還って来た男

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月25日〜08月30日

リプレイ公開日:2005年09月02日

●オープニング

 もうじき仕事が終わるという時の客ほど嫌な者は無い。
 ましてや陰気な顔でいつの間にやらぬっと目の前に突っ立ってたようなお客では、応対していても気が滅入る。
「実は私には女房がおりました。うまくやっていたのですが‥‥その、ちょっとした事があって、私は遠くに行く事になり、別れる事となりました」
 京都冒険者ギルド。現れた男は勧めた茶には手もつけず、陰鬱にうなだれたまま身の上話を始める。
「そしてつい先日。私は故あってこちらに還って来る事が叶いました。それで女房の様子を見に行った所、どうやら新しい亭主を得たようで。その間に子供も産まれ、幸せに暮らしているようでした」
 男がうっすらと笑った。どうやら本当に喜んでいる。お人よしな人だ。
「ですが」
 男は口を閉ざし、表情を曇らせる。
「実はこの亭主、昔、悪い事をしていた時期があったようです。その時の仲間が彼をもう一度そっちの道に引きずり込もうと誘いをかけておりました。御亭主さんはすでに足を洗い、今はもうまっとうに生きております。なので、その誘いをつっぱねました。
 なのに、その昔の仲間は他の仲間に面子がたたない、なんとしても引き入れてやる、でなくば家族にも危害を加えてやる、といたく鼻息の荒い事で。
 なんとかその場は引き下がったようでした。が、あの様子ではまたやってくるでしょうし、本当に家族にも危害を加えるに違いありません。
 御亭主もそれが分かってるのでしょう。彼女に危害が及ぶぐらいならば、と悩んでいるようでした。ですが、そんな事をすれば彼女の生活はどうなるでしょう。
 何とかしたくとも、私はもはや女房らの前に出る事など出来ませんし、あいつらに対抗する力もございません。
 どうしたらよいか途方に暮れておりましたら、安倍晴明というお方からこちらに来れば何とかしてくれると御紹介いただき‥‥」
「うぉらまてぃっ」
 ギルドの係員。思わぬ名前を聞いて、思わず話を止める。
「何故にそこでその名が出てくるっっ?!」
「橋の下で思い悩んでいた所、たまたま通りがかってお声をかけて下さいまして‥‥」
 感謝して手を合わせる男に対し、係員は頭を抱える。
「兎角。亭主と昔仲間の縁を切り、妻たちの生活を守ってください。妻たちが幸せに暮らせるならば、私は何も言うことなくここから立ち去る事が出来ます。
 ただ‥‥この件に、くれぐれも私が関わっていると悟られないようにして下さい。私はもはや過去の人物です。知った所で、いたずらに彼女らを苦しめるだけですから‥‥」
 彼女が幸せであり続ける事が、今自分の望める精一杯なのだと、依頼人は告げる。
「まぁ、いいだろ。冒険者らに頼んでみるか」
 陰陽頭である安倍晴明からの紹介となれば無碍に扱う訳にも行かず。そうでなくとも依頼としては問題無い。
 係員に告げられて、安堵したように依頼人は頭を下げる。
 それに頷き、ではさっそく募集に取り掛かろうと目をそらし、ふと気づけばとすでに依頼人の姿はなかった。
 一体、いつの間に出て行ったのやら。ずいぶん陰の薄い御仁だと思いつつ、冒険者募集の告知を係員は行った。

●今回の参加者

 ea8755 クリスティーナ・ロドリゲス(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb1313 椿 蔵人(59歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 eb2041 須美 幸穂(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3241 火射 半十郎(36歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3297 鷺宮 夕妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「何やら浮かない顔ですね。何か悩みでもあるのではありませんか?」
 ふらふらと道を歩く途中、突然呼び止められて相手の男性は少々目を丸くしている。それが警戒されぬ前に占術用品一式を取り出し、須美幸穂(eb2041)は軽く詫びを入れる。
「失礼、私はこういう事をしておりまして。もしよろしければ事情をお聞かせ願えませんか」
「ああ、占い屋さんですか‥‥」
 事情を察して、男は大きく頷く。しばらく悩んだ後に、くれぐれも内密に、と云う条件付けで胸の内を聞かせてくれた。
「実は、私は昔、人様に言えない様な悪い事をしてきました‥‥」
 足を洗ったはずの世界から再びの誘い。乗らねば家族まで手を出すと脅され、誰かに相談しようにも誰にも話せない。そんな辛さから解放されたかったのだろう。男は思う以上に饒舌でありのままを話してくれた。
「ここで占い師に会えたのは何かの奇跡で。ご都合が悪くなければ、何かご助言を聞かせていただけないでしょうか」
 真相を吐露すると、その顔に披露の色が濃く浮き出る。精神的にかなり追い詰められてたのだろう。すがるような目で幸穂を見てくる。
「そうですね‥‥。それでは」
 その瞳を見つめ返し、幸穂は解決の糸口を示す。
 かくて、表向きの依頼もまた成立する。

 そもの依頼は、悩める男の女房の昔の旦那からというややややこしい人間関係の主からやってきた。
 元女房の知られざる窮状を知り悩む彼に、通りかかった安倍晴明の助言によって冒険者ギルドにやってきた。
 晴明が関わっていようと「とりあえず依頼を遂行します」とは幸穂の言葉だが、如何せん、依頼人が関わっている事は夫婦には内緒に、という条件が付いている。
 というわけで、面倒な前フリをしてから本題に入る事となったのだ。
 かくて、冒険者一同、改めて御亭主と顔をあわせ、情報を聞き出す。
「ものは相談ですが。奥方様にも事情を話された方がよろしいのではないでしょうか?」
 幸穂が告げると、拠点探索へ向かった他の冒険者を見送った時より、さらに渋い顔で亭主は顔を伏せた。
「夫婦の間に隠し事などと思われるかもしれませんが‥‥。やはり、私は心配かけたくはないですし‥‥、それに自分勝手と思われるでしょうが、本当の事を知られて嫌われるのは怖いのです」
「だからと言って、向こうの言いなりになるんはあきまへんえ。今の幸せを続けたいんやったら、もう一度身を汚すんがどれだけ辛いかわかっとるはずやろ? ‥‥うちらも手を貸すんや。あんたは家族をいざという時守ったってや」
 鷺宮夕妃(eb3297)が告げると、亭主ははっと顔を上げ、それから深々と頭を下げた。  

 亭主から聞き出した拠点は、街道より外れた廃寺。そこにごろつきが八人ほどたむろしている。
「ごめん」
 一言断りを入れて、椿蔵人(eb1313)が足を踏み入れると、警戒心も露わにごろつきたちがのっそりと姿を現す。
「誰だ。お前は」
「役所から来た。今、そこの村の亭主が役人に手をかけた故、周辺を洗っている。よもやお前たち、関わってはいるまいな」
 ぎろりと睨む蔵人。体格のいい長身から見下ろされれば、それだけで威圧感がある。多少身を竦ませたものの、ごろつきたちはすぐに息をつく。 
「するかよ。役人なんざ知ったこたねぇからな。だが、へぇ‥‥あの亭主がねぇ」
 言って、にやりと笑う。
 蔵人が去ってから、ごろつきたちは失笑を漏らしていた。
「足を洗ったとか家族に手を出すなとか綺麗事抜かしてた割には役人に手を出そうってへまするとはな」
「ふん。だが、そいつ、腕はいいんだろ?」
「勿論さ。‥‥役人に追われてるってんなら見捨てる事はねぇさ。女房子供を保護してやったら、もうこっちのもんだろ」
(「保護とは。ものは言い様ですね」) 
 下卑た笑いを浮かべるごろつきたちの会話を、火射半十郎(eb3241)は呆れ顔で聞き届ける。
 その後、ごろつきたちは亭主を誘う段取りを話し出す。
 屋根裏に潜む半十郎に気付かぬままで。

 夜も更けた頃。新月が近い薄暗い街道を、明かりもつけずに進む者たちがいた。
 数は七。辺りをうかがう様に潜みながら歩を進めていく。武器を手にしてる時点でろくな者ではない。やがて、亭主の家にたどり着くと、一人が明かりの着いた中の様子を伺い、他の仲間に示唆しようとして‥‥、
「うわ!」
 その足元に矢が刺さる。間違いなくそれは彼らを狙っていた。
「何してるの、キミたちは」
 慌てる彼らに、家の中から夕妃が声をかける。ぎょっとして立ち竦むごろつきたち。
「ご亭主さんに用があってきたんやろけど、連れてくの諦めや。あんな中途半端な元仲間なんか連れてった所で足手まといになるだけやおへんか。ましてや奥方様にまで手をだそうとは‥‥」
「うっせぇよ! 誰だ、てめぇは!!」
 一応説得を試みる夕妃だが、その終了をまたずにごろつきたちが刀を抜き、襲い掛かってきた。
「やはりそう簡単にはいかないな。さて、あたしの矢はどこまで通用するのかな」
 にやりと笑ってクリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)が、物陰から矢を射る。
 事前の拠点確認の際は、襲撃を懸念した幸穂に足止めされて――ご丁寧に経巻のアイスコフィンまで使用されて――結局行く事は出来なかった。
 その鬱憤を晴らすように、狙い定めて一点に集中。引き絞った矢を解き放つ。元々訓練も何も無い相手。矢は狙い通りにごろつきたちを射抜く。場所がばれぬよう、射れば移動する念の入れよう。
「残念ですが。ご亭主を呼び出している間に奥方を襲おうという算段はしっかり聞いてましたよ。本当にろくでもないですね」
 肩を竦めると、半十郎も忍者刀を手にごろつきへと間合いを詰めた。峰を使って殴り倒そうとしたが、あいにく格闘は得意で無い。避けられると、相手は怒りの形相で短刀を繰り出してきた。が、回避はお手の物とばかりにするりとその刃を躱す。
 混乱する現場。元より喧嘩か恐喝ぐらいしか場数を踏んでいない相手だ。形成が悪いとなれば、当然早々と尻尾を巻いて逃げようとしていたが‥‥、それを夕妃がシャドウバインディングで留めていた。
「くっそ、こうなったら」
 焦りの色濃く、ごろつきが家の中にと踏み込む! だが、求める姿はその場に無い。奥方たちは夕妃が事前に床下へと避難させていた。
 そうと知らずに、思わず足を止め辺りを見渡したごろつきの身が、突然、凍りついた。アイスコフィンだ。
「奥方様を人質にとでも思ったのでしょうが、無駄でしたね。何せあの方は手練の冒険者なのですから」
 さらりと幸穂が嘘を吐くも、聞くべき相手は氷の中。外の手合いも自分に手一杯で聞いてるかはちょっと不明だった。

「向こうに現れた昔馴染みとか云う奴も片付いたぞ。こっちの状態も説明しておいたし、今度手出ししたら痛い目に会わせるぞと告げたら、一目散に逃げていった。あの様子じゃ顔を出す事はないだろうな」
 亭主と共に帰ってきた蔵人は、仲間らはもちろん囚われたごろつきたちにも説明するようにそう告げた。
 縄でしばられたごろつき達には、半十郎が刀を抜き放ち、刃をその首に宛がう。
「おまえ達はこれから役所に突き出すが‥‥御亭主のことである事無い事言ってごらんなさい。その首が離れる事になりますよ」
 二度と関わるなと、たっぷりと脅しをかける。
「このまま、賊なんてやめてしまえばええのに。‥‥あんたらもコレに懲りたら足洗うんやで!」
 夕妃が喝を入れると、ごろつきたちは身を竦ませる。
「すみません、本当に何から何まで」
 頭を下げるご亭主の後ろ、赤子を抱いた奥方もまた揃って礼を述べていた。
 結局、この騒動で事情を話さない訳にもいかなくなり、事情を説明した御亭主。奥方は水臭いじゃないか、と告げただけで二人の仲が壊れる事は無く。
「内緒にしたとて、いずれ露見するような気もするが‥‥。お互い、違う道を歩いても労わりあえるとはよい関係だな」
 そんな夫婦に水をささぬよう、徹底的に陰に潜む事にした依頼人。彼を思い、蔵人は密かに笑む。
「そう言えば。奥方は初婚なのですか?」
 幸穂が尋ねると、さっと奥方の顔が曇った。沈痛な面持ちでうつむき、そのまま首を横に振る。
「いいえ。前の夫は事故で‥‥。もしよろしければ御挨拶していっていただけませんか?」
「は?」
 目を丸くする冒険者一同。そして、家の中へと案内される。

 ごろつきたちを役所に突き出し、報酬を受け取りに冒険者ギルドに顔を出した途端、どこからともなく声をかけられた。
「ありがとうございます。これで私も安心して向こうに戻れます。本当に‥‥ありがとうございました」
 若干喜びに溢れてはいたようだが、陰気な声は依頼人のモノに間違いなく。慌てて探すが、その時はすでにどこにも姿が無かった。 
「どうした? なにぼさっと突っ立ってんだ?」 
「‥‥いや、実は。依頼人の事なんですが」
 渋い顔で半十郎が委細を告げる。
 奥方の元亭主という依頼人。確かに奥方は再婚で、以前別の夫がいた。が、その彼は崖から落ち、それっきりと云う。遺体の確認しようが無い高さであり、恐らくはもう死んでいるだろうと絶望され。最初は受け入れなかった彼女もやがては待つ事に疲れ、今の亭主と知り合い再婚を決めたというのである。
「実は生きていたとか、騙り者だった可能性もあるんやけど‥‥」
「お盆だったしな‥‥。こないだまで」
 夕妃と蔵人が自然目を合わせ、嘆息する。
 頬を引きつらせている係員の心中察して、冒険者一同押し黙る。
「いいじゃないの、そんな事。依頼は成功したし、それに依頼人も満足してるみたいだったし、矢も無事に回収できたし。言うこと無しでこれはもう気にしない、気にしない」
 陰鬱になった雰囲気を吹き飛ばすように、クリスティーナが明るく笑う。それにつられるかのように、他の者たちも何かやけくそな表情で笑いたてていた。
「けど‥‥、本当に晴明様は何にここの事を助言されたのでしょうか?」
 幸穂が軽く肩を竦める。それはまぁ、謎である。