【新天地への扉】 大火の爪痕/大百足退治

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 29 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月29日〜01月03日

リプレイ公開日:2006年01月03日

●オープニング

 江戸地下迷宮。その最奥には異界へと通じる新しい月道が存在していた。
 開く為には月道を守る月精霊・かぐやに五つの宝物を示さねばならない。その宝物は障害があったものの、今は無事に陰陽師・蘆屋道満の手にある。
「月道ならば満月で無ければ開かぬであろうが、まずはかぐやの機嫌を取る事が先決。まったく化け兎どもが邪魔をしなければどうにか間に合ったであろうというのに」
 忌々しげに文句を垂れる道満。
 京都より月道を開く為の使者として江戸にやってきた道満だが、着いた早々化け兎たちに宝物の一つを奪われてしまった。人の多い港での話、人の口に戸は立てられぬというように、その事実は誰もが十二分に知っている。
 その後、冒険者たちの協力で宝は無事に確保。ついでに化け兎たちは無罪放免となったが‥‥それについては何やら胸に痞えがある様子。
「それで、今日のご用件は何でしょう?」
 いつまでも愚痴垂れられては商売の邪魔。ここは早々お引取りあるべし、と先を促すのは冒険者ギルドの係員。勿論、そんな胸中まったく外には出さない。
「うむ。宝物も無事に揃った事ではあるし、早い所かぐやに月道を開くようお頼み申し上げたい。だが、いささか問題が出た。地下迷宮に化け物が出るのだ」
 広大な地下迷宮は、その広さと古さゆえにどこに何が潜んでいるか分からない。今も調査隊が時折探索に入るが、それでもすべてを網羅するにはまだまだ時間がかかる感じだ。
 だが、新月道までの道のりは一度安倍晴明が踏破している。その際、厄介な化け物がいるという報告は無かったのだが。
「出るのは大百足。ただし生きてはいない」
「と言いますと‥‥」
「蘇り――動きまわる死者だ」
 道満の言葉に、係員はこの上無い程渋面を作った。
 大百足はその名の通りに大きな百足だ。毒の牙を持ち咬まれると危険な上に、硬い表皮に覆われている。大きさに見合って体力もある。
 そして、アンデッドになればすでに死んでいるのだ。通常の傷以上に攻撃を加えなければ動きを止める事は出来ない。傷つけようが何しようが、恐怖も無く襲ってくる。怯まず、逃げず倒れにくい相手は厄介以外の何者でもない。
「ま、待って下さい。場所は地下迷宮なのですよね? で、道は整備されておらず危険では在るけれども人が出入り出来ない訳じゃないと‥‥」
「ああ、そうだがそれが?」
「実はですね‥‥」
 当たり前のように告げる道満。大いに慌てながらも係員は事情を説明する。
 先日江戸は未曾有の大火で実に都の三割を消失させ、十万人を超える人が焼け出された。現在復興に勤しむものの、すぐに全てが元通りになる訳ではない。
 この厳しい寒さから身を守る為、投げ出された人々は少しずつひとまず暮らせそうな場所として無断で地下迷宮へと住み着いたらしい。源徳側でも対応に苦慮しているとか。
 勿論、再三言うが地下迷宮は広い。大百足と即座に出会う心配は少ない。が、人が通れる道がある以上、何かの弾みや冒険気分で迷い込む者もいるかもしれない。‥‥いや、すでに死の存在となった大百足。その性に基づき、生に惹かれて命を奪いに行く事は十二分に考えられるのだ。
 ただの死人憑きが一体、二体襲ってきた程度なら、何とか対抗も出来よう。だが、この大百足は普通の人々には手に余るのは目に見えている。
 それを告げると、得たりと道満は頷く。
「何故いるのかは分からん。が、月道があるという場所に赴く為にはどうにも邪魔になりそうな相手。戦おうにも今回は宝物を無事に運ばねばならん。それで冒険者を護衛に雇いたい。どの道月道開通後は邪魔になるだけの相手だ。早めに討ってしまうのが得策だろう。江戸の民の為にも討ってしまおうというのだ。十二分に感謝するがいい」
 剛毅に言い放つ道満に、係員は頭を抱える。
 ありがたいんだが、ありがたくないのは何故だろう‥‥。

●今回の参加者

 ea1956 ニキ・ラージャンヌ(28歳・♂・僧侶・人間・インドゥーラ国)
 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1540 天山 万齢(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1817 山城 美雪(31歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 江戸地下迷宮。
 その奥地にあるという月道に向かい、歩を進める冒険者と蘆屋道満一行。
「しっかし、正月早々仕事とは、因果な商売だよ。ゆっくり餅も食えやしねぇ」
 世間は年の瀬だ新年だと祝い事一色と言うのに、何の因果か暗い穴潜り。冒険者家業も楽じゃないと天山万齢(eb1540)が大仰に両手を挙げて首を横に振る。これが子供なら、餅の代わりに頬を膨らませていそうだが、さすがにそこまではしない。笑顔は絶やさず口調も軽口めいて‥‥しかし、腹の底ではどうだか知らない。
「洞窟の中で大百足退治ですか。それもアンデッドとは」
「ただの死人憑きでも厄介といえば厄介だが。アンデッドと化した大百足とは手強いな」
 淡々と告げる山城美雪(eb1817)に、周囲へと気を配っていた超美人(ea2831)もまた頷く。
 すでに死んでいるアンデッドはその身を徹底的に破壊せねば動きを止めないしぶとさがある。恐怖といった感情もない為に、刃を向けても平然と襲い掛かってくる。
 手強いと自身告げた割りに、美人の表情に緊張はあれど不安は無い。むしろ楽しみにしている観すらある。
「大体、ズゥンビってのは死体が魔法の力で動いてんだろ? そんなの怖くもねぇぜ」
「いや、動く死体という点では同じだが魔法で作るズゥンビと自然発生するズゥンビは似て異なる。例えば、魔法なら僧侶のニュートラルマジックで元の死体に戻す事もできようが、ただのズゥンビには幾らかけても無意味だ」
 道満からの指摘に、一瞬だけ万齢の顔がひくりと引き攣る。
「いやいや。有名なお坊様に書いてもらったありがたーいお札もある。大丈夫、大丈夫」
 笑顔を見せたまま、そっと魔よけのお札を握り締める万齢。
「いずれにせよ。こうして固まって移動していれば、やがて生の気配に惹かれてきっと襲ってくるだろう」
「ええ。不意打ちには気をつけたい所ですし! 他にも何かいては大変ですから気をつけて進みましょうね!」
 後方から提灯持って、ぐっと拳を握りしめて香月八雲(ea8432)が笑いかける。
 月道に至るという道を、一向は粛々と進む。迷宮だけあって一本通路とは行かなかったが、それは道満たちの方が簡易な道標を作成しながら進んでいた。後で整備するにはどの道必要になるからだ。
 そして、
「来たな」
 美人の表情が引き締まる。
 ざわざわと大きな物蠢く音。それは確実にこちらへと近付いて来ている。
「私たちの他に、人の呼吸はありません。気兼ねなさらなくてもよろしいようです」
 美雪が手早くブレスセンサーの経巻を広げて確認する。江戸大火の後、焼け出された人たちの中には地下迷宮を一時の仮住まいとする者もいる。ここまで深く潜れば早々と人は来ないと思われるが、油断は出来ない。
 敵の出現に緊張する冒険者たちに、道満は頷きそして厳かに告げる。
「わしらはかぐやに宝物を届けに行かせてもらう。お前たちは月道への道の確保の為、ここに逃げ込んだ江戸の民に難を連れ込まぬ為、見事大百足を仕留めて見せよ」
 そして、かぐやへの宝物を手にさらに奥へと進んでいった。

 暗がりからわさわさと音がする。巨大な何かが動く気配はすでにすぐ傍まで来ており、美人と万齢が身構え、美雪が提灯を掲げる。
 薄ぼんやりと明かりの届く闇から、光る目。それは冒険者たちを見据えると急速に迫った。
 万齢も提灯を灯していたし、八雲も松明に火を灯す――どちらも今は邪魔にならぬよう地面に転がしているが、おかげで結構な範囲で明かりが確保できている。
 丁度周囲は広い空間。剣を振り回しても差し支えは無い。
 姿を見せた大百足。その姿はジャイアント種族すら軽く越すほど巨大。大きな顎をキチキチと鳴らすと、たくさんの足を一斉に動かし、地面を這うように突き進んでくる。
 早速冒険者たちを獲物と見定め、率先して飛び出した美人へと襲い掛かった。美人は素早い足捌きでその攻撃から逃れる。
「これでも喰らえ!」
 擦れ違い様にキンヴァルフの1000本の剣を大百足に叩き込む。
 外皮の厚さを危惧していた冒険者は多い。美人もその一人だ。いざとなればバーストアタックで打ち砕いてからと思ったが、幸いそれ程でもなく、剣の刃は確かに大百足を捕らえ切り裂いた。
 しかし‥‥大百足の動きには何の変化も無い! 
 出来た傷をまったく苦にすることも無く、大百足は顔を顰める美人に再び襲いかかろうとする。
「危ないで!!」
 ニキ・ラージャンヌ(ea1956)が唱えていたブラックホーリーを放つ。だが、それも自身が威力不足を危惧していた通り――いや、その予測も甘かったようで、多少の怪我は与えこそすれやはり大百足の活動には何の影響ももたらしはしなかった。
「それでは、これはいかがでしょう?」
 美雪がムーンアローを放つ。自身のもてる最高威力を出すも、それも影響無し。
「アンデッド相手に長期戦は覚悟の上! まだまだこれからだ!」
 呼吸を入れると美人が大百足に次々と斬りつける。
「無理しないで下さい! 傷はリカバーで治せますけど、毒は私ではどうにもなりませんから!」
 美人でどうにもならないなら、八雲ではさらにどうにもならない。手助けも出来ずはらはらと後ろで見守るばかり。それでも、いつでも治癒ができるよう詠唱の構えだけは解かない。
 美人は巧みな歩で大百足の攻撃を躱すが、それもかろうじてと云う所。噛まれた箇所が毒で腫れ上がるのを解毒剤で中和するが、それだって用意してきた数に限りがある。
「たいした化け物だな、おい」
 さすがに万齢も顔を引き攣らせていた。大百足の脇から日本刀を突き刺す。暴れる百足に刀を折られる前に引き抜く。だが、それで出来た傷も美人のモノと大して差は無い。
 剣の腕前は達人級の万齢。回避もほとんど危なげ無い。それでも大百足に向かうには絶対的に技の威力が不足している。
 武器で前衛、魔法で後衛。回復役すら揃っている。だが、相手に傷を入れられなければこれはどうしようもない。
 たかが、虫の死体相手。その考えが甘すぎたのは否めない。幸いアンデッドの動きは遅いが、それでも避け続けるには限度がある。
 双方激しく攻めあうが、痛手を受けるのはむしろ冒険者たち側。おまけに相手は不死である以上、疲労を知らない。このまま戦いが長引けば、明らかに冒険者側がまずい状況となる。
「いい加減! これで仕留められろ!!」
 万齢が用意してきた油を撒く。酒瓶に詰め替えておいた大量の油を大百足の全身へと振りかけ、傷口にと染み込ませる。
「動きが鈍ってからのがええ思いますけど‥‥しょーがあらしまへんな」
 迷った末にニキもまた持ってきた油をかける。
 百足の全身に油をいきわたらせると、松明の炎を投げつけた。火はすぐに油に燃え移り、瞬く間に百足全身に広がる。
 ‥‥それでも百足はまだまだ元気。炎に巻かれようとも恐怖する事などなく、ただひたすらに生の気配を求めて冒険者らへと襲い掛かる。
 一方、冒険者らはといえば、炎を撒き散らせて襲いかかる相手に接近戦は無理。遠距離も効果無しとなると‥‥。
「状況悪化しましたね」
「冷静に言わんといてーな」
 冷淡な美雪の状況解説に、ニキが泣きを入れながら突っ込む。
 顎を鳴らし、汗のように炎に燃える油を振りまきながら大百足は冒険者らに襲いかかって来る。周囲はたれ流れた油にも引火して大した熱気だ。
 しかも、それだけ油を撒いてもその後の動きで振り落とされ、あるいは火に焼けて蒸発し消えかかっている。与えた傷は、確かに効果はあったようだが、それでも活動を停止させるにはまだ遠い。

 火の勢いが弱まったのを見計らい、炭化した場所を狙って剣や刀を打ち込む。火で攻められ刃物で切り刻まれ、大百足の外見はすでにぼろぼろ。通常ならばいい加減倒れてもよさそうな姿と成り果てているのに、すでに死んだ身である大百足はその気配すらない。顎を開き毒を撒き散らし、冒険者たちへと執拗に迫る。
 油も底をついて火攻めも出来なくなると、後はじりじりと追い詰められるだけの冒険者たち。
 万策尽きたかに見えた時、朧に光る矢が大百足を捕らえた。誰の物かと見れば、道満がそこにいた。
 ムーンアローは美雪のものよりさらに強さを持って大百足をその身に有効的な傷を付けていた。ほぼ初めてと言っていい。
 だが、それでも活動停止には程遠い。
 そうと悟ると道満は苦々しい表情を作りながら印を組む。その身が銀に包まれるや、大百足の動きが止まった。シャドウバインディングだ。
「よし、今の内に!」
「いや、もういい」
 剣を構えなおす美人を、道満が制した。
「影が消えればまた動き出す。お前たちの力では明かりが尽きる前に百足を解体するのは無理だろう。わしの魔法ならどうにかなるようだが、あのような大技そう何回も出せるものでない。ここは一端退くべきだ」
 静かに告げられ、冒険者の誰もが落胆を隠せない。が、それに反論するすべもまた彼らには無かった。
 悔やむ思いを胸にしながら、冒険者たちは地上へと戻る。大百足を置いたままで。

 地上に出た一行。誰もが口を閉ざして陰鬱な表情をしている。冒険者たちはともかくとして、道満たちもまた似たような表情を作っているのは解せなかった。
「‥‥かぐやさんと会えへんかったんでしょうか?」
 道満にニキが問う。大百足を倒し、すぐに道満の後を追えば月道の守護精霊・かぐやと会えたかもしれなかった。お願いしたい事があっただけに、会えなかったのは残念。だが、会う以前に問題があったのならばそれの話は別となる。
「いや、かぐやとはきちんと話をし、月道も無事に開いた」
 答える道満は何故か不機嫌そうにも見える。彼の目的は無事達したのに何故なのやら。
 首を傾げていた冒険者らに付き人がこっそりと事情を説明した。というのも、地下迷宮の新月道。これが結構な曲者だったのだ。
 憂うかぐやを半ば強引に道満が説得し、月道は無事に彼らの目の前で開かれた。――そう、満月どころかこの新月に間近い月の中で月道が開いたのである。
 月の満ち欠けに影響されずに開く月道。さすがは異世界へと通じる道と云うべきか。つまりかの地へはいつでも向かう事が出来るのである。
 だが、いい事ばかりでもない。
 月道が異世界に通じるというのは確からしい。しかし、かの地に何かあるのか、月道に問題があるのか、それとも他に原因があるのか。‥‥この月道で帰って来た者はただの一人もいないのだ。
 行くだけで戻れずの一方通行の月道。この先もずっとそうなのかまでは分からないが、少なくとも月道貿易で富を運び、かの地の未知なる技をもたらせば多大な貢献になると謳って月道開通を促進した道満にとって、これは痛い誤算である。
 かぐやの方では最初陰陽師・安倍晴明に出会った時に、その事も話したと言っている。とすると、意思の齟齬があったのか、はたまた晴明が黙っていたのか。‥‥なんとなく後者でもおかしくない訳だが、だからこそ道満にとってはおもしろくない。
「はぁ〜。かぐやさんにお会いしてみたかったです。凄い美人なんでしょうね」
 八雲が肩を落とすと、それにはその通りだったと付き人が答える。あいにく、月道を開けるとかぐやはすぐに次の場所へと出向いてしまい、今後会う事は無いだろう。
 それを聞くと、ますます冒険者たちは落胆の色を深める。
「美人と餅食って酌でもして欲しかったな。勿論、勝利の美酒って奴でね」
 言って、万齢が出てきたばかりの迷宮を振り返る。
 月道開通が悪い訳ではないが、今はそれよりも大百足を倒せなかった事が心残りで仕方が無い。
 月道までの道の整備で人が入るだろうし、江戸の避難民は源徳がいかに制しようと行く所が無ければここに留まるしかない。
 迷宮に巣食うズゥンビ大百足。その存在は江戸の平穏に一抹の影を落とすかもしれない。