●リプレイ本文
東洋のデミヒューマン、河童。
緑の肌に背中に甲羅、頭に皿という特徴のある姿。手の水かきが示す通り、泳ぎが達者な水辺の種族である。
だからと言って陸で活動できないわけでなく、川辺で子供と相撲を取ったりする河童も多い。
そしてどういう訳か、種族的にきゅうりが好き。
「だからってご先祖様のお迎え用の精霊馬まで食べちゃうなんて、何て罰当たりなんでしょう!!」
怒りと驚きと呆れと。複雑に絡み合ってどう表現していいか分からないというかのように、手塚十威(ea0404)は目を丸くしてただただ声を上げた。
その村にやってくる河童は、普段からきゅうりにかぎらず畑の物を勝手にとっては食べていく。後で代金を持っていくらしいのだが、丹精込めた野菜たちを無断で喰われるとやはり釈然としない。加えて、ご先祖の為の大切な行事を台無しにされるとあっては、村人の怒りも当然と言えた。
「とんでもない悪戯河童がいたもんだ。いや、本人は悪戯とは思ってないだろうし、村の人にも笑い事じゃすまないんだろうけど」
「お供えいうんは元々誰かが取っていくのが前提やったりするもんらしいんやけど。この件はそういうのんとは少ぅし違うようやしねぇ」
冴刃音無(ea5419)が告げると、ニキ・ラージャンヌ(ea1956)も困惑したように頷く。
「まぁ、これ以上村の方との関係がこじれるのも良くないですからね。仲直りさせる為にもちょっと反省して頂かないと」
十威の言葉に、依頼を受けた冒険者八名が仕方ない、とでも言いたげに頷く。
「それにしても。河童は精霊馬を食べてもちゃんとカッパーを持ってくるのですね。ふふふふふふふ」
ふと呟かれたクロウ・ブラッキーノ(ea0176)の一言に、しんとギルド中が静まりかえる。
河童とカッパー(銅貨)の語呂合わせ。
暑い夏の日、響く蝉の音。それが嫌に体感できるようになった空間に、クロウの含み笑いが何だかいつまでーも聞こえてくるように思えた。
河童の食い意地に悩む村は、お盆の最中とあってどこの家の前も盆棚が祀られている。灯明にも火が灯り、普段とは違う、独特の雰囲気を醸し出していた。
それでも、一日は一日に変わり無い。時が立てば腹も減るし、日が暮れたなら夕飯である。そこいらの家から竈の煙が一つ、二つと立ち昇りだしていた。
そんな村の中を、ふらふらと夕涼みの散歩のように河童は歩いていた。鼻歌が聞こえてくるのは何やら上機嫌であるらしい。
そこで、ふと竈の煙が目に入ったらしい。しばらくぽやっと天に上る煙を見ていた河童だったが、夕飯というのを思い出したのか、ぽんと手を打つと、戸口の盆棚に祀られていた精霊馬に手を伸ばす。
が、
「何だコリャ?」
「おう、どうしたんだ?」
精霊馬を手にしたままの河童に、通りすがりの音無が声をかける。
「いやな。このキュウリとナス、土で出来てんだな。‥‥最近はキュウリとナスに棒をつけてんのが流行ってるなぁと思いきや。どうもこの村の奴のする事はたまに分かんなくなる」
水かきのついた手で粘土で出来たキュウリを弄びつつ、河童は実に不可解と首を傾げる。よく出来てはいるものの、本物のキュウリと粘土では重さも違えば着色も違う。手に取れば簡単に分かるものだ。
「ふーん。でも普通にキュウリやナスのもあるじゃないか。どれどれ?」
ぱっと音無は精霊馬に手を伸ばすと、さっさと綺麗に平らげてしまう。まさしく獲物を横取りされ、ただただ目を見開くばかりの河童。
「うん、うまかった。ご馳走さん」
軽く背中越しに告げると、音無はまた別のキュウリを頬張りつつ、去っていく。その後姿を河童は唖然と見送っていたが、ちょっと肩を落とした後に気を取り直し、隣家の精霊馬に手をつける。
手足代わりの棒を引き抜くと、音無のようにがつがつとキュウリを口に頬張り‥‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
んぐぁがあああああああああああぁぁぁああ〜〜〜〜〜??!?!?!!」
慌てて口の中のキュウリを履き捨てると、喉を押さえて河童は七転八倒。嘴をかぱかぱと動かし、目は涙目。全身から滝のように汗をかき、皿の水が乾く心配は無いなー、と傍観するのはアア無情。
吐き捨てたキュウリにはどうみても練った緑と黄色のうろんな物体が混じっている。わさびとからしが入っていたのだ。
「おや、大丈夫〜?」
「だ、大、じょぶ、ジャねー。お、それ、み、水か〜〜〜??」
苦しむ河童に、草薙北斗(ea5414)が声をかける。激しくむせながらも、河童は北斗の腰に下げられた水筒に手を伸ばす。
「うわっ、ちょっと待った!?」
北斗の制止も間があらばこそ。河童はあっという間に水筒を奪い取ると、栓を抜き一気に中を傾けて飲み干し‥‥
「ケキャアアアアーーー!!」
何とも言えない奇声を発すると、河童はごろごろごろろと地べたをのた打ち回る。
「だ、だから、待つように言ったのに〜」
あまりに見事な悶えっぷりに、北斗の方がやりすぎたかとびびって及び腰になる。
「ふーか、ほはへほふいほー、はりはいっへふんはー」
「‥‥ごめん。何言ってるか分かんないし」
涙目で真っ赤に腫れた口元を動かしつつ河童が抗議するも、北斗にはさっぱり言ってる事が分からない。
ちなみに河童が問うたのは「つーか、お前の水筒、何入ってるんだー」であり、答えはわさび水である。
「よくもまぁ、のこのことよく姿を現せたものですね。待ちなさい! この不老不死肉!!」
度重なる辛さに、ひぃひぃと泣きながら住処に戻ろうとしていた河童に向けて、萩原唯(ea5902)が姿を見せるや大声で怒鳴りつける。
その途端。
――バターーーーーーーーン!!!
村中の扉が一糸乱れず開け放たれた。家の中から農具を握り締め、村人たちがぞろぞろと出てくる。
何かに取り付かれたように「不老不死肉」と連呼し、虚ろな目線でゆらりと河童に迫ってくる。黄昏時の暗さもあいまって、まるでその姿は死人憑き。河童が血相変えて悲鳴と共に逃げ出したのは無理ない事だろう。
「不老不死肉不老不死肉不老不死肉不老不死肉不老不死肉不老不死肉不老不死肉不老不死肉不老不死肉不老不死肉不老不死‥‥」
「くふなー。くふなー(訳:来るなー、来るなー)」
恐怖で泣きながら村中を走り回る河童。村人から逃れる為、わたわたと走り回った後にようやく村への入り口へとたどり着いた。
だが。
「どこに行くのです? 不老不死肉」
村の入り口を塞ぐように、唯を始め数名が立ち並んでいるのを見、喉に息を詰まらせて河童が足を止めた。見て分かる程に震え上がると、すぐに方向転換。そのまま逃げ出そうとした。
「????!!????」
のだが。
果たせなかった。体が突然動かなくなったのだ。必死に逃げようと河童は足掻くが、どうにもならない。
そうしている内にも村人たちはどんどんと迫ってくる。
「不老不死肉不老不死肉不‥‥」
恐怖におののく河童の前で、村人たちは虚ろな視線のままただ一つの言葉を連呼する。手にした道具を振りかざし‥‥。
山に帰るカラスが鳴き騒ぐ声を掻き消し、河童の悲鳴が村中に響き渡った。
「ちょっとやりすぎだったんじゃないかな?」
「大丈夫大丈夫大丈夫」
「そーそー。十分に懲りただろうしー」
河童に本物の水を与えながら首を傾げる北斗に、村人たちは手をひらひらさせて否定する。その晴れやかな笑顔に依頼としては十分という手ごたえを感じながらも、布団に横になってうんうん言ってる河童を見てると、本当に良かったのかと疑問に思わなくもなく。
そう、全ては冒険者たちの企みである。
精霊馬にわざとわさびなどを仕込んでそれを食べさせるように仕組み、しかる後に村人たちで追っかけまわして恐怖心を植えつけて二度と手出ししないようにしようと言う事。
ちなみに村人へ協力を求める際、唯は作戦を記載した木簡を配ったのだが、巷の識字率はあまりよろしくない。木簡が読まれるより、ご近所の口伝えで広まる方が早かった。
作戦を知った村人が案の定精霊馬への仕込みに得体の知れない薬草とか器の破片とか混入しようとしたのをニキが止めたり、ファルマ・ウーイック(ea5875)がコアギュレイトで河童を止めた際には何だか据わった目で得物を振り上げた村人たちへ慌てて北斗が制止に入ったりと、多少の苦労はあったものの全体的には結果良好。そして、お灸が効きすぎ気絶してしまった河童が家の一つに運ばれ布団で寝てるという訳だ。
「いいですか? 今回は私達のしでかした事ですけど。いつまでも懲りないようでしたら神様からとっても痛い天罰が下るかもしれませんよ」
ぐったりと虚脱している河童に、ファルマはとくと説得する。
「そう、誰にだってご先祖はいます。貴方だってそうでしょう。ご先祖様があって今の自分があるんですよ。
それなのにそのご先祖の為の精霊馬まで食べてしまうなんて、あなたにはご先祖様への感謝の気持ちってものがないんですか。後からお金を払えば良いってものではないんです。貴方のしている事は泥棒と同じですよ。れっきとした犯罪です」
「その通り。払うと言いつつ、結局払わずに食うのは泥棒だ。いいか? 泥棒になるとな‥‥、頭の皿は三日と言わず一日で乾き切って死んじまうんだぞ!?!」
「んな訳あるかーーっっ!! 嘘つきこそ泥棒の始まりなんだぞっ!」
懇々と説教垂れる十威に続いて、まぢめに告げた音無に河童が思わず布団から跳ね起きる。とりあえず、心の傷はそれなりに癒えた模様。
「そうや、後でお代を払えばええんや言うンやったら。村の人かてまだ溜飲が下がらんやろ。どうです? 甲羅でも皿でも剥がしてしまうんは? なぁに、寺院で拝んでもろたらすぐに元に戻りますし」
軽やかに告げるニキに、がたぶるに震えながら河童が首がもげそうな程横に振る。もっとも、怖かったのはニキの言葉で無く、それに何だか深く頷いている村人たちの方だったかもしれないが。
「私も皿と言うのはとても気になりますねぇ。一度河童の皿で寿司でも食べたいと思っていたのです」
怯える河童にそっと近寄り、邪笑と共にクロウが起きた河童の皿を撫でる。
「皿だけあって硬いんですね。‥‥おや、何故か私の手が油に濡れてます。皿の水気に弾かれてご自慢のお皿が困った事に。火でもつけてみましょうか」
「いらんいらんいらんいらんっ」
クリエイトファイアーを詠唱するクロウ。その雰囲気を悟り、ずざざざと壁まで下がって即行拒否する河童。
「大丈夫ですよ。引火してもちゃーんとプットアウトで消火しますよ。消火代のカッパーはきちんといただきますけどね」
クロウの凶悪な笑いに河童は怯えて緑の肌を真っ青にさせている。
「今までお前がやってきたのはそう言う事だ。金もない、でも食べたいなら‥‥働け働け、働くべきだ! 働かざるもの食うべからずだろが!!」
ぐっと拳を握って告げる音無に、ニキも頷く。
「そうや。これからはイザコザにならんよう決まり事を決めといた方がよろしおすな。金ではなく労働で支払うというんはどないでっしゃろ? 村の方はそれでええ言うてたから、後は河童はんの気持ちだけやけど」
約束できますな、と肩を叩いて問いかけるニキに、河童はぶんぶんと大きく頷き続ける。
「ホントなんでしょうか? 本気に反省無しだったらくすぐりの刑で呼吸困難にしますよ」
どこからか羽箒を取り出して河童をちょいちょいとくすぐる十威。そんな十威にニキは、大丈夫、と頷いてみせる。
リードシンキングで表層意識を読んだのだ。少なくとも今は本気でそう思っている事はほんの一瞬の間でも十分に知れた。
「十分反省しているようやね。後は、村の大切な行事を理解してもらう為にまずお盆を手伝うんはどうやろ?」
「いいですね。でも先に食事にしませんか? 土産に持たせようかと思いましたけど、結局夕餉は取りそびれていますし、ここででもいいですね」
ニキの案に頷いた上で、ファルマがクリエイトハンドで作った食料を差し出す。この魔法で作れるのは粥のような食料と飲料水だけ。キュウリのような食材を作る事は出来ないものの、差し出されて河童は大変喜んでいた。
その後、村の者たちが一時的に隠していた普通のキュウリとナスの精霊馬を改めて祀り直すのを見ながら、北斗は精霊馬がどういうものか確認も兼ねて話しながら、一緒に製作する。
「という訳なんだから、食べちゃダメなんだよ。勿論、自分で作ったものもね。先祖の為なんだからバチが当たるよ」
「おう、しないしない。うん、やたら怒るから妙だとも思ってたんだが、そういう深い理由があったんだな」
北斗が告げると、河童はしげしげと自分で作った精霊馬を見つめて頷く。
どうやら。その精霊馬も北斗が仕込んでからし味になっているのを、河童が味わう心配は無さそうだ。