同じ顔 同じ声 同じ姿 チガウモノ

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月23日

リプレイ公開日:2005年11月27日

●オープニング

「た、助けてください」
 青い顔して冒険者ギルドして飛び込んできた男。別に珍しくも無い。滅多には見られないが、切羽詰って駆け込んでくる依頼人はいる。
「どうした?」
 落ち着くよう茶を勧めながら、ギルドの係員が男を宥める。勧められて茶を啜りはしたが、それでも落ち着きなさげにきょろきょろと目を周囲に向けている。
「実は。村に弟が二人いるのです」
 一見平凡な言葉に思えるが、それを実に恐ろしげに告げる依頼人に、係員は訝しむ。それに気付いたのだろう。何かを振り払うように男は頭を振った。
「すみません。どうにも混乱していて。‥‥そのですね、私たちは兄と弟の二人兄弟なんです」
 隠し子でも現れたのか? 
 そう聞きたかったが係員は言葉を呑む。幸いそんな心内には気付かず、依頼人は言葉を探りながら話を続ける。
「弟は若い頃は血気盛んで喧嘩っ早く‥‥けして心根は悪い奴ではないのですが、生きるのが下手なのでしょう。ある日、ちょっとした大喧嘩をやらかして村から飛び出していってしまいました」
 もうずいぶんと昔の話である。気に病んでいたのだが、探す宛ても無くただただ無事を祈るだけの毎日。そんな日がざっと二十年続いた。
「それが、つい先日ひょんな事から再開する事ができまして。案の定、風来坊な暮らしをしてましたが昔のままの弟でした」
 その時の事を思い出してか、依頼人が少し涙ぐむ。浮いた涙が流れる前に拭うと、さらに沈んだ声を出した。
「弟もいい加減風来坊暮らしに飽いて身を落ち着けたいと言いました。私は弟が村に帰ってこれるよう奔走しました。弟が暴れたのは昔の話ですし、何より両親も高齢でしたから村の人ももういいと快く受け入れてくれました」
 そして、弟は帰って来た。
 その夜の事だった。
「弟は長旅の疲れで早くに休み、私たちも床につきました」
 夜中、依頼人は物音に目が覚めた。何となく隣部屋で寝ている両親の部屋が騒がしく思う。不審に思って覗いた所、
「弟が、母の首を絞めていたのです」
 身を震わせ、依頼人は自身の手を見つめる。
「私は慌てて弟を突き飛ばしました。でも、時遅く母はもう‥‥。隣の父も傍にあった壷で頭を割られ‥‥」
 依頼人は弟に詰め寄った。だが、弟は冷たくあしらったばかりか依頼人すらも手に掛けようとした。
「私は表に逃げ、近所の人を叩き起こして皆で弟を捕まえようと家に戻りました。そうしたら‥‥弟がいたのです」
 いずれの狐狸妖怪の仕業か。家にいたのは弟「たち」だった。顔も声も体格も何もかもが寸分違わぬ二人の弟。
「実は、その日に帰ったという弟は弟でなく、弟が帰って来たのは私が逃げた後の話だというのです」
 逃げさる依頼人に尋常ならざるモノを感じて、家に飛び込んだ所、そこにいたのは瓜二つの自分自身。転がる躯に事情を察して捕まえようと格闘していた時に、依頼人が近所の人を連れて帰って来た訳だ。
「二人とも自分が本当の弟で、もう一人は妖怪が化けてるに違いないと主張してます。昔の事を聞くと一人は旅をしてる際に事故に合いあまり覚えて無いといい、もう一人はなんとなく私たちが覚えてるのとは違う光景を話します。記憶違いなだけかもしれませんが‥‥」
 そして、再開した日の事は双方共に良く覚えていた。なので、どっちがどうと断定する事ができずにいた。
 だが、どちらかが本当の弟で、そして両親を殺した犯人に違いないはず。今は二人とも縛っているが、いつまでもそのままにはしておけない。
「ですが見分けも付きません。私が昔つけてしまった背中の火傷まで二人とも持っているんです。一体何がどうなっているのか‥‥」
 ほとほと弱り果てた様子で依頼人が告げる。
「お願いします。弟を見分けて、両親を殺した犯人を捕まえてくれないでしょうか」
「ああ、まぁ、そこまで化けるとなれば魔法の類じゃ無理だろうな。いずれ妖怪の仕業でどんな妖術を使っているやら」
 頭を下げる依頼人に、係員が低く唸る。どうしようか迷った末に、極力何気ない風を装い、けれど真剣に依頼人に問いかける。
「そのだな。やっぱりその二人ともが何かが化けた偽者だって事もあるんだが‥‥。それ以上に、両親を殺したのは本物の弟さんだった可能性もあるんだぜ?」
 再開からして仕組まれた可能性。
 係員が指摘すると、はっとしたように依頼人が目を見開く。やがてがっくりとうな垂れ、しかし握り締めた拳は強く震えている。
「弟が犯人なら‥‥役所に渡します。殺したのは妖怪ならその時は仇を‥‥。いずれにせよ、今のままでは村の者も落ち着きませんので‥‥」
「分かった」
 依頼人の肩を叩いて慰めると、係員はさっそく冒険者募集の貼り紙作成にかかった。

●今回の参加者

 ea3363 環 連十郎(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5794 レディス・フォレストロード(25歳・♀・神聖騎士・シフール・ノルマン王国)
 ea6476 神田 雄司(24歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2041 須美 幸穂(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2313 天道 椋(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「厄介な依頼だなぁ」
 そう考えたのは何も環連十郎(ea3363)だけではない。
 とある村で起きた殺人事件。殺されたのはある夫婦で、依頼人はその息子。そして犯人はその弟らしいのだが、何故か一人しかいない弟が二人存在していた。
 寸分違わぬその外見は身内である依頼人を始めとして、村の者誰一人として区別がつかない。実際、村に訪れた冒険者たちが面通しで覗いてみたが、二人の弟の間に違いがあるとは思えない。須美幸穂(eb2041)がそれぞれに赤と青の布を巻いたおかげで、どうにか見分けがつく程度だ。
「何と言うか、姉貴向けの依頼だよなぁ〜」
 笑顔は絶やさず、けれどむしろ苦笑めいた顔つきで天を仰ぐのは天道椋(eb2313)。それを白翼寺涼哉(ea9502)が軽く睨みつけている。
「だからと云って帰るとか言い出すなよ? ‥‥全く、馬鹿な弟を持つと苦労するいい例だな」
「その馬鹿な弟って俺の事じゃないですよね?」
 たらりと冷や汗流して尋ねる椋だが、聞えなかったのかそのフリなのか、涼哉はあらぬ方を向いて考え込んでいる。
「今の所、考えられるのは先に現れた弟が偽者で、後から来た弟が本物。この場合、偽者は恨みを持っていて襲った所へたまたま本当の弟さんが帰って来たのか。
 逆に先に帰って来た弟さんが本物で、後から来たのが偽者。過去の恨みから本物の弟さんが両親を殺害した現場へ偽者が止めに入った‥‥という所でしょうか」
「両方が偽者という事もあるかもしれません」
 考え込むレディス・フォレストロード(ea5794)に、幸穂が付け加える。告げられた方は組んだ腕をそのままに、さらに渋い唸りを上げた。
「そうなんですよね〜。記憶が曖昧ならどちらが本物とも言えますし、その可能性ももちろんありますし‥‥。やはり調べてみないと何とも言えないですね」
 レディスの声に、神田雄司(ea6476)はがっくりと肩を落とす。
「懐寂しさに受けた依頼ですけど‥‥、大変な依頼を引き受けてしましたようです。どうしましょうかね」
 ほとほと弱り果てた雄司は愛馬を見つめてみるも、馬は暢気に尻尾を揺らす。その様を見て、盛大にため息をついてみたりした。

 結局の所。何が何やら良く分からないというのが今の状態。なので、いろいろと話を聞きに出かける。
「つまり、妖怪が出たという話は無いのですね」
 少し困惑してレディスはもう一度問い返す。が、顔を見合わせた村の衆の答えは先に同じだった。
「無いのぉ。村は長い事平和なもんじゃったし、例の死人騒動も幸いな事に村には害は及ばなんだ。まぁ、風の噂でどこかの誰かが化かされたとかいう話も聞くけんど、どこまで本当なんかは‥‥」
 首を傾げる村人達に嘘の気配は無い。勿論、こんな事で嘘をついても仕方が無いが。
「ご両親が関わったという事は? 妖怪から恨みをかうような事があったとか、逆に手助けをしたとか‥‥」
 気が咎めながらも尋ねるレディスに、申し訳なさそうに依頼人が首を横に振る。
「別段そういった事は」
「そうですか‥‥」
 さすがにがっくりとレディスが肩を落とす。それを見てすまなそうにする村人たちに慌てて礼を述べた。
「弟さんたちを見つけた時の事なんですけど、着ている物はどうでした?」
 椋が尋ねると、村人たちがさらに困ったように訴えかけてくる。
「それが着ている物まで何故か同じでして。だから余計に混乱して訳分からなくなってしまったんで‥‥」
「怪我とかしてませんでした?」
「そりゃしてたわさ。俺らが現場に駆けつけた時、取っ組み合いの喧嘩してたんだから」
 椋と涼哉。顔を見合わせてそれから天を仰ぐ。何だか泣きたい気持ちになってきた。
 後で現場を見せてもらったが、そこも相当荒らされていた。如何に二人の取っ組み合いが激しかったか見当がつくぐらいで、具体的にどうとは分からない。
「先に御両親の遺体を見せていただいたが。死亡時刻などは依頼人の話の話どおり。抵抗した様子があったからその傷を頼りにできたらよかったんだが‥‥、取っ組み合いしてついたとか言われても分からんしなぁ」
 困惑げに涼哉がこめかみを押さえる。それすらも計算してやったのなら大したものだが、さて。
 最後に弟の様子を見に行く。事件からこっち服もそのままに縛られていたが、涼哉も椋もどうもそれを喜べないでいる。
 不機嫌そうな弟たちは改めてみてもそっくりの瓜二つ。便宜上、幸穂が巻いた布色から赤弟、青弟と見分けるがそれが無ければ同一人物を並べたとしか思えない。
 見張るのに便利なので監視付で一緒の部屋に放り込んでいたものを、椋の案で別々に隔離する事に。
「で、あなたは本当に弟さんですか?」
 部屋を分け、弟さんと向かい合うと唐突に雄司が切り出す。
「当たり前だろう! 偽者はあいつの方だ!!」
「今でも両親の事は憎んでますか? お兄さんは?」
 弟は縛られたまま、怒鳴り声を上げる。それを軽く流してさらに雄司は質問を続けた。
「そんな訳は無いだろう! 昔の事だって‥‥俺が悪いのは当然だ。反省だってしてる。むしろ怒っていいのは親父たちの方だし、それを許してくれたんだから感謝こそすれ憎むだなんて‥‥」 
「でも背中の火傷の痕はお兄さんのせいなのだろう?」
 涼哉が尋ねる。聞いた話では子供の頃に遊んでた際の事故のようなものだが、体に残る傷な以上、根に持っていても不思議ではない。
 それを指摘すると弟はきっと涼哉を睨んだが、それも気力尽きたようにがっくりと肩を落とす。
「‥‥あんたらが、俺を疑うのも無理は無いな。あんだけ似てたら俺だって気味悪いもんさ。‥‥だが俺じゃない! やったのは俺じゃない! 畜生! 何なんだ、あいつは‥‥」
 悔しいのか目には涙まで浮かべている。
 それを黙ってみていた雄司だが、唐突に太刀を抜き、弟に突きつける。
「な、何だよ!!」
 縛られていては大して身動きできない。逃げる事もできず、ただその切っ先を青い顔で見つめる弟を凝視した後、雄司は嘆息づいて刀を納めた。
「気にせずに。ちょっとした試し事ですよ」
 軽く告げると、胡散臭そうに雄司を見るがそれ以上は何も言わない。
「あなたが本物で御両親を殺してないなら何でも無いですよ。御両親が成仏できるよう、お祈りしましょう」
「あ、ああ‥‥」
 涼哉がピュアリファイをかける。戸惑いながらも弟は亡くなった両親に黙祷する。
(「とすると、やはり黄泉人ではないか」)
 少なくとも死人の類ではない。それならピュアリファイで何らかの反応を見せているはずである。黄泉人でないのは喜ばしい事ではあるが、とすると判断に窮する。
 結局の所、どちらの弟も万事そんな調子だった。勿論主張する内容に細かい違いはあるものの、際立って異なるというものも無い。
 だが、ちらりと弟の背後に目を向けると、そこに立っていた幸穂がしっかりと頷く。
「さて、もういいでしょう」
 弟たちへのやりとりを見ていた幸穂が皆を促す。それは確信に満ちた強い声だった。

 夜もふけた頃。冒険者たちがいるからか、村はひとまずの落ち着きを取り戻し眠りについていた。
 しんと静まり返った闇の中。動く物音があった。
 そいつはゆっくりと扉を開けると、急ぎ足で道を駆けて行く。
「おいこら。どこに行くんだ」
 村から出るかの境目で、連十郎が声をかける。驚いた様子で、容疑者たる弟が振り返った。
「こちとらずっと見張らせてもらってたんでな。‥‥ったく、こうも寒いと寝過ごすどころか、迂闊に眠れもしねぇ」
 言って、連十郎は盛大にくしゃみをする。そろそろ防寒着が必要か。
「姿は変えられるようですけど、記憶まではどうにもならないようですね。取調べの際に記憶を探らせてもらいました。――殺したのもあなただったのは少しほっとしました。だからといって御両親の無念が晴れる訳ではないですから」
 幸穂が告げる。他の人が弟に話しかけている隙に、気取られぬようリシーブメモリーをかけたのだ。駄目なようならいっそムーンアローも使うつもりだったが、その必要も無かった。
「一人になった際に何か行動するかとこっそり見張ってましたけど。そうですね、体型の違う相手に変身したら縄なんて必要ありませんね。何者ですか、あなたは!」
 レディスが睨みつけると、弟の顔から狼狽の表情が消える。代わりに浮かんだのは明らかなる殺気だった。
 縄を抜けた際に幸穂の巻いた布は取ったのだろう。もはやどっちなのかは分からないが、区別をつける必要はもうない。
 囲い込む冒険者たちを前に、弟の姿が歪んだ。身構えた目の前で、弟の姿が椋の姿に変わった。衣装まで変わって全く椋がそこに立っているとしか見えない。
「そこをどいてもらいましょうか!」
 同じ笑顔――ながらも毒を含んだように見えるのは内面のせいか――のままに、そいつは椋の声で手近な冒険者に飛び掛る。
 が、それは叶わず。
 駆け寄ろうとしたのとほぼ同時に、その体が動きを止める。止めたのは椋本人のコアギュレイトだった。
「結局の所、何なんですか、こいつは」
 殺気だった表情のまま身を魔法で縛られている自分を、一番気味悪そうに眺める。少し思案してから連十郎が多分と告げだす。
「変魔という奴じゃねぇかな。姿を写し取ってなりすまし、隣人などを殺して回ったりするらしい。――誰かを殺すなんてそれなりの理由があるものと思っていたけど、なるほど、通り魔的な愉快犯と考えてもこいつならおかしくはねぇわな」
 言って、不快そうに顔を顰める。幸穂もまたそれに同意を示す。
「ですね。どうやらたまたま兄弟の再会の場を目撃したのが今回の発端のようです」
 ほんの些細な偶然。たったそれだけが不幸の始まりだった。おもしろいと思ったのか弟に化けた変魔が家まで乗り込み両親を殺したのだ。
 間の悪い事に丁度そこへ本物の弟が帰ってしまい‥‥、だがそれも利用し本物の弟と主張する事で、混乱の種として村人をからかっていたようだ。
 やりきれなさに一同は変魔を強く睨みつける。
「で、これはどうするんです」
 レディスが呆れ半分、概ねやはり不愉快そうに変魔を示す。
「人を喰らうものに容赦なし。捨て置いても、どうやら害を為すだけのようですからね」
 雄司が太刀を抜き払うと、一刀の元にその首を落とした。とはいえ、人を模していても正体は人ではない。コアギュレイトの効果が持つ間に、確実に息の根を止めるべく各々が力を振るう。
 自分が無残に殺される様を気色悪そうに椋は目を逸らす。
「やっぱり来たのがお前の方で正解だったな」
「どういう意味ですかー?!」
 大きく頷く涼哉の隣で、椋は声を上げた。が、夜で大声を遠慮したせいからなのか、やはり素知らぬ様子で涼哉は倒れた妖怪に手を合わせた。

 事の顛末を依頼人に告げる。弟の仕業ではないと知ってほっとし、その仇も討った事を話すと涙を流して頭を下げた。
 村人の目はまだ奇異の眼差しではあったが、兄の眼には弟に対しての信頼があるし、弟にしてもそんな兄に応え様と云う姿勢が見える。
 京へと戻る冒険者たちを、兄弟二人が並んで見送ってくれた。いろいろあったが、ひとまず彼らはもう大丈夫だろう。