●リプレイ本文
●水先案内人と迷子の少年
「まいどっ」
待ち合わせ場所に現れた初老の司祭と数人の子供たちを見て、漣渚(ea5187)は景気よく挨拶した。
「どうも。今日は宜しくお願いしますよ」
一同を代表して、マリユス司祭が軽く頭を下げる。
「ねぇ、この人がおじさんの言ってた冒険者?」
「でけー」
「つよそー」
「いや〜、そない褒められたら照れるわ」
女は物怖じしない子供たちの言葉に軽く頭を掻くと、では早速とばかりに踵を返した。
「うちら冒険者の冒険しとる以外の姿を見たいんやろ? ほな、いこか〜」
一同が案内されたのは、波止場であった。
「ここでな、うちは水先案内人をしてるわけやね」
『‥‥みずさきあんないにん?』
子供達が声を揃えて首を傾げる。どうやら知らないらしい。
「港を船が行き来するやろ? そん時に船同士が面倒起こさないよう、交通整理する仕事やね〜」
港への円滑な船の出入りに、水先案内人はなくてはならない仕事だ。港の中で事故を起こしでもしたら、多くの者に迷惑がかかるのである。
『へー』
「うちはまだ駆け出しやから‥‥あちこち顔も覚えてもろうてきて、ようやっと水先案内人の仕事も様になってきたところやね〜」
安全を賄う仕事だけに、信用を得るには時間が必要なのだろう。
「っと、実はな、人探しの手伝いを頼まれとってな‥‥そろそろ来とってもええ筈なんやけど、遅いなぁ」
言って、渚はキョロキョロと辺りを見回す。
と、
「あ、あの‥‥」
返事は、女のすぐ後ろから聞こえてきた。
「壬クン、いつの間に来とったん!?」
不意を突かれて素っ頓狂な声を上げる女に、少年――壬鞳維(ea9098)は、寂しそうに答えた。
「そ、その‥‥皆さんがいらっしゃる前から‥‥い、いたんですけど」
‥‥存在感が薄すぎて誰にも気付かれなかったらしい。
「あはは、そりゃ悪い事をしてもうたなぁ」
渚は笑って誤魔化すと、強引に話を切り替える。
「というわけでな、これから壬クン乗せてあちこちの船を回るさかい、お子達も御一緒しまっか?」
『のるー!』
港育ちとは言え、往来する船を眺める事は多くても乗った経験は無いのだろう。子供たちはこの提案に飛びついた。
●迷子かく語りき
「こ、公主様‥‥何処へ行ってしまわれたのですか‥‥」
小船の隅で膝を抱え、半泣きで鞳維は遠くを見た。
先刻から、停泊中の船に接舷しては尋ね人の容姿を伝え、聞きまわっているものの‥‥それらしい目撃情報はゼロ。掠りもしていなかった。
まぁ、それもその筈。少年の主は迷子の付き人の事などサクッと忘れて、パリでのんびり生活中なのだ。更に、鞳維は鞳維で主がドレスタットにいると思い込んでいるから始末が悪い。これでは永久にめぐり合えないに決まっている。
「いい年こいてみっともないなぁ。元気だしなよ」
挙句の果てに、見かねた子供たちに励まされる始末である。いいのかそれでっ。
「あ、ありがとう‥‥頑張りますっ」
少年は涙を拭い、決意も新たに捜索を続ける。
なんでも、最近では月道経由で別の国へ行った可能性に思い当たり、せっせと旅費を貯めているのだとか。健気なのか不憫なのかは専門家(誰ソレ)の間でも意見の分かれるところである。
しばらくして。
「‥‥なに描いてるの?」
子供達が、なにやら一心不乱に羊皮紙に描いている少年に気付いた。
「あ、え、ええっと‥‥紋章、です」
「もんしょー?」
「い、家や団体それぞれに、紋章と呼ばれる固有のマークがあるんです‥‥じ、自分はそれが大好きで‥‥」
ノルマンで出会う、生まれ故郷の華国では見ることのなかった様々な紋章に、少年は魅せられていた。今では唯一の趣味が紋章スケッチになっているくらいだから、その程も窺い知れよう。
「じ、自分は‥‥た、沢山勉強して立派な紋章学者に‥‥!」
己の思い描く将来像に、ついつい力がはいるが‥‥
「‥‥ふ、不甲斐無い従者で申し訳ありません公主様‥‥」
あっという間に我に返り、自己嫌悪で涙が零れる鞳維だ。
この調子だと、学者になるべく猛勉強できるのは、当分先になりそうであった。
●いんたーみっしょん
ディアルト・ヘレス(ea2181)の一日は礼拝から始まる。
そのまま子供たちの相手や己の鍛錬などで半日を教会で過ごし、夕方には酒場へ。騎士たるもの、規則正しい生活が規範である。目標であるブランジュ騎士団への入団を果たす為にも、心身の鍛錬と神への奉仕は欠かせないのだ。
そんな彼に一人の少女――チェリー・インスパイア(eb0159)が尋ねてきたのは、とある日の事だ。
「――仔猫?」
「そうなの、真っ白い仔猫を探してるです。撫でようと思ったら逃げちゃったですよ〜」
キョロキョロと辺りを見回す少女。この辺りまで追ってきて、見失ってしまったのだそうだ。
「‥‥ふむ」
男は少しだけ考えると、暫く少女に付き合ってやろう、そう思った。
●酒は一日にして成らず
さて、一同が次に訪れたのは、ラヴィエール・クロース(ea1577)の職場であった。
「えーと。未来の冒険者って事は、近い将来あたし達と一緒にお仕事したり酒場でお喋りしたりする事になるかもしれないって事だよね?!」
「ええ、そうなりますねぇ」
一同を出迎え、やや興奮気味にまくし立てるラヴィエールに、マリユス司祭は穏やかに答える。
「そういう事なら、あたし協力は惜しまないよ‥‥付いて来て」
少女は快活に言葉を放つと、倉庫の鍵を開け、子供たちを中へ案内するのだった。
倉庫の中、並んだ樽を前にして、少女は語りだした。
「見て‥‥あたしのお仕事は酒造よ」
『しゅぞー?』
耳慣れない言葉に、子供たちは揃って首を傾げた。
「ええっとね、美味しいお酒を造るのがお仕事なの」
「なるほどー」
なるべく理解しやすいように言葉を選んで、少女は話を続ける。
「この樽の中には、お酒の元が入っていて‥‥ゆっくりゆっくり、時間をかけてお酒になっていくのよ」
「へー!」
「キミたちには、まだお酒は早いかな?」
小さく苦笑いを一つ、子供たちの顔を見渡す少女。
「でも冒険者の中にはお酒が好きな人って多いし、冒険者になったら情報交換の為に酒場に出入りする事も多くなると思うの‥‥どうしてもお酒とは付き合う事になるかな」
「そうなんだー」
「なんなら、酒場に行ってみようか? ただし‥‥」
子供たちの後学の為に、馴染みの酒場を見学させるつもりなのだろう。
「グレープジュースで我慢できるなら、ね」
そうして、悪戯っぽく少女は微笑むのだった。
皆を引き連れ、ラヴィエールは一路、馴染みの酒場を目指して街のメインストリートを歩んでいた。日が落ちるまではまだ大分ある。冬の午後の柔らかい日差しを浴びて、子供たちの足取りも弾むように軽い。
そんな一同が、葉のすっかり落ちた落葉樹の枝に腰掛け何事かブツブツやっている女を見つけたのは、メインストリートの半ばあたりである。
●冒険者どきどき☆セキララ日記
「ってゆぅかぁ、将来有望な美形候補のパーティー発見☆ ってカンジぃ?」
やってきた子供たちに気付くと伝結花(ea7510)は、そのままの姿勢――枝に腰掛けたままで話しかけた。
「結花さん‥‥なにやってるの?」
不思議そうに尋ねたラヴィエールに、結花はさも当然と言った風に答える。
「いわゆる一つの美形観察ネ☆」
「‥‥なにソレ?」
お子様、流石に意味不明すぎて混乱気味。
「例えばネェ‥‥キャ☆ あのおにーサン影がある感じ‥‥きっと家族を幼い頃に山賊に奪われたのネ。誰も寄せない信じない、そんな眼をしてるヮ‥‥◎ネ」
突如、結花アイが発動、美形鑑定を開始。結花脳が妄想力フルパワーで回転しているので、見た目以外の設定は全て信憑性ゼロであるがその辺はどーでもよろしいので気にしないように。
「う〜ン、あの人武骨ソーで渋いんだケドぉ、ちょっと人が良さそぅ? アタシ的には触れる物皆傷つけた、みたいな雰囲気があるといーんだケド‥‥残念△。あ、あそこのコ将来私好みになりソ〜☆ 憂いを帯びた瞳が年齢以上に色気を漂わせてる感じネ。期待を込めて○」
‥‥唖然と見守る一同をすこーんと置き去りにするその加速力は余人の追随を許しそうもない。
「ってカンジぃ。判ったカナ?」
全然ワカリマセン先生。
「あ、因みにボクたちは将来性ポイントが自動加算されるから、全員○以上確定ョ。オメデト〜☆」
『‥‥うれしくない‥‥』
この有り難い御託宣に、げんなりする子供たちである。
「イイ? 冒険者を目指すボクたちに、大事な事を教えてあげるヮ‥‥」
枝から飛び降りた結花が熱っぽく語る。
出来る事なら教わりたくないというのは皆の共通見解だが、蛇に睨まれた蛙の様に身動き一つ出来ないのは何故だろう。
「ギルドに行ったらマズ最初に『ねぇねぇ、依頼主の人って美形だった〜?』って聞くノ。これ、重要事項。仕事への意気込みがかなーり変わってくるんだから」
ああ、予想通りの展開に、子供たちもお腹一杯胸一杯である。結花が美形を中心に世界を回しているのはもはや明白だったが、あえてツッコムような勇者はだーれもいなかった。
「‥‥美味しいお酒と美しい音楽と綺麗なお兄さんは、この世の宝だものね。わかる、わかるワ!」
大変です。ツッコムどころか洗脳された犠牲者(ラヴィエールさん 16歳女性 冒険者)が発生しました。
「内容を見て陰謀の香りがしたら要チェック。だって陰謀には美形がお約束だものネ!」
「恋人を殺されて復讐鬼と化した美形もお約束よね!」
「それ、サイコー!」
‥‥妄想と偏見が絶妙にブレンドされた濃ぉい空気に、さしものマリユス司祭も言葉が出ない。つか、子供たちをつれてサクッと逃げ出した模様。
当然ながら、美形談義に玉虫色の花咲かせる乙女二人がそれに気付く筈もなく、何時の間にか日もとっぷり暮れて腹の虫がぐーぐー鳴っていたそうである。
●いんたーみっしょん・2
仔猫を探し回るうちに、チェリーとディアルトの二人は薄暗い路地裏にまでやってきていた。
(「この人はどうして私に付き合ってくれるのでしょう?」)
なんとなく、少女はそんな事を思っていた。
一般的に、ハーフエルフに対する世間の風は厳しい。祝福されぬ罪の子とされているからだ。
「あの――」
どうせだから、聞いてみよう。疑問を口に出そうとした刹那、
「――シッ」
男が少女の言葉を遮り、とある場所を指差した。
――母猫のすぐ傍で仔猫が二匹、身を寄せ合って幸せそうに丸くなっている。
「いた‥‥」
少女は思わず仔猫に近寄り、撫でようとして。
「‥‥」
諦めたように淡い笑顔を浮かべ、仔猫たちを起こさぬよう、そっとその場を後にした。
(「そうだ‥‥それでいい」)
聖なる母の祝福は、例え世間がどう言おうとも、善なる者全てに平等。少なくとも、男はそう思っている。
常に他人に優しくあれ。
男は満足そうな笑みを浮かべると、黙って少女の背中を見送ったのだった。
●お姉さんは買い物上手
「――じゃあ、お買い物に付き合ってもらおうかしら?」
子供たちを前に一頻り考えると、ユノ・ユリシアス(ea9935)はそう提案した。
『おかいもの?』
子供たちはまたもや首を捻る。それの何処が冒険者たる生活なのだろうか。当たり前と言えば当たり前な事だが‥‥そんな子供たちを微笑ましげに眺めるユノである。
「一度依頼を受けると帰宅がいつになるか分からないわ。真夜中に帰ってきて、おなかが減ってるのに食べるものが何もない‥‥というのは冒険者でも辛いものよ」
苦笑いを一つ、ユノは話を続ける。
「だから、依頼の期間が長くなっても腐ったり痛んだりしないように『なるべく長持ちする』ように調理しておくの」
携帯性や保存性などは市販の保存食が数段上だろう。だが、自宅で賄う食糧程度ならなんとでもなるものなのだ。
「あ、そうかー」
「魚だったら油付けや干物、野菜も酢や塩で漬けておくと、長持ちする上に美味しくなるわ‥‥少しだけど持って来たの。食べてみる?」
『たべるー!!』
大喜びで見本の魚や野菜に飛びつく子供たち。
「そう考えると、冒険者の条件には『お買い物が上手い事』って言うのが挙げられるかもね。保存食にするからには『新鮮で良い物』を『安くたくさん』仕入れなければならないでしょう?」
そう。冒険者に限った事では無いが、買い物上手は生きる上で必須とも言えるスキルなのである。
「今の内から教会のお手伝いをして、お買い物の勉強をしておくと良いかもしれませんよ?」
納得しきりの子供たちに、柔らかく優しく微笑むユノであった。
●三四郎の真剣遊戯
――浜辺。
「キミたち、『柔術』をやってみませんか?」
『ジュージュツ?』
ジャパン出身のその男は、耳慣れない単語に目を丸くする子供たちを見て、恰幅のいい大柄な身体を豪快に揺らし、はっはっはと笑った。
彼の名は瀬方三四郎(ea6586)――冒険者である。
「それはまた突然、どうしてです?」
この唐突な申し出に、司祭は不思議そうに尋ねた。
「第一の目的は『精神』の修養。礼に始まり、礼に終わるといった『武道』の中にある礼節を知る事」
男はいかつい顔で生真面目そうに説明を始める。
「第二の目的は、その鍛練を通じて、肉体の痛みを知る事。それを知ることによって、自分勝手な暴力がいかに危険で愚かなことであるかを教えるのだ」
「成る程。実体験を通して心と身体を鍛えて行く訳ですねぇ」
感心した風に司祭は答えた。
「厳しい練習を通じ仲間も出来るし、ライバルも出来る。強くなれば自分にも自信が湧くものだ。そんな環境に置くことで子どもの中に一本しっかりとした芯が通るはずだ」
「いちいち納得ですねぇ‥‥しかし残念な事に、私どもは貧乏でして」
「ははは、金子の事はよろしい。無料で毎日、稽古をつけましょう」
「へー」
「タダならやってもいいよ」
「強くなれるんでしょ?」
現金なドレスタットの子供たちに、三四郎は小さく苦笑いを一つ。
「勿論だとも。日々が絶え間無き求道、そして修練。勉学に刻苦し、実践を繰り返さねば冒険者にはなれんだろう」
と力強く言って、合掌したのだった。
●エピローグ
「――いやはや、感心しましたねぇ」
一通り見終わって教会に戻ると、司祭は一人呟いた。
彼らにとって、冒険者達の生活を見たことは実りあるものになっただろうか。それはまだ、誰にも判らない。
子供たちの様子次第で、もう一度冒険者ギルドを訪れる必要もあるかもしれない。しかしそれは、もう暫く後の事になりそうだった。
何故なら戻ってきた子供たちの瞳は、将来の希望に輝いていたのである。