猫・災難続き

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月03日〜07月08日

リプレイ公開日:2005年07月11日

●オープニング

 月夜に浮かれた訳でも無いが、夜にふらりと京の町を歩いていた。
 茶色の髪に同じ色の目。どう見ても日本人に見えない姿は、昼日中だと変に目立つせいもある。実際、青年は日本人でない。どころか人ですらないのだが。
 名前は無い。というか、覚えてないし気にもしてない。ただ猫とだけ呼ばれている。
 京に来てからは早二ヶ月。いい加減生活にも馴染んできた。
 寝泊りする家はある。最初の頃は脱走でもしようと思っていた屋敷だが、結局果たせずにいる。何せ、見つかったら親父さんが泣くからだ。
 とはいえ。そろそろ本気に考えねばならない。何せ、彼を京に拉致った張本人がそろそろ戻ってくるようだから。
 問題はそれをいつ行うか。
 などとあれこれ考えながら歩いていると、唐突に悲鳴を聞いた。

 京の町は物騒だ。国の都と云う癖に、平気で夜盗や妖怪が横行する。
 近付く程に刀の打ち合う音が聞こえる。見れば侍らしき者数名が、黒尽くめの男と打ち合っている。侍は検非違使らしい。すでにほとんどが倒れ伏しており、最後の一人が血だらけで打ち合っている。
「はっ、そんななまくら刀で止められるか!」
 黒尽くめが嗤って吼えると、刀を打ち下ろす。狙いは侍の刀。それを真っ二つに折ると、続けての一太刀で驚いた顔の侍へと刃を下ろした。
 声も上げずに侍は倒れた。それで立っている者はその黒装束だけとなった。
 とりあえず、誰かに報告はするべきだろう。こっそりと猫は立ち去ろうとした。
「おい、そこの」
 あっさり声をかけられた。嫌そうに振り返ると、ばっちり覆面下の目と合う。
「目撃したからには、斬らせてもらう。異人の切れ味もこいつらと同じか?」
 覆面の下でそいつは笑った。暗い嗤いだ。理由はどうでもよく、斬る事が楽しいと言いたげな。
「やれるもんならやってみな」
 言うが早いか、猫の身が変わる。人の姿から人猫の姿へと。これで大概な奴はびびって逃げるし、逃げない相手でも取り合えず爪を使いやすいので便利になる。
 そいつは少々目を瞠り‥‥爆笑した。
「はっ、化け猫かよ! 丁度いい!!」
 嬉々と笑うと、一足飛びに間合いを詰めた。
 改めて向き合うと、黒装束はやたらでかい。体格から見ても、ジャイアントなのかもしれない。
 黒装束が武器を振り下ろす。それを手で打ち払おうとしたのは単なる癖だった。何せ、その程度で傷つかない‥‥はずだった。
「痛っ!?」
 激しい痛みを感じる。たいした怪我では無かったが、それでも手に傷を負っていた。滅多見ない自分の血を見ている。
 自分が通常武器では傷つけられない事は重々承知している。一般的に流布している物でそれに当たるのは銀だが、それは銀には見えない。
「‥‥普通の武器じゃないってのか」
「それを気にするって事は、てめぇもただの化け猫じゃねぇって訳か」
 黒装束の指摘に、猫の顔が歪む。失言だったかもしれない。
「切り刻むのは惜しいが‥‥、ま、それはしゃーねぇよな!!」
 刀を振り被った。それを避けようとし、
「うちの猫に何してるのよ!」
 実に唐突に。声が割って入った。反射的に場を退いたのと同時、竜巻が吹き荒れる。
 相手は身を庇っている。その隙に、猫は身を翻すと、割って入った主の手を取り一目散に逃げ出す。
 黒づくめは追ってこなかった。十分に走った後で、手を話すと、相手は目を回したようにしゃがみ込んだ。
「‥‥何で、お前がいるんだよ」 
「帰って来たからに決まってるじゃない。会えるの楽しみにしてたのに、散歩に出かけたって言うから探しに来たのよ。そしたら、あれよ。びっくりしたわ」
 感謝なさい、と胸を張る小娘は陰陽師・小町。自分をこの町に引きずり込んだ張本人はそう言って、少し脹れていた。
 丁寧に広げた巻物をたたむ彼女の隣で、猫は刀を払った手を見た。
 傷口はぱっくりと開き、今も血を流している。小さく舌打ちすると、着物の裾で血をぬぐう。汚れた箇所を破って捨てる頃には傷口は綺麗に消えていた。

「で、いなくなっちゃったのね」
 言って、小町は茶をすする。やたら長い小町の話を聞き終え、ギルドの係員はため息をついた。
「ここに来たって事は依頼だろ? どうして欲しいんだ?」
 うんざりと見つめ返してくる係員を、小町は湯飲みを置き、真正面から見据える。
「猫の捜索、そして護衛。‥‥あいつの見た夜盗だけど。前々から時折姿を見せてるらしいわ。どうやら妖怪を斬ってまわるのが、そもの目的らしいのよね。で、ついでに人も斬る。時には複数いる事もあるらしい、と」
「訳分からんな。‥‥まぁ、つまり、化け猫坊主も狙われるって訳か?」
「多分ね。ついでに言えば、その事はあいつにも言ってあるからそれを承知で出てったんでしょうけど」
 ひょいと小町が肩をすくめる。
「つまり、猫妖怪を見つけてその夜盗だか何だかから守れって訳か」
 普段とまるきり逆だな、と係員は笑っていたが、
「そうよ。同時に、あいつが夜盗を殺すのを阻止。悪党相手とはいえ、人を襲うとなればさすがにあいつを討伐しないとまずくなるわね」
 あっさりと言われて、逆に係員の方がぎょっと目を剥く。だが、その顔を見ると小町は複雑そうな顔で嘆息する。
「あいつも馬鹿じゃないし、それは無いと思うけどね。でも、弾みって事があるし。些細な事でもうるさくする連中って多いから」
 係員は当然と思ったが、口にはしない。一応依頼主であるのだ。ここは黙って茶をすする。
「あいつの捜索はそう難しくないと思うの。あいつ目立つし。あるいは夜盗の方を探してみるのもいいけどね。‥‥あたしはまだ月道の方とか、黄泉人の関係で寮の仕事が忙しいのよ。なもんで、冒険者に任せるわ。あ、最終的にはあいつがちゃんとあたしん家に帰るようにしてね。逃がしちゃ駄目よ」
 言って、深々とため息つくと、頭を抱える。
「‥‥問題はそう、やっぱり夜盗の方だわ。普通の夜盗ならあいつを傷つけられる訳無いし。‥‥なんて言うか、やーな感じよねー。面倒な事になりそうだわ」
「それは占いで出たのか?」
「いいえ。女の第六勘よ」
「じゃ、当てにならんな」
 鼻で笑う係員に、小町はお盆を叩きつけていた。

●今回の参加者

 ea0260 藤浦 沙羅(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1765 猛省 鬼姫(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3318 阿阪 慎之介(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7055 小都 葵(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7842 マリー・プラウム(21歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea9164 フィン・リル(15歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 eb2041 須美 幸穂(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「逃げ出すなら一言お声をかけて下さったらいいのに‥‥」
 落胆至極ではあるのだろうが、表面上はさほど変わる事無く須美幸穂(eb2041)は不満を口にする。
「けど。黒尽くめの夜盗さんなんて、怖い話ですよね」
 ふるりと身を震わせる藤浦沙羅(ea0260)。猫が遭遇したと言う黒尽くめは、妖怪狩りはおろか人斬りも行っている。目的は不明ながらも、姿を隠している事からして、あまりいい話ではない。
「通常武器が効かない相手に怪我を負わせた。って事は、魔剣だと思うの。魔力に持ち主が飲み込まれたのかもしれないわ」
「魔法武器を持った僧兵さんか、オーラ使いの人かもしれませんよ」 
 腕を組みつつ、マリー・プラウム(ea7842)が思案すると、小都葵(ea7055)が小首を傾げる。
「正体は魔物の類か、剣に操られる傀儡の類か。兎角、猫殿は少々性質の悪い奴に目を付けられたのかもしれんでござるな」
 阿阪慎之介(ea3318)が走らせていた筆をしばし休め、顔を上げる。その様を見て、猛省鬼姫(ea1765)が呆れて肩を竦める。
「うだうだと、ここで言ってても仕方ねぇじゃん。猫を探してついでに黒尽くめも探すって事でいいんだろ」
「そだねー。早く猫くんに会いたいねぇー」
 うきうきとフィン・リル(ea9164)が弾んだ声を上げる。
「とにかく。厄介そうな相手だし、早々に見つけないとね」
 南雲紫(eb2483)が告げると、それぞれが各々の表情で頷いていた。

 似顔絵片手に、冒険者たちは二組に分かれて京の町に出る。
「すみません、この人知りませんか?」
 言って、葵が似顔絵を見せて回る。小町をはじめ、猫を知る者の証言から慎之介が描いたものだが、うまく特徴を捉えている。
 京ではまだまだ外国人が珍しいとあってか、尋ねた相手は興味深そうに協力してくれる。大概は首を横に振るか、申し訳なさそうに肩を竦めるだけだったが、それでも根気強く聞きまわれば、見かけたという者が出ない訳でない。
「この分だと、思ったより早く猫さんを見つけられそうですね」
「そうだね。猫さんも探しているみたいだし。案外そこいらで出会えるかも」
 ややほっとした表情をしていた葵だが、沙羅の言葉を聞いて表情を曇らせた。
 猫の捜索は勿論ではあるが、彼らの班はむしろもう一つの情報収集に気を向けている。
 黒尽くめの夜盗。そちらの成果はといえば。
「上々とは言えないでござるな」
 むむむ、と眉間に皺を寄せて慎之介が唸る。事件現場をはじめ、過去に起きた場所を探している。現場はあちこちにばらけている。昼はともかく夜間は人寂しい場所というのが共通点だろうが、まぁ、夜盗の出没などそんなものだろう。
 話に聞けば、結構前――少なくとも一年以上前から京の内外に度々出没し、妖怪を退治したり人を襲っていたらしい。ただし、多くて一月に数回。数ヶ月単位で姿を見せない事もあるので、市井の記憶にはあまり残って無いようだ。さらに、妖怪退治という風変わりに見える一面を除けば、夜盗として狙う物品は主に武具らしく、その為侍や稀に志士たちの方が襲われていた。
 だからと言って、具体的にどんな奴らで何を目的にそんな事をしているのかなどはさっぱりと分からない。黄泉人の襲撃に際して関心がそっちに向き、夜盗などは少々野放しぎみになっているのかもしれない。
「最近ではもっぱら人を襲う事の方が多くなったと言われてましたけど‥‥猫さん、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だろ。少なくとも襲われてるなんて話も現場もぶち当たっちゃねぇんだし。それより、さっさと次行こうぜ」
 葵の頭を軽く叩くと、鬼姫はさっさと歩き出す。

 もう一班はといえば。やはり似顔絵片手に話を聞きながら歩を進める内に、いつしか都外れの人寂しい場所へと入り込んでいた。
「‥‥本当にこんな所にいるのかしら?」
「うん。どこまで近いのかは分かんないけどね」
 流石に不安になり、辺りを見回す紫に、フィンは金貨を手にしたまま答える。
 フィンのサンワードではまだ正確な事までは分からないが、少なくとも今は『近く』と答えてくれている。ただ、たまに『分からない』とだけ答える事もあったが。
「他の人を巻き込まないように隠れてるんだと思うわ。確かにここなら隠れられそうな場所はたくさんあるわね」
 当に朽ち果てた家やらうっそうと茂る森やら。マリーがざっと見回すだけでも陰が多い。
「鈴は何か分からない?」
「何となく匂いはするそうですから、傍まできたら教えてくれるのでは? うちの湊はちょっと頼り無いかもしれませんけど」
 幸穂が犬猫とテレパシーで会話する。フィンの柴犬は元気に尻尾を振っているが、幸穂の猫は「気が向いたらね」とばかりにあくびをしている。
「肝心の猫さまには話しかけても梨の礫ですし。本当に何をしておいでか」 
 幸穂が嘆息する。
 こちらは猫の捜索を重点としているが、それでも、黒尽くめを放り出している訳ではない。聞いた話を思い出しても、あまりよろしくない事だけは分かっている。
「同業者の話でも詳しい事は分からないそうですけど。ただ、訛からしてどうやら京の人間ではないようだとか」
 情報屋をしている幸穂だが、首を傾げる。
 目的は妖怪退治というよりも、妖怪そのものを目当てとしているらしい。概ね屍を集め、小物ならば生きたまま捕らえて連れ去っていく。そして、時には人を襲い、その武具を剥ぎ取り金品を奪い去っていたという。
 面倒に巻き込まれてなければいいのに、と思っていた矢先に、フィンの柴犬がいきなり激しく吠え出した。
「向こうで争い事があるようです!」
 幸穂が翻訳するのが早いか、犬はいきなり走り出す。その後を追う冒険者たち。
 近付くほどに確かに争う音が聞こえる。何かを打つ音、怒鳴る声。そして、
「げ」
「「「「あ」」」」 
 茂みを割って出てきたのは探していた猫だった。人型ではなく、猫の姿をし‥‥すでに血に塗れている。
 そして、その後方から姿を現したのは、
「黒尽くめ!!」
 刀を振りかぶり、猫へと振り下ろそうとしている黒尽くめに、紫は素早く太刀・三条宗近を抜き放つ。猫の前に割って入るや、振り下ろされた刀と組み合い、捌いた反動で間合いを取った。
「猫くん、久しぶり〜。‥‥飛びつきたいけど、ちょっと無理そうだね」
「いーや、大丈夫だ」
 開いた傷口に顔を顰めたフィンだが、その傷口が見る間に塞がる。毛についた血を拭うと、怒りのこもった目で黒尽くめを睨みつける。
「まだ陽は落ちてないのに、夜盗が出るなんて!」
 恨めしそうにマリーが見据えるも、黒尽くめは鼻で笑う。
「おあつらえ向きにこんな人気の無い所を歩いてくれてたからな。こっちもとっとと片付けて早く家に帰りてぇんだよ」
 黒尽くめが身構える。
「知り合いらしいが、女四人。うち二人羽虫かよ。‥‥そっちの女、いい刀持ってるじゃねぇか。妙な化け猫を探してただけだが‥‥今日はついているな!!」
 言うが早いか。黒尽くめが間合いを詰めてきた。振り下ろされた刀は紫の太刀を狙う。金属音の澄んだ音がやけに響き、重い衝撃が太刀から伝わる。折られる、と背筋を寒くしたが、何とか太刀は耐え切る。
 ほっと息を吐くより早くに紫は次の動作に移っていた。交わした太刀を滑らせると峰を急所に打ち込む。だが、相手は顔を顰めて再度間合いを広げた。
「へ、女にしちゃなかなかやるじゃねぇか」
「黙れ」
 軽口叩く黒尽くめを、明らかにむっとした表情で紫は静かに睨みつける。殺気すら交えて見えるその眼差しを、面白そうに黒尽くめは受けとっていた。
「ったく、適当に目を付けられたらとっととずらかろうと思ってたのに‥‥。あーもう、こうなりゃやってやろうじゃねぇか!!」
「って、落ち着いてよぉ。誤って殺しでもしたら、謝って終わりに出来ないんだから」
 牙を剥いて毛を逆立ててる猫に、フィンが慌てて止めに入る。
「いいぜ、そのまま押さえてろ!!」
 馬鹿に仕切った口調で黒尽くめが吼える。あわせて紫も間合いを詰める。
 後方からは幸穂が巻物を広げて念じ、マリーもまた詠唱を開始していた。

「もうおっぱじまってるとはね!!」
 幸穂のテレパシーで連絡を受け、もう一班もまた現場へと赴く。
 急いで赴いた時には、捜索組は結構苦戦を強いられていた。直接戦闘は紫と猫だが、あまり猫に暴れられてもまた後が厄介。
 後方からマリーがイリュージョンで、幸穂も巻物で支援していたが、マリーは効果時間が短いし、幸穂はテレパシーの魔法使用でいささか魔力の消費もあってか、あまり連発する訳にもいかず。持っているバキュームフィールドもマグナブローも範囲に効果があるので、慎重に使わねば味方を巻き込みかねない。
 だからといって、黒尽くめが優勢だった訳でない。何だ言っても魔法の支援は厄介だし、直接当たっているのが二人というのもいささか手をこまねいてはいるようだった。さらに、紫は捕縛を考えて昏倒させようとしてくるので迂闊に踏み込めず、かといって離れすぎると幸穂に勝機を与える。
 そこに新手として、慎之介たちが到着する。
 沙羅がまずはウォーターボムを放つ。水撃に相手が怯んだ隙に鬼姫が走り込むと、オーラパワーを付与した一撃を加えてすかさず距離を置く。
 慎之介がオーラシールドを構えて黒尽くめと対峙すると、その後ろで葵が負傷していた者たちにリカバーをかけて回っていた。
 挑みかかる冒険者らを前に、黒尽くめはあからさまに舌打ちをする。
「この間の陰陽師といい、そいつらといい。たかだか化け物にえらい面子じゃねぇか」
「猫さんは猫さんですっ! 化け物じゃないです」
 葵が立腹して告げるも、相手はふと間合いを広げた。
「逃げる気なの!?」
 慌てて沙羅が詠唱を開始する。マリーもそれに習う。幸穂も巻物を発動させようとしたのだが、
「あそこに人が!!」
 はっとしてそちらへとマグナブローの巻物を念じる。
 噴き上がるマグマ。それに押し出されるかのように人が転がり出てくる。ちょうど冒険者を挟むように背後に躍り出たのは、やはり同じく黒尽くめ。仲間である事は簡単に知れる。
 同時にさらに間合いを広げて先の黒尽くめが横手に回った。
 どちらに攻撃を仕掛けるべきか。躊躇した隙に、新手は印を組むとその身が煙に包まれる。と、周囲の冒険者たちがばたばたと倒れていった。
「春花の術でござるか!」
 事前にオーラエリベイションをかけていたおかげで、慎之介にはまるきり影響が無い。後は鬼姫が起きてはいたが、その他は眠りについている。そこにすかさず、黒尽くめが間合いに入ると紫へと刃をつき立てかけた。
「させぬでござる!!」
 軽く舌打ちして、慎之介は間に割って入り、オーラシールドを掲げる。盾に阻まれ攻撃を逸らされると、続く二撃目を慎之介に向ける。素直にふられた刃を躱すと、慎之介は相手の日本刀へと自身の武器を当てた。
 日本刀にはオーラパワーがかけてある。相手の刀が嫌な音を上げるが、砕ける前にすばやく相手が身を退く。
「危ねぇ、危ねぇ。こいつを壊すとまた怒られちまうんでね」
 先程まで自分も同じ事をしていたのだが、それは棚上げな様子。
 その一方で、鬼姫はといえば新手に向かって構える。
「いつまでも寝てんじゃねーよ! うるぁ!!」
 春花の術は眠りに陥るだけ。行きの駄賃とばかりに辺りの者を蹴りつけ目を覚まさせると、そのまま相手に殴りかかり‥‥。
 だが、相手は間合いを詰めた分だけ大きく差を広げる。
「手こずってる様なら加勢する気で来たが、すでに分が悪いようだ。退かせてもらう」
 お前も退いた方がいいと大男に告げるが早いか、相手はあっさりと逃走していく。言葉を受けて、嫌そうな表情をしたものの、先の大男もまた逃走に入る。
「お待ちなさ‥‥ぐわっ」
 慎之介が逃亡を阻もうとしたが、その前に何か粉のような物を投げつけられた。途端、目に鋭い痛みが走り、怯んだ隙に相手はまんまと逃亡に成功していた。

 その後、寝ている者たちも起して一通りの手当てをする。目潰しの粉も、洗い流してしまえば痛みはほとんど消えた。
「おい、化け猫。今度俺とガチで喧嘩しろ。強いんだろ?」
 にやりと笑いながら鬼姫が告げると、猫は苦笑しながら肩を竦める。
「機会があればな。とはいえ、いい加減疲れたし、しばらくは寝てたいわ。んじゃ、後はよろしう」
「って、どこ行くんだよぉ」
 全員の無事を確認した後、そう言ってあっさりと立ち去ろうとする猫の尻尾を、慌ててフィンが掴む。
「えーい、あんな面倒な奴らといつまでも関わってられっか。今の内に遠くに逃げる!」
 ぶんぶんとフィンを振り落とそうとしている猫に、柴犬がご主人の危機とばかりに吠え立てている。
「でもでも、小町さんたちの事はどうするんの? 理由もなく猫さんを家に置いてる訳じゃないと思うの。そりゃ、猫さんにとっては窮屈で嫌な事かもしれないけど、猫さん自身の為にも沙羅はあのお家にいた方がいいと思うんだけどな。
 それに、お出かけしたらただいまって帰れる場所があるのって素敵な事だと思うけど、どうしても駄目なら、お別れの言葉くらい言いましょうよ?」
「じゃ、代わりに言っといてくれ」
「だから待ってってばー」
 沙羅に短く言い切り、やっぱり去ろうとする猫に、フィンがまだまだすがりつく。その様子に嘆息しつつ、葵が口を開く。
「父君さんも寂しがっておられましたし。小町さんはお忙しいそうですけど、ご飯は食べられるのですから、昼間だけ帰ってみては? 黒尽くめが何とかならないと夜間が危険ですが、遊びに来て下されば、様子も伺えて良いのですし‥‥如何でしょう? 相手がまだあきらめたと限りませんし、一人で突っ込まないで欲しいのですけど」
 黒尽くめとやりあう前に頼むつもりだったが、お礼代わりとマタタビと食料を渡す。
「けどなぁ‥‥。あいつら何かヤバげだし。あそこん家がうざったいのは確かだけど、だからって巻き込む訳にもいかんだろーが」
 もっとも、食料はもういいという事。マタタビの方はいたく悩んでいたが。
「猫でいくなら大丈夫なのでは」
「あのな‥‥」
「そんなの本人に尋ねて相談すればいいじゃない」
 あっさり告げる幸穂に猫が顔を顰める。そこへマリーが言うが早いかイリュージョンを詠唱した。
 小町の幻影を見せると、嫌そうに身を竦めた猫。そこに紫がすかさず太刀をふるって気絶させる。
「ま、連れ帰るよう言われたのは確かなのよね」
 悪気も無く、肩を竦めて見せる紫。
 動かない猫をマリーは縄で縛り付けて、後は強制送還。その後、どうするのかは‥‥まぁ、小町宅と彼の問題だろう。