奪われた刀

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月18日〜07月23日

リプレイ公開日:2004年07月27日

●オープニング

 とある侍がいた。
 侍といえども、金も名誉も無い為、ほとんど浪人と変わらぬ生活。ついでに、学はそこそこなのだが力は無い。剣武の修行を積めども積めども、さっぱりと様にならず。
 それでも、彼には誇りがあった。
 侍の魂というべき刀。主君に忠義を立て、先祖代々受け継がれているその日本刀こそ、彼が唯一誇りとするものだった。

 のだが。

「近所の町から帰路に着く途中‥‥不覚にも小鬼どもに刀を奪われてしもったのです」
 結構いい歳をした侍なのだが、冒険者ギルドに姿を見せて以来、さめざめと泣き続ける。
 小鬼達は全部で六体。応戦したのだが、何せ剣の腕はからっきし。ちょうど一人だったのも運のつき(というか、だからこそ小鬼に狙われたのだろうが)。あっという間に囲まれてぼこぼこに殴られた挙句に、持ち物を奪い去られてしまったのである。むしろ、命があっただけマシではあるけれども。
「他の品はともかく、あの刀を盗られたままではご先祖に申し訳がたたぬ。自力で取り替えそうと小鬼達を探し出したはいいが、返り討ちにあい、挙句にその時負った傷が癒えず動くのもままならぬ有様で。‥‥情けない話ではあるのだが、もはや冒険者の力をお借りする他考え無く‥‥」
「ふーん。で、その話を受けた報酬は?」
 話を聞いていたギルドの人間がぐいっと侍に詰め寄る。途端、侍が引き攣った笑いのまま凝り固まる。
「ほ・う・しゅ・う・は?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 さらに詰め寄ると、侍、微動だにしないまま滝のような汗を流し始め‥‥。
 仕方なさそうにギルドの者が嘆息する。
「見ての通りの貧乏人らしいな。ま、鬼なんて聞くと放っとく訳にもいかないし‥‥奴らの拠点は分かってんのかい?」
「は、はい。それは何とか」
 ぶんぶんと大きく頷いて見せる侍に、ギルドの者はもう一度大きくため息をつくと、その場にいた冒険者達に大きな声で呼びかける。
「さーて、聞いたか? 見返りがとんと期待できないこの依頼。受けてやろうっていう心根のある奴はいるかい?」

●今回の参加者

 ea0257 白鳥 氷華(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2233 不破 恭華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2319 貴藤 緋狩(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3592 佐々宮 狛(23歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3650 住吉 香利(40歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

『褌とは侍のみの魂にあらず。漢全てが持ちうる魂――いや、漢そのものである』 ばーい どっかの誰か。

「いや、だからちょっと間違えただけですし」
 奪われた刀――侍の誇りを取り戻そうと、侍の依頼を請け負った七瀬水穂(ea3744)。
 は、いいのだが、侍の『誇り』と聞いてうっかり刀と褌を間違えたものだから、通りすがりの漢Aから指摘が入る。
 褌に深く傾倒する男性は多い(稀に女性も)。‥‥その情熱が何に由来するかは、少し謎。
「‥‥まぁ、何だ? 情け無い侍さんだと思ったけど、小鬼の場所は見つけているし、その傷も立ち向かった結果なんだろ? なかなか根性あるじゃないか。申し訳ないと簡単に切腹するような奴より見所があるな」
 言いたい事を言って颯爽と去っていく漢の後ろ姿を冷や汗たらりと見送った後、住吉香利(ea3650)は一つ咳払い。気を取り直して、依頼主たる侍を見遣った。
「確かに、情けない処も目につくが‥‥。命よりも誇りを取る、それでこそ剣士だ。自分でぎりぎり足掻いてから頼ってきたんなら、力になってやらん訳にはいかんだろ」
 それに、貧乏人は肩寄せ合って生きていかないとな。
 ぼそりと告げた貴藤緋狩(ea2319)の最後の一言に、共感して頷く者は幾名か。
「ま。ちょうど腕試しもしたかった事だし。一つ、この依頼受けてやろうか」
「あ‥‥ありがとうございます」
 嘆息気味に香利が告げると、冒険者達も頷く。受けてもらえるとは思ってなかったのか、侍は伏して礼を述べる。
「それでは、さっそく」
 にこりと笑顔を作ると、佐々宮狛(ea3592)は侍にリカバーをかける。怪我は足に負うており、その為、動きづらそうにしていたが傷自体はさほどのものでなく、十分狛にも治す事が出来た。
「かたじけない」
「いえいえ。一緒に小鬼退治に行くのですから、このくらいは」
 狛の一言に、侍は一瞬目を丸くする。
「侍さんの刀‥‥誇りですからね。参りましょう、取り戻しに」
 さわやかに告げる夜十字信人(ea3094)に、侍はと言えば心底困惑している。
「いや、しかし。情け無いながらも、自分、武芸がからきしで。恐らくは、同行しても皆様のご迷惑になるかと‥‥」
「気になさらず。そんな事は百も承知。その上でこちらには異を唱える者はいません。これもよい経験ときっかけになりますよ」
 申し訳なさそうにしている侍に、白鳥氷華(ea0257)もまた頷く。
 これを機に剣に打ち込むか、詩文に専念するか、はたまた別の道を模索するようになるか。それを見極めて欲しいという意でもあったが、今は彼女の胸中に今は閉まっておく。
「そ、それでは。及ばずながらも、がんばらせてもらいます」
 やはり気になってはいたのだろう。申し出を快諾すると、笑顔で頭を下げる。その様子を見ながら、信人は笑顔を崩さないまま、こっそり後ろ手で縄をしまう。嫌がるようなら括り付けてでも、と思っていたらしい。
「それでは早速向かうです。あ、私、馬は置いていこうと思うですから、荷物持ちお願いしていいですよね?」
「はい。承知しました!」
 イリス・ファングオール(ea4889)がほいと荷を渡すと、侍は快く受け取る。
 ‥‥それでいいのか、と思いつつ、冒険者達は侍の案内の元に小鬼たちがいるという場所へ向かった。

「あそこです」
 襲撃されたという場所から、さらに歩く事数刻。実際はさほどの距離ではないのだろう。が、明け方に行動開始という事で、夜も明けぬ山中を、しかも火をつけては見つかる恐れがあるので月明かりだけを頼りに移動した結果、それなりに時間がかかった。
 山の中にぽつんと置かれた小屋は、元は狩猟用の小屋なのだろうか。適当に木を組み合わせた簡素な作りに加え、使われなくなってからかなりの年月がたっているのか、屋根に穴も目立つ。
「そろそろ夜明けですね」
「それでは準備に入るです」
 方角を把握する為天を見上げていた氷華が、空に紺色が混じりだしたのを見て取る。と、イリスが頷いてまずは全員にグッドラックをかけた。
「行動開始で行ってきまーす♪」
「小鬼達は武装しています。もし怪我をしたなら即行で帰ってきて下さい。すぐに治しますからね」
「相手は六体いました。囲まれると厄介ですから、御気をつけて」
 妙に楽しげに笑いながら小屋へと近付いていく水穂にイリスが続く。その二人へと、狛と侍が心配して一言忠告を入れる。ひらひらと手を振って答えた二人を見送りながら、残る冒険者たちはその場で待機。
「侍さん、大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫ですよ」 
 草むらで待機しながら香利が隣の侍を心配げに見遣る。
 侍は信人から借り受けた小柄を握り締め――ちなみに本人の武器は返り討ちにあった際に壊されて、今は丸腰なのだとか――、夜目にも分かる程震えている。緊張のせいかやや顔色も悪いが、真剣な表情で小屋の動向を見ている限り、やる気ではある模様。
「ま、向き不向きは誰にもありますからね」
 だから少しは力を抜けよ、と氷華は軽くその肩を叩いた。
 一方、小屋に近付く二人は、身を忍ばせつつ何とか近くまでたどり着く。
 小屋は静かだった‥‥というべきか。少なくとも騒いでいる小鬼たちはいない。ただ、小鬼達の高いびきが聞こえてくるのが、ある意味騒がしい事だが。
 小鬼は別に夜行性というわけで無い。ただ、悪党理論で闇に紛れて悪さをした方が便利な為に、夜の目撃も多いだけ。実際、侍が襲われたのは昼の街道であり、今寝ている事からしても、案外ここの小鬼らは普通に昼間の生活を送っているのかもしれない。
 一応見張りらしき小鬼が入り口にいたが、こっちも壁にもたれて舟漕ぎ中。役に立っているのかいないのか。そいつに気付かれぬよう二人が壁の穴から中を覗くと、五体の小鬼らがごろごろと横になっていた。
「じゃ、手はずどおりに行きましょか」
 水穂の言葉に、イリスも頷く。
 イリスが表に回る。ようやく気配で気付いたか、見張りの小鬼が目を覚まし、即座に警戒していた。
「こんにちは、ちょっとイイですか?」
 にこりと笑いながらイリスが告げると、怪訝そうな顔で小鬼は彼女を見遣った。言葉は通じぬながらも――だからだろうか?――丸腰姿で警戒心の無い女性から誘いを受け、逆に不審に思っているらしい。
 武器を構えて威嚇するように彼女を見遣っていた見張りは、唐突に叫ぶと他の小鬼たちを呼んだ。
 ざっと出てきた小鬼たちは、やはりイリスの姿を見て取るとどうしたものかと一瞬と惑っていた。が、数が揃ったせいだろう、見張りの小鬼同様、武器を構えた。
 小鬼らの持つ武器は様々。ただの棍棒の者もいれば、斧を持つ者もいる。その中で、一際立派なこしらえの刀が目立った。
「あれですね。これで埋もれる心配は無い訳で。じゃ、水穂ちゃんからの贈り物でーす♪」
 陰で様子を見ていた水穂が刀を確認すると、小鬼を追い出すべく小屋に向けてファイアーボムを唱える。
 水穂の掌から放たれた小さな火の玉は、しかし、家の壁にぶつかるや轟音を立てて派手な爆発を起こす。物を燃やす魔法では無い為、油を撒いてもそうそう火はつく事は無いのだが‥‥。
「あ・ら・ら?」
 当たり所がよかったか、小屋が思う以上にガタがきていたのか。ファイヤーボムでぼろりと開いた壁に、まず屋根が滑り落ちてきた。かと思うや、ぎしぎしと音を立てて家が目に見えて傾いていく。
「ゴブ? ゴブゴ、ブゴゴガガ!!」
 爆発に驚いていた小鬼達が見守る前で、小屋は加速して歪んでいくと一気に崩れ落ちた。折れた柱に、地に這う屋根。それらを覆い隠すように砂塵がもうもうと沸き起こる。
「えーと‥‥。ま、目的は達成できたし、大丈夫ですよねー」
 中で様子を窺っていた小鬼も全員外へと飛び出ている。追い出した事には変わりないし、消火の必要は無し。悪党怪物の温床をそのままにせぬよう、後で取り払うべく香利が小屋の焼却許可を取り付けているので、今この場で壊れてもさして問題とはならない。
「ゴブ。ゴブゴブゴブ、ゴー!!!」
「ゴー!!」
 問題あるのは小鬼たちの方である。拠点をいきなり壊されたのだからたまらない。明るくなってきた周囲に、はっきりとその顔に怒りの色が現われているのが分かる。侍の刀を持った一体がいきり立って武器を突き上げると、残る小鬼らも二人目掛けて襲い掛かる。
 そうと知れるや、二人もまた一目散に退散する。‥‥と見せかけ、小鬼たちを引き連れておびき寄せていた。
「これにて水穂のお仕事終了。いい汗かきました」
「ご苦労様。‥‥脇目も降らずに突撃しますので後は色々とよろしく!!」
 広い場所へと抜け出るや、額の汗――走ったのでちょっと滲んでる――を拭う水穂の横を、待機していた信人らが武器を手にして飛び出し、小鬼らへと切りかかっていた。
「目標は刀。まずは他の雑魚にどいてもらおうか!」
 右手に日本刀、左手に短刀を握り締め、緋狩が小鬼らの中へと割って入る。即座に襲いかかろうとした小鬼たちだが、右に左に刀を振るう緋狩に手をこまねいている。
「生かしておいても悪さをするだけ。ここで仕留めさせてもらわねば」
 不破恭華(ea2233)も刀を振るい、小鬼らと切りあう。二人に押されて小鬼らが引いた隙に、信人は駆け寄ると刀を持った小鬼に切りかかる。
「その刀、返してもらいますよ!」
「ゴ、ゴギ!!」
 刀を振りかざして迫る信人に、驚いた小鬼がとっさに刀で受けようとする。
「ちっ!」
 刀を破壊しては元も子も無い。とっさに信人は刀を捌いて避けると、一旦、間合いを取った。
「ほら、侍さんもしっかりして下さいよ」
「ははははいいいぃ」
 戦いが始まったのを見ながら、小柄を握り締めて震えている侍に狛は告げる。
「皆さんの戦う姿、どう思いますか? 報酬も無く、ただ貴方の刀を取り返す為に集まってくれた人達を。僕は格好良いと思います。戦うのは怖いです。でも誰かを助けたいと思う気持ち‥‥そしてそれを成す為に見せる勇気。それが強さなんじゃないかと思うんです。戦わなくても良いです。だけど立って下さい。勇気を持って立ちあがって下さい。きっと貴方の御先祖もそんな心を持つ事を望んでいると思いますよ?」
「い、いいいい、いえ。み皆様だけに、ままま任せせせるるわ訳には、いいきませんん」
 狛から励まされて、侍が震えながらも身構えると、止める間も無く手近な小鬼に向かい切りかかった。
 が、空振り。
 ついで力みすぎたか前につんのめり、派手にすっ転ぶ。無防備になった侍を、小鬼が馬鹿にしたように笑ってげしげしと踏みつけていた。
「やめるです!」
「おのれ。まだま‥‥うきゅ」
 見かねてイリスが石を投げつけるが、石は間悪く起き上がった侍の後頭部にぶつかり、侍、完全に地に伸びる。
「ああ! ごめんなさいです!!」
「何やってるんだ?! 見てろ!」
 慌てるイリスに呆れながら、香利が短弓に矢をつがえる。弦を引いて放つと、矢は一直線に飛び、刀を持った小鬼に当たった。
「ギャ!!」
 背に矢を受けた小鬼が飛び上がる。見事命中と言いたい所だが、香利はやや不満げに顔を顰める。急所を狙ったが、やや狙いは外れていた。もっとも、動き回る敵の急所を狙う事は難しく、外さずに敵のみに当てられるだけでもさすがと言うべきなのだが。
 矢によって小鬼が体制を崩した隙を逃さずに、信人が小鬼の腕に切りかかった。
 一刀両断‥‥とまではいかないが、続けざまの怪我に驚き、小鬼が刀を取り落とす。小鬼、慌てて拾いにかかるも、そうはさせじと信人が割り込む。はっとして飛びのく小鬼に、信人は手にした刃先を一気につきたてた。
 鮮血を噴出して小鬼が倒れる。どうやらそいつが首領だったようで、途端、他の小鬼たちの士気が下がった。
「逃げる気か?!」
「大丈夫です!」
 逃亡を気にかけていた恭華がその動きを察知すると、氷華が応えた。即座にアイスブリザードを唱えると、氷華の手から扇状に吹雪が広がる。
 次々と悲鳴を上げて倒れる小鬼たち。
「さてと。刀は取り戻せたし、最後の仕上げといくか!」
 逃げられずと知り、破れかぶれでかかってきた小鬼の棍棒を緋狩は肩で受け止めると、身を離し、両の刃で切りつける。
 小鬼たちを成敗するのに、それからさほどの時間を費やさなかった。

 小鬼から受けた傷を狛が治す。小鬼とはいえきちんと埋葬したいというイリスを手伝った後に、一同は帰路へとついた。
「本当にありがとうございます。いやはや、本当に面目ないです」
 侍は涙ぐみ、深々と礼を述べる。その手にはしっかり家宝という刀が握られている。幸い損傷は無く、白刃は欠ける処無く美しくきらめいている。
「良かったですね、おめでとうございます。これからもその刀で精進して下さいね」
 狛がにこりと笑うと、侍もぶんぶんと大きく頷く。
「この刀は僕たちで取り返したものです。その僕たちに、貴方も入っている事をお忘れなく」
 後は貴方の戦いですよ、と告げる信人に、氷華が頷き侍を見遣る。
「こぼれた水は戻らない。だが、人にはその後がある。例えと違ってな。この経験を今後どう生かすかはあなたの性根次第だ」
「腕力に頼らない、生き残る為の武術の型もあるはずだ。今後も鍛錬を諦めないように頑張って欲しい」
 香利も告げると、侍、顔を引き締めた。が、すぐにその表情を崩すと困惑したように冒険者達を見た。
「それでそのー。報酬の件なんですけど‥‥」
「いいって事よ。誇りを取り戻せたならそれが報酬って奴だし」
「いえ、ここまでしていただいたのに、それでは私の気が済みません。といっても、さほどの物は出せませんが‥‥」
 侍と緋狩が言い合う中、結局必要経費だけが支払われる事になった。とはいえ、せいぜい小屋に撒いた水穂の油が補充されたぐらい。矢などは後で回収する為、損害は無い。
 いつまでも礼を述べる侍に、冒険者達も笑顔で別れを告げた。