●リプレイ本文
寺田屋は冒険者がよく足を運ぶ。利用した事の無い冒険者でも、名前ぐらいは耳にした事があるはず。
その寺田屋が春に備えて新しく料理を増やしたいと言う。ついてはどんなのを出すのがいいか、利用頻度の高い冒険者達に意見を述べたいというのだが。
「願ったりも無い事だねぇ。酒の種類が増えるってんなら、幾らでも協力させてもらうよ」
満面の笑みを浮かべて剛毅に言い放つのは御堂鼎(ea2454)。その喜びように、御意見伺いを女将から命じられた寺田屋の店員の方が困った顔をしている。
「いやぁ、でも。今回はあくまで御意見聞きって事なんで、本当にそういう品をお出しするかどうかは女将さんや板長たちの意見も聞かなくちゃいけませんし‥‥」
「分かってるって。けどねぇ、やっぱりいい機会には違いないだろ? ここは一つ、京の酒好きたちを唸らせるような春の品書きを用意してやろうじゃないか」
勢い込む鼎に、係員は頼もしいものを見るような、でも暴走されたらどうしようかなーと言いたげなような微妙な眼差しを見せる。それでも笑みを絶やさないのは、さすが商売人という所か。
「でも‥‥。よく考えたら、私、ジャパンの料理って殆ど知らないのよね」
首をかしげ、トリスティア・リム・ライオネス(eb2200)は困ったように告げる。
「ジャパンの料理は見慣れないものばかりだけど、美味しいし‥‥。最近食べて印象に残ったものでもいいのかしら?」
「ええ、構いませんよ。あ、でも。よそ様のお店で出されたその店独自の料理とかはさすがに駄目です。味を盗んだってなると、一悶着起きてしまいますし、うちの信用も落ちてしまいますからね」
妙に生真面目に答える店員に、トリスティアは逆に笑い出してしまう。
「そういうのではないわ。えっと‥‥確か竹の子だったかしら? 若竹煮って言うのが美味しかったの」
「筍の若竹煮っすか。確かに美味しいっすよね〜」
記憶を探り探り、料理を提案するトリスティアに、太丹(eb0334)も大きく頷く。
「ですわよね? 主食じゃないんだけど、いいんじゃないかしら?」
どう? と眼差しで問うて来るトリスティアに、大丈夫と店員が頷く。
「構いませんよ。主食と後一品とか、大勢で来て小皿をたくさん頼んで楽しむとか出来ますしね」
「酒のつまみにも出来るしね」
にやりと鼎が口を挟む。
「自分、筍なら刺身がいいっす! 新鮮な筍を薄く切って、醤油をつけてサクサク、コリコリ。あー、考えただけでも涎が出るっす〜〜」
「刺身ですか〜。確かにいいですよね〜」
へらっと顔を崩して喜ぶ丹と店員。だが、店員はその顔を真面目に戻すと、申し訳なさそうに告げる。
「けれど、刺身となると本当に新鮮な、それこそ掘った直後ぐらいじゃないと駄目ですよね。時間が経つとえぐみが出てきますから。何時出すか分からない料理を、鮮度を保って置いておくとなると、結構手間が出てくるかも‥‥」
そして、その手間が料金にかかってくる可能性があるという訳だ。
「後、筍の旬はやはり初夏ですから。確かにそろそろ出回る種類もありますけど、やっぱり手に入りやすくなるのはもうちょっと後でしょう。
ま、女将さんの事だから、出すと決めたらどんな手を使っても仕入れてきますでしょうけど」
陽気に笑う店員。――微妙に、女将が聞いたら怒りそうな評価でもある。
「確かに。試食用を作る為に、昨日食材調達などいたしましたが、手に入らない訳でもないのですしね。‥‥、それで、今はとりあえず皆様の案をお料理にして並べてありますので、試食するのでどうでしょう?」
「試食! いいっすね〜〜〜♪」
小都葵(ea7055)が告げると、丹が目を輝かせている。
「喜ぶのはいいけれど、私の手作りだから味はちょっと保証しかねるわよ。‥‥お店の人に作ってもらえたらよかったんだけどね」
「そうですわね。まぁ、お忙しいというのは分かりますので仕方の無い事ですけど」
苦笑する花東沖総樹(eb3983)に、大宗院鳴(ea1569)もおっとりと似た表情を作る。
試食用を作って振舞う。とはいえ、それを作る人は大事である。寺田屋の板場で頼んで作ってもらおうと考えていた二人だが、そもの仕事が疎かになるようでは問題なので、遠慮してもらうよう言われてしまった。とはいえ、店の為にやってくれているというのでいろいろ助言はしてくれたが。
家事を一応専門にこなせる葵が他の人も手伝って、用意された卓の上には冒険者たちが考えていた料理の品数が揃う。
「私は食べるのが専門ですからね。作るなんていたしませんわ」
「ええ。筍は私も考えてましたから、ついでといっては何ですけど作ってみました」
妙に胸張って答えるトリスティアに、葵が微笑しながら料理を示す。
「それで、私が考えたのは桜御飯、木の芽和え、菜の花の三味和えですね。
ご飯は、炊く時に色付けで紅花を使って桜色に染めてみました。具に、味付けした春の山菜や筍を混ぜてます。
和え物はこちらが木の芽和え。筍と木の芽を酢味噌で和えてます。菜の花の三味和えは、山椒、麻の実、山葵を摩り下ろして刻んだ柚子皮、御醤油、酒、味醂で溶き、切った菜の花と和えてみました。
ちゃんと灰汁が抜けてるかが心配ですけど‥‥、このお味を店で出す訳じゃないですよね?」
「大丈夫ですよ。十分美味しく出来てます。それに店で出す時は板長が料理するんでご心配なく」
恐る恐ると訊ねる葵に、口に運んだ店員は率直な意見を述べる。
「ご飯ものでいえば、わたくしは鯛めしをご用意させてもらいましたの。巫女をしておりますから、お祝い事や神饌に関連するお料理をご提案したかったですしね」
鳴が軽く肩を竦めておどけて見せる。
「鯛は、めでたい席での定番ですけど。今の時期に瀬戸内で取れる魚ですし、悪くは無いでしょう? 生でも日持ちしますし、干しても食べられます。出汁は鰹でとりました。春鰹もいいですよね。両方ともお祝いごとには欠かせない魚ですし」
説明を聞きながら、店員もまた大きく頷いている。
「瀬戸内の桜鯛は絶品ですからね。身もしまって味もよし。なもんで、そこらの料理店でも目をつけるんで、この時期はこぞって奪いあいになったりもするんですよー」
「ご心配なく。商人の方に頼んで、流通経路は押さえてます。もし、出していただけるなら御紹介させていただきますよ」
抜かりの無い鳴に、店員は驚くやら感心するやら。
「けれどまぁ、祝い席の料理はありますし、定番ものですから早々あれを変更するのも難しいかな〜。でも鯛めしなら普段の料理で出してもいいですからね」
「別に誕生日でなくても、毎日が何かのお祝い事でいいんじゃないでしょうか」
言いにくそうにしている店員だったが、鳴は気にする事無く小首を傾げている。
「で、私が用意したのは、蓬麩と旬の炊き合わせに、桜の塩漬けのお吸い物。そして、桜茶。‥‥本当はもっとあるけれど、考えに考えてこれだけに絞ってみたのよ。春のお料理って本当たくさんあるわよね」
ふぅ、とため息をついて総樹が告げる。
「春に欠かせないものと考えて、結局これらにしたんだけど。
京都って麩が盛んよね? 蓬も旬だし、蓬で作った麩と旬の野菜、ね。筍と蕗をお出汁で炊き合わせたものよ。家庭料理っていう感じもするけど、蓬麩がちょっと色を添えていい感じにならない?
桜の塩漬けのお吸い物と桜茶は、どちらも八重桜を塩漬けしておいたものを使うの。お吸い物は蛤と飾りの春菊。それに塩抜きした桜の塩漬けを乗せるの。簡単でしょ? 桜茶は、塩漬け桜の塩抜きして、お湯やお茶に浮かべたるの。透き通って綺麗よ。そういえば、これらもお祝い事に使ったりするわね」
言いながら、総樹が気付いて鳴の方を振り返る。鳴は微笑しながら頷くのを見て、安心したように視線を戻した。
「ま、春といったら桜よね。うちの湯屋でも売り出しちゃおうかしら」
考え込む総樹に、店員は微笑を漏らす。
「ち・ち・ち。皆、まだまだ甘いねぇ」
人差し指を立てて横にふると、軽い口調で鼎が口を挟む。
「いいかい? 寺田屋はあくまで『酒場』なんだよ。酒場で酒を出さない、ってのは妙な話だろう? だから、うちが用意させてもらったのはこれだよ」
どんと漆塗りの大盃を並べると、そこに並々と酒を注いで回る。
「都合三種あるけどね。まずこっちのが、皮はいだ桃の果実を酒に漬けたものさ。桃の芳香と酒の芳醇さが相まって、呑む者の胸をくすぐるだろ? ただし、ある程度の期間、酒に漬けておかないと桃の香りが酒に出やしないんだ。今から作るには時間がかかるさね。
なもんで、代替として果汁を酒で割ってみたのがこっち。酒は冷酒のがよさげだね。‥‥桃ってのは邪気を払うって言うし、縁起もいいだろ?」
片目を閉じて艶然と笑う鼎。店員が頷くのを見てから、さらに別の杯へと手を伸ばす。
「こっちの品書きは単純なもの。総樹の桜茶が酒に変わっただけさ。なんで、味は酒そのものと変わりがないよ。
でも、酒を呑むのに味わうは必ずしも舌からとは限らない。春の趣、雰囲気、風雅を是非とも呑んでもらいたいってもんだよ。
夜に飲めば、水面に映す月を桜の花びらが隠し、それはまた春めいた朧月夜。一人で酒に映した己をつまみに呑むもよし。向かいの相手を映し水面に漂う花びらを桜吹雪に例えるもよしさ」
さらに銚子には桃の花のついた枝までさしてある。酒好きだけに、徹底的に拘ったようだ。
「名前もちゃんと考えてあるよ。桃の酒が『桃源郷』で、桜の酒が『朧宵』。朧宵にはなるべく透明度の高い酒を使うのがいいだろうね」
なるほどと、頷きながら店員は盃を煽る。
「桃の方は女性向けって感じですね。代用品といってましたけど、香りもいいですし飲みやすいのでは。桜の方は、風流ですし。いいんじゃないでしょうか」
そして、店員は試食の並んだ卓をもう一度見渡す。
「思ったよりもいろいろ品数が出ましたねー。女将に報告するのが楽しみになりましたよ」
満足至極で喜ぶ店員。しかしその陰で、不気味に笑う影が一つ。
「ふふふふふふ。店員さん、これで終わりじゃないっすよ。今、ここに全品で揃った訳っすね。――って事は、後は皆で試食っす!!」
しゃきーんと、箸を掲げて格好を決める丹。なかなか様になってるが、よくよく考えなくてもそこまで気合入れる理由が分からなかったり?
「うん、そうよね。皆で試食してもう少し感想言い合っても楽しいわよね」
総樹もその意見に賛同するが、
「そうっすよね? んではいっただきまーーーっすっす!!」
「あ、早いですわよ! 待っていたのは太さんだけじゃないんですからね」
しっかり挨拶したかと思うと、丹が早速とばかりに次々と箸を付けていく。遅れてならじと、鳴が慌てて他の人にも箸を配って回る。
「あの、『皆で』試食、ですから‥‥」
「いーじゃないか。喰いっぷりがいいのは見てて気持ちいいだろ」
遠慮がちに葵が告げるも、丹の食べる速さは衰えず。無敵に独走まっしぐらなのを、酒飲みながら鼎が笑って見ている。
「ホントなら、ここで祖国イギリスの料理を薦めたい所なんだけど。ジャパンの料理と比べたら、勝てそうも無いのよね」
試食を楽しみながらも、残念至極と息を漏らすトリスティアに、店員も困惑顔をしている。
「勝つとかそういう勝負事じゃないんですが‥‥。外国の料理にだって日本には無い魅力が一杯詰まってますしね。酒場には外国の方も訪れますし、お出しできたらいいんですけどねぇ」
ただ、それを日本で披露するとどうしても金の問題が関わってくる。寺田屋も商売である以上、それを考えねばならないのが辛いところだ。
「それにしても。ご飯ものに、汁物、おかず数種に飲み物ですか‥‥。全部というのは無理でしょうし、女将もどれを選ぶか迷う所でしょうね」
次々と減っていく料理に目を向けながら店員が女将を思う。葵が、その事なんですけど、と声をかけた。
「皆さんの案を纏めて、御膳とか定食にして出すというのはいかがでしょう? 例えば花時御前とか」
箸を咥えたまま、店員がぽんと手を打つ。
「なるほど、そういう手もありましょうね。分かりました、女将に伝えておきます」
誰かさんのおかげで残り物も無く、綺麗に皿は片付く。
食べた後は後片付け。
試食の際の感想をあれこれ言い合いながら、それを終えると、改めて冒険者たちに店員は礼を述べる。
「本日は寺田屋の為に貴重な時間を割いていただき、真にありがとうございました。今後もよりよい店を目指してがんばりますので、御愛顧の程よろしくお願いします」
「勿論っすよ。出入り禁止は嫌っすよ〜」
半ば本気で怖れながら告げる丹に、店員は穏やかに笑みを見せる。
「大丈夫。御代さえきっちり払っていただけるなら、幾ら食べても構いません」
‥‥多分、そうだろう。店の食料全部食べたら話は別になるかもしれないが。
「こちらこそ、女将さんによろしく。料理決まったら早く食べさせて下さいね」
店員を見送りながら、鳴はしっかり声をかける。店へと戻る店員の足取りは軽く、女将にいい報告ができるに違いない。
もっとも、それから料理が採用されるかはまた別の話。