君の眠る、あの泉へ

■ショートシナリオ


担当:勝元

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月23日〜03月30日

リプレイ公開日:2005年04月01日

●オープニング

 ――ねぇ、お願い‥‥年に一度でいいわ。此処へきて、私の事を思い出して‥‥


「此処から三日ほど歩くと、付近の住民から『死の森』と呼ばれる森がある」
 冒険者ギルドの受付で、その老戦士はゆっくりと目を閉じ、言った。
「――その中ほどにある、小さな泉。そこまでの護衛を頼みたい」
 少し前までは依頼するような事じゃなかった‥‥そう言って老戦士は小さく苦笑いをする。
「死の森、ですか‥‥」
 依頼書を認めながら、確認する受付嬢。
「名前から察するに危険な場所、なのでしょうね」
「読んで字の如く、だ」
 男の話によれば、彼の森は不死の住人の巣窟になっているらしい。近隣の住民は決して近寄らない『死の森』、そこが目的地なのだそうだ。
「どうして、そのような危険な場所に?」
 受付嬢の疑問は当然だろう。
「俺たちはそこで出会い、そこで別れた」
 懐かしむような、それでいて沈痛な面持ちで男は答える。
「古い約束だがな‥‥年に一度、必ず行く事にしていたのだ」
 今までは気力と経験で切り抜けてきた道程だが、流石に寄る年波には勝てなかった。彼の森で朽ちるのも一興だが、泉まで辿りつけない事には意味がない。そう言って老戦士は、顔に刻み付けられた年輪を苦く歪める。
「‥‥成る程」
 受付嬢はそれ以上の詮索を止めて、書き出した依頼書を掲示板に貼り付けたのだった。

●今回の参加者

 ea0637 皇 蒼竜(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8265 空路 道星(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9459 伊勢 八郎貞義(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0931 リュイック・ラーセス(42歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb1040 紫藤 要(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

リュオン・リグナート(ea2203

●リプレイ本文

 落日の残光が、世界を黄昏色に染め上げている。眼下に眺める小さな森は、その風評の片鱗すら感じさせず、穏やかな佇まいを見せていた。
「みなさん、今日はここで一泊しませんか?」
 目的地の手前、小高い丘の頂上で空路道星(ea8265)は仲間達にそう提案した。
「体力を完全にしておくこともありますけど、太陽があるほうが森の中とはいえ警戒しやすいですから」
 本当は近隣の村で一泊していくのが理想だったのだが、死の森と呼ばれるそこの間近に適当な村は無かった。それもそうだろう。この森は名前の如く不死の住人の巣窟と化しており、木の実を取りに行くことすら儘ならない危険な場所。付近に済むメリットがまるで無いのだ。
「約束の日に間に合うのでしたら、それが無難ですな」
「時間に煩い女ではなかったのでな」
 伊勢八郎貞義(ea9459)の言葉に、依頼人である老戦士は僅かに苦笑いを一つ、頷いた。
「辿り着けさえすればそれでいい‥‥贅沢は言わんよ」
「しかし‥‥死の森、ですか。また随分と難儀な場所で約束したものですなぁ」
 ある意味直線的な八郎の言葉に、今度ははっきりと苦笑を浮かべ、老人は答えた。
「それはな――」
「――いやいや何も申されるな偉大なる先達よ!」
 老戦士の言葉を遮ったのは、上半身をはだけ鍛え上げた肉体を惜しげもなく晒した大男――マスク・ド・フンドーシ(eb1259)だ。
「その無言の内に秘めた熱い想い! 我輩は今、猛烈に感動しておるのだ〜!!」
 かっと見開いた両目から涙を溢れさせ力説する半裸の男。まだ空気に冷たさが残る時期だというのに、彼の周辺だけが暑苦しい事この上ない。見るからに異様な風体だが、これでいて男は真剣である。
「‥‥ともあれ、支度をしてしまおう。時間を浪費するのは愚の骨頂だ」
 カノン・リュフトヒェン(ea9689)は無表情なまま一同を促すと、背負ったバックパックからテントを取り出し、組み立て始める。体調を万全に整え、明朝には突入しなければならないのだ。生者を憎む、死の眷属が彷徨する森へ。

「不死の住人なんだが‥‥どんな奴らが出るんだ?」
 友人が用意してくれた物資を改めながら、皇蒼竜(ea0637)が老戦士に尋ねた。どうやら保存食を一つ入れ忘れたらしく、帰り際に調達する羽目になりそうだった。どうせなら必要物資一式揃えておいてくれてもいいのにとか思わないでもなかったが、几帳面な友人のお節介に甘えているのを認めるのは照れくさい蒼竜である。
「何でもいい。知ってる限り教えてくれ」
「多くはズゥンビだ。ひっきりなしに出る」
 老戦士は脳裏をなぞり、答える。
「それから、スカルウォーリアー。次いでレイスか‥‥滅多に会わないが」
「そこは以前から斯様な状況でしたかな?」
 と聞いたのは八郎だ。
「少なくとも俺の知っている限りではそうだ」
「‥‥何故そんな危険な場所に行きたいんだ?」
 冷や汗を一つ、蒼竜は重ねて尋ねる。彼は約束の相手が、不死の住人の仲間入りをしているのではないかと危惧しているのだ。老戦士が悪霊の類に誑かされている可能性までは考えすぎだろうか?
「それが約束だからだ」
 長年守り続けたそれは最早、自分に対しての誓いに変化しているのだろう。
「その相手が幽霊になって出てくるような事は無いのか?」
 もしもの場合、間違えて傷つけたくは無いからな、とリュイック・ラーセス(eb0931)が口を開いた。
「それはそれで嬉しいが‥‥ない、と思いたいな」
 苦笑いの混ざった複雑な表情の老戦士である。
「約束の相手とは、もしや貴殿の細君でありますかな。一体どのようにして其の方と御逢いになったのか、そして約束なされたのか宜しければお聞かせ願えませんかな」
 そのような場所での奇なる縁に、八郎は興味の色を隠せない。
「‥‥只の偶然だ」
 懐かしむように老戦士は答える。
「別々の依頼でこの地を訪れ、出会った。それからペアを組むようになって、最期も此処だった。‥‥それだけだ」
「然様でありますか。失礼いたしましたな、我輩には縁のなさそうなお話なもので、つい好奇心が先立ちまして」
「何を言う。冒険者ならば、誰にでもありえる有り触れた話‥‥」
 老戦士は真顔に戻ると、
「‥‥無論、君たちにもな」
 一同を見渡し、僅かに笑った。

 翌日。
 夜明けとほぼ同時に、冒険者達は動き出した。
「さて、それでは随伴しましょうか。死の森へ、誓いを果すために」
 深夜からの見張りで多少は疲れているであろうに、紫藤要(eb1040)は微笑を絶やさない。
「私どもはその為の露払い、存分にお使いくださいな」
「アンデッド何する者ぞ、我がナイスマッスルの敵に有らずなのだ!」
 マスクなどは朝一からグングンとテンション上昇中である。
「‥‥頼りにしてるさ、色々とな」
 老戦士の言葉に冒険者達はそれぞれ頷くと、死の森へと入っていったのだった。


 陽の光を遮るように鬱蒼と繁った森の中は、日中といえども薄暗く、不安を煽る。何処からとなく漂う死臭が鼻腔をついた。生者を否定する空気の中、動く者は冒険者達八名だけだ。
「嫌な空気だ‥‥」
 辺りの気配に気を配り、老戦士から道案内を受けながら一同の先頭を歩くカノンが呟いた。前方の脅威を逸早く発見すべく、鋭い視線が薄暗い森の中を切り裂くように見渡す。自然をこよなく愛するカノンではあったが、この森だけは愛せそうもなかった。
「いつ大量に出てもおかしくないな」
 同様に隊列の前方を進む、蒼竜が答えた。森に入ってどのくらい経っただろうか。緊張感で、時間の感覚が狂っている。一歩進むたびに死の気配が濃くなっていくような気がして、男は薄ら寒い感覚を禁じえない。
 彼らは老戦士を中心にして、菱形を描く陣形を組んでいた。軍略に詳しいものがいれば、方円陣だと言ったかも知れない。周囲の何処から敵が現れても対応できる、防御的な形である。
 元々、彼らの目的は死者の殲滅ではない。地の利が全くないのだから可能な限り無駄な戦闘は避けるべきだ、とはマスクの主張である。足の遅いズゥンビは振り切ってしまえばいい。それは今の所、現れるズゥンビが散発的なせいもあって何とか実行できていた。
 ――ゥゥゥゥ‥‥
「‥‥何か聞こえます‥‥」
 死の気配を乗せた風に唸り声が混じっていると、最初に気付いたのは道星である。徐々に大きくなっていく怨嗟の声に、緊張の度が否応なしに増していく。
「――前方!」
 小さいが鋭いカノンの声が、一同の耳朶を打つ。
 見やれば木々の合間に蠢く、影――死者の群れである。ズゥンビを中心として、スカルウォーリアーが何体か混じっているのが見て取れた。
「‥‥アレでは振り切るのは無理ですね」
 陣形の後方、要が呟く。ズゥンビと比べ、スカルウォーリアーは足が速い。最低でもそれだけは倒さなければ、突破して前進は不可能だろう。陣形を保つには、全員が足並みを揃えなければならないのだ。
「避けては通れぬ敵、という訳ですなぁ」
 感心したかのように言葉を紡ぐと、八郎はオーラを練り始めた。男の配置は老戦士の側方、前衛のすぐ後ろである。ここなら、仲間にオーラを分け与えるのも容易なのだ。

「おおおおおっ!」
 ――ガガッ!
 蒼竜の拳が唸ると、スカルウォーリアーの骨が数本弾け飛んだ。練り上げたオーラの力が、不死の住人に威力を発揮しているのだ。
 ――パシッ!
 大振りな敵の反撃は、拳で叩いて軌道を逸らす。次いで横合いから掴みかかってくるズゥンビは身体を折りたたんで避け、がら空きになった側頭部に一撃、男はよろめいた敵を無視してスカルウォーリアーに向き直り、拳を振るう。
 ――ズドッ!
 身体ごと叩き付けるようなカノンの一撃が、体勢を崩したズゥンビを両断した。返す刀で二体目のスカルウォーリアーに一撃。八郎のオーラで強化されたその一撃が、易々と死者を斬り裂いていく。
 獅子奮迅の活躍を見せる両名だが、流石に前衛だけで死者の群れは駆逐できない。包まれるような形で他の者達も交戦状態に入ろうとしていた。
「来ましたね‥‥」
 微笑もそのままに要は呟く。老戦士の後方を護るのが彼女と道星、そしてリュイックの三人である。
 道星は不安そうな表情を浮かべた。
「‥‥不死の者とは初めて戦いますけど‥‥要領は一緒ですよね?」
「基本的にはな」
 剣を構え、無愛想にリュイックが応じる。特性の違いにより効果的な対処法が変わる事はあっても、打倒する時の要領は変わらないものだ。一部の敵を除いて、であるが。
「では‥‥」
 すぅっと息を吸い、拳を構える道星。その左手に光る銀のネックレスを見て、老戦士が肩に手を置き、呟く。
「‥‥使うなら、実体のない相手にするといい」
 銀は通常の武器が通じない相手に影響を及ぼす事が出来るが、ダメージを増幅する効果は無い。そういった芸当は魔法の物品の領域であり、特に華奢なネックレスでズゥンビを殴った日には簡単に壊れてしまうだろう。
「そうなんですか!」
 驚いた道星は慌てて左拳からネックレスを巻き取り、ナックルを嵌め直した。

「ふんっ!」
 リュイックが長剣を振り下ろすと、腐汁を撒き散らしてズゥンビがたたらを踏む。追撃したい所だが、重装備が手数を減らしている。敵が多いこの状態では、足止めが御の字‥‥だろう。
 ――ヒュンッ!
 要ももう一体、迫ってきたズゥンビを迎え撃っていた。両手に構えた日本刀を立て続けに振るうが、タフな敵を効率よく押し返す決め手が欲しかった。
「伊勢さん、お願いします!」
 女は叫ぶが‥‥交戦中の八郎にその余裕は無い。オーラを練るには、それなりの時間的余裕が必要となるのである。
「‥‥道星、いきますっ!」
 気合と共に繰り出す道星の拳がズゥンビを押し戻す。多数を相手にする場合、手数は重要なファクターだ。女の攻撃はズゥンビ相手にさほどのダメージを与えるに至ってはいなかったが、牽制としては充分な効果があった。

「むぅ‥‥キリがないのだ」
 渾身の力でヘビーアックスを振るって、スカルウォーリアーを文字通り粉砕したマスクが唸った。現状で敵は何とか撃退できていたものの、戦闘に忙殺されて殆ど先に進めていない。今は良くても、このままではジリ貧になる事必至である。
「仕方ない、ここはアレで行くのである!」
 男が叫ぶと、一同の目に決意の光がともった。蒼竜とカノンが対峙していたスカルウォーリアーを打ち倒すのを待って、陣形を再編成‥‥天頂から俯瞰すると矢印を描く形、鋒矢陣だ。狙いは勿論、強行突破である。
「フォーーゥ☆
 我輩こそ、イギリスからのビューチフルな贈り物!
 その名も雄々しき、マスク・ド・フンドォォシッ!!」
 奇声を上げると何とも言えない口上と共に、マスクが突入した。斧を縦横無尽に振るって突破口を開くと、その僅かな隙間に続くカノンと蒼竜が飛び込んで広げる。少々の手傷には構っていられない。ここが踏ん張りどころなのだ。
 冒険者という傘に隠れる格好で老戦士が走りぬける。その後を死者の群れが追いかけようとするが、殿のリュイックと道星が一撃、ズゥンビの注意を引き付けてから脇目もふらず全力疾走。背後から数撃喰らったが、何とか持ちこたえて振り切ることには成功したのであった。

 完全にズゥンビの群れを振り切った冒険者達は、態勢を整える為に一息ついていた。
「突破出来て良かったですなぁ‥‥」
 荒い息もそのままに、八郎が呟く。全く、突破の為に陣形を変えていなければ危なかっただろう。
「むふ、我輩とて主より叙勲を受けた騎士。兵法は心得ておるわ!」
 傷を負った者にポーションを配りながら、マスクが得意げに鼻の穴を膨らませた。
「‥‥あれで騎士だったのか‥‥」
 マスクほど異様な風体の騎士は見たことが無かったらしい。まぁ、心の広い主がいたのだな‥‥などとブツブツ呟く老戦士だ。
「‥‥アレは‥‥?」
 ふと、要の視界に青白い炎のような何かが映った。
 女の声に老戦士が見やり、警告の声を上げる。
「‥‥気をつけろ、レイスだ! 普通に殴っても無駄だぞ!」
 ――ざわっ
 全員の神経が、一瞬で覚醒する。
 敵は一体。有効な攻撃手段さえ確保してしまえば、何とかなる相手ではある。慌てて蒼竜と八郎がオーラを練り始めるものの、それまでの時間をどうやって稼げばいいのか。焦燥が冒険者達を苛む。
 ――ひゅっ!
 と、1人、果敢にレイスに飛び込む影。――道星だ。その左手を振るうと、そよ風に煽られたようにレイスの姿が揺らめいた。銀の鎖で出来た即席のナックルが僅かながらも効果を発揮しているのだ。
 ――オォォ‥‥
 恨めしそうな声を上げ、レイスが道星の身体に触れる。咄嗟に拳で払いのけようとしたが、その左手がやられたのだ。
「うっ‥‥」
 レイスは只触れただけだ。だが、それだけで彼女は軽症を負っていた。レイスの攻撃は、触れるだけで生命体にダメージを与えるのだ。鎧も通用しない、厄介な攻撃である。
 ――ケケケ‥‥
 苦しむ女を見たのか、悦ぶようにレイスが笑った。
「調子に乗るな!」
 オーラを解き放った蒼竜が拳を振るうと、その一撃でレイスが怯む。
 ――ドン!
 間髪入れず叩き付けるようにマスクの振るった斧が虚空を薙ぐ。八郎のオーラが宿ったそれは、嵐に吹き消される蝋燭のようにレイスを霧散させていた。


 まるで隠されるように木々に囲まれたその泉に辿り着いたのは、それからすぐの事だった。
 木漏れ日が柔らかく泉に降り注いでいる。どういう訳かこの近辺には死臭を感じず、清浄な気配すら感じる。ズゥンビ達が現れる気配は全く感じなかった。
「不思議な泉ですね‥‥確か流れる水は死者が嫌うものだという伝承を聞きましたが」
 泉の周りを散策しながら、要が呟いた。伝承に多少は詳しい八郎の知識にそれは無かったが、この景色を見るに、信じてもいいような気にはなった。
 老戦士は泉の畔に立てられた杖の前で、一人瞑目していた。その背中に哀愁が漂っているように見えたのは、気のせいではないだろう。
「‥‥外野がとやかく言う事では無い、か‥‥」
 何か声をかけてやりたい気もしたが、カノンは思い止まった。この時間の価値は、彼にしか分らないのだ。
「さて‥‥」
 ややあって、老戦士が振り向いた。
「一休みしたら、戻ろうか」
「‥‥そうですね‥‥」
 遠い目で道星は答えた。あそこをもう一度突っ切ると思うと、流石に溜息が出る。
「おいおい、そんな事では困るぞ」
「心は力の根源、ですかな」
 そう答える八郎も、疲れた表情は隠せない。
「‥‥来年も頼もうと思っていたのに」
 老戦士の言葉に冒険者達は目を見合わせ、何とも言えない複雑な笑顔を浮かべたのだった。