Deadly Lover

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月15日〜09月20日

リプレイ公開日:2004年09月21日

●オープニング

 セーヌ川に寄り添うように広がる街、ノルマン王国の首都、パリ。その東側、俗に言う『冒険者街』にその建物はある。
 名誉、夢、信念。
 困窮、野望、道楽。
 諸々の想いを抱いて、人々はその門をくぐる。
 ――冒険者ギルド。様々な想いが集まり、交じり合い、運命の種子となって放たれる場所。冒険者たちの旅立ちが始まる場所。
 そして今日もまた、一つの事件が冒険者たちに委ねられる事になる‥‥

「――ズゥンビ退治なんかはどうですか? 取れたてホヤホヤの依頼ですよー」
 カウンターの向こう、ギルド員の少女がポニーテールを揺らし、快活に言葉を放つ。
「ここから二日ほど離れた村の墓地から、死人さんが這い出てきちゃったそうなんですよ。で、墓地をウロウロするわ墓守さんに襲いかかるわで始末に負えないから何とかしてほしい、って依頼があったんです。このままじゃ墓参りに行ったのに自分がお墓入り、なんて事にもなりかねませんしね、あはは」
 当事者にとっては笑い事ではない。ズゥンビは人の姿を見れば必ず襲いかかってくるのだから。動きは鈍いが頑丈であり、戦い慣れない者には手に余るといえる。当然、ここは冒険者の出番だろう。貴方は頷き、話を続けるように促す。
「あ、行ってもらえます? 依頼人の村長さんの話だと、ズゥンビさんは全部で4体だそうですよ。最初に襲われた墓守さんが上手く逃げたおかげで、墓地からは出てきてないみたいですね。まあ、皆さんならサクッと昇天させてあげられると思いますよぉ」
 もちろん油断は禁物ですけど。そう言って少女は微笑んだ。
「あ、そうだ。ズゥンビさんの内一体は、まだお亡くなりになったばかりで状態が綺麗だそうなんですよ。生きてる人とカンチガイしないようにしてくれとのことです。墓場は関係者以外立ち入り禁止にしたそうですから、間違える事はそうそうないと思いますけ‥‥」
 と、その時。突然、一人の青年が駆け込んできた。息を切らし、切羽詰った表情で叫ぶ。
「や‥‥やめろ、やめてくれ!!」
「‥‥へ? と言いますと‥‥」
 怪訝な顔で少女が尋ねる。
「その中には‥‥俺の恋人がいるんだ!」
「ええっ!?」
「収穫祭が終わったら結婚する約束をしていた。それが、ついこの間、風邪をこじらせて‥‥だけど、彼女は戻ってきてくれた。俺のために、俺と結婚するために、戻ってきてくれたんだ!!」
「あのぉ‥‥そうは言われましても、もうお亡くなりになった方なわけですから‥‥」
「違う、彼女は生きて、動いているじゃないか!」
「うーん、それはズゥンビさんになっちゃったからで‥‥」
 困惑する少女。相手はかなり感情的になっているようだ。気持ちは判らないでもないが、それでハイそうですか、と依頼を断る訳にもいかない。このままでは大勢が迷惑するし、だいいち依頼人は別の人なのだ。筋が違う、とも言える。
「頼むから、彼女を傷付けるのだけは止めてくれ‥‥もう一度死なれるなんて、俺には耐えられないんだ‥‥」
 肩を落とし、俯く青年。表情は見て取れないが、零れ落ちた涙は、はっきりと見えた。

●今回の参加者

 ea1679 丙 鞘継(18歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea1685 皇 荊姫(17歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea3120 ロックフェラー・シュターゼン(40歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea5085 ノエル・ウォーター(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea6128 五十嵐 ふう(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6652 ギルギアス・ウェトストリィ(62歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 閑散とした村はずれの墓場。寂寥感漂う生者の終着駅に、僅かな死臭が漂う。墓地を囲む塀の上に止まった鴉が鳴いた。不幸の象徴が嘲笑しているように見えて、妙に癇に障る。
「私は彼の恋人を想う気持ち、痛い程判ります」
 小柄な肢体を法衣に包んだ少女が言葉を紡ぐ。エルフにして僧侶、皇 荊姫(ea1685)だ。優雅な口ぶり、身のこなしは生業ゆえか。品の良い顔立ちから紡がれる言葉は、全く嫌味を感じさせない。
「鞘継がそうなってしまったらと思うと…本当に悲しいですもの」
 ズゥンビとなった以上、もう如何にも出来ない。だけど、自分が出来る事は彼にしてあげたい。そう思う荊である。
 青年に同行するように告げたのも彼女だ。それは自らの目で、変わり果てた恋人の実情を知ってもらう為。
「ここで待っているでござる。時がきたら、お呼び致す」
 墓地の入口で黒畑 緑朗(ea6426)が青年に告げた。青年の同行はここまで。この先は冒険者の領域だ。

●殲滅、不浄なる死者
 標的を見つけ出すのは容易かった。墓地内は立ち入り禁止であり、動く者は冒険者とズゥンビのみ。当然、相手もすぐに此方の存在に気付き、唸り声と共に墓標を縫って迫る。
 それを見た冒険者達は戦い易いようにコンビを組み、散開した。先ずは恋人以外のズゥンビを殲滅しなければならない。最初に動いたのは銀髪の老魔道師、ギルギアス・ウェトストリィ(ea6652)だ。
 唱えるのはグラビティーキャノン。ズゥンビを上手く誘導し、範囲内に複数収めて放つのが狙い。しかし、如何にも場所が悪い。今回の戦場は墓地。となれば、魔法の効果範囲にかなりの確率で他人の墓標が入ってしまう。この魔法は岩や壁などの物体にも効果を及ぼす為、上手い位置取りで収まったのは1体だけだった。
「ほっほっほ‥‥一気に殲滅できれば楽なんじゃがのう。まぁ、仕方ないか」
 軽口を叩くと力ある言葉を紡ぐ。放たれるは黒い重力の帯。
 ――ズゥン!
 波動に巻かれたズゥンビが重力波に耐え切れず転倒した。無傷のズゥンビが向かってきたが、素早くロックフェラー・シュターゼン(ea3120)の後ろに隠れる。老人を護るように、戦士が前に出た。
「悪いがあんたらには何の感慨も無い」
 ロングスピアを構え、走る。槍の重量に加え全体重を乗せ、体ごと繰り出すは必殺の一撃、チャージングスマッシュEX!
 ――ッドォン!
 槍は狙い過たず、ズゥンビに命中した。防衛本能を持たないズゥンビゆえに決まった荒業。その威力は凄まじく、一撃でダウン寸前である。
「さっさと地の底に帰ってもらうぞ‥‥!」
 反撃を受け、軽く手傷を負いはしたが、次の一撃でズゥンビは沈んだ。30秒も経たぬ内の決着だった。

 ぎこちない動きで、無傷のゾンビが迫ってくる。傍目には、具合の悪そうな若い女性にしか見えなかった。これが件の恋人のようだ。ノエル・ウォーター(ea5085)が向かったのは彼女の元だった。
 間合いとタイミングを計り、胸元のネックレスを掲げ聖なる母に祈りを捧げる。女の体が淡い光に包まれ、ズゥンビが硬直した。神聖魔法、コアギュレイトだ。流石に緊張したのだろう、雪のように白い肌に汗を浮かべ溜息を一つ。これで暫く彼女は動かない。あとは残りのズゥンビを倒すだけである。
(「本当は彼女だけじゃなくて、皆、誰かを愛したり愛された方々だもの」)
 そうなのだ。
 生前の彼らは普通の人間だった。変わり果てた姿を見て、悲しむ者もいるだろう。
 ――だから、早く平穏な眠りに導いて差し上げなくちゃ。
 ノエルが祈りを捧げると、一体のズゥンビが淡い光に包まれた。

「ぉおおおおッ!!」
 雄叫びを上げ、丙 鞘継(ea1679)が拳を振るう。飛び上がるように顎に向けて渾身の一撃。龍飛翔――十二形意拳は辰の流れを極めた者に伝授される奥義だ。ズゥンビの頭がぐらりと揺れる。相応のダメージを与えているのは間違いない。
「シィッ!」
 次いで緑朗が日本刀を叩き付ける様に切り下ろす。スマッシュを使ったのだ。但し、此方は普通に攻撃した時とダメージが大差ない。ズゥンビはタフな相手、刀の重さを上乗せしただけでは足りなかったらしい。
「ぐっ」
 ズゥンビの爪が鞘継を捉えた。無防備な脇腹に一撃貰い、たたらを踏む。龍飛翔の欠点、それは膨大な隙。必殺の奥義ゆえの欠点とも言えるが、鞘継は龍飛翔が頼みの綱だ。ナックルの素早い3連撃も、ナイフのブラインドアタックも、タフな相手には掠り傷でしかない。重さよりも速さで勝負するスタイルの泣き所である。軽さが災いして、龍飛翔もかなり打ち込む必要があった。
「鞘継!」
 荊が近寄り、リカバーで鞘継の傷を癒した。
 護るべき人に護られている。そんな事実が、男の心を焦がす。
「済まない、姫‥‥」
 一言だけ詫びると、再び龍飛翔の一撃。打撃の蓄積に耐え切れず、ズゥンビの動きが止まる。
「即身成仏!」
 緑朗の一撃が止めとなり、死者は動かぬ骸となった。

「もう一度おっちぬテメェ等には同情するが‥これも仕事だ。オネンネしてもらうぜ‥‥!!」
 日本刀を右手に、言い放ったのは五十嵐 ふう(ea6128)。とにかく強くなりたいと思っている彼女は、戦いを愉しんでいる。左目が虹色に煌くのは興奮ゆえか、それとも。
「巴里紅翼華撃団・炎組‥‥」
「ちょい待ち。転ばぬ先の杖や、要らんかもしれへんが貰っとき」
 クレー・ブラト(ea6282)が、ふうを呼び止める。神聖魔法、グットラックで支援するつもりだ。
 しかし‥‥迂闊だった。魔法を使うには、装備が重すぎて集中できないのだ。仕方なしに、クルスソードを地面に深く突き立てて祈りを捧げた。咄嗟の時に迎撃できなくなるが、仕方ない。クレーの体が淡く輝く。ポン、と軽くふうの背中を叩き、祝福を与える。
「ほい、行ってきぃ。気ぃつけてや〜」
「シッカリしてくれよな、ったく‥‥『紅き鮮血』のふう、行くぜ!」
 軽くぼやいて、ふうが突撃する。先ずは挨拶代わりの二連斬、爪の一撃は余裕を持って受け止め、返しの斬撃。次いで軽くバックステップ、爪を空振りさせると一歩踏み込んで更に二振り。1対1で圧倒している。
「『俺の恋人』‥‥? バカこけ、コイツらはただの肉の塊だ。人間じゃねえッ!」
 死体の傷口から垂れる腐汁を見て、ふうは吐き捨てた。
 彼女とて青年の気持ちが判らない訳ではない。寧ろ、心の奥底では同情さえしている。だが、仕事は仕事、私情を挟みたくはない。心の葛藤を抑える為の、粗暴な態度は若さの現れ。仲間に止められたが、青年を殴ろうともした。
 激しいステップ、血風と共に踊るように剣が舞う。決着は間近だ。
「はー、流石は『紅き鮮血』さんやわ」
 世辞と賞賛が1:1といった顔でクレーが拍手した。

 こうして青年は恋人に引き合わされた。じっと見つめて動かない男に、ノエルが声をかける。
「彼女に触れてください。この温もりのない体は、あなたの愛した彼女でしょうか」
 ――俺が抱いた彼女は、もっと暖かかった。
「目を見てください。そこに貴方は映っていますか?」
 ――俺は、どこにも‥‥
 男の表情が揺れた、その時だ。突然恋人が動き出し、男に掴みかかる! コアギュレイトは掛け直してあり、切れるにはまだ早い。どうやら抵抗されていたようだ。掛け直した場合、判別が付かないのだ。
 恋人は男の肩を掴み、無防備な喉笛に噛み付こうとする。男は目を閉じ、されるがまま。
 そして鮮血が、恋人の顔を染めた。

●別離、鎮魂のブーケ
「ぐうっ‥‥!」
「ロック殿!」
 咄嗟に腕を差し出したのはロックだった。己の顔に散った鮮血に、青年が呆然とする。
 その間にノエルがもう一度コアギュレイトを行使、恋人が動かぬ彫像と化す。
「なぜ‥‥っ」
「死んだ恋人と聞いて、見捨てる事はできないからな。少し立場は違うが‥‥あんたの気持ちは良くわかる」
 腕の傷を押さえ、ロックが痛みを堪えながら言う。
「それにな、恋人を殺したヤツの気持ちになってみろよ‥‥あんたの恋人は、そんな事を望んでるか?」
「‥‥それは‥‥」
「俺は、今でも夢に見る」
 ロックの脳裏を苦い光景が過ぎる。それは過去の記憶。どうしようもなかった。だが望まず背負った十字架が、男の心を苛む。
「‥‥あんたの恋人だって、天国で俺と同じ思いをするんだ。俺の二の舞にはさせんよ」
 苦い表情と共に、強い瞳で青年を見据えるロックである。
「ロック様‥‥」
 荊が痛々しげな瞳で祈りを捧げ、ロックの傷を塞ぐ。いつか心の傷も癒えますように、と心の奥で願いつつ。
 ギルギアスは泰然と語る。
「ほっほっほ‥‥まあ、若いうちは色々あるでのう。じゃがの、大事なのは前に進む事じゃよ」
 諭すようにノエルが告げる。
「彼女の魂は、もう母の御胸に旅立っています。目の前の彼女は器にすぎません」
「既に彼女は御仏への道を歩み出したのだ。朽ち逝く骸のまま引き留めても‥‥」
「もう、貴方の声も届かないの‥‥お願い、わかって」
 鞘継とノエルの言葉に、青年は啜り泣きながら彼女を頼む、と告げた。

 葬送の先導はノエルのピュアリファイ。母なる力に包まれて死者は天に還った。
「昔のエライ人が言ったらしいんやけど――」
 ――ジャキッ。
 クレーは直立し、胸の前で剣を垂直に構えた。まるで聖印を象るように。
 それは失われた魂に対する、彼なりの哀悼の意。
「ホンマに愛し合う恋人は、死後、神の聖園で永遠に結ばれるんやて」
「彼女は光となって、あなたをずっと見守っていてくれます。嘆かないで‥‥彼女も辛いと思うから」
 ノエルの言葉に、青年はただ黙って頷いた。

 せめてもの礼にと、青年から帰りの分の食料を渡され、冒険者達は帰路に着いた。
 最後に一度だけ荊は振り返ってみた。彼女が作ったそれは、夕日に染まった墓碑の前にある筈だ。
 悲しい恋人達に手向けた、野に咲く花のブーケが。