【寺田屋の台所?】お月さま普及活動食事変

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月14日〜01月18日

リプレイ公開日:2006年01月25日

●オープニング

 それはある日の冒険者酒場。
「月」
 唐突にその子供はそうのたまった。
 いや、子供に見えても人ではない。うまく人化けしているが 周りからうさと呼ばれている。
 元は江戸にいた兎だが、お月様を広める為に京へとやってきた。現在は、陰陽師の小町宅に(勝手に)住み着いている。‥‥ちなみに、お月様とは何かと問いかけても「お月様はお月様」と答えて普通に首を傾げる。
 そんなうさが凝視するのは寺田屋のお品書き。見つめる態度は真剣そのもの。
「うん、そうだね。月だね」
 対する少女は、家主(?)の小町。冷静そのものに、白湯を啜ってのんびりとくつろいでいる。
「兎」
 真剣な態度を崩さず、うさはお品書きを指差す。その文字は確かに兎の文字で‥‥。
「そうだね、月餅『玉兎』。華国風のお菓子だって。確か江戸との月道が開通した際に冒険者たちが協力して作ったんだっけ?」
 あからさまにうろ覚えの知識を思い出すように小町は告げる。どこまで正確な知識なのか、信じるに足らず。
 だが、うさはそれを聞くと俄然張り切って立ち上がる。
「お月様で兎でお餅で作ったんだ‥‥」
「そうだけど‥‥食べるの?」
 小町の言葉に耳を貸さず、うさはただただお品書きを見つめるだけ。だが、そこから視線をきっと外すと、
「うさも作る〜〜〜〜♪」
 いきなりぱぁっと明るい笑顔を作る。と思うや、酒場に入ってきた冒険者も跳ね除けて街中へと走り出した。

「とぅ!」
「ぎゃあ!!」
 陰陽師・小町宅。帰るやいなや、火鉢の傍で寝そべっていた青年の上に、うさ、跳躍。弾みをつけての体当たりは見事に決まり、青年潰れる。
 潰れた青年は日本人では無い。茶髪に茶色の目。ついでにいえば同じく人でもない。ワーリンクスという、猫化する獣人なのだが、何故日本にいるのかは本人記憶喪失らしくて不明。名前も無いので単に猫と呼ばれる。江戸で彼とあった小町が不憫がって『勝手に』連れて帰り、何だかんだでそのまま彼女の家に居候中。
「猫爺、起きろ〜♪ お月様の餅作るぞ〜♪ 手伝え、手伝え♪」
 そして今現在。座布団か何かぐらいの扱いしか受けてない。うさ、青年の上で実に楽しそうに跳〜ねる跳ねる。
「やめんかい! 怪我はせんでも痛いものは痛いし、重い物は重い! それと!! 猫爺言うな!!」
「じゃ、爺猫?」
「変わらんだろ」
 ごく当たり前のように首を傾げるうさ。
「別にうさは気にしないよ。それより餅をつくから猫爺手伝え」
「‥‥言いたい事は山程あるが、とりあえずなぜにいきなり餅をつく。正月前に腐る程ついてまだ余ってるだろ」
 頭を抱える青年に、待ってましたとばかりに喜色満面でうさは答える。
「あんねぇ。強いお爺たちがお月様で兎でお餅を作ったの。だから、うさもお月様なお餅を作るの。そんで食べてもらうの。お月様なお餅が一杯あったら、皆、お月様好きになるよね〜♪」
「分かったような分からんような?」
「つまりね。冒険者酒場に月餅があったから、それみたいにお月様なお餅を作りたいって事でしょう?」
 どっと疲れ果てた表情で首を捻る猫に、ようやくかえってきた小町が説明を付け足す。うさは同意してぶんぶんと首を縦に振る。
「お登勢さんが新しい献立探してたし、いい物できたら話をつけるわよ。必ず置いてもらえるとまでは確約できないけどね。ただそうなると、普通に白いお餅添えてもおもしろくないし、勿論月餅はすでにあるんだからまた持っていっても仕方ないわよね」
「むぅ、うさがんばる。だから猫爺、お餅つき〜」
「いーやーだ。外は寒いだろうが!」
 ごろごろと甘えるうさに、断固拒否の猫。夜着を着込んで丸くなってしまう。
「こんなの当てにしないでそれこそ冒険者たちに頼んだら? さっきのお店に幾らでもいるし、何なら正式にギルドに依頼したげてもいいわよ」
「わ〜い♪」
 小町の一言に、諸手上げて喜ぶうさ。気持ちはすでに餅つきである。

 そして、その話を聞いてふふふふ、と笑う怪しい影は小町宅の庭先から。
 話すは四人。いや、四匹。
 一見普通の少年――いや、この真冬に素っ裸で堂々といる辺り、普通と言いがたい――なのだが、その正体は化け狸。離れた寺に住み着いているのだが、稀に姿を見せる。
「聞いたかポンの字」
「ああ、ポン九郎よ。あの馬鹿兎が何やら餅をつくとな」
「しかも我らが猫の兄さんを兄さんと思わぬ扱いっぷり。‥‥これは許して置く訳にはいかんな、ポン侍」
「おう! いいか、ポン漢、ポン吉、ポン衛門。ここはあの悪逆兎のたくらみしっかりと成敗するついでに、うまい餅をたらふく食うに限ると思うがどうだろう」
「「「おお、それはいい考え!」」」
 いろいろあって化け兎と仲が悪い狸たち。よい事聞いたと顔つき合わせて笑う姿はどこと無く邪悪か?
 依頼に出かけるうさと小町の後をつけ、街道へと四匹飛び出す。もっとも、素っ裸な姿にすぐに注目の的となり、気付いた小町から門松を投げられ撃退される。
「くっ、この程度の事で我々は負けんぞ」
「必ずや、馬鹿兎の餅つきをめちゃくちゃにして!」
「どさくさに紛れて食材奪って!!」
「我らがたらふく食ってやるぞ!!」 
 それでも負けない化け狸たち。寒風にもめげぬ熱い情熱を、間違った方向に燃やし続けていた。

 そんな中で、冒険者ギルドに依頼が出される。
「あんねぇ、うさとお月様なお餅作って♪♪」
「ところで、そのお月様なお餅ってどんなの?」
「知らない」
「‥‥考える所から協力してあげてね」

●今回の参加者

 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0213 ティーレリア・ユビキダス(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1956 ニキ・ラージャンヌ(28歳・♂・僧侶・人間・インドゥーラ国)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7055 小都 葵(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9164 フィン・リル(15歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 eb1528 山本 佳澄(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb3722 クリス・メイヤー(41歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 お月さまな御餅を作りたい!
 言い出したのは人ならぬ化け兎ではあるものの、そんな一途な願いを叶えるべく冒険者たちは陰陽師・小町の家へとお邪魔する。
「と言いましょうか。うさって漢字読めるんやね‥‥」
「えっへん」
 ニキ・ラージャンヌ(ea1956)に、化け兎のうさは威張って胸を張る。生活する上では申し分無いニキだが、ちょっと難しい字になるとまだまだ不得手。妙な敗北感に打ちひしがれていたが、
「読めるっても、月とか兎とか自分に好きそうな字を覚えているだけよ。それでも数えられる程度かなぁ。書く方はさっぱりだし」
 言いながら試しに小町が「これ読める?」と紙に『人』と書いて見せるが、うさは興味なさげに首を捻っている。
「ところで。材料費とか本当にいいんですか? 変な遠慮はしないでいいですよ」
「いいのいいの、気にしないで。ま、土産はばっちりもらっちゃったし、酒類とかはお願いしちゃうけどね♪」
 厨房に置かれた食材の数々。その品を見やってミィナ・コヅツミ(ea9128)が目を丸くする中、当の小町はルーンタブレットを手ににこりと笑う。
「うちも酒は用意させてもらったけどね。とはいえ、この人数じゃちと厳しいかもね」
「十分だってば。どぶろくぐらいならすぐに用意できるし」
 ミィナの用意した洋酒類に加えて御堂鼎(ea2454)も名酒・うわばみ殺しをどんっと添えた。人数をひのふのと数えて考え込む鼎に、小町はちょっとだけ頭を抑える。
 人数は多いが中には飲まない者だっている。もっとも、酒を料理に使う者もいようし、鼎は勿論天螺月律吏(ea0085)も飲める方なので、それを考えていくと‥‥確かに微妙かもしれない。
「ところで、猫さんはどちらに?」
 問いかける小都葵(ea7055)に、あっちと小町は奥の部屋を指差す。
 と、途端にお邪魔しますと声を上げて駆け込む二つの影。
「「猫さん、あけましておめでとうございます〜」」
 その猫のいる部屋へと走りより、がらりと襖を開けると、そのまま寝ていた青年に揃って飛び掛る。
「にょわあああ〜」
 飛び掛られた異国の青年が悲鳴を上げるのを、飛び掛った二人――フィン・リル(ea9164)とティーレリア・ユビキダス(ea0213)が珍しげに眼差しで見つめる。
「あ、掴まった」
「珍しいです〜。でも、猫さんは猫さんじゃないと困ります」
「普段から猫だと周囲の目がメンドクサイだろが」
「家の中ですよ?」
「来客の応対が面倒だろ」
「‥‥すっかり小町に飼い慣らされちゃってるねぇ」
 ティーレリアに答える猫の言葉に、鼎が苦笑する。
「あいつに義理はねぇけど。‥‥まぁ何というか、わがまま娘を持った親父さんの方の苦労が見ていて哀れな訳で」
「つまりは飼い慣らしているのは親父さんの方と。まぁったく、家を乗っ取るくらいの気骨を見せてくれてもいいんじゃないかい?」
 冗談めかして大仰に鼎が告げると、猫が言葉に詰まる。
「大体、何故いつもそう飛びついて来るんだ?」
 そっぽ向いて困った挙句に、無理やりに話題を変えるようにティーレリアとフィンを見遣った。
「親愛の情という奴だよね?」
「日本の文化じゃないだろ?」
 笑顔でフィンが答えるも、やっぱり猫は首を傾げ。
「いいんです、猫さんだって外国人じゃないですか。それに‥‥うささ〜ん」
 ちょっと頬を膨らませて猫に告げると、外に向かってティーレリアが呼びかける。呼ばれて縁側からひょこんと顔を出したのは化け兎。ティーレリアが笑顔で思いっきり手を広げると、ぴんと耳を立てるや一目散に駆け寄って兎抱きついて擦り寄る。
「ほ〜ら、日本生まれでも通じてます♪」
「‥‥いいけどな、別に」
 満足そうにうさの頭を撫でるティーレリアに、猫完敗の色を宿す。
「そういえば、猫さん、聞き覚えの言語あります?」
 ミィナが知ってる言語で話しかけるも、知らないのか忘れ果てたか猫は首を傾げるだけ。。
「何か、餅つきするんだろ? ご苦労だな。という訳で、寝るお休み」
 用は済んだとばかりに早々と夜着を被る猫。傍には火鉢、暖かそうであるが。
「寝ちゃ駄目ですよぉ〜〜」
 ティーレリアはそれを阻止。するも、猫、絶対寝るぞの雰囲気で夜着を頭から被ろうとしたり。
「体を動かせば温かくなるかもしれませんし、手伝ってくれませんか? マタタビもご用意してきましたよ。お酒もありますけど飲みすぎないで下さいませ」
 葵が頼むも、猫の方は渋い顔のまま。マタタビと暖を天秤にかけて計っているようで。
「奥に篭りっきりも体に悪かろう。寒いのであれば‥‥コレで良ければ貸そうか?」
 律吏が子猫のミトンと綿入り半纏を差し出す。
「そうだよ。寒いんだったら猫化して毛皮着た上で、十二単を着て餅つきを!! 餅つきすれば寒さも吹っ飛ぶ!」
「そうですよね。ささ、十二単は用意してきましたから、さくっと袖を通して下さい」
 拳握って力説するフィンに、ミィナも十二単を広げて笑顔で勧める。
「ちょーーっと待て! それは女物衣装だろ!!」
 顔を引き攣らせて猫が逃げる。それを陽気にフィンが笑い飛ばす。
「気にしない、気にしない。こんだけ着込んだら寒さも和らぐよね」
「その前に動けないだろう。餅をつくには袖も邪魔になるし!」
「ということは手伝っていただけるのですね?」
「揚げ足を取るな〜〜〜」
 喜ぶ葵に、猫叫ぶ。
「ったく、面倒よね。面白そうなんだし、いいじゃない。ミィナさん、そっち回って。挟み込んで捕まえよ♪」
「はいは〜い♪」
「お前ら! やめねぇか!!」
 小町も参加して、ばたばたと広い屋敷内を走り回る。狸が来たかと緊張するものあれば、面白がって追いかける者あり、うさは訳も分からずはしゃいで回り‥‥。
「分かったから、餅つき手伝えばいいんだろ!! 手伝えば!!」
 さんざ走り回った挙句に、半ば破れかぶれに猫が叫ぶ。
 同情する者、純粋に喜ぶ者、何故かがっかりする者織り交ぜて、ようやく餅つき開始となりそうで。
 ‥‥ちなみに、十二単だけはさすがに勘弁してもらった猫であった。

 庭に臼と杵を運び込む。
「さて、それでは餅つきを始めるか!」
 張り切って声を上げる律吏。気合は十分である。
「それでは、餅つきを知らない国の方もいらっしゃいますし、まずは私達が見本という事で。‥‥うささんはつく役の方がいいですよね? じゃあ、私は合いの手に回ります」
 訊ねる御神楽澄華(ea6526)に、うさは「勿論♪」と首を縦に振る。小さな体にあった杵を担いで、律吏の隣でやる気満々にふんぞり返っている。
「餅米が蒸しあがりましたよ〜」
 まだ熱々のもち米を布で来るんで、重そうに山本佳澄(eb1528)が運んでくる。臼の中に広げると、まだ米の形の残る塊を杵でついてまず潰す。
「それでは〜。お月さまに喜んでもらうお餅を作れるよう願いを込めて♪ そ〜れぺったんぺったん♪」
 上機嫌で杵でつくうさに、呼吸を合わせて澄華が餅を返す。
「さすがですね〜。やらせてもらってもいいですか?」
 見事な連携に、ミィナが感嘆の声を上げる。
「ああ。つく方は合いの手と息を合わせて調子よくやるのが大事だ。しっとり柔らかい餅に仕上げるには、やはりつきが一番だ」
 うさが夢中になってるのを見て、律吏の方が餅を付く手を止めて、ミィナに杵を渡す。
「ちなみに、合いの手は呼吸合わないと、杵で殴られるから危ないぞ。‥‥それで手やら頭やらそいつに何度殴られた事か」
「失礼ね。どっちも合わせて十回以上は‥‥叩いちゃったかもしれないけど、あんたなら無事でしょ?」
「それで許される問題じゃない。大体、俺じゃなければどうなった事か!」
 猫が不快そうに注意をぼやくので、小町が口を尖らせる。その様を愉快そうにミィナが見ている。
「ほら、雑談しない! 餅は冷えたら固くなるだろう。熱い内に打つべし!」
「はい!」
 律吏の指導の下で、ミィナが杵を振り上げる。付きあがった餅は葵が準備した台の上に、広げて引っ付かぬよう餅粉をすばやく振る。
 つきたてほやほやの真っ白い餅。さて、それをいかに「お月様」に仕立てるか。
「の前に少し味見させてもらおうか」
 ひょいと鼎が手を伸ばすと丸めたばかりの白い餅を一つ口にする。
「食べるだけって、ちょっとずるくない?」
 すでに転がる酒瓶も少々。なんとなく釈然とせぬ様子で小町が鼎に問いかける。
「何言ってるのさ。寺田屋は酒場だよ? そこに料理を持ち込もうって言うんだから、酒飲みの意見は大事だと思わないかい?」
「む、一理あるわね」
 鼎の返答は明朗そのもの。あっさりと返されて、小町も頷く。
「美味しい?」
 そんな疑問すら持たないのが、化け兎。餅を口にする鼎に、わくどきの煌く眼差しを向けている。
「ああ、やっぱりつきたてはいいね。酒も進むよ」
 くつくつと笑って酒盃を仰ぐ鼎に、化け兎は大喜びで跳ね回っていた。

「餅米はたくさん用意してくれてるけど、どのぐらい運べばいいでしょう?」
「皆いろんな料理を考えてるし、多くて損は無いと思います。何だか皆さん、思いつくままに作ってますし。‥‥試食後の体重増加が怖そうですよね」
 俵ごと厨房に餅米を届ける佳澄に、澄華が答える。餅つきは依然、交代しながら順当に餅を作り上げ、出来た餅はいろいろと思索を重ねて新しい形を作り上げようとしている。
 辺りには餅の匂いと添える食材や酒の香り。
 和気あいあいとした和やかな雰囲気。そんな光景を影から見つめる集団があった!
「ふふふ、我らの来訪も知らず、のんきな猿どもが。兎ともども地獄を見るがいい」
「む、猫の兄さんもいるぞ。それに姐さんまでがっ!」
「何という事だ! しかし‥‥、許されよ! 我らとてダッチョーの思いで事を成さねばならぬ時があるのだ」
「このような悲劇を終わらせる為! 今日、この場ですべてを終わらせるのだ!!」
 力強くその言葉にうなずく彼ら。自分達の境遇を呪い、涙する様は真艱難辛苦の道に追いやられた不幸な少年達のように見える。が‥‥さにあらず。
「それでは! 皆の衆! いざや出陣!! の前に、腹ごしらえだ!」
「「「おう!!」」」
 だが、少なくとも彼ら自身はそう思っている。
 酔いしれた調子で、どこからともなく土のついた餅を取り出す。丸々とした餅は微妙に鼻を付く香りが漏れているのだが、涙して鼻の詰まった彼らにはそれが分からない。
 祝杯のごとく餅をかかげると、ひょいと気軽に口に放り込む。
――直後、四つの絶叫が御近所を騒がせる。
「あ、かかったようやね」
 その悲鳴を聞いて、ニキが暢気に顔を上げた。
 兎と敵対する(?)化け狸四匹。どうやら餅つきの邪魔に入りかねないと、いろいろと対策を施している。
 その一つとして、わさび入りの餅を周辺にばら撒いておいたのだ。
 食い意地のはった狸たちがそれを見逃すはずも無く、哀れ、口を晴らして涙目になって走り込んでくる。
 その目的は!
「水!! み〜〜ず〜ー〜〜ー〜!!!!」
「それはうちの酒だよ」
 必死に探す狸たち。酒瓶に手をかけようとしてぽかりと鼎に殴られ、周囲を見渡した挙句池に飛び込む。冬の最中にたいしたものだ。
「にしても、普通の餅も混ぜておいたのに、皆して当たり引くとはえろう運のいい狸さんたちばっかりやね」
「「「「はっはっは。凄いだろう」」」」
 感心するニキ。復活した狸たちが、池から上がるやふんぞり返っている。
 狸と申せど、人化けしている内は少年そのもの。だのに、うるさがって服どころか褌一つもつけないものだから、全裸全開。幾人かが耐え切れずにあらぬ方を向く。
「ふっ、隙あり〜〜〜!!!!」
 そうやって冒険者達が目線を逸らした途端、狸たちは縁側に並べられた餅に向かって突進する。
 しかし、
「ホーリーフィールドが展開済みです♪」
 あっさりとミィナが告げると同時、何でも無い空間にべしゃんと衝突して狸たちが倒れる。敵対している者を阻む不可視の壁がそこには立ち塞がっていた。
「ぐぬぬぬ、通れぬ!」
「負けるな、ポン助、ポン輔、ポンすけとうだらよ!」
「おお、ここは我ら兄弟、力を合わせ!」
「今必殺の!!」
 狸たちが雄叫びを上げる。その体躯から歪んだ気合がほとばしるや、四匹揃って助走をつけて見えない壁に頭突きした。
「あ、凄い」
 狸の執念勝ちか、ホーリーフィールドは砕かれる。結界内を壊した彼らは無防備となった餅へと手を伸ばす!
「はっはっは! ざまを見」
 ごんっ♪
「ごめん。も一つ結界作っとってん」
 あっさりとニキが告げる。 
 勿論、魔法の重ねがけは出来ない。なので、展開していた位置は違ったりするが、目に見えない以上知識の無い者には気付きにくい。ましてや、この狸たちなら尚更だ。
 ミィナがかけた側は野ざらしになってたりするのだが、狸たち、すでに新たに阻まれたニキの壁のほうにすっかり夢中でそこまで気がつけてない。
「まぁ、そこいらでやめておけ」
 ごつんごつんと一発ずつ、律吏が杵でついて回る。
「まったく、なんだ? ポン侍にポン姫にポン五郎にポンきゅ! この寒空で素っ裸なんて正気か!? ほらこれでも着るがいい!!」
 首根っこ捕まえて律吏が狸に服を着せようとするが、なにぶん、一人では手が足らず。悪戦苦闘の末に、どうにか服を着せはしたものの、
「ふっ、我らの熱い思いの前にこのような寒さなど屁でもない! そのような不当な行いなどに屈する我らではないぞ!!」
 その服を即行で脱ぎ捨てる狸たち。肩を怒らせ、冒険者達に(無謀にも)身構える。
「馬鹿は風邪ひかないとは聞くけどね。ここは一寸おとなしくして頂戴」
 その隙だらけの構えに、藍月花(ea8904)は容赦なく拳を入れる。ためらいも無く、無駄も無い動きで狸たちを叩きのめすと、妙にすっきりした顔で笑みを作る。
「あの‥‥よろしければ、出来上がるのを待って一緒に食べませんか?」
「どうせなら、一緒にお餅料理を作るのもいいですよね。‥‥お着物は着て欲しいですけど」
 葵とティーレリアが倒れた狸たちの目をじっと見つめ――単にそこ以外に目を向けるとろくでもないものも見る恐れがあるからでもあるが――、誘う。
「わ、我らも‥‥仲間に入れてくれるのか‥‥」
 優しさに触れ、感動に目を潤ませる狸たち。
「勿論です。ただし、よからぬ事を考えた場合は‥‥こうです!!」
 ミラ・ダイモス(eb2064)が持っていた木材を宙に放ると、ハンマーofクラッシュを叩き込む。
 金槌の重量はただでさえ重いのに、その重さを加味して十二分に破壊力へと変えたその一撃。岩をも砕くその攻撃を木材などが耐えられようはずなく、木っ端に打ち砕かれる。
「うささんを苛める方はこれで玉を潰しますよ。いいですね」
「やめてくれええええ!! 玉は‥‥玉は男にとっては無くてならない大事なものなんだっっ!!」
 破片となった木片に狸たちは青い顔で震え上がった。ミラの言葉にもかくかくと絡繰人形の如く高速に首を縦に振る。
「それでは料理再開と行きますか」
 ほっと一同、胸をなでおろしたが、
「ふっ、甘いわ〜〜〜〜!!」
 狸たち、目をキラーンと輝かせるや、がばりと身を起こし餅置き場に直行。そのまま地を蹴り、餅に飛びつこうとしたが、
 どべん!
「だから、結界がはってますよってからに」
 つい先刻と全く同じ結果にニキが頭を抱える。会話している隙にミィナも結界を張りなおして、防御はまた完璧に戻っている。
「駄目ですよ。そういう事しては」
 佳澄があきれ果てながらも窘めてみる。
「「「「いいや! まだまだーーーっっ!」」」」
 しかし、狸たちは諦めない! 声をそろえて闘志を燃やすと、熱い眼差しを餅に向けている。その執念は感心すべきかもしれないが。
「全く。本当に懲りるという事を知らないのね。‥‥鬱憤晴らしにはいい感じ、だけど♪」
 嬉々として狸に近寄るとやっぱり遠慮為しに殴りつける。
「うぉのれ! 徹底抗戦だ! 皆の衆!!」
「「「おう!」」」
 ぼろくそに殴られて頭にきた狸。負けじと拳を握ると冒険者達と対峙する。
「暴れるようならこうだよ!」
 クリス・メイヤー(eb3722)が印を組む。その身が緑に包まれるや、かざした手から稲妻が走る。
「「「「ぎゃああああ!!!」」」」
 一直線上に伸びる雷。響く雷鳴。驚いた狸たちに、ミラが間合いを詰めた!
「この変態どもが! 月まで行って反省してこーーーーーい!!!」
 拳が唸ると、次々と狙いたがわず狸たちの顎を捉えて空へと打ち上げていく。
 冬空の彼方、どこまでも飛んでいく狸たち。きらり煌く四つの狸星はやがて地面が恋しいか、一目散に戻ってきて熱い接吻ときつい抱擁を交わす。
 そのまま目を回している狸たちを、うさはじっと見つめていたが、やがてちょいちょいとミラの服を引く。
「あんね、あんなのお月様にいらない」
「そうですか。それは申し訳ない」
 真顔で告げるうさに、ミラが軽く頭を下げる。
「さて、とはいえこいつらをどうするか。いっそ、餅と一緒につくか?」
「お餅がまずくなるからヤダー」
 冗談めかした律吏の言葉に、うさは不快そうに口を尖らせる。
「ここは、やっぱりアイスコフィンで固めておく方がいいでしょうね」
 嘆息一つ。ティーレリアが詠唱を行う‥‥前に、視界に入ってもいいように、狸たちに服を被せるのは忘れない。
「別にいいっちゃいいけど。あまり人の家の庭で暴れないようにね〜」
 のんびりと告げる小町に、苦笑する冒険者たち。
「本当に別にいいだろ。あれぐらいなら普段のお前の方が実に実害が‥‥」
 それに茶々を入れた猫に、間髪入れず小町から石灯籠が飛んだ。

 狸らの乱入で荒れた庭先を佳澄が手早く整理する。
「やれやれ。やっと落ち着いて料理が出来るね〜」
 フィンが肩を軽く竦ませる。 
「お月様な餅ねぇ‥‥。まぁそっちは任せる。何せ、私の料理は死人がでかねん」
 律吏は杵を担いで餅つき続行に向かう。その隣にひょいとうさが立ち寄り、不思議そうに小首を傾げる。
「料理は愛よ?」
「愛にも限度は必要だろう?」
 自らの腕に恐怖するかのようにまじめな顔つきで律吏が答える。‥‥一体、どんな料理が生まれるのか逆に気になる所であるが、それを試す勇気は無い。
「お月さまかぁ‥‥。そういや、まぁるいお餅ってお月さまや太陽を模して生まれたってどこかできいたことあるんだけど?」
 小首傾げるフィンに、小町が頷く。
「そうらしいわね。まぁ、丸い形って魂魄を表すものだし‥‥」
「語らすな。うるさいから」
 生真面目に話し出す小町に、猫が後ろから叩き入れる。先の仕返しもかねてるのか何げに響く音は大きくて。思わずフィンが目を丸くし、軽く苦笑いする。
「お月様なら、黄色く色付けしたお餅に具を包んで丸く成形したらそれっぽく見えますよね。具の方は‥‥皆様が考えたものを入れるとして‥‥さて、色をつけるにはどうしたらいいでしょう」
 澄華が悩む。
「蜜柑はどうでしょう? 黄色い色もつくでしょうし、香りもいいです。善哉に浮かべたらいいかもしれませんよ」
 そんな澄華に葵が話しかける。蜜柑を皮を剥いて切ると、甘酸っぱい匂いが辺りに広がる。
「それより、蒸す段階から梔子の種を一緒に入れてみたらどうかと思うです。結構色がつきますし、お月様みたいだと思うですよ」
 ティーレリアが梔子を手にする。これから蒸す餅米にどのくらいの分量でいれるべきか、あれだこれだと思考錯誤していた。
「梔子もやけど、ウコンも使われへんやろうか?」
 ニキが問うが、小町がう〜んと唸る。
「結構独特の匂いがあるしね。料理によっては避けた方がいいかも」
「そやろか? そんな気になります?」
 手にしたウコンをニキは嗅いでみるも、彼にとっては慣れた匂いでしかなくただただ不思議そうに首を傾げる。
「筍を混ぜてみるのもいいですか。竹で匂いをつけたり笹の葉で包んだり」
「でも筍の冬場は高いわよ。旬はやっぱり皐月の頃になるかしら」
 クリスの提案にも、やっぱり小町は難色を示す。
 保存の仕方などを工夫して手に入らない訳ではないが、やはり旬を過ぎると厳しい物が食材には多い。
「でも竹を使うのはいい感じじゃないですか。器に出来たら纏まるのではないでしょうか?」
 切った竹を手にして、いろいろと眺めてみる澄華。
「うん、そうよね。その場合、竹の匂いをつけるんだから、料理自体は匂いが薄い方がいいのかしら?」
「いえいえ、竹も結構匂いが強いですし。ある程度ならついてても大丈夫では‥‥」
 小町とクリスも頭をつき合わせて、いろいろと意見を出し合う。
「栗きんとんはどこにありましたっけ?」
「あ、こっちに置いてあります」
 ミラがきょときょとと卓を見回す。なんせ、餅は広げているし、各々が思う食材を並べているのだ。手狭にもなろう。
 ちなみにきんとんは栗を潰して作っている。芋使うと里芋とか長芋、山芋とかになるらしいが、それよりも色が向いているだろうとは小町の弁。
 やや悪戦苦闘しながらもミラは栗餡を作って餅で包む。
「さて。後はこれを生地に包んで焼くべきか、このまま焼いてみるべきか」
 出来た大福を前に、しばし思案。 
「私はどうしようかな〜。どうせなら華国風に作りたいですけど、月餅はもうありますし‥‥」
 月花も餅を前に悩み出す。それにふとティーレリアが顔を上げた。
「そういえば、月餅は『ツキモチ』でいいのでしょうか?」
「外国の言葉だから『ゲッペイ』じゃないの?」
 小町が適当に答えるのを聞き、月花は軽く吹き出す。
「華国語だときちんと発音があるのですけどね。まぁ、ゲッペイでもツキモチでも意味が通じるならいいんじゃないですか?」
 明るく言い置いた後に、ふと思いつく。
「白玉粉もあるのですし、胡麻団子を作ってみようかと思います。油はありますよね?」
 訊ねる月花に、小町はすまなそうに告げる。
「あるけど。ただやっぱり豚脂そのままってのは厳しいわね。そもそも動物食べるってのも一般的じゃないし。バターもちょっと手に入りにくいかも‥‥なんかダメ出しばっかで悪いけど」
「そうですか。牛乳も砂糖も高いですし、洋風は厳しいかもですね」
 ミィナが遠くに目をやる。栗きんとんにバターと牛乳を混ぜて甘みをつけて焼く。シードルで香り付けした甘い匂いが周囲に広がる。出来栄えとしてはいい感じだ。
 他にもワインを入れた餅をついてみたり、餅の表面に卵とみりんを塗って焼いてみたりとあれやこれやと思考を巡らす。
「まぁ、そういう事なら‥‥甘味でまた別に考えてますし。そっちを作ってみますか」
 言うや、月花は白玉を小さく丸めると季節の果物を切って一緒に砂糖水の中に入れてみる。
「甘みが足りないようなら白玉に餡を入れてみようと思いますけど、どうでしょう?」
「悪くないよ。‥‥っていうか、その砂糖をざかざか使ってる奴がいるんだけどね」
 月花の白玉を試食しながらも、鼎の目は別の一点を見ている。
 ニキである。
 最初は苦笑交じりで工程を見届けいた鼎だが、段々と頬が引き攣り、終いには珍しく冷や汗を流している。
「他の甘みも使てますえ。けどやっぱり味がもの足りんのやわぁ」
 作ってるのは餡子を水飴で練った白玉を包んだもの。餡に梔子や紫蘇、抹茶などで色をつけ、かつその餡を外から透けて見えるようにして見栄えまで気を配る。
「味がきついのもどうかと思うけどねぇ。京は特に薄味を好むし、酒の味が変わっちまうのはいただけないよ」
 とはいえ、味付けの方はやはり自国の親しんだ風味にしてしまいがちで。顔を顰めて鼎が遠慮の無い意見を聞きながら、そういうものかとニキは納得しながら調整している。
「いろいろ色付けできそうだね。あたしも何か作ってみたいなぁ」
 そうして出来た試作品が並んでいく中、フィンも卓の上を見渡す。丁度蒸しあがった餅に目をやると、醤油などで煮付けた牛蒡に巻いてぱくっと一口。
「うん、おいし♪」
 幸せ一杯に微笑むフィンを見ながら、一同も笑いながら作業を進めていった。

「うわぁ〜。お月様が一杯だねぇ」
 出来た料理の数々をずらりと並べる。その一品一品を見ながら、うさは目を輝かせている。
「こんだけあったら、皆お月様好きになるかなぁ?」
「そうだね。もっとも、お登勢さんが店に出してくれるかは別だけどね」
 小町は苦笑いを作るしかない。何せ相手は商売である以上、店の雰囲気やそもの採算が合わねばどうしようもない。しかし、推薦しても恥ずかしく無い品が揃ったのは確かだ。
「うささんは本当に月が大好きなのですね。私も大好きですよ」
 ミラが頭を撫でてやると、うさは喜んで何回も首に縦に振る。
 それからは実に和やかに皆で試食‥‥とはいかない。
「「「「はっはっは。さすがは無類の阿呆たちだな! 我らを放したその過ち! 今身をもって思い知るがいい!!」」」」
「確かに過ちでしたね」
 アイスコフィンから開放され、纏った衣服を天高く放り上げて宣言する狸たちに、月花はやっぱり容赦の無い拳を叩き込む。
「せっかく皆さんで楽しくしてるですから、仲良く出来ないようでは困るです。おとなしくしないならまたアイスコフィンで閉じ込めるですよ」
 ティーレリアが少々強めの口調で告げると、さすがに狸たちも言葉を詰まらせて震えながら身を引く。
「まぁまぁ。ここは仲良くして。お餅も分けてあげるからさ♪」
「おお、小娘! いい事言うな!」
 そんな狸たちを宥めてフィンが笑いかける。狸たちが喜ぶ中、うさはむっとした顔でフィンを指差し、
「虫!」
「‥‥うさくん、酷いよぉ〜〜〜」
「あーもう気にするな。‥‥とも言えねぇよなぁ〜〜」
 よよよと泣くフィンを猫が頭を撫でて慰めている。
「ま、大人しくしてくれるなら餅を分けてあげますよ。――失敗作、結構出来ちゃいましたし」
「ん? 何か言ったか?」
 最後は小声でぼそりと。耳ざとく訊ねてきた狸にミィナが即座になんでもない風に答える
「いーえ、別に。焼き芋も作ってあるのでそっちもどうぞ」
「ずるいーーっ、うさにも焼き芋ーーーっ」
 途端、悲鳴のような声をあげたのはうさである。
「けっ、てめぇに食わす芋なんざねぇ!」
「むぅ! 狸に食わす方がもったいないんだもん!!」
 舌を出して挑発する狸に、うさも床を踏み鳴らして応じる。
「はいはい。皆で食べればいいですよ。狸さんたちも少し黙ってなさい」
 淡々と、月花は狸たちの大口に胡麻団子を放り込む。
「「「「ぅおっちゃああああああ!!!」」」」
 ‥‥‥‥揚げたての胡麻団子はものすんごく熱いのだ。
「ほら、慌てるんじゃないよ。ポン狸にポン兎、ポン猫にポン小町」
 ばたばたと水を求めて騒ぐ狸を、一匹ずつ叩いて気を落ち着かせる鼎。
「‥‥最後の命名はちょっとひっかるんだけど」
「小町は固い事言うんじゃないよ。‥‥それよりあんた達。うちからも餅があるよ。人の初夢にしゃしゃり出てきた礼だよ」
「「「「ははっ! 姐さんからの土産。ありがたく頂戴」」」」
 厳重に包んでいた布を取り払うと鼎は、見るからに怪しげな餅を狸たちに渡す。
「おう、緑色に赤色に黒色にといろいろ斑な餅とはまたすばらしく」
「黴です、それ‥‥」
 感涙に咽ぶ狸たちを、葵は心配そうに見守る。とりあえずは大丈夫そうだが。
 冒険者や小町、猫にうさは勿論きちんとしたお月さま料理に舌鼓を打つ。持ち込んだ酒も次々と開けられ、猫は猫でマタタビに相変わらず酔って絡むのを葵がたしなめたりと賑やかに宴にも似た雰囲気が流れ、
「あら、うささんは?」
 ふと姿が無いのに気付き、佳澄が辺りを見回す。すると、静かにと小町が動作で告げて部屋の片隅を指し示す。
 先程までうさに料理の発想の元となった竹取物語を話して聞かせていたクリス。だが、腹も満ちたか今はすっかり熟睡中。うさの方もつられたのか、そのクリスに寄りかかって夢の中。
 そろそろ酒に潰れた者も出始め、まともな数名で毛布をかけて回る。
「よかった‥‥。イギリスからジャパンに来たけど、今日が一番楽しく過ごせた日かも‥‥」
「うさも楽しかったよ」
 むにゃむにゃと寝言を言うクリスに、うさも幸せそうに微笑んで寝返りを打つ。
「化け狸さんの乱入もありましたし、相変わらず仲がお悪いようですけど‥‥。これはこれで平和なんでしょうね」
 そんなうさを見た後、縁側で寝込んでる狸らを見遣る澄華。軽く首を傾げ、それから静かに笑った。