●リプレイ本文
●計画
「どうにも司祭様とは腐れ縁が」
ドレスタットの片隅にある寂れた教会。ノルマンには珍しく、大いなる父の祝福を受けたその建物の一室で、多嘉村華宵(ea8167)は微笑んだ。
秀麗な顔立ちに女物の旅装束を纏っているので一見女性に見える華宵だが、実はれっきとした男性である。男性恐怖症の少女を治療する試みの一つとして、女装して接する事にしたらしい。もっとも本人も女装は嫌いでないらしく、言葉とは裏腹に楽しんでいるのは間違いない。
「腐れ縁などとんでもない。これも大いなる父のお引き合わせですよ」
その向かいに座り、柔和な笑顔で相対する初老の男はこの教会の司祭、マリユスだ。
青年が冒険者ギルドの依頼を受けてこの教会を訪れたのは、これで三度目になる。お陰ですっかりここの司祭とは顔馴染みになってしまったようだ。
「そうでありますな、良縁であると思いたいところですが」
ともすれば奇縁かもしれませんな、と伊勢八郎貞義(ea9459)が笑った。この侍の八男坊も、華宵同様に司祭とは顔馴染みである。ここの司祭が持ち込む依頼は、殆どの場合報酬が食事になってしまうので普通の冒険者には敬遠されがちなのだが、八郎は金銭に無頓着らしく気にする様子はまるでない。
「さて、司祭殿。アリア君の事ですが、誕生会を行いたいと思うのでありますが」
「誕生会?」
「下準備などで出入りする男性に見慣れてもらうのが目的の一つでありますが‥‥」
男は勿体を付けるように一旦言葉を切った。
「催事を行う時の連帯感。これを利用しない手はありませんからな」
一つの目標に向かって協力すれば、自然と心打ち解けるというもの。海賊に略奪された少女の傷を癒す切っ掛けになれば、という訳だ。
「勿論、我輩は裏方に回りますぞ。刺激が強くては逆効果ですからなぁ」
表だって行動する事を好まない八郎である。今回も裏方に回る事を志願した。行く行くは影の黒幕‥‥と呼ばれる日が来る、かも知れない。
「そこで、男性からは私とセシルさんでお相手しようかと。私はこの通りの見た目ですし‥‥」
すっ、と華宵が部屋の片隅に控えていた少年に視線を送る。
「僕は‥‥同族ですから」
おずおずと耳を晒し、セシル・クライト(eb0763)が言葉を継いだ。
少年にとって幼い頃の思い出は、今も苦痛でしかない。とかく白眼視されがちなハーフエルフの宿命である。だがまだ、自分は運が良かった。あの時、人間の冒険者に救われていなければどうなっていたか‥‥少女の事情が他人事とは決して思えないセシルだ。
「‥‥頑張ります」
「アリアさんの事は大船に乗ったつもりで‥‥とは言い難いですが」
「微力を尽くしますぞ」
「万事お任せしてますよ」
相変わらずの調子で、司祭が答える。例によって例の如く、冒険者達に投げっぱなしのようだ。信頼されている証だ、と取れないこともなかった。
●再会
――アリアちゃんに会える、会えるっ♪
弾む足取りは、徐々に駆け足へ。そして最後は猛ダッシュ。
赤毛の少女の元へ辿り着くや否や、ピリル・メリクール(ea7976)は駆け寄った勢いもそのままに少女に飛びついた。
当然、その勢いに耐えられる筈もなく‥‥少女はピリルに押し倒されるような形で、尻餅をついたのだった。
「アリアちゃん御免ねっ。一緒にいてあげるって約束したのに守れなくて御免ねっ。でもすっごくすっごく会いたかったよっ。元気だった?」
「‥‥げ、元気よ‥‥でも」
「でも?」
「‥‥あなた、誰?」
「!!」
無情な死刑宣告に、ピリルはフラフラと庭の片隅まで歩いていくと愕然と座り込み、つつーと涙を流して動かなくなる。
「こらこら」
その一部始終を見守っていた神木秋緒(ea9150)は苦笑いを一つ、声をかけた。
「あまり虐めすぎちゃダメよ?」
「‥‥冗談よ‥‥ごめんね、ピリル」
流石にやりすぎたと思ったのか、少女はピリルに向き直って淡い笑みを浮かべた。
「‥‥冒険者が忙しいのは知ってるから‥‥」
何かに思いを馳せるようにアリアが呟くと、秋緒が尋ねた。
「どう、まだ外に出るのは怖い?」
「‥‥外は‥‥別に‥‥」
「お兄さんを探したいんでしょう? なら、ずっとこのままと言う訳には行かないわ」
「‥‥」
「まずは自分に出来る事を探さなきゃね」
励ますように言うと、秋緒は一つの提案を持ちかける。
「剣術を学ぶ気はない? 自分の身を護る力があれば、きっと役に立つから」
学ぶという事は、自信を得る切っ掛けにもなるのだ。それは同時に、恐怖心克服への切っ掛けになるに違いない。
「‥‥やってみる」
小さく頷く少女に、嬉しそうに微笑む秋緒だ。
「あのね、誕生会開くのっ」
と、ショックからは立ち直ったピリルが二人の間に割って入った。
「司祭さんがたまには子供たちのお祝いしてあげたいからって」
「そうだったんだ‥‥」
「みんなで盛り上げちゃうからねっ♪」
「‥‥うん、楽しみ」
そうして少女は、再び淡く笑ったのだった。
●準備
「アリアさん、ちょっといいですか?」
日課の庭掃除をしていた少女に、華宵が声をかけた。
「これ、私の友人からなんですが‥‥」
片手の手紙を渡そうと華宵が近づくと、少女はビクリと身体を強張らせて一歩退いた。
「‥‥どうかしたの?」
傍らのピリルが不思議そうに尋ねる。あれ以来アリアにべったりの彼女だが、少女も悪い気はしないらしく、一緒の部屋に寝泊りしたりしているようだ。遠目に様子を伺っているセシルに言わせれば、別の道に進んでしまいそうで逆に心配になったらしいが。
そのセシルはと言えば、同族の気安さかぎこちないながらも挨拶程度は交わせるようになっていた。無理はしないことにしているので、状況は遅々として進まず‥‥と言った感じだ。
とは言え、少年の目的は触れ合う事ではなく慣れてもらう事。最終的にそれなりの距離に近づければいい。慎重にお互いの距離感を計算するセシルである。
「――あの、何か?」
内心は表に出さず、早春の微笑を浮かべて華宵が尋ねた。現在の立場は嘘を吐いている訳でも真実を教えた訳でもない微妙な所。気付かれたのだろうか?
「‥‥いえ‥‥ごめんなさい」
どうしたんだろう、私‥‥。
少女は華宵に詫びると、それでもやはり緊張は隠せずに、おずおずと手紙を受け取ったのだった。
『拝啓 アリア様
突然手紙を出す無礼を許して戴きたい。
当方教会の誕生会の準備を依頼された者であり、それに教会の方々の意見を取り入れたく。
買出し等の品の案件、願わくば貴女のご意見も当方にご教授されたし――』
少女は自室に戻ると、丁寧に丸められた羊皮紙――アルタ・ボルテチノ(ea1769)の手紙だ――の皮ひもを解き、目を通した。
明記こそされていないが、内容と伝達手段から筆者が男性であろう事は容易に推測できた。上質な羊皮紙に丁寧に書かれた文字が、差出人の気遣いを感じさせる。
(「きっと司祭様から私の事を聞いたのね‥‥」)
こうして手紙を受け取る分にはまるで怖い事は無い。むしろ、少女は差出人に好感すら持った。手紙なら平気なのに‥‥そこまで考えて判った。そう、自分はあの男性的な雰囲気が怖いのだ。
礼儀には礼儀で答えねばならない。アリアは机に向かうと羊皮紙を広げ、羽根ペンをインクに浸した。
「やっと着いたヮ‥‥」
市場まで買出しに出ていた伝結花(ea7510)は大量の荷物を下ろすと、額の汗を拭って溜息を一つ。
「食材だのなんだの、結構頼まれたからね」
その傍ら、ピリルは涼しい顔だ。結花と一緒に買出しに出ていたのだが、汗一つかいていないのは愛馬であるマルコ号に荷物を載せてきたからだ。
「ってゆぅか、ずっるぅ〜い」
「文句言わないのっ。私だって泣く泣く買出しに出たんだからっ」
とまあ、かしましくも乙女二人は教会の庭へ。誕生会の設営をしている仲間に運搬を手伝わせるのだ。
「おぉ、お待ちしておりましたぞ」
庭で地均ししていた八郎が喜色を浮かべた。これで本格的に設営が出来るというものである。
男は以前の経験を活かし、誕生会の出し物も踏まえて会場設営を計画していた。人数分の椅子も確保してあるから、後は簡単なステージと、飾り付けをを作り上げるだけだ。
「飾り付け用の材料もありますな‥‥では、さっそく始めますかな」
八郎は教会の子供たちを呼び寄せ、大げさな身振りを交えながら説明を始める。飾り付け用の工作を子供たちと一緒に行うつもりのようだ。布に果物の汁で絵を描き、蝋燭の火で炙り出すだけの単純なものだが、子供たちは夢中になって絵を描き続けた。
「出来上がったら、わたくしに任せてね」
スクロール片手に、メアリー・ブレシドバージン(ea8944)は飾り付けの準備万端。子供達が作った飾りをロープに張りつけ、スクロールの力で宙に浮き、木から木へと張り巡らせていく。
こうして教会の庭は、徐々にパーティー会場へと形を変えていったのであった。
(「‥‥あの子達があんなに懐くなんて‥‥」)
庭の片隅で設営の様子を遠巻きに伺いながら、少女は不思議な感慨に耽っていた。
「どうしたの?」
それを見つけた秋緒が声をかける。
「‥‥あの子達‥‥恐がらないから」
「八郎さん、いい人だからね」
「‥‥」
少女は和気藹々と作業を進める一同を見やり、再び考え込む。
「ね、最初に教えた型、やってみて」
その様子を見た秋緒が、唐突に言った。少女は戸惑いながらも、傍に立てかけてあった箒を正眼に構えた。
「そうやって、少しずつ覚えていけばいいわ。その分だけ、恐さも薄れていくから」
すぐに成果が出る訳がない。しかし、物事と言うのは努力し続ける事が大事なのだ。
「何時か一緒に冒険に出ましょう? 貴方のお兄さんを探しに」
そう言って優しく微笑む秋緒に、アリアは何時もの淡い笑みではなく、嬉しそうに笑ったのだった。
「――それで、この兄というのは?」
一方でアルタは、マリユス司祭から少女の事情を聞きだしていた。手紙で少女の心中を整理する事を促すには、より彼女自身について知っていたほうがいいと思ったのだ。
「私もそれほど詳しくは知らないんですが‥‥五年程前に、冒険者になると言って家出したそうです。名前は確か、カイエンとか」
「‥‥ふむ」
一言唸ると、男は少ない情報を頭に叩き込む。
「何分、口数の少ない娘でしてねぇ‥‥ああ、またお返事が来てますよ」
思い出したように司祭が男に羊皮紙を手渡した。まだ暫く、少女との文通は続きそうである。
「ネ、アリアちゃんて男の人苦手って聞いたんだケド?」
作業を見守る少女に近づいた結花が、それとなく話を振った。
「‥‥ええ」
「それじゃ美形のお兄サン見てもときめけないのよネ、勿体無いヮ」
「‥‥」
「ってゆぅかアタシ美形観察が趣味なのネ。アリアちゃんは美形のお兄サン嫌い?」
「嫌いじゃないけど‥‥」
微妙な表情で少女が答える。決して嫌いではないのだ。ただ‥‥
「じゃ、こう言う風に男の人見てみたら? 例えばホラ‥‥あの人アレネ、故郷に病気のお母さんが居て早く楽にさせたくて一攫千金を狙って冒険者になったのヨ。‥‥泣かせるヮ」
結花はアリアにつかず離れずの距離で作業を進めるセシルを指差すと、脳内で勝手にでっち上げた妄言混じりのストーリーを披露した。
「‥‥そうなの?」
「さァ? ただ‥‥ネ、こうするとちょっと楽しくなってくるデショ☆」
「‥‥そうかも」
とぼけてみせる結花に、なんとなくその気になる少女であった。
●祝宴
その日、教会の庭はパーティー会場に変貌を遂げていた。
皆でステージを取り囲むように座ると、始まる演目は華宵、結花ペアの手品。更にセシルが奏でるBGMが場を盛り上げ、これには子供たちも大喜びである。
アリアはピリルに手を引かれ、輪の端の方で見物している。以前と比べてセシルから距離を取らなくなったのは進歩と言っていいだろう。
「アリアちゃん‥‥これ、私からプレゼント♪」
ピリルは自分の首からネックレスを外すと、アリアの首にかけてやった。
「人ってね、やっぱり人と繋がってないと寂しくて仕方ないんだよ。それは時にすごく怖いことだけど‥‥でも繋がってる、ってそれだけですごく安心できるんだ」
「‥‥大事にするね‥‥」
銀の輝きに手を添え、そのほのかな温もりに少女は目を閉じ、感じ入った。
「じゃ、最後のマジックはこの人が華麗に変身しちゃうわョ?」
結花の台詞に華宵は身を翻すと、少女の目の前に近寄り、呟いた。
「実は私、男なんです」
「‥‥やっぱり‥‥」
薄々気付いていた事ではあったのだ。彼らの行動が、全て自分の為に行われていた事であるのも。
「もっと自分を信じてくださいね。この五日間、平気だったんですし、司祭様だって平気なんですから‥‥」
ゆっくりでいい。そういう相手を増やしていけばいいのだ。
「これは、皆から。貴方がお出かけする時に付けて頂戴ね」
秋緒がアリアに銀の髪飾りを渡す。買出しの時に、八郎が頼んでおいた物である。
「‥‥ありがとう、皆‥‥嬉しい」
少女は銀の髪飾りを身に付けると、いま自分に出来る精一杯の笑顔を浮かべた。
「さて、パーティーはまだ続きますよ!」
セシルは言うと、オカリナの演奏を再開する。
この一時が彼女の傷をもっと癒してくれればいい‥‥そう、祈りながら。
そうして暫くの間、辺りを賑やかなざわめきが支配したのだった。
●遭遇
喧騒から逃れるようにメアリーは一人、礼拝堂に佇んでいた。
外からは微かに、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
女は礼拝堂の壁にかかった聖母像を眺め、一人呟いた。
「わたくしの名‥‥『ブレシドバージン』『メアリー』とは聖母の意味‥‥ふふ、皮肉ね」
そんなのと無縁、いや対極する存在なのに。女は日常の仮面を外し、物思いに耽る。
と。
「そうなのかい? 僕には貴女が聖母様よりも綺麗に見えるな」
何時の間に近寄られたのだろうか。不意に声をかけられ、驚いて振り向いたメアリーのすぐ傍に赤毛の青年が立っていた。全く気付かなかったのは不注意ゆえか、それとも。
「誰‥‥?」
女の問いに微笑で答えると、青年は尋ね返した。
「あの娘‥‥アリアちゃんだっけ。上手く行きそうなの?」
「え、ええ‥‥切っ掛けは掴んだと思うわ」
油断して素顔を見られかけたゆえの狼狽か、女は聞かれた事に素直に答えてしまう。
「そっか。助かるよ、ありがとう」
そう言って青年は微笑むと軽く手を振り、礼拝堂を後にした。
そう言えば、彼は何故アリアの事を知っているのだろうか?
メアリーがその疑問と嵌めていた銀の腕輪に思い至ったのは、青年の姿が見えなくなってからである。