ。
 やがてはとっぷりと日が暮れる。暗い山々を月の光が明るく照らす。
「(そういえば、猫は夜行性だったな)」
「(昼間、寝てばかりだしねー)」
 仕掛けから目を離さず小声で告げる銕三郎に、アイリスがうんうんと頷く。
「(ならば、そろそろ来るかもしれませんね)」
 慎重に菊之助が周囲の気配を探る。静かな山地は夜を得て俄然騒々しくなっていた。梟の鳴き声、遠吠えは犬か狼か。枝の揺れにとっさに目を向ければ鼠の類が実に齧り付いている。
 月は満月に程近くてかなり明く、それでも昼に比べると視界がつらい。気配だけでは限度があり、そう思うからこそさらに気疲れしてくる。
 それでも辛抱強くじっと堪えて待つと、視界の隅で何かが動くのを見た。と、同時に辺りの気配がぴたりと沈黙する。
(「来たぜ」)
 最初に見つけたのはヴァラスだった。殺気を感知し夜目が利いたのが行動の素早さに繋がったらしい。静かに素早く知らせると、しかし気を抜く事無くそちらを注視した。
「(きれーい)」
 大型ですらりとしなやかな体躯。月光を弾く黒い毛皮を纏い、堂々と藪の中から出てくる。異国の猫を見たいと参加していたアイリスは、念願かなって思わず感嘆の息を吐く。
「(猫さんのペットは欲しいけど‥‥この猫さんはやっぱり無理だよね)」
「(物には限度がありますよ。猫は好きですが‥‥いやはや)」
 小鳥と望霄が小声で感想を告げる内にも、豹は仕掛けた生肉を注視し歩み寄っている。
 一応警戒するように周囲を見ているが、その足取りに躊躇のようなものはない。添えられた餌に抵抗が無いのか、マタタビの効果か、それともその両方の結果か。豹は餌へと鼻面を近づけ‥‥、
「ギャア」
 途端、仕掛けた罠が豹の足を捕えた。驚いた豹が悲鳴を上げて逃げ出そうとするも、足を取られて転倒する。即座に起き上がろうとする豹の上に、飛びだしたアイリスがマタタビの粉をぶちまけるも、豹はそれどころではなく。
「はっ、ざまぁ無い。生死は問わないなら、ここでぶち殺してもいいって事だよな!!!」
 飛び出したヴァラスが両手にナイフを握ると、転倒して狙いやすくなった足に素早く切りつける。豹はさらに悲鳴を上げたものの、起き上がろうと暴れていた脚がヴァラスを掻く。不完全な体勢での攻撃で力が無く、それでもかすった爪跡からは血が滲み、不快そうにヴァラスは眉根を顰めた。
「頼むから、大人しくなってくれませんか?!」
 祈るような気持ちで菊之助は銕三郎と共に、マタタビの粉が入った袋を投げつける。袋は上手く命中したものの、それで豹が弱るような様子は無い。
 転倒から起き上がると降りかかった粉を身震いして振り払う。鋭く威嚇の声を上げるや否や、近くにいた風音に噛み付こうとする。
 その牙を素早い動作で避けると、入れ替わりに豹へと近付いた小鳥が素早い蹴りを連発して放つ。
「傷つけたくは無いのだけど‥‥。お願い、暴れないで」
 小鳥が訴えるも、豹は聞かない。むしろ攻撃されてさらに興奮して、半狂乱に暴れまわっている。
 爪を伸ばし、牙を剥き。動きが制限されているとはいえ、いやだからこそ、向こうも必死になって攻撃してくる。冒険者達も攻撃を加え、相手は徐々に弱ってきてはいたが‥‥
「急がないと罠の方が壊れそうだね。人を殺した獣である以上、逃がしてしまう訳にはいかないか」
 決意というより哀れみを込めて、風音は拳を叩き込む。握った金属拳に闘気を纏わせ打ち付けると、豹の体躯が奇妙に折れる。
 と、同時に罠が壊れた。自由の身となった豹はすかさず足を引き釣りながらも、木の上へと飛び上がる。分が無いと見たか、そのまま枝をよじ登って逃げようと動きだしている。
「ごめんなさい。逃がすわけにはいかないの」
「逃走されると跡が面倒だからね」
 豹に向けてアイリスのムーンアローが命中すると、そこへ続けてファラのライトニングサンダーボルトが豹を撃つ。衝撃に驚いた豹は足を滑らせると、そのまま地上へと落下。背を打ちつけた体制から素早く起き上がろうとしたが、その身が小さく振るえたかと思うとそのまま硬直する。
「ふぅ、上手くかかってくれてよかったですよ」
 射程距離まで近付きコアギュレイトをかけた望霄が安堵の息を吐いた。コアギュレイトは射程が短い為、近付かねばならなかったのだが、格闘向きでない望霄にとっては、万一襲われたらと思うと気が気でない距離。
 動けなくなった豹を、慌てて銕三郎が四肢と口とを縛り上げる。 
「このまま、何とか麓まで連れて行ければいいんだが‥‥」
 縛られた豹を見ながら呟く銕三郎に、他の冒険者も困惑げに見遣る。
 銕三郎はそのまま抱えてでも連れて帰りたかったが、幾ら縛りつけているとは途中で暴れられたら、やはり危険。豹自体も傷ついており、気が立っている。
 魔法で縛り続けるにも抵抗されれば無効であり、効果時間なども考えると厳しいものがある。
「エルフの俺が言うのも何だけど。人間様に牙をむいたこいつが悪いってのよッ!」
「そういう言い方しないでよ。こんな異国じゃなくてずっと故郷に居られたなら、普通に生活出来たのに」
 鼻で笑うヴァラスに、小鳥が目に涙をうるませて言い返す。
「ならば、せめて一息に、か」
 銕三郎の一言に風音が頷く。
「左の拳は心を折り右の拳は魂を砕く。これで終わらせるわ」
 気息を整えると、風音は懇親の拳を豹の急所も拳を叩き込む。狙い違わず入った威力に、豹の体が強張るとはたりとその力を失った。

 望霄のリカバーで回復すると、倒した豹をそのまま役所へと届け出る。役人の手に渡った豹はそのまま差し押さえとなり、故に豹皮は手に入らず菊之助が少々苦い思いをする。
 もっとも、豹の遺体を最終的にどうするかはこれから協議するとか。なので、風音が役所と交渉の末、豹の弔いを許可してもらった。望霄が重々しく読経を読み上げる中、冒険者たちは静かに手を合わせる。
「猫さん、ごめんなさい。私の事、恨んでもいいですよ」
 アイリスが消沈した様子で語りかけるも、返答は無い。当たり前のことだが、それを見てファラもまた肩を落とす。 
「確かに恨まれても仕方ないかも。死んだ御主人には悪いけど、勝手に連れてきて、半端な知識で覚悟もないまま持て余してこの結果。豹の方だって十分な被害者だよ。野生の獣を縛る事自体罪なんだから‥‥」
 今起き上がって豹と話せたなら、何と答えたかは不明。仮に望霄のデッドコマンドで聞いたとしてもそこまで明瞭な言葉が聞けるとは思えず。
 とにかく今はやれるだけの事はやれたのだ。山も開放され、村人も普段の生活に戻っている。
 今はただ、静かに冥福を祈るのみである。