●リプレイ本文
●到来
「はじめまして」
ありふれた旅装束に肢体を包み、礼儀正しく一礼した神木秋緒(ea9150)が教会訪問の目的を説明する。
「冒険者ギルドから話を聞いて来たのですが‥‥彼女の様子が気になって」
「おやおや、わざわざすいませんねえ」
出迎えた司祭の穏やかな挨拶には、これから訪れるであろう事件への危機感は微塵も感じられない。少女の名前を出されても驚かないのは、依頼人から予め連絡を受けている為だろう。
「司祭殿。先日はお世話になりましたなぁ」
女の隣に立つ伊勢八郎貞義(ea9459)が軽く手を上げた。司祭とは顔見知りのようだ。
「なかなかいい経験でありましたぞ?」
「いえいえ、あのバザーが上手く行ったのはあなた方のお陰ですよ。またお願いしたいものですねえ」
満面の笑みで司祭は男に返礼した。
と、
「暫しの間、世話になる‥‥よしなに願おう」
司祭の頭上から声が。見上げるような大男は、リオリート・オルロフ(ea9517)である。
「いやいや、こちらこそ」
「それで早速ですけど、彼女は何処に?」
「今時分なら、奥の部屋にいると思いますよ」
秋緒の問いに、男は礼拝堂の奥へと通じる扉を指差した。
リュリス・アルフェイン(ea5640)は一人、情報収集の為に教会の周辺を歩いていた。
「ここ最近、妙な連中を見かけなかったか?」
民家も人通りも少ない場所だから、自然と目撃情報も少なくなる。男はさり気に身分を明かしながら、根気良く聞き込みを続けた。
「あぁ、教会をじっと眺めてる男ならいたぜ」
ようやく目撃者を見つけたのは、聞き込みを始めて大分経ってからだ。
「若い癖して、冷酷そうなツラでさぁ‥‥時折、ニタリと笑うんだよ。気味悪いッたらありゃしねえ」
「他に、特長とか覚えてないか?」
「そうさなぁ‥‥手首に、高そうな腕輪をはめてやがったな」
男は暫く脳裏を探ると、答えた。
●邂逅
扉を開ける。
その部屋の主は、入口に立つ訪問者の顔を見て、淡い笑みを浮かべた。
「久し振り、秋緒‥‥」
「お久し振り。どう? 元気にしてる?」
秋緒の問いに、アリアは僅かに首を傾げる。
「どうかな‥‥たぶん、元気」
言葉少なに、曖昧な答えを返す少女を見て。
秋緒は微笑を浮かべ、
「そう、良かった」
と答えた。もう、これ以上彼女を傷つける事は許さない。その為に私は来たのだ。絶対に護る、そう心に誓う秋緒である。
「今日はね、あなたに友達を紹介しようと思って来たの」
「ともだち‥‥?」
「入って、ティファ」
秋緒に促されて、おずおずと一人の少女――ティファ・フィリス(eb0265)が入ってきた。
「あ、あ、あの‥‥」
ティファは指の前で所在無げに指を絡ませながら、もじもじと言葉を紡ぐ。
「アリアさん‥‥その‥‥私で良ければ‥‥お友達になってください‥‥」
「あ、ええっと‥‥」
突然の申し出に少し驚いて、でも少女は僅かに口元を綻ばせて。
「‥‥はい‥‥」
小さく、答えた。
礼拝堂で、伝結花(ea7510)は拭き掃除をしていた。泊り込みの手伝い、それが現在の彼女の立場だからだ。
窓から射し込む光が、彼女一人しかいない礼拝堂を照らしている。訪れる信者は本当に少ない。
(「ってゆぅか、こんなんで平気なのかしらネ、ココ」)
話には聞いていたが、本当に寂れた教会だ。よくやっていけると不思議になる。
と。
祭壇に跪き、祈りを捧げる青年の存在に結花は気付いた。信者だろうか。目を閉じ、両手を眼前で組み、真摯な表情で祈りを捧げていた。
今まで気付かなかったのは、青年の姿が様になりすぎていて、祭壇の一部のように見えたからだ。手首の腕輪が、小さく銀に輝いている。
「あ‥‥」
溜息が聞こえたのだろうか。青年が結花に気付いた。
慌て気味に、結花が謝る。
「ご、ごめんネ、邪魔しちゃってぇ」
「いや、気にしないで。もう帰るところだったしね」
謝られて恐縮したかのように、青年は両掌を広げ、結花に向けた。
「それよりも初めてみるよね、キミ‥‥新入りさん?」
「そ、そうなのヨ」
取り繕うように女は答える。
「アタシ泊り込みでお手伝い頼まれたんだケド、最近物騒じゃナイ? この辺ってダイジョブなのかナ〜。泊り込みだから夜とかちょっと不安なのヨネ〜」
「そうだね」
青年はくすりと微笑み、悪戯っぽく返した。
「キミみたいな可愛い人は、特に気を付けないとね」
またね、と青年は軽く手を振って、礼拝堂を後にした。
「そうそう、司祭殿」
雑用を手伝いながら、さり気なく周囲に人がいない事を確かめ、八郎は尋ねる。
「貴方の見たという不審な輩ですが、人数や風体などは覚えておいでで?」
「そうですねぇ‥‥」
司祭は首を傾げ、考え込んだ。
「人相の悪い方でしたねぇ」
司祭の要領を得ない答えに、男は苦笑いを一つ、重ねて問う。
「もう少し具体的にはなりませんかな? 顔に傷があったとか、眼帯をしているとか」
「すいませんねぇ‥‥レオナールの奴にも『ボケっとするな』とよく叱られるんですが」
「レオナール?」
「私の友人で、あなた方の依頼人です。言いませんでしたっけ?」
「‥‥初耳ですなぁ」
「怪しい人達も、彼に言われて気付いたんですよねぇ」
全く悪びれた様子がないが、誰相手でもこの調子なのだろう。怒る気持が判らないでもない八郎だった。
路地の片隅。集まるは三人の冒険者。
「頼まれた物はこれでいいかしら?」
手に持った大きな麻袋から、秋緒が荷物を取り出していく。教会の買い物を引き受けたついでに、仲間の忘れ物も調達してきたのだ。
「済まんな」
女から保存食の包みを受け取って、リュリスは礼を述べた。ウッカリしていたが、これでもう安心だ。
「ありがとう、助かったわ」
メアリー・ブレシドバージン(ea8944)は防寒着を受け取ると早速羽織った。更に包みも受け取ったようだが、これは保存食だろう。
「それで、どうだったの?」
不足していた物資を渡し終え、秋緒が尋ねた。ここに集まった目的は情報交換の為。買出しはオマケなのである。
「あまり詳しい事は判らなかったんだけどね‥‥今回の依頼人、領主の側近の一人みたい」
通常、冒険者ギルドから斡旋される依頼は、裏の取れている話ばかりだ。それでも関係者を洗っているのは、易々と人を信じない彼女の性格ゆえだろう。
「司祭さんの評判は悪くないわね。後で人柄も確かめるつもり」
「俺の方は目撃情報だな。冷酷な顔付きで、手首に銀の腕輪。コイツを見かけたら要注意だ」
「なるほどね。皆に伝えておくわ」
秋緒達は必要な情報を交換すると、目立たぬように素早く散会した。
●交流
三人の少女が、庭の片隅で掃除をしている。
「そう言えば、お兄さんを捜そうとしてたのよね。どんな方だったの?」
ふと浮かんだ疑問を秋緒は口にしてみた。確か、彼女の兄は冒険者になるといって出て行った筈だ。
「あ、わ、私も‥‥知りたいです‥‥」
箒を両手、慣れぬ手つきで作業を進めるティファも、おずおずと参加。引っ込み思案な彼女だが、アリアとは比較的早く仲良くなれたようだ。とは言え、お互いに口数が少ないので、二人きりだと無言で延々とニコニコしていたりする。所謂、似た者同士であった。
「とても優しい人‥‥」
二人の問いに、少女は作業の手を止め答える。
「‥‥今、どうしてるのかな」
「貴方が逢いたい気持ちは、とても良く分かるわ‥‥」
うっとりと、在らぬ所を見つめて頷く秋緒。脳裏に浮かぶのはマイブラザーだろう。
「一日も早く逢える様に、私も応援するからっ」
少女の両手を握り、我が事のように感情移入しまくりの秋緒である。
「わ、私も‥‥その、応援します‥‥」
負けじとティファも手を握る。此方は少々恥ずかしそうだ。
「ありがとう‥‥」
少女は淡い笑みで、二人の好意を受け入れた。
と。
「ここは良いわね、人ごみも無く静かで‥‥元気にしてる?」
庭の向こうから、メアリーが声をかけた。
「メアリー‥‥来てくれたの‥‥」
「どう? 司祭様、優しくしてくれる?」
女は司祭の人柄が気になっていた。果たして、彼女を任せるに足る人物なのかどうか‥‥。
「‥‥うん。いい人‥‥だと思う」
男性不信の少女がいい人と評するからには、まあ心配するまでもないだろう。
「そう、良かったわね」
女は何時もの笑みのまま、優しく答えた。
リオリートは教会の出入り口で門番よろしく、来訪者のチェックをしていた。
ここに立ち続けて、どれくらい経っただろうか。来客はお世辞にも多くないので、時間の流れがやたらと遅い。
偶に訪れる者がいれば交渉、武器や荷物を預かる。無論、無理強いはせず、相手が難色を示したら引き下がりはしているが、教会は武器を抜く場所ではない、と言うと大抵の者は納得してくれた。
しかし、と男は思う。
黒の教義は慈愛ではなく、試練。であるからには、保護されている少女もいつかは自らの力で立ち向かわねばならない。逃げ出す者は父の加護を得られないのだ。
友人のハーフエルフを脳裏になぞってみる。彼女は前だけを見て歩くから、もたもたしている者は置いてきぼりだ。それは自分とて例外ではないだろう。
男は気を引き締めると、訪れるであろう賊の襲撃に備え、神経を鋭く研ぎ澄ませた。
●襲撃
事態が急展開を迎えたのは、四日目の夕方だ。
不意に鋭い口笛の音が聞こえたのは、少女たちが庭掃除を終え、館内に戻ろうとした時である。
一拍置いて、カラカラ‥‥と木のぶつかり合う乾いた音。結花が夜闇に紛れて仕込んでいた、鳴子の罠が鳴ったのだ。
その意味する所は――襲撃!
瞬間、教会と庭を隔てた扉が開き、メアリーがさり気なくアリアを館内に引き込む。少女は訳が判らず混乱していたが、とにかく安全を確保するのが先である。
逸早く事態を飲み込んだ秋緒は、懐から短刀を抜くと鋭く叱咤する。
「逃げて、早く!」
見やれば、塀を乗り越え、垣根を破り、繁みから飛び出す三人の男。冒険者達の監視の隙を突いて、強行突入してきたのだ。
僅かに遅れて、ティファが外に向けて走り出した。囮を演じたのである。
「もうこれ以上‥‥彼女を傷つけさせやしないんだからっ!!」
少女は短刀を構え、囮を追おうとする賊の前に割り込む。アリアの安全が確保されるまで、何とか時間を稼がねば。だが獲物が心許ないのに加え、相手が多すぎた。少女の額から冷たい汗が流れる。
と、その時。
「加勢いたしますぞ!」
再度、教会と庭を隔てた扉が開き、八郎が顔を出した。鳴子の音で異変を察し、駆けつけたのだ。状況を見て取ると、秋緒の傍まで駆け寄って短刀を抜く。
賊は素早く目配せすると、二人が秋緒と八郎に切りかかり、残りの一人がティファの後を追っていった。
ティファは息を切らし、必死に走っていた。
後方から一人、賊が追ってくる。どうやら囮になる事には成功したようだ。
だが、早くも体力の限界が訪れようとしていた。足がもつれ、あっという間に追い付かれる。
恐怖が込み上げてくる。昔からそうだ。どうして人間は、私を虐めるのだろう?
悔しさと恐怖で涙が滲む。もう動けないのを知って、男はゆっくりと近づいてきた。
そして、男は引きつった笑顔で剣を振り下ろす――事は出来なかった。
「未練がましく女の尻追い回してんなよ」
リュリスが後方から、鞭で賊の手首を絡め取ったのだ。
力一杯鞭を引くと、賊はそれ以上少女に迫る事が出来ずに、男に向けて引き寄せられる。
――ヒュッ。
偶然か必然か。リュリスの振るったショートソードが、太腿を切り裂いた。堪らず男は、大地にのたうつ。
「暫く寝てて貰おうか」
転がる男を容赦なく蹴りつける。暫くして、男は動かなくなった。
その頃。
入口に陣取っていたリオリートも、賊の一人を相手取っていた。舐めていたのだろう、愚かにも正面から突撃してきたのである。
剣筋が見える。ニ、三合受けると、それでもう男の目には勝敗の行方が見て取れた。全力で戦えば遅れを取る相手ではない。
「‥‥哀れな」
あまり時間をかけてもいられない。男は風車のように刀を振るい、相手を追い詰めていった。
中庭の攻防も決着が迫っていた。
一時は危うく突破されかけたのだが、潜伏していたジム・ヒギンズ(ea9449)が駆けつけ、八郎の代わりに前衛に立ったのだ。
ジムは小柄だが強力なファイター。この加勢で、趨勢は一気に冒険者に傾いた。
すぐさま援護に回った八郎がオーラを練り、秋緒に分け与えた。女の短刀が淡く輝くき、切れを増す。
横薙ぎに振り回された剣を掻い潜り、秋緒は賊の懐に潜り込むと胸元に短刀を力一杯突き立てる。
短い悲鳴を上げ、男は地に臥した。
メアリー達は結花と合流して、教会の奥の部屋へと退避していた。
「‥‥あの‥‥」
少女の不安が募る。外では一体何が起こっているのだろうか?
「平気よ、心配しないで」
「アナタに何かあるワケじゃないから、ネ?」
二人は少女を宥めるが、効果があったかどうか。
と。
部屋の扉が開くと、ティファが顔を出す。
「ご、御免なさい、迷惑かけて‥‥私を狙っていた人たち、帰りましたから‥‥」
「‥‥そうだったの‥‥良かったね、助かって‥‥」
小さく溜息を吐く少女を見て、メアリーと結花も内心で一息吐いたのだった。
●尋問
「吐け。正直に話せば、この場は見逃してやる」
縛り上げられた賊を、リュリスが尋問する。
「お前たちの正体は、目的は何だ?」
「俺達は‥‥『あの方』の下僕だ。あの方の姿を見た小娘を消しに来た」
「死人に口無し、ですかな」
気持ち悪そうに八郎が呟いた。
リュリスの尋問は更に続く。
「あの方? 噂に聞く、紫ローブの男かっ」
「恐ろしいお方だ‥‥」
どうやら彼等は、紫ローブの力を巡って対立と協力を繰り返しているらしい。
「詳しく説明しろ。一体何者だ?」
「言えねえ‥‥言ったら消される」
よほど恐ろしいのか、それきり男は喋らなくなった。
と。
「ご苦労だった‥‥此処から先の尋問は我々が引き受けよう」
狙っていたかのように、依頼人が完全武装の兵士を数人連れ、現れた。兵士に一言、連れて行けと命令する。
「これは追加報酬だ。お陰でいい魚が釣れた‥‥次もまた、頼むぞ」
皮袋を放り投げ、男は嘯いた。
「アイツら、全滅かよ‥‥口ほどにもねえなぁ。しかし、あの方にどう言い訳したもんかね」
事態の収まった教会を抜け出した青年は、秀麗な顔立ちを冷酷な形に歪め、呟く。
「ま、邪魔なライバルが減ったって事で、良しとするか」
口笛で不謹慎な旋律を奏でると、青年はニタリと笑って立ち去る。手首の腕輪が、夕日を受け銀色に光っていた。