●リプレイ本文
●少年少女と引率の先生
乾いた冬の青空の下、子供たちの元気な声が聞こえる。
「みなさーん、準備はできましたかー?」
ぱん、と手を叩いて、シュヴァーン・ツァーン(ea5506)は子供たちを集める。
女は吟遊楽師だ。とはいえ、唄の引き出しが多いわけでもなく‥‥ならば、と子供たちの案内役を買って出たのである。唄に出来る物語は、何処に転がっているか判らない。子供たちの小さな体験を歌にしてみるのも一興だろう。
『はーい』
口々に子供達が返事をし、シュヴァーンの下へと集まってきた。
「わーい」
「たのしみー」
「どきどきするー」
「それでは、行きましょうね」
にこりと微笑み、引率者よろしくシュヴァーンが歩き出すと、子供たちはゾロゾロと後を付いていった。
●黒妖とニルナの鍛錬
さて一行は、町の片隅にある小さな公園に来ていた。此処で鍛錬をしている二人を見に来たのである。
「覇ッ!」
裂帛の気合と共に、木剣を大降りに一閃したのはニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)だ。
――ヒュン!
その軌跡は、正面に立つ女の肩口を左から襲う。
だが、夜黒妖(ea0351)は冷静に剣閃を見切ると、一歩引き、最小限の動きで避けてみせた。
空を薙いだ一撃。ニルナは右に振りぬいた剣を、今度は袈裟懸けに斬り下ろす。
「征ィィッ!!」
――ブンッ!
この一撃を見て、黒妖は一歩踏み込むと上体を折りたたみ、背中の上で剣閃をやりすごした。
「くっ」
拙い。一呼吸で懐に潜られた。女は焦慮を強引にねじ伏せると、距離を取ろうと試みる。
――シュッ。
遅いっ。黒妖はニヤ、と口の端を歪めると更に一歩踏み込み、上体を起こす要領でニルナの腹に左拳を打ち込む。
ごつ、と鈍い音が響いた。間一髪、ニルナが木剣の腹で拳を防いだのである。
「あぁぁぁ!!」
次の瞬間、雄叫びと共に黒妖の連打が迫る!
左からの短剣は得物で何とか弾く。だが、次の瞬間、右から飛んできたハイキックが側頭部へ。間に合わないッ。女は歯を食いしばり、衝撃に備えた。
しかし‥‥衝撃はいつまでもやってこなかった。
その蹴りは、ニルナの頭まであとわずか、と言う所でピタリと止まっていたのである。
『すごーい!!』
一部始終を見守っていた子供たちから、歓声が上がった。
「へへ‥‥まず一本先取、だね」
短い攻防に、だが額の汗を拭い黒妖は満足げに一言。
「ふぅ‥‥次は私の番ですよ」
ニルナはワインを一口、息を吐くと次の一合へと気合を入れなおした。
●アルフレッドの受難
一行を出迎えた少年は、自室で何から書き物の最中だったようだ。
「ねえねえ、なに書いてるの?」
そのシフールの少年――アルフレッド・アーツ(ea2100)が家主と知るや、子供たちは一気に部屋に雪崩れ込んだ。早くも友達認定されたらしい。
「こらこら、だめですよー」
制止しようと試みるが、時既に遅し。仕方ない、と切り替えて、少年の受難を心に深く書きとめておく事にするシュヴァーンだ。
「あー、お絵かき? わたしもかくー♪」
「わ、ちょ、ちょっとまって‥‥今、説明しますから‥‥」
慌てふためいてパタパタと羽根を震わせ、アルフレッドは机の上に広げた羊皮紙をみせる。
「僕、将来は大陸の地図を書きたいんです‥‥今日は、その練習に近所の地図を書いてみようと思って」
「ほえ〜」
残念ながら、子供たちは地図の概念がピンと来なかったようだ。それもその筈、地図は一般に流通しておらず、気軽に入手できるような代物ではないのである。
「まいにちお絵かきしてるの?」
「普段は、これで‥‥猟とかしてるんですけど‥‥」
子供たちに自前のナイフを見せたが‥‥
「狩りに成功したためしがなくって‥‥」
‥‥そのまま、ガクリと両手をつくアルフレッドだ。
と。
「できた〜♪」
少女の声に振り向けば。
自作の地図(最高傑作:本人談)が数枚、一人の少女の手によって得体の知れない前衛芸術と化していた。
(「い、一生懸命書いたのに‥‥」)
ふと見回してみれば、子供たちに襲来された部屋はしっちゃかめっちゃか。呆然と、何処か遠くを見つめるアルフレッドであった。
●アルスの日常
そうこうしている内に、何時の間にか昼を迎えていたようだ。一行は休憩がてら、軽食でも取ろうかと足取りを進めていた。
と、一行の前に、串焼きを咥えてフラフラと歩く、一人の男。
「ふわぁ‥‥‥‥かったりぃ‥‥」
彼らの前に現れたのはアルス・マグナ(ea1736)である。どうやら寝起きのようだ。
「んん〜‥‥?」
男は子供たちに目を止めると、
「あ〜、そういやぁそんな依頼受けたっけな‥‥」
まるで他人事のようにゆるく呟く。
そんなアルスの裾をくいっと引いて、一人の少女が尋ねた。
「ねぇねぇ、おじさん冒険者?」
ストレートな子供ビジョン炸裂である。全国のよいこのみんな、言葉はナイフだから気をつけましょうね。
「‥‥おじさんじゃないぞ、おにいさんだぞ〜」
「おじさんになれるなら、ぼくも冒険者になれる?」
がきんちょ、さくっと無視である。
「あらあら‥‥」
シュヴァーンも苦笑を一つ、男を気遣う。こっそりと心のネタ帳に今のやり取りを書き込んだのは秘密だ。
「まぁ、子供の言うことですから‥‥ね?」
「まあな〜」
別段気にした素振も見せず、男は相変わらずのゆるい調子で答える。事実、まだ若いんだから気にする必要もない。
「かっこ良いから程度の気持で冒険者目指すなら止めとけ〜、その辺のごろつきになるような冒険者は案外多いものなんだぞ〜」
「ごろつきって、おにいさんみたいなひと?」
「ん〜、まあそんなとこだな〜」
面倒になったのか、適当に返すアルスである。
「さて、お兄さんがご馳走してやるぞ〜」
「わーい!」
子供たちを引き連れ、男は露店に向かう。意外と懐かれているようだ。
その姿を、シュヴァーンは微笑ましげに見守っていた。
●荊姫の教室
しん、と静まり返った室内。
元気が本分の子供たちも、流石に息を呑んで見守っている。
「‥‥ですから、作法とはまず心構えが大事になるのです」
ただ一人、玲瓏と響く声は、皇荊姫(ea1685)である。
気品溢れる、凛とした立ち居振る舞い。そこらの貴族は及びもつかない。事実、乞われて指南に赴くこともあるようだ。
「すいません、お待たせしてしまって」
と、荊姫が一行の傍にやってくる。どうやら、本日の講習は終了らしい。
「おねえちゃん、せんせいだったんだー」
「そうですよ。月に二回、作法教室を開いております」
「どんなことするんですか?」
「挨拶や礼儀作法、立ち居振舞いに華道‥‥作法と名がつくものは一通り、です」
「ほかのひはー?」
「貴方たちにも判る様なお話をしたり、奉仕活動をしておりますね」
「ぼくたちにもできる?」
「勿論」
少女は目を細め、優しく言葉を紡いだ。
「今から作法を学べば、立派な人になれますよ」
「じゃあ、ぼくたちもさほうやるー」
「ええ、何時でもおいでなさいね」
言って、朗らかな笑みを浮かべる荊姫だ。
こうしてこの日から、荊姫の教室には小さな生徒が増える事になったのである。
●詩人と楽師の事情
一行は最終目的地に到着した。そう、酒場である。但し、陽はまだ沈みきっておらず、夜ともなればごった返すホールも人影がまばらである。
「いらっしゃいです。ゆっくりしていくですよ♪」
リュートを片手、ラテリカ・ラートベル(ea1641)が子供たちに声をかけた。因みにこのリュート、酒場の主人から一時的に借り受けた物だったりするが内緒である。
『はーい!』
此処に至っても、子供たちは元気一杯だ。一日中付き合わされたシュヴァーンなどは、そろそろぐったりしていたりするが。
「はわー、元気ですねぇ‥‥」
感心したように呟くラテリカだ。
「その分なら冒険者になるのは難しくないかもですけど、みなさんは、どんな冒険者になりたいって思うですか?」
「ぼくねえ、悪いやつをいっぱいやっつけるんだ」
「たからものをみつけて、おかねもちになるの!」
「せかいじゅうをたびするんだー」
口々に語る子供たちを見て、少女はニコニコと笑みを絶やさない。子供には子供なりに、もっともな理由があるものなのだ。
と、
「おねえちゃんは、なんで冒険者になったんですか?」
一人の少年がラテリカに尋ねた。
「ラテリカのお師匠様が言ってたです。自分だけの歌が、この世界のどこかで待ってるって。だからラテリカ、そのお歌に逢うために、冒険者になったですよ」
ポロン‥‥
リュートを軽くかき鳴らし、少女は言葉を続ける。
「ですけど、今は、一緒に冒険する皆さんや、依頼主さんの笑顔が見たくて、頑張ってる感じでしょか。
‥‥まだまだ未熟ですので、もっともっと頑張らなきゃですね」
真剣に話に聞き入る子供たちを見て、はにかみながら答えるラテリカである。
「いろいろ見てきたんでしょ? どうだった?」
集まってきた子供たちに、ヘルガ・アデナウアー(eb0631)が尋ねる。
「練習とか、かっこよかったよー」
「おえかきしてきたの!」
「ごちそうしてもらいましたー」
「こんどから、さほうをならえるんだよ!」
子供たちも、それなりに楽しんできたようだ。ヘルガは微笑を浮かべながら、語りだす。
「覚えておいて‥‥冒険者と一般人の違いは生活そのものより、思考・思想の問題ね。冒険者はハーフエルフに優しい人が多いし、場合によってはオーガの命だって救おうとするわ。同性愛、異種族恋愛だってタブー視していない。ある意味、欲望の赴くままってのは考え物だけどね。
その意味でも冒険者の冒険者たる所以は、剣でも魔法でもなくて‥‥考え方だと思う」
「‥‥?」
ぽかん、としている子供たち。頭の上には大量のクエスチョンマークが見えるかのようだ。
「‥‥少し、難しかったかしら?」
確かにそうかもしれない。主義主張、思想の分野までは子供たちはついて来れないだろう。思わず苦笑するヘルガであった。
陽も落ち、酒場の客もだいぶ増えてきた。そろそろ、子供たちを家に帰さなければならない時間である。
「さて。楽師と詩人が三人もいるんです。折角ですから、子供たちに一曲披露しませんか?」
ハープ片手に、シュヴァーンはラテリカとヘルガを捉まえ、提案した。自分たちの普段の姿といったら、これが一番なのだ。
「はむー、それはいいですねえ。ラテリカ頑張るですよっ」
「名案ね‥‥乗ったわ」
当然、二人に否やはない。
「さ、みんなー。聴いて下さいね」
女の合図で、酒場に陽気な旋律が流れ出した。
シュヴァーンとラテリカの即興演奏。別段、打ち合わせなくても判る。楽師の才が二人の息を自然に合わせ、かき鳴らされる弦が子供たちへの餞となる。
「Ah〜♪」
負けじと、ヘルガもアドリブでコーラスを入れた。陽気で華麗、複雑にして玄妙な、三人のセッションである。
そして‥‥
『すごーい!!』
旋律が収まった時、子供たちは大喜びで拍手したのだった。
●そして、夜
子供たちはごきげんで家路についたようだ。依頼人の趣旨にそえたかは定かではないが‥‥まぁ、結局は彼らの人生である。わざわざ嘘の姿を見せる必要もないのだ。
「さぁ、喰うぞー飲むぞー騒ぐぞーー!!」
「黒妖は元気ですねぇ、夜もそうなんでしょうか?」
「ふふ、確かめてみる?」
「何事も過ぎては身体の毒ですよ?」
女二人は肩を組み、酒場を出て行く。何処に向かうかは‥‥誰にも、判らない。
「酒場にいると思ってたんですが‥‥」
荊姫はふらりと、酒場で人探し。どうやらお供が迷子になっているようだ。
「‥‥良く考えてみれば、あの子は騒がしい所は苦手でしたっけ」
ひとしきり探して、ようやっと肝心な事に気付く少女。マイペースも考え物、である。
「ふ〜、ちっと呑み過ぎたかな〜」
酒場を出て一人、アルスは呟いた。酔い覚ましがてら、少し遠回りをして帰った方がいいだろう。酒臭い息で帰宅しては、百年の恋も一瞬で冷めるというものだ。
「‥‥ん〜、今日も月は綺麗だな〜‥‥」
男は我知らず、感嘆の声を上げた。
見上げれば、中天に冴え冴えと光る月。夜空には降るほどの星々。
月光は柔らかく、優しく夜の町並みを照らしていた。
●おまけ
「‥‥お、終わらない、終わらないですよぉ‥‥」
もう夜だというのに、アルフレッドの作業は終わっていないようだ。
「‥‥に、二度と、人間の子供は部屋に入れません‥‥っ」
決意も固く、涙混じりに片づけを続けるアルフレッド。
すっかり部屋の中が元通りになったのは深夜だったそうだ。
但し、芸術品に華麗なる転身を遂げた、彼の最高傑作だけは元に戻らなかったようである。