【姫路】 野に群れ遊ぶは誰が為か

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 29 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月12日〜05月21日

リプレイ公開日:2005年05月22日

●オープニング

 播磨の国。
 京の都よりさらに西に位置する国である。
 西に通じる山陽道に南の播磨灘を用いた海路と大きな交通路を有し、発展を遂げてきた大国なのだが、如何せん、都の内とされる五畿より外れる為、貴族たちにはあまりいい顔をされない‥‥ありていに言えば、田舎扱いされてるような場所である。
 国はさらにいくつかの藩に分かれるが、その中でも中心に位置するのが姫路藩。先に述べた交通路をうまく組み込んだ機能的な都市を作り上げ、白漆喰の優美な城――白鷺城に見守られながら、城下の民はつつがなく平穏な暮らしを送ってきていた。

 今となっては昔の話である。


「蝶退治、をしろと?」
「はぁ‥‥」
 冒険者ギルドにて。ギルドの係員を前に姫路のとある村から来たという男は何とも覇気の無い返事をした。
「毒を持った蝶でして、毎年この時期には姿を見るのですが‥‥何故か今年は異常な数が飛んでおりまして。
 ああ。毒と言っても即死してしまうような恐ろしいものではありません。ただ、大量に燐粉を吸い込むとやはり危険ですし、肌に付けばかぶれたりする事も稀にありますので、放っておく訳にもいかず‥‥。
 私たちで行うにも限度がありますので、その、できれば噂に聞く冒険者の方に手伝い願えたらと思いまして参った次第でして‥‥」
 徐々に小さくなる依頼人の語尾に、係員は顔を伏せ大きく嘆息した後に、
 ダンッ!!!
 強く卓を叩いた。大きな音に男は必要以上に竦み上がり、目を丸くして係員を見つめる。
「冒険者ギルドは確かに依頼あってナンボのもんだ。が、どんな依頼でも受けるという訳じゃねぇ。胡乱な話というなら断らせてもらう事だってある。‥‥見た所、わざわざそんな所から足を運んできた以上、それだけって事じゃねぇんじゃねぇか?
 あんたが何を隠してるか、何を隠したいのかは知らねぇが、そこん所はっきりしてもらえねぇと受けられる依頼だって用心して受けられねぇ」
 眼光鋭く睨み付けられ、男は大きく身震いしてわずかに後ろに下がった。
 疲れたように息を吐くと手ぬぐいで汗を拭き拭き、頭を下げる。
「いえ、本当に失礼をしました。どの道、向こうに行けば耳に入るでしょうし、確かに黙っていても仕方ないかもしれませんね。依頼したい事は蝶の退治に変わり無く、誓って裏がある訳ではありません。ですが、少々妙な噂が立っておりまして‥‥」
「というと?」
 先を促す係員に、困惑気味に男は視線を彷徨わせると、観念したように口を開いた。
「実は、この蝶の大量発生は死霊の祟りではないかと言われておるのです」
「ほぉ」
 興味深そうに係員が目を細めるが、男はきっぱりと首を横に振った。
「ただの噂です。そうだという証拠はありませんし、私などは信じてはいません。そもそも、その死霊というのも二年前に事故死されました前の殿様だったり、昨年の終わりに手打ちにされたという城勤めの女中だったりと話がバラバラで。けれども、信憑性の無い話だからこそ却って気味悪く考えてしまうのでしょう。おかげで蝶を退治どころか、見るのも恐れて外に出るのも厭う者もいる始末でして、自分たちだけではなかなか作業も捗らず‥‥」
「で、そうなっては困るから黙っていたってかい?」
「わざわざお耳に入れる程のものでもないと思いましたし、あまり気持ちのいい話でもありませんので‥‥」
 困ったように頭を掻く男に、係員は苦笑する。
「噂程度に振り回されるようじゃ冒険者なんてやってねぇよ。大体その話が本当だとしても、喜んで飛び込んでくだろうさ」
「そうですか。それはありがたい事です」
 係員が告げると男は心底安堵し、ギルドに来て初めて笑みを見せた。信じてない、と言っておいても、気になってない訳でもないのだろう。
 姫路藩は二年前の春に前の藩主・池多輝豊が事故死している。その上、それを皮切りに次々と不幸が起こり、あっという間に藩主一族が死に絶えるという変事があったのだ。
 その後、藩主は当時藩の家老だった黒松鉄山に交代、そして今に至るのだが。やはりそのような大事が起きた後とあっては人心も収まらず、向こうの情勢はいまだ不安定なままらしい。普段なら気にも留めない些細な事にも不安を覚える程、人々は不安を抱えているようだ。
「この程度の事でお手を煩わせるなど申し訳なく思いますが‥‥。どうか力を貸して下さい」
 心底恐縮した様子で、男はひたすらに頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0213 ティーレリア・ユビキダス(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2495 丙 鞘継(26歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3363 環 連十郎(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8213 佐上 和樹(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8526 橘 蒼司(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 姫路藩までは京より歩いておよそ4日の距離。だが、実際が所、それだけの時間をかけて移動しようという冒険者はいなかった。
 運良く今回は馬を持つ者が揃っており、騎乗すればさらに時間が短縮できる。あまり馬を飛ばしすぎると他の通行人に危険が伴うし、軍事上の目的から取り締まっている国も結構あったりするしで、また別の面倒が起こる可能性はある。が、それでもただてくてくと歩くよりは早い。
 もっとも、一番早く着いたのは徒歩である藍月花(ea8904)だったりする。ただし、履いた草履は韋駄天の名を持つ。伊達で付いてる名ではないという事か。
 やや遅れる事、他の馬乗りたちが到着。最後は‥‥。
「まーさん、そろそろ動いて下さいです〜」
 川辺で水を飲んでいる馬に、ティーレリア・ユビキダス(ea0213)が懇願して手綱を引く。言われてようやく馬は歩き出したがてんで別方向を向いており、また慌ててティーレリアは指示を出す。
 ‥‥馬を御するのは結構大変なようだ。

「姉さんを追って江戸まで行った筈なのに。いつの間に故郷の近くまで戻ってきてしまったんでしょうか‥‥」
 姫路の領内まで辿りつき、そこはかとない疑問を覚えながらも、佐上和樹(ea8213)は周囲を見渡す。よくある長閑な光景がそこには広がっていた。
 野に咲く花に広がる緑。田畑はまだ若い苗がこれからの生長を予感するかのように風に揺れ、陽の光は暖かく降り注ぐ。
 そして、眼前を遮る無数の黒い蝶の群れ。色が黒かろうが、少々大きかろうがたかが蝶。恐れることなど無い。
 だが、その燐粉に毒を持つとなれば少々勝手が違う。こうしてただ見ているだけで気分が悪くなってくる気がする。あるいは気のせいでは無いのかも知れない。これだけ飛び交っていれば、風に乗って瑣末ながらも吸い込んでしまう。
「燐粉を吸い込まないようにしないと。ちゃんと考えてますね?」
 手ぬぐいで口などを押さえながら、月花が他の面々にも尋ねる。もちろん、全員抜かり無い。
「毒蝶の大量発生、加えて死霊の祟りか。何が原因かは知らないが、不安を抱えての農作業とは忍びない‥‥」
 顔を顰めながら丙鞘継(ea2495)が告げるも、環連十郎(ea3363)は大いに首を捻る。
「しかし、祟りってのはあくまで噂なんだろ? たかだか蝶の大量発生ぐらいで、死んだ人間のせいにしちゃあなぁ。死んだ殿様だって浮かばれねえや」
 あちらこちらを我が物顔で飛びかう蝶は確かに不気味だが、かといって突然発生した訳でない。以前からもこれ程ではないが存在していたのである。確かに不吉な出来事が起こり民も不安になっているのだとは思う。だからと言って根拠無しに死人に鞭打つまねはさてどうか。
「噂か‥‥」
 橘蒼司(ea8526)がなにやら思案に耽る。依頼人始め、道中でもいろいろと噂を聞いて回っていた。
 姫路の前藩主・池多輝豊は二年前に事故死している。花見の宴で遠出をした際、落馬したのが原因らしい。その後も一族内に病・事故・部下の乱心と立て続けに変事が起き、一族はあっという間に絶えた。
 そして、もう一つ言われているのが昨年末に死亡した女中の話。何でも家宝の皿を割った咎を責め殺され、井戸に捨てられたとか。
 どちらも本当にあった出来事であり、悲惨な死だ。聞いた人々が不安になるのも無理は無い。だが、それとこれを結びつけるのはやはり性急な気がした。
「単に花や果物とか、餌になりそうなのが良く育つ要因があっただけでは? 気にする程でもないでしょう。唯一気になるのは黄泉人との関係ですが‥‥」
 月花は顔を曇らせる。
 今も京を攻めたてている黄泉人は確かに頭を痛い事態だ。しかし、あれらは奈良方面におり、そこと京を結ぶ線上から播磨は外れている。関係性は酷く薄く思える。もっとも、それだけで全くの無関係していいのかも迷うモノはある。黄泉人の目的は未だ良く分かっていないのだから。
「まぁ、こうも露骨にあると気になる所ですし。変わった所があったら調べて見る事にしましょうか」
 嘆息すると和樹も告げる。
「前藩主に現藩主の人となりも気になるな。真偽を確かめられるとは思ってないが、村人の不安を取り払えるものなら取り払ってやりたい‥‥。それに」
 このままでは藩主殿の政に影響が出ないとは言い切れない。告げる鞘継に、蒼司も頷く。
「播磨の国が落ち着く手助けになると良いが‥‥」
「でも、やっぱり単なる気にしすぎだと思いますけど」
 顔を曇らせる皆に対し、ティーレリアはあくまで首を傾げていた。

 ひらひらと舞う蝶は優美ではあるが、無数に群れる様は不気味ですらあった。
 一回り村を回って、蝶が良く飛んでいる場所を村人に尋ねる。見当を付けると、月花が餌として京からもらってきた果実を撒いてさらに呼び寄せる。元々が売り物にならないとして無償で譲ってもらった果実は、短い旅の内に発酵したか、強い匂いを醸し出していた。
 蒼天に向けて和樹がライトニングサンダーボルトを放った。一直線に伸びる雷光は蝶を打ち地上へと落とすが、その数はやはり微々たるモノ。
 派手な雷鳴に驚いたか、残る蝶たちはひらひらと逃げる。それらが村へは行かぬように注意しながら、群れがまとまるように誘導していた。
「こうも数が多いと、まとめて駆除でもしないと、時間と手間ばかりでなかなか進みそうにありませんね」
 嘆息する声は、布に覆われてくぐもっている。
 ティーレリアもまた大きな布でもって、追い掛け回している。村人たちの協力も得て、蝶は逃げ惑いながらも集められていき、
「じゃ、行きまーす」
 纏った所で、ティーレリアはアイスブリザードを浴びせる。場所は選んであるので村に被害が及ぶ事は無い。低温が堪えたか喰らった蝶たちははらはらと落ちる。
 もちろん、逃げる蝶もいたが、そこは連十郎が上から投網を投げかけ逃亡を防ぐ。また、月花も網を袋状にしたもので採取していた。
 村人たちにも協力してもらい、あちこちで同じように網や布で蝶が追われて、捕まえられていった。
「にしても、結構上まで飛んでくるものだな」
 リトルフライで浮遊しているにも関わらず、連十郎の頭近くまで飛んでくるモノもいる。念の為にと服や頭巾で身を覆っていたのが功を奏し、ただ予想外の飛行に感心するばかり。
 そして。蝶自身もそうだが、平行して幼虫や蛹の駆除も行われていた。
 鞘継は村人に頼み、毎年の駆除に使う薬を分けてはもらったが、例年に無い数の多さに薬も品薄状態だとか。とにかくある分だけを受け取り、卵や幼虫を退治していく。
「害虫駆除もだが、土壌にもいいらしい。繰り返し使わなければ効果は薄いのが面倒だが」
 蒼司は炭焼きから竹酢液や木酢液を分けてもらい、先の薬同様に散布している。幼虫が好むという植物を聞き出し、その葉に一枚一枚丁寧に使用していくと、こちらもあっという間に用意してあった分は無くなる。
 薬の類が無くなれば、後は延々刀などで一匹ずつ退治するのみ。また魔法などの大掛かりな仕掛けも場所によっては不向きである為、同じく地道な作業を取らざるを得ない。
「確かに不気味な姿ではあるがな」
 地味な作業を苦にする事は無いが。葉の影にいた蛹を見つけると、蒼司は少し息を吐いた。
 女中の霊だという者は、この蛹の姿が罪人として処された彼女の姿にしているという。確かにそう見えない事も無いが、結局はただの蛹である。
「藩主の死霊という者は、池多の家紋には蝶があしらわれておりそれ故に藩主は蝶となって蘇ってきたのだそうです」
 低空で逃げる蝶をロングスピアで駆除していた和樹も、聞いた噂を補足する。
 ‥‥どっちもどっちである。
 夜は夜で、月花が誘蛾灯ならぬ誘蝶灯として提灯を木に掲げておく。先の果実と合わせて朝には蝶どころか他の虫も集まっている。
「夏なら甲虫でも取れましたか」
 苦笑しつつも、月花は集まった蝶を網で捕まえる。鞘継もバーニングソードを付与した日本刀で網の中へと蝶を追い込む。別に魔法を使わずとも蝶は追い立てれてあちらこちらに逃げ回っていたが。
「無益な殺生と思うがな」
「でも、毒があるのでやっぱり危ないです」
 嘆息する蒼司に、しょぼんとうなだれてティーレリアは告げる。彼女は退治した蝶やその幼虫などをさらに集めて火にまでかける念の入れよう。
 そうして、日を重ね。概ね、蝶退治は順調だった。
 退治の際に、燐粉が服の隙間から入り込んだり目に入ったりしてかぶれる者もいたりしたが、村で簡単な手当てを受けたぐらいで京に帰り着くまでに治ると言われた。
 早めに到着したおかげで長く作業に携われはしたものの、それでも蝶は劇的に減ったようには見えない。大自然相手ではそれも仕方ないだろう。
 むしろ、予想よりも長く滞在し駆除を行ってくれた事に村人たちは素直に喜んでくれていた。
「お陰様で助かりました。後は私らで引き継いでいけます」
 言って、安堵したように笑みを見せてくれた村人たち。それでも噂が気になるのか、外を飛ぶ蝶を見る目は複雑なモノがあった。
 
「ついでだから、噂の城も見に行くとするか」
 と、連十郎の(強引な)誘いに乗って、帰る前にしばし寄り道。姫路の中心部へと一向は足を向けた。
 辺境とは違い、やはり都市は活気があった。山の上から城下を見下ろす白鷺城は前藩主の死を初めに様々な変事を得たにも関わらず、厳かに鎮座している。
「そう言えば。あの城の最上階には長壁姫という妖怪が住んでいるという噂があったな」
 ふと思い出し、蒼司は城を示す。
 長壁姫。その正体はよく分からない。そもそも藩主の前にしか姿を現さないらしく、それでは実在の程も確認しようが無く。ただ、彼女(?)を崇めず悪政を民に強いる藩主は祟り殺されるという話であり、前藩主の一族が相次いで死んだのは、この長壁姫の不興を買ったからではないかという噂だった。
「悪政により祟り殺されか‥‥。聞く限り、今の藩主の方が評判悪いがな」
 鞘継が作業傍ら聴いて回った人となりは、現藩主・黒松鉄山の方が悪い。今の藩主が変わってからと云うものやたら税が課せられる上に、野党や妖怪の活動を抑えかねているらしく治安が乱れているのだとか。最近では海賊の動きも活発化しており、不満の声が大きくなっていた。
 前藩主には悪い噂は無いが、では賢君なのかと言えばそうでもなく。ただ、ひどく一族の死が目につき恐れられている為、口にするのも躊躇う者が多かった。
「なんと言いいますですか。噂だらけなのですね、ここは」
 呆れるティーレリアに月花も頷く。
 しかも、いい噂はあまり聞かなかった。