災難な猫
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月30日〜05月05日
リプレイ公開日:2005年05月12日
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●オープニング
一目会ったその日から、恋の花咲く事もある。
運命とは実に唐突で。だからこそおもしろい。
ただ、恋のような甘い運命ばかりではない。何だか良く分からない不運というのも、やっぱり突然訪れるのである。
「だって〜。ワーリンクスよ、ワーリンクス! 西洋の獣人よ! 話ぐらいは聞いた事あったけど、日本でうろちょろしてるなんてありえないんだから!!!」
冒険者ギルドに飛び込むなり、何だか興奮した面持ちで話すのは陰陽師・小町。京への月道探索に絡んで江戸に来ている小娘である。
先日、私事で江戸を歩いていると、賊に絡まれてしまった。困ってた所をワーリンクスが現われ、助けてもらったのだと言う。目の前で変身までしたのだから間違いなかろう。
で、そのワーリンクスはと言えば実はこの場にいる。
小町の後ろに控えている異国の青年。茶色の髪に、金にも見える茶色の目をしている。多分20代かそこらのまるきり人間としか思えないが、彼こそが件のワーリンクスらしい。
青年は明らかに不機嫌な顔して小町を睨みつけ、もがきながら唸っている。
なぜなら鎖でがんじがらめにされた上、猿ぐつわまで噛ませられてるから。見ていて気の毒にも思うが、解放して暴れられてもギルドとしては困るので、係員はそのまま放っておく事にした。
「賊は驚いて逃げたの。当然よね。で、私もあんまり驚いたもんだから、とりあえずたまたま持ってた小型大仏像を投げつけたのよ。そしたら、打ち所良かったらしくて倒れちゃった♪ 良かったわ。異国語で言う『らっきー』って奴ね♪」
「‥‥そんな満面の笑顔で告げられても、何と言うか、色々突っ込みたい内容満載だったんですけど‥‥」
頭を抑えながら係員が問うと、きょとんと目を丸くする小町。
「え? 小型大仏像持ってる理由の事? 個人的にお届け物してる最中だったのよ。投げた拍子に木っ端微塵になったからすんごく怒られたけど。でも他ならぬそんな時に出会えるなんて、もう御仏の導きってもんよね〜〜」
「いきなり仏像投げつけられるのが導きかいっ!」
どうにか猿ぐつわは外せたようで、青年が叫ぶ。
「と言いますか。お届け物は投げちゃ駄目ですよ」
「そうね。先方は一応許してくれたけど、やっぱり悪い事したなと反省してるの」
だが、小町も係員も聞く耳無いようでさらっと無視。
「で、何でこんな所にいるのか聞いたんだけど、記憶が無いって事なの。可哀想よね。住所不定らしいし、ここは思い切って私が保護したげようかと思うの」
「いらんっ!」
青年即断。が、やはりその叫びはさらっと無視。
「危なくないですか?」
「んー、言葉は通じないし態度も乱暴だけど、そう悪い奴じゃないみたいだから大丈夫よ」
「今喋ってるこの言語は何語じゃいっっ!!」
「だって、言う事聞いてくれないじゃない」
「こんな仕打ち受けて大人しくしてる奴がいたら馬鹿だろうがーーーーっっ!!」
叫びすぎて、青年が咽る。可哀想なのでお茶を出し(でも縛られたままなので飲めない)、小町は先を続ける。
「けどほら、今は月道探索でいろいろと忙しいでしょう? 私が目を離した隙に迷子になっても困るし‥‥」
「今更、日常で不自由するような事なんぞないわいっ!!」
「うっかりどこかに行って変な陰陽師に成敗されても困るから、こうして鎖で縛ってるけど。ずっとそうしてるのも可哀想じゃない。
だから、京都の私の実家まで彼を届けて欲しいの。お父様ならきっと便宜を図ってくれるわ。京へはもう手紙で知らせてあるし、船の手配はしてあるわ」
「船ですか‥‥。しかし‥‥」
係員は顔を曇らせる。
海の上は閉鎖空間だ。他の乗客もいる以上、理由はどうあれ妖怪を乗せるなどありえない。それを悟ったのだろう、大丈夫と小町は告げる。
「船員たちには異国人との間に生まれた生き別れの兄を見つけたって事にしてるの。つらい人生送ってきたみたいで粗暴になってるけど、それは兄が悪いんじゃない。世間が悪かったのよ。これからは家族力合わせて兄を更生させるつもりなの。化け猫興行の大道芸が得意で、たまに何の前触れも無く披露してくれたりするけど気にすること無いっ、てお涙ちょうだい装ってちょっと多めにお金握らせたら快く承諾してくれたわ。
あ。あなたもこの事は内緒ね。でないと口封じしなくちゃいけないから♪」
(「それ、お涙関係ない気がしますけど‥‥」)
そう思ったが、懸命にも係員は黙っていた。
「とにかく、陸路を使って途中のどこかに迷子になっても困るでしょう? 早く京都に着いた方が楽でしょうし。だから海路なの。
けど、さすがに彼だけを乗せる訳にはいかないわ。私が行けたらいいんだけど、ちょっと仕事の手が抜けそうに無くって。だから、冒険者の方に同伴をお願いしたいの」
心底残念そうに告げる小町。
「彼をちゃんと京都の実家に届けて、まさかの時にはきちんと船に対して責任取ってもらえるような人、お願い」
「つーかなーっ! 俺は京に行くなんぞ、一言も承諾してねぇぞ! 放せ、解け、人権無視も大概にしやがれってんだっ!!」
「妖魅に人権なんて無い無い♪ だからここで退治されても文句何て言えなくて、それは可哀想だから保護したげましょって何度言ったら分かるのよ〜。
このまんまじゃお父様も大変そうだし。そこら辺の事情も航海中にしっかり言いくるめて、大人しく言う事聞くよう説得もお願いね」
「誰が、されるかああああーーーーーっっっ!!!」
ギルド中に青年の声が木霊する。が、小町はまるきり取り合わず、係員も嘆息しながらスパッと無視。
そんなこんなで依頼は出されたのだった。
●リプレイ本文
港から船が出る。見送る人込みに手を振るのは船上の人々。
「二度と来るなあああぁーーーっ♪」
不穏な台詞を会心の笑顔ともに送られながら、百合月源吾(eb1552)もまた船上から手を振り返す一人。
「‥‥何があったんですか」
「まぁな」
思わず尋ねた神田雄司(ea6476)だが、源吾は苦笑して躱す。なのでそれ以上は聞かない。
どの道、他人は他人だし、深入りせねばならない必要も無い。
ともあれ。冒険者一行を乗せた船は江戸の町から出港し、京の都へと向かいだしている。
乗っているのは冒険者たちだけでない。船を操る船員たちは勿論の事、ごくごく普通の一般客もいる。
そして、
「ふ・ざ・け・る・なーーーーー! 船を戻せ! 俺下ろせ! 何をどうすっ転んでも、これは誘拐だろうがっ!!」
冒険者たちの傍でやたら騒いでいる異国の青年が一人。鎖で簀巻きにされて身動きできずに床に転がされている様は、人権なんてあるのか無いのかのこの時代においても非道と見える。もっとも、彼は一見すればただの人間にしか見えないが、本当の所はそうではない。そも、人権の範囲外にいたりする。
「猫さんの苗字‥‥ワーリンクスさんって言うのですか。小町さん、物知りですね」
いたく感心している小都葵(ea7055)。
「そうそう、『猫』という呼び名は不自然に思われるかも知れませんので、船員の方には挨拶がてら、本名は猫右衛門なのだと説明しておきました。繋げると、猫右衛門・ワーリンクスですか‥‥」
須美幸穂(eb2041)は納得して一人頷いた後に、猫を見遣る。
「実際は苗字ではないのですけどね‥‥。猫に化ける獣人なんて、なんて調べ甲斐があるのでしょう。冒険というものに出て良かったですわ」
感情を表に出さないものの、幸穂の目がずいぶん嬉しそうにしているのは見れば分かる。対する猫の方は敵意充分に幸穂を睨み返している。
ワーリンクス。大雑把に言えば妖怪の一種である。獣人と一括りされる存在は日本でも幾つかいたりするが、猫化する彼らは見かける事はない。
なもんで、大概は化け猫と勘違いされるだろうし――それで弊害が出る事も無いだろうが――、それ以前に妖怪と判ればまず人は逃げに入るのが普通なのだが‥‥、如何せん、見つかった相手が悪かった。そのままとっ捕まってわざわざ鎖で縛られて保護として京都まで護送。だが、何やら哀れに思える。
「いやはや、船賃が浮いて助かったのはいいが‥‥。しかし、京出の女性は恐ろしいのう」
思わず遠い目になってしまう源吾。ただまぁ、助けた相手にいきなり仏像を投げつけるなど京女も普通やらない。
「初めまして‥‥。今回、貴方を京都まで連れて行くことになりました三剣琳也と言います‥‥」
丁寧に三剣琳也(eb1320)が挨拶するも、殺気すら感じさせる眼差しで睨み付けて来る猫。
「うう。そんなに睨まないで下さい」
「猫さん、怖いです‥‥」
臆して顔を引きつらせる琳也に、ティーレリア・ユビキダス(ea0213)もまた恐る恐るといった表情で傍にいる。
「えぇい。今この状況で明るく笑って『こちらこそよろしく』なんぞと暢気な事してられる人間がいるかっつうんだっ。つー訳で、これを外せ今すぐにっっ!!」
鎖をジャラジャラ鳴らして暴れる猫に、ティーレリアはごめんなさいと頭を下げる。
「逃げたり無茶をしなければ解いてもいいのですけど‥‥。猫さん、お水は大丈夫なんですか? 海の上は危ないですよ?」
「そうですね。足なんて到底つきませんし。泳げるのでしょうか? 少なくとも今の状態では無理ですよね? 無茶しない方がいいと思いますけど」
「‥‥多少の無茶でもせにゃ、この理不尽な状況は変えられんだろがっ。大体この鎖を外してくれたら、んな危険もないわいっ!」
葵が首を傾げつつのんびり尋ねると、猫は一瞬だけ言葉に詰まったもののすぐに言い返してきた。
「そんなに怒らないで下さいですぅ。きちんとお屋敷まで付いたらマタタビお分けしますし。それにそれに、代えの鎖もきちんと用意してもらいましたよ?」
「んな余計な親切なんぞいらんわっ」
ばたばたと床の上を跳ね回り――縛られているのでそれぐらいしか出来ない――罵声を浴びせる猫に、ティーレリアの目が涙ぐむ。
「そういう態度じゃいつまでも鎖を解けませんよ。他の方の迷惑にもなりますしね。あ、でも、食事とかのお世話はきちんと用意します。毛布も半纏もありますから」
そこでふと葵は思案して顔を伏せる。
「‥‥下のお世話も必要ですか?」
「そういう心配する暇があるなら、はよ鎖解かんかいっっ!!」
頬を赤らめる葵に顔を朱にした猫が怒鳴りつける。というか、怒鳴ってばかりである。
「まぁまぁそう怒らずに。今回は災難だねぇ〜。けどコレも猫神さまのお告げだと思って楽しんでこーよ♪」
悪びれなく草薙北斗(ea5414)は無邪気に笑う。その様子に猫の顔はすっかり紅を通り越してどす黒くなってきている。
「あ・の・なぁー。あん時も俺がどんだけ苦労迷惑かけられたと思ってやがるってんだ」
言われて該当事件の事を思い出し、葵は笑顔を張り付かせるが、
「じゃ、訂正。今回も災難だねぇ〜♪」
あはははと軽く笑う北斗。完全に面白がっているようで。
「そう言えば。私、猫さんと会わない内に年が上がったんです。おめでとうと言ってもらえませんか?」
「やなこっ‥‥」
気を取り直して頼む葵に、べーっと舌を出そうとした猫だったが、そこで何かを思い立ち、いきなりにっこりと笑う。
「なぁなぁ。おめでとうも言ってあげるしー、マタタビとかもいらないからー。代わりに鎖ほどいてくれないかなー?」
「あの、それは‥‥」
まさしく猫撫で声で告げてくる猫に、葵は困惑しきり。
「ふっ‥‥。助けた相手にいきなり殴り倒され簀巻きにされた挙句、顔なじみも冷たい。人間なんて大嫌いだーー」
「わーーーっ。暴れないで下さいよぉーーっ!!」
いじけたかと思うと再び暴れだし、琳也が慌てて宥めに入る。暴れた所でさっぱりと身動きできない訳だが、他の乗客に迷惑になるのは確か。
猿轡を用意しかけた琳也だったが、まるごと猫かぶりを着た天羽奏(eb2195)が現れる。五月に防寒具はちと暑いが、海風はまだ冷たく着て暑すぎるモノでもない。
何だか呆気に取られている猫の傍に奏は座ると、
「にゃあ?」
「いや、猫語の方が分からんし」
テレパシーの巻物を使って奏は語りかけるも、猫の方は唖然としている。
小首をかしげて思案した後に、得たりと頷き、奏はぽんぽんと自分の膝を叩く。
「? 何だ?」
「猫と聞いたし。膝の上のが気持ちいいのでは?」
答えてにこりと笑う奏に、猫は脱力したように床に突っ伏す。
「あのなぁ‥‥。何か色々言ってみたい気もするが、とりあえず、ガキの膝枕なんぞ楽しいと思うか?」
「いえいえ。遠慮などせずに」
まじめに答えると、奏はそのまま神仙の杖を手にする。振りかぶったかと思うと、猫が顔を引き攣らせたのとほぼ同時に容赦なく振り下ろす。
特に格闘を鍛えてはいない奏の技だ。普段ならば避けるなり出来たろうが、あいにく今は囚われの身。あっさり急所に食らうと、猫は気絶した。
「別に遠慮なんてする必要ないのにね」
猫を膝に乗せると、ぽんぽんと頭を叩く奏。
「猫さんが猫さんを膝枕してます〜」
何だか嬉しそうにティーレリアはしていたが、猫はといえばそれに抗議する事も無くただただ目を回しているだけだった。
「でも、気絶したら甘酒飲ませられないな。せっかく熱いのを入れて来たのだが」
ちょっと失敗したと後悔する奏。まぁ、本当に猫舌なのかは目を覚ましてからでもいい話。どの道後数日は付き合わねばならない。
そう気を取り直すと、とりあえずは熱い内に一杯と暢気に奏は甘酒を飲み干した。
昼の騒ぎはどこ行く風か。夜となれば静寂に包まれ、聞こえるのは潮騒ばかり‥‥のはずなのだが。
「それは雪が積もる冬のある山奥であった話‥‥」
真っ暗い部屋の中。ゆらぐ蝋燭の炎に照らされながら、北斗は押し殺した声で淡々と話を続ける。
「そこにある村に一人の所々怪我をした老人が流れてきたんだ。来る途中、鬼にやられと言うその老人を、村人たちは看病する事にしたんだよ。ところが翌日、老人を看病していた家へ行って見ると‥‥血まみれになって倒れた夫婦が!
怒った若い村人たちは逃げた老人を探すと、小川の辺で歌を歌いながら豆を洗う老人を見つけ。そのまま近づいて殴りかかろうとした時、彼らは動きを止め、老人に優しく接したの。老人も微笑み返し、そして‥‥」
ここで一旦話を切り、ぐるりと一同を見回すと、
「老人は微笑んだまま、ばさりと彼らの首を刎ね! そう老人こそ鬼だったのだ!」
嬉しそうに笑うとわざと大声で告げる北斗と、周囲も楽しそうに悲鳴を上げる。
「陳腐だな。そもそも依頼の話だと言うし、そういう事をおもしろがるのはどうかと思うな」
傍らで神妙に聞いていた奏が冷静に評する。ただちょっとその挙動が不振になっているような?
「つか、何故に怪談なんだ?」
乗船時に騒ぎ疲れたせいか、ぐったりとして猫は告げる。
「この市松さんに怪談をたくさん聞かせると髪が伸びるようになると聞いたです♪ という訳で猫さんもお付き合い下さい」
「へー、そうかいそうかい」
市松人形を手にして嬉しそうに告げるティーレリアに気の無い返事を返す猫。
「話題にすると寄ってくると言いますが‥‥小耳に挟んだ話でよろしければ」
言って葵も騙りだす。
「怪談話か。ならば、俺と妻の馴れ初めを語ろうか?」
「それのどこが怪談か?」
奏は聞き返すと、源吾は冷や汗一つ、口元を引きつらせる。
「何故、俺が浪人に落ちぶれていると思う? 愛しい男をモノにする為、蜘蛛のように獲物を手練手管で絡めとる女性の本性! これぞ恐怖以外の何物でもない!!」
目にまさしく恐怖の色を称えて力説する源吾だったが、そこでふと思い立つ。
「そういえば、おまえの好きな相手というのはどういう女なのだ?」
「は?」
突然話を振られて、猫が目を丸くする
「通り魔的陰陽師に絡めとられた猫人と言っても、胸をときめかせた昔があったのではないか? 深窓の女か、それとももしや衆道か? それ以前に相手は人か? 猫か?」
さあさあ、と猫をせかす源吾。言わぬなら勝手に想像を膨らませるぞと笑顔で脅迫(?)してみたりするが、意外というべきか猫の表情は実に生真面目なモノになった。
「悪いけど、昔の事は俺にも分からん。去年ぐらいからの記憶しか無いし、気付いたら言葉も分からん日本の路頭に迷ってて、それ所じゃ無かったしなぁ。ただまぁ、猫だろうが人だろうがあんま興味無いけどな」
「そうなのですか」
興味深そうに見つめたのは幸穂だった。
その後も怪談話は続いていたが。明け方の見張り交代の頃、機を見計らい幸穂は猫に何事かを告げた。
船は順調に航行していく。途中で港に寄る事もあったし、相変わらず騒いでたが、身動き取れないままでは逃げるにも逃げられず。そもそも、昼の見張りは勿論夜には怪談話で密やかに盛り上がられては睡眠不足で体力も落ちる。
百物語〜と最初は冗談半分で述べていたが、通算すると百など突破している気がする。それでも市松の髪は伸びる気配無く、ティーレリアはがっかりとしていたが。
騒がれる事に同乗した客たちは顔をしかめるものもいたが、そこはうまく立ち回って大きな騒ぎには至らず、その後も順調に日を重ね、
「ようやく到着かー」
見える岸辺に目をやりながら、もはやぐったりとしながら猫は告げる。長時間簀巻きにされた影響もあってか顔色もどことなく悪い。疲労困憊の彼を雄司は何の気無しに見ていたが。
「ちょっといいですか?」
「何だ?」
答えるのも鬱陶しげに、猫は聞き返す。だが、それに構わず――というより、端から気にしてない様子で雄司は騙りだした。
「京都の若き武家の三男が惚れたのは、神社の敷地にある茶店で働く娘。なんとか茶店に通い、娘と仲良くなりました。しかし、何者かに斬られ死体へと変わり果てた姿。それからは遊びまくりの毎日に親からも勘当され。もうどうでもよくなったのでしょう。挙句の果てに借金取りから逃げる日々。そんな時全てを捨てて江戸へ。
‥‥その男が帰ってきたからには娘の復讐を行うべきか? 手がかりは唯一、娘が手にしていた青い布」
さて如何に、と問うては見るが、淡々とした口調はむしろ独白でしかなく。猫も白けた様子で雄司を見返していたが、やがて器用に肩を竦めて見せる。
「さあな。結局はそいつの気持ち次第だろ。ただまぁ、やらねばならないと思い詰めるようならやめておけ。ロクな事が無い」
返事は元より期待し得なかったが。気の無い答えに雄司はただ苦笑するのみ。
「それで? 猫さんはこれからどうしたいのですか?」
どことなく笑みを含んだ幸穂に、猫はにやりと笑う。他の面々にも内緒でこっそりと、依頼が終了した後なら逃げる手引きをすると申し出てみたのだが、
「お前らに貸しつくんのも何だしな。ま、自力でどうにかさせてもらうさ」
あっさりとした言葉はどこと無く棘を含み、今度は幸穂の方が軽く肩を竦めている。
「しかし、いつまでも放浪するのも何でしょう? 確かに小町さんは貴方を無理矢理捕らえましたけど、あのままだったら貴方の身が危なかったんですよ? 貴方の身を案じて、今回私達に依頼をされたんです。普通、見ず知らずの他人には、ここまでしませんよ?」
「そうですよぉ。もう移動してしまってますし、江戸にいなければいけない理由が無いなら、京で楽しむ事を考えた方がいいと思いませんか?」
琳也とティーレリアが告げると、途端、猫は嫌そうに鼻にしわを寄せる。
「何つーか。この仕打ちを受けておとなしくしてろと言うのも問題あると思うが‥‥」
言ってそれきり押し黙る。疲れたのか他に理由があるのか。とかく、違った様子に冒険者たちは顔を見合わせた。
そうする内にも船は港に入り、やがて接岸。行きかう人や荷物に紛れる様に冒険者たちは猫を抱えて大地を踏みしめる。
「まだ地面が動いてる気がします‥‥。地面が揺れないって良いですね」
ほーっと深く息をつくと、葵は周囲へと目を向ける。
そうして、冒険者たちは京へと辿り付いたのだった。依頼人である小町の実家まで無事に送り届ける。
「ワーリンクスさん、元気に生きていけますかね?」
琳也の何気ない素朴な問いだが。確信して頷くには何故か不安を覚えたりもする。