●リプレイ本文
●会場跡にて
「意外と‥‥片付いていますね」
レジエル・グラープソン(ea2731)は拍子抜けした声を上げた。危機的なほど汚れていると言うから掃除に来て見れば、開港祭会場跡はそこまで散らかってはいなかったのだ。日頃世話になっている街に少しでも恩返しを、と意気込んできたはいいが、大いに肩透かしを食らった形である。
それもその筈。屋台や舞台装置などの大物は、祭事が終わったら回収し、次の機会に備えて保存しておくのが基本だ。そうすれば、次回は補修等の必要最低限の作業で済む。商人は無駄を慎むものなのだ。
「まあ、何処かに破棄された屋台の残骸だとか飾り付けた置物とかあるだろ」
肩を竦めたのはジョシュア・フォクトゥー(ea8076)。表向きは綺麗に見えても、何かしらの作業はあるはずだ。そう言って男は辺りを見回す。折角気に入ったこの街、どうせ住むなら綺麗にしておきたい。暫く居座るつもりのジョシュアである。
「こっちにガラクタの山がありましたよ」
ふわり、とシャクリローゼ・ライラ(ea2762)が舞い降り、手招きした。シフールである彼女は、全体の進行を確認すべく上空から監視飛行を行っていたのだ。
「‥‥行こう」
短く呟き、近藤 継之介(ea8411)が歩みだす。彼は生ゴミの処理から手をつけようと近辺を探していたのだが、やはり会場におけるその手のゴミは商人たちが処理していたようで見つからなかったようだ。
一同はシャクリローゼの案内で、会場より少し離れた建物に辿り着いた。その前に、粗悪なつくりの屋台や、打ち捨てられたと思しき看板、壊れかけた舞台装置など置かれている。どうやら商人ギルドの倉庫のようだ。
「ん? なんだい、あんたらは」
商人ギルドの関係者だろうか。佇んでいた男が、一同を見やる。
「失礼ですが、このガラクタの山は‥‥?」
レジエルの問いに、男は頭に手を当て、参ったそぶりで答える。
「開港祭に便乗して、あぶく銭を稼ごうとした奴らの屋台が結構あってさ‥‥奴ら、逃げ足だけは速くてな。残ったこれををどうするか、困ってたとこなんだ」
その場凌ぎの粗末な作りだけに、倉庫に仕舞って再利用する訳にも行かない。かと言って放置する訳にも。かくして、倉庫前に不届き者の置き土産が溜っていったらしい。
「ふぅん‥‥ま、丁度いいかな。あたいらにまかせときなよ」
キウイ・クレープ(ea2031)が答えた。こうして見つけてしまった以上は片付けてやるのが仕事だ。マイペースな依頼人は、掃除する場所の指定などしなかったのだから。
「ありがてぇ。それじゃ、頼んだぜ?」
手を上げ、男がその場を離れる。難題を只で片付けてくれるのだから、これは儲け物だ。願ったり叶ったりの展開に、思わず笑みを漏らす男である。
「‥‥」
継之介が無言で手近な屋台を引っ張り出す。皮紐で結ばれた枠組みを解すと、その皮紐を何本か結び合わせて材料を手早く纏めなおした。男は意外に器用な一面を見せ、無駄なく廃材を整理していく。
「アストリア、アンティグア‥‥今回もよろしく頼むぞ!」
二頭の馬が、軽く嘶いて主に答える。レジエルは満足げに愛馬を軽く撫でると、縛り上げた廃材を積んでいった。こうすれば、自力で運ぶより多くの運搬が出来るのだ。勿論、騎乗用であるアストリアには軽めに積むなど、愛馬への配慮は欠かさない。
「まったく、ジャイアントでも一応、女なんだけどねぇ」
その傍らでは、キウイがブツブツと文句を漏らしながら作業をしていた。それを聞いて、ジョシュアは苦笑いを一つ。
「おいおい、無理はするなよ‥‥? 力仕事なら任せておけって」
「無理はしてないよ。ただ、もう少し女性に対する配慮ってのがあってもさ‥‥よっと!」
ひょい、と元屋台にして現廃材をキウイが担ぐ。とは言え、文句を言いつつも手は止まらないのだから、単なる彼女の性分なのかもしれない。尤も、生来が細かい事は気にしない性格だから、愚痴といっても口だけのようだ。
と。
「精が出ますね、皆さん。ご苦労様です」
そこに、初老のクレリックが現れ、一同に声をかけた。にこにこと柔和な笑みを浮かべるその男は、今回の依頼人である。
「丁度いいところに。これ、捨てる場所は用意してあるんだろうな?」
「ありませんよ」
ジョシュアの疑問に依頼人、即答。
「何もかも皆様にお任せしてます。大丈夫です、努力する者には必ず父の加護がありますよ」
相変わらずの笑みで、冒険者に投げっぱなしの依頼人である。
その一方で、継之介は黙々と廃材の束を生産中。捨て場が定まらない以上、三歩進んで二歩下がっているような状況だったりする。
「私は適当な場所で燃やそうかと思っていたのですが‥‥」
その為に火打石と油を用意していたレジエルだが、下手に火を点けると後始末が厄介だ。焼却した所で、完全に消えてなくなる訳ではない。量が量だから最悪の場合、火事などの可能性も考えられる。
「はぁ‥‥どうせならそっちで引き取ってくれたっていいじゃないか」
溜息一つ、ジョシュアが文句を言うと。
「おや、それは名案です。これからどんどん冷え込んできますからねぇ」
思いもよらず依頼人に快諾され、拍子抜けだったりする。
「‥‥いいのか?」
「薪代わりに丁度いいです。全部、教会まで運んで頂けますか?」
早速父のご加護がありました、と依頼人は大喜び。信者が少なめの彼の教会は、何かと遣り繰りが大変なのだそうだ。
●スマイル、0C
可憐な少女が、大きな麻袋を引きずるようにして歩いている。額に汗を浮かべ、うんしょ、よいしょと言いながら。
少女は時折立ち止まると、道端に転がるワインの空き容器などを袋に入れ、また歩き出す。表通りはそれほど汚れている訳ではないのだが、流石に距離も広さもそれなりにある。一人では日が暮れてしまいそうだ。
「大変そうだね‥‥お嬢さん、私も手伝うよ」
すると見かねたのか、一人の男が少女に声をかけた。
「手伝って‥‥下さるんですか?」
「君のような可憐な少女を働かせて、大の男が指を咥えて見ている訳には行かないさ」
「‥‥でも、わたし――」
「いいんだ。君は何も言わなくていい。これは私が勝手にやる事だからね」
「ありがとう‥‥ございます」
感激に目を潤ませた少女が、礼を言う。彼女の早春のような微笑に男も歯をキラリと光らせると、任せたまえ、と胸を張ってゴミを拾い出した。
ややあって。
「‥‥どうでした?」
表通りから戻ってきた少女に、シェリー・フォレール(ea8427)が声をかける。
「チョロイものです。案の定、後から続々とお馬鹿さん達が集まってきましたよ」
先程とは正反対の悪戯っぽい微笑みで、少女――多嘉村 華宵(ea8167)は答えた。
「では、彼らに任せておけば良さそうですわね」
「一生懸命やってますし。呆れを通り越して微笑ましいですよ」
「まぁ、意地の悪い」
「‥そっちが片付いたなら‥‥」
その傍ら、ウィンディー・ベス(ea7724)は不敵な笑み。
「‥‥裏路地のゴミを‥始末しようじゃないか‥‥」
「そうですわね。行きましょう」
「ふふ‥‥精々頑張りなさい。男の為に、ね」
表通りに向けて意地悪く呟くと、少女――いや、少女の姿をした青年は二人に続き裏路地に入って行った。
●裏路地にて
「さて‥‥どれほどの実力持ったゴミがいるか‥楽しみだ‥‥」
路地に入ってすぐ、ウィンディーが呟く。ある意味でやる気充分だ。まあ、要は街が綺麗になればいいのではあるが。
裏路地の状況はさすがに酷かった。表通りは商売に関わる者が多いから比較的片付けられていたが、此方は手を付ける者がいなかったらしい。そこらに串焼きの残骸や空いた酒樽などが転がり、酔ってくだを巻いているゴロツキなども見受けられる。
「これも修行の一環です、徹底的にやりましょうね」
と言って、シェリーが手早く作業を始める。まずは生ゴミを処理してしまわなければ。残しておけば、害虫などを呼び込む事にもなりかねないのだ。
「ほーら、そこの貴方。いつまでも夢見て寝転がってるんじゃありませんよ」
作業の最中、酔いつぶれて寝こける男を華宵が叩き起こす。
「んあ‥‥?」
「邪魔です」
「よぅよぅ、姉ちゃん達。暇ならよぅ、一緒に飲まねえか。がははは」
目を擦り擦り、酒臭い息で男が馴れ馴れしく寄って来る。全く、昼間からいい身分である。
「‥‥永眠したいんですか?」
流石の華宵も気分が悪いらしい。微笑しても目が笑っていない。
「えひゃひゃ、そっちの姉ちゃんでもいいぜ? いいパイオツしてるじゃねえかよぅ」
男は下卑た笑い声で、今度はウィンディーに近寄る。女は冷めた眼つきで千鳥足の男を眺めていたが‥‥
――むにバキィッ!
男がウィンディーの胸に手を触れた瞬間、目にも留まらぬ速さのアッパーカットが男の顎を直撃した。一発で脳を揺らされた男が、垂直に崩れ落ちる。
「自業自得ですわね‥‥」
傍らで見ていたシェリーの言葉も厳しい。不埒者には神の鉄槌が下って当然なのだ。
「‥‥酔っ払いは生ゴミか可燃物か悩むところなんですが、どちらだと思います?」
ショックで酔いも吹き飛び、蒼白な顔色の男の前にしゃがみこみ、青年が尋ねる。
「え、あ‥‥」
「あぁ、このままだと普通に掃除するの飽きちゃいそうです、私」
とダガーを弄びながら微笑を浮かべる青年に、必死に首を振る男である。
「‥‥こんなとこで油売ってる金があるなら‥神様に寄付した方が‥身の為だぞ‥‥」
ニヤ、と女が笑みを浮かべ、駄目押しをかける。男はヒィ、と小さく悲鳴を上げると、懐から小銭を放り出して逃げていった。
「いけませんわ、お金を脅し取るなんて‥‥」
それを見たシェリーは小さく咎めたが。
「‥‥これは寄付だろう‥?」
と女がとぼけると、それ以上の追求はしなかった。
その夜、教会に泊まった冒険者たちにウィンディーの奢りでワインの差し入れがあった。食事自体は質素なものだったが、お陰で楽しく一夜を過ごせたようだ。
●野獣、仕置く
翌日。
一同は、最も状態の酷かった裏路地に集結していた。前日の作業で大物はあらかた始末したので、細かい掃除に移ったのだ。
「しかし、酷い有様ですね‥‥」
レジエルが眉をひそめる。大物は処理しても、串焼きの串などの細かいゴミはまだそのまま。今日中にある程度目処をつけてしまいたい所である。ゴミを拾いながら、スリング用の飛礫を探してみたりもしたが、流石に見つからなかった。実用性のある物はそうそう捨てられたりしないのである。
一方で継之介は、相変わらず黙々と作業を続けている。元々が寡黙な性格に加えて、何と言っても参加動機が食費を浮かす為なので口数は減る一方だ。ただ、単純に作業をしているだけでもなく、ゴミの中から使えそうな物品を物色していたりもする。
そんな男に、飛び回りながらゴミを拾って回っていたシャクリローゼが声をかけた。ゴミの中から、長い布切れを引っ張り出しているのが目に付いたのだ。
「それ、なんですか?」
「‥‥褌だ‥‥」
「‥‥フンドーシ? それ、どうするんですか?」
「‥‥洗って使う‥‥」
男のこの言葉に、好奇心旺盛なシフールもビックリ仰天である。
「ええっ。フンドーシって、腰に巻くんですよね? そんな汚いのに‥‥」
「‥‥洗っても駄目なら‥‥雑巾にでもするさ‥‥」
細かい事は気にせず、無造作に布をバックパックへ突っ込む継之介だったとか。
それが起こったのは、一同が作業を始めて暫く経ってからだ。
事の発端はキウイだった。地獄だの野獣だの物騒な称号で呼ばれる事もある彼女だが、本日は剣を箒に持ち替えて掃除の真っ最中。皆がゴミを拾い集めた後を、綺麗に掃いて細かいゴミを取り除いていくその姿は、実際の腕前は如何あれ本職のメイドばりである。多少時間はかかったものの、裏通りは徐々にかつての姿を取り戻していった。
と、そこに通りかかった一人の男が、歩きながら齧っていた串焼きの串をポイ、と放り投げた。その刹那、キウイの瞳がギラリと光る!
――ビシィッ!
問答無用とばかりに男を箒で打ち据えると、訳も判らず混乱する男をむんずと抱え、お仕置きだよ!と一声吼え猛烈な勢いでその尻を叩きだした。俗に言う、お尻ペンペンの刑である。
情け容赦のないお尻ペンペンは、男が涙を流して放心するまで続いた。当人の心には消えない傷が付きそうだが、そんな事は知ったこっちゃない。ことこの場において、ポイ捨てはこの上ない悪なのだ。
「大丈夫ですか‥‥?」
無言の連携で、シェリーがぐったりしている男を介抱する。
「気をつけてくださいね。街中で軽率にポイ捨てすると、怖いお姉さんにお仕置きされてしまいますよ?」
「‥‥ううう‥‥お、俺が悪かったよ‥‥」
地獄の仕置きの後に、天使のような慈愛の笑み‥‥見事なまでの飴と鞭である。これには男も心の底から改心したようだ。
この後、一同に恐れをなしたのか掃除を邪魔する者も現れず、作業が順調に進んだ事は言うまでもない。
●戦い終わって陽が暮れて
こうして冒険者達は町の掃除に明け暮れ、最終日を迎えた。
予定の作業は終わっているので、教会に戻って依頼人に報告すればこの依頼も終了である。
「お疲れ様でした」
作業終了の報告を受け、依頼人は満足そうに微笑む。
「皆さんの奉仕に、父もきっと満足しておいでですよ」
「‥‥意外に酒が美味く感じたよ‥‥」
と、口元に僅かな笑みを湛えるウィンディー。善人になったつもりはないが、偶にはこういうのも悪くないものだ。
「後は、多少なりとも集まった物を売り飛ばして、金にしようと思ってるよ」
無料奉仕は割に合わないと、キウイ。
「おやおや、なんともありがたい限りです」
それを聞いた依頼人、更に満足そうな笑み。
「奉仕していただいた上に、寄進までして下さるとは‥‥」
「え、いや‥‥そうではなく、これは皆でですね」
「勿論ですとも。皆さんのお気持ち、ありがたく頂戴いたしますよ」
レジエルも何とか誤解を解こうとしたが‥‥
「私は、皆さんの名を忘れませんよ‥‥嗚呼、大いなる我らが父よ。この出会いを感謝いたします。アーメン」
依頼人、感謝の祈りを捧げてたりする。こうなってしまっては訂正するのが大変そうだ。
「‥‥こういう事もありますわ。世の中のお役に立ちそうですし、いいじゃないですか」
依頼人の立場が判らないでもないシェリーが、諦めましょうと皆を諭す。
冒険者達は、それぞれのやり方で苦笑いを浮かべるしかなかったとか。