捕 縛

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月24日〜07月29日

リプレイ公開日:2005年08月02日

●オープニング

 冒険者ギルドに、実に珍しい客が来た。
 浅黄色の羽織には誠の文字を背負う姿の意味を知らぬ者は、相当世間に疎いと言わざるを得ない。
 新撰組。京都の治安を守る彼らは、これまでにも冒険者としばしば手を組む事があった。だから、冒険者ギルドに足を踏み入れてもさほどの不思議ではない。
 だが、目の前の御仁は左の目に傷を持つ。火で焼いた痕だ。その特徴的な容貌で何も言わずとも四番隊組長・平山五郎なのだと簡単に推測がつく。
 彼が今までギルドに訪れた事は無い。噂によればあまり冒険者にいい感情を抱いていないらしい。実際、以前接触あった依頼では、友好的とは言えない態度を見せた。その御仁がギルドに顔を出したのだ。
 依頼を見に来ていた冒険者らが驚く中、彼らを一瞥だけして平山はギルドに入ると、見下すように係員に話しかけた。
「冒険者に依頼を頼みたい」
 どこか傲然と彼はそう言い放った。

「人探し?」
 係員の言葉に平山は無愛想に頷く。
「先の合戦にて黄泉人の兵を南へと追いやったが死滅させた訳ではない。そこで、また新たに黄泉の兵に対しての対策を取る必要があり、新撰組もそれに参戦するという話が出ているのだが。平隊士の一人がそれを前に脱走した」
 これまでにも、新撰組が黄泉の兵相手に借り出されてはいる。戦力を思えば、ありえない話ではない。
 だが、新撰組は本来偽志士を取り締まる為に組織された。人間相手と思っていたのが、得体の知れない化け物と戦う事になり、その平隊士は怖気づいたらしい。
「脱走というだけでも問題だが、どうやらそいつは逃亡の際に新撰組の活動資金として置かれていた金子を持ち出した疑いがある。よって早々に見つけ出し処罰せねば隊の規律にも関わる。しかし都も広く、我らだけでは手が足りない」
「だから手を貸せと?」
 顔色を窺ってみる係員だが、相手の表情からはどうとも読めない。あっさりと頷いたのを確認すると、それで次を促した。
「その隊士には女がいた。京に来てから出来た女らしいが、色恋に年月など関係あるまい。ずいぶんと入れ込んでいたらしいからその女の所に姿を現す可能性もある。あるいはすでに彼女が奴をかくまっているか‥‥。いずれにせよ、彼女を見張り、奴が姿を現せば捕らえて来て欲しい」
「あんたはどうするんだい?」
「他の心当たりを探る。女など気にせずとっとと京から逃げ出しているかもしれないし、あるいは他の誰かの所に潜伏しているのかもしれないし。‥‥なので、女を見張っても見つからない可能性があるが、まぁ、それでも報酬は払おう」
 淡々とした言葉で平山が続ける。 
「脱走した隊士は彦次。年は二十歳過ぎだったか。女は街道筋で茶屋を営んでいいて、名は七尾。正直気立てがいいだけで、美人でもなし。どこがいいのか分からんな」
 心底不思議がり首を捻る平山だが‥‥、あんたの女の趣味はいいんだよ、と言いたくなるのを係員はぐっと飲み込んだ。
「ともあれ。茶屋は彼女の父親が営んでおり母はいないらしいな。朝から晩まで店を手伝ってる働き者のようだが、最近は稀に店を離れてふらっとどこかに出かける事があるらしい」
 ふと、係員が顔を上げる。疑問をぶつけようとしたらしいが、
「以上、よろしく頼む」
 そう言い切ると、早々と身を翻してギルドを後にした。
 その後姿を見送り、軽く肩を竦めると係員は書類の作成にかかった。

●今回の参加者

 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1790 本多 風華(35歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2313 天道 椋(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2472 ナミ・ツユダーク(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb2704 乃木坂 雷電(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb3119 董 承志(35歳・♂・ファイター・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

「天下の新撰組ともあろうお方達が、平の隊士にお金を持ち逃げされるとは何とも情けないお話ですこと」
 依頼内容を反芻し、本多風華(eb1790)は密かに笑う。
「これでは、京の平和を守るなどおこがましくて言えませんね。どうやら彼らは『新撰組』という呪に取り憑かれているようです」
「そのような事、言っても仕方が無いし、関係ない。私たちの役目は、七尾の見張りと彦次の捕縛。それ以外に余計な事はしない」
 ころころと笑いたてる風華に、無表情でナミ・ツユダーク(eb2472)が口を挟む。言われて風華は口を閉ざしはしたが、それでもまだ表情は笑ったままである。
「しかし」
 そんな彼らを横に、乃木坂雷電(eb2704)は先ほどからずっと考えてばかりいる。
「一般の平隊士とはいえ、相応の腕を持っていると云う。逃げたならまだしも、どうして処罰を覚悟してまで金子を持ち出して逃げる必要があったんだ?」
「それに、依頼主の平山隊長‥‥組長っていうのでしょうかね? 彼の意図が少々分りかねますね」
 天道椋(eb2313)もまた、首を傾げている一人。
 新撰組四番隊組長・平山五郎。依頼主ではあるのだが、依頼された情報が少々分り安すぎる。ここまで分かっているのなら、何故わざわざ冒険者たちに頼む必要があるのか。
「今は考えても仕方の無い事。彼らには彼らの考えでもあるのでしょう」
 神楽龍影(ea4236)が告げる。仮面でくぐもった声が困惑しているのは、単に疑う事に慣れていない性分だからか。

「いらっしゃいまし」
 街道沿いの茶屋に顔を出すと、奥からすぐに若い娘が顔を出してきた。父娘で経営しているとの話なので、では彼女が七尾なのだろう。
「失礼。御店主はいらっしゃいますか? よろしければこちらでしばらく営業させてもらいたいのですが」
 琵琶を掻き鳴らして椋が頼むと、奥にいた親父が恵比須顔で承諾する。後ろで風華と龍影が顔を見合わせてまずはほっと肩を落としていた。
 店先に入り込んでの情報収集。椋が話術で漫談を披露したり、琵琶を奏でたりで周囲を賑やかせる。
「七尾さまはどういう方でしょう?」
 頃を見計らって、風華はなじみと思われる客に声をかける。もちろん、本人にばれてはならないのでそれとなくだが。
 得られた評判はなかなかいい。働き者で器量良しで、容姿もよろしく――平山は難癖つけたが、少なくとも悪い部類ではない――、後はいい旦那を見つけるぐらいとか。
「ただ、最近気鬱になってる事が多いよな。何か悩みでもあるのかねぇ」
 客が心配するように、確かに七尾は表面こそ明るく振舞っているが、ふと奥に下がるなど人に見られていない時、顔に陰りが出る。
「何やら心配でもおありのようですが。気晴らしに一つ、特等席で舞でも見てみませぬか?」
 心配を装い、龍影が七尾を誘う。誘うフリして風華の傍へと座らせる。
 椋が背筋を伸ばして琵琶を奏で、龍影が舞を披露する。そして風華の身は一瞬銀の光に包まれ、それからおもむろに歌いだす。
「あなた様がお慕いしているお方は何処? 慕い恋焦がれるお方は何処? あなた様の心を偽ることは決して出来ませぬ。さあ、愛しきあの方の元へ参りましょう」
 メロディーを使い、七尾を誘導する風華。
 文字通り心に響く歌声に、しかし、よほど気がかりなのか七尾はそれでもかなり迷ったそぶりを見せていた。
 それでも、メロディーは歌う間は効果が続く。しばしの根競べの後に、彼女は心を決めたように立ち上がると、店の奥へと下がった。

 逃げているのか、求めているのか。
 走るように七尾は山道に入っていく。その表情は迷いがあるのか重く、足取りも稀に歩き立ち止まりと内情の不安が知れる。
 それでもメロディーは長ければ数日続く。それに後押しされたか歩を進める七尾の後を、楽士の三人組が追う。
 雷電とナミはさらに少し遅れてそんな彼らを追跡していた。
 やがて、小さな山小屋にたどり着く。
 椋、龍影、風華は戸を叩く七尾の傍へと近付く。ナミはそこからさらに別の方角へと動きだす。
(「‥‥‥‥‥‥」)
 そして、雷電は何やら険しい目をして自分たちが来た方を振り返っていた。 

「彦次様、でありますね?」
「何だ、お前たちは!!」
 山小屋から出てきた男に風華が問いかける。その隣では椋が手ぬぐいを、龍影が面を外して静かに礼をとる。
 確認せずとも、彼が彦次なのだと知れる。七尾は彼らが着いて来た事に気付いていたのか、いなかったのか。困惑気に彦次と冒険者たちの顔を見比べている。
 いきり立ち、いつでも刀を抜く構えにある彦次。
 その彼を刺激せぬよう気をつけながら、龍影は火をつけた松明を倒れぬように地に置く。
「彦次殿‥‥。七尾殿を想うておるのなら、黄泉の兵が襲来致した時こそ、貴殿が七尾殿の居られる京都を、護らねばならぬのではありませぬか?」
 素顔を晒して龍影は真正面から彦次を見据える。問われて、彦次の顔に苦渋の表情が浮かんだ。
「如何なる事情が有ったのかは存じませぬ。しかし、私で良ければ可能な限り力添えをさせて頂きます。隊へお戻りになられませ!」
「あんたたちに何が分かる!!」
 だが、龍影の訴えに彦次は叫ぶように否定を入れる。
「俺は‥‥、確かに神皇さまの為にと新撰組に志願した。京の都を守るつもりでもいた。だが、あんな胡乱な死体どもを相手に戦争するなんて聞いてない!! もう、まっぴら御免だ!!」
 言って刀を抜き放つや、冒険者たちが動く間も無く、七尾を抱きとめる。
「そこをどけ! 俺は七尾と逃げる! 江戸に戻って二人で暮らす!!」
 ぎらつく目と刀を冒険者に向けながら、彦次はじりじりと動く。対し、冒険者たちも七尾を人質に取られた形となって迂闊に手は出せない‥‥ように見えた。
「逃がす訳にもいかない。これも仕事だ」
 彦次の背後、回りこんだナミが手を伸ばして、刀を持った手を掴む。驚いて振り解こうとした彦次が、大きく体勢を崩した。
「危ないですから、こちらへ!」 
 その隙に椋が巻物を広げて念じ、フレイムエリベイションを発動すると、七尾を引き寄せる。追いかけようとする彦次にさらにナミが組み付き、
「離せ!!」
 苛立たしげに彦次が叫ぶや、刀の柄でナミを殴り飛ばす。彼女は武器をもっていない。いや、用意はしているが、今回は捕縛目的だからか使おうとしなかった。
 容赦ない力で、しかも顔を打たれてさすがにナミも怯んでその手を離してしまう。
「七尾!」
「彦次殿!! お待ち下され!」
 求めて手を伸ばす彦次に、龍影が悲痛の声を上げる。足元においた松明の、炎がありえぬ動きを見せて彦次の行方を阻んだ。
 一瞬歩を止めかけた彦次だが、意を決するとその炎を乗り越える。途端に、電気が走り彦次の身を撃った。
「うあああああああ!!!!」 
 踏み出したその先に、椋がライトニングトラップを仕掛けていたのだ。
「彦次さん!!」
 さすがにたまらずよろめいた彼に、七尾が走りよろうとする。その彼女を慌てて椋が押しとめる。ライトニングトラップの効力は一度きりとはいえ、仮にも戦闘中であるし、また質に取られたりしてはたまらない。
「殺したりはしない。あくまで捕縛するだけだ」
 淡々と告げたナミに、七尾が泣きそうな顔で彦次を見る。
 よろめき立ち上がろうとする彦次にナミが組み付くと、椋がシャドウバインディングで動きを止め、龍影が縄で縛り上げた。
 それでもまだ抵抗を続けていた彦次だが、その状態では如何ともしがたく、じきに息を切らして取り押さえられる。
「あんたが新撰組を抜けたいという理由はまぁいいとしよう。だが‥‥どうして、金子を持ち出すような真似をしたんだ!?」
 雷電が問う。途端、彦次がはっと顔を上げる。
「何の話だ? 俺は金なんて持ち出した事など無い」
「彦次様は組を抜ける際に新撰組の金を持ち出したと窺っています。さあ、全てを正直に話してくださいませ」
 説明がてら、メロディーを用いて風華が問い詰めると、彦次は目を見開き、顔を蒼白に変える。
「知らない! そんな話は知らない! ‥‥そうか、畜生!!」
 言い放つや、縛られたままで立ち上がり、脱兎の如く走り出す。よもや、その状態でも逃げるとは思わず、一瞬虚を疲れたが、
「往生際の悪い」
 珍しく不快に言葉を吐くと、ナミが彦次を押さえつける。元より束縛されていては動きづらい。あっという間に体勢を崩して激しく転倒する彦次。
「やはり、力付くでおとなしくなってもらうしかないようですわね」
 言うや、風華は巻物を広げて念じる。事前に借り受けていたアイスコフィン。青い光が風華を包むや、彦次の体が凍りだす。
「待ってくれ! 俺は! ‥‥!!」
 訴え叫ぶ彦次だが、その姿のまま氷の棺に閉じ込められていった。

「無事に見つけ出し、捕縛できたか」
 氷に閉じ込められた彦次を前に、七尾が泣き伏せる。重苦しい雰囲気の中をさらに陰鬱にさせるような声がかけられた。
 一斉にそちらへと顔を向ける。立っていたのは新撰組四番隊の面々。組長の平山をはじめその他の平隊士なども控えている。
「七尾を追っている時に、誰かがついてきているような感じはあったが、あんた達だったのか」
 荒っぽい口調で告げた雷電に、平山は軽く肩を竦める。それは肯定を示していた。
「だとしたら‥‥何を考えて彦次の捕縛を冒険者に任してきたのか、教えてもらえますよね?」
 不愉快露わに椋が問い正す。平山は顔を少し覗き見ただけで、さらりと言ってのけた。
「新撰組にて。新たに隊士を募ろうという話が出ている。どのような方法で、しかも採用後にどのような編成にするかなどまだまだ課題は多いが、新規隊士については確定するだろう。そして恐らく、冒険者も希望すれば新撰組に参入できる事になる」
 平山、冒険者たちの顔を見渡す。目があってしまった龍影は、居心地の悪さを感じて慌てて面を付け直す
「先の合戦は勿論、他の隊への協力などから戦力を有しているのは否めない。だからと言って金で動く何でも屋程度の輩を入れて新撰組の面目が立つかはなはだ疑問だったが‥‥どうやら杞憂のようだな」
 金で動く何でも屋。平山の口調や態度からして、本当にそう考えていたのだろう。悪意が無くとも失礼な話だ。
「つまり、俺たち――というか、冒険者と云うものを試してみたという訳か」
「そうだ。どれだけ手間取るかと思ってたが、なかなかだな」
 怒りもすっ飛ばしてあきれ返る雷電に、悪びれも無く告げる平山。ほめてるのだろうが‥‥嬉しくもない。
「だが、彦次の罪状は事実だ。脱走は勿論、窃盗など許されるはずも無い。彼の身柄はこのまま預かる。それと、この依頼にかかった諸経費も代替しておいてやろう」
 言って、椋を見遣る。自腹で宿泊費などを出していた彼だが、確かに彼の所持金ではつらい所だった。
 すがる七尾を引き剥がし、氷付けになった彦次を隊士たちが持ち去っていく。
「僭越ながら、彦次殿はどうなるでしょう? 事情を汲み、罪を軽くすることは出来ませんか」
 事態に少々呆けていた龍影だが、やる事を思い出し頼み込む。本来なら、礼服も着てちゃんとした身なりで向かい合うつもりだったが、その時間が無かったのだから仕方ない。
 加えて、彦次が組に戻るならそれを理由にも考えていたが、彦次は結局逃げる事しか考えていなかった。
「組の裁きは局長が決める。伝えてはみるが、どうなるかは分からんな」
 案の定と云うべきか、平山の態度は冷たい。
 運び出す隊士たちに続いて、平山ももうここに用は無いと早々に立ち去る。
 その後姿を見送る冒険者たち。
「一緒に逃げようって言われた‥‥。けど、父さんがいるんだもの。だから‥‥だから‥‥」
 その後ろでは七尾がいつまでもすすり泣いていた。