二律背反のアリア
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■ショートシナリオ
担当:勝元
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月01日〜01月06日
リプレイ公開日:2005年01月09日
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●オープニング
ドレスタットの街にその船が帰還したのは、22日早朝だった。当初の予定より6日遅く、舳先に大きく抉られた傷跡があったのが目を引く。
とはいえ、ドレスタット領主にして、ゼーラント辺境伯『赤毛のエイリーク』の帰還は、街の人々を安堵させると同時に、熱烈に歓迎された。
そのエイリークは、執務室で側近と称される面々に取り囲まれていた。職種は聖職者から女官まで、種族もほぼ通り揃っていて、人数は10名を超える。半数は御座船から従ってきた者で、残りはドレスタットで留守を預かっていた者となる。
『赤毛の』と称されるだけあり、目立つ赤い髪を掻きあげ、エイリークはげんなりと目の前に詰まれた羊皮紙の束を眺めている。そのほとんどが先般ドレスタット近隣を騒がせたドラゴンに関するものだ。
「これで全部か?」
「後は貴方様が海上で遭遇されたウィングドラゴンの報告書があれば。今お聞きした範囲では、ドレスタットから追い返されたドラゴンのようですな」
「人の船に傷付けやがって。こいつも『契約の宝を返せ』と言ったんだったか?」
「正確には『契約の品を、取り返す』でしたわ」
羊皮紙を指で弾いたエイリークの問いかけに、壮年の男性と妙齢の女性がそれぞれに答えた。前者は留守を守っていてドラゴンの騒動に対し、後者は御座船でウィングドラゴンそのものに相対している。
「そうか。じゃ、海戦騎士団全員召集。ドラゴンのお宝が海賊どもから取り上げた荷物に入ってるはずだから探し当てろ。‥‥なんだ?」
「海戦騎士団には、魔法の品を見分ける術をお持ちの方は少なかったと記憶しておりますが」
「それなら冒険者も募ってこい。金は海賊どもから取り上げたのがあるだろ」
あっさりと言われた言葉に対して、居並ぶ人々はまたかと思った。金と物は、あるところから取り上げて、景気良く使う。エイリークのいつものやり口だ。
だが、しかし。
「親分‥‥聖夜祭ですぜ? 冒険者も集まりやすかね」
時期柄、人手が集まるかどうかと口にした者はいる。『親分』との呼びかけに、エイリーク以外の何人かが厳しい目を向けたが、エイリーク自身に身振りで構うなと示されて黙っていた。
「とにかく依頼は出してこい。金はケチるなよ。人も選んでる場合じゃねぇ。やる気がありゃ、なにかしら役に立つ。他国人だろうが、ハーフエルフだろうが使えるなら構わねぇ。宝探しの他にも、仕事は山ほどあるんだろ」
他国人、ハーフエルフと具体的に挙げられて、嫌な顔をした側近がいないでもないが、徹底した実力主義で知られるエイリークの意向に逆らうことはなかった。
そうしてこの日以降、冒険者ギルドには幾つかの依頼があがっている。
(「――とどのつまりは体のいい尋問、ってやつかい?」)
その男の話を聞き終え、受付の青年は晴れ晴れとは言い難い気分になった。
先日のエイリーク伯の帰還の折、海賊どもから取り上げた荷物と一緒に、この街に一人の少女が連れて来られていたと言うのだ。
年の頃は、十八歳前後。交易船か海沿いの村が襲われた際に、略奪されたのだろう。一目で扱いの知れる程酷い身なりは、彼女の境遇がこれまでどれほど過酷なものであったかを無言で語っていた。海賊船の片隅で、助かったと知るや精根尽き果てたように気を失った少女を見つけたのは、海戦騎士団の騎士だ。とりあえず保護して、事情を聞いた後に縁者の下へ送り届けるつもりだった。
そこに、件のドラゴン騒ぎである。先ずはドラゴンたちの求めるものを探すのが先決であったが、情報は多ければ多いほどいい。少女が意識を取り戻し次第、事情徴収しようと言う事になったのだ。海賊どもから何らかの情報を得ている可能性は、大いにありえる。
――そして昨夜。
意識を取り戻した少女は、その場に居合わせた騎士を一目見て‥‥絶叫を上げ、半狂乱になって再び気を失ったのである。多分、極度の男性恐怖症に陥っていのかもしれない、とその男は語った。それもそうだろう。攫われた船の上で、恐らく想像できるありとあらゆる仕打ちを受けてきたに違いないのだから。
「とにかく厄介だ。何しろ、食事を取ろうともしなければ、事情を語ろうともしない。一度など、食事に出したナイフで首を突いて死のうとした事もある程だ。それからは女を一人付けて様子を見てはいるが‥‥何分、あれの相手を好んでする者は多くなくてな」
あらゆる意味でこのままでは困る。そこで冒険者の出番、と言う事らしい。
「‥‥一つだけ。なぜ、相手をしたがらないので? ま、大変なのは判りますがね」
「それはな、あれが‥‥」
男はトーンを下げ、ハーフエルフだからだ、と口に出した。
●リプレイ本文
●訪問
冒険者たちがその少女の元を訪れたのは、神聖暦が史上初の四桁になった、丁度その日であった。
「ハーフエルフか‥‥」
領主館を目前に控えて、クオレスト・ヴァンシール(ea8309)は誰ともなく呟いた。
闇から切り取った様な黒尽くめの風体に、顔を覆う白のコントラスト。その隙間から覗く青い瞳が、物憂い視線を放っている。
「できれば生き抜く事を考えて欲しいんだけどな」
白眼視されがちなハーフエルフだからこそ、強く生きていって欲しい。そう思うエルトウィン・クリストフ(ea9085)は依頼対象と同じ種族である。
とは言え、同情や慰めで易々と立ち直れる境遇だろうか。常日頃から前向きな思考が身についている彼女だが、こればかりは楽観出来そうにない。
「難しい話ね」
何時もは涼しげに瞬く瞳を伏せ、神木秋緒(ea9150)が答えた。
「海賊達に、彼女が受けた仕打ちを思うと‥‥胸が痛むわ」
略奪された少女の過酷な運命は、容易に想像が付く。種族云々は抜きにしても、同じ女性として怒りを覚える秋緒である。だからこそ全てに絶望した少女を救いたかったし、集まった仲間が一様に少女の心を救いたいと願ってくれた事が嬉しかった。
「そう言えば、確かキミは‥‥」
ゲラック・テインゲア(eb0005)の視線が黒衣の男に向く。このドワーフの教師の記憶が正しければ、男は自己紹介でローマ出身の神聖騎士だと語っていた筈だ。
「おかしいか? ‥‥ああ、自分でもそう思う」
彼の国の極端な政策は誰もが知る所。疑問に思うのは当然である。男は祖国を捨てていたが、その理由にまで考えが至る者は少なかった。
「‥‥私は仕事を選ばない。それだけだ」
真意は心に秘め、有り体な言葉を返しておくクオレストである。
理由があるのだとしたら、それは‥‥
男は顔を覆う包帯に手をやると、包帯の下で苦笑いを一つ、浮かべた。
●接触
目的の部屋は領主館の片隅にあった。女官たちが寝泊りする区画の一番端、此処暫く使われていない空き部屋を利用して臨時の病室が作られていたのだ。
扉を開けると、ベッドの脇に座っていた女性が振り返った。依頼人の話に出てきた、世話役の女だろう。
「ご苦労様です。今日から暫く、この子のお世話はわたくし達が」
冒険者達の話は聞いていたのだろう。にこやかな笑みを浮かべるメアリー・ブレシドバージン(ea8944)の言葉に女官は頷くと、部屋を出て行く。去り際に聞こえた吐息は、溜息だろうか。メアリーの眉がピクリと動いたが、笑顔の包装で厳重に包まれた彼女の心中は誰にも掴めない。
「今日から何日か、私達で貴女のお世話をする事になったの。宜しくね」
驚かさないように、言葉を選びながら秋緒がベッドの上の少女に話しかける。女は普段着ている衣装を、ノルマンでも一般的な旅装束に着替えてきていた。
「私はジャパンから来た神木秋緒。‥‥貴女のお名前は?」
女の問いに、赤髪の少女は沈黙で返した。その表情には、何も浮かんでいない。
「大丈夫、安心して。私達は恐くないよ」
ピリル・メリクール(ea7976)の言葉にも、沈黙は変わらない。
「七歳の時に、お母さんが死んでね。私、売られたんだ」
ぴく、と少女が小さく身じろぎする。売られた、と言う単語に反応したのだろう。
「二度目の時に嫌がったら‥‥」
ピリルが袖を捲り上げ、左肩を晒す。そこに現れた醜く引き攣れた傷に、少女の瞳が大きく見開かれた。
「‥‥こうされたな。それからは私、どうでもよくなっちゃって‥‥」
ふっと目を逸らすピリル。視線を感じる。どうやら、少女の意識は此方に向いたようである。
「さーて、じゃんじゃん美味しいもの作っちゃうよ♪」
厨房の一角。桜城鈴音(ea9901)の明るい声が、はじけるように響く。
眼前には、これから調理されるのを待っている食材。これは、ゲラックが調べ物をした帰りに調達してきたものだ。
「身も心も疲れている時は、暖かいスープなどが良かろうて」
まるで教え子を相手するように、男は語る。実はハーフエルフが好む郷土料理を知りたかったのだが、そんな資料は何処にも無かった。それもそうだろう。ハーフエルフの出自は様々であり、ドワーフのように種族として何かを好むという事も無いのだから。
という訳で男は、疲労回復メニューを調べてきたのである。因みに、図書館で資料を持ち出そうとして、駄目ですと素気無く断られたのは秘密だ。書物は貴重な財産、管理も厳重になされている。誰に掛け合った所で、易々と持ち出しを許す筈が無いのだ。
「うむ、打ってつけですな。我輩もスプーンで済む料理が良いと思っておりました」
もっともらしく相槌を打ったのは、髪をリボンで束ね、おさんどんスタイルの伊勢八郎貞義(ea9459)。妙な格好をしているのは、『男子厨房に入るべからず』という格言を逆説的に実行した為だ。
「似合いますかな?」
「‥‥ある意味ね〜」
答える少女が苦笑を浮かべたのはご愛嬌。
そう言えばゲラックも髭をリボンでかわゆく纏めてたりするが、此方は見た目で仲間の息抜きを計る為らしい。因みに、冒険期間中は仲間に限りヒゲ弄り放題だそうだ。
「どう、進んでるかしら?」
何時もの笑みを浮かべ、メアリーが厨房に入ってくる。
「此方は上首尾ですぞ。それよりも、彼女の状態は如何ですかな?」
無駄な刺激を避ける為、男性陣は少女と接触せず裏方に徹する事にしていた。
(「我輩が興味本位で近づくのは危険ですからなぁ」)
少女の事を考えれば、妥当な判断だろう。尤も裏方は何時もの事、苦にもならない八朗だ。
「今、ピリルさんがお話してるわ。何とか打ち解けられるといいんだけど」
「最初の掴みが大切だからね〜」
「あ、鈴音ちゃん。お手伝いするわよ?」
女の申し出に、少女はうーんと小さく唸る。実の所、家事が得意なのは鈴音一人。こういう場合、善意や熱意がプラスに傾くとは限らないのが悩みどころだ。
「‥‥お湯沸かしてもらえる?」
とりあえず、当たり障りの無い作業を頼む少女であった。
少女の話は続いている。
「自由の身になったのは、だいぶ後。それでも自由になったのは身体だけで、心には鎖が絡みついてたけど‥‥お義母様に逢ったのは、そんな時だった」
ベッドの上、赤髪の少女が少しだけ首を傾げた。疑問に答えるように、ピリルが話を続ける。
「孤児院を開いていらしたの。こんな私でも優しくしてくれた。愛してくれた。嬉しかった‥‥」
過ぎた過去、在りし日を懐かしむように、ピリルは遠くを見る――泣きたくなるほど楽しかった日々。少女が引き取られた孤児院で、大勢の姉妹が出来た。そこで慈しむ事を知った。生まれてきた意味を知った――だからこそ、何としても彼女に伝えたい。世界には素敵な事が沢山あるのだと。
「今度は私の番。私が貴女を支えるよ。立ち直れるまで、一緒にいてあげる。約束だよ‥‥だから、ほら」
約束‥‥それは、守れないかもしれない。彼女は冒険者であり、契約の期間働くだけの雇われに過ぎないのだから。だが、結果として嘘になったとしても、少女は本気だった。
「私はピリル。貴女の名前は?」
最後の問いによって話は途切れ、数瞬の沈黙が訪れた。
ややあって――
「私は‥‥アリア‥‥」
ベッドの上から、ぽつり、言葉が漏れ出た。
●抵抗
「お風呂! アリアちゃん、お風呂はいろ♪」
大きな湯ダライを引きずって、鈴音が部屋に入ってきた。『まぶだち』になるには裸の付き合いが一番、という事らしい。
本当は館の入浴施設を利用したかったのだが、本格的な入浴施設は贅沢の極み。特にハーフエルフが絡むとなると、許可はして貰えなかった。仕方なしに代用として持ってきたのがこのタライである。これに湯を張れば、簡易的にではあるが入浴気分を味わえる。
「‥‥一人で、できるから‥‥」
「そんな寂しいこと言わないでよぉ‥‥ね?」
しかし、鈴音の誘いにも少女は首を振るばかり。仲良しでも抵抗がある者だっているというのに、いきなり裸の付き合いを要求するのは、無茶な話でしかないだろう。流石に拙速であったと言わざるを得ない。
「仕方ないなぁ‥‥」
少女は一人頷くと、傍にいたピリルに耳打ちした。
(「ねぇねぇ、スリープよろしく♪」)
魔法で眠らせて強制的に‥‥突然のこの頼みに、ピリルは絶句した。とてもじゃないが、そんな事は出来ない。それは明白な暴力であり、実行した瞬間、彼女は海賊と同じ仕打ちを少女にした事になる。少女が取り乱し、衰弱した時の最終手段としてならスリープも考えないではなかったが、今は全く状況が違うのだ。
「‥‥駄目よ、そんな事」
小さく、しかし固い口調ではっきりと断る少女だ。
「ん〜。じゃぁ、また今度ね♪」
断りの調子に不穏な波動を感じたか、鈴音はそれ以上勧める事はしなかった。
深夜。少女の部屋の前。
万が一の事態に備え、クオレストは気配を殺して監視体制に入っていた。
時折、室内から少女の魘され声が聞こえてくる。断続的に収まるのは、一緒に眠るメアリーがその度に優しく抱きしめているからだろう。少女が同衾を許したのは、同族ゆえの安心感だろうか?
男の想念は、日中のやり取りに飛んだ。
まず少量ではあるが、食事を摂るようになったのが大きい。餓死されては元も子もなかったが、ひとまずその危機は脱したと見ていい。名前も聞きだす事が出来たようだから、焦らなければ大丈夫だろう。
真冬でなければ、思いやりの花ことばを持つ花一輪でも差し入れしたところだが‥‥そこまで考えて、男は一人、微笑とも苦笑ともつかぬ笑みを浮かべた。少女が発作的に逃走や自傷行為に走る可能性は、まだ否定できないのだ。その為に、監視しているというのに‥‥
男は思考を打ち切ると、些細な異変も漏らさぬよう、警戒を強める。
幸いな事に、男の危惧している事は起こらなかった。
●情報
そうして数日が過ぎた。
皆の努力の甲斐あって、少女の状態は徐々に落ち着きを取り戻していった。まだ言葉は少ないが、世間話程度なら受け答えもするようになったし、食事も大分摂れるようになっている。特に食事に関しては、鈴音の作った料理が大きく貢献していた。彼女がいなかったら、毎日が調味料に愛情を必要とする料理のオンパレードになっていたかもしれないのだから。
(「そろそろかしらね‥‥」)
秋緒は少女の様子を眺め、覚悟を決めた。出来るならそっとしておいてあげたい所だが、仕事である以上避けては通れないのだ。
「アリアさん‥‥どうして、海賊達に‥‥?」
「‥‥私、売られたんです‥‥」
少女も覚悟を決めたのか、ぽつり、ぽつりと身の上を語りだした。
冒険者になった兄を探す為、船に乗った事。その船が海賊に襲われた時、厄介払いをするかのように船員が少女を捕まえ、海賊に差し出した事‥‥そこまで言って、少女は一言も口を利けなくなった。
「あぁ、ぁ、あぁぁぁァァァァァ‥‥」
恐怖に目を見開き、激しく首を振って両手で体を抱き、震えながら少女は力の限り叫んだ。恐怖の記憶が一気に押し寄せ、パニックに陥ったのだ。
「嫌‥‥いや‥‥イヤァァァァァァァ!!!!!」
拙い! 秋緒は咄嗟に少女を抱きしめ、言い聞かせるように少女に話しかける。
「大丈夫、大丈夫だから! もう誰にも貴女を傷つけさせない! 貴女を否定させはしないから!」
「ほんと? ほんとうにへいき‥‥?」
「本当よ‥‥だから、落ち着いて‥‥ね?」
一先ずの危機は脱したようだ。ゆっくり、あやす様に少女の背中を叩いてやる秋緒である。
ややあって。
「アタシと同じくらいってことは、とりあえず30年は生きてきたってことよね」
少女が完全に落ち着いた頃合を見計らって、エルトウィンが口を開いた。
「‥‥もう十分判ってると思うけど、世間の風はハーフエルフにあんまり優しくないワケよ。楽になりたければ、自分でなんとかするしかないの。判る?」
突き放すような言葉は、彼女なりの思いやり。優しい言葉は他の者に任せ、少女は敢えて厳しい言葉を選んでいた。厳しさゆえの暖かさだってあるのだ。
アリアが無言で頷いたのを見て、少女は言葉を続けた。
「今、街がドラゴンに襲われてるのは知ってる? この街の偉い人は‥‥アナタがその理由について何か知ってると思ってるワケ」
それを聞き出すまでは、少女には死ぬ自由すらないだろう。
「つまり、それがアナタの切り札なのよ。――情報として高く売りつけるのも、墓場へ持っていくのもアナタの自由よ?」
怯えて死を待つだけの兎にはなって欲しくない。もっとしたたかに生きるべきなのだ。
「これ‥‥わたくし達の仲間が、貴女にって」
言って、メアリーが少女に一着の旅装束を差し出す。贈り物に、と八朗が購入してきたものだ。女物はまるで判らないので、選定は女性陣に一任したが。
「言付も預かってるわ‥‥
『これは、我輩達からの贈り物です。御礼は結構ですが、少しでも協力して頂けると助かりますぞ』
‥‥ええっと、気にしないでいいからね」
預かっていた手紙を読み上げ、贈り物が台無しの言葉に女は苦笑を一つ、旅装束を少女に渡した。
少女も僅かに笑みを浮かべると、過負荷に悲鳴を上げる脳裏から一つの記憶を拾い出した。
「‥‥一つだけ‥‥海賊達の中に、紫色のローブを着た男がいたような気がします‥‥」
細かい事ははっきりと思い出せない。記憶が曖昧なのは、先程のパニックで心理的防御が働いた為だろう。だが、海賊達の中にあって異彩を放つ紫色のローブだけは、ありありと思い出すことが出来た。
もっと記憶を揺さぶってやれば、多くの情報を得る事も出来るかもしれない。だが、思い出せない、と涙を浮かべる少女から、それ以上何か聞こうとする者は誰もいなかった。
●交渉
「依頼完了か。ご苦労だったな」
ゲラックが書いた報告書片手の冒険者を出迎えた依頼人は、生真面目そうな表情で呟いた。
「で‥‥その内容を聞きたいのだが」
結果を聞こうとする依頼人に、だがエルトウィンと八朗は頭を振る。
「その前に、一つ取引しない?」
「‥‥取引!?」
「何、簡単な事ですぞ。情報と引き換えに、少女の今後に便宜を図って頂ければ」
「ケチなこと言わないわよね、太っ腹な親分さんなら」
「全部とは言わずとも多少はするのが当たり前ですよなあ」
「情報貰ってはいサヨナラ、ってのもあんまりよねー」
二人の冒険者に一気にまくし立てられ、男は言葉に詰まった。
「‥‥わかったわかった。上に掛け合わずとも、その程度なら私の裁量で何とかしよう」
渋々ながら男が交わした約束に、男女の冒険者は目配せを一つ、勝利の笑みを浮かべた。