狼たちへの復讐を

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2006年03月04日

●オープニング

「無礼者が!!」
 一喝と共に、白刃が閃いた。
 ぱっと鮮血が地面を濡らし、音を立ててその相手は倒れた。
 通りは陰惨な現場に対する悲鳴と、倒れた男に対する喝采が渦巻いた。
 斬ったのは新撰組四番隊組長・平山五郎。斬られたのはその界隈では有数の商家の旦那。
 元々小さな呉服屋を営んでいた商家だが、その旦那に実権が委ねられてからこの数年。瞬く間に一流の店にまで発展した。勿論その裏にはかなり強引な事もしてきたに違いない。実際、同業から評判は悪かった。
 そして、今日。その店にだんだら羽織も威圧的に新撰組が乗り込んできた。
 要求は組への献金。強引な手腕でのし上がってきた店の旦那は、たびたび胡乱な輩に金を払い、他の店を威圧していたりしていた。そのような金があるのなら、京都の街に働く新撰組にも献上あってしかるべきでは無いかと。
 だが、それを旦那は突っぱねた。新撰組をあてにするよりかはその金を自身の用心棒たちに回した方が、よっぽど身の安全を図れるからと。
 その物言いや態度が気に入らなかったのだろう。口論となったのも束の間、旦那は斬られ、そして息を引き取った。
「それで、お内儀。あなたもまたこの愚かな亭主と同じ考えをお持ちか? 多少の金を惜しんで命を失うのは馬鹿だと思うが?」
 刃から血をしたたらせたままで、平山が問う。
 女性は血色を失っていく旦那を震える目で見つめていたが、やがてその瞳を閉じると番頭にお金を包むよう申し渡した。

「‥‥あの人が斬られたのは、ある意味自業自得。いつかはこうなるだろうとも思っていました」
 喪服の女性は冒険者ギルドに現れ、事の次第を物語る。旦那に死なれて悲しみの表情を浮かべているが、同時にどこかほっとしたような表情も作る。
 葬儀を行えば弔問客は多かった。が、その半数ほどは泣いた影でざまぁみろとせせら笑う。また弔問客と同じぐらいの数だけ、祝杯を挙げた人も多かった。
 しかし、純粋に旦那の死を悲しんだ者だっている。その筆頭が身内である息子・亜一郎だった。
「あんな亭主でしたが亜一郎の事だけは昔から目の中に入れても痛くない程可愛がっておりました。息子もそんな父を大変慕っていたのです」
 成人してからは旦那について店の手伝い。父の強引な手腕も生き馬の目を抜く商いの世界では仕方ない事だと告げる程。
「そんな息子ですから、父の死を大変悲しみ‥‥。そして、事もあろうに斬った隊士に復讐するのだと家を飛び出してしまいました」
 新撰組といえど、その腕前は千差万別。それでも組長となれば相当な腕前を備えているのは確か。
「そんな方に手を出した所で、逆に斬られるのがオチ。‥‥お願いします。どうか、息子が馬鹿な事をしでかす前に探し出し、もうそんな真似はやめて家に戻ってくるよう説得していただけませんか」
 旦那に続き、息子まで失うのは御免です。
 ほろほろと涙を流しながら、女性はその頭を下げた。

●今回の参加者

 ea2448 相馬 ちとせ(26歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1133 ウェンディ・ナイツ(21歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1313 椿 蔵人(59歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 eb2007 緋神 那蝣竪(35歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3936 鷹村 裕美(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レイクス・フォルティーノ(eb1100)/ セシェラム・マーガッヅ(eb2782

●リプレイ本文

「復讐ねぇ‥‥。まぁ、誰に憎まれようと子にそこまで慕われたなら旦那も本望だろうて」
 しみじみと椿蔵人(eb1313)が感じ入ったように告げる。
「それにしても、新撰組。商家から金を巻き上げ、受け入れらぬなら斬り捨てるとは。まるで押し込み強盗ではないですか! 壬生の狼、どころか、野良犬ですね!」
 話を聞いて憤りを覚える相馬ちとせ(ea2448)。久方ぶりに京へと戻る彼女であってもそう思うのだ。長く京に留まり接してきた者はさらにどう思うのやら。 
 特に昔から京を守ってきた志士や侍にとって、新参者の新撰組を蔑視する者は少なく無い。
 新撰組の中でも、局長・芹沢鴨を扇ぐ一派はさらに行動が苛烈で、周囲とよく衝突を起こす。四番隊組長・平山五郎は、その鴨と新撰組が出来上がる前からの知己であり部下である。
「問題はその息子・亜一郎がどこにいるかよね。復讐を誓っているとなると仇の近くにいるのかしら? 平山さんの行動は概ね屯所に商家街、そして‥‥花街、ね」
「屯所近辺に近付くのは勘弁して欲しいな。俺が監視してると見付かったら、即戦闘になりかねん」
 くすりと微妙な笑みを浮かべる緋神那蝣竪(eb2007)に、蔵人は嫌なものを振り払うように首を横に振る。
「何にせよ! 復讐なんてするものじゃない! どうにかして止めないと!」  
 決意の強さを拳に込めて、鷹村裕美(eb3936)が力強く一歩を踏み出す。
 が、その足元に段差。気付かず、無造作に出した足は宙に浮いた。そのまま体制を崩し、すってんころりん。裕美は見事に尻からひっくり返る。
「大丈夫か?」
「大丈夫! というか大丈夫だから、今のはほんのお茶目な冗談という事で忘れて欲しい!!」
 呆れながらも心配する神楽龍影(ea4236)の前で、裕美は立ち上がると真っ赤になりながら一生懸命を弁明を繰り返していた。

 そんな龍影と裕美が向かった先は壬生の屯所。
 来訪とその理由を告げると、待つ事しばし、平山が現れる。
「久方ぶりにございます。平山殿」
 以前会った事もある龍影が礼に習って挨拶するが、平山は答えず二人と向き合う。
「それで、用件は何だ?」
「ええ‥‥。単刀直入に申しませば、平山殿のお命を狙う方がおいでです」
「ほぅ」
 平山の目が細くなる。さも面白い事を聞いたぞと言わんばかりに笑みを浮かべると、
「そう言うからには、その相手に心当たりがあるのだろう」
「それは‥‥。ただ、私たちはその相手を無傷で捕らえたいのです」
 亜一郎の名前を迂闊に出す訳にもいかない。戸惑いながらも、裕美はそれだけ告げると、精一杯に頭を下げる。
「相手の剣の腕前は未熟もいい所。命の危険も感じぬような素人であります。平山殿にご迷惑はお掛けせぬ故、何卒、その者を捕らえられるよう、協力していただけませぬか」
 龍影も礼を尽くして、協力を仰ぐ。 が、平山の言葉は実にそっけなかった。
「訳も分からず、ただ賊を捕らえる手助けをしろと? ずいぶんと虫のいい話だな」
 鼻で笑い飛ばすと、平山が立ち去る気配を見せる。
「お待ち下さい‥‥!?」
 慌てる龍影だが、それを平山が気配で制す。
「命を狙われるなど今に始まった事でもない。死を惜しむ命でも無い。だが、向かってくる者を見過ごす程お人よしでもない」
「それでは!」
「お前たちが何をしようが関係は無い。しかし、刃向かう者がいるなら斬り捨てるまで。殺すつもりで来る以上、殺されても当然だろう」
 言うが早いが、龍影たちの帰りを触れて回る。そうあってはこれ以上長居する訳にもいかない。
「どうするんだ?」
 気重に肩を落とすと、裕美は隣に尋ねる。 
「関係ないといった以上、こちらに口出しはしないという事でありましょうな。亜一郎殿が無茶をするまでに見つけて取り押さえればよいのですが‥‥」
 ただし、対処が遅れれば容赦はない。亜一郎を生かすも殺すもどうやら冒険者達のがんばり次第になりそうだ。

 協力は断られた為、龍影、裕美、そして蔵人が平山を遠くから監視。残り三人は界隈を捜索して、亜一郎の行方を掴もうとしていた。
 周辺を残る残る三名が捜索するが、亜一郎の姿は見えない。まぁ、屯所周辺壬生の狼達の巣窟だ。さすがの彼もここで事を及ぶ危険ぐらいは認識出来よう。
「でも、それらしい人がうろついてたのを見た人がいたわ。怪しいので新撰組に知らせようか迷ってたから、適当にお茶を濁させてもらったけどね」
 軽い口調の反面、那蝣竪の表情は堅い。
「今の所、怪しい人影は見つけられませんね」
 目と耳を生かしてウェンディは辺りに気を配る。物陰からか雑踏からか。とかく、どこから凶行に及ぶか分からない。
「話を聞いて回ると、ここら辺でも見たって人はいました。その人が花街に出掛けた時にも見たというお話でしたから、きっと仇の傍を離れずにいるんでしょうね」
 ちとせも重い息を吐く。
 その仇は朝の稽古を終えると、屯所から出て商家の並ぶ表小路を隊士数名連れて、練り歩く。大きな店に入ってはいろいろと包みをいただいて袖の下を膨らませる。
 その中身が何かは想像に難くない。ちとせを始めに不快そうに顔を背ける者もいる。
「襲撃は花街に向かわれてからになりましょうか。人目もある昼日中に仕掛けて来るとも思えませぬし」
 警戒されぬよう、市女傘を目深に被って女を装い、その影から龍影は告げる。
「とはいえ。亜一郎の奴も頭にきてるようだから。こういう奴は何をしでかすか、さっぱり分からん」
 剣の心得も無いのに、壬生狼に刃向かおうと考える時点で無謀もいい所。徒党を組んだ様子も無い以上、自暴自棄になっているのかもしれない。
「あれ、そういえばこの道‥‥」
 平山の後を追いながら、ちとせはふとその事に気付く。そこは亜一郎の父親の店があった所だ。
 もしや、と案ずる危惧は正しく、平山たちはその店の戸を叩く。
 喪中とあって店は閉めていたが、人はいた。中から出てきたのは母親だった。
「あの、この度はどのようなご用件で?」
 遠目から見ても青くなりながら、母親が恐る恐る聞きただす。直接答えず、平山は袂に手を入れると、
「香典だ。受け取れ」
 黄金の枚数が音を立てて地面にばら撒かれる。無造作に投げ与えられたそれらに、母親はさらに青褪める。周囲で成り行きを見ていた人たちも、事の顛末を知る者は勿論知らぬ者ですらただ絶句して立ち竦む。
 その中で、
「っざけるなああああーーー!!!」
 狭い路地裏から、一人の青年が飛び出してきた。手には抜き身の刀。呆然と立ち竦んでいた人々は次に起きた事態に頭がついていかず、人の林の中を青年は最短の距離で詰め寄り平山に斬りかからんとする。
 平山は動かなかった。それより早く隊士たちが身構え、刀を抜きかける。
「待て!」
 組長の制止に、隊士たちは一斉に抜刀の動きを止めた。刀を抜き切る前に、飛び出してきた冒険者達が亜一郎を押さえ込み、新撰組との間に割って入っていた。
「畜生! 何なんだ! お前らは!!」
「落ち着いて下さい。怪しい者ではありません」
 押さえ込みながら龍影が亜一郎を宥めるも、相手は聞く耳持たない。
「その者が探していた者なのか?」
「そうだ。そして御覧の通り、企みは失敗した。あなたも無事ですし、今回はお見逃しいただきたい」
 暴れる亜一郎は他の者に任せ、彼を庇うように裕美は立つ。問われてどう答えるか迷ったが、裕美はきっぱりと告げて嘆願した。
「ふざけた事を! 我らに刃向かってただで済むと思っているのか!!」
 他の隊士たちがいきりたち、刀へと手が伸びる。よもやの事態に備え、ちとせもストーンアーマーの詠唱が出来るよう身構える。
「行くぞ」
 しかし、実にあっさりと平山は踵を返し、そのまま歩き出す。驚き慌てたのはむしろ隊士たち。だが、組長の指示には逆らえない。渋々と刀から手を離し、その後に従い離れていった。
 ――ただし、最後に冒険者達へ一瞥くれるのは忘れない。
「ありがとうございます」
 おもわず礼を述べた裕美だったが、
「なぁに。茶番だが楽しめはした。その礼だ」
 あざ笑うように目を細めると、それからは一顧だにせず新撰組たちは立ち去っていく。
「畜生! 離せ! 離しやがれ!!! 親父の仇を!!」
 それを良しとしないのは亜一郎ただ一人。殺意の篭った眼差しを浅黄色に映える誠に向けて、冒険者達を押し返そうとする。
「聞く耳無いようですね。どの道、ここで話も出来ませんから、大人しく場所代えに付き合って下さい」
 困ったように目を閉じると、ウェンディは亜一郎の急所を打つ。呻いて気を失った彼を、とりあえずは店の中へと運び入れ、冒険者達は店の扉を閉めた。

 心配する母親を説得すると、冒険者と亜一郎だけが奥の部屋に残った。
 やがて、目が覚めた亜一郎だが、それからの荒れっぷりは相当なものだった。ただ、そうした激情は長続きもしない。やがて悔しさを滲ませて泣き出した彼に、裕美が落ち着いて話し合うよう言葉をかける。
「あなたが死んだら母親が悲しむだけ。もう彼に手を出そうなんて考えるな」
「じゃあ、親父の無念は誰が晴らすんだ!! あいつら相手じゃ役所だって動いてくれない! あんたらならどうにかしてくれるのかよ!」
 柔らかく諭す裕美に、亜一郎はきつい眼差しを向ける。
「仇討ちに臨むお気持ちは分かりますし、その心がけは非常に立派だと思います。けれど、貴方の腕では返り討ちに遭うのが必須。お母上も心配しておられます。どうか、もう家にお戻り下さい」
 今にも食って掛かりそうな亜一郎に、ちとせは言い聞かせるように告げる。
「何より、お亡くなりになったお父上が、その様な事を望みましょうか?」
「ああ。恩は売って倍で取り立て、売られた仇は面倒になる前に何をしても叩き潰せが心情だったからな」
 きっぱりと告げる亜一郎。‥‥店主、嫌われるはずである。
「けれど、自棄になって貴方までもが横死する事になればどうなります? 残酷なようですけど、今回の件は質の悪い狂犬に噛まれたと思うしか‥‥」
 言った途端に、ちとせの胸倉を亜一郎が掴み上げた。
「そうやって、あいつをのさばらせておくから親父が死んだんじゃないか! 犬だって!? 上等じゃないか! そんな狂犬なんざ死んで当然だろうが!!」
「おいこら、落ち着け」
 容赦の無い力で締め上げてくる亜一郎に、見かねて蔵人が割って入る。幸い、亜一郎もそこまで本気で無く、すぐに手を離すとふてくされたように座り直す。
「気持ちは皆同じよ。でも、考えてみて。あなたが敵討ちをしたらどうなると思う? その咎はキミだけじゃなく、父親が作り上げてきた店にまで及ぶのよ」
 那蝣竪の言葉に、亜一郎は怯えるように震えた。
「そうです。今回私たちに亜一郎さんを探すよう依頼してくれたのは母君です。貴方が父親を亡くして悲しいように、母親も悲しんでいます。その上で、貴方まで亡くしてしまったらどうなるのです? 母親にも今の貴方と同じ気持ちを与えるおつもりなのですか?!」
 口調を強めてウェンディが告げると、那蝣竪も同意を示す。
「さらに今日、それが彼女の目の前で行われる所だったのよ。今もそうならないか、キミを案じる母親の気持ち‥‥彼女の行く末は誰が支えてあげるの?」
 そして、亜一郎を正面から見据える。
「キミが捨てようとしているものは命だけじゃない。それよりも父親を越える立派な男になる事。それが何よりの供養であり、理不尽な暴力への見返しとなるんじゃないの」
 言って寂しそうに笑う彼女を怖れるように彼は見つめ、そしてきつく唇を噛み締めて俯く。
 握った拳に落ちる水滴に気付き、蔵人が優しく彼の肩を叩く。
「商人が刀を抜くもんじゃねえ。刀で復讐するのは、人斬りの役目だ。息子のあんたが刀で復讐したんじゃ、商売人のオヤジさんも浮かばれねえよ。商人は商人らしく、商売で仇を討ちな。――あんたはあくまで商売人でなきゃ駄目さ」
 肩に置いた手から彼の震えが伝わる。見守る冒険者達の前で、長い間、亜一郎はただ泣き続けていた。

 泣いて泣いて。それで怒りも流れたか。亜一郎は商売人として大成するよう、家に戻ると告げた。
 安心して今度は母親が泣き出すのを彼に任せ、冒険者たちはそれぞれの家路につく。
 その中で、龍影は平山を探すと彼と向き合っていた。
「私は平山殿を尊敬もしておりまする。故に、金策も手打ちも批難する気はありませぬ。ですが、世間や近藤派の方々は、そう見ておりませぬ。私は平山殿の身が心配に御座います」
「何かと思えば。結局は釘刺しか。詰まらん奴だな」
 だが、その忠告を平山は一笑に付した。
「世間の噂も近藤局長たちの思惑も関係ない。私はただ鴨さんに従い、それ故に組の為に動く。その邪魔になるなら、相手がたとえ神でも仏でも斬り捨てるだけだ」
 話はそれで終わりだと、平山はさっさと去っていく。その後姿を複雑な心境で龍影は見送った。