断ち切れ赤い糸 蹴り返せ馬の足
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:02月14日〜02月20日
リプレイ公開日:2006年02月22日
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●オープニング
「おとっつぁんの馬鹿ーーーーーっ!!!!」
がちゃんと卓袱台ひっくり返したのは、古式ゆかしき頑固親父‥‥ではなく、その愛娘。年頃の艶やかな頬を上気させ、まるで般若の如き形相で相手を睨み付けている。
睨まれた方は、こちらこそ本物の頑固親父。眉間に皺寄せ、静かに娘の怒りを受けていたが、その実、怒っているのが見え見え。隣の奥方がはらはらした表情で旦那と娘を見ている。
「私が清二さんとの仲は知ってるでしょ! この際一緒に所帯持って何が悪いの!?」
ひっくり返したちゃぶ台を力強く踏みつけて娘が怒るも、親父は静かに座したまま。
「いいか。お千」
そして、低く感情を殺した声で親父は告げる。
「お前が選んだ男なら、俺は祝福してやりたい。しかし‥‥そいつは駄目だ!!」
くわっと目を見開くと、力強く娘の隣に座していたその相手を指差す。指された相手は「ひ」と小さく悲鳴を上げて恐ろしく早い動きで後ろに下がった。
印象は細っこい男である。顔色は親父の気迫に押されてかもう真っ青を通り越して真っ白だ。
「どうしてよ! おとっつあん!! 清二さんの人の良さはおとっつあんだって知ってるでしょう!?」
「確かに。清二はいい男だ。乱雑で大雑把でどうしようもないお前の事を幼馴染だってだけで、よっく面倒見てくれた」
うんうん、と親父は同意を示す。
「が」
力を込めて、その一言。そこに生まれた気迫に、娘、思わずたじろぐ。
「その人の良さが運のツキ!! あっちで頼まれては厄介事を引き受けられ、こっちで金を無心されてはいらぬ借金を負う!」
「ひいいい、すみません!」
「加えて、この気の弱さ!! いや、気だけじゃねぇ! 腕っ節もひょろひょろだわ、体も弱くて冬の度に風邪おっぴいて寝込んじまいやがるし! 一寸難しい事考えさすとすぐに腹痛起こして動けなくなるし! そして何より博打好き!!!」
「いやあの、体弱すぎて働けないんで手っ取り早く金稼ごうと思ったら博打が一番だし、やってみたらはまっちゃって‥‥」
「それでこさえた借金は幾らだ!!」
「‥‥えと、あの‥‥このぐらい?」
ぱっと指を広げる。その数を見て、親父の顔は怒りを通り越してどす黒く変わる。
「こんな苦労が目に見えてるような奴の所に誰が大事な娘を嫁に何ぞやれるか!!」
「そんな借金私が働いて返してみせるわよ!! それに! 清二さんは人がいいだけで気は弱いし体も弱いし、すぐに寝込むけど! 家にずっといたおかげで、その分炊事洗濯掃除子守がとても上手よ!」
「普通は男が働いて女が家事するもんだろ!!」
「適材適所よ!! 頭固すぎ!!」
二人、真正面から睨み合う。奥方はもうおろおろしっぱなしだし、清二は気迫に負けて貧血起こして倒れてしまった。
「よ〜し、分かった」
どのくらいそうしていただろう。長い時間のような気もするし、短い時間も気がする。
ともあれ、親父は目線を逸らすと肩の力を抜いた。
「そこまでお前の意思が固いなら、俺も考えなくもない。‥‥おい、清二!」
「ひゃ、ひゃいいいい、ごめんなさいごめんなさいごめんな(以下略)」
名前を呼ばれて清二が震えながら後じさる。それを親父はむんずと捕まえると、
「いいか? お前、うちのお千の事は好きか?」
「え? ええ、それは‥‥勿論‥‥」
清二は何度も首を縦に振る。
「じゃあ、神社に詣でて来い?」
「は?」
突然の話に目を丸くする清二。それはさすがに分かったのだろう。どこか懐かしい目をしながら親父は説明する。
「俺たち夫婦は長い事子が無かった。毎日のようにその神社に詣でて願掛けをし、そして授かったのが千だ。だから、お前はその千が一人前の女になって自分の所に嫁ぐのだと御報告に行って来い。それが出来たら二人の仲を許してやらあ」
「一寸待ったああああーーっ!!」
おだやかに告げる親父の言葉に、娘が声を荒げる。
「その神社って、ここから二日かかるあの神社でしょ? この冬の最中にそんな旅なんて清二さんには無理よ! 大体歩く鴨葱、生きた貧乏くじと評判の清二さんだもの。すぐにたかられちゃうわ!」
「ふん。だったら、二人の仲は認められねぇな」
「そ、そんなぁ〜」
情け無い声を上げる清二を、しかし、千は押しとどめる。
「だったら、私も一緒に行く!」
きっぱり告げた千に、親父目を剥く。
「な!! 馬鹿言うな! 嫁入り前の娘と旅行なんざ、何かあったらどうするんでい!」
「清二さんがそんな恥知らずな真似するはず無いじゃない! それに、御報告に参るなら当人である私も一緒に行くべきでしょ!」
強く言い放つ千に、即座に親父も言い返そうとしたが。
「‥‥ま、言いだろ。二人で行って来い」
何か思い直し、要求を飲む。
一応決着ついて奥方はほっと胸を撫で下ろし、突然の旅に出る事になった清二は労苦を考えて痛んできた腹を押さえ。
そして、親父はどこかにやりと怪しげに笑い、それを娘は不審な眼差しで見つめていた。
で、冒険者ギルドにて。
「ようするに、だ。娘に奴の事を諦めさせればいいんだ」
にやりとその親父は事情を説明した上で、邪悪な笑みを浮かべる。
「蓼食う虫も好き好き。とはいえ、それにだって限度はあらあ。清二がどうしようもなく駄目な男だと分かったら、あいつの目だって覚めるに違いない。
だから、頼む! 道中の間に娘が男を幻滅するように仕組んでくれ!!」
しかし、元々が駄目な奴なのに、それでいいと娘は言っているのだ。これ以上、一体何をどう幻滅させろと言うのだろうか。
悩むギルドの係員に、ずいっと親父は詰め寄る。
「ただし、娘には手を出すなよ。それと役所の世話になるような真似もごめんだ。何よりも、この件に俺は一切かかわって無い事を忘れないようにな」
娘に嫌われたくないからな、と、親父は念を押した。
そいでもって、それとはちょっと違う時間では、
「おとっつぁんの事だから、絶対何か企んでるのよ。ごろつき雇って清二さんを脅しつけるとか。ううん、それ以外にどんな手を使う事ことやら」
しっかりギルドに娘登場。親父、読まれてます。
「確かに清二さんは駄目な人かもしれない。でも私と清二さんは愛しあってるしそれでもいいって思ってる! だからお願い! 道中の間、私達を守って!!」
ただし、と娘は告げる。
「どうせ、おとっつぁんもついて来てるに決まってるわ。護衛つけたなんてバレたら、後で難癖つけて今回の件は無かった事にするとか言いかねないわ。‥‥だから、あくまでこっちとは無関係に自然に守ってちょうだい。そして、何とか清二さんが対処したように見せかけて。清二さんが頼りになる人だと判明したら、おとっつぁんだって反対はしないはずよ! そう思うでしょ!?」
娘の気迫に負けて思わず頷いてしまっていた係員だが。
そこまで駄目な男を頼りになるっぽく見せかけるのも難しい気がする。
「見てなさい、くそ親父! 私と清二さんはぶっとい赤い糸で繋がってるのよ!! 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえよ!!」
しかし、そんな事は告げられず。娘は天高く拳上げて高らかに宣言。
いや、死なれては困りますがな。
さて、相反するこの依頼。ギルドとして受けたはいいが、こっち立てればそっちが立たず。下手にどっちか失敗すれば役立たずなんて言われて信用問題にまで発展しそうだし。
で、出した結論は。
「冒険者任せた」
‥‥投げてみた。
●リプレイ本文
「あのぅ、すみません。もしかして、この先にある神社に向かっていませんか?」
宿にて。女将とのやり取りを傍から見ていた――ふりの、佐々宮鈴奈(ea5517)がおそるおそる千と清二に問いかける。
「ええ、そうですけど‥‥」
もごもごと小さな声で返事をする清二。警戒と戸惑い眼差しで鈴奈を見つめる。
「ああ、やっぱり。私は江戸外れの神社で巫女をしておりますが、この度、その神社まで行かないと行けなくなってしまったもので。それで‥‥もしよかったら、ご一緒願えませんか? 旅は道連れと申しますし」
「私は別にいいよ。江戸からじゃ、不慣れで心細い事だって多いでしょう? ねぇ、いいわよね?」
訊ねる鈴奈に、気軽に承諾する千。突然話を振られた清二は戸惑いながらも、首を縦に振る。
「あら、あなたたちもあの神社に?」
そこへさらに声がかかる。
「あたしたちもその神社に向かう途中なのよ。今度、こっちの妹と京都で修行する事になって、その祈りを捧げる為にね」
瓜生勇(eb0406)が促すと、一歩下がって様子を見ていた瓜生ひむか(eb1872)がきちんと一礼をする。
「よかったら、あたし達とも一緒しない? どうせ道は同じなんだし」
「え、しかし‥‥」
女性たちに囲まれて、清二は少々困惑気味。助けを求めるように千に目を向けるが、その千はにこにこと笑うのみ。それで余計にどうしたものか困ってしまったようだが。
「御同道された方がよろしいでしょう」
そこへさらに声がかけられる。
「道中に難ありの卦が出ています。命に関わる大事ではありませんが、厄介に巻き込まれるかもしれませんよ?」
厳かに告げるのは占い師然とした酒井貴次(eb3367)。子供ながらもきっぱりとした物言いに、えっと清二の顔色が悪くなる。
「何かあった時、助け手は多い方がいいでしょう。これも何かの縁。僕も御一緒させていただきたいのですが?」
「それはその‥‥お、お願いします‥‥」
心配性か気の弱さか。言い淀んだ挙句に、清二は頭を下げる。
上手く言ったと笑う女性冒険者たちにも、千が悪戯っぽく目を細めて頷いて見せた。
「さて。貸した借金、きっちり取り立てさせてもらいましょうか」
清二と千と何やらくっついてきたお供たちが、宿に入ったのは確認している。ふふふ、と邪笑になりながら、ムーサー・エスカラント(eb4551)がさらにその奥を見通すようにしかと睨みつける。
「張り切るのはいいが、あまり気負うな。急いては事を仕損じる、だぞ」
「ああ、すみません。‥‥しかし、あの清二という男を思うと、嘆かわしくてならず。ノルマンにもこんな人間そうといませんよ」
明王院浄炎(eb2373)が諌めると、ムーサーは大いに嘆息づいて大仰に首を横に振る。
「確かに。同じく子を持つ父としては、あのような相手は不安の限り。あの男に博打を止めて慎ましくとも堅実に家庭を切り盛りする気概あれば認め支え、気概なくば恨まれようとも障害となるのがまこと、親たる者の勤めであろう」
「ええ。これは一つ、試しあるのみですね」
どちらからともなく頷くと、揃って宿屋に入る。
主人に頼んで千と清二の部屋を聞き出すと、ムーサーが力任せにその戸を開けた。
「見つけましたよ、清二さん。お貸しした借金返してもらいましょうか、今すぐに!!」
部屋にいたのは千たち二人だけ。他の冒険者たちの姿は見えない。
これ幸いにと憤りを眼差しにこめて、ムーサーが清二に詰め寄る。
差し出した借金の証文は本物。わざわざ自腹切ってヤクザ者から買い取ってきたのだ。故に疑われる道理も無い。
しかし、証文をつき付けたのに千どころか清二すら動じない。二人並んで座ったまま、何事も無いようにじっとしている。
眉一つ動かさないその態度に訝りながらも、ムーサーはさらに声を荒げる。
「借りたお金どころか、言葉も返したくないというのですか!? 何か言ったらどうです!」
それでも二人は動かない。さすがのムーサーも、こちらを無視する非礼ぶりには腹立ちを隠しえず、
「こら、お前たち!! 下手に出てるからと付け上がりやがって! せっかく穏便に済ませてやろうと‥‥!! ‥‥!!」
興奮のあまり、最後はお国の言葉が出てしまう。それでも千たちは微動だにせず‥‥。
ようやく何かおかしいと思い出した二人の前で、千と清二の姿がゆらり薄れて跡形も無く消え去る。まるでそこには初めからいなかったかのように‥‥。
「幽霊?」
ぽかんと口を開くムーサー。そこへたまさか通りかかった女中が、二人の存在に気付く。
「あら、お客さんどうしましたか? その部屋にいた男女に御用事でも? 生憎ですが、お連れの方たちとつい先程裏口から出て行きましたよ」
「‥‥やられたな。魔法か」
不思議そうに声をかける女中に、浄炎は額を叩いて天を仰ぐ。いなかったように、ではなく、端からそこに二人はいなかったのだ。
そして丁度その頃、
「ファンタズムに引っかかってくれるといいんですけどね。効果時間がまだ短いのが少し心配です」
裏口から出て別の宿に入りなおした千と清二たち御一行。御丁寧に衣装や髪型もちょっとだけ変えて、ばれにくいよう変装していた。
そんな中でひむかは、宿に置いてきた幻影を思い、憂い顔を作っていた。
「ま、ばれたらばれたで、どんとこいよ! 私と清二さんとの仲を引き裂くなんて出来やしないんだから!」
変装と宿変えに追っ手の存在。旅の道中の疲れも合わさって清二の顔色は悪く、ふらふらと部屋に入るや倒れ込んでしまう。それを千はかいがいしくも看病し、いろいろと世話をしている。
「お姉さん、元気ですよね。私も少し体弱いから、強くしたくて冒険者になったんです。目的あれば人って変わりますよね?」
その様を見ていたひむかが、ふと口に出す。
「もし、お兄さんに変わって欲しい所があるとしたらどういう所ですか?」
「うーん、別にないわねぇ。体弱いとか博打好きとか欠点っていう人もあるけど、そういう所も全部ひっくるめて好きだし♪」
頬染めて笑う千。聞いてる方が惚気で当たりそうだ。
そんな千に微笑みつつ、勇は清二へと振り向く。
「博打が好きなのですか? では、あたしと賭けをせんか?」
賭け、と聞いて清二の身がぴくりと動く。
「勝敗はそうですね、‥‥あたしがあなた達と無事に神社に着けばあなたの勝ち、着かなければあたしの負け。あなたは今後の博打をかけて、あたしはこの刀と髪を賭けます」
どうです? と問いかける勇に、清二は難しい顔で考えていたが、やがてゆっくりと頭を横に振る。
「いや、それはさすがに止めておきましょう。髪は女の命。それを万一にも奪う事になっては大変です。それに‥‥」
「それに?」
誘惑に乗らなかった事に少しほっとしつつ、続く言葉に訝る勇。そして、それはある意味期待を裏切らなかった。
「賭け事はやはり金です! 借金も一緒に返せますし」
目を輝かせて力説する清二に、一同、唖然とする。‥‥これは根っからの病気らしい。
「聞き捨てならんな」
そこへ入ってきたのはようやく追ってこれた借金取り冒険者の二人。姿を現すや、浄炎が鋭い睨みを入れてくる。
「借財を博打で返すだと? 馬鹿も休み休みに言え。‥‥娘御もだ。そうやって庇う事がこの者の成長を妨げると‥‥性根の腐った者にしていると思わないのか?」
「それは‥‥」
口ごもる千。彼女を見た後、浄炎は正面から清二を見据える。
「お前もお前だ。賭け事に頼らず働く手段は、乳母なり家事手伝いなりいかようにもあるではないか」
「それが‥‥。病気移すと怖いから子の面倒は見させてもらえませんし、家事も食事するとやはり病気が云々で‥‥」
「喝!!」
もう笑うしかないとばかりの清二に、浄炎が怒鳴りつける。
「お前はいつまで娘御の負担となって生きるつもりか!! 男なら、いや、守りたい者があるのなら、相応の努力をしてみるがいい!!」
「しかし、難しい事を考えると、何かこう目の前が真っ暗になって‥‥‥‥バタンキュ」
「きゃーーー、清二さんしっかりーーーっっ!!」
いきなり泡吹いて倒れてしまった清二に、千が悲鳴を上げる。
急いで清二の手当てだ、医者だ坊主だと敵味方問わずにばたばたと走り回り、
そのどさくさに紛れて、ちゃっかり清二の具合がよくなった隙をついて、千たちは追っ手の手を逃れてたりする。
そして、旅は続く。
親父側の冒険者と追いかけっこを続けながらも、旅立って三日目、件の神社にたどり着く。
こじんまりとした神社に、一同揃って手を合わせる。これで後は帰るだけである。
そして、その日の真夜中。
明日からの旅路に備えて、早々と眠り込んだ彼ら。その中で清二は置きだすと、月明かりだけを頼りに部屋を出る。
そのまま厠を行くふりして、そこも素通り。宿すらこっそりと出てしまうと、後は一目散に通りを駆け抜け‥‥ようとして咳き込んだりしている。
ともあれ、向かった先は村外れのさらに外れ。そこにあった襤褸小屋からは明かりが漏れ、面の悪そうな男たちが出入りしている。そして、漏れ聞こえる声は‥‥、
「さあ、丁半はったはった!!」
「あらあら、彼女放っといて賭場遊び?」
「うわ、げほごほぐほがはっっ!!」
入ろうとした所を鈴奈に咎められて、清二は思わず咽び悶えて中からじろりと睨まれる。その冷ややかな視線に目で詫びを入れると、呼吸困難に陥っている清二を引き釣り、賭場から引き離す。
「博打は人を駄目にするわよ。止めておきなさい。‥‥本当に彼女を想うなら、彼女が喜ぶ事をしてあげないと」
「けどですねぇ。彼女に何をするにも資金は必要ですし‥‥」
「彼女の幸せと、賭け事とどっちが大事なんですか?」
「それは‥‥どっちも大事ですし、それに比べようなんてないじゃないですかとか‥‥。千だって別にいいって言ってくれてますし‥‥」
もごもごと言い訳する清二に、貴次は呆れるあまりに眩暈すら覚える。
「確かに、お千さんは今のままでもいいらしいですが。本当にこのままでいいと思ってるのですか? お互いを思えば、到底そんな結論でないはず! 帰りつくまでまだ日数があります。その間にどうするべきか、しっかり覚悟を決めていただきたい!」
「は、はい〜」
思わず苦言を口にする貴次に、なんとも情け無い声を上げる清二。そのまま倒れ込みそうな清二に、ひむかが傍に寄る。
「私、正直まだよく分からないのですけど、博打より野山での移り変わりや動物を見てる方がいいです。だから清二さんは楽しみを他で見つければいいと思うのです。例えば、香道は面白いですよ。私もまだ始めたばかりですけど、ほら、この袋には心を落ち着かせる香の元が入ってるんですよ」
はぁ、と気の無い返事をした清二だったが、
「‥‥分かりました。これを機に博打からは足を洗ってみます」
毅然と顔を上げるとそう宣言する。その言葉にほっとした冒険者達だが、
「ですから、今夜がやり収めと言う事で!!」
「だーめーでーす!! それじゃ意味無いじゃないですか!!」
賭場に向かう清二の身を、皆で押しとどめる。すぐ寝込む癖に、やけにこういう時だけ力強い。
「ああ、清二さん! 清二さんですね?」
「そ、そうですけど? 何か?」
そんな折に、賭場の方から慌しく男が駆けつけてくる。訝しむ清二に、上がった息を無理矢理静めながら花東沖竜良(eb0971)は口を開いた。
「実は、お千という娘さんが暴れ馬に蹴られたそうなんです」
「な、何だって!!」
「それで大怪我を負ってしまい、うわ言であなたを呼んでいるんです。何故、ここの場所が分かったかといえばあちこち聞き歩いたからで、もう夜だからそんな人もいなくて大変で‥‥」
「千ーーーー! 大丈夫かーーーー!!」
最後はしどろもどろになりながら言葉を紡いでいた竜良。
すべては口からでまかせの彼の演技。ばれやしないかと冷や冷やしていたが、相手は気付く前に宿の方へすっ飛んでしまっている。
「やっぱり。最後の最後はお千さんを取るのでしょうかね?」
予想もしてなかった勢いで走る清二を見送りながら、貴次がどこかほっとしたように告げた。
「やるねぇ、あの青瓢箪」
駆けていく清二の後姿を見送り、御堂鼎(ea2454)は短い口笛を吹いてはやし立てる。その隣では、千の親父が難しい顔つきで唸りながら清二を見ていた。
本人はこっそり隠れてついてきたつもりのようだが、所詮素人仕事。当たりをつけて探せば簡単に居場所は分かった。後は甘言と小芝居で丸め込み、ちゃっかりこれまでの道中、鼎は親父と共にいて千たちを見守っていた。
「しかし、今までを思うとやはり‥‥」
「確かに、これまでの道中いろいろあったさね。けど、何も出来ずにいたように見えるのは素人さ。ここ一番って時に隙を作り、切り抜けていっただろう。腕に覚えのあるうちから言わせてもらえれば、そんな青瓢箪の働きがあったからこそ、周りの者の働きが導かれたのさ」
(「我ながら詭弁だけどね」)
唸る親父に、鼎はさらに告げる。こっそり浮かんだ胸の内は、勿論口には出さない。
「思いだって、十分あるんだ。もっとよく考えてやってもいいんじゃないか?」
艶っぽい笑みを浮かべて、親父に尋ねる。親父は唸り続けたままふらりと歩き出す。
方角からして千たちの様子を見に行くのだろう。ここは少し考える時間を与えた方がいいと、その姿を見送る鼎に、竜良が声をかけた。
「どうするんでしょうか、あの人?」
「さあね。それは親父さんが決めればいいんだよ」
訊ねる竜良に、鼎は肩を竦めて見せる。
「何にせよ、かけがえの無い親子なんです。お互い末永く、幸せになって欲しいですね」
微笑んで告げる竜良に、鼎はひとまず笑って答えた。
そして帰りの道中。千が無事と知った途端に清二が高熱出してぶっ倒れたりもしたが、それでもどうにか無事帰宅。
「さあ、おとっつぁん! これで清二さんたちとの仲を認めてくれるわね!!」
「いや、そのしかし、だな‥‥」
迫る千に、なおも渋る親父。そんな彼の肩を浄炎が重く叩く。
「約束ならば致し方あるまい。認めて支えるも親の務め。これからは至らぬ点を鍛えてやればよい」
しみじみと告げる浄炎に、がっくりと親父は肩を落とし、悲しみを払拭するかの如く差し出された酒を一気に飲み干す。
かくて、千と清二の仲を取り持ちこれにて終了。ただまぁ清二の病弱体質は治りそうも無いし、博打好きもいつまで遠ざけていられるか、だ。
なお、冒険者達が借金取りから買い上げた証文だが、そのままでは返済等も大変だし、肩代わりさせたままなのは今後の清二の為にもよくはない。という事で、方々から金を集めて全額返金してもらった。
それでも、今回の証文はまだまだ一部でしか無いというのだから‥‥案外大変かもしれない。