奪 還 考

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月06日

リプレイ公開日:2005年09月10日

●オープニング

「そう来たか」
 冒険者ギルドの奥座敷。手渡された手紙に目を通し、ギルドの係員は渋面を作る。
 粗悪な紙に書き殴った文面。曰く、『和尚は預かった。無事に帰してほしくば、毛唐の化け猫一人で以下の場所まで来られたし』
「うちに矢文で届いたの。ここ来る前に寺に行ってみたけど、確かにいなかったわ。荒れた様子も無かったから抵抗しなかったんじゃないかしら?」
 和尚とは化け狸を預かってもらってる寺の住職である。取り立てて何ができる訳でもない以上、ただの坊主が抵抗出切る筈もない。
 陰陽師・小町が肩を竦めて見せたので、係員も肯定の意味で頷いた。

 黒装束の妖怪斬り。妖怪斬りといっても人も斬るし、盗んだりもするので、ちょっと変わった強盗と変わらない。
 正体不明。目的不明。そんな彼らと妙な事からやりあって一ヶ月どころか二ヶ月経過しようとしている。
 どうやら小町宅の居候、ワーリンクスの通称・猫に興味があるらしく、その間も幾度か怪しい動きをしてはいたようだが、接触するにはいたらない。
 そうこうする内に、都の治安が悪化の一途をたどり、普段の警備に加えて壬生狼と黒虎までがあちこちうろつく世になっては、さすがに奴らも動きづらいらしい。
 対し、こちらとしても奴らの情報が少なすぎ。奴らが動くまでこちらも動きようがなく、結果、互いに決定打を打てず、動向を探り続ける日々。
 もっとも、奴らの目的は不明にしても、猫だけに固執するような事でも無いらしく。別に京内部でもなければ盗賊が出来ない訳で無し。彼らの活動が他に移ったのを感じて、じゃ、いい加減こっちも放っといていいのかなー、とか考えてた矢先に、矢文が放たれてきたのである。
「和尚か‥‥。そういえば、やつらと姫路が関係あるような話も出ていたが、やはり狸の関わりか?」
 寺で預かってた化け狸二匹は、いろいろあって姫路藩より連れてきたモノだが、その際に何やら似たような輩に襲われたという話は出ている。
 眉間にしわ寄せて唸るギルドの係員に、小町が陰鬱に吐息を響かせる。
「それはまだ不確定なのよね。和尚が狙われたのは単に妖怪がいるから目をつけてたとも考えられるし、そういう事情関係なくこっちが少なからず顔を出したりしてたから、関係者と思われてしまったのかもね」
 やっぱりそこらの事情は分からない。点と点を結ぶのは容易いが、本当にその線が正しいかは難しい所である。
「ちなみに狸らは?」
「元気よ。というか、兎がいなくなったもんだから天下取ったみたいに暴れてる。襲われたと思しき時には、ちょうどうちにいて、猫と遊んでいたからねー」
 言って、頭を抱える小町。無事なのはいいのだが、無人となった寺に置く訳にもいかず、今はそのまま小町の家に預かる形になっている。‥‥おかげで騒がしくてならない。
「んで、当人というか、当猫の方は何しているんだ?」
「すぐにでも飛び出して行きそうだったけど、止めたわよ。和尚の命がかかってるから迂闊に動けないものね。どう考えても、あいつの手に余るし、危険だからこっちに来たって訳」
 小町が肩を竦める。
「和尚の命最優先で考えれば、猫を差し出して終わり、とでもしたい所だけど‥‥それはとても薄情だわ。
 それに、猫を渡してそれで終わりにするような連中で無し。そもが野放しにしていては、京の治安にもかかわるわ‥‥。
 目的、正体もだけど、敵の規模も不明だし、戦力だってどうなんだか。人質も捕られてこっちに分が無い。んだけど、何とかしたいから協力してくれるわよね」
「何とかって、何だい」
 ずい、と顔を寄せてきた小町を、係員が鼻で笑う。
「何とかよ。そりゃ一網打尽にできればそれに越したこと無いけど、こうも不明点が多いと楽観出来ない訳だし。そも、この取引以外にも別目的があるのかもしれないし。‥‥ま、最低限和尚だけは無事に救い出したいわ。違う?」
「‥‥そうだな」
 真摯に見つめられて、静かに係員が目を伏せる。
 ともあれ、冒険者募集の告知がなされた。

●今回の参加者

 ea0213 ティーレリア・ユビキダス(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3363 環 連十郎(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6844 二条院 無路渦(41歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb2041 須美 幸穂(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2704 乃木坂 雷電(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「お久しぶりね、猫。元気してた?」
「ああもー、お陰様でな」
 にこりと笑って挨拶をする南雲紫(eb2483)に、猫と呼ばれた青年もまた笑顔を向ける。‥‥ずいぶんと嫌そうに顔を引きつらせていたが。
 原因は推測付いたが、紫は用は済んだとばかりに他の冒険者へと向き遣る。猫もそれ以上は何も言わない。
「和尚の奪還はしておきたいが、その後は知らん」
 にべなく言い切るのは乃木坂雷電(eb2704)。そっけない口調はまさしく何かを斬り捨てるようで。
「和尚も、狸に居座られたり人質にされたり‥‥。妖怪運無いね」
 それを気にする事無く、相変わらず暢気な素振りで二条院無路渦(ea6844)が嘆息する。その隣では愛犬の真黒が訳も分からず、尻尾を振って無路渦を見上げている。
「ところで、そのさらって行った黒装束さんたちですが‥‥呼び名は黒装束さんでは駄目なんですか?」
「駄目な事は無いけど。単に黒装束だけで呼称すると賊とか法事の人とか紋付袴とかいろいろあって何かややこしいのよねー」
 小首を傾げるティーレリア・ユビキダス(ea0213)に陰陽師の小町は軽く肩を竦めて見せる。
「黒尽くめだと変換しづらいし‥‥黒子は?」
「舞台の裏方みたい」
 無路渦が告げるも、やはり小町は難色示し。
「黒子党‥‥。駄目?」
 少々遠慮がちに須美幸穂(eb2041)に告げてみる。
「いいわね。組織っぽいし。呼び方はほくろとうね。いちいち注釈なんて入れないけど」
 何か悦に入って頷く小町。
「ま、呼び名なんてどうでもいいさ。ここはいっちょ、あいつらのツラを拝ませてもらおうや」
 苦笑しながら環連十郎(ea3363)が経巻を幸穂に投げる。受け取り、中を確認すると幸穂が黙って頭を下げた。

 朔の日を過ぎたばかりとあって、夜空は暗く。
 生い茂る草は所によっては腰さえも隠す。立ち生える木々は視界を狭くする。足場も見通しも悪い川原を、僅かな光をアテに猫は歩いていた。
 やがて、取り立てて何もない広っぱで立ち止まると、天を見上げた。正確な時刻までは分からないが、そろそろ約束の時間になるのは確か。
 わずかな水音を聞き分ける。見れば、川の方から舟を漕いで来る者があった。舟は二艘。掲げられた松明が乗り込んでいる者を映す。
 揃い黒装束を纏った者が二名。そして、白い装束を来た高齢の爺さんが一人。これは見覚えのある寺の和尚であり、縄で縛られていた。
「どうやら、ちゃんと来たようだな」
 接岸して降りてきたのは黒装束の内一人だけ。体格も声も覚えがある。以前にやりあった大柄の男だった。
「呼びつけたのはそっちだろ。その爺ぃさんは関係ない。放せ」
 獣の耳とヒゲが不機嫌そうに動く。それを見極めて、からからと大男が笑う。
「こちとらもよぼよぼ爺ぃには用はねぇがな。お前さんが大人しくしてくれるなら、その内返すさ」
 闇が動いた。
 川とは別方向からさらに四名の黒装束が現れた。すばやく猫を取り囲むと、それぞれが刀を抜き放つ。
「暴れられても困るからな。手足ぐらいは折らせてもらおうか」
 にやり、と笑う大男。黒子党の一人が猫へと切りかかる。だが、その刃が猫に届く前に、草の陰から飛び出した人影がそれを押しとどめた。
 止めたのは紫だった。噛みあった刃と混じる目線。覆面をした相手はかろうじて目だけ分かる。それが不快そうに歪んでるのを見て、紫はほくそえんで刀を弾いた。
 その衝撃を裁く傍ら、間合いを取って黒装束が下がる。それとほぼ同時に、草陰から銀の光が漏れると淡い光の矢が飛び出した。
 矢は、舟の上の黒装束を正確に貫く。その黒装束がのけぞり、体勢を崩した隙に傍にいた和尚の体が浮かぶ。密かにリトルフライで忍び寄った連十郎が掴み上げただけだが。
「生意気な!」
「うぉっと!!」
 船の上、切りかかってきた黒装束だが、不安定な足場ではすぐに体勢を崩す。その間に、連十郎は慌てて上空へ逃げる。十分な距離を取るが、それでもまだ挑むような目で黒装束は睨んできている。
「こいつを何とかしてくれねぇかな。万一、和尚に怪我があったら、年寄りだしさっさとくたばっちまう」
「し、失敬な。人を年寄り扱いするモンで無い!」
 弱ったように告げる連十郎に、和尚がすかさず喝を入れる。とはいえ、夜目にも和尚が無理をしているのが分かる。いきなり荒事に巻き込まれたのだ。慣れない者にはつらかろう。
 その胸中を察すると同時、しかし、これが可愛い女の子ならば‥‥と思わずにもいられない連十郎だったりするが。
「やめろ。取り返したいなら、放っておけ」
 身構えている黒装束に、岸から大男が言い放つ。
 その周辺に、さらに人影が増える。それが味方でないのを確認し、黒子党の面々もまたそれなりの構えを見せていた。
「地面にほっくり返された痕があるし、伏兵がいるとは思ったがな」
「勝手に助太刀させてもらいますよ」
 生真面目に告げる幸穂に、大男が鼻で笑う。
「複数いるのは、聞いてましたが‥‥六人ですか‥‥」
 改めて見回し、ティーレリアが困ったように眉を顰める。
 冒険者たちは事前に潜んでいた。これがもう少し夏場なら薮蚊で大変だったろうというのはさておき。
 下見として昼の内からも来ており、その際に川原に出来た水溜りにパッドルワードで聞いてみたら、確かに黒装束が踏みつけていった事は分かっていた。が、個体識別するまでに至らない水溜りからでは具体的な人数までは分からなかった。
 頼みのアイスコフィンは射程が短いが、迂闊に接近すると詠唱中に斬られかねない。難儀な事だ。
 大男が合図をする。と同時に、黒装束が印を組んだ。
 どろん、と煙が立ち込めると、大蛙が一匹出現。ぐりりと飛び出た目玉を動かすや、俄かに冒険者たちへと突っ込んでくる。
「三下連中が! 調子に乗りやがって!!」
 大雑把な攻撃を難なく躱すと、雷電は日本刀を引き抜き手近な一人に肉薄する。打ち合うこと数回。切り込んだ雷電の刃は届く前に躱される。開いた隙をついて討って来た向こうの刀は、辛くも逃れるが頬に鋭い痛みが走る。手を伸ばせば赤いものがついた。
「世の中の人間って奴ぁ、善人と悪人の二つしかいないんだよ」
 拭き取ってしまったら、なんて事は無い傷。だが、剣の腕前としてはどうやら僅かながら向こうに分があるらしい。
「だったら、お前とは戦った方が速くケリつくってもんだよ!」
「分かりやすいな、お前」
 それでも退かず、黒装束に突っ込む雷電に、相手は低く笑う。雷電の刃がそいつに伸びる前に、飛んできた大ガマが立ち塞がった。
 呼び出された大ガマはただひたすらに場を飛び回っている。攻撃をしようというのとは違うようだが、ジャイアント種族も上回る巨体が跳ねる様は、ひたすらに邪魔でしかない。
 その蛙が着地と同時にさらに沈んだ。幸穂が連十郎から借り受けたウォールホール。穴が開いた地面にはまったのだ。
「うっとうしい!!」
 這い上がろうとしていたガマの足を無路渦が鞭を振るって引きとめた。動きをとどめた蛙にすかさず紫が太刀を振るう。三条宗近の銘を持った刀は、大ガマに大きな傷を作り上げた。
 雷電もまた早々とその邪魔者を取り除くべく切り払う。大きな傷を付けられた大ガマは、やがてはまたどろんと消え去る。
「貴様には借りがあったな! 今、それを返そう!!」
「てめぇみたいなべっぴんから御指名とは、嬉しいじゃねぇか!!」
 大ガマを切った刀をそのまま大男に向けて、紫が間合いを詰める。嬉々として答えた大男だが、紫を躱すと逆に、さらに大きく間を開けた。
「だがまぁ、今回はのんびりしてる必要もねぇかな」
「何?!」
 訝しむ紫と同時、ティーレリアが悲鳴を上げた。
 見れば、遠くで猫が倒れていた。袈裟懸けに斬られ、大量の血が吹き出している。呆然としながらも立ち上がろうとしていた猫を、さらに黒装束が刀で打つと、それで完全に動かなくなった。
 混乱する川原。ガマは適当に暴れたようでいて冒険者らを押し留めていた。その間に猫だけが場から外されていたのだ。
「獲物は狩った。撤収だ!」
 陽気とも言える声で大男が告げる。機敏に他の黒子党も反応し、早々と戦闘を切り上げ、動かない猫を船に積み上げる。
「させるか!!」
 プラントコントロールで足止めをする雷電。生い茂る草木が黒子党の身を縛るが、中の一人がすばやく印を組む。煙が吹き上がると、かざした手から扇状の炎が広がり、草木を焼く。捕まった仲間も巻き込まれており、鋭い目線を仲間にくれているが‥‥やった方は気に留める様子は無い。
「任せた」
 短く言い捨てると黒装束たちは舟に乗り込み、川へと出る。追いすがろうとした冒険者の前に、それを阻む為だろう、残った黒装束二名が立ち塞がった。
 足止めすべく刀を振りかざしてくる一人に対し、身構える紫と雷電が身構える。
 と、その黒装束を黒い塊が包み込んだ。
「御天の術を使う予定‥‥無かったんだけどね」
 ダークネスを使った無路渦が数珠を片手ににこりと笑う。
「邪魔なんです!」
 ティーレリアがアイスコフィンを詠唱する。途端、一人の姿が見る間に凍り付いていく。
 そしてそれとほぼ同時に、かすかな香りが周囲に漂う。
「春花の術!?」
 声を上げる間も無く、紫とティーレリア、無路渦がばったりと倒れ伏す。その隙に、残った黒装束が氷の棺に近寄ろうとした。
「まだだ!」
 睡魔を振り払うと雷電が草を動かす。黒装束はうごめく草をすばやく躱すと、短く舌打ち。形成が悪いと判断したか、仲間を置いて早々と逃げ出す。
 何か術でも使ったかその逃げ足は速く、あっという間に夜の闇に消えた。
「向こうも、どうやら逃げられましたか」
 幸穂が苦々しく告げる。舟にムーンアローを撃ってはいたが、その対象もまた何処かに流れ消えていた。

 重い氷を抱えて、小町の屋敷に引き返しては来た。しかし、十分に休息を取った後も、冒険者たちの表情は実に浮かない。
「和尚は無事に送り届けてきた。向こうは大丈夫だろ」
 そう言う連十郎だが、表情は苦渋に満ちている。和尚は無事に戻ったが、それでよかったとも言い難い。怪我らしい怪我が無いのも、結局向こうが足止めだけできればそれでよかったからに過ぎず。
 成果といえば黒装束一人を捕まえた事ぐらいで、今は氷を解かして普通に縄で縛り上げている。勿論解放された時点で刀を振るってきたが、紫が峰討ちで気絶させた。
「首領の名は紫暮。その出身は京都で、目的は武器の作成‥‥というか開発? だそうです」
 リシーブメモリーで記憶を拾いながら、得られた情報を幸穂は告げる。
「紫暮といやあ、確か姫路で名を聞いたな。姫路の妖怪騒ぎや、殿さんがなんで集めているのか‥‥理由があるんだろうが」
「妖怪を姫路藩に差し出せば報奨金が出るし、黒子党はそれに加担しているとか? 妖怪の稀少度によって値が上がるのかもね」
「それは‥‥逆みたいです」
 連十郎に無路渦が声を被せると、幸穂が渋面で首を傾げる。
「妖怪騒ぎ自体はよく知らないみたいですけど。殿様が妖怪を集めてるのではなく、彼らの行動に協力している感じです。何か殿様に利でもあるのかもしれませんが、そこらまでは知らないようですね」
 そこまで告げると、さすがに幸穂も座り込む。顔色は酷く悪い。詳しく探る為に魔法を使いすぎたようだ。
「でも姫路藩の、しかも殿様が関わっているのは確かなんでしょう。とするとかなり面倒よ、これ」
 苦虫を噛み潰した表情で小町が告げる。
「取り敢えずは検非違使辺りに告げれば対処もしてくれるでしょうけど、そうするとさらに上にまで話が持ってかれて、権謀術数の材料にされるでしょうね。そうなったら冒険者が手出しする余地なんて多分無いわよ。
 で、知らせずにこっちで対処しようとしたら‥‥下手したら藩が相手だもの。何されるか分からないわ」
 冒険者とはいえ一般市民。京都ギルドは陰陽寮という半官の性質も持つが、それは下手したら相手を刺激する可能性もある。
 ともあれ。どうするかはひとまず保留。
「それより、猫さん大丈夫なんでしょうか」
「連れてかれる時点では、息はあったみたいだけどね」
 心配そうに告げるティーレリアに、無路渦が欠伸交じりに返答する。今は無事を祈るしか無い。